『転職士』レベルが7になって、とんでもないスキル『ユニオン』を得てから、一年と半年が経過した。
俺達は全員十五歳になり、カールは晴れてミリシャさんに告白。
ミリシャさんは喜んで受けてくれて二人の婚約が結ばれた。
あれから起きた事と言えば、『ユニオン』の役職が、『サブマスター』にフィリア、『指揮官』にミリシャさん、『隊長』にカール、アムダ姉さん、イロラ姉さん、カシアさん、ルリくん、ルナちゃん、弐式リーダーのメイリちゃん、参式リーダーのエルロさんの計八人が決まった。
更に残っている二枠は、弐式の中から二人に入って貰っているが、これは『隊長』としてではなく、仮に入って貰っているので、基本的に『隊長』としては扱っていない。
それぞれの隊に弐式参式のメンバーを『隊員』として参加して貰って、ステータス上昇の恩恵を与えている。
今年に弐式狩りメンバーとなった子供達で、丁度266名だった。
…………後から知った事なんだけど、どうやらミリシャさんの意向で弐式のメンバーになる孤児達が爆増したそうだ。
既に400名近くいる中、260名が十歳を迎えて転職可能となり、全員が中級職能をバランスよく転職させている。
『ユニオン』の『役職』とは関係なく、彼らには隊を組んで貰い、活動して貰っているのだ。
全員の指揮を執っているメイリちゃんの指揮能力の高さには驚くばかりだ。
参式のメンバーはリーダーのエルロさんを主軸に残り34名が隊員となり、丁度300名を達成して『隊員』の役職を与えられたメンバーが300人になっている。
そんなメンバー達はレボルシオン平原だけでなく、周りの色んな狩場に展開し、レボルシオン領内の素材を潤わせてくれた。
そんな安泰と思われたレボルシオン領だったが、世界は俺達をそう楽にはさせてくれなかった。
◇
その日。
いつも通り屋敷で食事を終えた夕方。
その報せは突如訪れた。
「そ、ソラ様!!」
開けられる扉の向こうから、息を切らして俺を呼ぶのは、冒険者ギルドのエイロンさんだった。
「エイロンさん? どうしたんですか?」
いつもなら事前に連絡を寄越してから来るはずのエイロンさんが、ここまで急いで来た事に俺の心に小さな不安が灯る。
「ソラ様。大急ぎてお伝えしなければならない事が……出来れば『銀朱の蒼穹』のメンバーを大至急集めてください」
「分かりました」
俺は『念話』を使い、メンバーを呼んだ。
この『念話』は、『ユニオン』に所属した全ての者とお手軽に会話が出来る。
口を動かさなくても、念話が送れる不思議な感覚で、実際口を動かしながら、別な言葉の念話も送れるのでとても便利だ。
俺は念話を送ってすぐにエイロンさんと共に、執務室に移動した。
「『銀朱の蒼穹』の皆様、本日は至急集まって頂きありがとうございます」
既に息を整えているエイロンさん。
ゆったりだが、どこか緊迫した表情は変わりない。
「それで、エイロンさん。大至急伝えたい事というのはどういう件ですか?」
「はい。――――――実は、ソグラリオン帝国が我々ゼラリオン王国に対して、宣戦布告をしました」
「なっ!?」
急すぎる内容に、俺もメンバーもみんな大きく驚く。
あまりにもいきなりの宣戦布告。
ここ数年、ずっと帝国の動向を監視していたはずの冒険者ギルドだからこそ、ここまで迅速に連絡を貰えるのだろう。
ただ、ここにこの連絡が入ったって事は、既にソグラリオン帝国とゼラリオン王国がぶつかっている可能性がある。
「エイロンさん。帝国側の戦力はどんな感じなのですか?」
「はい。どうやら、五千の兵を率いて来ている模様です」
「ご、五千……」
思っていた以上に多い。
兵士の大半は『下級職能以上の職能持ち』が多い。
それだけ帝国の兵の数は圧倒的に多く、それが五千人ともなると、大規模進行に違いないはずだ。
「何故それだけの大軍を……?」
「どうやら王国から溢れた『肉』により、各国の食料事情が変わった事で、帝国としてはその『素材』を手に入れる為が名分だそうです」
「え!? そ、そんな理由で?」
「……はい。恐らくですがレボルシオン領から溢れ出ている『ボア肉』が隣国のミルダン王国やエリア共和国にまで流れております。それにより帝国産のボア肉の売り上げが激減、その結果ここ数年で帝国内の低クラスの冒険者達の稼ぎがどんどん減っているのが現状です」
エイロンさんが語ってくれた『ボア肉』の件は、実は去年から危惧されていた件でもあった。
ただ、何故か俺達を助けてくださったハレイン様直々に、『ボア肉』を全力で回すようにと言われている。
俺は恩義あるハレイン様の頼みを聞き、レボルシオン領で取れる『ボア肉』を王国の方に流通させた。
レボルシオン領は、隣の自由領のセグリス平原からも大量に取れる。
既に『銀朱の蒼穹』で大半購入が進んだセグリス町には、弐式のメンバーが滞在しており、セグリス平原から得た『ボア肉』は自由領とレボルシオン領に流通させる物流を組んだのだ。
「もしかしたら…………王国はこうなる事を既に知っていた可能性がございます」
「!? で、でも、戦争が起きれば王国もただでは済まないのでは?」
「ええ。その可能性はあります。だからこそなのかも知れません」
「えっ……どうして……」
「王国は現在、国王様と二人のインペリアルナイトによる保守派と、一人のインペリアルナイトと宮廷魔術師による強硬派に別れております。今回は戦争を起こしたかった強硬派の狙いだと思います」
「強硬派…………まさか、そのインペリアルナイトって…………」
「ええ。ソラ様が慕っている――――ハレイン様でございます」
遂に帝国の侵攻、そして王国をめぐる覇権争いが表面化する。
ソラ達は忍び寄る魔の手に不安を覚えながら、対策を考え始めた。
帝国の宣戦布告の報せを受けて、俺達は戦線が最も近いガルン町に集まった。
ガルン町は、レボル街から西に進み、ハイオークの平原に近いホレ村から更に西に進んだ場所にある。
レボルシオン領の最西端にある町だ。
まだ現状が分からない為、『銀朱の蒼穹』のメンバーのみでの対応となっている。
出来れば俺のレベルを7から8に上げたかったのだけれど、必要な経験値が思っていたよりも遥かに高くて、上がれる気配がない。
なので、みんなには暫く最大レベル8まで上げて貰っている。
こうなる事が分かっているなら、王都近くまで進み、みんなのレベルを9に上げておけば良かったと、心底後悔した。
ただ、エイロンさんは『銀朱の蒼穹』の弐式や参式のメンバーは異常に強いからと、それほど心配はしなくてもレボルシオン領は守れるだろうと言ってくれた。
ガイアさん達のような鍛冶屋の場合、場所関係なく鍛冶する事でレベルが上がるからな……それで実は既にガイアさん達鍛冶組は全員レベル9だったりする。
ガイアさんが間もなくレベル10になるだろうというタイミングで、まさか戦争が起きるなんて……。
「では馬車内で考えたプランで動こう。ルリくんとルナちゃんには大変だと思うけど、それぞれ王都と前線の状況を見てきて貰いたい」
「「はい!」」
ルリくんとルナちゃんの『アサシンロード』は、闇夜に紛れるスキルがある。
その下位である中級職能ローグが持っている影移動と同じスキルで、その上位スキルとなる『影同化』というスキルだ。
このスキルさえあれば、余程の強者でもない限り、見つける事すら困難なはずだ。
ただ、前線の指揮を執っているインペリアルナイトともなると危ないので、二人には念には念を入れ、安全を徹底して動くようにと伝えてある。
早速二人はその場から消える。
ここ一年くらいでレベルも上がり、職能にも慣れた二人は『銀朱の蒼穹』の闇の番人となっている。
二人談だけど、『ユニオン』の『隊長』に任命されて得ている全スキル効果1.5倍のおかげで、移動も容易く、馬車の数倍の速さで移動出来ると喜んでいた。
馬車の数倍の速さって…………二人がどんどん規格外になっていく気がする…………フィリアと同じ最上級職能だものな。
二人が消えてから俺達は町で情報収集をしたが、特に変わった様子はないとの事だが、食料を大量に購入に来た兵士達がいたと教えてくれた。
実は、その件は既に冒険者を通して『銀朱の蒼穹』に報告を送ってくれたみたいだけど、先にこちらに向かった俺達とはすれ違いになっているみたい。
定期的に二人から「異常なし」の念話が届き、毎回二人の安否に安堵した。
◇
【こちらルナ。王都に着いたよ】
ルナちゃんから念話が届いた。
俺達全員に向けられている念話で、みんなも聞こえている事に大きく頷いて返してくれる。
【お疲れ様。ルナちゃん兎にも角にも安全にね?】
【うん! 安全優先で頑張ります!】
【では、王都の雰囲気から教えて欲しい】
【はい、王都はいつものような活気はないかな。住民達は必要最低限に動いている感じで、市場も回ってないかな】
【なるほど。戦争の影響だろうね】
【うん。酒場では商売あがったり~って言ってる】
深刻な雰囲気だろうに、ルナちゃんの「あがったり~」のモノマネが可愛い。
【では、本番と行こうか】
【うん! 頑張ります!】
ルナちゃんには王城に潜入して貰う事にしている。
本番――――つまり、王城潜入の時間となった。
暫く待っていると、ルナちゃんから念話が届いた。
【思いっきり兵の数が少ないよ、近衛兵達はいるけど、訓練場にも兵団の姿は見えないよ】
これで戦争は間違いなく起きている事が確定した。
出来れば、偽情報であって欲しかっただけに、俺は肩を落とす。
隣にいたカールが、俺の肩に手をあげて励ましてくれる。
【ルナちゃん。出来る限り無理はせず、王城内にいる――――】
【待って、見つかった】
っ!?
ルナちゃんの小さな声に俺達の顔に緊張が走った。
◇
ゼラリオン王国の王城。
「動くな」
誰もいない壁に向かい、その男は告げる。
「帝国の者、敵対の者でなければ戦うつもりはない。お前がどこの誰かは分からないが、敵意を感じない、王国の者なのだろう。危害を加えない。姿を見せろ」
男の静かな声が響き渡った。
しかし、返事は何一つ帰ってこない。
「……分かった。ここまでして逃げず攻撃もしないのなら、味方だと判断しよう。お前の主に伝えてこい。お前らと話し合いたい事がある。俺の名は、ビズリオ。その名くらい分かるだろう? 俺は向こうの西棟にいる。お前でも主でも良い。待っているぞ」
そして男は何もない壁の前から背を向けてゆっくり歩き去った。
◇
【大丈夫。ちゃんと逃げられる距離だったから。向こうも逃げれる距離で話している感じだったよ】
ルナちゃんからずっと現状を念話で聞いていた。
ビズリオ……。
その名に覚えがある。
というか、覚えてないはずがない。
ハレイン様と同じインペリアルナイトの一人である『ビズリオ・ジークラム』様だ。
ルナちゃんの何となくの気配をかぎ分けられたって事は、本物なのだろう。
兎にも角にもルナちゃんが怪我がない事に安堵の息を吐いた。
【ソラお兄ちゃん。王城には玉座の間から強い気配がもう一人、あとはさっきの男だけだよ】
【そうか。ありがとう。では一旦王都に潜入していてくれ】
【うん!】
ルナちゃんにはもしもの時の為に、王都に残って貰う事にする。
「さて、インペリアルナイトの一人、ビズリオさんに会うべきか会わないべきか……」
「ソラ。会うのが危険なら手紙のやり取りでいいんじゃない?」
「手紙?」
「うん。ルナちゃんに王城の西棟に手紙を運ばせれば、ルナちゃんも見つからないし、私達だともバレない。せめて目的くらい聞けると思うんだけど」
「なるほど……分かった。それはフィリアの案でいこう」
ルナちゃんには手紙で「用件を教えてください。夕方に取りに来ますので、以前会った場所に置いてください」と書いて貰い、西棟にある彼の部屋と思われる所に手紙を運んで貰った。
俺達が滞在しているガルン町から前線までには王都よりも数倍の距離がある。
ルリくんが前線に着くまでの間、王都で俺達に接触したいというビズリオ・ジークラム様の対応をする事にした。
最初にルナちゃんに手紙を運ばせたら、意外にもその日に手紙の返事が返って来た。
俺達の手紙は、用件を尋ねる事だったので、きっとその返事が書かれているのだろう。
ルナちゃんが安全な宿屋に戻ったので、手紙を読み上げて貰う。
【此度の応答に感謝する。事前に告げていたように、俺はインペリアルナイトの一人、ビズリオと言う。先日接触した者は今まで出会った暗殺者の中でも群を抜いて強さを感じた。その事でお前達が遥か高みに至っている暗殺者ギルドという事で話を進めよう。俺が依頼するのは暗殺ではなく、諜報の依頼がしたい。それ相応の報酬も支払うつもりだ。内容に関しては依頼を受けて貰える時に伝えよう。では、良い返答を待っている――――――以上だよ。ソラお兄ちゃん】
ルナちゃんが手紙を読み上げてくれた。
最初に斬り掛かって来なかった時点で、こちらを戦力に加えたいと予想していたミリシャさんの言う通りになった。
「俺としては、ここでインペリアルナイトの一人と繋がりを持てるのはいいと思う。それに――――」
「それに?」
「…………今までならハレイン様に恩義を感じていたし、今も恩義を感じている。でも、もし俺達を戦争の種にしたのであれば、ハレイン様への恩義は十分返した事になると思う」
「それは私も同意」
フィリアの同意で、他のメンバーも大きく頷き同意してくれる。
ハレイン様からはとても大きな恩義を受けている。
それを裏切りたくはない。
ただ…………戦争により、多くの人が傷つくのは事実だ。
そんな戦争を起こさせる為に、俺達を利用したのなら、報いとは言わないが、これ以上俺達はハレイン様の言いなりにはなりたくはない。
それは皆も同じ思いのようで良かった。
「ソラくん。恐らくだけど、ビズリオ様はハレイン様の件で私達を雇いたいんだと思う」
「ハレイン様の件……ですか?」
「ええ。王城の警備もあるだろうけど、真っ先にルナちゃんに駆けつけて声を掛けたって事は、現在の保守派には優秀な諜報員がいないと見える。もし優秀な諜報員がいるのなら、そもそも戦争が起きるまでに私達『銀朱の蒼穹』に接触してきてもおかしくないからね」
なるほど……ミリシャさんの言う事はとても信憑性が高そうだ。
「もしかしたら、ルナちゃんに働いて貰わないといけないかも知れませんね」
【私なら大丈夫! ビズリオ様に見つかった時も、余裕を持って逃げられたから問題ないよ!】
俺達のこの会話は念話も通しているので、ルナちゃんにもルリくんにも聞こえている。
「では、ルナちゃんには予定外に働いて貰う事になるけど、ビズリオ様に接触します」
「「「はい!」」」
そして、一通の手紙を持ったルナちゃんに直接持って貰う事にした。
◇
ビズリオの執務室。
――ガチャッ
執務室にある大きな窓の鍵が開く音が響いた。
既に音が聞こえる前に、ビズリオはその手に愛剣を手にしている。
ゆっくりと開いた窓から、一つの影が部屋の中に入って来る。
影の塊から、一人の黒い装束の女性が姿を現した。
「初めまして、ビズリオ様。わたくしは『シュベスタ』と申します。主から手紙をお持ちしました」
『シュベスタ』と名乗った女性は、ゆっくり立ち上がり、一斉の殺気や敵意一つ見せず、手に持った手紙を優しく机の上に運んだ。
その間、ビズリオは常に警戒している。
もしも、この相手があの男の策略かも知れない為、警戒は緩めない。
手紙を置いた女性は、現れた窓の近くに移動して、跪いた。
彼女が如何に強くとも、この距離で暗殺はもう無理だろう。
そう判断したビズリオは、彼女が持って来た手紙に目を移した。
「此度、我々『シュルト』を指名して頂きありがとうございます。先日は部下に大変失礼をしました。この場を借り、団長であるわたくし『ヒンメル』が謝罪申し上げます。さて、先日ビズリオ様の手紙にて我々に諜報を依頼したいとの事でしたので、是非とも受けさせて頂きたく、目の前にいる『シュベスタ』に何なりとお申し付けください。彼女には既にこの手紙の内容も伝えております」
手紙を読んだビズリオは考え込んだ。
この手紙がここに来るのに掛かった時間はたったの数時間。
夕方前に指定された場所に手紙を置いた。
なのに、その返事が返ってくるまで、数時間しか経っていない。
つまりこれは、元々自分を狙った行為だったのか。
事前に予想を立てて、この手紙を先回りして作っておいて、彼女に運ばせた可能性が高い。
何故なら、この王都にここまでハイレベルな暗殺者はいないからだ。
更に『シュルト』という集団の名前も初めて聞く。
もしかしたら、王国の集団ではなく、隣国、もしくは帝国…………いや、現在戦争中を考えれば、その真逆にいる『アポローン王国』の可能性が一番高いだろう。
「ひとまず了承してくれた事に感謝しよう。シュベスタと言ったな?」
「はっ」
「では、これから指定する場所に向かって貰おう。出来れば物証を手にして来てくれ」
ビズリオは、目の前のシュベスタにある場所に潜み、とある物を盗み出して来て欲しいと依頼をした。
【潜入完了】
ルナの報告の念話が響く。
もちろん、聞こえる人など、誰もいないが、その向こうに聞いている仲間がいる。
【ルナ。気配がバレそうなら逃げ優先でね】
【うん!】
向こうから聞こえる優しい声に、ルナは嬉しくなり頬が緩む。
だが、今の自分は暗殺者であり、隠れ身だ。
こんなに感情を簡単にさらけ出すなんていけない。と自分の心を宥める。
ルナはそのまま闇と影に紛れ、屋敷の捜索を進めた。
一際豪華な扉を発見するルナ。
(ここかな?)
彼女は影のまま、扉の隙間から中に入る。
扉には頑丈な魔法が施されていて、鍵を開けなければいけないようだ。
しかし、影の対策はしていない……?
部屋の中には高級な調度品が沢山並んでいる。
本棚には無数の本が並んでいる事が、この部屋の持ち主がこの屋敷の主である事は明白だ。
この世界で本はとても高価な物であり、それが壁一面を覆っているだけで、その財力を示しているのだ。
ルナは依頼通り机や本棚を探し始めた。
◇
両軍の前線。
「…………帝国め、意外と少ないな?」
丘の上から両陣営を眺めているインペリアルナイトの一人であるハレインはそう呟く。
「だが、我々の軍よりは遥かに多いと思うがね?」
ハレインの隣に立っている中年がそう話す。
遠目からでも強者である事が分かるほどの人物。
「ジェローム殿。そうかっかしなくても戦争はもう始まっているのですよ?」
「…………」
ジェロームと呼ばれた人物こそ、インペリアルナイトの最後の一人『ジェローム・オルレット』である。
保守派であるジェロームとしては、現状に不満を感じていた。
「しかし、あれだけの大軍をどうするつもりだ? ハレイン」
「ん~、ジェローム殿が中で暴れてくれると嬉しいんですけど~」
「…………」
ジェロームがハレインを睨む。
「あははは、冗談ですよ。冗談。既に手は打ってますから」
まるで戦争を楽しんでいるような口ぶりにジェロームの苛立ちは募るばかりだった。
◇
(あった)
ルナは本棚の奥に仕舞われていたとある紙を手にした。
それにしても随分と警戒が薄いと思うルナだったが、実はこの部屋には幾つもの侵入者の対策が施されている。
しかし、ルナはアサシンロードであり、既にレベルも8となり、更にはソラのスキル『ユニオン』によりそのスキル効果が上昇する事により、部屋の主の対策など一切を無視して入る事が出来たのだ。
ルナは、他にも証拠がないか一通り探し、その屋敷を後にした。
◇
【ソラお兄ちゃん。例の物見つけたよ】
ルナちゃんから連絡が届いた。
どうやら潜入が上手く行ったみたい。
【安全な場所に着いたから、中身を話すね? 親愛なるハレイン殿。此度の戦争の手引きに感謝する。貴殿の策のおかげで、我が国の底辺冒険者達を纏める事が出来た。我々帝国は王国を随分と舐めている。兵は五千。これで十分に王国に勝てると豪語した将軍とその家の長男が軍を率いている。彼らは今まで数の戦術しか取った事がない。貴殿なら余裕で対応出来よう。帝国が敗北した暁には、儂が全力で内部から批判を強めるので、帝国北部は貴殿の物となるだろう。――――帝国宰相『ローレンス・ウィラゼル』より】
「そうか…………ビズリオ様の予想が当たったって事になるのだね」
「ええ……」
ルナちゃんの報告を聞いた全員が溜息を吐く。
ビズリオ様の予想通り、ハレイン様が帝国と内通している可能性があると聞いた時には耳を疑った。
だって、帝国と内通しているのに何故戦争を起こすのかが疑問だった。
その予想としては、王国を帝国に売る――――と予想していたが真逆だった。
これで帝国の領土を削ろうとしたのだろう。
帝国でも内部の敵を削ろうとして、同じ仲間を見つけたって所だろうか。
その密書をルナちゃんに頼んで、ビズリオ様に渡す事にした。
◇
両軍の前線。
帝国陣営の大きな爆発が起きる。
「な、何事だ!!」
「しょ、将軍! 敵襲でございます!!」
「なんだと!? 王国軍は向こうにいるではないか!」
「どうやら後方の森に隠れていたみたいです!」
「なに!? 森を探索した時には誰もいなかったと言ったではないか!!」
帝国軍が布陣する前に、近隣の探索は終えているはずだった。
なのに、森の中から王国軍が攻撃してきた事に、将軍は慌てふためく。
その時。
将軍の身体に刺さる音が天幕の中に響いた。
「が、がはっ!? ど、ど、どうして……」
「……ふふっ、そもそも裏切り者は僕さ。君のような無能に付いて行くと本気で思っていたのかい?」
将軍に剣を刺した男は不敵に笑った。
しかし、男の笑いはその場で終わる事となる。
天幕の外から伸びた槍が男の頭を貫通したのだ。
「……くっくっくっ。無能な親父殿の暗殺ご苦労。そして、おやすみ。俺の礎となれ」
将軍の息子は、父親の仇を取り、冷たくなっている父親を眺めた。
「これは王国軍に感謝せねばな。おかげで普段全く隙のない親父殿をこうして殺す事が出来たから――――――全軍! 父上が王国軍の卑怯な手によって暗殺された! これから全軍の指揮を俺が執る! 全軍、このまま王国軍を蹴散らすぞ!」
帝国軍に進軍を命令する太鼓の音が響いた。
そして、帝国軍はその命令通り、王国軍に向かい進軍を開始する。
後方の一部の兵は森に隠れている兵に向かった。
「なんて卑怯な……」
前線に立っているインペリアルナイトの一人ジェロームが呟く。
帝国軍の一部始終を遠くながら、見つめていた。
おおよその予想は付く。
ハレインの策略なのだろう。
だが、それだけではない雰囲気がある。
そもそもこんなにも早く全軍前進の命令が下されるのは、あまりにも早すぎる。
しかし、このまま見ている訳にもいくまい。
ジェロームは前線の軍を率いて、帝国軍を迎え撃つ。
――――ハレインの二つ目の作戦を待ちながら。
◇
「予想通り帝国軍は進軍か。その親にその息子だな」
ハレインは森の中から帝国軍を見つめながら、内心自分の策に引っかかった親子を可哀想に思う。
帝国ともあろう国が、ここまでの無能が将軍家とは。
「帝国軍は前進を決め込んだ! 我々はこのまま奴らの懐を攻めるぞ!」
「「「「おー!」」」」
ハレインの号令に兵達の士気も高まる。
「では、俺に続け!」
「「「「おー!」」」」
ハレインと共に、兵達が戦場に出た。
彼らを乗せた馬が帝国軍に向かって、凄まじい速度で迫る。
途中で森に向かっていた帝国軍の兵はハレインにあっさり切り捨てられた。
たった数十人でインペリアルナイトの一人であるハレインを止める事など出来るはずもなく。
ハレイン達は既に前線でぶつかり合っている帝国軍の後方から斬り込む。
精鋭で構成されているハレインの兵達は次々切り捨てながら、後方中央にある将軍家の息子に向かう。
「な、何者だ!!」
将軍家の息子が突如現れハレインに問う。
「ふん。温室育ちが」
ハレインはまるで虫を見るかの如く、馬の上から将軍家の息子を睨む。
あまりの迫力に、周囲の兵士達の足が竦む。
将軍家の息子は得意な槍を手に取り、ハレインに仕掛ける。
「王国軍如きに遅れは取らん!!」
槍がハレインに届く一歩前。
その槍が届く事はなかった。
何故なら、既に彼の身体は複数に分かれていたからだ。
「…………帝国の将軍家ともあろう者がこんなもんか」
いつの間にか抜いた剣を鞘に納める。
「全軍! このまま帝国軍に斬り込む!」
「「「「おー!」」」」
ハレインとその兵達は、帝国軍の後方で暴れ出す。
次々と斬られる帝国軍は、数こそ圧倒的だったが、既に指揮官を亡くしている為、右往左往し始める。
前方では、ジェロームが率いる重戦士達の圧力が帝国軍を板挟み、次々蹴散らした。
帝国軍五千対王国軍一千。
その五倍の差は圧倒的なはずだった。
だが結果は王国軍の圧勝に終わるモノだった。
しかし、この時、戦いがまだ終わっていない事を知る者は誰もいなかった。
◇
王城内。
「…………ご苦労。この密書を簡単に見つけるとは、さすがだな『シュベスタ』」
「恐れ入ります」
ビズリオは目の前の密書を眺めながら、これを持って来た小柄の女性を見つめる。
どう見てもまだ幼さが残る少女。
顔は布で隠していて見る事は出来ないが、その体付きや声からはまだ幼さが残る。
そんな少女を自分の配下に加えたいと思ったが、彼女の瞳からは強い忠誠心を感じて、すぐに諦めた。
「ではこれが報酬だ」
ビズリオは金貨が大量に入った袋を前に出した。
袋を受け取るシュベスタ。
「随分と多いと思うのですが……」
「気にしなくて良い。そもそもこの密書を盗めるのは、俺が知っている範囲では誰もいなかった。その感謝でもある。それにこれ程払えると知れば、また俺の力になってくれるだろう?」
ビズリオの心境を知ったシュベスタは、小さく頷いた。
「主にそう伝えておきます」
「ああ。その力、またこちらの為に奮ってくれる日を待っているぞ」
「ありがとうございます」
シュベスタは深く一礼して、その屋敷を後にした。
「『アサシン』…………にしてはあまりにも鮮やか過ぎる。となると――――『アサシンロード』か。それほどの職能を持つ者が主と崇める存在。とても興味深いな。そんな存在がいるとはとても信じられないが、こちらに連絡を取ってくれるまで待つべきだろう」
ビズリオは一人で執務室で、彼女の主について考え込んだ。
◇
【ソラお兄ちゃん。任務完了したよ!】
【お疲れ様。ではそのままこちらに戻って来てね】
【了解!】
やっとルナちゃんの任務も終わり、合流できそうだ。
それにしても、前線はどうなったのだろうか……。
と思っていた時、ルリくんから念話が届いた。
【ソラ兄さん。前線に着いたよ】
待ちに待ったルリくんの到着の連絡だ。
【ルリくん。お疲れ様。ゆっくりでいいので、現状の報告をお願い】
【うん! まだ余裕があるから、このまま戦場を見渡すよ。見える感じ、両軍が睨み合ってる感じだね】
どうやら、まだ両軍はぶつかっていないみたいだ。
【こちらにはハレイン様ともう一人凄く強い人がいて、二手に分かれたよ。ハレイン様の兵は全員馬に乗り込んで、森に迂回して行くみたい】
「なるほど……馬で森か。余程特殊な馬なのかもね」
ミリシャさんが呟く。
そもそも馬は前に向かって走り続ける。
そのまま森に入ってしまうと木々が邪魔で走れないはずなのに、その中を進めるなんて、ミリシャさんの言う通り特殊な馬なのかも知れないね。
【帝国軍はざっと五千くらいかな? 王国軍はその五分の一ほどだね】
【五分の一!? 王国軍は随分と少ない数で対処するんだね】
それから数分ほどルリくんの状況説明を聞いた。
その時。
「ソラくん」
ミリシャさんが俺を呼んだ。
「ちょっとおかしい箇所があるわ」
「おかしい箇所?」
「ええ。ルリくん。悪いんだけど、急いでそのまま帝国軍の後方に走ってくれる? なるべく早く」
【了解】
ミリシャさんが顔を強張らせて、俺を見つめた。
「それで、ミリシャさん。可笑しい箇所ってどういう事ですか?」
俺達全員がミリシャさんに注目する。
ミリシャさんの考慮深さを知っているからこそ、俺達の表情は真剣なモノに変わった。
「王国には少なくとも『インペリアルナイト』が三人いるわ。なのに、相手がただの将軍っていうのが変なの」
「ですが、ハレイン様の部屋から見つけた密書によれば、そう仕向けると……」
「ええ。その線も考えたのだけれど、少なくともゼラリオン王国を攻めるにしては、無策過ぎるのよ。帝国もそれほど馬鹿ではないわ。少なくとも負けるにしてもそれを見届ける部隊がいるはずなのに、それがいない。私はそれに違和感を感じるわ」
ミリシャさんに言われて、その違和感を感じる。
仮に負ける戦争だと知っていても、その確認を取る後方部隊がいてもおかしくないはずだ。
いくら将軍家とはいえ、その補給なんてものも必要なはずなのに、まるで最初から必要ないような作戦だ。
「補給部隊や後方部隊がないのには、何らかの理由があるはずなの。可能性としては二つ。一つ目はそもそも将軍家を潰す為に投げつけた可能性、そして二つ目は――――」
将軍家を一つ潰す為に五千の兵は、あまりにも高く付く気がするのだけれど……。
「こちらが本命で最悪なパターンね。あれがそもそもの陽動だった場合ね」
「「「陽動!?」」」
意外な答えに、俺達は声をあげた。
そもそも普通に考えれば、五千の兵を陽動に使うか? という疑問すら抱かないはずだ。
「時に常識は思考を鈍らせる。私達の中にある当たり前な考え方として、五千の兵を陽動に使うはずはないと思うかも知れないけれど、帝国の兵の数なら可能かも知れない。寧ろ――――そっちが本命だと思う」
「だからルリくんにはその確認を?」
「ええ。ただ、もしもそれが本当ならとても大変な事になるかも知れないわ」
ミリシャさんは、テーブルの上にある地図を見つめる。
俺達もミリシャさんが示してくれる通り、地図を眺める。
「戦場はここから遥か南。そして、そこから更に南に帝国領があるわ。そして、私がもしこの作戦を考える身なら、攻めるなら――――――ここね」
ミリシャさんが指差す場所。
それはとても見覚えのある町だった。
「エホイ町……」
「ええ。最も近くて守備が薄いとなれば、この町でしょうね」
「でも、そもそもここまでには広い森を抜けなければならなくて、兵が通るとなると困難だからこそ今の場所がいつも戦場になるんですよね?」
「ええ。その通りだわ。ただし、それが軍隊の大勢ならね。少数ならそうでもないわ」
少数……。
確かに少数精鋭だったカシアさん達はその森を越えて、エホイ町に辿り着いたはずだ。
つまり、帝国軍の本命がそこを狙ったとしたら……?
「ミリ姉。確かにそこを狙うのが一番効率はいいと思う。でも、それはあくまで効率が良いだけで、何の得もないはずだよ?」
フィリアの言う通り、エホイ町が帝国領に最も近い町でありながら、今まで一度も戦場にならなかった理由。
単純に言えば、その地に価値は何一つないのだ。
近くに良い狩場がある訳でもない、帝国領からの道がある訳でもないので、仮にその土地を手にしても帝国領として管理は難しい。
そんな町を占領して何になるという…………
「まさか……帝国の狙いって…………」
俺の予想、外れて欲しいと願う。
しかし、ミリシャさんの口からは俺の予想と全く同じ予想が飛び出した。
「恐らく『銀朱の蒼穹』。いや、『転職士』であるソラくんに接触する事にあると思うわ」
「くっ! ソラは絶対に渡さない!」
フィリアが声を荒げる。
帝国がレボルシオン領を目指すとしたら、その最も大きい理由は俺に会う事。
それは会って話をする――――なんて生易しい事ではないかも知れない。
「でも、『転職士』の内情は、決してレボルシオン領から外には出てないはずですけど、どうしてなんでしょう?」
「そうね。少なくとも何等かの方法で『転職士』の良さを見出したのではないかなと思う。『銀朱の蒼穹』の活動からそれを汲み取るのは難しい。だってクランも未だBランク付けだからね。ここからは私の予想になるのだけれど、恐らく帝国でも『転職士』を育ててみたのではないかなと思うの」
「『転職士』を育ててみた?」
「ええ。そして、それが遂に実を結び、丁度都合よくゼラリオン王国と戦争が起きた。帝国としては北部の土地を捨ててでも『転職士』を味方に付けた方が良いとの研究結果でも出たのではないかなと予想するわ」
帝国で『転職士』を育てた結果として、新人クランの『銀朱の蒼穹』のクランマスターである俺を味方にしたい……。
「ソラくん。もしかしたら、帝国からここに向かってくる少数精鋭は『転職士』なのかも知れないわ」
ミリシャさんの言葉に、今まで予想もしてなかった事が起きようとしている事に、俺はとてつもない不安を感じる。
「だから、もし向こうに本命がいた場合、ソラくんには三つの選択肢があるわ」
ミリシャさんは俺を真っすぐ見つめ、口を開いた。
「一つ目、何もかも諦めて帝国に捕まる」
それを聞いたフィリアが何かを言い出そうとするが、カールがフィリアを制止する。
「二つ目、ソラくんはこのまま王都に向かい、ビズリオ様に現状を報告して――――守って貰う」
それはつまり…………これから王国で俺が飼いならされる事を示す。
「そして、三つ目。『銀朱の蒼穹』の力を信じて――――
戦おう」
ミリシャさんの言葉が終わり、他のメンバー全員が俺に注目する。
皆は何一つ言わないが、心を一つにして俺を見つめ訴えていた。
「…………分かりました。これから『銀朱の蒼穹』は、帝国軍を迎え撃ちます」
【ソラ兄さん。残念な事にミリシャ姉さんの予想が当たってしまったよ】
ルリくんから念話が届いた。
そうか……やはり、あの戦争そのものが陽動だったんだ。
【分かった。では相手にも強い職能持ちがいるかも知れないので、ルリくんはここからもっと慎重にその跡を追ってくれ】
【はい!】
ルリくんにはそのまま追って貰う事にして、俺達はラビの力を借りて、一足先にエホイ町に向かって飛ぶ事にした。
◇
「まさか荷台に乗って空を飛べるなんて……」
ラビの空に飛ばす魔法で吹き飛ばされてエホイ町に先回りした俺達。
ミリシャさんは空を飛んでいる間、ずっとカールに抱き付いて叫んでいた。
中々経験出来る事じゃないしな。
それにしてもうちのフィリアは楽しそうにしていて、到着したら少し残念がる表情がまた可愛い。
「それはそうと、まだ向こうはここに着いてはいないみたいね」
「ええ。もしも、相手側が先に付いていたら大変でした」
周りを見ても空から現れた俺達に驚く町民達だけだ。
町民達に挨拶をして、急いで町から離れる事を勧める。
彼らもこれから戦いになるかも知れないと言われると、素直に聞いてくれた。
ラビには大変かも知れないけど、幾度か荷台に町民達を乗せて離れの町に送って貰った。
本当にうちのラビの頑張りのおかげで、大きな犠牲も起きず済んで良かった。
戦いが終わったら、ラビにはまた大きなご褒美をあげなくては。
ラビの隣で細かいサポートをしてくれてるもう一体の召喚獣ルーにも何かご褒美をあげないとね。
ラビが町民達を運び終えた所で、丁度向こうからルリくんが姿を現した。
「ソラ兄さん!」
「ルリくん! お疲れ様! 早かったね」
「うん! 向こうに足手まといがいたおかげで遅れているみたい」
「足手まとい?」
「うん。恐らく彼が『転職士』だろうと思われるよ。周りに騎士達が十人いて、全員上級職能クラスだと思う」
「十人の上級職能!? もしかして、向こうの『転職士』は既に上級職能を転職させられるのか!?」
俺の驚いている声にミリシャさんも同調する。
「帝国で大規模に転職士を育てたのなら、今のソラくんよりレベルが高くても不思議ではないわ。その結果、上級職能に転職させられるようになっているかも……それなら帝国がソラくんを狙うのも納得出来るわね」
しかし、ルリくんは不思議そうな表情をする。
「でも、ソラ兄さんは強いのに、あっちの転職士はものすごく弱かったよ?」
「え? 弱かった?」
「うん。森の中の魔物にすら怯えているし、とてもじゃないけど、職能持ちのような強さも感じなかった。今のソラ兄さんはフィリア姉さんのような強さを感じられるんだけどね」
「う~ん、もしかして自分の職能のレベルは上がったけど、サブ職能をまんべんなく上げてしまったのかな?」
サブ職能をまんべんなく上げた場合、メイン職能のレベルより上がってない可能性がある。
それならば、まだ本領発揮はしていないかも知れないね。
「それはともかく、急いで戦いの準備をするわよ!」
「そうですね! みんな、急ごう!」
「「「「おー!」」」」
俺達はミリシャさんに言われた通り、迎え撃つ準備を進めた。
◇
「……アース様」
「ちっ! なんだ!」
森の中で中々進軍が進まない事に苛立ちを見せるアース。
その全てが自分のせいでもあるのだが……。
「まもなく、王国の町に着くはずです。そうすれば少しは休めるでしょう」
「……この忌々しい森を早く抜けたい! 急げ!」
「……はっ」
そう答える騎士も疲れた表情を見せる。
寧ろ、何故この男がここにいるのかが今でも理解出来ない騎士だった。
『転職士』。
最上級職能の中で唯一のハズレ職能。
あまりのハズレっぶりに呪いとすら言われるその職能だが、多くの騎士達が涙を飲んで、彼に経験値を捧げた。
騎士達十人もその恩恵を受けている。
最初はその恩恵を受け入れる事が出来なかったが、三年も立つと、その恩恵は素晴らしいモノにも感じられるようにはなった。
ただ、そこまでして得たいと思えるほどの恩恵ではなかった。
だから、騎士はこの『転職士』を育てる原因となった『銀朱の蒼穹』というクランマスターを一目見たかった。
一体、どんな脅迫を続けて人々を支配すれば、あの若さでクランマスターにもなれたのか。
噂によれば、幼馴染の剣聖の弱みを握り、剣聖は抗う事も出来ずずっと使われていると聞く。
――――まさに自分達と同じではないか。
しかし、これも全て上の命令だ。
従わざるを得ない。
さらに今回の戦争を囮にしてまで、王国の『転職士』を攫う事。
その犠牲を負ってでも我が上層部は、そこまで『転職士』を欲するのかと悔しさすら感じたのだ。
そんな事を思い詰めながら騎士達は『転職士』を護衛して道を進んだ。
そして、その先に漸く町の明かりを見つける。
――――その町で何が待っているかなど、知る由もない彼らは、安堵の息を吐いた。
「アース様、王国の町が見えました。急いで制圧します」
「やっとか! 殺すのは俺に経験値を吸わせてからにしろよ!」
「…………はっ」
騎士の顔が曇る。
目の前の『転職士』は、下民だが、現在は上司である。
断る事は出来ない。
このままでは、目の前の町の民を皆殺しにする事になるだろう。
他国民とはいえ、戦いに関係のない民を殺す事を良く思わない騎士は悔しさを感じる。
しかし、騎士の想いとは裏腹に、町の様子が少し変な事に気付いた。
「待って。あの町。少し変だ」
「あ? 変? どうした!」
アースが声を荒げる。
「アース様、お静かに。伏兵がいます」
「っ!?」
騎士全員が剣を抜く。
そして、周りと町の気配を辿った。
「さすがは帝国の騎士様ですね」
彼らの前に一人の美しい金髪の女性が前に現れた。
この女性はいつからそこに!?
騎士達は目の前の強敵に見える彼女を前に警戒心を最大限高める。
彼女の言葉から、自分達の正体は既にバレていると思っていいからである。
「そこから後ろを向いて戻るのなら――――そこの騎士様方々の命は見逃しましょう」
見た目なら美しい女性だが、その中身はとんでもない者だと騎士達は勘づいていた。
だからこそ、彼女の申し出は喉から手が出るほど欲しいモノでもあった。
しかし、彼らは騎士である。
その条件を飲めば、騎士として帝国で生きる事は不可能だろう。
「残念ながら、その条件は飲めませんね……」
「……そうですか。後ろの男は貴方達も好きではないように見えますが?」
「……そういう事は問題ではないのです。我々の団長の命令ですから」
「そうですか。折角の騎士が勿体ないですね」
既に勝った気でいる彼女。
しかし、この底知れぬ実力差は何度も感じた事がある
――――自分達の団長アイザック・エンゲイトとの稽古を思い出す。
帝国でも最強を誇る騎士の一人である。
そんな彼との稽古は辛かったが、楽しいモノだった。
だから彼ら一人一人、アイザックの強さを理解している。
なのに、そのアイザックと似た強さを醸し出している目の前の美少女に違和感を感じる。
「――――まさか、銀朱の姫か」
思わず、そう口にしてしまう。
他の騎士達の顔からますます余裕がなくなる。
「銀朱の姫? ごめんなさい。そういう二つ名は初めて聞くものですから」
「……『銀朱の蒼穹』でマスターを献身的に支えている剣聖が一人いると聞く。彼女はその美しさから我々帝国では『銀朱の姫』と呼ばれているのだ」
「そうでしたか。教えてくださりありがとうございます。そうですね。あなた方が仰っていたその姫というのは――――間違いなく私だと思います」
その答えに騎士は冷や汗が溢れ止まらない。
『剣聖』と言えば、世界最強の剣士である。
かのアイザックも同様に『剣聖』である。
騎士達にはその強さが身に沁みて知っているのだ。
「…………五番まで残る。他は退却」
一番前の騎士がそう告げると、他の騎士は間髪入れず行動に出る。
正面の騎士に他の四人の騎士が居残り、他の五人が逃げ出す。
その中の一人がアースを担いで逃げ去る。
「なっ!? お、おい! あんな女一人に恐れをなして逃げるのか!!」
何も知らぬアースの声だけが空しく響いた。
「……そうですか。分かりました。あなた方の勇気に免じて、私は追わないであげます」
「…………全員、命を捧げよう!」
「「「「はっ!」」」」
五人の騎士がフィリアに仕掛ける。
何も言わずとも、五人は息のあった動きが洗練された訓練を受けている事を示す。
フィリアは腰に掛かっていた二振りの剣を取り出す。
その圧倒的な威圧感が騎士達を襲うが、それに決して怖気づく事なく、騎士達はフィリアに剣を振り下ろす。
二人の剣はフィリアのそれぞれの剣によって防がれる。
剣を止められている間に、両脇から二人の騎士が飛び出した。
一人は突き攻撃、一人はなぎ払い。
フィリアは内心、この連携の速さに感服するほどだった。が、その攻撃がフィリアに届く事はなく、剣の柄から伸びる包帯が二人をはねのける。
「包帯が金属のように固い!」
一人の騎士がそう声をあげる。
情報共有も簡潔且つ正確に伝える騎士達。
それから数分間に渡る攻防が続く。
騎士達の懸命な攻撃にも関わらず、彼女は一切動揺する事もなく、淡々と跳ね返した。
「あなた方には聞きたい事があるので、このまま捕縛させて貰いますよ?」
「……我々五人相手にそこまで余裕か!」
騎士達はフィリアから距離を取る。
「「「「「上級騎士奥義! 陣撃破閃!」」」」」
五人の騎士の剣が赤黒く光る。
同時に飛び上がった五人の攻撃が大地を震わせる音を響かせながらフィリアに襲い掛かった。
「剣聖奥義、朧月ノ夜風』
風景が歪み、数秒後戻った風景の中には全員傷だらけの騎士五人が倒れていた。
「取り敢えず、これで五人捕縛だね」
フィリアの言葉が終わると、何処からか現れたアムダとイロラがすぐさま騎士達を捕縛した。
「くっ! ここまで来て逃げるというのか!」
騎士に持ち上げられているアースが声を荒げた。
それに一人の騎士が悔しそうに答える。
「アース殿。あなたは我々帝国の希望です。あの『剣聖』を目の前にして分かりました。あの若さで既にアイザック様に匹敵する強さがあります」
「なっ!? アイザック様と匹敵!? あの女が!?」
「はい。それは間違いなく『転職士』の力でしょう…………アース殿。もしかしたらこのまま逃げ切れるかすら怪しいです。ここからは帝国に逃げ帰る事だけど考えてください」
「…………」
いくら世間知らずのアースでも騎士の悔しさに滲み出る言葉を理解出来なくはなかった。
――――力がない者。強過ぎる力を前にした者。
そんな者が口にする言葉だからだ。
アースも何処か悔しさを感じる。
その時、前を走っていた騎士が転ぶ。
「がはっ!」
他の騎士達がその場に止まり、剣を抜く。
「あ、足がぁぁ!」
倒れた騎士の両足は、既に騎士から切り離されていた。
「悪いけど、その男は帰さないよ?」
騎士の前には絶望に等しい威圧感を放つ存在が見え始めた。
美しい黒髪をなびかせて、その隙間から見える青い瞳から、静かで冷たい殺気が騎士達を襲う。
「残念だけど、私はフィリア姉さんのように優しくはないよ?」
そう告げる少年。
まだ自分達より遥かに幼い彼からは、絶望しか感じられなかった。
騎士達は抜いた剣で少年に仕掛けようとするが、一人、また一人、その剣を持っていた腕がその場に落とされた。
「「「腕があああ!」」」
斬られた腕を絶望的な表情で見つめながら、その場に崩れ落ちる騎士達。
そして、最後のアースを守っていた騎士が一歩前に出る。
「う、うわあああ!」
既に恐怖に支配された騎士の攻撃は、少年に届く事はなかった。
そして、少年がアースに向かって歩き出そうとした瞬間。
ゴゴゴゴゴォ!
森の奥から大地を震わせるような凄まじい轟音が少年を襲う。
遠くからの攻撃に、既に少年はその場から避けており、遥か先に離れた。
少年が立っていた場所は、地面が大きく抉れていた。
凄まじい攻撃が飛んできた先から、一人の男が威圧感を放ち、前に歩いて来た。
「あ、貴方様は!?」
アースが驚くも、すぐに男に睨まれて口を閉じた。
「…………おい。お前、前に出てこい」
男が向かって喋った場所から、先程の少年が降りて来た。
お互いに冷たく殺気めいた視線で睨み合う。
それだけでその場にいる人は息すら出来ないほどである。
「『銀朱の蒼穹』の者だな?」
「ええ。あなたは?」
「俺は帝国のエンペラーナイトの一人。アイザック・エンゲイトだ」
静かに怒りを抑えてそう告げる男。
「……その男は渡せませんが」
「…………この場で俺と戦うのか?」
「そんな愚かな事はしませんが、この場で貴方を足止めすれば、すぐに俺の仲間が来るはずです」
「…………中々肝っ玉の据わった少年だな。それも『転職士』の力か?」
「そうですね。全てマスターの力と言えるでしょう」
「そうか」
淡々と話した男は、少年の前に小さな袋を投げた。
「これはお詫びだ。それとこいつのは『転職士』であっている。レベルは5。経験値は32人まで。」
「…………」
少年は目の前の袋を静かに拾う。
中身を確認しなくても、それが高価な物である事くらい容易に想像がつく。
「後に騎士達十人は解放しましょう。ただし、ここの五人は五体満足ではありませんので、悪しからず」
「ああ。承知の上だ」
そう呟くアイザックは、放心状態のアースを抱きかかえた。
「主に伝えろ。このアイザック。この屈辱はいずれ晴らす」
「……分かりました」
そう言い残したアイザックは、怒りをぶちまけるかの如く、凄まじい速度でその場を去った。
◇
「ルリくん!」
「ソラ兄さん」
「怪我はない!?」
ルリくんからエンペラーナイトと対峙したと連絡があった時はどうなる事かと思ったけど、どうやら無事のようで、本当に安堵した。
「うん。大丈夫。傷一つ付いてないから大丈夫! それにしても勝手に約束決めてごめんなさい」
「ううん。ルリくんが無事ならどうって事はない。それにあの取引を許可したのも俺だし」
相手が何か分からない物を出して、『転職士』の情報まで先に公開してくれた。
その事で、余程あの転職士を大切にしているんだと知ったから、ルリくんにはあれ以上手を出さないように指示していた。
おかげで、帝国の最強騎士と相まみえる事なく、事が済んで良かった。
俺達は一旦倒れている騎士達を連れ、エホイ町に帰還し、騎士達を回復してあげる。
そして、次の日、目を覚ました彼らに事実を告げると悔しそうな涙を流した。
無傷の五人の騎士が、欠損騎士となった五人と共に俺達から遠くなる様は、何処か悲しみすら感じてしまった。
人との戦いはここまで覚悟が必要なのだと、俺は今回の一件で心の中で強く決心した日となった。
◇
エンゲイト家屋敷。
アイザックの前には、アースが土下座している。
「アイザック様! 俺にもう一度チャンスをください! 今度は……絶対にあの『転職士』に負けません!」
「……アース」
「はい!」
「今回の戦いで、あまりにも多くを失った」
「はい!」
「本当なら、お前を切り刻んでやりたいとも思ったが、それでは亡くなった者やここまで頑張って来た者、そして、これ以上戦う事が出来ない彼らに面目が立たん」
「はいっ!」
「だから、これは命令ではなく、一人の男として頼む。彼らの分まで強くなれ」
「はいっ! 必ずや!」
奇しくも、この戦いで、帝国の転職士がその牙を磨く事となるのであった。