【潜入完了】

 ルナの報告の念話が響く。

 もちろん、聞こえる人など、誰もいないが、その向こうに聞いている仲間がいる。

【ルナ。気配がバレそうなら逃げ優先でね】

【うん!】

 向こうから聞こえる優しい声に、ルナは嬉しくなり頬が緩む。

 だが、今の自分は暗殺者であり、隠れ身だ。

 こんなに感情を簡単にさらけ出すなんていけない。と自分の心を宥める。

 ルナはそのまま闇と影に紛れ、屋敷の捜索を進めた。



 一際豪華な扉を発見するルナ。

(ここかな?)

 彼女は影のまま、扉の隙間から中に入る。

 扉には頑丈な魔法が施されていて、鍵を開けなければいけないようだ。

 しかし、影の対策はしていない……?

 部屋の中には高級な調度品が沢山並んでいる。

 本棚には無数の本が並んでいる事が、この部屋の持ち主がこの屋敷の主である事は明白だ。

 この世界で本はとても高価な物であり、それが壁一面を覆っているだけで、その財力を示しているのだ。

 ルナは依頼通り机や本棚を探し始めた。



 ◇



 両軍の前線。

「…………帝国め、意外と少ないな?」

 丘の上から両陣営を眺めているインペリアルナイトの一人であるハレインはそう呟く。

「だが、我々の軍よりは遥かに多いと思うがね?」

 ハレインの隣に立っている中年がそう話す。

 遠目からでも強者である事が分かるほどの人物。

「ジェローム殿。そうかっかしなくても戦争はもう始まっているのですよ?」

「…………」

 ジェロームと呼ばれた人物こそ、インペリアルナイトの最後の一人『ジェローム・オルレット』である。

 保守派であるジェロームとしては、現状に不満を感じていた。

「しかし、あれだけの大軍をどうするつもりだ? ハレイン」

「ん~、ジェローム殿が中で暴れてくれると嬉しいんですけど~」

「…………」

 ジェロームがハレインを睨む。

「あははは、冗談ですよ。冗談。既に手は打ってますから」

 まるで戦争を楽しんでいるような口ぶりにジェロームの苛立ちは募るばかりだった。



 ◇



(あった)

 ルナは本棚の奥に仕舞われていたとある紙を手にした。

 それにしても随分と警戒が薄いと思うルナだったが、実はこの部屋には幾つもの侵入者の対策が施されている。

 しかし、ルナはアサシンロードであり、既にレベルも8となり、更にはソラのスキル『ユニオン』によりそのスキル効果が上昇する事により、部屋の主の対策など一切を無視して入る事が出来たのだ。

 ルナは、他にも証拠がないか一通り探し、その屋敷を後にした。



 ◇



【ソラお兄ちゃん。例の物見つけたよ】

 ルナちゃんから連絡が届いた。

 どうやら潜入が上手く行ったみたい。

【安全な場所に着いたから、中身を話すね? 親愛なるハレイン殿。此度の戦争の手引きに感謝する。貴殿の策のおかげで、我が国の底辺冒険者達を纏める事が出来た。我々帝国は王国を随分と舐めている。兵は五千。これで十分に王国に勝てると豪語した将軍とその家の長男が軍を率いている。彼らは今まで数の戦術しか取った事がない。貴殿なら余裕で対応出来よう。帝国が敗北した暁には、儂が全力で内部から批判を強めるので、帝国北部は貴殿の物となるだろう。――――帝国宰相『ローレンス・ウィラゼル』より】

「そうか…………ビズリオ様の予想が当たったって事になるのだね」

「ええ……」

 ルナちゃんの報告を聞いた全員が溜息を吐く。

 ビズリオ様の予想通り、ハレイン様が帝国と内通している可能性があると聞いた時には耳を疑った。

 だって、帝国と内通しているのに何故戦争を起こすのかが疑問だった。

 その予想としては、王国を帝国に売る――――と予想していたが真逆だった。

 これで帝国の領土を削ろうとしたのだろう。

 帝国でも内部の敵を削ろうとして、同じ仲間を見つけたって所だろうか。


 その密書をルナちゃんに頼んで、ビズリオ様に渡す事にした。



 ◇



 両軍の前線。

 帝国陣営の大きな爆発が起きる。

「な、何事だ!!」

「しょ、将軍! 敵襲でございます!!」

「なんだと!? 王国軍は向こうにいるではないか!」

「どうやら後方の森に隠れていたみたいです!」

「なに!? 森を探索した時には誰もいなかったと言ったではないか!!」

 帝国軍が布陣する前に、近隣の探索は終えているはずだった。

 なのに、森の中から王国軍が攻撃してきた事に、将軍は慌てふためく。

 その時。

 将軍の身体に刺さる音が天幕の中に響いた。

「が、がはっ!? ど、ど、どうして……」

「……ふふっ、そもそも裏切り者は僕さ。君のような無能に付いて行くと本気で思っていたのかい?」

 将軍に剣を刺した男は不敵に笑った。

 しかし、男の笑いはその場で終わる事となる。

 天幕の外から伸びた槍が男の頭を貫通したのだ。

「……くっくっくっ。無能な親父殿の暗殺ご苦労。そして、おやすみ。俺の礎となれ」

 将軍の息子は、父親の()を取り、冷たくなっている父親を眺めた。

「これは王国軍に感謝せねばな。おかげで普段全く隙のない親父殿をこうして殺す事が出来たから――――――全軍! 父上が王国軍の卑怯な手によって暗殺された! これから全軍の指揮を俺が執る! 全軍、このまま王国軍を蹴散らすぞ!」

 帝国軍に進軍を命令する太鼓の音が響いた。

 そして、帝国軍はその命令通り、王国軍に向かい進軍を開始する。

 後方の一部の兵は森に隠れている兵に向かった。