『銀朱の蒼穹』を訪れた一団が冒険者ギルドにいるとの連絡を貰ったので、フィリア達と一緒にギルドに向かった。
ギルドに入ると、受付嬢のミミーさんが出迎えてくれて、早速案内してくれた。
何故か向かうのだが、冒険者ギルドから離れるのに少し不安を感じる。
街に出て、そのまま向かったのは――――
とある鍛冶屋だった。
◇
「お、やっと来たか! ……ん? ガキばっかじゃねぇか」
金属を叩く音が外まで響いている鍛冶屋に入ると、中で厳ついおっちゃんが待っていた。
その奥では多くの若者が懸命に金属を叩いていて、その音の迫力と雰囲気に圧倒される。
「お待たせしました。こちらが『銀朱の蒼穹』の皆様です」
「ちっ…………当てが外れたな。まさかこんなガキどもだとは」
紹介されてすぐに舌打ちをする男性。
最初の印象は、まあ……最悪だよね。
「俺は『銀朱の蒼穹』のリーダーのソラです。俺達を探したと聞いてますが?」
「…………ああ、俺は鍛冶屋。『爆炎の鍛冶屋』と呼ばれているガイアという」
ガイアさんと名乗った男性。
彼は二つ名を名乗った。
この二つ名は、その業界でも多くの実績を残した人だけが名乗る事を許され、とても名誉ある事だ。
それだけで彼が凄腕の鍛冶屋なのが分かる。
更に外見とオーラから見ても凄腕の鍛冶屋なのが分かるくらいだ。
「それで、二つ名を持つ鍛冶屋がどうして俺達を?」
「…………」
「こほん、ソラくん」
ミリシャさんが一歩前に出た。
「『爆炎の鍛冶屋』という二つ名は、冒険者ギルドでもある意味有名なの」
「へぇー、有名なんですね」
ミリシャさんの言葉を聞いたガイアさんはまた「ちっ」と舌打ちをする。
「ええ。禁忌魔剣を作った男としてね」
ミリシャさんから出た言葉が意外で驚いたが、一瞬ガイアさんの顔に悲しみが覗けた。
「ちっ、あれは…………はぁ、いいや。おーい! お前ら! 出て行くぞ!」
懸命に金属を叩いている人達に大声をあげるガイアさん。
そんなガイアさんの前に立った。
「あん?」
「貴方は俺達に用があったんですよね? まだ聞いてませんけど?」
「は? お前、あの姉ちゃんから聞いてなかったのか!? 俺は魔剣を作った男だぞ!?」
「それがどうかしたんですか?」
「は?? 魔剣は禁忌の一つで、それを作った人間が……」
「もし貴方が禁忌を冒しているなら、ここには来れないと思います。それに――」
「それに……?」
「だって、貴方はあそこで頑張っている皆さんから、とても親しまれているみたいですから。人から親しまれる人に悪い人がいるとは思いません。貴方が悪人にも見えません」
俺は思う事をガイアさんに伝えた。
ガイアさんの目が大きくなってから目を瞑り暫く考え込んだ。
金属を叩いていた人達の手が止まっている事もあり、鍛冶場内が静寂に包まれる。
彼らも俺達もガイアさんに注目した。
そして、ガイアさんが目を開ける。
「俺達が仕えるクランを探していた。ここにはまだ新しいにも関わらず、大きな偉業を成し遂げたクランがあると聞いて来てみた。しかし、まさか……そのクランマスターが子供だったとは……」
この世界の鍛冶屋は、一般人では決してなれない。
鍛冶屋になれるのは、ドワーフ族と職能『鍛冶屋』を持った人だけだ。
ドワーフ族は種族スキル『鍛冶』があるので、鍛冶を行える。
しかし、人族は鍛冶を行おうとしても完成せず、いくら金属を叩いても自分が思い描く形にならないのだ。
唯一、職能『鍛冶屋』を授かった人だけが、辛うじて鍛冶を行えるのだ。
そういう事もあって、人族は他種族よりも装備が弱いと言われている。
それでも人族が他の種族よりも繁栄している理由は少数の強者と少数の神々の装備のおかげだ。
そんな人族に数少ない『特殊職能』の一つ、『鍛冶屋』。
俺の職能『転職士』も特殊職能の一つである。
職能は大きく『基本職能』と『特殊職能』に分かれる。
基本職能は単純に言えば、一般的に職能の中で数が多い職能を指すんだけど、俺の『転職』で転職出来るのが、この基本職能という事になる。
余談にはなるが、中級職能の中の召喚士は今まで特殊職能と呼ばれていたが、転職できた。
つまり、召喚士は特殊職能ではなかったという事になる。
そして、特殊職能は単純に、俺が転職させられない職能を指す。
現在、俺は下級と中級しか転職させられないので、もしこの先『上級職能』が転職可能になれば、上級職能の基本職能と特殊職能も知る事となるだろう。
少なくとも『鍛冶屋』は特殊職能な為、転職させられないのだ。
「いいですよ? 俺達も凄腕の鍛冶屋なら大歓迎ですから」
「…………いや、悪いがそれは俺が認めねぇ」
「ふむ……それでは何か条件を出されるんですか?」
「ああ。お前が子供だから、じゃねぇ。俺が仕えるに相応しいか相応しくないか試させて貰う。それでいいか?」
「いいですよ」
俺の即答にガイアさんが少し驚く。
「……俺はお前の事を子供だと揶揄した。それでもいいというのか?」
「そんなの気にも止めてません。だって、俺がまだ成人していない事は事実ですし、ガイアさんが思っているようなクランマスター像ではない事くらい知っています。ですが、俺には俺の強さがあります。それを証明出来れば、ガイアさんはきっと俺達の力になってくれると思いますから」
ガイアさんが不敵な笑みを浮かべた。
ガイアさんはテーブルの上に五つの剣を出した。
ぱっと見、一本以外どれも最上級品の剣に見える。
「ここに俺が作った剣が一本だけ入っている。それを当てる事が出来たら、クラン『銀朱の蒼穹』専属鍛冶屋になろう。どうだ?」
「いいですよ。これほどの腕を持つ鍛冶屋を味方に出来るなんて、今の俺に最も欲しかった力です」
ガイアさんの表情が固くなった。
静かにテーブルを見つめている。
「触ったり、鞘から抜いてみても?」
「いいぞ」
俺はそれぞれの剣を一本ずつ鞘から抜いて並べた。
一つ目は、赤い刀身が美しく、それ以上に特別な力を感じる。長さも普通の長剣と同じ長さなので、とても使いやすそうだ。
二つ目は、細い剣だった。長さは普通の長剣と変わらないんだけど、刀身の幅が三分の一くらいしかないが、その分とても軽い。
三つ目は、少しいびつな形をしていた。長さは普通の長剣だが刀身が真っ黒で、刃部分がギザギザしている。魔物の歯のようだが、細かい歯の部分まで鋭利に作られていた。
四つ目は、短い剣だ。綺麗な翡翠色をした刀身で、長さは長剣の半分ほど。短剣と呼ぶには長い。言わば小ぶりの剣……短刀と呼べるくらいの大きさだ。こちらも刀身から不思議な力を感じる。
五つ目は、ごく普通の長剣だ。何の捻りも、不思議な力も全く感じない。寧ろ、今にも折れそうにも見える。
五本の剣を全て見終えた頃、ガイアさんが驚きの事を口にした。
「もし見抜けなかったとしても、選んだ剣はやる」
なるほど……それもまた大きな揺さぶりだと思えた。
四つの剣はどれも超一級品。
もし、欲張ってそのどれかを選んで失敗しても、その剣は手に入る。
つまり、鍛冶屋を雇わなくても超一級品の剣が手に入ればそれはそれでいい。と思う人もいるかも知れない。
しかし、ここで大きな違和感を感じた。
五本目の剣。
何処にでも売ってそうな普通の剣。それを彼が打った剣だと言うのも不思議だ。
俺は五本の剣をゆっくり見回した。
――――そして。
「分かりました。これです」
俺は一本の剣をガイアさんの前に突き出した。
「……どうしてこれだと思ったんだ?」
「まずは長さですね。恐らくですけど、刀身に何かの魔法のようなモノが込められている気がします。それを主軸に使う為の武器なのでしょう。となると、刀身が長いとその分、簡単には使えない……しかし、この形だといざという時に剣として戦う事も出来る。恐らくですが、それがガイアさんが見つけた『武器』としての形だったのかなと思いました」
目を瞑り俺の答えを聞いたガイアさん。
「この中で唯一普通の剣がある。それだとは思わなかったのか?」
「五番目の剣ですね。確かに、この中では最も普通の剣で、他の四つのように作ったとは思えないくらい一級品物と違って、至って普通ですね。ガイアさんがはるか昔に作った剣。なんて事も思ったんですけど、魔剣を作ったと噂されるほどの方の最初の作品にしても弱すぎるのだと思いました」
「…………最後に俺を雇ってくれると言ったが、その理由はなんだ?」
ガイアさんの質問に、迷うことなくまっすぐ見つめ答えた。
「はい。『銀朱の蒼穹』はマスターである俺が強いクランではありません。さらに剣聖であるフィリアだけで成立しているクランでもありません。俺達はみんなが揃って初めて強いんです。武器や防具は俺達を強くしてくれる。より良い武器を持てばそれだけみんなが強くなって、またみんなで一緒に帰って来れますから、その為に鍛冶屋を雇うのはクランマスターとしてとてもうれしいことなんです」
俺はテーブルの上の剣全てを撫でた。
「ここにある剣、全てがどれも素晴らしい超一級品です。最後の普通の剣も俺には分からない何かの隠し要素があるような気がします。だって…………ここにあるどれもが『爆炎の鍛冶屋』が本気で作った剣ですからね」
「…………くっくっ、がーははははっ! 参った! 俺の完敗だ!」
大声で気持ちよく笑ったガイアさんは、俺をまっすぐ見つめた。その瞳には熱い想いが感じられた。
「全て正解だ。ここにある武器は全て俺が打ったモノだ。五本目も見た目はこうだが隠れた仕掛けがある。本当ならそれを見極めた人にこそ仕えたかったのだが…………ここまでコテンパンにされたら、逆に清々しいくらいだ」
「ふふっ、だってこの剣をテーブルに置くガイアさんの手付きは、自分の身体の一部かのように大事に置いてましたからね」
「がーはははっ! そんなとこからもばれていたのか。こりゃ……とんでもないクランマスターを見つけてしまったかも知れないな」
後ろでガイアさんを見守っていた人達も安堵したように息を吐いた。
「ではガイアさん。改めてよろしくお願いします。俺は『銀朱の蒼穹』のマスターのソラです」
「『爆炎の鍛冶屋』と呼ばれているガイアだ。よろしく頼む。これから専属鍛冶屋として鍛冶事は任せてくれ」
俺とガイアさんは固い握手を交わした。
その手は長年金属を打ち続けた事が分かるほどに豆だらけの手だった。
『銀朱の蒼穹』と『爆炎の鍛冶屋』が専属契約を結んだ。
意外にも鍛冶屋の給料は思っていたより高い訳ではなくて驚いた。
ミリシャさん曰く、土地を持った者が最も稼げるらしくて、毎月入ってくる土地代でいまだに多く余っているほどだ。
レボルシオン領の警備隊、孤児院の経営などを営んでいても全然減らない。
「寧ろ、増えてない?」
目の前の明細を記入した紙を見ながら口に出してしまった。
「ふふっ、ソラくん。そもそも孤児院経営は『弐式』で補っているし、警備隊の分は『参式』が補っているのよ?」
「ええええ!? じゃあ、全然使ってないじゃないですか!」
「そうよ? 始めた頃こそは、少し減っていたけど、今じゃ全然減らないというか、寧ろ収入が増えて、なぜか税収も増えたわよ? 税をこれ以上安くすると周りの領に迷惑がかかるからそれもあまりおすすめ出来ないわね」
「…………ミリシャさん。この貯まっていくお金ってどうしたらいいんですかね……」
「ん~、ソラくんが贅沢する?」
「嫌です!」
「じゃあ、ソラくんが沢山奥さんを作る?」
「もっと嫌です! それやったらフィリアに殺されるかも知れませんよ!?」
「あら、フィリアちゃんが良いって言えばいいんだ?」
「ち、違います! 俺はフィリアだけ――――」
ニヤニヤしているミリシャさんを見て、またやられたって気づいた。
「冗談はこの辺にして……ん~お金をもっと使う方法か~、あ! 一つだけあるかも」
「本当ですか?」
「ええ、とても簡単で、しかも大量の金を使って、でもゆくゆく自分の為にもなる事かな!」
「おお! さすがミリシャさんです! ぜひ教えてください!」
「ふふっ、それはね」
ミリシャさんが得意げに人差し指を立てた。
「土地を買う事ね!」
「…………土地?」
「ええ。例えば、隣領地のセグリス町の土地を大量に購入するとかね」
「あ! 確かに、あそこなら買える土地も多いですね」
「ええ。セグリス町がある領は『自由領』と言って、貴族様の土地ではなく、自由に売買出来るのよ。今は殆どがクラン『蒼い獅子』の持ち物だけど、言えば売ってくれると思うわ。レボルシオン領ほどの住民もいないから採算を取るよりは、まとまった額で売った方が賢い選択だからね」
「なるほど……ありがとうございます! その線で考えてみます!」
まさか、余ったお金で土地を購入するなんて考えた事もなかった。
しかも、この土地の権利を『土地所有権』というもので、人が決めるのではなく、なんと女神様の恩恵の下に発生する。
例えば、レボルシオン領の土地全ては、俺が『土地所有権』を持っている。
それはステータスにも表示され、正当な権利で、その権利を使えば、土地の効能を消す事ができる。
例えば、脆くなる土地にすれば、そこに建っている家が崩れる事になるだろう。
農地なら作物を全く育てさせなくさせる事も出来る。
そのように、土地の権利というのは、神から認められた権利である。
その権利の売買が成立すれば権利が移動する。全ては女神様の恩恵で自動的に行われるので、こちらが特別な何かを準備する必要もない。
あともう一つ方法としては、略奪する方法がある。
例えば、戦争などで土地の権利者がその土地から逃げたとする。
すると権利者が土地から逃げたという判定になる。
そのまま二百四十時間、つまり丸十日が経過した場合、その土地を攻め入った者に所有権が移る。
それと、逃げずに土地から離れている場合は、その土地で一年間生活を送った者に所有権が移るが、賃貸契約で報酬を払っている場合は、所有権が移らないのだ。
所有している土地で知らぬ人が住み着いた場合も、毎月その知らせが所有者に知らされる恩恵もある。
これも全て女神様の恩恵で判断されるので、土地を巡って詐欺まがいことや、土地を知らぬ間に奪う事も不可能である。
俺は早速冒険者ギルドを通じて『蒼い獅子』に連絡を取った。
セグリス町を中心として、周りの町の土地を売って欲しいと申し込んだのだ。
まだ全部買い取る事が出来ないけど、これから定期的に買い込む事にしたいからだ。
冒険者ギルドから連絡を取ってくれるそうなので、その返答には少し時間が掛かりそうだ。
『銀朱の蒼穹』の『鍛冶組』となってくれたガイアさんは、レボル街の鍛冶屋で俺達のクランの専属で武器と防具を打ってくれるようになった。
ガイアさんが連れて来た若い人達は、どうやら弟子らしく、全員で六名いてみんな鍛冶屋の中でも中々の腕を持っていた。
ガイアさん自身は『銀朱の蒼穹』のメインメンバー用の装備作りに集中するそうだ。
俺は以前選んだ翡翠色の小剣をそのまま貰う事にした。
風属性の魔法を放てるらしく、剣単体でも非常に強い性能を誇っていて、鋼鉄くらいの鎧なら簡単に斬れるくらいの切れ味だった。肉みたいに斬れた鋼鉄の鎧を見て、ガイアさんを味方に入れ込めたのが心の底から良かったと思えた。
満場一致でフィリアの双剣を先に作って貰う事にしたので、フィリアと一緒にソワソワしながら待つ事にした。
フィリアの双剣が完成まで暫く掛かるとの事で、ガイアさんから珍しい素材を取って来るようにお願いされた。ほぼ命令だったけど。
レボルシオン領でまだ行った事がない場所に行く事となった。
西にあるダンジョン『石の遺跡』から更に西に進んだところにホレ村という小さな村があり、そこから真っすぐ北に進んだ場所にある『ハイオークの平原』にやってきた。
レボルシオン領唯一のBランク上位魔物が住んでいる場所だ。
この平原にフロアボス『ハイオーク』が出現する。強さは『フォースレイス』と同等の強さを誇る。
ただ『フォースレイス』の場合、その強さは眷属無限召喚というのもあっての強さだが、通常Bランク上位魔物は単体での強さとなる。
冒険者ギルドから狩場情報を買い、ある程度の知識は得た。
出来ればフィリアの双剣が完成してから狩りたかったけど、ハイオークの牙が欲しいから取ってこいって言われてしまったので戦うしかない……。
今回は念の為に、『弐式』の十二人と、『参式』から上位職能を持つ二人に来て貰い、二十名の大勢で平原にやってきた。
「フロアボス以外はCランクのオークが大量に現れるから、そこは弐式のみんなお願いね」
「「「「はい!」」」」
前衛が前に出て、後衛がしっかり全方位に対応する。
『銀朱の蒼穹』らしい布陣だね。
平原の遥か向こうに一際大きいオークの頭が見える。恐らくはあれがフロアボスの『ハイオーク』なのだろう。
そこに辿り着くまで、通常オークも多く見えた。
「では作戦開始!」
俺の号令で『弐式』の十二人が前に飛び出した。
それに合わせて俺達も付いて行く。
「ロイドくん! 一体目の強さを調べたい! お願い!」
「あいよ! シールドバッシュ!」
メイリちゃんの指示で最初のオークを盾で殴るロイドくん。
盾で殴られたオークが飛ばされる。
「本体が空中に飛んだ! 強さは弱と判断!」
「「「「あい!」」」」
俺には何の事なのか分からない事を話し合う『弐式』。
『弐式』ならではの作戦も沢山あるみたいだね。
それから前衛が先に前に出る事はなく、『ハイオーク』に向かって走っている間は、後衛の遠距離攻撃がメインだった。
「ねえねえ、メイリちゃん」
「はい!」
「さっきの強さが強ならどうなるの?」
「その場合は、敵の前で必ず全員止まりますし、後衛が先に攻撃はしません。必ず前衛が動ける状態で戦い始めます」
わぁ……メイリちゃんって、もしかして俺より指揮官に向いているんじゃ……。
メイリちゃんは直ぐに次の指示を出して、次々とオークたちを倒していった。
オークは消滅系の魔物で、その場にオークの牙が残る。
時折、オークの心臓という石が落ちるんだけど、それは鋼鉄までの武器や防具を修復してくれるアイテムなので、非常に人気が高い。
鍛冶屋が多くないこの世界で、一番メインの鋼鉄までの金属の武器や防具のメンテナンスは欠かせないのだ。
今回は狙いが『ハイオーク』なので、オークの牙は取り敢えず無視して進む。たまに出るオークの心臓だけ『参式』から参戦したカシアさんとエルロさんが素早く拾ってくれた。
二人とも見ないうちにとても強くなっている。
実は二人は獣人族の種族職能の『獣人』ではないのだ。
その更に上、エルロさんが『獣強人』で上級職能であり、カシアさんが『獣王』で最上級職能だ。
ただ種族職能は基本職能よりも少し下みたい。
それでも獣王となる最上級職能を持つカシアは、レベルが低かったのもあってフィリアにボコボコにされてただけで、フィリアと同じレベルだと、ほぼ同じくらいの力だった。それでもフィリアにはボコボコにされていたけど……。
そんな二人はまだ力を蓄えている。
サブ職能は『武道家』にしていて、既に『集中』というスキルが使えて、そのスキルを使っている間はフィリアでも勝てない程には強い。
『弐式』が全力で道を開いて、俺達は遂に『ハイオーク』のあと一歩のところまで辿り着いた。
「さて、『ハイオーク』はここに来る間に話したように、単騎でとても強い魔物らしい。見るからに強そうだからね」
「受け止めるのは難しいかな」
「基本的にいなすようにかな。最初はフィリアを主軸に仕掛ける! 他はタイミングを見て、仕掛けるよ!」
「「「「はい!」」」」
「ラビは攻撃よりは、前衛にバリアを重点的にね!」
「ぷー!」
「行くぞ!」
俺の号令に合わせて、フィリアが飛び出した。
初速は遅めで走る。
それに続き、見え始めたハイオーク。
フィリアがハイオークにぶつかる前に、『弐式』の弓士と魔法使いが周囲のオークを殲滅し始めた。
ハイオークと戦っている間はオークは邪魔だからね。
周囲のオークもどんどん減り、遂にフィリアがハイオークに双剣を振り下ろした。
肉が斬られる音がして、ハイオークの叫び声が響く。
その圧倒的な威圧感が僕達を襲った。
大きな包丁型大剣を片手で持ったハイオークの大剣がフィリアに振り下ろされた。
サラッと避けたフィリアはそのままハイオークの手を斬る。
直ぐに後方から二本の真っ赤な弓矢が飛んできて、ハイオークの頭で爆発した。
「魔法を足元に!」
後衛の魔法使いから両足を目掛けて魔法を放つ。
色んな魔法が飛びかかり、ハイオークの両足を傷つける。
その衝撃で、ハイオークが倒れた。
「目を重点的に攻撃!」
俺はすかさず指示を飛ばした。
アムダ姉さんとイロラ姉さんが倒れ込んだハイオークの顔を両側から攻撃し始める。
その攻撃を邪魔しないように、カールの魔法が上空から放物線を描き、ハイオークの倒れ込んだ顔に直撃する。
数秒攻撃を終わらせると、ハイオークから真っ赤なオーラが出始めた。
「例の攻撃が始まった!! 全員退避!!」
直ぐに全員がハイオークから真っすぐ遠くに逃げ始めた。
そして、
ゴゴゴゴゴォ
ハイオークの周囲で強烈な爆発が起きた。
爆発による爆炎が周囲を包み込み、空に舞い上がる。
爆炎が消えた跡に、ハイオークが悠々と立ち上がっていた。
「一回目終了! あと二回!」
ハイオークはある程度体力を削ると、周囲に爆炎を撒くとの事だった。
案の定、一度目の爆炎が終わった。
もう二回あるので、それまでまた削らないといけない。
起き上がったハイオークは、一番近くにいたフィリアに向かって飛びかかった。
そのタイミングに合わせて、弐式の弓矢が周囲の普通のオークたちに飛ぶ。
ハイオークの強烈な攻撃が、フィリアがいた場所に大きなクレーターを作る程に叩きつけた。
土や石が周囲に飛び散る。
みんな飛んできた石を避けながら、ハイオークの次の行動に注目する。
弐式のおかげで、周囲のオークが全く寄せつけていない。それがとても助かっている。
周囲に散った仲間達には攻撃より回避するように伝えてある。
タイミングを見計らって、一か所――――俺のところに集まる事になっている。
ゆっくり体勢を戻したハイオークがフィリアを狙って、次々攻撃を繰り返しながら進んだ。
フィリアは一撃一撃しっかり避けつつ、後方に――――俺の方に逃げてくる。
「よし、次!」
次の合図をすると、カシアさんとエルロさんが武道家のスキル『集中』を使う。
「エルロ、左足を頼んだ!」
「おうよ!」
走っていたハイオークのそれぞれの両足に二人の打撃が刺さる。
本来ならびくともしないはずのハイオークがぐらつく。
「獣王奥義! 牙連双撃!」「獣強人奥義! 岩破撃!」
ぐらついているハイオークの足に二人の強烈な攻撃が更に追撃する。
「ハイオークが倒れる! 欲張らずに攻撃!」
みんながそれぞれの部位にダメージを蓄積させていく。
その時、倒れたハイオークの右手が接近していたアムダ姉さんを殴り飛ばした。
「アムダ姉さん!」
「くっ! 大丈夫! ラビちゃんのバリアが効いてるよ!」
吹き飛ばされたアムダ姉さんに、ミリシャさんが急いで走って行き、慣れた手付きで回復魔法を掛ける。
「よくやったラビ!」
「ぷぅー!」
また起き上がろうとするハイオークの顔面にカールの魔法が炸裂する。
そのまま一分ほどが経過した時、ダメージが蓄積されたハイオークから赤いオーラが立ち上った。
「二回目! 全員退避!!」
そして、一度目同様、爆炎が舞い上がった。
隣に来たラビが「ぷぷぷー!!!」と鳴き声を上げた。
どうしたんだろう? と思っていると。
ラビの風魔法で、爆炎がそのまま上空ではなく、ハイオーク自身に降り注いだ。
グラアアアアアア!
ハイオークの悲痛な叫びが周囲に広がった。
自分を守ろうと放った攻撃が、自分に降り注いで来たのは想定外なのだろう。
爆炎が消えた後、ボロボロになっているハイオークの正面にフィリアが立った。
「剣聖奥義、百花繚乱!」
いつもよりも増して剣戟が花びらのように舞い散り、ハイオークの全身に傷が増えていった。
「全力攻撃!!」
俺達の全力攻撃がハイオークに集中し、その場にいたハイオークがその場から消え去った。
その跡には、ハイオークの素材が大量に落ちていた。
「まだオークが残ってる! 弐式は変わらず周りの排除! 他は素材を回収して!」
「「「「はい!」」」」
俺達は戦いの後も油断する事なく、素材を速やかに回収して、平原を後にした。
◇
「ハイオークの牙! こんなに早く取って来るとは……それにしても、他にも素材が余ってるな?」
「はい。ガイアさんの好きに使ってくださっていいですよ?」
「……そうか。分かった。後悔させない品を作ってやる」
「お願いします。他にも必要なモノがあったらすぐに言ってくださいね」
「ああ」
ガイアさんは素材を大事そうに持って、工房に入っていった。
これで漸く進められるフィリアの双剣がとても楽しみだ。
それにしても、今回のハイオーク戦。
一番の功労者を選ぶなら、間違いなくラビだろう。
あの爆炎を風魔法でそのままハイオークに降り注がせるなんて考えもつかなかった。
そのおかげもあって、最大の難所であった二度目の爆発の後、『怒れるハイオーク』状態には入らせずに倒せたのだ。
俺はそのままミリシャさんの所に向かい、ラビの事を相談する事にした。
「ミリシャさん」
「ソラくん。素材は渡して来たのかな?」
「はい。ガイアさん、とても嬉しそうでした」
「ふふっ、鍛冶が大好きなようだね。フィリアちゃんの新しい武器がとても楽しみだね」
「はい。あ、それと一つ相談があるんですけど」
「ん? どうしたの?」
ミリシャさんの前にラビを出した。
「今回活躍してくれたラビの為に、何か出来る事がないかなと思いまして、ミリシャさんなら何か思いつく事ないかなーと……」
「うんうん。ラビちゃんは今回も大活躍だったもんね!」
ミリシャさんが優しく頭を撫でて上げると、ラビも嬉しそうに鳴き声をあげた。
「そう言えば、ソラくんは他の召喚獣はまだ召喚した事がなかったよね?」
「そうですね」
「そっか。じゃあ、召喚獣は一体だけしか契約出来ない事も知っておいた方がいいわね」
「一体だけ……ですか?」
「そうよ。だから召喚士はレベルが上がり、次の召喚魔法を覚えたら下位の召喚獣との契約を切って、上位の召喚獣と新たに契約するのよ?」
「…………なるほど」
ミリシャさんが見透かしたように、教えてくれる。
――――召喚士レベル5で覚える中級召喚魔法。
――――実は、俺は暇がある度に光の精を召喚して経験値を貯めていた。
そして、遂にレベルが8になり、『上級召喚』魔法を獲得したのだ。
本来ならハイオーク戦で使いたかったんだけど、実はあの時はまだレベルが7だった。
つまり、帰り道でレベルが上がったのだ。
何故か俺と結びつきが強いラビはその事を既に察知したらしく、ずっと落ち込んでいた。
「ミリシャさん。もし契約破棄したら、再度契約は行えないんですか?」
「ん~、冒険者ギルドの情報でなら、再契約も出来ると書いてあったわ。恐らく同じ個体だから、契約を解除してもソラくんのラビちゃんはずっとソラくんの中に居ると思ってくれていいかもね」
「……そっか」
「ふふっ、本題はラビちゃんに何か褒美をあげたいのね?」
「はい」
ラビが耳をピクピクさせて興味津々に聞こうとしていた。
「中級召喚と上級召喚で最も違うのは、召喚出来る種族に違いがあるの。例えば上級召喚ではラビちゃんは召喚出来ない。でも既に契約を交わしているラビちゃんと『上級召喚』として契約を結び直せると聞いた情報にあったわ」
「へぇー! じゃあ、ラビが上級召喚の召喚獣になるって事ですか?」
「ええ。ただし」
ミリシャさんは人差し指を立てて、少し困った表情をした。
「元々中級召喚だった召喚獣を上級召喚として契約し直したとしても、通常上級召喚で契約出来るどの召喚獣を越える事は出来ないみたい」
「なるほど…………そうですか、ラビを上級召喚として契約し直すか、新たに契約を結ぶかか~」
チラッとみたラビの顔は笑顔だった。
――――とても寂しそうな笑顔だ。
自分が弱い事を知っているラビは、自分ではない召喚獣の方が俺の役に立てると思ったんだろう。
…………本当に出来た召喚獣だ。
俺は自分の中の『上級召喚』魔法を意識させる。
そして、その魔法について、何となく知る事が出来た。
「そうね。まあ折角覚えた上級召喚だし、使わせて貰いますかね。ラビ。今までありがとう!」
「ぷ、ぷぅ」
少し震える手をあげて、泣きそうな顔になったが、決して笑顔を崩さないラビ。
「では――――――魔法、上級召喚!」
ラビの真下に魔法陣が現れた。
現実を受け止めるしか出来ないラビは、最後まで笑顔で手を振ってくれた。
また会える日まで――――――。
「上級召喚獣、スカイラビット!」
目を瞑ったラビが、驚いて目を開けた。
――「今、なんて言ったの?」と言いそうな表情をしているラビ。
「ラビ。今まで本当にありがとう。君のおかげで俺達はここまで来れたよ。ラビも『銀朱の蒼穹』の一員だよ。俺から出来る事はこうして君を少しでも強くしてあげる事しか出来ないけど、これからも――――」
よろしくねと言いたかったけど、言えなかった。
涙を浮かべたラビが俺の顔に突撃してきたからだ。
「ぷ、ぷ! ぷぅぷぅ!」
興奮したようで、ラビが俺の顔にすりすりしてくる。
温かいラビの体温が伝わって来た。
それにしてもラビって、他の召喚獣というか、俺が聞いている召喚獣と違って感情も豊かだし、思考能力も非常に高いのがとても気になる。
「ん? ソラくん!」
「はい?」
「ラビちゃんの額の宝石の色!」
「ん?」
ラビの額には魔法を使う際に光る宝石のようなものが付いている。
触り心地は意外にも柔らかくて温かかったりする。
元々薄い青色だったその宝石が、綺麗な翡翠色に変わっていた。
「色が変わってますね。翡翠色に変わっていますね」
ミリシャさんはいつの間にか分厚い辞典のような本を開いて何かを探した。
暫く何かを探していたミリシャさんが俺の前に本を差し出した。
「ソラくん。ここ見て? 中級召喚したスカイラビットは召喚で進化させると宝石の色が変わると書いてあるわ。元々は薄い青色。上級召喚に進化させたら濃い青色。超級召喚に進化させたら翡翠色と記入されているわよ!」
「えええええ!? もしかして――――二段階進化した!?」
「もしかして、ソラくんの『転職士』の全て倍になるという効果なのかな?」
それからミリシャさんと憶測を話し合ったが、結果として『転職士』の全てのステータスとスキルが二倍になる効果によるものだろうと結論付けた。
それにしても思考能力が高くなったのも、『転職士』ならではの事なのかも知れない。
新たに強くなったラビは、ずっと嬉しそうに俺とミリシャさんに抱き付いて来た。
ラビのレベルアップが終わったところで、相談に乗ってくれたミリシャさんと一緒に屋敷の食堂にやってきた。
額にある色が変わった宝石を自慢するかのように、ラビがドヤ顔を決めると、周りで見ていた弐式の子供達から「おおっ~!」って歓声と拍手が上がる。
「それでさ、上級召喚を行おうかなと思うんだけどさ」
離れていたのに俺の声が聞こえたらしいラビが、爆速で俺の前に飛んできて、何かを訴えかけた。
ムキムキポーズをしているから、自分が強くなったよってアピールしているみたい。
「あはは、大丈夫! ラビにはずっと仲間としてここにいて貰うからね」
それを聞いたラビが安堵の溜息を吐いた。
「なんかね。『転職士』だからなのか、召喚枠がもう一つあるんだよね。だから『上級召喚』を普通に使ってみようかなと思う」
俺は既に持ってきた貯蔵中の『水の魔石』を複数個取り出し前に置く。
どんな召喚獣が出てくるかとても楽しみだ。
「魔法、上級召喚!」
置いてある『水の魔石』の真下に魔法陣が現れ、眩く光り輝いた。
魔法陣から凄まじい魔力の波動が溢れ出る。
そして、中から現れたのは――――。
「え? 魚?」
魔法陣が消え、その上には飛んでいる大きな魚が現れた。
フォルムもとても綺麗で、白色と黒色が綺麗に別れているその魚は、何故か海の中のように浮遊していた。
「っ!? もしかして、その召喚獣は! 制空の覇者、ルーラーオーカ!」
初めて聞く名前だったが、流石はミリシャさん。博識で直ぐに反応してくれる。
ミャァァァァ
独特な甲高い鳴き声を発するルーラーオーカ。
「その召喚獣は、上級召喚獣の中でも、最も賢いとされている召喚獣だよ。それと魔法に非常に精通して――――あれ? ラビちゃんもそうだし、もしかして、ソラくんの召喚獣ってそういう属性なのかしら」
ふむふむ……賢い召喚獣か。
「そういや、名前を付けてあげないとな」
そう話すと、嬉しそうにまたミャァァァって鳴き声を上げた。
甲高いけど、決して不快には感じないその鳴き声が不思議に思える。
「るーらーおーかか~」
「ソラ。ルーちゃんはどう?」
「ルーか! うん。いい感じだね」
ルーと名付けようとすると、新たな召喚獣は嬉しそうに鳴き声をあげた。
嬉しい感情が伝わってくるので、名前はルーに決定だ。
ラビも仲間が出来て嬉しいようで、ルーと一緒に召喚獣語(?)で何かを話し合い始める。
召喚獣達の仲良しを眺めながら、俺達はハイオーク戦の勝利の祝い会を始めた。
「「「「乾杯ー!」」」」
食堂は集まった『銀朱の蒼穹』の全メンバー達で賑わった。
ハイオーク戦に参加出来なかった弐式や参式のメンバー達にアムダ姉さんが当日の話をしてあげる。
大活躍だったラビがドヤ顔を決めると、みんなから拍手が贈られる。
アムダ姉さんも頑張ったラビを撫でてあげると更にご満悦になるラビ。
空中で眺めていたルーもどこか嬉しそうだ。
鍛冶屋のガイアさん達も駆けつけてくれて、ハイオーク戦の勝利を一緒に祝ってくれて楽しい祝い会となった。
それから数週間後。
ガイアさんから例の物が完成したとの連絡があったので、パーティーメンバーで鍛冶屋に向かった。
「おう。来たか」
鍛冶屋のカウンターで待っていてくれたガイアさんが出迎えてくれる。
俺達がカウンター前に着くと、ガイアさんは不敵な笑みを浮かべて、包帯にぐるぐる巻きにされた物体を二つ取り出した。
フィリアが一歩前に出て、ワクワクした表情で二つの物体を見つめる。
「俺が今まで作った全ての剣でも最高の出来だぜ」
不敵な笑みのガイアさんが自信ありげに話す。
その言葉を聞いたフィリアは緊張を紛らわすように一息飲み込み、恐る恐る物体に手を伸ばした。
二つの物体にフィリアの両手が触れた瞬間、物体をぐるぐる巻いていた包帯の隙間からそれぞれ赤い光と白い光が漏れ出す。
光が現れ魔法のように浮いた物体は、その刀身を覆っていた包帯が緩み始め、フィリアの両手に移り始める。
少しずつその刀身が姿を見せる。
そして、フィリアが持たなくても、フィリアの腕にぐる巻きになっていた包帯が柄に繋がれていて、二振りの剣がフィリアの前に浮いたまま、その刀身を輝かせた。
「双神の煌。俺が今まで作った全ての武器の中でも、最高クラスの出来だ。それでもって、まだ未完成だ」
美しく煌めく二振りの剣。
フィリアの右手には赤黒く光り輝いている剣。
左手には白銀の光り輝いている剣。
これだけでも、ものすごい存在感を放っている。
「ガイアさん。これで未完成ですか?」
「ああ。残念ながらこの双剣は未完成だ。何故か成長する剣になってしまったのだ」
「成長する剣?」
「たまに出来る事がある。狙いたくても狙えない特殊な効果だが、その効果が付いた場合、必ず大きなデメリットがある」
「デメリット?」
「出来た段階では、非常に弱い事だ」
弱い!?
フィリアが持っているからなのかは分からないけど、二振りの剣から溢れている気配はとんでもない強さを感じるんだけど……。
これがもし完成品だったら、とんでもない強さを発揮するという事か。
「ありがとうガイアさん。この剣、凄く気に入ったよ。これから一緒に強くなるんだから期待してて!」
フィリアはこれから自分の力となる二振りの剣を大事そうに持ち、満面の笑顔でそう話した。
レボルシオン領の運営も安定してきた。
一番大きい要因というのは、間違いなく参式となってくれた獣人族の皆さんの頑張りだ。
レボルシオン平原から取れるスモールボアの肉の量が圧倒的に多いレボルシオン領。
レボル街から領内の全ての街に凄い速度で流れるようになっている。
運営を任せているシランさんの物流ルートを確立してくれたからである。
荷を運ぶ御者を雇ったり、護衛も冒険者ギルドから雇ったりと、スムーズな物流を確立したのだ。
そして、嬉しい事がもう一つ。
先日フィリアの双剣を完成させてくれたガイアさんだが、今度はガイアさんの弟子の方々だ。
弟子の方々が次から次へと、弐式と参式の装備をしっかり整えてくれたのだ。
今までは弱い装備をだましだまし使っていたのだけど、そういう装備はすぐに壊れてしまう。
それを解決してくれたのだ。
更に各装備のメンテナンスの為に、弐式1パーティーと参式1パーティーでハイオークの平原に出向いて貰って、オークを倒して『オークの心臓』を集めて貰っている。
それだけで装備のメンテナンスが格段に楽になるからね。
弟子の方々は弐式と参式の装備が整ったので、今度は来年の弐式向けに更に装備を続けて作って貰う事となった。
彼らはこんなに鍛冶が行えると喜んで次々装備が出来上がった。
それと、遂にクラン『蒼い獅子』から土地売買の件で連絡が来た。
クランマスターからセグリス町を擁する『自由領』の買取はいつでも応じてくれるそうだ。
しかも、通常値段の7割の値段で良いとまで言われた。
ここまでの好待遇は珍しいとミリシャさん談。
現在は貯金もどんどん貯まる一方なので、レボルシオン領から近い街から買収を行う事にした。
冒険者ギルドを通して早速買収も始まった。
そんな中、冒険者ギルドから嬉しい知らせが届いた。
レボルシオン領のダンジョンである『石の遺跡』の二層フロアボスの『グレートボア』。
レボル街の古参パーティーが倒せるようになったとの事で、これから定期的に狩りに出向いてくれることとなった。
これも二層の『攻略情報』を売ったおかげなので、『グレートボア』のような高級肉もレボル街を中心に広がる事となるだろう。
◇
その日は、珍しく俺とフィリア二人で狩場にやってきた。
狩場である必要性はないんだけど、何となく休日にデートも兼ねて。
「フィリア、新しい双剣はどう?」
「うん。とても快適だよ! 何といっても、この包帯が便利ね!」
すると、フィリアの腕から双剣に繋がっている包帯が現れた。
普段は消えて見えなくて、何なら風呂に入っている間もこの包帯は繋がっているそうだ。
あの双剣を自身の一定距離内に置かないといけないらしいけど、おかげでどこからでも引っ張って来れるので便利だそうだ。
そんな緩い雰囲気の俺達の前に大きなボア――――グレートボアが現れた。
「さて、試してみようか」
「うん!」
「では、行くよ! ルー! ラビ!」
「ぷー!」「ミヤァァァ!」
ルーの鳴き声から青い光の波動がグレートボアを包む。
グレートボアの全身が振動により動けなくなった所で、ラビの魔法が炸裂してグレートボアがひっくり返った。
最後に、双剣を抜いたフィリアが、目にも止まらぬ速さでグレートボアを通り過ぎる。
ここまでたったの三秒。
俺とフィリアの連携技である。
「うんうん。これなら実戦でも十分通用しそうだね」
「そうだね~それにしてもラビちゃんとルーちゃんのおかげで、攻撃がとても楽になったわ」
「それじゃもう一つも試しに行こうか」
「そうね。でも、まずは肉を運ばなくちゃね」
「そうだね。ラビ! ルー! お願いね!」
「ぷー!」「ミヤァァァ!」
二匹の召喚獣が返事をすると、魔法の力で倒した『グレートボア』を空中に浮かせた。
これで荷馬車がいらなくなるので、ものすごく便利なんだよね。
そのままダンジョンを出て、ラビとルーに屋敷まで『グレートボア』を運んで貰った。
俺とフィリアはそのまま北に向かう。
北に進んだ所にレボル山という場所があり、厄介な魔物が出現するのだ。
猿型のCランク魔物を倒しつつ、奥に進む。
奥から一際大きな吠える声が聞こえる。
「そろそろね」
「うん。ラビたちもそろそろ向こうに着いた頃だろうから、再召喚するか」
実は召喚士の強みの一つ。
それが再召喚である。
ラビたちがグレートボアを屋敷まで運んで待っているはずだ。
その場所から俺がいる場所に真っすぐ再召喚を行い、連れて来る。
「ラビ、ルー、お疲れ。大丈夫だった?」
「ぷぅー!」
敬礼ポーズのラビ。
どうやら大丈夫そうね。
すると、奥から聞きなれない声の主が現れる。
大きい狼型魔物である。
Bランク魔物、ガルムウルフである。
一応フロアボスではあるけど、Bランクでは弱い部類で、倒すと再度現れるので、それほど強い魔物ではない。
「ではいくよ!」
「うん!」「ぷー!」「ミヤァァァ!」
今度はルーの水魔法が炸裂して、ガルムウルフを水の糸のようなモノで動けなくする。
その瞬間にラビの魔法で、フィリアを後ろから吹き飛ばす。
フィリアはその勢いのまま、双剣と一緒にぐるぐる回りながらガルムウルフを通り過ぎた。
通り過ぎるまで、たったの三秒。
一瞬でガルムウルフが消え、その場に牙や尻尾の素材が残った。
「これも大丈夫そうね」
「ふふっ、その速さなら移動にも使えそうね」
「そう言われればそうだな。帰り使ってみようか」
「いいかも!」
「ラビ、お願いしてもいい?」
「ぷぅー!」
俺達は初めての試みとして、ラビの風魔法に乗って、凄い速度で空を飛びレボル街に帰って行った。
◆ミリシャ◆
ソラくんのレボルシオン領も順調に安定を見せる。
でも一つ気になるのは、王国にとって、このレボルシオン領は非常に価値がある地域のはずである事。
元々私達が過ごしていたセグリス町は、王都からあまりにも遠く、ボア肉を運ぶのも大変だ。
セグリス町のボア肉が王都まで運ばれない最も大きな理由は、ここ、レボルシオン領にある。
レボルシオン平原から取れるボア肉はとても多い。
そんな平原を持つレボルシオン領をあんなに簡単に手放す王国に、今までギルドで働いてきた私の勘が危ないとさえ感じてしまう。
そんな王国の件もあるので、私は出来る限り『銀朱の蒼穹』を強くする事に励んだ。
『弐式』の中に、今年入った孤児達も入れる事で、『弐式』のメンバーを増やす。
そうすれば、自然と時間が経つにつれ、戦力が増えていくはずだから。
それにしても、『転職士』を持つソラくんに限界はないのだろうか?
これだけの人数を支配下に置いても、全く問題なく進めている。
『参式』の人数が増えた時にはどうなるか少しだけ心配したけど、参式のメンバー全員を傘下にしても、ソラくんは全く問題なかった。
…………これは私個人の感想だけれど、ソラくんは本当に普通の『転職士』なのだろうか?
もし、転職士が元々こんな強い存在なら、どうして今まで冷遇されていたのだろう?
ソラくん曰く、フィリアちゃんがいてくれたからレベルも上げられたと言うけども、私が思うにソラくんならいずれここまでたどり着いたのではないかと思う。
今までもいた『転職士』が羽ばたけなかった理由。
もしかして、その秘密にソラくんの強さを紐解く事があるのかも知れないね。
最近ではレベル10を目指して頑張っていて、サブ職能のレベルを10まで上げてみようと頑張ってくれている。
その試験対象となっているのが、弐式のメイリちゃん。
既にレベルが8までなら上げられるレボルシオン領で、経験値移動を使い、サブ職能のレベルを主に上げ始めた。
レベル10になるのがとても楽しみでもある。
カールくんに告白を受けて、『銀朱の蒼穹』に入り、今までの私では考えられないくらい世界を見れるこの生活。
本当に嬉しく思う。
……カールくんに捨てられないように、私も頑張らなくちゃね。
◇
◆カシア◆
最近ソラくんの屋敷の食堂では、我々の同胞の笑い声が絶えない。
それもそうで、私達はソラくんのおかげで幸せな生活を送れているのだ。
本当に感謝してもしきれない。
あの帝国で奴隷生活を送っていた頃は、食事さえも満足に食べさせて貰えず、目が覚めたらずっと働かされていた。
荷物運び、掃除、狩り、休む間もなくずっと働き続けていた私達が、今ではこうしてゆっくり休憩をしたり、狩りで得たお金で好きなモノを買う事だって出来る。
しまいには、ギルドも通えるようになり、ギルドを通せば、今まで手に入らなかったモノを購入する事だって出来る。
ソラくんの力は本当に凄い。
私だけでなく、エルロや仲間達もこれまでとは比べないほど強くしてくれた。
私には理解出来なかったが、ソラくんに『けいけんち』というモノを渡すと弱くなるけど、代わりに今までとは比べものにならないくらい早さで強くなれる。
その理由は『れべる』というモノにあるそうだ。
『れべる』が上がらないと強くならない。それはつまり、『れべる』を上げられないと一生強くなる事もないって事で、奴隷時代の生活を送っていても、私の持った最上級職能『獣王』だったとしても、あまり意味を持たないのだ。
でも今は全く違う。
あの頃、何年も掛かって上がった『れべる』は、今じゃ数時間――――いや、数分ですら取り戻せるようになった。
強くなれる場所。休める場所。そして、仲間と強きライバルがいるここは、我々にとってまさに天国に等しい。
我々がソラくんの傘下『参式』になった時、参謀であるミリシャ殿から、「これからの『銀朱の蒼穹』は大きな敵が増えるかも知れないの。だから、ソラくんの為にもみんな強くなる事を意識しておいてほしい」と言われている。
大きな敵が何を指すのかは分からない。
でも、それが仮にあの帝国だったとしても、私は、私達は全力でソラくんの為に尽くそうと誓った。
◇
◆ガイア◆
成長する武器。
それは一言で言えば、魅力的な言葉だろう。
だが、現実はそうではない。
武器は、単純に言えば『消耗品』だ。
成長する武器が出来た場合、成長する前に、先に折れてしまうのがオチだ。
なのにだ。
俺が二度目に作った成長する武器は、一度目よりも遥かに異次元なモノだった。
双剣を使う剣聖。
長年、色んな上級職能の武器を作って来たが、『双剣』というのを作ったのは人生初だし、何ならこの先にあの武器を越える武器が作れるとは到底思えない。
あれは――――まさしく、神が与えたような武器だ。
それを俺がこの手で産んだ。
鍛冶屋としてこれほど魅力的な出来事はない。
しかし、俺はまだここで満足する訳にはいかない。
あの成長する双剣がどこまでいくのか、この目で確かめなくてはならない。
――――『銀朱の蒼穹』。
本当に面白れぇクランに入れたものだ。