幼馴染『剣聖』はハズレ職能『転職士』の俺の為に、今日もレベル1に戻る。

 『銀朱の蒼穹』の傘下組織となった『銀朱の蒼穹・弐式』と『銀朱の蒼穹・参式』は極力共同狩りを行っていた。

 既に『参式』となった獣人達三十六名は、ソラにより『経験値アップ③』を取得。メイン職能は全員が『獣人』という種族職能で中級職能なので、サブ職能を全員『武闘家』にして、体術のスキルを更に獲得するようにした。

 レベルが常に1に戻っても、スモールボアくらいなら余裕で倒せるほどの身体能力があるので、スモールボアから肉集めは以前よりも遥かに捗っていた。

 『弐式』はまだ四人しかいないが、ソラによる教育により、戦い方は既に歴戦の戦士そのものだった。

 『参式』リーダーのカシアはそんなメイリ達の連携に興味を持ち、メイリのアドバイスを受け、どんどん上達していった。



 『参式』発足から三か月。

 すっかり街の風物詩となっている獣人族は、誰にでも優しく多くの人々から愛されている。

 そして、とある日の事。


「やあ」

 カシアが親しげに話しかける。

「あ! 今日も凄かったですね。カシアさん」

「ふふっ、これもソラくんのおかげさ」

「…………ですね」

「ふふっ、君はまだ迷っているのかい?」

「まよっ……ている訳ではないんですけど……」

「……けど? そろそろその先の言葉を聞かせて欲しいな」

 カシアは彼に飲み物を渡し、くっつくほどの距離で隣に座った。

「………………」

「………………」

 暫く沈黙が続いた。

 既にこういうやり取りをしたのは数回。

 その度に彼は逃げるように去っていった。

 しかし、本日は違った。

 彼が逃げずにその場に居座っているからだ。

「…………カシアさん」

「ん?」

「…………実は、僕…………ソラさんに酷い事を言ってしまって…………」

「なるほど…………理由を聞いてもいいかい?」

「はい…………」

 そして、彼はカシアに、以前あった事の全てを伝えた。

 更には、双子の妹との間にあった事も話した。


「……そうか。悪いけどさ……悪いのは全部ルリくんだね」

「…………はい」

「それでいつも俯いているのかい?」

「…………はい……僕がここにいられるのは、ルナのおかげなんです……」

「ルナちゃんを守りたい一心が、返って周りを見れなくなり、自ら拒絶してしまった…………うん。その気持ちは私もよくわかるよ」

「えっ? カシアさんも?」

「ああ、とても恥ずかしい話、私はソラくんに出会うまで、人族は全員が残酷非道な存在だとばかり思っていたよ。もしあのままならルリくんやルナちゃんもそういう目で見ていたと思う。それは今考えてみれば、とても恥ずかしい話だよ。昔の自分に言い聞かせてあげたいね、人族は良い人ばかりだよ、ってね」

「…………カシアさんにもそういう時があったんですね、意外です」

「ふふっ、私だって何でも知っている訳ではなかったからね。でも今はとても幸せさ」

「……カシアさんは凄いです。だから幸せになれたんですね……」

「ん~それは少しだけ違うかな?」

「少しだけ……違う?」

「私は魔法の言葉を知ってしまったんだよ。それを口にする事で幸せになれる事を知った。だから毎日頑張れるし、これからも頑張りたい」

「魔法の言葉……」

「ふふっ、ルリくんも知りたい?」

「はい! 知りたいです!」

「では一つだけ約束してくれたら教えてあげる」

「何でもします! 教えてください!」

 そんなルリくんを見て微笑んだ彼女は、彼の耳元で何かを呟いた。

 それを聞いた彼は大きく驚くが、何かを決心したかのように大きく頷いた。



 食事時間が終わり、メイド隊は片付けに戻り、獣人達はそれぞれ休みに戻ったり、遊んだりしていた。

 その中、食事を終えたルナとルリだったが、ルリを一人にしないようにと、ルナは常にタイミングを見てから片付けに参加していた。

 いつもなら直ぐに部屋に戻るルリだが、何故かその日は食堂に居残った。

 それを心配そうに見つめるルナ。

 そこにソラが近づいて来た。

「やあ、ルナちゃん、ルリくん」

 赤い瞳が噓偽り一つない笑顔で二人を見つめた。

 勇気を出して、ソラの顔を覗くルリ。

 その顔は、忘れていたいつの日かの自分達を見てくれる()のような優しい目だった。

 ソラはそのままルナの頭を優しく撫でる。

 気持ちよさそうに嬉しくなるルナを見て、ルリは決心したように立ち上がった。

「ん? ルリくん? どうしたの?」

 キョトンとしてるソラに、ルリはカシアから教わった魔法の言葉を必死に口にしようと頑張った。

「あ、あの! そ、ソラさん!」

「どうしたの?」










「い、いつも! あ、ありがとうございます!」










 ルリがカシアから教わった魔法の言葉。

 それは『感謝』を伝える言葉だった。

 「ありがとう」って伝えれば、「ありがとう」って返って来る。

 それこそが信頼の証であり、カシアは人族を信じられるようになった言葉だとルリに教えてあげた。

 それを口にするのが、どれほど怖いものか、ルリはそう思っていた。

 もし何も返って来なかったら? という考えが頭をよぎる。

 しかし、カシアから「それでも、伝えた者にしか、返事は返ってこない」と言われ、ルリは覚悟を決めた。

 一度は拒絶した自分だけど、ルナを、双子の妹を守りたい一心だったからこそ、周りが全く見えていなかった。

 落ち着いて、余裕が生まれて初めてソラの素晴らしさを実感し始めた。

 そして、ルリの中で生まれたのは、ソラに対する『憧れ』だった。

 自分もああなりたい。

 そんな人にいつまでも顔を背けていたくはなかった。

 精一杯のルリなりの気持ちだった。

 そして、









「ルリくんに感謝されるなんて……すっごく嬉しいな、うん。こちらこそありがとうね? ルリくん」

 眩しい笑顔のソラがルリには太陽のように見えた。
 更に三か月が過ぎた。

 最近では安定して『弐式』と『参式』の皆から経験値を貰えていて、少しずつだけど、俺の経験値も順調に貯まっていた。

 そんなある日。

「むぅ」

「えっと……フィリア? どうしたの?」

「…………最近、ソラがしてくれない」

「ええええ!?」

 それを聞いていたアムダ姉さんとイロラ姉さんも目を光らせて近づいて来た。

「ねえねえ、最近してくれないってどういう事?」

「ちょ、ちょっと! アムダ姉さん? 寧ろ、俺が聞きたいんですけど!?」

「むぅ」

 ずっと膨らんでいるジト目のフィリア。

「昨日のソラ、嫌らしい目だった」

「嫌らしい目!? そんな事ないと思うけど、いつの話なの!?」

「……昨日、メイリちゃんの手を握っていた時のソラは嫌らしい目をしてました!」

 あ…………もしかして、『同職転職』の時の話かな…………。

 はぁ、一体何の話かと驚いた。

 一応……その……定期的にキスは交わしていたつもりだったから……。

「あ、また嫌らしい目になった」

 それは君のせいです!

「こほん。そう言えば最近フィリア達からは『経験値』貰えてないね?」

「そうだよ? そろそろ私の経験値も貰って欲しいな……」

「え! それなら私の経験値も貰って!」

「ソラ。経験値。どうぞ」

「まあ……最近は大きな戦いはないですから…………では、お願いします?」

 真っ先にイロラ姉さんが俺の手を握る。

 フィリアが膨らむ。

 イロラ姉さんに『同職転職』を使いレベルを1にして、経験値を貰う。

 次は流れ的にアムダ姉さんに同じ事をする。

 フィリアが更に膨らむ。

 そろそろフィリアに――――と思ったら、

「お~遂にこっちの経験値もか! ソラ、俺の経験値も貰ってくれ!」

 丁度タイミングよく入ってきたカールに手を握られる。

 カールの経験値も同じく貰った。

 ふぃ、フィリア…………。

「私は今回が初めてね! ソ・ラ・く・ん! お姉さんの初めてもどうぞ!」

 今度はミリシャさんに防がれた。

 それはそうと、ミリシャさんの悪ふざけでフィリアとカールから、冷たい視線が注がれる。

 漸くミリシャさんの経験値も貰って解放された。



「ふぃ、フィリア……」

「…………」

「お、怒らないでフィリア……」

「むぅ…………私が一番最後…………」

「あはは……ほら、最後に福があるって言うし??」

「そんなの言わない……」

「あはは…………でも、もしもの時の事を考えて、フィリアにはそのまま――――」

 ガバッ!

 目にも止まらぬ速さで両手を握られ、輝いている目で、早く早くと促される。

 苦笑いが零れた。

 フィリアの両手から、今までで一番大きな経験値の波が流れて来るのを感じる。

 ずっと貯め続けてくれたからこそ、圧倒的な量の経験値を感じられた。

 そして、





 - 職能『転職士』のレベルが6に上がりました。-

 - 新たにスキル『マネジメント』を獲得しました。-


 『マネジメント』

 ①転職士以外で、メイン職能の経験値をサブ職能に移行出来る。

 移行した際、経験値の量が1.5倍になる。

 (通常サブ職能経験値は0.5倍分加算されるため、移行した場合、結果的に2倍となる計算になる)


 ②転職士の場合、サブ職能の経験値を獲得出来るようになる。(通常職能と獲得方法は同様)

 サブ職能の経験値獲得倍率は通常の1.0倍となる。


 ③サブ職能からメイン職能で経験値移行は不可能。




「あ、レベルが上がった」

「え!?」

「「「「ええええ!?」」」」

 あっけなく上がったレベルにみんなが驚いた。

 寧ろ、俺も上がると思わず、驚いてしまった。

「ねえねえ、今回はどういうスキルなの!?」

 フィリアが目を輝かせておねだりポーズをする。

 うん。可愛い。

「今回も面白いスキルだよ! どちらかと言えば、俺に一番恩恵があるスキルかも」

 新しく覚えたスキル『マネジメント』について、仲間に説明した。

 これにより、俺のサブ職能の経験値も貯められるようになった。

 今までだと、サブ職能ですら、皆から貰った経験値でしかレベルを上げられなかったけど、今回獲得したスキルのおかげで、魔物狩りでサブ職能のレベルを上げられるようになるのは、とても大きい。

 これで一緒に狩りに行っても、俺にとっても意味が増えてくれるのはありがたい。

 これを使ってサブ職能の経験値を貯めていこうと思う。


 偶々だけど、フィリアの時にレベルが上がってくれて、拗ねていたフィリアがご機嫌になってくれたのが一番良かったかもね。

 その時、徐にアムダ姉さんが疑問を口にした。



「そういえば、これでレベル10になって1に戻ったら、レベル10のスキル変わるのかな?」



 そんな事、考えた事もなかった。

 ミリシャさんから聞いているのは、レベル10で得られるスキルは、その人によって変わる……。

 それは人それぞれで決まって(・・・・)いるという説。

 それが果たして本当の事なのかは、誰にも分からないはずだ。

「もしも、レベル10になった時に得られるスキルが、ランダムという事なら…………また1に戻ってやり直せるかも知れないですね」

 ミリシャさんも大いに驚いた。

 もしランダムなら……レベル10に到達した人でも希望が持てるからね。

 いつか検証出来る時が来たら頑張ろうと思う。
 レボルシオン領発足から更に月日が経ち、数か月が経過して、新しい年を迎え、俺達は十二歳を迎えた。

 年が明けて一番最初にやった事は、もちろん『弐式』の職能の開花式だ。

 以前の子爵領だった頃は、開花式が有料だったので、受けられない人も大勢いた。

 それを知った俺は、『無職』でも構わないと、住民達に開花式を受けて貰った。

 もちろん大半が『無職』で職能なしになってしまうけど、中には職能を開花させ、これから活躍出来る人も沢山いるのだ。

 出来れば俺の転職で全員を変えてやりたいんだけど、それはミリシャさんから固く禁じられた。

 職能を与えればきっとみんな活躍出来るようになるだろう。

 しかし、それはレボルシオン領だけの話になる。

 もしもその噂が他の領に流れれば、多くの人々が訪れてくるだろう。

 それは間違いなく火種となる。

 だから『銀朱の蒼穹』とその傘下組織の『弐式』『参式』のメンバーだけ転職させる事に決めていた。

 仮に職能なしになったとしても、活躍できないという訳ではない。

 彼らには彼らなりの活躍の場があるからね。

 ただ、職能ある人よりは贅沢とかは難しいけどね。



 『弐式』に今年十歳になる子が八人いた。

 中には下級職能を開花させた子もいたけど、全員俺の力で中級職能に変更させた。

 色んな職能に変えながらそれぞれが使いやすい職能にする予定だ。

 メイリちゃんを中心に十二人のパーティーを組むようになった。


 『参式』は相変わらず全員でレボルシオン平原でスモールボアを狩り続けてくれた。

 おかげで、レボルシオン領の食料事情が大いに改善できた。


 更に、戦闘職能を持っていた住民達や、冒険者を卒業した人達を『警備兵』として雇う事にした。

 実は王国法上、個人が『警備兵』を雇う事は違法なのだが、クラン『銀朱の蒼穹』の『警備兵』として雇う事にした。

 意外にも、クランでこういう兵を雇うクランもいるそうで、法的に問題ないらしい。


 それから俺達はレボルシオン領のすべての狩場と歩き回り、各狩場の情報を収集。

 レボルシオン領にあるダンジョン『石の遺跡』も攻略を進め、攻略情報をどんどん作り進めた。

 二層のフロアボスは大きな猪で、ビッグボアより三倍は大きい『グレートボア』。

 その大きさからもわかるようにとてもタフで、突撃だけでも凄まじい威力だったが、同ランク魔物『レッサーナイトメア』より攻撃種類が単純で、予兆行動も見極めやすくて簡単に倒せる事が分かった。

 その情報は結果的に『特別情報』となった。



 最近屋敷に帰ると、とても良い事が待っている。

「お兄ちゃん! お帰り!」「兄さん! お帰り!」

 可愛らしい双子(・・)が出迎えてくれるのだ。

 俺は両手で二人の頭を優しく撫でてあげる。

 二人とも満面の笑顔を見せてくれるのだ。

 ルナちゃんはメイド服を、ルリくんは執事の服を着ている。

「あれ? ルリ、燕尾服新調したの?」

「え? 分かるの?」

「う~ん、あ! ルリ、また身長伸びたのね!」

 実は二人の身長は同じくらいだった。

 しかし、ここ一年で、ご飯もしっかり食べてくれるようになったルリくんは、今ではルナちゃんよりほんの少し大きくなっていたのだ。

 元々ルリくんが着るようになった執事用の燕尾服もお古で、少し小さかった。

 身長が伸びた事で新調しているのだろうね。

 それはそうと、ルリくんもすっかり心を開いてくれるようになった。

 それが凄く嬉しい。

 ルナちゃんもそうだけど、ルリくんはずっと俺の執事になりたいと、屋敷ではずっと付いてくるくらいには元気になった。

「お兄ちゃん! ルナも大きくなるんだから!」

「はいはい~でも俺は可愛いルナちゃんのままがいいな~」

「えっ? ルナ……大きくなっちゃいけないの……?」

 そのつぶらな瞳がまた可愛い。

「ソラくん! うちのルナちゃんに変なこと言わない!」

 アムダ姉さんはルナちゃんが大のお気に入りのようで、暇があれば抱っこしている。

「あはは、ルナちゃんは大きくなったら、きっと美女になるから、楽しみにしているよ~」

 ルナちゃんの顔が少し赤く染まる。

 そのあとから『弐式』の子供達が雪崩れてくる。

 俺達を囲んで色々あった事を話し始める。

 最近では遠征も増えているので、帰りが三日ぶりとか、四日ぶりとか、長いと一週間とかもあるので、こういう時にまとめて褒めて貰いにくるのだ。

 ――――パンパン!

 両手を叩く音から、「はいはい! みんな! お兄ちゃん達はお帰りで疲れてるからね~まずはご飯の用意をしようね!」と声が聞こえて「「「「はーい!」」」」って一斉に返事が聞こえる。

「ただいま、シスターグロリア」

「お帰りなさい。子供達がソラお兄ちゃんが大好きすぎて我慢出来なかったみたいで」

「あはは、寧ろ俺の方こそ、飛び込みたいくらいですから」

「ふふっ、お疲れでしょう。すぐに食事を用意しますから」

「ありがとうございます」

 シスターグロリアさんは時間があると、屋敷に来てくれて屋敷で働いている子供達を激励してくれたり、家事を教えてくれたりするのだ。



 そんな生活を暫く送っていると、とある一団が『銀朱の蒼穹』を訪れてきた。
 『銀朱の蒼穹』を訪れた一団が冒険者ギルドにいるとの連絡を貰ったので、フィリア達と一緒にギルドに向かった。

 ギルドに入ると、受付嬢のミミーさんが出迎えてくれて、早速案内してくれた。

 何故か向かうのだが、冒険者ギルドから離れるのに少し不安を感じる。

 街に出て、そのまま向かったのは――――



 とある鍛冶屋だった。



 ◇



「お、やっと来たか! ……ん? ガキばっかじゃねぇか」

 金属を叩く音が外まで響いている鍛冶屋に入ると、中で厳ついおっちゃんが待っていた。

 その奥では多くの若者が懸命に金属を叩いていて、その音の迫力と雰囲気に圧倒される。

「お待たせしました。こちらが『銀朱の蒼穹』の皆様です」

「ちっ…………当てが外れたな。まさかこんなガキどもだとは」

 紹介されてすぐに舌打ちをする男性。

 最初の印象は、まあ……最悪だよね。

「俺は『銀朱の蒼穹』のリーダーのソラです。俺達を探したと聞いてますが?」

「…………ああ、俺は鍛冶屋。『爆炎の鍛冶屋』と呼ばれているガイアという」

 ガイアさんと名乗った男性。

 彼は二つ名(・・・)を名乗った。

 この二つ名は、その業界でも多くの実績を残した人だけが名乗る事を許され、とても名誉ある事だ。

 それだけで彼が凄腕の鍛冶屋なのが分かる。

 更に外見とオーラから見ても凄腕の鍛冶屋なのが分かるくらいだ。

「それで、二つ名を持つ鍛冶屋がどうして俺達を?」

「…………」

「こほん、ソラくん」

 ミリシャさんが一歩前に出た。

「『爆炎の鍛冶屋』という二つ名は、冒険者ギルドでもある意味有名なの」

「へぇー、有名なんですね」

 ミリシャさんの言葉を聞いたガイアさんはまた「ちっ」と舌打ちをする。



「ええ。禁忌魔剣(・・)を作った男としてね」



 ミリシャさんから出た言葉が意外で驚いたが、一瞬ガイアさんの顔に悲しみ(・・・)が覗けた。

「ちっ、あれは…………はぁ、いいや。おーい! お前ら! 出て行くぞ!」

 懸命に金属を叩いている人達に大声をあげるガイアさん。

 そんなガイアさんの前に立った。

「あん?」

「貴方は俺達に用があったんですよね? まだ聞いてませんけど?」

「は? お前、あの姉ちゃんから聞いてなかったのか!? 俺は魔剣(・・)を作った男だぞ!?」

「それがどうかしたんですか?」

「は?? 魔剣は禁忌の一つで、それを作った人間が……」

「もし貴方が禁忌を冒しているなら、ここには来れないと思います。それに――」

「それに……?」



「だって、貴方はあそこで頑張っている皆さんから、とても親しまれているみたいですから。人から親しまれる人に悪い人がいるとは思いません。貴方が悪人にも見えません」



 俺は思う事をガイアさんに伝えた。

 ガイアさんの目が大きくなってから目を瞑り暫く考え込んだ。

 金属を叩いていた人達の手が止まっている事もあり、鍛冶場内が静寂に包まれる。

 彼らも俺達もガイアさんに注目した。

 そして、ガイアさんが目を開ける。

「俺達が仕えるクランを探していた。ここにはまだ新しいにも関わらず、大きな偉業を成し遂げたクランがあると聞いて来てみた。しかし、まさか……そのクランマスターが子供だったとは……」

 この世界の鍛冶屋は、一般人では決してなれない。

 鍛冶屋になれるのは、ドワーフ族と職能『鍛冶屋』を持った人だけだ。

 ドワーフ族は種族スキル『鍛冶』があるので、鍛冶を行える。

 しかし、人族は鍛冶を行おうとしても完成せず、いくら金属を叩いても自分が思い描く形にならないのだ。

 唯一、職能『鍛冶屋』を授かった人だけが、辛うじて鍛冶を行えるのだ。

 そういう事もあって、人族は他種族よりも装備が弱いと言われている。

 それでも人族が他の種族よりも繁栄している理由は少数の強者と少数の神々の装備(アーティファクト)のおかげだ。


 そんな人族に数少ない『特殊職能』の一つ、『鍛冶屋』。

 俺の職能『転職士』も特殊職能の一つである。

 職能は大きく『基本職能』と『特殊職能』に分かれる。

 基本職能は単純に言えば、一般的に職能の中で数が多い職能を指すんだけど、俺の『転職』で転職出来るのが、この基本職能という事になる。

 余談にはなるが、中級職能の中の召喚士は今まで特殊職能と呼ばれていたが、転職できた。

 つまり、召喚士は特殊職能ではなかったという事になる。

 そして、特殊職能は単純に、俺が転職させられない職能を指す。

 現在、俺は下級と中級しか転職させられないので、もしこの先『上級職能』が転職可能になれば、上級職能の基本職能と特殊職能も知る事となるだろう。

 少なくとも『鍛冶屋』は特殊職能な為、転職させられないのだ。



「いいですよ? 俺達も凄腕の鍛冶屋なら大歓迎ですから」

「…………いや、悪いがそれは俺が認めねぇ」

「ふむ……それでは何か条件を出されるんですか?」

「ああ。お前が子供だから、じゃねぇ。俺が仕えるに相応しいか相応しくないか試させて貰う。それでいいか?」

「いいですよ」

 俺の即答にガイアさんが少し驚く。

「……俺はお前の事を子供だと揶揄(やゆ)した。それでもいいというのか?」

「そんなの気にも止めてません。だって、俺がまだ成人していない事は事実ですし、ガイアさんが思っているようなクランマスター像ではない事くらい知っています。ですが、俺には俺の強さがあります。それを証明出来れば、ガイアさんはきっと俺達の力になってくれると思いますから」

 ガイアさんが不敵な笑みを浮かべた。
 ガイアさんはテーブルの上に五つの剣を出した。

 ぱっと見、一本以外どれも最上級品の剣に見える。

「ここに俺が作った剣が一本だけ入っている。それを当てる事が出来たら、クラン『銀朱の蒼穹』専属鍛冶屋になろう。どうだ?」

「いいですよ。これほどの腕を持つ鍛冶屋を味方に出来るなんて、今の俺に最も欲しかった()です」

 ガイアさんの表情が固くなった。

 静かにテーブルを見つめている。

「触ったり、鞘から抜いてみても?」

「いいぞ」

 俺はそれぞれの剣を一本ずつ鞘から抜いて並べた。

 一つ目は、赤い刀身が美しく、それ以上に特別な力を感じる。長さも普通の長剣と同じ長さなので、とても使いやすそうだ。

 二つ目は、細い剣だった。長さは普通の長剣と変わらないんだけど、刀身の幅が三分の一くらいしかないが、その分とても軽い。

 三つ目は、少しいびつな形をしていた。長さは普通の長剣だが刀身が真っ黒で、刃部分がギザギザしている。魔物の歯のようだが、細かい歯の部分まで鋭利に作られていた。

 四つ目は、短い剣だ。綺麗な翡翠色をした刀身で、長さは長剣の半分ほど。短剣と呼ぶには長い。言わば小ぶりの剣……短刀と呼べるくらいの大きさだ。こちらも刀身から不思議な力を感じる。

 五つ目は、ごく普通の長剣だ。何の捻りも、不思議な力も全く感じない。寧ろ、今にも折れそうにも見える。

 五本の剣を全て見終えた頃、ガイアさんが驚きの事を口にした。

「もし見抜けなかったとしても、選んだ剣はやる」

 なるほど……それもまた大きな揺さぶりだと思えた。

 四つの剣はどれも超一級品。

 もし、欲張ってそのどれかを選んで失敗しても、その剣は手に入る。

 つまり、鍛冶屋を雇わなくても超一級品の剣が手に入ればそれはそれでいい。と思う人もいるかも知れない。

 しかし、ここで大きな違和感を感じた。

 五本目の剣。

 何処にでも売ってそうな普通の剣。それを彼が打った剣だと言うのも不思議だ。

 俺は五本の剣をゆっくり見回した。

 ――――そして。



「分かりました。これです」

 俺は一本の剣をガイアさんの前に突き出した。

「……どうしてこれだと思ったんだ?」



「まずは長さですね。恐らくですけど、刀身に何かの魔法のようなモノが込められている気がします。それを主軸に使う為の武器なのでしょう。となると、刀身が長いとその分、簡単には使えない……しかし、この形だといざという時に剣として戦う事も出来る。恐らくですが、それがガイアさんが見つけた『武器』としての形だったのかなと思いました」



 目を瞑り俺の答えを聞いたガイアさん。

「この中で唯一普通(・・)の剣がある。それだとは思わなかったのか?」

「五番目の剣ですね。確かに、この中では最も普通の剣で、他の四つのように作ったとは思えないくらい一級品物と違って、至って普通ですね。ガイアさんがはるか昔に作った剣。なんて事も思ったんですけど、魔剣(・・)を作ったと噂されるほどの方の最初の作品にしても弱すぎるのだと思いました」

「…………最後に俺を雇ってくれると言ったが、その理由はなんだ?」

 ガイアさんの質問に、迷うことなくまっすぐ見つめ答えた。

「はい。『銀朱の蒼穹』はマスターである俺が強いクランではありません。さらに剣聖であるフィリアだけで成立しているクランでもありません。俺達はみんなが揃って初めて強いんです。武器や防具は俺達を強くしてくれる。より良い武器を持てばそれだけみんなが強くなって、またみんなで一緒に帰って来れますから、その為に鍛冶屋を雇うのはクランマスターとしてとてもうれしいことなんです」

 俺はテーブルの上の剣全てを撫でた。

「ここにある剣、全てがどれも素晴らしい超一級品です。最後の普通の剣も俺には分からない何かの隠し要素があるような気がします。だって…………ここにあるどれもが『爆炎の鍛冶屋』が本気で作った剣ですからね」

「…………くっくっ、がーははははっ! 参った! 俺の完敗だ!」

 大声で気持ちよく笑ったガイアさんは、俺をまっすぐ見つめた。その瞳には熱い想いが感じられた。

「全て正解だ。ここにある武器は全て俺が打ったモノだ。五本目も見た目はこうだが隠れた仕掛けがある。本当ならそれを見極めた人にこそ仕えたかったのだが…………ここまでコテンパンにされたら、逆に清々しいくらいだ」

「ふふっ、だってこの剣をテーブルに置くガイアさんの手付きは、自分の身体の一部かのように大事に置いてましたからね」

「がーはははっ! そんなとこからもばれていたのか。こりゃ……とんでもないクランマスターを見つけてしまったかも知れないな」

 後ろでガイアさんを見守っていた人達も安堵したように息を吐いた。

「ではガイアさん。改めてよろしくお願いします。俺は『銀朱の蒼穹』のマスターのソラです」

「『爆炎の鍛冶屋』と呼ばれているガイアだ。よろしく頼む。これから専属鍛冶屋として鍛冶事は任せてくれ」

 俺とガイアさんは固い握手を交わした。

 その手は長年金属を打ち続けた事が分かるほどに豆だらけの手だった。
 『銀朱の蒼穹』と『爆炎の鍛冶屋』が専属契約を結んだ。

 意外にも鍛冶屋の給料は思っていたより高い訳ではなくて驚いた。

 ミリシャさん曰く、土地を持った者が最も稼げるらしくて、毎月入ってくる土地代でいまだに多く余っているほどだ。

 レボルシオン領の警備隊、孤児院の経営などを営んでいても全然減らない。


「寧ろ、増えてない?」

 目の前の明細を記入した紙を見ながら口に出してしまった。

「ふふっ、ソラくん。そもそも孤児院経営は『弐式』で補っているし、警備隊の分は『参式』が補っているのよ?」

「ええええ!? じゃあ、全然使ってないじゃないですか!」

「そうよ? 始めた頃こそは、少し減っていたけど、今じゃ全然減らないというか、寧ろ収入が増えて、なぜか税収も増えたわよ? 税をこれ以上安くすると周りの領に迷惑がかかるからそれもあまりおすすめ出来ないわね」

「…………ミリシャさん。この貯まっていくお金ってどうしたらいいんですかね……」

「ん~、ソラくんが贅沢する?」

「嫌です!」

「じゃあ、ソラくんが沢山奥さんを作る?」

「もっと嫌です! それやったらフィリアに殺されるかも知れませんよ!?」

「あら、フィリアちゃんが良いって言えばいいんだ?」

「ち、違います! 俺はフィリアだけ――――」

 ニヤニヤしているミリシャさんを見て、またやられたって気づいた。

「冗談はこの辺にして……ん~お金をもっと使う方法か~、あ! 一つだけあるかも」

「本当ですか?」

「ええ、とても簡単で、しかも大量の金を使って、でもゆくゆく自分の為にもなる事かな!」

「おお! さすがミリシャさんです! ぜひ教えてください!」

「ふふっ、それはね」

 ミリシャさんが得意げに人差し指を立てた。



「土地を買う事ね!」



「…………土地?」

「ええ。例えば、隣領地のセグリス町の土地を大量に購入するとかね」

「あ! 確かに、あそこなら買える土地も多いですね」

「ええ。セグリス町がある領は『自由領』と言って、貴族様の土地ではなく、自由に売買出来るのよ。今は殆どがクラン『蒼い獅子』の持ち物だけど、言えば売ってくれると思うわ。レボルシオン領ほどの住民もいないから採算を取るよりは、まとまった額で売った方が賢い選択だからね」

「なるほど……ありがとうございます! その線で考えてみます!」

 まさか、余ったお金で土地を購入するなんて考えた事もなかった。

 しかも、この土地の権利を『土地所有権』というもので、人が決めるのではなく、なんと女神様の恩恵の(もと)に発生する。

 例えば、レボルシオン領の土地全ては、俺が『土地所有権』を持っている。

 それはステータスにも表示され、正当な権利で、その権利を使えば、土地の効能を消す事ができる。

 例えば、脆くなる土地にすれば、そこに建っている家が崩れる事になるだろう。

 農地なら作物を全く育てさせなくさせる事も出来る。

 そのように、土地の権利というのは、神から認められた権利である。


 その権利の売買が成立すれば権利が移動する。全ては女神様の恩恵で自動的に行われるので、こちらが特別な何かを準備する必要もない。

 あともう一つ方法としては、略奪する方法がある。

 例えば、戦争などで土地の権利者がその土地から逃げたとする。

 すると権利者が土地から逃げたという判定になる。

 そのまま二百四十時間、つまり丸十日が経過した場合、その土地を攻め入った者に所有権が移る。


 それと、逃げずに土地から離れている場合は、その土地で一年間生活を送った者に所有権が移るが、賃貸契約で報酬を払っている場合は、所有権が移らないのだ。

 所有している土地で知らぬ人が住み着いた場合も、毎月その知らせが所有者に知らされる恩恵もある。

 これも全て女神様の恩恵で判断されるので、土地を巡って詐欺まがいことや、土地を知らぬ間に奪う事も不可能である。


 俺は早速冒険者ギルドを通じて『蒼い獅子』に連絡を取った。

 セグリス町を中心として、周りの町の土地を売って欲しいと申し込んだのだ。

 まだ全部買い取る事が出来ないけど、これから定期的に買い込む事にしたいからだ。

 冒険者ギルドから連絡を取ってくれるそうなので、その返答には少し時間が掛かりそうだ。


 『銀朱の蒼穹』の『鍛冶組』となってくれたガイアさんは、レボル街の鍛冶屋で俺達のクランの専属で武器と防具を打ってくれるようになった。

 ガイアさんが連れて来た若い人達は、どうやら弟子らしく、全員で六名いてみんな鍛冶屋の中でも中々の腕を持っていた。

 ガイアさん自身は『銀朱の蒼穹』のメインメンバー用の装備作りに集中するそうだ。

 俺は以前選んだ翡翠色の小剣をそのまま貰う事にした。

 風属性の魔法を放てるらしく、剣単体でも非常に強い性能を誇っていて、鋼鉄くらいの鎧なら簡単に斬れるくらいの切れ味だった。肉みたいに斬れた鋼鉄の鎧を見て、ガイアさんを味方に入れ込めたのが心の底から良かったと思えた。

 満場一致でフィリアの双剣を先に作って貰う事にしたので、フィリアと一緒にソワソワしながら待つ事にした。
 フィリアの双剣が完成まで暫く掛かるとの事で、ガイアさんから珍しい素材を取って来るようにお願いされた。ほぼ命令だったけど。

 レボルシオン領でまだ行った事がない場所に行く事となった。

 西にあるダンジョン『石の遺跡』から更に西に進んだところにホレ村という小さな村があり、そこから真っすぐ北に進んだ場所にある『ハイオークの平原』にやってきた。

 レボルシオン領唯一のBランク上位魔物が住んでいる場所だ。

 この平原にフロアボス『ハイオーク』が出現する。強さは『フォースレイス』と同等の強さを誇る。

 ただ『フォースレイス』の場合、その強さは眷属無限召喚というのもあっての強さだが、通常Bランク上位魔物は単体での強さとなる。

 冒険者ギルドから狩場情報を買い、ある程度の知識は得た。

 出来ればフィリアの双剣が完成してから狩りたかったけど、ハイオークの牙が欲しいから取ってこいって言われてしまったので戦うしかない……。

 今回は念の為に、『弐式』の十二人と、『参式』から上位職能を持つ二人に来て貰い、二十名の大勢で平原にやってきた。



「フロアボス以外はCランクのオークが大量に現れるから、そこは弐式のみんなお願いね」

「「「「はい!」」」」

 前衛が前に出て、後衛がしっかり全方位に対応する。

 『銀朱の蒼穹』らしい布陣だね。


 平原の遥か向こうに一際大きいオークの頭が見える。恐らくはあれがフロアボスの『ハイオーク』なのだろう。

 そこに辿り着くまで、通常オークも多く見えた。

「では作戦開始!」

 俺の号令で『弐式』の十二人が前に飛び出した。

 それに合わせて俺達も付いて行く。

「ロイドくん! 一体目の強さを調べたい! お願い!」

「あいよ! シールドバッシュ!」

 メイリちゃんの指示で最初のオークを盾で殴るロイドくん。

 盾で殴られたオークが飛ばされる。

「本体が空中に飛んだ! 強さは弱と判断!」

「「「「あい!」」」」

 俺には何の事なのか分からない事を話し合う『弐式』。

 『弐式』ならではの作戦も沢山あるみたいだね。

 それから前衛が先に前に出る事はなく、『ハイオーク』に向かって走っている間は、後衛の遠距離攻撃がメインだった。

「ねえねえ、メイリちゃん」

「はい!」

「さっきの強さが強ならどうなるの?」

「その場合は、敵の前で必ず全員止まりますし、後衛が先に攻撃はしません。必ず前衛が動ける状態で戦い始めます」

 わぁ……メイリちゃんって、もしかして俺より指揮官に向いているんじゃ……。

 メイリちゃんは直ぐに次の指示を出して、次々とオークたちを倒していった。

 オークは消滅系の魔物で、その場にオークの牙が残る。

 時折、オークの心臓という石が落ちるんだけど、それは鋼鉄までの武器や防具を修復してくれるアイテムなので、非常に人気が高い。

 鍛冶屋が多くないこの世界で、一番メインの鋼鉄までの金属の武器や防具のメンテナンスは欠かせないのだ。

 今回は狙いが『ハイオーク』なので、オークの牙は取り敢えず無視して進む。たまに出るオークの心臓だけ『参式』から参戦したカシアさんとエルロさんが素早く拾ってくれた。

 二人とも見ないうちにとても強くなっている。

 実は二人は獣人族の種族職能の『獣人』ではないのだ。

 その更に上、エルロさんが『獣強人』で上級職能であり、カシアさんが『獣王』で最上級職能だ。

 ただ種族職能は基本職能よりも少し下みたい。

 それでも獣王となる最上級職能を持つカシアは、レベルが低かったのもあってフィリアにボコボコにされてただけで、フィリアと同じレベルだと、ほぼ同じくらいの力だった。それでもフィリアにはボコボコにされていたけど……。

 そんな二人はまだ力を蓄えている。

 サブ職能は『武道家』にしていて、既に『集中』というスキルが使えて、そのスキルを使っている間はフィリアでも勝てない程には強い。

 『弐式』が全力で道を開いて、俺達は遂に『ハイオーク』のあと一歩のところまで辿り着いた。


「さて、『ハイオーク』はここに来る間に話したように、単騎でとても強い魔物らしい。見るからに強そうだからね」

「受け止めるのは難しいかな」

「基本的にいなすようにかな。最初はフィリアを主軸に仕掛ける! 他はタイミングを見て、仕掛けるよ!」

「「「「はい!」」」」

「ラビは攻撃よりは、前衛にバリアを重点的にね!」

「ぷー!」

「行くぞ!」



 俺の号令に合わせて、フィリアが飛び出した。

 初速は遅めで走る。

 それに続き、見え始めたハイオーク。

 フィリアがハイオークにぶつかる前に、『弐式』の弓士と魔法使いが周囲のオークを殲滅し始めた。

 ハイオークと戦っている間はオークは邪魔だからね。

 周囲のオークもどんどん減り、遂にフィリアがハイオークに双剣を振り下ろした。


 肉が斬られる音がして、ハイオークの叫び声が響く。

 その圧倒的な威圧感が僕達を襲った。
 大きな包丁型大剣を片手で持ったハイオークの大剣がフィリアに振り下ろされた。

 サラッと避けたフィリアはそのままハイオークの手を斬る。

 直ぐに後方から二本の真っ赤な弓矢が飛んできて、ハイオークの頭で爆発した。

「魔法を足元に!」

 後衛の魔法使いから両足を目掛けて魔法を放つ。

 色んな魔法が飛びかかり、ハイオークの両足を傷つける。

 その衝撃で、ハイオークが倒れた。

「目を重点的に攻撃!」

 俺はすかさず指示を飛ばした。

 アムダ姉さんとイロラ姉さんが倒れ込んだハイオークの顔を両側から攻撃し始める。

 その攻撃を邪魔しないように、カールの魔法が上空から放物線を描き、ハイオークの倒れ込んだ顔に直撃する。

 数秒攻撃を終わらせると、ハイオークから真っ赤なオーラが出始めた。

「例の攻撃が始まった!! 全員退避!!」

 直ぐに全員がハイオークから真っすぐ遠くに逃げ始めた。

 そして、



 ゴゴゴゴゴォ



 ハイオークの周囲で強烈な爆発が起きた。

 爆発による爆炎が周囲を包み込み、空に舞い上がる。

 爆炎が消えた跡に、ハイオークが悠々と立ち上がっていた。

一回目(・・・)終了! あと二回!」

 ハイオークはある程度体力を削ると、周囲に爆炎を撒くとの事だった。

 案の定、一度目の爆炎が終わった。

 もう二回あるので、それまでまた削らないといけない。


 起き上がったハイオークは、一番近くにいたフィリアに向かって飛びかかった。

 そのタイミングに合わせて、弐式の弓矢が周囲の普通のオークたちに飛ぶ。

 ハイオークの強烈な攻撃が、フィリアがいた場所に大きなクレーターを作る程に叩きつけた。

 土や石が周囲に飛び散る。

 みんな飛んできた石を避けながら、ハイオークの次の行動に注目する。

 弐式のおかげで、周囲のオークが全く寄せつけていない。それがとても助かっている。

 周囲に散った仲間達には攻撃より回避するように伝えてある。

 タイミングを見計らって、一か所――――俺のところに集まる事になっている。

 ゆっくり体勢を戻したハイオークがフィリアを狙って、次々攻撃を繰り返しながら進んだ。

 フィリアは一撃一撃しっかり避けつつ、後方に――――俺の方に逃げてくる。

「よし、次!」

 次の合図をすると、カシアさんとエルロさんが武道家のスキル『集中』を使う。

「エルロ、左足を頼んだ!」

「おうよ!」

 走っていたハイオークのそれぞれの両足に二人の打撃が刺さる。

 本来ならびくともしないはずのハイオークがぐらつく。

「獣王奥義! 牙連双撃!」「獣強人奥義! 岩破撃!」

 ぐらついているハイオークの足に二人の強烈な攻撃が更に追撃する。

「ハイオークが倒れる! 欲張らずに攻撃!」

 みんながそれぞれの部位にダメージを蓄積させていく。

 その時、倒れたハイオークの右手が接近していたアムダ姉さんを殴り飛ばした。

「アムダ姉さん!」

「くっ! 大丈夫! ラビちゃんのバリアが効いてるよ!」

 吹き飛ばされたアムダ姉さんに、ミリシャさんが急いで走って行き、慣れた手付きで回復魔法を掛ける。

「よくやったラビ!」

「ぷぅー!」

 また起き上がろうとするハイオークの顔面にカールの魔法が炸裂する。

 そのまま一分ほどが経過した時、ダメージが蓄積されたハイオークから赤いオーラが立ち上った。

「二回目! 全員退避!!」

 そして、一度目同様、爆炎が舞い上がった。

 隣に来たラビが「ぷぷぷー!!!」と鳴き声を上げた。

 どうしたんだろう? と思っていると。

 ラビの風魔法で、爆炎がそのまま上空ではなく、ハイオーク自身に降り注いだ。


 グラアアアアアア!


 ハイオークの悲痛な叫びが周囲に広がった。

 自分を守ろうと放った攻撃が、自分に降り注いで来たのは想定外なのだろう。



 爆炎が消えた後、ボロボロになっているハイオークの正面にフィリアが立った。



「剣聖奥義、百花繚乱!」



 いつもよりも増して剣戟が花びらのように舞い散り、ハイオークの全身に傷が増えていった。

「全力攻撃!!」

 俺達の全力攻撃がハイオークに集中し、その場にいたハイオークがその場から消え去った。

 その跡には、ハイオークの素材が大量に落ちていた。

「まだオークが残ってる! 弐式は変わらず周りの排除! 他は素材を回収して!」

「「「「はい!」」」」

 俺達は戦いの後も油断する事なく、素材を速やかに回収して、平原を後にした。



 ◇



「ハイオークの牙! こんなに早く取って来るとは……それにしても、他にも素材が余ってるな?」

「はい。ガイアさんの好きに使ってくださっていいですよ?」

「……そうか。分かった。後悔させない品を作ってやる」

「お願いします。他にも必要なモノがあったらすぐに言ってくださいね」

「ああ」

 ガイアさんは素材を大事そうに持って、工房に入っていった。

 これで漸く進められるフィリアの双剣がとても楽しみだ。


 それにしても、今回のハイオーク戦。

 一番の功労者を選ぶなら、間違いなくラビだろう。

 あの爆炎を風魔法でそのままハイオークに降り注がせるなんて考えもつかなかった。

 そのおかげもあって、最大の難所であった二度目の爆発の後、『怒れるハイオーク』状態には入らせずに倒せたのだ。

 俺はそのままミリシャさんの所に向かい、ラビの事を相談する事にした。
「ミリシャさん」

「ソラくん。素材は渡して来たのかな?」

「はい。ガイアさん、とても嬉しそうでした」

「ふふっ、鍛冶が大好きなようだね。フィリアちゃんの新しい武器がとても楽しみだね」

「はい。あ、それと一つ相談があるんですけど」

「ん? どうしたの?」

 ミリシャさんの前にラビを出した。

「今回活躍してくれたラビの為に、何か出来る事がないかなと思いまして、ミリシャさんなら何か思いつく事ないかなーと……」

「うんうん。ラビちゃんは今回も大活躍だったもんね!」

 ミリシャさんが優しく頭を撫でて上げると、ラビも嬉しそうに鳴き声をあげた。

「そう言えば、ソラくんは他の召喚獣はまだ召喚した事がなかったよね?」

「そうですね」

「そっか。じゃあ、召喚獣は一体(・・)だけしか契約出来ない事も知っておいた方がいいわね」

「一体だけ……ですか?」

「そうよ。だから召喚士はレベルが上がり、次の召喚魔法を覚えたら下位の召喚獣との契約を切って、上位の召喚獣と新たに契約するのよ?」

「…………なるほど」

 ミリシャさんが見透かしたように、教えてくれる。

 ――――召喚士レベル5で覚える中級召喚魔法。

 ――――実は、俺は暇がある度に光の精を召喚して経験値を貯めていた。

 そして、遂にレベルが8になり、『上級召喚』魔法を獲得したのだ。

 本来ならハイオーク戦で使いたかったんだけど、実はあの時はまだレベルが7だった。

 つまり、帰り道でレベルが上がったのだ。


 何故か俺と結びつきが強いラビはその事を既に察知したらしく、ずっと落ち込んでいた。

「ミリシャさん。もし契約破棄したら、再度契約は行えないんですか?」

「ん~、冒険者ギルドの情報でなら、再契約も出来ると書いてあったわ。恐らく同じ個体だから、契約を解除してもソラくんのラビちゃんはずっとソラくんの中に居ると思ってくれていいかもね」

「……そっか」

「ふふっ、本題はラビちゃんに何か褒美をあげたいのね?」

「はい」

 ラビが耳をピクピクさせて興味津々に聞こうとしていた。

「中級召喚と上級召喚で最も違うのは、召喚出来る種族に違いがあるの。例えば上級召喚ではラビちゃんは召喚出来ない。でも既に契約を交わしているラビちゃんと『上級召喚』として契約を結び直せると聞いた情報にあったわ」

「へぇー! じゃあ、ラビが上級召喚の召喚獣になるって事ですか?」

「ええ。ただし」

 ミリシャさんは人差し指を立てて、少し困った表情をした。

「元々中級召喚だった召喚獣を上級召喚として契約し直したとしても、通常上級召喚で契約出来るどの召喚獣を越える事は出来ないみたい」

「なるほど…………そうですか、ラビを上級召喚として契約し直すか、新たに契約を結ぶかか~」

 チラッとみたラビの顔は笑顔だった。

 ――――とても寂しそうな笑顔だ。

 自分が弱い(・・)事を知っているラビは、自分ではない召喚獣の方が俺の役に立てると思ったんだろう。

 …………本当に出来た(・・・)召喚獣だ。

 俺は自分の中の『上級召喚』魔法を意識させる。

 そして、その魔法について、何となく知る事が出来た。

「そうね。まあ折角覚えた上級召喚だし、使わせて貰いますかね。ラビ。今までありがとう!」

「ぷ、ぷぅ」

 少し震える手をあげて、泣きそうな顔になったが、決して笑顔を崩さないラビ。



「では――――――魔法、上級召喚!」



 ラビの真下に魔法陣が現れた。

 現実を受け止めるしか出来ないラビは、最後まで笑顔で手を振ってくれた。

 また会える日まで――――――。










「上級召喚獣、スカイラビット!」

 目を瞑ったラビが、驚いて目を開けた。

 ――「今、なんて言ったの?」と言いそうな表情をしているラビ。

「ラビ。今まで本当にありがとう。君のおかげで俺達はここまで来れたよ。ラビも『銀朱の蒼穹』の一員だよ。俺から出来る事はこうして君を少しでも強くしてあげる事しか出来ないけど、これからも――――」

 よろしくねと言いたかったけど、言えなかった。

 涙を浮かべたラビが俺の顔に突撃してきたからだ。

「ぷ、ぷ! ぷぅぷぅ!」

 興奮したようで、ラビが俺の顔にすりすりしてくる。

 温かいラビの体温が伝わって来た。

 それにしてもラビって、他の召喚獣というか、俺が聞いている召喚獣と違って感情も豊かだし、思考能力も非常に高いのがとても気になる。

「ん? ソラくん!」

「はい?」

「ラビちゃんの額の宝石の色!」

「ん?」

 ラビの額には魔法を使う際に光る宝石のようなものが付いている。

 触り心地は意外にも柔らかくて温かかったりする。

 元々薄い青色だったその宝石が、綺麗な翡翠色に変わっていた。

「色が変わってますね。翡翠色に変わっていますね」

 ミリシャさんはいつの間にか分厚い辞典のような本を開いて何かを探した。

 暫く何かを探していたミリシャさんが俺の前に本を差し出した。

「ソラくん。ここ見て? 中級召喚したスカイラビットは召喚で進化させると宝石の色が変わると書いてあるわ。元々は薄い青色。上級召喚に進化させたら濃い()色。超級召喚に進化させたら翡翠(・・)色と記入されているわよ!」

「えええええ!? もしかして――――二段階進化した!?」

「もしかして、ソラくんの『転職士』の全て倍になるという効果なのかな?」



 それからミリシャさんと憶測を話し合ったが、結果として『転職士』の全てのステータスとスキルが二倍になる効果によるものだろうと結論付けた。

 それにしても思考能力が高くなったのも、『転職士』ならではの事なのかも知れない。

 新たに強くなったラビは、ずっと嬉しそうに俺とミリシャさんに抱き付いて来た。