幼馴染『剣聖』はハズレ職能『転職士』の俺の為に、今日もレベル1に戻る。

 初日。

 まずは全員でゲスロン街の西に進んだ場所にあるダンジョン『石の遺跡』という場所に向かった。

 一層はDランク、二層はCCランクのダンジョンでレベル上げに向いてそうなダンジョンだ。

 トーマスさんは元々中級職能『騎士』で、同職転職させて経験値アップを取り付けておいた。

 レベルが1に戻ったけど、トーマスさんは顔色一つ変えないで俺の言う通りの事をすると言ってくれた。

 一層に入り、弓士のソーネちゃんが凄まじい速度で魔法矢を放ち、視野に入る魔物を一掃していく。

 二層まで歩く間、何もしてないままトーマスさんのレベルも上がった。

「…………ソラくん」

 その事でミリシャさんが呆れた口調で声を掛けてきた。

「どうしたんですか?」

「……いつもこんな感じだったの?」

「え? ソーネちゃんですか?」

「ソーネちゃんというか……弓士でああいう風に狩りをするの」

「ええ、セグリス町の時には弓士が十人近くいましたから、これよりも速かったと思いますよ?」

「…………ちょっと後で話があります。大事な話が」

 あれ?

 ミリシャさんどうしたんだろう……?

 少し呆れた顔だけど、夜にでも話してくれるんだろうか。

 それから俺達は二層に向かい、二層の魔物を狩り始める。

 Cランクの魔物が主体で、フロアボスと言われているCランク上位種が一日に一回出現するらしい。

 今回はその魔物よりも、通常Cランク魔物のハーピィという魔物を狩り始めた。

 ハーピィは背中に羽根があり、空を飛ぶ魔物で、遠距離攻撃がないと戦いにくい相手だ。

 なので、この層にハーピィを狙うパーティーは割と少ないので、魔物の数が多くいるのだ。

 俺達はカールとソーネちゃんを主軸に飛んでいるハーピィに一撃与えて、こちらに誘導させてから接近職で叩く戦法を取った。

 二時間ほど戦って、一旦休憩のために、広場に座り込んだ。

 ここでならハーピィが現れても見えやすいので、直ぐに対応出来るはずだ。

 暫く休んでいると、向こうにハーピィが十体まとめて現れた。

 あれだけの数が現れるなんて珍しい。

 その時。

 真っ先にハーピィの前に立ちはだかるのは――――



「ぷぅー!」



「ラビ? 危ないから遊んじゃ駄目だよ?」

「ぷー! ぷー!」

 少し怒ったような鳴き声のラビ。

 どうしたのだろう?

 何故か怒っているラビの周りに、目にも見えるくらい緑色の魔法の渦が現れ始めた。

「ぷぅー!!」

 ラビの鳴き声と共に、ハーピィに向かって魔法が放たれる。

 切り裂く音と共に、ハーピィの群れが魔法により切り刻まれる。

 ハーピィ達の短い鳴き声が聞こえた後、全員がその場から消え去った。


「ぷぅーっ!」


 こちらを向いて、ドヤ顔をするラビ。

 もしかして活躍させてあげてないのが不満だったのかな?

 というか、ラビって攻撃魔法も使える事を初めて知った。

「……ソラくん?」

「はい?」

「…………あの件も後で話したい事があるわ。大事な話が」

 またもやミリシャさんが呆れたように溜息を吐いた。

 休憩中はラビが頑張ってくれて、現れたハーピィを軽々殲滅していた。

 ラビがあんなに強いなんて思わなかった……今までバリア魔法しか使えないばかり思っていただけに、意外な戦力増強は嬉しい誤算だった。



 ◇



「ソラくん。今から話す事はものすごく……ものすごく! 大切な話になるからね!?」

「え、ええ、ミリシャさんがそこまで言うのですから……どんな大切な話なんですか?」

「あのね……ソラくんは今のこのパーティーの異常性(・・・)に気づいていないわ」

「このパーティーの異常性……ですか?」

 腰に両手を当てたミリシャさんが、いつもの先生モードに変わった。

「まず、パーティーがどうやって成立するのか、分かるかな?」

「ん~、お互いに仲間だと思っていると成立するんですよね?」

「ええ、その通りよ。パーティーはお互いがお互いをパーティーメンバーだと思う事によって、女神様の恩恵により、自動的に『パーティー』として判定されるの」

 俺達はみんな頷いて聞く。

「『パーティー』となったメンバーは、それぞれの戦いの功績(・・)によって、得られる経験値が違うと言われているわ。その功績もメンバー全員が心の中で思っている功績で配分が変わる…………つまり、戦っていなくてもその戦いに最も貢献したと思われれば沢山の経験値が貯まると言われているの」

「なる……ほど?」

「まずね、ソラくんのパーティーの異常性の一つ目はそこ! 全員が同じ量(・・・)の経験値が得られているわ」

「そう……ですね。俺達はいつもこんな感じです。レベルが上がるのも同じタイミングですし」

「…………それはもしかしたら『転職士』の力なのかも知れないわ」

「『転職士』の力…………」

 ミリシャさんの意外な言葉に驚くも、もしそれが本当ならとんでもない力って事くらい、俺にでも分かる。

 フィリアも気づいていなかったみたいで驚いていた。

「えっとね。それはあくまで一つ目(・・・)なの」

 ミリシャさんの続く言葉に少し怖さを感じる。

 俺にも知らない『転職士』の力が明らかになろうとしていた。
「では二つ目の異常性ね。多分これが一番大きいと思うんだけど、単純に『人数』なの」

「人数??」

 ミリシャさんの口から出た言葉は意外だった。

「そう。ソラくんはダンジョンとか、狩場で他のパーティーの人数を数えた事はない?」

「ん~そう言われてみれば…………六人のパーティーが多いイメージですね」

「……どうして六人だと思う?」

「戦利品を分けるのに六人が丁度いいから……?」

「…………」

「ち、違うんですね……」

「……ええ。一番の理由は『パーティー』に認定される人数が最大六人なの。もし六人以上になった場合、女神様から『ペナルティー』が発生するの」

「ペナルティー?」

「ええ。全員、経験値が一切貯まらないペナルティーなのよ」

 全員レベルが一切上がらなくなるという事か!

「ソラくんが言った戦利品は問題がないから、多くのパーティーはお互いに手を組んで二つのパーティーでフロアボスを倒して、戦利品を山分けするのが一般的なやり方ね」

 二つのパーティーでフロアボスと戦う…………そう言えば、フォースレイスに挑んだ時、メリッサさんのパーティーとパスケルさんのパーティーの二つのパーティーで挑戦していた。

 そういう意味があったんだね。

「俺達の場合は……十五人くらいでも問題ないんですよね……」

「やっぱり! 『転職士』の本領発揮はもしかしてこういう所なのかしら…………、もしくは、ソラくんの力か」

「俺の力……?」

「ええ、稀にいるのよ。特別な力を持って生まれる人がね」

「特別な力……」

「その様子ならレベル10についても知らなさそうね。実は職能って同じ職能でも唯一変わるモノがあるの。それが、レベル10……つまり最後のスキル(・・・)なの。最後のスキルだけは、それぞれ得られるスキルが違うと言われているわ。そもそもレベル10に到達出来る人が少ないのだけれど、いない訳ではないの。同じ職能なのに違うスキルを得られる…………最後の最後の職能差というのが生まれるわ」

 レベル10は一言で言えば、最高レベルの事だ。

 レベル10に辿り着いた人は、それだけでも英雄と言われるくらいには名誉ある事だが、決して珍し過ぎる訳でもないと冒険者ギルドで教わった。

 例えばセグリス冒険者ギルドのマスターであるガレインさんも、あの若さで既にレベル10だと聞いている。

 より強い魔物を倒せれば倒せるほど、レベルは上がりやすくなる。

 そういう強いパーティーで戦う事も大事な事だ。

「意外ですね。女神様は平等(・・)を愛す為、特別な職能は『勇者』と『聖女』だけだと聞いていたんですが……」

「そうね。でも残念な事に平等ではないのよ。レベル9までは平等だから多くの人に取っては平等ね。でもレベル10に到達した際に得られるスキルで、大きな差が生まれると言われているの。それに到達出来る人が少数だからあまり広まってない話だけどね」

 ミリシャさんのおかげで意外な事を知った。

 もし俺がレベル10になったらどうなるんだろうか……なんて期待をするが、俺はレベルを上げる方法がないので、レベル10は夢のまた夢だ。



「三つ目の異常性なんだけど……」

「あ、三つ目あったんですね」

「三つ目は、ラビちゃんの事ね」

「ラビ?」

「ぷー?」

 意外な答えに、俺もラビも首を傾げる。

「先程休憩していた時に、ラビちゃんが使った魔法ね…………あれは恐らく『ウインドカッター』だと思うんだけど、スカイラビットの唯一の攻撃魔法のはずなのね」

「え? あれが『ウインドカッター』?」

 魔法の事にカールが一番驚く。

「そう言えば、以前カールが使っていた風魔法に似てる…………似てる? 似てはないか」

「ああ、あれはどちらかと言えば、『ウインドカッター』の上位版の魔法の『ウインドストーム』に近かったはず」

「カールくんが言っていた通り、問題は中級召喚獣のスカイラビット…………えっと、言いにくいんだけど、中級召喚獣の中では最弱(・・)の召喚獣なのね?」

 ミリシャさんの言葉に肩を落とすラビ。

 ラビがフラフラ飛んできて俺の胸の中に入って来る。

 頭をなでなでしてあげた。

「でもスカイラビットが弱いと言われるのは、あくまで攻撃魔法が貧しいからであって、汎用性の高い防御魔法に特化しているから、パーティーにはとても強い味方なの。でもソラくんのラビはそのスカイラビットの特性を遥かに超えている気がするわ」

 それを聞いたラビは少し元気になった。

「そもそも『ウインドカッター』を二、三回くらいしか使えないと聞いていたけど、ラビちゃんが使うのは『ウインドストーム』に近い威力の『ウインドカッター』をあれだけ連発しても疲れてないのよね。その時点で普通のスカイラビットとは全然違うのよ。それはきっと『転職士』か力か、もしくはソラくんの特別な力のおかげかも知れないわ」

「…………あ! それなら『転職士』の力なのかも知れません」

「何か思い当たる節があるのかな?」

「ええ。『転職士』はメインクラスを変えられません。代わりにサブクラスを付けるようになると、そのクラスのステータスやスキルが使えるようになる、というのは説明しましたね? 実はその時の能力が全て二倍になるそうです」

「全ての能力が二倍…………中級召喚魔法も本来ではなく二倍強化された魔法でラビちゃんを召喚したから、ラビちゃんがこんなに強いかも知れないと」

「はい」

「ぷぅー!」

 自信を取り戻したラビは元気に胸を張る。

 フィリアのところに飛んでいくと、フィリアになでなでされてまたご満悦になっていた。



 意外な『転職士』の力について知る事が出来た。

 それを知っているかいないかで、選べる選択肢が限られるからね。

 これからはその事も念頭に置いて、作戦を決めようと思う。
 三日間、ダンジョン『石の遺跡』の二層でレベルを上げ続けた。

 俺達六人と、メイリちゃん達四人にトーマスさんの計十一人で狩りを続けた。

 ミリシャさんからの情報ならパーティーは六人までだが、やはり俺達は問題なく十一人全員でパーティー認識が出来ていた。

 『経験値アップ③』も相まって、俺達はたった三日で物凄い速度でレベルを上げていった。



 ◇



「イロラ姉さん、気を付けてね」

「うん。任せて」

 職能『ローグ』のイロラ姉さん。

 既にレベルも8に上がったイロラ姉さんは、スキル『影移動』を覚えて、影に紛れるようになっていた。

 気配までは隠せないけど、視覚的に見えなくなるだけでも大きなアドバンテージがある。

 イロラ姉さんが森の中に消え去った。

 俺達は彼女が帰って来るまでの間に作戦を再度確認する。

 この場にいない人も既に作戦に取り掛かっているはずだ。

 暫くして、イロラ姉さんが帰って来た。

「ただいま。見つけたよ」

「イロラ姉さん。お疲れ様、では近くまで行こうか」

「「「おー!」」」

 イロラ姉さんに案内され、森を進んでいく。

 進んだ先は高台になっていて、そこから見下ろしたところに洞窟があり、その前に見張りが二人立っていた。

 見た感じただの山賊ではあるんだけど……山賊にしては強そうな雰囲気だ。

 トーマスさんの話の雰囲気的に、相手のリーダーはレベル10に到達している可能性もある。

 でもこちらにはフィリアがいるので、単独戦いでも十分に戦えるはずだ。

「では予定通り行くよ」

「「「はい」」」

 みんな小さい声で返事をする。

 ここには俺とフィリア、アムダ姉さん、イロラ姉さんの四人が集まっている。

 イロラ姉さんとアムダ姉さんは洞窟を裏手に回る。

 彼女達の移動を見届け、俺とフィリアが正面に出て行く。

 俺達を見つけた相手の二人が普通の反応とは違い、声一つ出す事なく洞窟内に入って行こうとするが、上から降って来たイロラ姉さんとアムダ姉さんに襲われ、一瞬で倒された。

 二人の見張りを草むらに隠して、洞窟中に入って行く。

 やはり、情報通り(・・)静かだ。


 その時、地面から黒い煙が上がって来た。

 これも予定通りの眠り煙(・・・)だね。

 俺達は眠りについたふりをして、その場に横たわった。

 気配は全力で感知する。

 少し待っていると煙が消え、足音が聞こえ始めた。

 人数は……八人。意外と多い。

「今回は意外と楽勝だな~? 前回はあんなに手こずったのによ」

「おい、人数が違うぞ」

「リーダー! 二人足りません!」

「……ちっ、外にいそうだな。お前ら、こいつらを奥に運んでおけ。外は俺がやる」

「「「はっ!」」」

 一番強い気配を持った男が外に走って行く。

 急いだって事は、向こうも焦っている証拠だ。

 きっと、逃がさないように急いでいるのだろう。

 前回はトーマスさんを逃したから、色々問題があったに違いない。

「はぁ、こんな可愛いの一人くらいこっちが貰いたいね~」

「おいおい、やめとけよ。子爵に見つかったら一瞬でクビ飛ぶぞ?」

「ちっ、分かるけどよ……くそ! こんな美少女とか俺もく――――」

 彼が次の言葉を発する事はなく、起き上がった俺達に、彼らは一瞬で制圧された。


「ふぅー、作戦通りにいって良かった」

「ですね。あとはフィリア、気を付けてね?」

「うん! 任せておいて! ラビちゃんもよろしくね!」

「ぷぅ!」

 フィリアの髪の中に隠れているラビの鳴き声が聞こえる。

 もしもの時の為のバリア要員として、フィリアのところに隠れているのだ。

 今回、黒い煙を防いだのも全てラビのおかげだったりする。

 小さな風魔法で黒い煙を吸い込まないようにしてくれていたのだ。

 俺達は急いで山賊達を奥の部屋に運んで確保しておく。

 さて……あとはリーダーを捕まえて次の作戦だね。



 洞窟の入口から凄まじい殺気が痛いほど伝わって来た。

「……なるほど。貴様ら……あれを見抜けたのか」

「ああ。お前の部下から、ちゃんと子爵様(・・・)の名前まで聞いてるぞ?」

 子爵様の言葉を聞いた男があからさまに苛立ちを見せた。

「貴様ら……生きてここを出られると思うな!」

 男が剣を抜いて、斬り掛かってくる。

 しかし、既に戦いの準備をしていたフィリアの双剣が男を斬り返す。

 あまりの速度に男が驚く表情を見せた時には時すでに遅く、フィリアの剣戟が男の両足を切り落とした。

「が、があああああ!」

 あっけなく倒れる男は、信じられない目で悲鳴をあげた。

「さて、これで形勢逆転だね」

「っ! く、くそが!!」

 念には念をと、フィリアは容易なくその手首も切り落とす。

 卑怯な戦いをした上に、高レベルな男を相手に油断は一切しない。

「では、お前たちが子爵に――――」

 雇われている事を聞き出そうとした時に、男が恨むような視線で微動だにせず俺を睨んだ。

 そして、俺は続きを話す事は出来なかった。

 男は既に自分の歯の中に隠し持った即効性毒により、その場で絶命していたのだから。


「こういう仕事を請け負う以上、こうなったら自ら命を落とすのは知っていたけど、口の中に毒を仕込んでいたとは予想してなかったよ。出来ればそのまま死ぬのではなく、報いを受けて欲しかったな……」

 今まで男の手によって命を落とした多くの人達に報いて欲しかったけど、それは叶わなかった。

 しかし、まだ終わった訳では無い。

 本当の()はまだのうのうと生きているから。

 俺達は次なる作戦に移った。
「子爵は屋敷に違法な奴隷(・・・・・)を飼っている!!!」

 ゲスロン街のゲシリアン子爵邸の前に大きい声で騒ぐ男が現れた。

 屋敷の入口を守っている衛兵が走って、男を阻止するも、男が止まる事がなかった。

「ゲシリアン子爵は違法な行為を行っている!! 屋敷の中は闇だらけだ! 信じてくれ! 必ず中を探れば、証拠が出るはずだ!!」

 衛兵達に囲まれるも、男は衛兵を全員振り払う。

 衛兵を吹き飛ばしても尚、男は止まる事はなく、子爵邸の前で騒ぎ続けた。

 少しずつ人だかりが出来始める。

 平民だけでなく、子爵邸を訪れた貴族もその男の声を聞く。

 段々と多くの人が子爵邸の前に集まった。



「一体何の騒ぎだ!」

 多くの人だかりの中から、完全武装した複数人の人が子爵邸の前に出てくる。

 正面の男は、ゲスロン街の冒険者ギルドのギルドマスターエイロンだった。

 エイロンが出て来た場所には、深くローブを被っているカールとミリシャの姿が見えていた。


 周りはエイロンの登場にざわつく。

「お、お前は! 冒険者ギルドマスターのエイロン!」

 男が驚き、エイロンを指さした。

「……久しぶりだな? 仲間を捨てた(・・・)トーマス」

「俺は無実だ! 全ては子爵が企んだ事なんだ!」

「……またその話か。お前が話した場所には何もなかった(・・・・)のではないか?」

「そうだが……俺は子爵に東の山に山賊がいるから、討伐しろって依頼されたんだ! その契約書なら冒険者ギルドにも残って(・・・)いるはずだ!!」

「……ああ、その契約書は俺も見て覚えている。だが、あの場所には何もなかったではないか!」

「くっ…………」

 二人が言い争いをしていた時、子爵邸の扉が開いた。


「なんの騒ぎじゃ!」


 中から、キツネ目の男。ゲシリアン子爵が出て来た。

「ゲシリアン子爵……!!」

 トーマスが恨み籠った声で荒げる。

「……? 誰じゃお前は」

「くっ! き、貴様! 俺らに罠の依頼を出して、俺の……仲間達を殺害した癖に知らないふりをするのか!!」

「…………このゲシリアン子爵は嘘など付かぬ。貴様が何処の誰かは知らないが、わしを侮辱した罪……覚悟は出来ているのだろうな?」

 ゲシリアン子爵の後ろから数人の武装した男が前に出る。



 その時。



「これは何の騒ぎですか?」



 人だかりの中から、とある少年が現れる。

 後ろから美しい少女達と共に、数人の山賊(・・)が縄に囚われて子爵邸の前に出て来た。

「ん? 子爵様。丁度良いところに。ここに東の山から(・・・・・)山賊全員(・・・・)捕まえて来ましたよ!」

「んなっ!?」

 少年の出現と山賊達の姿を見た子爵が慌てだす。

「……ん? 君は、新しいクラン『銀朱の蒼穹』のマスターだな?」

「はい。初めまして、ソラと申します。本日は子爵様から個人的な依頼で東の山の山賊を討伐して来ました」

「……東の山の山賊だと?」

 エイロンの疑問視する声に、ゲシリアン子爵はますます顔色が悪くなる。

「ええい! 何をしている! さっさとわしを侮辱したあの男を捕まえないか!」

 焦るゲシリアン子爵の前にエイロンが遮る。

「ゲシリアン子爵。東の山の山賊の討伐。このエイロンは全く知らない件ですが……これは一体どういう事でしょう?」

「そ、それは…………噂の新しいクランがこの街に来たって事で、前回失敗した事もあって、そのクランにお願いしたのだ! だから冒険者ギルドにはまだ申し出ていなかったのだ!」

 焦るゲシリアン子爵を更に追い込みをかける出来事が起きた。

 ソラが連れてきた縄に捕らえられている山賊達が口をあげる。

「お、俺達は子爵に命令されて、こいつらのパーティーを待ち伏せしたんだ! 前のパーティーのやつらも男は全員殺して、女は子爵邸に運んだんだ!」

「っ!? だ、黙れ! このゲシリアン子爵がこんな低俗な輩と関わるはずがないだろう!」

 山賊の言葉に、トーマスは怒りに震える。

「エイロンさん! どうか、ゲシリアン子爵邸を調べてくれ! 俺の……俺の彼女のソニアがいるかも知れないんだ!!」

「だ、黙れ!!!」

 ゲシリアン子爵の明らかな反応に、エイロンが言い放つ。

「ゲシリアン子爵。ここは一つ、我々に捜索させて貰ってもよろしいですか?」

「な、なんだと! 貴様はそんな低俗な言葉を信じるというのか! わしはゲシリアン子爵だぞ!!」

「ゲシリアン子爵。私は貴方を信じて(・・・)おります。ですが、『銀朱の蒼穹』にトーマスのパーティーと同じ(・・)依頼をした事に憤りを感じざると得ません。ですので、私ももちろん、ここに集まっている民の皆さんにも、仲間である貴族の仲間の皆さんにも、貴方が無実である事を証明させてください」

「くっ!」

「いかがしました? もしも、やましい事がなければ、問題ないのでは?」

「ぐぐぐ…………くっくっくっ」

 焦っていたゲシリアン子爵が笑い出した。

「面白い……いいだろう。このゲシリアン子爵。あんな低俗なやつに言われっぱなしはムカつくが、貴族としての責務は務めよう。我が屋敷を隈なく(・・・)探して見るといい。ただし」

 ゲシリアン子爵のキツネ目が自信に満ち溢れた瞳に変わる。

 何の問題もないと言わんばかりの自信に満ち溢れた表情になった。

「我が屋敷にあの低俗が言っていたつまらない嘘がなかった場合、そこの新しいクラン。お前らはこれからずっとわしの専属クラン(・・・・・)になって貰おう」

「ん? どうして、彼らのクランを?」

「……冒険者ギルドとして、貴様らも責任を負うべきだろう? このゲシリアン子爵の屋敷を捜査するならば、それくらい当然だろう!」

 自信に溢れている子爵だったが、そこに誰もが想像していなかった返答が返って来た。



「いいですよ? もし何も見つからなかった場合、俺達『銀朱の蒼穹』は、子爵専属クランになりますよ?」



 ソラのあっけない言葉に、その場にいた全ての人が驚愕する。

「ただし、その調査には俺達『銀朱の蒼穹』も参加させて貰いますね」

「いいだろう。このエイロンがその提案、責任を持って遂行しよう」

 まさか、快諾すると思わなかったゲシリアン子爵の表情が固まる。

 一方で、ソラは不敵な笑みを浮かべ、誰よりも先にゲシリアン子爵邸の中に入って行った。
「ゲシリアン子爵の許可の元、これから屋敷の捜索をしますので、執事及びメイドさん達は全員(・・)食堂に集まってください」

 ゲシリアン子爵邸に入ったエイロンが筆頭執事のシランに告げる。

 シランは無表情のまま、メイドと執事を一か所に集めた。

 当のゲシリアン子爵は、屋敷に入れず、屋敷前で待機しているが、自信満々だった表情から一転して、不安な表情をしていた。

 それもそのはずで、寧ろ自信満々に答えたソラの事で不安を覚えたのだった。



 ◇



「恐らくは普通の場所に証拠はないはず。俺の予想だと、地下な気がする。ラビ。地下に()が通っている場所を探ってくれ!」

「ぷぅー!」

 敬礼ポーズをしたラビは、その後、鳴き声をあげて風魔法を使う。

 風魔法が屋敷の色んな場所に放たれた。

 暫く待っていると、

「ぷぷぷ!」

 ラビに連れられ、俺達は子爵の書斎に入った。

 書斎の本棚に向かってラビが指を指す。

「ラビ。この裏ね?」

「ぷぷ!」

「よし、この本棚を探ろう」

 本棚を触っていると、一つだけ取れない本があった。本というよりは、棚本体のような感触。

「この本。動かしてみるよ」

 本を押し込むと、本棚がグググっと中に動き、扉のように開いた。

 中には地下に続く階段があり、秘密階段のようだ。

「ソラ。下から静かな殺気を感じるわ。気を付けてね」

「分かった。ラビ。バリアをお願いね」

「ぷー!」

 ラビの防御魔法で俺達の周囲に魔法が掛けられる。

 そのまま階段の下に降りていく。

 降りた先に部屋があり、降り立った瞬間、短剣が数十本投げられた。

「ぷー!」

 短剣にラビが反応して、風魔法で投げられた短剣が飛ばされる。

 俺達はその先で待っていた男を睨んだ。

「お久しぶりです。シランさん」

 向こうに無表情のまま、美しく立ち竦んでいるシランさんが待っていた。

「…………まさか、貴方様が()だったとは……」

「先に仕掛けたのは、そちらでしょう?」

「…………そうですね。ここは一つ、最後まで抗わせて頂きます」

「残念です」

 シランさんの動いた瞬間、フィリアも動く。

 お互いに目にも止まらぬ速さで剣戟がぶつかり合う。

 シランさんは恐らく盗賊系の職能だろう。

 次第にフィリアに押され、傷が増えていった。

 そして、最後に腹を大きく斬られ、その場に倒れ込んだ。

「…………これほど強いとは……さすがにクランに認められる実力です……」

「……シランさん」

「…………はい」

「…………お待たせしました」

「………………感謝申し上げます……」

 感謝を口にしてシランさんは気を失った。

 急いでシランさんを縛り、傷を回復させて、中に入って行った。



 実はシランさんはゲシリアン子爵を止めて欲しかったんだと思う。

 その証拠に、山賊についてとても(・・・)詳しく教えてくれた。

 あまりの詳しさに違和感を覚えたが、ずっと無表情だったシランさんの瞳は、悲しみに溢れる瞳に変わっていた。

 俺達がトーマスさんに出会ってなかったとしても、既に作戦は決まっていた。シランさんのおかげで。

 だから俺はずっと疑問だった。

 ここに来るまで。


 俺達に投げられた短剣は、全く勢いがなかった。

 更に、剣聖であるフィリアと正面切って戦えば、確実に負ける事も知っていたはずだ。

 それなら、もっとやりようもあったはずだ。

 例えば、証拠隠滅の為に、ここを崩壊させるとか。

 恐らくゲシリアン子爵からそういう命令を受けているはずだ。

 だから、彼は命令に従い、俺達を正面切って戦った。

 負けるのを知っていての行動に間違いないだろう。

 だからここでゲシリアン子爵を止めたいと思う。いや、止めないといけない。

 これ以上被害を広げない為に。



 こうして、俺達はシランさんを通り抜けて、地下の扉を開いた。

 長い廊下と沢山の扉が見えるが、その扉の中の部屋が貧相な部屋なのは、外からでも分かるほどだ。

 更に、この廊下に充満している匂い(・・)

 それは…………





 血の匂いだった。



 ◇



「くっ! 何故エイロン達は出てこない! そろそろ捜索も終わりだろう!」

 ゲシリアン子爵のイライラした言動が既に複数回にも渡っていて、焦っている様子が多くの人に映っていた。

 屋敷に入ろうとする子爵を、冒険者ギルドの者が入口で防ぐ。

 その繰り返す姿が異常に映る者も沢山いた。

 その時。

 一人の男がゲシリアン子爵の前に現れた。

 美しい金髪とすらっとした体型は、誰が一目見ても美しいと思えるような男だった。

 その男を見たゲシリアン子爵は、

「あ、貴方様は!?」

「…………ゲシリアン子爵。ここまでの一部始終を見させて頂きました」

「!? も、申し訳ございません! こ、これは――」

「結構。全ての結果(・・)は彼らが出てくれば分かる事でしょう。ゲシリアン子爵。決して違法(・・)はありませんね?」

 鋭い視線がゲシリアン子爵に向く。

 その冷たい視線にゲシリアン子爵が身を構える。

 今までの不安そうな表情以上に、不安な表情を見せる。

 ゲシリアン子爵は、男の質問に答えられず、顔に冷や汗が流れ出す。

 その時。

 屋敷の扉が開いた。
 俺達は地下にある全ての部屋を一つ一つ開けていった。

 案の定、中には傷だらけの人ばかりで、扉を開ける度に心の底から怒りが込み上がってきた。

 それは俺だけでなく、メンバーも同じ思いで、みんな拳を握りしめていた。

 そして、とある部屋を開いた。


「ひぃ!?」

 中にはやせ細っている女の子が、倒れている男の子を抱きしめて泣いていた。

 俺を見つめた女の子は全身から震え出していた。

「あ、あの……も、申し訳、ご、ございません……る、る、ルイが…………まだ傷が癒えなくて、その……罰なら私が受けますから、ど、どうか、許してください……」

 大きな涙を流して嘆願する彼女の姿に俺は言葉が出なかった。

 ゲシリアン子爵…………許せない…………。

 女の子が抱き締めている男の子は、女の子よりも傷が深く、息も浅いように見えた。

「っ!」

 冷静に分析する場合ではなかった。

 俺は急いで、自分の職能を『回復士』に変える。

 急いで彼の前に行ったのだが……。

「ご、ごめんなさい! ほ、本当にもう厳しいんです! わ、私が全部受けますから! お、お願いします!」

 まだ誤解しているようで、俺の前を塞いだ。

 全身を震わせて涙を流しながら、訴える彼女に俺も涙を止める事が出来なかった。

 俺は、彼女の頭を優しく撫でた。

「大丈夫。俺は君達の味方だよ。決して君達を傷つけたりはしない。その子は急いで治療しないと危ないから、俺に任せてくれないかな?」

 俺が撫でようと手を伸ばした時、反射的に身を構えた彼女は、数秒頭を撫でられるまでずっと目を瞑って身構えていた。

 俺の声を聞いた彼女は恐る恐る目を開けた。

「ねぇ? 本当に急がないと、その子を助けられないかも知れないから、だからお願い。俺にその子を治させてくれないかな?」

「ほん……とうに? ルリを傷つけない?」

「ああ。約束するよ。絶対に助けてみせる」

 彼女は更に大きな涙を流した。

「お、お願いします! な、何でもしますからルリを……ルリを助けてください!」

「ああ! 任せてくれ!」

 俺は急いで、男の子の身体に手をかざした。

「ヒーリング!!」

 本来なら詠唱を唱えないで省略した場合、威力が半減する魔法だが、俺の転職士の力で二倍の効果を持つ為、詠唱を無視しても本来の威力で魔法が使える。

 俺の手から溢れ出る淡い緑色の光が男の子を包んだ。

 男の子の傷がみるみる治っていく。

「る、ルリ!! お願い! 私を置いて行かないで!」

 女の子の悲痛な声が俺の心にもぐさりと刺さる。

 溢れる涙を何とか堪えながら回復を続ける。

 男の子の傷が全て癒えた頃、小さく寝息を立てながら眠っている男の子を見て、安堵の吐息を吐いた。

「うん。これなら大丈夫だと思う。あとは安息が必要だから、ゆっくり休ませよう……とその前に」

 今度は女の子に回復魔法を使う。

「えっ? わ、私も?」

「ああ。俺は君達の味方だ。だから心配しなくていい。それと、これからはここにいなくても良くなったから」

「えっ? …………私達もう痛くならない?」

「ああ」

「毎日鞭で打たれない?」

「あ、ああ……」

「ご飯とか水も……飲める?」

 俺は何も言えず、ただ涙を流し彼女を抱きしめた。

 彼女も次第に泣き声をあげ、俺の胸の中で大泣きした。

 俺も我慢する事が出来ず、一緒に声を出して泣いてしまった。

 暫く一緒に泣いていると、次第に声が小さくなり、女の子は俺の胸の中で眠りについた。

 彼女の傷も全て癒えたので、一旦部屋で眠らせて、他の負傷者の回復に回った。



「ソラ……」

「…………フィリア。ごめん。俺…………子爵を許せそうにない」

「…………うん。私も」

 俺とフィリアは静かに眠っている男の子と女の子を見つめた。

 眠っている時も、自然と身体を丸めて眠る二人に、悲しみと越え、怒りに支配されそうになる。

「ソラくん!! こっちに来て!!」

 廊下の奥からアムダ姉さんの声が聞こえた。

 急いで向かうと、最後の部屋の中に、短い黒い髪の綺麗な女性がうずくまっていた。

「……ソニアさんですか?」

「……」

 女性は名前を言われると少し反応を見せる。

 既に目から光を無くした彼女は、少し顔をあげる。

「ソニアさん。ここで何があったかまでは聞きません。ですが、これだけは分かってください。貴方が逃がしたトーマスさんのおかげで、この場所を見つける事が出来て、多くの人々を助ける事が出来ました。それも全てソニアさんのおかげです。だから……どうか自分を誇ってください。貴方が頑張った事を俺達全員が知っていますから」

 俺の言葉を聞いていた彼女の目には、段々涙が溢れた。

 アムダ姉さんが彼女を抱きしめると、ますます泣き出した。

 暫く泣いた彼女を連れ、俺とフィリアで女の子と男の子を出して地下を後にした。

 そして、ゲシリアン子爵が待っている屋敷前に向かった。



 ◇



「ゲシリアン子爵…………私は貴方の事を信用していたのですが……とてもそうは見えませんね」

 ゲシリアン子爵邸の前で待っていたゲシリアン子爵に、金髪の男性が残念そうに話した。

「い、いえ! こ、こ、これはなにか誤解が……」

「……あの目を見て、誤魔化せるとでも?」

 二人が見つめる先には、怒りに支配されたソラ達が見えていた。
「ゲシリアン子爵!!!」

 ソラは怒りに任せ、持っていた剣を抜いてゲシリアン子爵に飛びかかった。

 更にソラだけでなく、フィリア、アムダ、イロラもまた飛びついた。

 急な出来事に周りの者が驚く中、一人の男がソラ達の剣筋を止めた。

 ゲシリアン子爵の隣にいた金髪の男だった。

 剣聖であるフィリアですら軽々と止めた男によって、全員蹴り飛ばされた。


「『銀朱の蒼穹』だな? 悪いけどゲシリアン子爵は斬らせないよ。さぁ、全員でかかってくるといい」


 男の圧倒的なまでの殺気めいた威圧感に、その場にいる全員が立ち竦んだ。

 しかし、ソラ達は止まる事なく、男に剣を振り下ろす。

 フィリアを中心としたソラ達の凄まじい剣戟が男に容赦なく振り下ろされた。

 男は小さく笑みを零し、ソラ達の攻撃を避け、また蹴り飛ばした。

「邪魔をするな!!! 俺は……俺は!! ゲシリアン子爵を許さない!!」

「……」

 ソラの悲痛な叫びが、屋敷の地下の悲しさを物語っていた。

 それでも男は気にする事なく、ソラ達を蹴り飛ばす。

 数分間、その攻防は続いた。

 そして、

「ソラ! やめろ!」

 男の威圧からやっと動けるようになったカールがソラ達の止めに入った。

「カール! どいて! 俺は……俺は!!」

 パチーン

 ソラの頬をカールが叩いた。

「いい加減にしろ!」

「…………」

「事情が何となく分かった! でもこのままではあの男に殺される! いい加減に目を覚ませ!」

「でも……あいつは…………」

 その時、男が前に出て来た。

「ソラくんと言ったな? 君の怒りはもっともだし、気持ちも分かる。だが……ここでゲシリアン子爵を斬らせる訳にはいかない」

「っ!? どうして!!」

「……君には何の罪もない。君があの男を斬ったら、私は君を罪人として捕まえなくてはならない。貴族を殺した罪は極刑に値する。……君は愛する人を残して、死ぬつもりかい?」

 男の言葉に、ソラは何も返せなかった。

 ただ、悔しそうに涙を流して、フィリアを見つめた。

 フィリアもソラ同様、悔しい涙を流してソラを見つめた。

 知っていたはずだった。

 貴族という権力を前に、二人は苛立ちを我慢するしかない。



「ソラくん。ここから先は私に任せてくれないか? ゼラリオン王国のインペリアルナイト『閃光の騎士』ハレイン・グレイストールの名において、必ずあの男に裁きを与えると誓おう」



 男の言葉に、その場にいた全ての人達から歓声が上がった。

 インペリアルナイト。

 それはゼラリオン王国に三人いる王直属の騎士であり、王国内最強騎士と言われている。

 更に彼らには王を代行する権利を持ち、その場で全ての命令権を持つ。

 例えるなら、今すぐにでもゲシリアン子爵を極刑に課す事も出来るのだ。

 そんなとんでもない存在がこの場を制する。

 街の平民達からは歓声が上がり、インペリアルナイトのハレインの部下達によってゲシリアン子爵は捕らえられた。

 既に顔が真っ白になっている子爵は、これから自分がどうなる事くらい悟っていた。しかし、自ら命を落とすほどの勇気もなく、ただただ裁かれるその日まで震えて待つだけとなった。



 ◇



「ソニア!!」

「と、トーマス?」

 トーマスさんがソニアさんに向かって走ってきた。

「こ、来ないで!!」

 しかし、思わぬ返答にトーマスさんは驚く。

「わ、私は……もう…………汚れてしまった……貴方の……彼女には…………」

「っ!」

 トーマスさんは止まる事なく、ソニアさんを抱きしめる。

 拒否するソニアさんだったが、それでもトーマスさんはソニアさんを強く抱きしめた。

「俺こそ! ソニアがこんなひどい目に合っていたのに……直ぐに助け出す事が出来ずにごめんな!」

「そ、そんな事……」

「ソニア………………生きていてくれてありがとう」

「トーマス…………う、うわああああああん」

 ソニアさんはトーマスさんの胸の中で大泣きし始めた。

 その悲痛な叫びがゲシリアン子爵邸の前に響き渡り、多くの人々の心に残酷非道なゲシリアン子爵の事件が刻まれる事となった。

 そして、この事件を皮切りに、王国史上最悪の事件となった『極悪ゲシリアン子爵の事件』を解決したクランが新生クランとしても有名だった『転職士』がマスターのクランだった事もあり、『銀朱の蒼穹』の名前はまたもや王国中に広まり、もはや英雄とまで言われるほどになった。

 更に今回の事件の凶悪さもあり、王国から『銀朱の蒼穹』に類を見ない最高の報酬が与えられる事となった。

 それはゲシリアン子爵領を全て『銀朱の蒼穹』のマスターであるソラに与えるという事だった。

 その衝撃的な出来事は、王国内だけでなく、隣国、更には帝国まで届く事となり、いずれまた大きな火種を生む事となるのだが、そんな事を今のソラ達が知るはずもなく。

 ソラを中心に巻き起こる『転職士』の戦いが幕をあげようとしていた。



 ◇



「陛下。此度の寛大な処置。感謝申し上げます」

「……ハレイン。貴様が勧めた通り、何処の馬の骨かも知れぬガキに広大な土地を与えたが、……何が狙いだ?」

「……ふふふ。陛下。あのクランのマスターは『転職士』だそうです」

「…………クズ職能だな。確か『剣聖』が隣にいるからクランになっていると聞いているが?」

「いえ、それは全くの事実無根でございます」

「……ほお?」

「あのクランはまさしく『転職士』を中心に回っております。このハレインがしっかり見届けて来ました」

 ゼラリオン王国の国王は更に唸る。

「私が思うに、これからの大陸は…………彼を中心に回ると考えております」

「くっくっくっ、貴様がそこまで惚れ込むとは、面白い。良かろう。あの地に王家は決して手を出さないでおこう」

「ははっ、ありがたき幸せ」

 深く挨拶し、玉座の間を後にするハレイン。



 玉座の間から出たハレインは、小さく笑った。

「くっくっくっ、待っていろ…………いずれその椅子から引きずり降ろしてやる…………」



 そして、玉座のゼラリオン国王。

「…………ふん。狸め」



 お互いの事を既に知っているからこそ、表面上の仲であって、既に二人の戦いは始まっていた。
「ん…………ここは?」

「ルリ!!!」

「えっ? ルナ?」

 起きた双子の()のルリくんに、()のルナちゃんが抱き付いた。

 五日も寝込んだルリくんが漸く目を覚ましたのだ。

「初めまして。俺はソラ。こちらはフィリア。俺達は君達の味方だよ。怖がらなくて大丈夫」

 俺の言葉にキョトンとしたルリくんだったが、直ぐに疑いの眼差しに変わった。

「…………」

 ルリくんは、ルナちゃんを抱きしめると、俺達から距離を置こうとする。

 無理もない。長い間、あの地下での出来事があるからね。

 ゆっくりでいいから、これから仲良くなっていきたいなと思う。

「ルリ? ソラお兄ちゃんのおかげで治して貰ったんだよ?」

「っ!? …………ふん! 別に頼んでない!」

「えっ? ルリ? どうしてそんな事言うの!? ソラお兄ちゃんのおかげで――」

「くっ! 別に助けてくれと言った覚えはない! そいつが誰だかは知らないけど、ルナは俺が守る!」

 敵意むき出しのルリくんと、それに戸惑うルナちゃんに、何故か昔の自分とフィリアの事を思い出した。

 フィリアと仲良くなっていた頃、まだ孤児院の連中……カールと仲良くなかった頃に、俺もああいう事をカールに言った事あったっけ。

「ルリくん。確かに助けてくれと言われてないから、俺は感謝は言われなくても構わない。でもね。俺から一つだけお願いがあるんだ。それだけは聞いて欲しい」

 ルリくんが驚いた表情のまま、俺を睨んできた。

「この先も君とルナちゃんは生きていかなきゃいけない。だから君達が自立出来る日までは俺に面倒を見させて欲しい。特に何かをする必要はない。ただし、絶対に守って欲しい事がある。それは――――食事だけは絶対に取って欲しい。君達のこれからの人生の為に、俺は勝手に君達を助けるから、感謝なんてしなくていいから、ちゃんと食事を取って、元気になって、その先にここを出たいというなら止めはしないからね?」

「…………」

 俺はルリくんとルナちゃんの分の食事を部屋に残した。

 俺について来ようとするルナちゃんを制止する。

 小さく首を横に振って、ルリくんの隣に残るように促し、俺達は部屋を後にした。





「ルリ! 酷いよ!」

「…………ルナ! お前はあいつを信じるのか!?」

「うん! ソラお兄ちゃんは凄いんだもん! ちゃんと私達も治してくれたし、美味しいご飯もただでくれるし、足りないともっとくれるし! 凄く優しいんだから!」

「くっ! それは俺達を利用するつもりだからだ! あんなやつに――――」

 ルリは自分の前に渡された食事を振り払った。

 食器が落ちる音が部屋に響く。

「…………酷い…………ルリ? ソラお兄ちゃんは私達の為に頑張ってくれたんだよ?」

「そ、そんな事ない! あいつらは俺達を騙して、またあの時みたいに――――ルナ?」

 自分の分の食事をルリの前に置いたルナは、落ちた食事をまた皿に戻した。

 熱いスープもそのまま手ですくい皿に戻す。

「ルナ! そんな事をしたら手に火傷を!」

「…………ねえ、ルリ。ソラお兄ちゃんはね……真っ先にルリを助けようと必死に回復魔法を使ってくれたんだよ? ……私もソラお兄ちゃんに治して貰ってご飯も沢山食べさせて貰って……こうしてルリのご飯もただでくれたんだよ……?」

 スープを最後にすくい終えたルナは、地面に落ちたスープの残りを舐め始めた。

「こんなにも私達の為に頑張ってくれたのに……せっかく貰えた食事をこんな事にして……これじゃいつか天罰が下るよ……ルリ…………私は何としてもルリを守るからね」

 必死に地面を舐めるルナを見たルリは悔しさと悲しさと――――後悔に苛まれた。

 ルナは自分の為にここまで考えてくれたはずなのに、自分は何をしているのかと。

 施しは受けない――――しかし、それではルナは守れない。

 ルナを守れなかった自分に苛立った。

 そして、悔しくて涙が止まらなかった。

 ルリは目の前の食事に手を伸ばす。

 ルナがここまで信じた相手を、どうして自分は拒絶したのか、それが悔しくてたまらなかった。



 ◇



 ルナちゃんが食事を終えて食器を下げて来てくれた。

 しかし、何故か両手を隠すような事をしているのに気付いた。

「ルナちゃん? ちょっと手を出して貰えないかな?」

「えっ? ソラお兄ちゃん? どうしたの?」

 やっぱり何かを隠している。

「ルナちゃん、ごめん。ちょっと乱暴だけど――――」

 俺はルナちゃんの手を引っ張った。

 申し訳ない表情のルナちゃんの両手は、何故か火傷だらけになっていた。

 さっきまでこんな状態じゃなかったはずなのに……どうして?

「そ、ソラお兄ちゃん! ご、ごめんなさい! 私が間違えてスープを落としてしまって! それを手ですく――――」

 想像だにしなかった答えに、俺は衝撃を受けた。

 そのままルナちゃんを力強く抱きしめた。

「ルナちゃん。食べ物を粗末にするのは良くない事だよ。でも落としてしまったモノは仕方ないんだ。その時はまた新しい食事を出してあげるからね? だから、今度はそんな事はしないで欲しいな……」

 抱き締めたルナちゃんに回復魔法を掛けて、両手の火傷を治してあげた。

 ルナちゃんはずっと「ごめんなさい……」と謝罪していたけど、俺は何となく彼女のせいではない気がした。

 ルリくんのあの態度……もしかしたら、と思う。

 俺が思っていた以上に二人の心は深く深く傷ついていた。
 ルリくんが現状を受け入れてくれるようになった。

 きっとルナちゃんとの間に何かあったんだろうけど、それを俺が無理矢理こじ開けるべきではないと思う。

 だから俺はこれといって干渉はせず、ルリくん達には好きに暮らすようにしてあげた。


 現在、俺が過ごしているのは、なんと『ゲシリアン子爵の屋敷』という屋敷だ。

 ゲシリアン子爵は判決の結果、極刑の一つ、島流しの刑に処された。

 島流しの刑とは、無人島に丸裸で降ろされる刑だが、その場所というのが必ず決められていて、魔物ランクBクラスがうようよしていて、中にはAランクまでいるとされる『地獄島』に送られるのだ。

 ゲシリアン子爵が生き残る可能性も帰って来れる可能性も皆無だろう。

 これで被害にあった人達に、少しでも恨みが晴れたら嬉しい。



 そんな感じで子爵位も剥奪されたのはいいんだけど、今度は残った子爵領を誰が管理するのかと不安だった。

 その時、ゼラリオン国王様よりとんでもない命令(・・)があった。

 ゲシリアン子爵が所有していた全ての財産を、『銀朱の蒼穹』のマスターである俺にくれるというのだ。

 しかも、命令で。

 仕方なく……? ゲシリアン子爵の全ての財産を相続した俺は、事実上元ゲシリアン子爵領の領主となった。

 ミリシャさんの提案で、領の名前を変え、現在は『レボルシオン領』となっている。

 ただ、俺に名字が付与された訳ではなく、ただ領の名前だけの変更となった。

 巷では『革命の地』として有名となっているそうだが、当の俺達にはあまり聞こえてこないので、気にした事はない。

 領地経営に関しては全くの知識がなくて困っていたのだが、なんと領地経営に非常に強い味方が見つかった。


 その味方というのは――――元ゲシリアン子爵家の筆頭執事だったシランさんだ。

 シランさんはゲシリアン子爵が連れて行かれてから立ち去ろうとしたのだが、俺が猛烈にアピールをして引き止めた。

 後から知った事なんだけど、俺達を最後に助けてくださったインペリアルナイトのハレイン様をこの地に誘導したのも、他でもないシランさんだったそう。

 シランさんもゲシリアン子爵を何とかしたい想いで、こっそり子爵の状況を手紙で送っていたそうだ。

 ハレイン様も踏み切るタイミングを計っていたそうだけど、俺達が先に仕掛けた事で、結果的にああなったそうだ。

 そんなこんなで、領地経営の一斉をシランさんにお願いした。

 収入は最低限度でいいので、領民達の生活の向上に力を入れるように伝えると、いつも無表情なシランさんから初めての笑顔を見られた。



 俺はというと、『銀朱の蒼穹』のメンバー全員とメイリちゃんを擁する傘下組織を『銀朱の蒼穹・弐式』と命名し、日頃から経験値貯めに勤しんだ。

 まだ狩りが行えない弐式のメンバーは屋敷で働いたり、狩り組の素材を運んだりと懸命に働いてくれた。

 更に驚いた事に、あの地下から救った人の中に、メイリちゃん達の世話をしてくれていたシスターもいた。

 彼女は、メイリちゃん達に毎月定期的に食料を届ける名目で連れてこられたそうで、守られていなかった事を知ると、メイリちゃん達にひたすら謝っていた。

 本人の方が辛かっただろうに、自分の身よりも子供達の身を案じている彼女は、俺からすればまさに聖母に等しいと思えた。

 なので、『レボルシオン領』で再度シスターとして、頑張って貰えるようにお願いした。

 更に職能『回復士』に転職させて、回復魔法を使えるようにすると、多くの人々を助けるようになっていた。

 彼女はそうなった事も女神様の導きだと喜んでくれて、沢山の傷ついた人を治療してくれる本当の聖母のようなシスターとなるのだった。


 レボルシオン領になってから数か月。

 領内は落ち着きを見せていた。

 その頃を見計らって、領内の孤児達を全員ゲスロン街に呼び寄せた。

 メイリちゃん達を世話していたシスターグロリアさんにもお願いして、孤児達にひもじい思いをしないように孤児院管理もお願いして、更にゲスロン街の一角に広い孤児院も建設した。

 その孤児院は、今までの孤児院と違い、実家のようにする予定だ。

 だって、孤児達は成人したら孤児院を出なくちゃいけないけど、俺はそれを無くしたかった。彼らにとっての孤児院は、帰りたい実家になるはずだから。

 だから泊れる部屋も沢山作って、広場も広く作り、子供達がのびのび遊びながら、狩りの手伝いも出来るように台車などを配備してあげた。

 恵んで貰うだけでは生きていけないし、それだと仮に俺達がいなくなった際に苦労するのは、本人達だから今のうちに自らで手伝いを出来るような環境を作ってあげようと考えた。


 そして、そのタイミングで、俺の口座……冒険者ギルドで発行しているお金を魔法で管理出来る『通帳』というシステムの中に、レボルシオン領の土地からの土地代金や、冒険者ギルトからの『特別情報』のお金が振り込まれた。

 その額は、俺が思っていた以上に多く、そのお金を使って孤児院の設備を整えたり、ゲシリアン子爵に大変な目にあった人々への救済金にも当てた。



 そんな平和な毎日を送っていた俺に不穏な報告が届いた。

「レボルシオン領の南側にて、獣人族の群れが出現。エホイ町を乗っ取った模様」

 その報せを聞いて、俺は急いで『銀朱の蒼穹』を集めた。