幼馴染『剣聖』はハズレ職能『転職士』の俺の為に、今日もレベル1に戻る。

「ソラ、いい加減に落ち込むなよ」

「はぁ……お前はいいよな……俺も魔法使いになりたかったよ」

「くっくっ、お前が落ち込むなんて珍しいわ。まぁ……あれは仕方ないよ」

 カールは一所懸命に慰めてくれているけど…………


「わりぃな、俺は今から孤児院の先輩達と狩りに行く事になっててよ」


 ――――これだ。

 カールが開花した魔法使いの職能は戦闘職能だ。

 だから、孤児院の為にこれから狩りに出かけるのだ。

 本来なら……俺も一緒に手伝いたかった。

 しかし、俺の開花した職能『転職士』。

 それは戦いに全く向いてなければ、支援も出来ない、何なら『転職』すらイマイチ使い道がない。


 『転職士』とは、手を触れた相手の『職能』を変更可能な職能だ。

 その効果だけなら、凄く使えそうな職能に聞こえるのだが、実情は違う。

 制約が多いのだ。

 まず、転職出来る職能には限りがある。

 職能はその強さでランクがある。

 全部で四つの強さに分かれており、それぞれを下級、中級、上級、最上級に分けている。

 カールが開花した魔法使いは中級。

 フィリアが開花した剣聖は最上級だ。


 では話を戻し、俺が転職させられる範囲というのは、下級のみ(・・)となる。

 しかも、これって中級以上の職能を持った人は転職させられないのだ。

 そうなると下級職で違う職業になりたい人か、何もない『無職』の人くらいだ……。

 しかし、職能が『無職』の人はそもそも弱いので、転職させる料金も払えないのだ。

 そうなると仕事としても成り立たない……そういう事も相まって『転職士』は特殊最上級職能の中でも唯一(・・)のハズレという事になるのだ。


 俺は孤児院の先輩達と一緒に外に向かうカールを悔しそうに見つめた。

 正直言えば、もしかしたらこうなるんじゃないかと不安になっていた。

 それが見事に的中したという事だ。

 はぁ……。

 俺もカールと――――フィリア達と一緒に狩りに出掛けたかった。

 『転職士』がどれほど足を引っ張る存在かは知っているつもりだから、我が儘を言って付いて行ったりはしない。

 これからは…………普通の仕事をしながら、転職士のレベルを上げよう。

 いつか……あいつらと……一緒に…………。


 悔しさで涙が溢れた。



 ◇



 ステータス。

 心の中で念じる。

――――――――――――――
 職能 : 転職士

 レベル : 1

 スキル : 下級職能転職
――――――――――――――

 自分の職能と、その職能のレベル、そしてスキルが心の中で見れる感覚だ。

 目に見えている訳ではないんだけど、見える感覚。

 このスキル『下級職能転職』というのが、一般下級職能に転職させるスキルだ。


 そんなステータスを見ながら、いつも三人で遊んでいた川で一人座って石を投げていた。

 その時。

「ソラ!!」

 後ろからいつも聞いていた声が聞こえた。

「ん? フィリア??」

 向いた場所にはフィリアと、同じ孤児院の先輩二人を連れて来ていた。

「ソラ、こんな所にいたのね。ちょっと試したい事があるの――――――って……もしかして泣いてた?」

「え? ち、ちがっ」

 既に目が赤くなっているから、隠そうとしても無理だよね……。

「ソラ、こちらの先輩達ってさ、『無職』なのね? 『転職』お願いしてもいいかな?」

「え? あ、ああ、いいよ?」

「「お願いします!」」

 後ろの先輩達も頭を下げた。

 俺に出来る事なら、何でもやりたいとは思っている。

「では手を出してください」

 まず一人目の先輩が両手を前に出した。

 片手でもいいんだけど、まぁいいか。

 彼女の両手を握り、スキル『下級職能転職』を発動させる。

「ご希望の職能はありますか? 一般的なモノにしかなれませんが……」

「え! じゃあ、狩人(かりうど)でお願いします」

「分かりました」

 彼女の職能を認識する。

 ちゃんと『無職』である事が認識される。

 『無職』をスキルで書き換える。

 選択肢は『戦士』『剣士』『武闘家』『盗賊』『狩人』の計五つだ。

 戦士は武器というよりは、ステータス系統が高い職能だ。

 剣士は剣に優れた職能で、非常に人気のある職能だ。

 武闘家はこの中で一番人気のない職能で、『気功』というのが使えるようになるが、非常に燃費が悪くて武闘家は大成するまで随分と長いと言われている。

 盗賊はリアル盗賊とは全然違うモノで、戦いというよりは探索などに役に立つスキルが多いので、こちらも人気の職能だ。

 最後の狩人は、言葉通り主に狩りに関する職能で弓や短剣などが使えるようになるが、効果は中級職ほどの強さはなく、中途半端な職能としてあまり人気はない。


 彼女の求める『狩人』を『無職』の上に重ねる。

 すると、『無職』が消え、『狩人』となる。

 彼女の身体から青い光が溢れ出た。

「はい、これで出来ました」

「本当だ!! ありがとう!! これで私も職能持ちになれたわ!!」

 彼女の喜ぶ姿を見て、この力を得た事に少しだけ勇気を貰えた気がした。

 続いてもう一人の先輩にも同じく『狩人』に変更してあげた。


 最初に転職した彼女は茶色の短い髪で活発な見た目のアムダさん。

 後に転職した彼女は黒いウェーブが掛かった髪で少し大人しい雰囲気のイロラさん。

 この日。

 俺が初めて二人を転職させた事で、俺が想像だにしなかった事が起こるなんて、この時の俺は全く知る由もなかった。

 ただ一人。

 嬉しそうな俺を見つめていたフィリアだけは、この先の出来事を予想出来ていたに違いない。
 僕が初めて転職を行ってから三日が経った。

 三日間、フィリアやカール達は狩りに勤しんでいた。

 俺はというと…………何もしていない。

 街をぶらぶら歩いていたりしている。

 これでもまだ落ちぶれるつもりはないんだ。

 だから、冒険者ギルドに出入りする事にした。

 十歳から冒険者ギルドに出入りしても、誰も文句を言わない。

 『転職士』の俺は冒険者にはなれないが、どんな職能があって、どんな職能が人気で、パーティーはどんな構成なのか、そういうモノを調べ始めた。

 そして、本日。

 フィリアとアムダさん、イロラさんが訪ねて来てくれた。

 どうやら報告があるらしい。

「ソラ、少しお願いがあるんだけどいいかな?」

「ん? どうしたんだ?」

 珍しくフィリアが頼みモードになっている。

「またアムダさん達の職能を転職して欲しいんだけど、いいかな?」

「え? いいけど……別な職能を試すのか?」

「ん~、そんなとこ」

「ああ、まぁいいよ。疲れるとかも全くないから」

「そっか! それなら早速お願いね」

「おう」

 またもや先輩の二人の転職を行う。

「今度はどんな職能にしますか?」

「えっとね……『狩人』でお願い」

「え?」

 思っていた答えとは違う答えに、驚いてしまった。

「『狩人』から『狩人』に??」

「え、ええ」

「????」

 後ろにいたフィリアが目を光らせて前に出てきた。

「ソラ、一度やってみて欲しいの」

「え? …………まあいっか、分かった」

 俺は言われるがまま、アムダさんの職能を『狩人』から『狩人』に変えた。

 意外にもちゃんと『狩人』から『狩人』に変わった事が確認できた。

「意外にも転職出来るもんだな…………でもこれで無駄にレベルがまた1に戻ったんじゃ……?」

「えっと、うん。ちゃんとレベルが1に戻ってるよ!」

 そりゃそうだよね!?

 転職したらレベルが1になるに決まってるじゃん……。

「ソラ、イロラ姉さんの分もお願い」

「えっ? イロラさんも?」

 イロラさんが俺を見て、大きく頷いて両手を前に出した。

「でもレベルが1になるんだよ!?」

「いいの。ちゃんとやって欲しい」

「…………もう、訳が分からないよ……はぁ…………」

 仕方なくイロラさんの職能も『狩人』に転職させた……元通りなんだけどね……。

「うん。ちゃんとレベル1だよ~」

「アムダ姉さん、イロラ姉さんありがとう!」

「いいえ~、それでソラはどうなの?」

「え? 俺?」

 三人が興味津々な目で俺を見つめてきた。

「ど、どういう事?」

「えっとね、職能っていうのは、魔物を倒して経験値を貯めてレベルを上げる。までは分かるね?」

「え? ええ、それくらい分かるよ」

「でもね。もう一つレベルを上げる方法があるのは知ってる?」

「もう一つ…………確か、職能のスキルを使い続ける事?」

 世界の常識の一つ。

 職能が大きく人生に関わるこの世界での常識。それはレベルを上げる方法である。

 手っ取り早い方法は魔物を倒す事だ。

 強い魔物を倒せば、より多くの経験値が貯まる。

 しかし、これだと魔物を倒せない者なら一生経験値を貯める方法がないのだ。

 そんな人々にも経験値を貯める方法が用意されている。

 それが職能のスキルを使い続ける事である。

 ただ、『無職』だけはスキルがないからレベルを上げる方法がない。魔物を倒すなんて夢のまた夢である。


「でも、『転職士』のレベルって……スキルを使い続けても上がらないんじゃ……?」


 実は『転職士』がハズレ職能である最も大きな理由。

 『無職』同率の低ステータス、戦闘スキルなし、唯一スキル『下級職能転職』があるのだが、その『下級職能転職』を使い続けてもレベルが一切上がらないと言われている。



「そう言われているのは、『無職』を『転職』させた場合じゃないのかなと思ったの。それもレベル1で経験値0の人だからじゃないのかなって」



 フィリアの言葉に、俺の心に大きな電気のようなモノが流れた。

「え? で、でも……」

「ソラ、今の経験値が貯まってる感じ……する?」

 フィリアの言葉通り、俺の中に経験値が貯まったような感覚があった。

 ほんの少し、これがどれくらいで、レベルが上がるにはどれくらいかかるのか分からないけれど……たった1かも知れないけど、ちゃんと経験値が貯まった感覚があった。

「あ、ああ…………ほんの少しだけど……ちゃんと…………」

 俺はまたもや涙を流した。



 ◇



 あれからフィリア引率のアムダさんとイロラさんのレベルを上げては、転職させて俺の『転職士』のレベルを上げる事を目指した。

 アムダさん達には本当に申し訳なかったのだけれど、今まで『無職』だったから狩りすら出来なかった。でも、今は狩りが出来ると言われた。

 レベルは毎日1に戻るけれど、魔物の素材が獲得出来るのは今までの生活と比べて全然違うとの事だ。

 本来『転職』するにも、大量の料金を取る人が殆どだ。たまにしか仕事がないので、一回の転職でその分を取り戻そうとしている転職士が殆どで、価格が高騰しているのだ。

 ……それに他人が羽ばたくのが、羨ましく思えるに違いない。


 毎日経験値を上げて貰う生活も一か月が経った。

 ――――そして。



 - 職能『転職士』のレベルが2に上がりました。-

 - 新たにスキル『経験値アップ①』を獲得しました。-

 - 新たにスキル『同職転職』を獲得しました。-


 『経験値アップ①』

 転職させた相手の獲得経験値を二倍にする。

 スキル効果の付与は任意で選択可能。


 『同職転職』

 相手の職能をそのままにレベルを1に戻す。

 経験値吸収率が通常転職より高い。(通常転職1/100、同職転職1/50)
「れ、レベルが! 上がった!!」

 俺の声にフィリアもアムダさんもイロラさんも、物凄く喜んで、俺に抱き付いてきた。

 無我夢中だったけど、また三人の前で泣いてしまった。

 元々涙もろい訳ではないんだけど……。

 俺達四人はこれでもかってくらい喜んだ。

 この一か月……本当にしんどかった……。

 ただ経験値を貰うだけの紐生活が続いて、皆には本当に申し訳なくて…………。

 それにしても、レベルが一つ上がって、スキルが二つも増えた。

 スキルの内容はレベルが上がった時に、瞬時に理解できた。

 そんな俺を見て、わくわくしたようにフィリアは、

「ソラ! レベルが上がったって事は、新しいスキルを獲得したんでしょう!? どんなスキルなの?」

 とグイグイ近づいてきた。

 何だか、フィリアにここまで言われるのは久しぶりな気がする。

 職能の開花で距離が離れてしまった俺達だったけど、少しは近づけた気がした。

「えっとね、転職させた人の経験値を上げるスキルと」

「凄い!! 経験値を上げてくれるスキルなんて聞いた事ないよ!」

 そう言えば、聞いた事なかったな。

 図書館でスキル図鑑を読んだけど、そんなスキル見た事なかったな。

「それと、同じ職能に転職させるスキルを覚えたよ」

「同じ職能に……転職?」

「あ、ああ。通常転職させるよりも経験値を貰えるみたい。どうやら転職させて経験値を得ていたのも、スキルを使ったから経験値が貯まった。のではなくて、相手が貯めた経験値を僕が吸収していたみたい」

「凄い! 意外な事実が発覚したね!」

「ああ、これもアムダさんとイロラさんのおかげです。この一か月間、本当にありがとうございました」

「ううん。私達もソラくんのおかげで戦えるようになったから、こちらこそ感謝だよ」「うんうん」

 イロラさんもアムダさんの言葉に同調するかのように頷いた。

 しかし、隣にいたフィリアが膨れていた。

「むぅ………………私は?」

「え!? ふぃ、フィリアもありがとう!」

「えへへ」

 反射的にいつもの癖で、フィリアの頭を撫でてあげた。

 子供の頃、悲しむフィリアは頭を撫でてあげると機嫌がよくなっていたから。

 隣で見ていたアムダさん達がニヤニヤしているけど、気にしない。

 しかし、直後に俺の想像を超える出来事が起きる。自分の人生が変えると言っても過言ではない出来事。










「ソラ? …………ほら、私の経験値も……どうぞ」



 少し恥ずかしそうに両手を前に出したフィリア。

 元々美人なのに、少し目が潤んでいて、「どうぞ」という仕草も相まって、ものすごく可愛かった。

 今まで意識すらした事がなかった幼馴染の可愛さ。

 聞こえるはずもない自分の心臓の鼓動の音が聞こえる。

 恐る恐る彼女の手を取る。

 温かい彼女の手の温度で、更に心臓の鼓動が上がるのを感じる。

 急いでスキル『同職転職』を使った。

「……んっ…………」

 今まで聞いた事もない幼馴染の妖艶な声が微かに聞こえた。

 そして、フィリアから赤い光が溢れ、俺の方に流れて来る。

 今まで感じた事もない力強いエネルギーを感じた。これが剣聖の……フィリアの力なんだと理解した。

 光が終わり、自分の中で今まで一か月間掛けて集めた経験値以上のモノが貯まった感覚がした。

「フィリア、ありがとう。凄く貯まったよ」

「そ、それは良かった! 私、これからも頑張るからね?」

「えっ!? う、うん! よろしくお願いします」

「よろしくお願いされました!」



 こうして、俺はまたアムダさんとイロラさんに加えて、今度はフィリアまで経験値を捧げてくれる生活が始まった。

 十日程経過して、俺のレベルが3に上がった。


 - 職能『転職士』のレベルが3に上がりました。-

 - 新たにスキル『経験値アップ②』を獲得しました。-

 『経験値アップ②』

 転職させた相手の獲得経験値を五倍にする。



 ◇



 その頃、冒険者ギルド。

「おい、この街に『剣聖』がいると聞いたんだが、何処にいる?」

 白をベースに赤い刺繡が施された服を着ている偉そうな男が冒険者ギルドの受付に駆け寄っていた。

「えっと……ごめんなさい、冒険者にはいないんですが……」

「ちっ、使えないな。この『剣聖』アビリオ様がわざわざ来てあげたというのに、後輩(・・)の剣聖ちゃんの面倒を見てやろうとしてるのによ!」

 男は悪態をつきながら、冒険者ギルドを出ていった。

「ふぅ……あれが噂のゴキブリ剣聖アビリオ様なんですね……」

「ミリシャ! シーッ! 聞こえたら斬られちゃうわよ!?」

「あっ、つ、つい…………はぁ……」

 冒険者ギルドの受付嬢の二人は出て行った剣聖の後を見つめた。
 今日は激しい雨が降っていた。

 いつものように冒険者ギルドで、他の職能のリサーチをしたりしていると、少しだけ見知った顔の人達から可愛がって貰い、職能やスキルについて色々教えてくれた。

 偶々依頼を受けに来たカールとその先輩達にも会って、カール達も頑張っている事を知った。

 まだ俺に何が出来るかは分からないけれど、自分なりに出来る事を精一杯頑張ろうと決意した。



 しかし、運命とやらはそう甘くなかった。



 ◇



「お前がソラとかいう小僧か?」

「えっ? は、はい」

 綺麗な白い服に赤い刺繡と鋭い顔の男性が声を掛けてきた。見るからに貴族様である事が分かる。

「吾輩は剣聖アビリオという。お前に一つ聞きたい事がある」

「は、はい。いかがなさいましたか?」

 彼の言葉から出た『剣聖』という言葉に不安を覚えた。

 そして、

「剣聖フィリアを知っているな?」

 ああ、聞かれる内容の予想が当たってしまった。

 『剣聖』という言葉を聞いて、真っ先に思うのは幼馴染のフィリアだからだ。

「は、はい」

「…………お前は『剣聖』がどういう存在なのか知っているか?」

「えっ? 最上級職能で…………」

「いかんな、たかだか『最上級職能』と見られても困るのだ。『剣聖』というのは全ての職能の頂点に君臨する。全ての()を守るべき存在だ! しかし! 剣聖フィリアはどうだ? 本来の役目(・・)すら疎かにして、未だまともに剣も振れないではないか! それは誰の所為か…………」

 饒舌に語っていたアビリオの鋭い瞳が俺を向いた。



「そう……お前の存在だよ。お前がいつまでも『剣聖』にしがみついているから、彼女は本来の義務も幸せ(・・)も得られず、あんなひもじい生活を強いられている。これはとんでもない事なのだぞ!? あれほどの職能を持ちながら役に立たない……なんて嘆かわしいのだ! それもこれも…………お前の所為なのだ」



 ドカーン

 激しい雨が降っている外から雷が鳴った。俺の心の中のように。

 そして、彼は去り際、

「吾輩は良いのだが……より彼女の為と思えば…………お前から離してやるのが道理だろうな」

 という言葉を残して去って行った。

 その言葉がずっと俺の心の中を巡る。

 知っているつもりだった。

 フィリアは……最上級職能。

 こんな場所でくすぶっているような存在ではない。

 そして、毎日俺に経験値を捧げていい存在ではない。

 気付けば、俺は雨の中、家に帰って来た。

 家の中には誰もいないはずなのに、明かりがついていた。

 帰って来るはずもない親。

 きっと、中には…………

「お帰り! ソラ!? ずぶ濡れだよ? えっと、タオルは…………」

 美しい幼馴染が慌てていた。

 今まで気にした事なんてなかったのに、離れてしまったと思うと初めて気づくもので、彼女が如何に美人であるか気付いてしまった。

 更に彼女は最上級職能。

 そんな彼女がこんな場所で、俺なんかと一緒にいていいはずはない。

 もっと……もっと良い暮らしが、幸せ(・・)があるはずだ。


「フィリア」

「えっと~、ん? どうしたの?」

 タオルを持って来てくれた彼女は、手を伸ばし、俺を拭こうとする。

 そんな彼女を、俺は――――





 振り払った。

「っ!?」

「フィリア……もう終わりにしよう」

「えっ? 終わりって……どういう……」

「お前はここにいていい人じゃない」

「!? そ、そんな事ない!」

「いや、お前にはもっと必要とされる人々がいるはずだ。だから――――」

「い、いや! 私は――――」

 不安そうな彼女の表情に、俺の心もずたずたにされる感覚が広がった。

 それでも……俺なんかの為に彼女がずっと犠牲になるのは…………我慢ならなかった。だから。



「もう俺の所には来ないでくれ、もう――――――お前を見たくないんだ」



 心にもない言葉を口にした。

 次第に彼女の目には大きな涙が溢れる。

「そ、ソラ……ご、ごめんね? 私なんかがずっと隣にいたんじゃ……迷惑だよね…………」

 そんな事思っている訳ないじゃないか!

 でもどうしようもないんだ!

 あいつが言っていた事、全て理解していた事だったんだ……。

 彼女の力を必要とする人々は数多くいる。

 俺が彼女の枷になってしまって、彼女は羽ばたけずにいる。

 それが現実だ。

 だから…………俺は心に蓋をした。



「ああ、迷惑だ。だからもう二度と俺に――――」



 彼女は俺の言葉を最後まで聞く事なく、外に走り去った。

 走り去る際、彼女の悲痛な泣き叫びが、俺の耳に残り続けた。


 ドカーン


 またもや、外では大きな雷が鳴った。俺の心を表すかのように……。

 俺は一人、部屋の隅で泣き続けた。

 フィリア……。

 ごめん……。

 嘘だとしても……あんなに酷い事を言ってしまった…………でもこれでいいんだ。

 俺が嫌われれば、彼女はこれから多くの人々を救って尊敬されるような人になれる。

 そこに彼女の幸せがあるのだから。
「ソラ!!!」

 次の日。

 俺の家に慌てて入ってくる人がいた。

「くっ!? ソラ!!!」

 (うずくま)っている俺の視界に、カールの姿が見えた。

「カールか……」

「おい! フィリアに何をした!!」

「…………お前は知らなくていい」

「くっ! この……馬鹿野郎!!」

 カールが蹲っている俺の胸ぐらを掴んで、立たせる。そして、思いっきり俺を殴り飛ばした。

 ああ……いいなぁ……これが職能の力なんだな……。

 昔ならこんな力なんてないはずなのに……もうこんなに差がうまれているんだね……。

「ソラ!! どうしたんだ! お前は……フィリアが……フィリアがどれだけ泣いているのか分かっているのか!!」

「っ! お前に何が分かる!!」

「何!?」

「俺にはまともな職能なんてない! 彼女の隣に立つ資格もない! 俺が枷になって、いつまでも彼女のレベルは上がらず、いつまでもあのままで幸せに何てなれないんだ!!」

 俺の下手くそなパンチがカールの胸に当たった。

 ぴくりともしない。

「ほら見ろ! 俺の……俺の力なんてこんなもんだ!! こんな力でどうやってフィリアを守ってやればいいんだよ!! なあ! カール! 教えてくれよ!!!」

 悔しくて、情けなくて、また涙が溢れた。

「俺は…………フィリアを……守って…………やれないから…………」

 その場に崩れ落ちた。

 情けない自分が悔し過ぎる……。

 どうすればいいか……誰か教えて欲しい……。



「ソラ、お前……フィリアの事、好きじゃないのか?」



「えっ?」

 俺と同じ目の高さになったカールが、俺の目を真っすぐ見つめてきた。

「お前の気持ちはどうなんだ? フィリアが好きなのではないのか?」

「……でも」

「でもじゃねぇ、お前の気持ちを聞いているんだ。守れないとか、どうしていいかとか聞いてるんじゃねぇ」

「…………」

「フィリアがどうしてお前の隣にいたのか考えた事はないか?」

 フィリアがどうして俺の隣に……?

 毎日俺に経験値を捧げてくれた彼女が、どうして俺の隣に……?

「よくよく考えてみろ。フィリアは『剣聖』になったその日からずっとお前の隣に立っていたはずだ」

 確かにそうだった。

 アムダさんとイロラさんを連れて来てくれた。

「それが……フィリアの気持ちだよ」

「っ!?」

「お前は……フィリアの気持ちを踏みにじったんだ。幸せにしてやれないとか、守ってやれないとか……そんな事よりも、お前はフィリアにとって最も大事なモノを傷つけてしまったんだよ」

「そ、そんな……お、俺は……フィリアの為を思って…………」

「フィリアが一番幸せなのは…………あいつが一番良い笑顔になるのは、お前の隣にいる時だけだぞ?」

 フィリアが?

 いつもあんなに明るい笑顔のフィリアが?

「フィリアが笑っているのは、お前の隣にいる時だけだぞ? 孤児院の中では、フィリアの笑顔なんて見た事ある人の方が少ないくらいだ……それくらいフィリアの中では、お前が一番大事なんだよ」

 俺は……俺はなんて事を……。

「ソラ、もう一度聞く。お前の気持ちはどうなんだ?」

「お、俺は……俺はフィリアを幸せにしたい! 俺も……フィリアの事が好きだから!」

 安堵の溜息を吐いたカールが、右手を前に出した。

「まだ落ちぶれてはいないようだな? 親友」

「あ、ああ! 落ちぶれてられるか!」

「くっくっ、この世の終わりみたいな顔だったやつがよく言うよ」

「わ、わりぃって! これからは……ちゃんとする」

「おう」

 カールの手に導かれて起き上がった俺は、扉の外に多くの人がいる事に気が付いた。

「ソラくん!」

 外から俺を見守っていたアムダさんが手を振っていた。

 隣にはイロラさんもいて、他の孤児院の先輩達も沢山待っていてくれた。

「ソラ、よく聞いて欲しい。フィリアは剣聖アビリオというゲス野郎の所に行ったよ」

「くっ……」

 アビリオ……その名前は絶対に忘れない。

「今から追いかけても連れ戻すのは難しい。アビリオは俺らを人質にしてフィリアを連れて行ったんだからな」

「え!? 人質!?」

「ああ、権力ってやつだ。だから……俺らもフィリアを取り戻したい。でもこのままじゃ絶対に無理だ。でもお前なら出来る」

「えっ? 俺なら……できる?」

「ああ、アムダさんから話は聞いている。お前の力があれば……俺達はもっと強くなれる。それなら……もしかしたらフィリアを助けられるかも知れない」

「……やらせてくれ! 俺にも手伝わせてくれ!」

「……ああ! そう答えてくれると信じていたぜ、親友」

「俺に出来る事なら何でもする」

 俺とカールが外に出た。

 アムダさん、イロラさんに、孤児院の先輩が六人。

 全員と握手を交わした。

 それから、作戦会議の為、孤児院に移動した。

 広い部屋に座った俺達は、作戦会議を始めた。

「ソラ、お前の力がどんなモノか詳しくは知らないので、教えて貰っていいか?」

「ああ、俺の『転職士』は他の人から経験値を吸収する事でレベルを上げる事が出来るんだ」

「経験値を……吸収!?」

「ああ、アムダさんとイロラさんからは、経験値を沢山貰えたよ」

 アムダさんとイロラさんは苦笑いをした。

「それでソラのレベルが上がった……でも強くはなれてないんだろう?」

「ああ、強くはなれなかった。代わりにスキルを手にしたよ」

「スキル……」

「ああ、俺が転職させた人は…………経験値の獲得率が上がるんだよ」

「!? それは凄いな……」

「ああ、だからこれからここにいる皆さんを一度転職させて欲しい。レベルが1に戻ってしまうけど、元になるまで早くなるはずだから、楽になるはずだよ」

 俺の言葉を聞いたアムダさんが手を上げた。

「あのね。今のソラくんの経験値獲得上昇はね……とんでもなく速く上がるよ? 私なんてその気になれば一時間くらいでレベル2に出来るんだから。一人で」

「「「ええええ!?」」」

 アムダさんの言葉に、全員が驚いた。

 一時間でレベル1から2に上がるのは凄い事なのだろうか?



「おいおい、ソラ……お前……とんでもないスキル持ってるんだな」

 カールの驚いている顔を見て、自分が持っているスキルがとんでもないスキルだという事が少し理解できた気がした。
 フィリアがクソリオの所に行った日。

 色々会議を行った結果として、全員元の職能に転職して貰い、全員にスキル『経験値アップ②』を付与した。知らなかったけど、実はこのスキル、俺がその気になれば、いつでもどこでも切る事が出来る仕組みだった。

 転職時にしか選択出来ないと思っていたのに、カールからやってみてくれと言われ、やってみたら本当に出来た。

 最初はこのまま全員のレベルを急いで上げて、乗り込もうとの意見が出たんだけど、折角だから、その前に俺のレベルを先に上げてみようという意見が出て、満場一致で決定した。

 俺にとっては感謝しかないけど、実はこれには大きな理由がある。

 それはスキル『経験値アップ①』と『経験値アップ②』の違いに理由があった。

 ①は元々二倍、②は五倍なのだ。

 もし次のレベルが上がって『経験値アップ③』になった場合、十倍になるかも知れないのだ。

 そうなれば今よりも倍以上の効率良さになるから、それが狙いであった。


 その日から全員素早くレベルを2に上げて、それから獲得した経験値をその場で転職させて吸収していった。

 つまり、俺も狩りにお供する事になったのだ。

 初めての魔物狩りは、想像していたよりも激しい戦いだった。

 全員が職能を持っていたとしても、油断すれば命を落とす一歩手前の状態であり、ぎりぎりの戦いを行っていた。

 それを見ていて思ったのは、戦い方に対する疑問だ。

 相手は三体のゴブリン。

 ゴブリンに対して前衛職が斬り込んで、後衛職が隙間に攻撃をするのだが、そう上手く行くはずもないので、主に不利になった味方に援護をする作戦を取っていた。

「皆さん、一ついいですか?」

「ん? どうしたんだ? ソラ」

「えっとね、狩りの作戦を一つ試してみたいんだけど、いいかな?」

 俺の言葉に、みんなポカーンとしたが、直ぐにアムダさんが、

「いいんじゃない? 試して駄目なら戻せばいいだけだし」

 と言ってくれた。

「まず、前衛の三人が相手の注意を引きます。今までならそのまま戦ってますよね? それを変えます」

「「「変える??」」」

「はい、注意を引いた瞬間、後方に逃げてください」

「「「逃げる??」」」

「はい、逃げれば相手も追いかけて来ます。それでこちらと相手との距離が生まれるはずです。そこを活かしましょう。前衛が逃げた後に、後衛が一斉に攻撃をします」

 俺の提案にみんな頷き始めた。

「いいんじゃない? これが上手くいけば、前衛も今よりは安全になるかも知れないし」

「そうね。やってみよう」

「「「おー!」」」

 アムダさんとイロラさんの後押しもあって、俺の作戦が採用された。



 向こうのゴブリン五体を見つける。

 最初に前衛職の三人が近づいて、石を投げる。

 気付いたゴブリンが怒り、襲って来た。

 襲って来たところで、前衛職の三人がこちらに全力で逃げてきた。

「今です!!」

 そして、俺の号令と共に、後衛職のみんなが一斉に攻撃し始めた。

 狩人の弓矢と、カールの魔法が炸裂した。

 たった一撃。

 一斉攻撃でゴブリン五体を一瞬で倒せた。

「凄い!! これならもっと安全で戦えるわ!」

「ああ! 前衛も怖くないし、寧ろ、釣った感じがあって楽しいかも!!」

 先輩達も喜んでくれた。

「やるな、親友」

「おう、カールの魔法もやっぱりすげぇな」

「俺の魔法は味方を巻き込んでしまうから、これならぶっ放せるから助かる! 狩りも楽しくなってきた!」

「油断せずに、このやり方を煮詰めていこう!」

「「「おー!」」」

 この作戦を『釣り狩り』と命名した。


 それから見つけた魔物を釣って来ては、弓矢と魔法で倒していく。

 ゴブリン数体でもこの作戦なら安全に倒せるようになった。

 中には小型の猪魔物のスモールボアも同じ方法で倒していった。



 ◇



 その頃。

 カーン。

 広場には金属同士がぶつかる後が響いて、吹き飛ばされるフィリアがいた。

「くっ……」

「あらあら、やっぱり田舎剣聖はこんなもんですか……」

 フィリアは言葉を発した男を睨む。

「そんな怖い顔をすると、折角の美人の顔が台無しですよ? くっくっくっ」

 フィリアを上から見下ろす男は『剣聖』の一人、アビリオ。

 まだフィリアとの実力差は明らかであった。

「貴方もこれから強くなれますよ。こんな田舎(・・)でなければね」

 不敵な笑みを浮かべたアビリオに何一つ受け答えしないフィリアは、そのまま起き上がり広場を後にした。

 悔しがるフィリアにアビリオが続ける。

「貴方の努力がどれほどの物かは知りませんが……約束通り、一か月後に吾輩に勝てなかった場合、向こう(・・・)に行く事を忘れないでくださいね」

「くっ……」

 アビリオは彼女を残し、広場を後にした。

 彼の顔には既に嫌らしい笑みが浮かんでいた。
 一週間が経過した頃、俺の顔にも焦りが出始めた。

 冒険者ギルド伝手で知った事だが、あと三週間もするとフィリアが王都に連れて行かれてしまうかも知れないとの事だった。

 その前に出来る限り強くなって、フィリアを取り戻したい。

 それで焦る俺だったが、アムダさん達の励ましのおかげで何とか冷静を保てていた。

 そして、毎日休む事なく魔物狩りを続けていく。

 そんな中、カールや先輩達の顔にも疲労が見え始めた。

 先日の作戦を提案した事と、後方から見ている事しか出来ない俺だったが、カールの提案で、このパーティーのリーダーになった。

 パーティーの方向性や決まり事など、基本的にリーダーに従うのが冒険者パーティーのルールである。

 命に関わったり、強制するような指示じゃなければ、基本的に指示に従うのがこの世界の決まりだ。

 なので、色々悩んで、定期的に休日を作る事にした。

 最初、一週間……つまり七日のうち、一日を休日にすると発表した時、カールから反対された。

 今はフィリアを優先するべきだからと。

 カールの言い分も分かるし、先輩達もそうしたいと言ってくれたけど、そこは譲らず七日のうち一日を休日にした。

 実はこの休日にも理由がある。

 毎日狩りをしていると、狩りに慣れてしまい、危険管理が減ってしまうのだ。

 冒険者ギルドで色んなパーティーから話を聞いていた頃、一番印象に残っていた意見だった。

 なので、定期的に休日を入れて、身体と精神を休ませ、贅沢をする。

 そうする事によって、また狩りに出掛けても、緊張感を取り戻せると思ったからだ。

 この世界のリーダーの指示は余程でない限り優先される。だからみんな渋々休日を受け入れるしかなかった。

 休日に入る前日の夜、みんなには「フィリアの為に毎日頑張っている事は知っています。でも、フィリアを助け出した時に、俺達がボロボロでは意味がない。狩りはいつ命を落とすか分からない危険な戦いです。だから身体と精神をゆっくり休めてください。やりたい事をして、美味しい物を食べてください。それが生きる糧となるはずです。俺達はここで終わる訳には行きません。だから…………勝つ為に全力で休みましょう」と言っておいた。

 最後には全員納得してくれて、狩りで得た報酬も孤児院の分を引いて、全員で山分けにする。意外にもそれぞれ遊ぶ分には大きな金額なので、久々に美味しい物を食えそうだ。

 休日となり、俺はカールと久しぶりに街を歩いては買い食いをして遊んだ。

 いつもならここにフィリアもいたはずだ……いや、これから一緒にこうすればいい。必ず……迎えに行くから待っていて。



 それから三週間が経過した。

 狩りも効率良く、且つ安全に進めたので大きな怪我をする事なく経験値を貯められて、遂に俺のレベルが3から4に上がった。

 そして、俺はまた大きな力を一つ獲得した。



 ◇



 フィリアがクソリオに行ってから四週間。明日には王都へ旅立つ事が予定されている。

 そして、本日……遂に俺達はクソリオの屋敷に突撃した。


「なっ! なんだ! 貴様らは!」

「邪魔だ! どけ!」

 先輩達が屋敷の入り口を守っていた衛兵を吹き飛ばした。

 既にレベルも沢山上がっている先輩達に衛兵は成す術なくやられていた。

 この短期間で既にこんなに強くなっていたのね。


 しかし、

 もしかしたら行けるかもと思った矢先、屋敷の奥から肌に刺すような殺気が俺達を襲ってきた。

 何もしていなくても肌がピリピリする。

 屋敷の奥から現れたのは、クソリオこと、剣聖アビリオだった。

「…………ゴミ虫どもが」

 いつも飾ったような優雅な喋り方ではなかった。何かに、相当イライラしているんだろうな。

「ふん、お前にフィリアは渡さない!!」

「……そうか。では吾輩が直接手を下してやろう」

 広場でアビリオと俺が対峙する。

 これだけで既に彼との格差を思い知らされる。

 だが、負ける訳にはいかない。

 俺にも……新しい力があるのだから。


 アビリオが剣を抜いて、真っすぐ俺に向かって飛び上がった。

 凄まじい速度に、焦りつつ、俺も剣を抜いてアビリオの剣を弾き返した。

「ほぉ? お前は確か……ハズレ職能のはずでは?」

 傲慢そうに見えて、意外とそういう情報を手にしているんだな。

「残念、今は……『剣士』だよ!」

 スキル『両手持ち』による効果により、俺の両手の切り払いは通常の二倍の威力となる。

 『剣士』の最も代表的なスキルである。

 カーン。

 少し面食らったアビリオは、俺の切り払いをまともに受けて、後方に飛ばされた。

 これなら……勝てるかも知れない!


 と思った時、飛ばされたアビリオがその場に優雅に着地する。

「くっくっくっ……雑魚の分際で、『剣士』如きが『剣聖』に叶うとでも?」

 アビリオの言葉が終わった瞬間、目にも止まらぬ速さの剣戟が俺を襲った。

 俺も、先輩達も、見守っていた全ての者の誰も見えない速い剣戟に、俺は成す術なく、その場に倒れた。

 ああ……悔しいな……。

 強くなったはずなのに……俺はフィリアを守れないのか……。

 また悔しくて涙が溢れた。
 冷たい床に倒れている俺を見下ろすアビリオは快感に満ちた表情をしていた。

「ひゃははは! 雑魚如きが吾輩に勝てるとでも思ったのか!? 少しだけ遊んでやっただけで勝てると思う当たりが雑魚なんだよ! 相手との力差(りきさ)も測れない時点で貴様の負けなんだよ! ひゃはははは!」

 ああ……そうかも知れない……。

 悔しい……。

 俺にもっと……もっと力があれば……君を迎えに行けたはずなのに……。



 ◇



 広場にアビリオの笑い声が響き渡った。足元に倒れて傷まみれのソラを嘲笑う彼により、その場にいた全ての人を絶望に陥れるには十分だった。

 誰もがアビリオの勝利を疑わなかった――――その時。

 カタッ

 屋敷の奥から綺麗な足音が広場に響き渡った。

 全ての者がアビリオから視線を移す。

 そこには美しい金色の長い髪をなびかせて近づいてくるフィリアがいた。

 彼女の挙動一つ一つに全ての者は目を奪われた。

 やがて彼女はそのままソラの隣に立つ。

「ひゃはははは! 君の王子様は無様に負けた雑魚だったぞ! これで思い残す事なく、吾輩のモノとなれ! ひゃははは!」

 アビリオに答える事なく、横たわっているソラの隣に足を崩した。


「ソラ…………」

「フィリア………………ごめんな、俺が弱いばかりに……君を迎えに来たはずなのに……強くなったはずなのに……手も足も出なくて……悔しくて…………」

 止まらない涙を流すソラを優しく見守るフィリア。

「ねぇ、ソラ? なんで私を迎えに来たの?」

「それは…………」

 フィリアの顔がソラの顔と鼻の先になった。

 そして、ソラは聞こえない声を発した。

 それを聞いたフィリアは優しい笑みを浮かべる。

 その二人の姿はまるで祝福された勇者と聖女のようだった。


「ソラ、大丈夫だから……私に任せておいて」

 ニッコリと笑う彼女はソラにはあまりにも眩しかった。

 フィリアはソラを抱き抱えて、広場の入り口にいるカールのところに向かった。


「ねぇ、ソラ。新しい力はどんな力なの? さっき見た感じだと『剣士』のようだったけど」

「えっ? うん。新しい力は自分と誰かにサブ職能を設定して、そのスキルを使えるようになるんだ」

「そっか。やっぱりソラは凄い! ねぇ、私にもその力……貸して貰えないかな?」

「もちろん!」

「じゃあ、私にも『剣士』をお願いね」

「ああ」


 やがてカールに辿り着いたフィリアは、抱き抱えたソラをカールに預けると、ソラが持っていた剣を手にした。

 そして、アビリオに向かって歩き出す。

 まだ幼さが残る美しい彼女だったが、歩き出した直後、広場に殺気が放たれた。

 可憐な少女ではない、彼女は――――紛れもない『剣聖』なのだと、その場の全員が理解した。


「アビリオ。私は貴方を決して許しません」

「くっくっくっ、許さないというならどうするのだ!? 約束通り、今日まで吾輩に勝てなければ……お前は私のモノになるのだぞ!?」

「ええ、その約束はちゃんと守りますよ。でも……今日、私は貴方を倒します」

「ひゃははは! 昨日まで吾輩に負け続けていた癖によく言う!」

「ええ、昨日まで負けた振り(・・)を続けてきました。今日の日が来るまでずっとね……貴方がソラを(そそのか)したのは既に調べがついています」

「ああ! そうだとも! あんなゴミの隣じゃ幾ら可憐な花でも勿体ない! 可憐な花は吾輩にこそ相応しい! 結局……あの雑魚は吾輩に負けたのだ! 『剣聖』に勝てる者など、存在しないのだ!!」

「……貴方は自分の力に自惚れていますね。ですがそれも今日限りです……今日、この場で私が貴方を倒します」

「くっくっくっ! いいとも! かかってくるがいい!!」

 二人の殺気がぶつかり合う。

 それだけでその場にいる者は息すら出来ない程だった。

 あまりの迫力に時間の感覚でさえ忘れた頃、二人が動く。

 最初に仕掛けたのはフィリア。

 大きく右から薙ぎ払うフィリアの剣がアビリオを襲う。

 アビリオは素早く一歩下がり、フィリアの剣の空振りを待った。既にフィリアの動きを見切っているからこそ出来る事だった。

 フィリアの剣は予想通り空を舞う。

 そこでアビリオの剣が彼女を襲う。

 全てはアビリオの予想通りに進み、そのまま決着が付くはずだった。



 しかし、

 直後起きたのは、アビリオの剣がフィリアに届くより前に、アビリオの腕を斬る剣だった。

 突如現れた剣に反応できず、腕を斬られたアビリオの痛みの叫びが響き渡った。

「ぎゃあああ! な、なんだそれは!!」

 そこにいたのは――――





 二振りの剣を両手に持っているフィリアだった。





「双剣。聞いた事ないかしら?」

「く、クソ!! 『剣聖』が剣を二振り持つなんて聞いた事ないぞ!! それで何故あの速度(・・)で振れる!?」

「そうね。本来なら剣は一本しか持てないのが『剣聖』の弱点(・・)だものね。だけど私は違う。だって……私はただの『剣聖』じゃないもの。私には――――ソラの力が宿っているから」

 そして、押し込み始めるフィリアの二振りの剣に、一本の剣で立ち向かうも、アビリオは呆気なく傷だらけになった。

「ど、どうして二振りの剣をこれほどまで…………がはっ……」

 傷だらけになり、気を失ったアビリオの負けが確定した。



 この世界での戦いは、殆どがステータスとスキルによって決まると言っても過言ではない。

 最上級職能である『剣聖』だが、そのスキルは不完全(・・・)なモノであった。

 圧倒的な強さを誇る剣聖。

 だが、その実情は片手剣しか使えないという実情があった。なので大半の剣聖は魔法剣や刀身が長い刀を主に使うのだ。

 では、何故両手で剣を持てないのか。

 それは剣聖の基本スキルの中にあるスキル『片手剣』のせいである。

 剣聖はどれほどレベルを上げても、生涯片手で持てる剣以外を使う事は出来ないのだ。盾ですら使えず、両手で剣を握る事すら許されない。

 そんな剣聖であるフィリアが両手に剣を持てた理由。

 それはソラによるサブ職能を『剣士』に設定したからである。

 『剣士』の基本スキルに『両手持ち』というモノがある。

 両手で剣を持った場合、全てが二倍となる。

 つまり……両手でそれぞれ剣を持った場合、等倍で持てるのだ。



 これが『双剣の剣聖』フィリアの誕生秘話である。
「ソラ、あ~ん」

「ま、待って! もういらないってば!」

「え~いいじゃん、ちょっとくらい!」

「ちょっとくらいじゃねぇよ! そのリンゴ何個目だと思ってるんだよ!」

 既に数個のリンゴを剥いては、俺の口に運ばせているフィリア。

 先日のアビリオとの戦いで全身を斬られた俺は、自分の意思で動く事すら出来ず、こうしてフィリアに介護されているのだ。


 アビリオとの壮絶な…………と言いたいけど、一方的な負けだった。

 でも俺の力を上乗せしたフィリアが圧勝して、結果的には勝ちという形になり、何故かフィリアはずっと俺にべったりだ。

 あんまりベタベタする方じゃなかったんだけどな……。


 それはそうと、実は先日の戦い。

 フィリアはわざと負け続けていたそうだ。

 では当日、俺の新しいスキル『キャリア』でサブ職能を与えなかった場合はどうなったんだろう? と疑問に思って聞いてみた所、その力がなくても勝てたとの事だ。

 そのカラクリについて聞いてみた。

「えっとね。私があのバカの所に行った時には、既にソラの『経験値アップ②』が付与されていたでしょう?」

「そうだね。丁度『経験値アップ②』を獲得した頃だったね」

「ソラは『経験値獲得』についてあまり知らないかも知れないんだけど、単純に言えば自分より強い相手と戦えば戦うほど、より高い経験値を獲得出来るんだよ」

「へぇー? それは初耳だな?」

「ふふっ、アム姉達と狩りをしていた時に気づいたんだよ。それと『経験値アップ①』の場合、獲得率二倍と言っていたでしょう?」

「うん」

「その二倍って、単純な二倍なのかを検証していたんだよ」

「単純な二倍??」

「例えば、ゴブリン一体の経験値を仮に3とするよ? それが単純に6になる。まではいいんだけど、思っていた以上にレベルが上がるのが速かったんだよね」

「思っていた以上に速い?」

「うん。さっきの観点から行くと、レベルが2になれば、ゴブリン一体の経験値は2に減るの。更に必要な経験値も多く必要になる気がするから、レベル1の頃よりも沢山魔物を狩らなくちゃいけないのよね」

「ふむふむ」

「でもソラの『経験値アップ』を貰った場合、レベルが上がっても、獲得する経験値が減算(・・)しないような気がしたの」

「へ? 減算しない? それって……レベルが上がっても獲得経験値が下がらないって事だよね?」

「そういう事! ずっと感覚的にそう感じていたから、アム姉達にお願いして数値化してみたの。ゴブリンだけ狩ってね」

「いつの間にそんな事まで!?」

「だって、ソラの力なんだよ!? 弱いはずがないじゃん? だからずっと調べていたの。ソラの職能がどれだけ凄い職能なのか」

 い、いや……真顔で俺の職能だから凄いって言われても……ちょっと恥ずかしいというか…………。

「な、なんでそう言い切れるんだよ……」

「えっ? …………だってソラだもの」

「なんだそれ……」

「理由も理屈もどうでもいいの。ソラの職能が弱いなんて、私は認めないんだから」

 本心から言っているのは、長年一緒に過ごして来た仲だから分かってしまうんだけど、それが返って恥ずかしくなる。

「と、そんなこんなで調べてみたら、どうやらソラの『経験値アップ』というスキルはとんでもないスキルで、経験値減算が無くなるから、アム姉達が同じレベル1の時点で、職能の差で私は獲得経験値1、アム姉達が3になっていたはずなのに、私もアム姉達も得られる経験値は3のままだった、って感じだったの。数値が正しいかまでは分からないんだけど、レベルが上がった数値を計算した時、そういう計算になったんだよ」

「そ、そうか……凄いなぁ」

「うん! ソラは凄い!」

「いやいや、俺じゃなくて、フィリアが凄いよ」

「えっ? 私?」

「得体も知れないスキルをそこまで計算してくれて、色々試してくれて、解明してくれて……フィリアは本当に凄いよ」

「えへへ」

 フィリアの無邪気な笑顔がまた美しい。

 ――とそんなやり取りをしていると。


「あ~あ~、ここは甘いお花畑なのかしらね~」


 と言いながら、アムダさんとイロラさんが部屋に入って来た。

「あっ、アムダさん、イロラさん、いらっしゃいです」

「アム姉、イロ姉、いらっしゃい~」

 アムダさんがニヤニヤしながら入って来た。

「ふふっ……ソラく~ん」

「え、えっ、は、はい?」

 怪しい笑みを浮かべたアムダさんが近づいて来た。

「今日までの分の経験値も納めるね?」

「えっ!? い、いえ! 暫くは――――」

 と最後まで言わせて貰えず、アムダさんが俺の身体に押しかけてきた。

「アム姉!? だ、駄目っ!!!」

「え~いいじゃん、ちょっとくらい!」

 アムダさんがフィリアの声真似をする。ちょっと似てる。

 って!!

 最初から見ていたのかよ!


 フィリアが押しかけてくるアムダさんを阻止しながらドタバタしていると、一緒に来たイロラさんがすーっと僕に近づき、手を取ってくれた。

「ソラくん、私の、どうぞ」

「あ!! イロちゃんだけズルい!!」

「イロ姉まで!?」

 三人のドタバタしているのを見て、俺は幸せな気持ちになった。



 後日遊びに来てくれたカールに話したら、「リア充爆発しろ」と初めて聞く意味の分からない事を言いながらデコピンしてきた。

 くっ……動けないから反撃出来ん!!