今日は激しい雨が降っていた。

 いつものように冒険者ギルドで、他の職能のリサーチをしたりしていると、少しだけ見知った顔の人達から可愛がって貰い、職能やスキルについて色々教えてくれた。

 偶々依頼を受けに来たカールとその先輩達にも会って、カール達も頑張っている事を知った。

 まだ俺に何が出来るかは分からないけれど、自分なりに出来る事を精一杯頑張ろうと決意した。



 しかし、運命とやらはそう甘くなかった。



 ◇



「お前がソラとかいう小僧か?」

「えっ? は、はい」

 綺麗な白い服に赤い刺繡と鋭い顔の男性が声を掛けてきた。見るからに貴族様である事が分かる。

「吾輩は剣聖アビリオという。お前に一つ聞きたい事がある」

「は、はい。いかがなさいましたか?」

 彼の言葉から出た『剣聖』という言葉に不安を覚えた。

 そして、

「剣聖フィリアを知っているな?」

 ああ、聞かれる内容の予想が当たってしまった。

 『剣聖』という言葉を聞いて、真っ先に思うのは幼馴染のフィリアだからだ。

「は、はい」

「…………お前は『剣聖』がどういう存在なのか知っているか?」

「えっ? 最上級職能で…………」

「いかんな、たかだか『最上級職能』と見られても困るのだ。『剣聖』というのは全ての職能の頂点に君臨する。全ての()を守るべき存在だ! しかし! 剣聖フィリアはどうだ? 本来の役目(・・)すら疎かにして、未だまともに剣も振れないではないか! それは誰の所為か…………」

 饒舌に語っていたアビリオの鋭い瞳が俺を向いた。



「そう……お前の存在だよ。お前がいつまでも『剣聖』にしがみついているから、彼女は本来の義務も幸せ(・・)も得られず、あんなひもじい生活を強いられている。これはとんでもない事なのだぞ!? あれほどの職能を持ちながら役に立たない……なんて嘆かわしいのだ! それもこれも…………お前の所為なのだ」



 ドカーン

 激しい雨が降っている外から雷が鳴った。俺の心の中のように。

 そして、彼は去り際、

「吾輩は良いのだが……より彼女の為と思えば…………お前から離してやるのが道理だろうな」

 という言葉を残して去って行った。

 その言葉がずっと俺の心の中を巡る。

 知っているつもりだった。

 フィリアは……最上級職能。

 こんな場所でくすぶっているような存在ではない。

 そして、毎日俺に経験値を捧げていい存在ではない。

 気付けば、俺は雨の中、家に帰って来た。

 家の中には誰もいないはずなのに、明かりがついていた。

 帰って来るはずもない親。

 きっと、中には…………

「お帰り! ソラ!? ずぶ濡れだよ? えっと、タオルは…………」

 美しい幼馴染が慌てていた。

 今まで気にした事なんてなかったのに、離れてしまったと思うと初めて気づくもので、彼女が如何に美人であるか気付いてしまった。

 更に彼女は最上級職能。

 そんな彼女がこんな場所で、俺なんかと一緒にいていいはずはない。

 もっと……もっと良い暮らしが、幸せ(・・)があるはずだ。


「フィリア」

「えっと~、ん? どうしたの?」

 タオルを持って来てくれた彼女は、手を伸ばし、俺を拭こうとする。

 そんな彼女を、俺は――――





 振り払った。

「っ!?」

「フィリア……もう終わりにしよう」

「えっ? 終わりって……どういう……」

「お前はここにいていい人じゃない」

「!? そ、そんな事ない!」

「いや、お前にはもっと必要とされる人々がいるはずだ。だから――――」

「い、いや! 私は――――」

 不安そうな彼女の表情に、俺の心もずたずたにされる感覚が広がった。

 それでも……俺なんかの為に彼女がずっと犠牲になるのは…………我慢ならなかった。だから。



「もう俺の所には来ないでくれ、もう――――――お前を見たくないんだ」



 心にもない言葉を口にした。

 次第に彼女の目には大きな涙が溢れる。

「そ、ソラ……ご、ごめんね? 私なんかがずっと隣にいたんじゃ……迷惑だよね…………」

 そんな事思っている訳ないじゃないか!

 でもどうしようもないんだ!

 あいつが言っていた事、全て理解していた事だったんだ……。

 彼女の力を必要とする人々は数多くいる。

 俺が彼女の枷になってしまって、彼女は羽ばたけずにいる。

 それが現実だ。

 だから…………俺は心に蓋をした。



「ああ、迷惑だ。だからもう二度と俺に――――」



 彼女は俺の言葉を最後まで聞く事なく、外に走り去った。

 走り去る際、彼女の悲痛な泣き叫びが、俺の耳に残り続けた。


 ドカーン


 またもや、外では大きな雷が鳴った。俺の心を表すかのように……。

 俺は一人、部屋の隅で泣き続けた。

 フィリア……。

 ごめん……。

 嘘だとしても……あんなに酷い事を言ってしまった…………でもこれでいいんだ。

 俺が嫌われれば、彼女はこれから多くの人々を救って尊敬されるような人になれる。

 そこに彼女の幸せがあるのだから。