幼馴染『剣聖』はハズレ職能『転職士』の俺の為に、今日もレベル1に戻る。

 俺達はゲシリアン子爵領の中心地、ゲスロン街に辿り着いた。

 ここに来るまで三十人の子供達にこれから何をするかを説明し終えていたので、到着と同時に全員で教会を訪れた。

 教会に料金を支払い、十歳の子供三人とメイリちゃんの職能を開花させた。

 四人とも『無職』だったけど、誰一人悲しい顔はしていない。寧ろ、笑顔だ。

 これで『銀朱の蒼穹』の傘下組織を作れると知っている為、彼女達は希望の笑みを浮かべていた。

 そのまま俺達は宿屋を取り、大部屋三つを借りて、クラン用部屋と、子供達を半分に分けて借りた。


「よし、ではメイリ達には予定通りにやって貰うよ?」

「「「「はい!」」」」

「うん。ではメイリちゃんをリーダーにする。職能は『回復士』。そして、まず唯一の男子のロイドくんは『盾士』。アカネちゃんは『魔法使い』。ソーネちゃんは『弓士』。それぞれの戦い方は既に話した通りで、明日の朝から練習に行くのでそのつもりでね!」

「「「「はい!」」」」

 その日は宿屋でゆっくり休んだ。

 四人の練習が終われば、これからは子供達だけで頑張って貰う予定だけど、俺の目算なら四人でも三十人の子供を養えると思う。

 俺が想像していた以上に中級職能と『経験値アップ③』が凄まじい効果を持っていて、レベルが正義でもあるこの世界で、『経験値アップ③』で一瞬でレベルを5くらいまで上げれば、後は苦労する事もないだろう。


 次の日。

 彼女達を連れてゲスロン街の東にあるゲスロン平原に向かった。

 Eランク魔物のゴブリンと、たまに強敵のDランクのゴブリンリーダーが現れるが一日一匹くらいしか現れない。

 なので、非常に初心者向きな平原で、ゴブリンは倒すと消えるタイプの魔物で、くず鉄のかけらを必ず落として、たまに極小魔石を落とすので、それを集めればそれなりの収入にもなるはずだ。

 それよりもここでレベルを2まで上げたら、ゲスロン街の西にあるゲシリアン平原でスモールボアとビッグボアが出るので、そこで肉を狩るのが一番の効率だろう。

 ただ、彼女達には練習が大事なので、まずは戦いにくいゴブリンを相手にしつつ、連携力を上げるのが目的だ。


 ゴブリンが数匹、視界に入り、まず盾士のロイドくんが釣りに行く。

 ゴブリンを釣りつつ、パーティーから横向きでゴブリンの攻撃を大盾で防ぐ。

 その隙間に弓士と魔法使いの攻撃でゴブリンを一撃で沈めていく。

「あっ! レベルが上がりました!」

 メイリちゃんは嬉しそうに声を上げた。

 その声にミリシャさんが反応する。

「やっぱり早いわね……」

「ゴブリン五体ですから、本来なら五十体ですもんね……」

「うん。やっぱりソラくんのスキルは凄まじいわ……メイリちゃん! 少し大変かも知れないけど、ここで二時間ほど、狩り続けて貰える?」

「はいっ! ミリシャマネージャ!」

 四人が敬礼ポーズをして、近くのゴブリンの群れに飛びついた。

 俺達はその戦いを見ながら、アドバイスをしつつ、二時間後には既にレベルが3になった彼女達は最早ゴブリンを片手間で殲滅していた。

 何なら弓士のソーネちゃん一人で無双が始まっていた。

 彼女のパーティーが倒したゴブリンの跡に落ちた戦利品は、職能を持ってない子供達が回収しに行く。

 決して無理はせず、パーティーだけでなく戦利品回収までメイリちゃんが指揮している。

 元々子供達を指揮していただけあって、とてもスムーズだし、誰もメイリちゃんの指揮に疑いを持たないし、不満も言わない。それぞれが理解して納得している感じがとても良いパーティーが出来そうだね。


 狩りが終わり、子供達も手いっぱいの戦利品を持って、冒険者ギルドで換金する。

 中々の額が集まって、それを見てると皆の分の食事も余裕で食べれそうで安心した。これがスモールボアならもっと稼げているはずだから、余裕は沢山出ると思う。

 その後、近くの服屋で紋章を三十枚を頼んで、その日も宿屋に泊った。

 次の日。

 俺とフィリアは服屋に紋章を取りに行き、他は全員でまたゴブリン達を狩りに向かった。

 暫く待っていると、服屋に執事の格好の人が入って来て、真っすぐ俺の前に立った。

「ソラ様でございますね?」

「えっ? はい」

「クラン『銀朱の蒼穹』のマスターのソラ様に、我が主からお願いがあって参りました」

「……主?」

「はっ、ゲシリアン子爵様でございます」

 執事さんの言葉に、俺とフィリアは顔を見つめ合うと、遂にやって来たのだと内心思った。

「まさか、俺みたいな新米クランに依頼ですか?」

「……はい。理解が早くて助かります」

 無表情のまま、頭を下げる執事さん。

「成程…………とても光栄でございます。その依頼、非力ながら受けさせて頂きます」

「感謝申し上げます。では明日の朝、お迎えに参ります。出来ればクランメンバーの皆様といらして頂けると助かります」

「分かりました。メンバー達にも伝えておきます」

「はっ、ではまた明日、宿屋にお邪魔します」

 ……既に調べはついているという事か。

 執事さんは無表情のまま、素早く服屋を後にした。

 少しして完成した紋章三十枚を貰い、俺達はパーティーの所に行き、孤児達全員に『銀朱の蒼穹の紋章』を渡して取り付けさせた。

 これで、彼らが俺達から離れたとしても、手を出してくる連中は決していないはずだ。

 冒険者ギルドの傘下である以上、貴族と言えど、簡単には手を出してこれないはず。

 後は……明日。

 ゲシリアン子爵との面会に不安を覚えながら、俺達は明日を迎えた。
 みんなの狩りが終わり、宿屋に急いで戻り、子爵から使者が来た事を伝えると、ミリシャさんを始め、全員の顔が曇った。

 孤児パーティーの四人も戦力になるので、話し合いには参加して貰った。

「――――という訳で、ゲシリアン子爵の執事と見られる人から誘いが来たよ。今の僕達の事情(・・)も知っているようで、何処の宿屋とも聞かず帰っていったよ」

「……つまり、逃げても無駄だよと言っている訳か」

「うん。恐らくそうだろうね。ただ、冒険者ギルドに確認したところ、貴族とはいえ、クランに命令する権利はないから必ず聞かなくてもいいみたい。もしもの時はゲスロン街の冒険者ギルドが後ろ盾になってくれるそうだよ。依頼が無茶な依頼なら断れるけど、逆に無茶ではない依頼だった場合は断りにくいかな……」

「……ソラくん。恐らく、ゲシリアン子爵は無茶ではない依頼をしてくると思う。だから、ある程度覚悟しておいた方がいいかも」

「……分かりました。一応他のみんなにも来て欲しいとの事だったから、明日朝は俺達で子爵邸に行ってくるから、メイリちゃん達は明日も今日と同じく平原に狩りに行って貰いたい」

「分かりました! 危険が及びそうなら直ぐに逃げます」

「うん。いくらゲシリアン子爵でも、子供達を人質にしたりはしないと思うけど、今後どうなるか分からないから、今のうちに出来るだけレベルを上げておきたい」

 全員が同意したように頷く。

 こうして、明日の予定も決まり、不安がある中で俺達は眠り、次の日を迎えた。





 次の日。

 宿屋の一階に降りると、既に執事さんが来ており、無表情のまま一礼する。

 俺達も軽く会釈して、執事さんに付いて行った。

 豪華そうな馬車に乗せられた俺達は、そのままゲシリアン子爵邸に入って行った。

 子爵邸も馬車同様、派手な作りになっていて、その権力を見せびらかしているようだった。

 長い廊下を進み、執事さんが部屋にノックをすると中からメイドさんが一人出て来て「どうぞ」と案内される。


 部屋の中には一人用(・・・)のテーブルがあり、その上に沢山のご馳走が並んでいて、一人の男性が食事をしていた。

 男性は派手な服を着ていて、ウェーブかかった金髪にキツネ目が印象的だった。

 俺達はメイドさんに案内され、彼の前に整列させられた。

「新参者ですがクラン『銀朱の蒼穹』のマスター、ソラと申します。本日は我々に御用があるとの事でしたが……?」

 男は俺に目もくれず、食事をしながら女性だけ(・・)を見回した。

 少し嫌らしい目線に、俺もカールと少しイラっとする気持ちが出てくる。その視線を受けてる女性陣の方が嫌だと思う……。


「わしはゲシリアン子爵という。お前達に依頼を出したい。必ず全員(・・)で当たって貰いたい」

 何故か全員で当たれという言葉に違和感を覚える。

「……かしこまりました。ですが、まずはその依頼を聞かなければ、承諾しかねますので、依頼の内容から先に聞かせてください」

「なに! わしの命令が聞けないというのか!!」

「……クランは貴族の私物でありません。もし強制するのでしたら、ゲスロン街の冒険者ギルドで話し合いますが?」

「くっ! 子供の分際で…………まあよい。お前達に取っても悪い話ではないはずだ」

「それは内容を聞いてから、俺達で判断します」

「くっ、一々癇に障るやつだな……。依頼というのは、この街から北側にある山の中に巣くう山賊共を捕まえて貰いたい」

 内容だけならまともには聞こえる。が……どうしても違和感が拭えない。

「失礼ですが、山賊でしたら兵を出すべきなのではないですか?」

「…………ふむ。マスターとあって少しは賢いな。本来なら兵を出すべきところだろう。しかしだな。出した兵が戻らぬのだ」

「戻らない?」

「そうだ。わしは山賊にやられたと考えておる。なので、折角この街に来たという『クラン』ともある強者に依頼を出そうと考えたのだ。報酬は金貨五枚、もし兵が生きていて連れて来てくれたら一人に付き、大銀貨一枚ずつ追加しよう」

 たかだか山賊に金貨五枚…………そもそも金貨一枚でも高いというのに五枚という、とんでもなく破格な価額にますます怪しさを覚えた。

 しかし、こんなに好条件を出されてしまったからには、冒険者ギルドとクランと言えど、貴族の困っている(・・・・・)依頼を無視する訳にもいかない。これが好条件ではなければ問題がなかったのだが……。

「かしこまりました。その依頼は我ら『銀朱の蒼穹』がお受けいたします。山賊について、出来うる情報をくださると助かります」

「分かった。シラン! 山賊の情報を伝えておけ」

「はっ」

 俺達を案内してくれた執事さんが返事をする。シランさんというみたいね。

 それから小さく笑うゲシリアン子爵を後にして、俺達はシランさんに連れられ、違う部屋に移動した。

 そこで、今回の依頼に関する契約書にサインをする事となった。

 しっかり、山賊の事を討伐する事。

 報酬も金貨五枚と記載されていて、詐欺まがい事は全く見られない。

 サインが終わり、契約が成立したのはいいが、契約主がゲシリアン子爵ではなく、執事のシランさんだった。

 こういう契約にわざわざ主が書く事は少ないとミリシャさんが教えてくれる。

 期限はないが、兵達が生きているかも知れないから、なるべく早くとは言われている。

 しかし、準備に時間が掛かるのでと話し、四日後に行く運びとなった。
 契約を終えた俺達は、ゲシリアン子爵邸を後にする。

 来る時は馬車だったが、帰りは歩きだ。

 それほど遠い訳ではないので、問題はないが…………違う問題が起きた。

「……みんな、そのまま前を向いて聞いて」

 歩いて帰る道中、フィリアが小さい声で話した。

「今、付けられてる。相手は多分一人。少し出来る(・・・)人。あの裏路地に入ろう」

 フィリアに言われ、俺達は自然に裏路地に入った。

 入った瞬間、フィリアがその場から消える。

 俺達も裏路地を奥まで歩き続けた。

 どうやら追いかけて来る人もずっと追いかけてくるようだ。

 相手の気配が裏路地に入った瞬間。


「動かないで」


 フィリアの冷たい声が裏路地に響いた。

 その声に俺達もすぐに戻る。

 そこには、フィリアの双剣で相手の首と胴体を剣で威圧している男がいて両手を上に上げている。見た目は若い青年って感じで、身体も鍛えているように見える。

 俺は男の前に立った。

「どうして僕達を狙ったんですか?」

「…………俺はトーマス。お前達に忠告(・・)しに来た……」

「忠告……ですか?」

「ああ。この裏路地なら誰も聞く人もいまい…………」

 男は一つ、大きく深呼吸をする。

 敵意は感じないので、戦いに来た訳ではなさそうだ。

「俺はとあるパーティーを組んでいたんだ……この街でもそれなりに有名になっていた頃、あいつの依頼が来たんだ……」

 あいつ、と言った時に怒りの感情が垣間見える。

「……ゲシリアン子爵ですね?」

「そうだ。あいつから山賊を討伐してくれと依頼された。金貨も申し分なく、寧ろ多いくらいで俺達のパーティーは何の疑いもなくその依頼を受け入れた……それが()だとも知らずにな」

 ミリシャさんからゲシリアン子爵の素性を聞き、今日会った時の言動を見れば、どっちが信用出来るかは明確だ。

 そして、彼は更に続けた。

「俺達は山賊のアジトを見つけて乗り込んだ。十分な準備も終えたんだが……あいつらの方が数段上だった。俺達パーティーは全滅……俺は………………彼女の犠牲によって、その場から逃げられたんだが、冒険者ギルドに助けを呼びに行って帰った時には既に遅かった……俺は大事な仲間も彼女も亡くし、あの子爵から依頼失敗と烙印を押され、冒険者もやれなくなった…………暫く自暴自棄になっていたが、その時、俺は見てしまったんだ」

「見てしまった?」

「ああ、俺達が戦った山賊のリーダーが、闇夜に紛れて子爵邸に入って行ったんだ。偶然ではあったが、その日から数日間見張っているとまたもやあの男が入って行った。やはりあの時の山賊に間違いはなかったんだ」

 子爵と山賊が繋がっている事に間違いなさそうだ。

「何故あの子爵が山賊と繋がっていたか……あの子爵の噂を色々調べてみたら、どうやらゲスい(・・・)事をやっている事が分かった。あの時、俺らのパーティーを狙ったのは…………恐らく俺の彼女を捕まえるためだっただろう…………」

 男の声は悔しさでいっぱいだった。

 その悔しい感情が俺にも伝わって来る。

 あの子爵がフィリアやミリシャさん、アムダ姉さん、イロラ姉さんを嘗め回すかのように見つめる目に寒気を覚えている。

 それは俺だけじゃなくて、全員思っているはずだ。

「……分かりました。ご忠告ありがとうございます」

 フィリアが剣を引いた。

「このまま逃げた方がいい! あいつは――――」

「いえ、俺達は既に契約を受けていますし、何なら初依頼ですから断れないです」

「くっ! あの屋敷から出るって事はそうだろう……だが」

「大丈夫です。あの子爵の噂は既に聞いています。もしもの時の対策も考えていますから」

「っ!? まさか……戦うというのか……?」

「ええ。俺も守りたい彼女が、仲間がいますから」

 まだ時間は三日もある。

 その三日間を使って、対策を練ろうと思う。


「ま、待ってくれ! 俺にも手伝わせてくれないか!」


 去ろうとする俺達に、男が声をあげた。

「お、俺は……ソニアを守れなかった! それが……悔しい……だから、あの子の二の舞を作りたくないんだ! 復讐したい気持ちがないと言えば嘘になるが…………俺に出来る事なら何でもする! どうか俺も連れてってくれないか! これでもそれなりに戦える! (おとり)に使ってくれても構わない!」

 男の目には大きな涙が溢れていた。

 悔しさ、哀しさ、虚しさ、絶望。

 負の感情が溢れているけど、俺達を見つめる目は小さな希望で燃えていた。

「いいですよ。俺達にも人手は必要ですから。トーマスさん。貴方なら信頼出来そうですので、仲間に入ってください」

「ああ! ありがとう! 絶対、役に立つと約束する!」

 涙でぐちゃぐちゃな顔だったが、希望に溢れた笑顔のトーマスさんと握手を交わした。



 彼が子爵の刺客なのかも知れないと頭を(よぎ)った瞬間もあった。

 それでも全滅したパーティーの事を思っていた表情は、嘘で作れるモノではないと思う。

 だから、彼を信頼して子爵に立ち向かおうと決めた。


 そのまま帰り、みんなで作戦会議を開いて、三日間の予定を決めた。

 四日後の対山賊の日まで、俺達の懸命な準備が始まった。
 初日。

 まずは全員でゲスロン街の西に進んだ場所にあるダンジョン『石の遺跡』という場所に向かった。

 一層はDランク、二層はCCランクのダンジョンでレベル上げに向いてそうなダンジョンだ。

 トーマスさんは元々中級職能『騎士』で、同職転職させて経験値アップを取り付けておいた。

 レベルが1に戻ったけど、トーマスさんは顔色一つ変えないで俺の言う通りの事をすると言ってくれた。

 一層に入り、弓士のソーネちゃんが凄まじい速度で魔法矢を放ち、視野に入る魔物を一掃していく。

 二層まで歩く間、何もしてないままトーマスさんのレベルも上がった。

「…………ソラくん」

 その事でミリシャさんが呆れた口調で声を掛けてきた。

「どうしたんですか?」

「……いつもこんな感じだったの?」

「え? ソーネちゃんですか?」

「ソーネちゃんというか……弓士でああいう風に狩りをするの」

「ええ、セグリス町の時には弓士が十人近くいましたから、これよりも速かったと思いますよ?」

「…………ちょっと後で話があります。大事な話が」

 あれ?

 ミリシャさんどうしたんだろう……?

 少し呆れた顔だけど、夜にでも話してくれるんだろうか。

 それから俺達は二層に向かい、二層の魔物を狩り始める。

 Cランクの魔物が主体で、フロアボスと言われているCランク上位種が一日に一回出現するらしい。

 今回はその魔物よりも、通常Cランク魔物のハーピィという魔物を狩り始めた。

 ハーピィは背中に羽根があり、空を飛ぶ魔物で、遠距離攻撃がないと戦いにくい相手だ。

 なので、この層にハーピィを狙うパーティーは割と少ないので、魔物の数が多くいるのだ。

 俺達はカールとソーネちゃんを主軸に飛んでいるハーピィに一撃与えて、こちらに誘導させてから接近職で叩く戦法を取った。

 二時間ほど戦って、一旦休憩のために、広場に座り込んだ。

 ここでならハーピィが現れても見えやすいので、直ぐに対応出来るはずだ。

 暫く休んでいると、向こうにハーピィが十体まとめて現れた。

 あれだけの数が現れるなんて珍しい。

 その時。

 真っ先にハーピィの前に立ちはだかるのは――――



「ぷぅー!」



「ラビ? 危ないから遊んじゃ駄目だよ?」

「ぷー! ぷー!」

 少し怒ったような鳴き声のラビ。

 どうしたのだろう?

 何故か怒っているラビの周りに、目にも見えるくらい緑色の魔法の渦が現れ始めた。

「ぷぅー!!」

 ラビの鳴き声と共に、ハーピィに向かって魔法が放たれる。

 切り裂く音と共に、ハーピィの群れが魔法により切り刻まれる。

 ハーピィ達の短い鳴き声が聞こえた後、全員がその場から消え去った。


「ぷぅーっ!」


 こちらを向いて、ドヤ顔をするラビ。

 もしかして活躍させてあげてないのが不満だったのかな?

 というか、ラビって攻撃魔法も使える事を初めて知った。

「……ソラくん?」

「はい?」

「…………あの件も後で話したい事があるわ。大事な話が」

 またもやミリシャさんが呆れたように溜息を吐いた。

 休憩中はラビが頑張ってくれて、現れたハーピィを軽々殲滅していた。

 ラビがあんなに強いなんて思わなかった……今までバリア魔法しか使えないばかり思っていただけに、意外な戦力増強は嬉しい誤算だった。



 ◇



「ソラくん。今から話す事はものすごく……ものすごく! 大切な話になるからね!?」

「え、ええ、ミリシャさんがそこまで言うのですから……どんな大切な話なんですか?」

「あのね……ソラくんは今のこのパーティーの異常性(・・・)に気づいていないわ」

「このパーティーの異常性……ですか?」

 腰に両手を当てたミリシャさんが、いつもの先生モードに変わった。

「まず、パーティーがどうやって成立するのか、分かるかな?」

「ん~、お互いに仲間だと思っていると成立するんですよね?」

「ええ、その通りよ。パーティーはお互いがお互いをパーティーメンバーだと思う事によって、女神様の恩恵により、自動的に『パーティー』として判定されるの」

 俺達はみんな頷いて聞く。

「『パーティー』となったメンバーは、それぞれの戦いの功績(・・)によって、得られる経験値が違うと言われているわ。その功績もメンバー全員が心の中で思っている功績で配分が変わる…………つまり、戦っていなくてもその戦いに最も貢献したと思われれば沢山の経験値が貯まると言われているの」

「なる……ほど?」

「まずね、ソラくんのパーティーの異常性の一つ目はそこ! 全員が同じ量(・・・)の経験値が得られているわ」

「そう……ですね。俺達はいつもこんな感じです。レベルが上がるのも同じタイミングですし」

「…………それはもしかしたら『転職士』の力なのかも知れないわ」

「『転職士』の力…………」

 ミリシャさんの意外な言葉に驚くも、もしそれが本当ならとんでもない力って事くらい、俺にでも分かる。

 フィリアも気づいていなかったみたいで驚いていた。

「えっとね。それはあくまで一つ目(・・・)なの」

 ミリシャさんの続く言葉に少し怖さを感じる。

 俺にも知らない『転職士』の力が明らかになろうとしていた。
「では二つ目の異常性ね。多分これが一番大きいと思うんだけど、単純に『人数』なの」

「人数??」

 ミリシャさんの口から出た言葉は意外だった。

「そう。ソラくんはダンジョンとか、狩場で他のパーティーの人数を数えた事はない?」

「ん~そう言われてみれば…………六人のパーティーが多いイメージですね」

「……どうして六人だと思う?」

「戦利品を分けるのに六人が丁度いいから……?」

「…………」

「ち、違うんですね……」

「……ええ。一番の理由は『パーティー』に認定される人数が最大六人なの。もし六人以上になった場合、女神様から『ペナルティー』が発生するの」

「ペナルティー?」

「ええ。全員、経験値が一切貯まらないペナルティーなのよ」

 全員レベルが一切上がらなくなるという事か!

「ソラくんが言った戦利品は問題がないから、多くのパーティーはお互いに手を組んで二つのパーティーでフロアボスを倒して、戦利品を山分けするのが一般的なやり方ね」

 二つのパーティーでフロアボスと戦う…………そう言えば、フォースレイスに挑んだ時、メリッサさんのパーティーとパスケルさんのパーティーの二つのパーティーで挑戦していた。

 そういう意味があったんだね。

「俺達の場合は……十五人くらいでも問題ないんですよね……」

「やっぱり! 『転職士』の本領発揮はもしかしてこういう所なのかしら…………、もしくは、ソラくんの力か」

「俺の力……?」

「ええ、稀にいるのよ。特別な力を持って生まれる人がね」

「特別な力……」

「その様子ならレベル10についても知らなさそうね。実は職能って同じ職能でも唯一変わるモノがあるの。それが、レベル10……つまり最後のスキル(・・・)なの。最後のスキルだけは、それぞれ得られるスキルが違うと言われているわ。そもそもレベル10に到達出来る人が少ないのだけれど、いない訳ではないの。同じ職能なのに違うスキルを得られる…………最後の最後の職能差というのが生まれるわ」

 レベル10は一言で言えば、最高レベルの事だ。

 レベル10に辿り着いた人は、それだけでも英雄と言われるくらいには名誉ある事だが、決して珍し過ぎる訳でもないと冒険者ギルドで教わった。

 例えばセグリス冒険者ギルドのマスターであるガレインさんも、あの若さで既にレベル10だと聞いている。

 より強い魔物を倒せれば倒せるほど、レベルは上がりやすくなる。

 そういう強いパーティーで戦う事も大事な事だ。

「意外ですね。女神様は平等(・・)を愛す為、特別な職能は『勇者』と『聖女』だけだと聞いていたんですが……」

「そうね。でも残念な事に平等ではないのよ。レベル9までは平等だから多くの人に取っては平等ね。でもレベル10に到達した際に得られるスキルで、大きな差が生まれると言われているの。それに到達出来る人が少数だからあまり広まってない話だけどね」

 ミリシャさんのおかげで意外な事を知った。

 もし俺がレベル10になったらどうなるんだろうか……なんて期待をするが、俺はレベルを上げる方法がないので、レベル10は夢のまた夢だ。



「三つ目の異常性なんだけど……」

「あ、三つ目あったんですね」

「三つ目は、ラビちゃんの事ね」

「ラビ?」

「ぷー?」

 意外な答えに、俺もラビも首を傾げる。

「先程休憩していた時に、ラビちゃんが使った魔法ね…………あれは恐らく『ウインドカッター』だと思うんだけど、スカイラビットの唯一の攻撃魔法のはずなのね」

「え? あれが『ウインドカッター』?」

 魔法の事にカールが一番驚く。

「そう言えば、以前カールが使っていた風魔法に似てる…………似てる? 似てはないか」

「ああ、あれはどちらかと言えば、『ウインドカッター』の上位版の魔法の『ウインドストーム』に近かったはず」

「カールくんが言っていた通り、問題は中級召喚獣のスカイラビット…………えっと、言いにくいんだけど、中級召喚獣の中では最弱(・・)の召喚獣なのね?」

 ミリシャさんの言葉に肩を落とすラビ。

 ラビがフラフラ飛んできて俺の胸の中に入って来る。

 頭をなでなでしてあげた。

「でもスカイラビットが弱いと言われるのは、あくまで攻撃魔法が貧しいからであって、汎用性の高い防御魔法に特化しているから、パーティーにはとても強い味方なの。でもソラくんのラビはそのスカイラビットの特性を遥かに超えている気がするわ」

 それを聞いたラビは少し元気になった。

「そもそも『ウインドカッター』を二、三回くらいしか使えないと聞いていたけど、ラビちゃんが使うのは『ウインドストーム』に近い威力の『ウインドカッター』をあれだけ連発しても疲れてないのよね。その時点で普通のスカイラビットとは全然違うのよ。それはきっと『転職士』か力か、もしくはソラくんの特別な力のおかげかも知れないわ」

「…………あ! それなら『転職士』の力なのかも知れません」

「何か思い当たる節があるのかな?」

「ええ。『転職士』はメインクラスを変えられません。代わりにサブクラスを付けるようになると、そのクラスのステータスやスキルが使えるようになる、というのは説明しましたね? 実はその時の能力が全て二倍になるそうです」

「全ての能力が二倍…………中級召喚魔法も本来ではなく二倍強化された魔法でラビちゃんを召喚したから、ラビちゃんがこんなに強いかも知れないと」

「はい」

「ぷぅー!」

 自信を取り戻したラビは元気に胸を張る。

 フィリアのところに飛んでいくと、フィリアになでなでされてまたご満悦になっていた。



 意外な『転職士』の力について知る事が出来た。

 それを知っているかいないかで、選べる選択肢が限られるからね。

 これからはその事も念頭に置いて、作戦を決めようと思う。
 三日間、ダンジョン『石の遺跡』の二層でレベルを上げ続けた。

 俺達六人と、メイリちゃん達四人にトーマスさんの計十一人で狩りを続けた。

 ミリシャさんからの情報ならパーティーは六人までだが、やはり俺達は問題なく十一人全員でパーティー認識が出来ていた。

 『経験値アップ③』も相まって、俺達はたった三日で物凄い速度でレベルを上げていった。



 ◇



「イロラ姉さん、気を付けてね」

「うん。任せて」

 職能『ローグ』のイロラ姉さん。

 既にレベルも8に上がったイロラ姉さんは、スキル『影移動』を覚えて、影に紛れるようになっていた。

 気配までは隠せないけど、視覚的に見えなくなるだけでも大きなアドバンテージがある。

 イロラ姉さんが森の中に消え去った。

 俺達は彼女が帰って来るまでの間に作戦を再度確認する。

 この場にいない人も既に作戦に取り掛かっているはずだ。

 暫くして、イロラ姉さんが帰って来た。

「ただいま。見つけたよ」

「イロラ姉さん。お疲れ様、では近くまで行こうか」

「「「おー!」」」

 イロラ姉さんに案内され、森を進んでいく。

 進んだ先は高台になっていて、そこから見下ろしたところに洞窟があり、その前に見張りが二人立っていた。

 見た感じただの山賊ではあるんだけど……山賊にしては強そうな雰囲気だ。

 トーマスさんの話の雰囲気的に、相手のリーダーはレベル10に到達している可能性もある。

 でもこちらにはフィリアがいるので、単独戦いでも十分に戦えるはずだ。

「では予定通り行くよ」

「「「はい」」」

 みんな小さい声で返事をする。

 ここには俺とフィリア、アムダ姉さん、イロラ姉さんの四人が集まっている。

 イロラ姉さんとアムダ姉さんは洞窟を裏手に回る。

 彼女達の移動を見届け、俺とフィリアが正面に出て行く。

 俺達を見つけた相手の二人が普通の反応とは違い、声一つ出す事なく洞窟内に入って行こうとするが、上から降って来たイロラ姉さんとアムダ姉さんに襲われ、一瞬で倒された。

 二人の見張りを草むらに隠して、洞窟中に入って行く。

 やはり、情報通り(・・)静かだ。


 その時、地面から黒い煙が上がって来た。

 これも予定通りの眠り煙(・・・)だね。

 俺達は眠りについたふりをして、その場に横たわった。

 気配は全力で感知する。

 少し待っていると煙が消え、足音が聞こえ始めた。

 人数は……八人。意外と多い。

「今回は意外と楽勝だな~? 前回はあんなに手こずったのによ」

「おい、人数が違うぞ」

「リーダー! 二人足りません!」

「……ちっ、外にいそうだな。お前ら、こいつらを奥に運んでおけ。外は俺がやる」

「「「はっ!」」」

 一番強い気配を持った男が外に走って行く。

 急いだって事は、向こうも焦っている証拠だ。

 きっと、逃がさないように急いでいるのだろう。

 前回はトーマスさんを逃したから、色々問題があったに違いない。

「はぁ、こんな可愛いの一人くらいこっちが貰いたいね~」

「おいおい、やめとけよ。子爵に見つかったら一瞬でクビ飛ぶぞ?」

「ちっ、分かるけどよ……くそ! こんな美少女とか俺もく――――」

 彼が次の言葉を発する事はなく、起き上がった俺達に、彼らは一瞬で制圧された。


「ふぅー、作戦通りにいって良かった」

「ですね。あとはフィリア、気を付けてね?」

「うん! 任せておいて! ラビちゃんもよろしくね!」

「ぷぅ!」

 フィリアの髪の中に隠れているラビの鳴き声が聞こえる。

 もしもの時の為のバリア要員として、フィリアのところに隠れているのだ。

 今回、黒い煙を防いだのも全てラビのおかげだったりする。

 小さな風魔法で黒い煙を吸い込まないようにしてくれていたのだ。

 俺達は急いで山賊達を奥の部屋に運んで確保しておく。

 さて……あとはリーダーを捕まえて次の作戦だね。



 洞窟の入口から凄まじい殺気が痛いほど伝わって来た。

「……なるほど。貴様ら……あれを見抜けたのか」

「ああ。お前の部下から、ちゃんと子爵様(・・・)の名前まで聞いてるぞ?」

 子爵様の言葉を聞いた男があからさまに苛立ちを見せた。

「貴様ら……生きてここを出られると思うな!」

 男が剣を抜いて、斬り掛かってくる。

 しかし、既に戦いの準備をしていたフィリアの双剣が男を斬り返す。

 あまりの速度に男が驚く表情を見せた時には時すでに遅く、フィリアの剣戟が男の両足を切り落とした。

「が、があああああ!」

 あっけなく倒れる男は、信じられない目で悲鳴をあげた。

「さて、これで形勢逆転だね」

「っ! く、くそが!!」

 念には念をと、フィリアは容易なくその手首も切り落とす。

 卑怯な戦いをした上に、高レベルな男を相手に油断は一切しない。

「では、お前たちが子爵に――――」

 雇われている事を聞き出そうとした時に、男が恨むような視線で微動だにせず俺を睨んだ。

 そして、俺は続きを話す事は出来なかった。

 男は既に自分の歯の中に隠し持った即効性毒により、その場で絶命していたのだから。


「こういう仕事を請け負う以上、こうなったら自ら命を落とすのは知っていたけど、口の中に毒を仕込んでいたとは予想してなかったよ。出来ればそのまま死ぬのではなく、報いを受けて欲しかったな……」

 今まで男の手によって命を落とした多くの人達に報いて欲しかったけど、それは叶わなかった。

 しかし、まだ終わった訳では無い。

 本当の()はまだのうのうと生きているから。

 俺達は次なる作戦に移った。
「子爵は屋敷に違法な奴隷(・・・・・)を飼っている!!!」

 ゲスロン街のゲシリアン子爵邸の前に大きい声で騒ぐ男が現れた。

 屋敷の入口を守っている衛兵が走って、男を阻止するも、男が止まる事がなかった。

「ゲシリアン子爵は違法な行為を行っている!! 屋敷の中は闇だらけだ! 信じてくれ! 必ず中を探れば、証拠が出るはずだ!!」

 衛兵達に囲まれるも、男は衛兵を全員振り払う。

 衛兵を吹き飛ばしても尚、男は止まる事はなく、子爵邸の前で騒ぎ続けた。

 少しずつ人だかりが出来始める。

 平民だけでなく、子爵邸を訪れた貴族もその男の声を聞く。

 段々と多くの人が子爵邸の前に集まった。



「一体何の騒ぎだ!」

 多くの人だかりの中から、完全武装した複数人の人が子爵邸の前に出てくる。

 正面の男は、ゲスロン街の冒険者ギルドのギルドマスターエイロンだった。

 エイロンが出て来た場所には、深くローブを被っているカールとミリシャの姿が見えていた。


 周りはエイロンの登場にざわつく。

「お、お前は! 冒険者ギルドマスターのエイロン!」

 男が驚き、エイロンを指さした。

「……久しぶりだな? 仲間を捨てた(・・・)トーマス」

「俺は無実だ! 全ては子爵が企んだ事なんだ!」

「……またその話か。お前が話した場所には何もなかった(・・・・)のではないか?」

「そうだが……俺は子爵に東の山に山賊がいるから、討伐しろって依頼されたんだ! その契約書なら冒険者ギルドにも残って(・・・)いるはずだ!!」

「……ああ、その契約書は俺も見て覚えている。だが、あの場所には何もなかったではないか!」

「くっ…………」

 二人が言い争いをしていた時、子爵邸の扉が開いた。


「なんの騒ぎじゃ!」


 中から、キツネ目の男。ゲシリアン子爵が出て来た。

「ゲシリアン子爵……!!」

 トーマスが恨み籠った声で荒げる。

「……? 誰じゃお前は」

「くっ! き、貴様! 俺らに罠の依頼を出して、俺の……仲間達を殺害した癖に知らないふりをするのか!!」

「…………このゲシリアン子爵は嘘など付かぬ。貴様が何処の誰かは知らないが、わしを侮辱した罪……覚悟は出来ているのだろうな?」

 ゲシリアン子爵の後ろから数人の武装した男が前に出る。



 その時。



「これは何の騒ぎですか?」



 人だかりの中から、とある少年が現れる。

 後ろから美しい少女達と共に、数人の山賊(・・)が縄に囚われて子爵邸の前に出て来た。

「ん? 子爵様。丁度良いところに。ここに東の山から(・・・・・)山賊全員(・・・・)捕まえて来ましたよ!」

「んなっ!?」

 少年の出現と山賊達の姿を見た子爵が慌てだす。

「……ん? 君は、新しいクラン『銀朱の蒼穹』のマスターだな?」

「はい。初めまして、ソラと申します。本日は子爵様から個人的な依頼で東の山の山賊を討伐して来ました」

「……東の山の山賊だと?」

 エイロンの疑問視する声に、ゲシリアン子爵はますます顔色が悪くなる。

「ええい! 何をしている! さっさとわしを侮辱したあの男を捕まえないか!」

 焦るゲシリアン子爵の前にエイロンが遮る。

「ゲシリアン子爵。東の山の山賊の討伐。このエイロンは全く知らない件ですが……これは一体どういう事でしょう?」

「そ、それは…………噂の新しいクランがこの街に来たって事で、前回失敗した事もあって、そのクランにお願いしたのだ! だから冒険者ギルドにはまだ申し出ていなかったのだ!」

 焦るゲシリアン子爵を更に追い込みをかける出来事が起きた。

 ソラが連れてきた縄に捕らえられている山賊達が口をあげる。

「お、俺達は子爵に命令されて、こいつらのパーティーを待ち伏せしたんだ! 前のパーティーのやつらも男は全員殺して、女は子爵邸に運んだんだ!」

「っ!? だ、黙れ! このゲシリアン子爵がこんな低俗な輩と関わるはずがないだろう!」

 山賊の言葉に、トーマスは怒りに震える。

「エイロンさん! どうか、ゲシリアン子爵邸を調べてくれ! 俺の……俺の彼女のソニアがいるかも知れないんだ!!」

「だ、黙れ!!!」

 ゲシリアン子爵の明らかな反応に、エイロンが言い放つ。

「ゲシリアン子爵。ここは一つ、我々に捜索させて貰ってもよろしいですか?」

「な、なんだと! 貴様はそんな低俗な言葉を信じるというのか! わしはゲシリアン子爵だぞ!!」

「ゲシリアン子爵。私は貴方を信じて(・・・)おります。ですが、『銀朱の蒼穹』にトーマスのパーティーと同じ(・・)依頼をした事に憤りを感じざると得ません。ですので、私ももちろん、ここに集まっている民の皆さんにも、仲間である貴族の仲間の皆さんにも、貴方が無実である事を証明させてください」

「くっ!」

「いかがしました? もしも、やましい事がなければ、問題ないのでは?」

「ぐぐぐ…………くっくっくっ」

 焦っていたゲシリアン子爵が笑い出した。

「面白い……いいだろう。このゲシリアン子爵。あんな低俗なやつに言われっぱなしはムカつくが、貴族としての責務は務めよう。我が屋敷を隈なく(・・・)探して見るといい。ただし」

 ゲシリアン子爵のキツネ目が自信に満ち溢れた瞳に変わる。

 何の問題もないと言わんばかりの自信に満ち溢れた表情になった。

「我が屋敷にあの低俗が言っていたつまらない嘘がなかった場合、そこの新しいクラン。お前らはこれからずっとわしの専属クラン(・・・・・)になって貰おう」

「ん? どうして、彼らのクランを?」

「……冒険者ギルドとして、貴様らも責任を負うべきだろう? このゲシリアン子爵の屋敷を捜査するならば、それくらい当然だろう!」

 自信に溢れている子爵だったが、そこに誰もが想像していなかった返答が返って来た。



「いいですよ? もし何も見つからなかった場合、俺達『銀朱の蒼穹』は、子爵専属クランになりますよ?」



 ソラのあっけない言葉に、その場にいた全ての人が驚愕する。

「ただし、その調査には俺達『銀朱の蒼穹』も参加させて貰いますね」

「いいだろう。このエイロンがその提案、責任を持って遂行しよう」

 まさか、快諾すると思わなかったゲシリアン子爵の表情が固まる。

 一方で、ソラは不敵な笑みを浮かべ、誰よりも先にゲシリアン子爵邸の中に入って行った。
「ゲシリアン子爵の許可の元、これから屋敷の捜索をしますので、執事及びメイドさん達は全員(・・)食堂に集まってください」

 ゲシリアン子爵邸に入ったエイロンが筆頭執事のシランに告げる。

 シランは無表情のまま、メイドと執事を一か所に集めた。

 当のゲシリアン子爵は、屋敷に入れず、屋敷前で待機しているが、自信満々だった表情から一転して、不安な表情をしていた。

 それもそのはずで、寧ろ自信満々に答えたソラの事で不安を覚えたのだった。



 ◇



「恐らくは普通の場所に証拠はないはず。俺の予想だと、地下な気がする。ラビ。地下に()が通っている場所を探ってくれ!」

「ぷぅー!」

 敬礼ポーズをしたラビは、その後、鳴き声をあげて風魔法を使う。

 風魔法が屋敷の色んな場所に放たれた。

 暫く待っていると、

「ぷぷぷ!」

 ラビに連れられ、俺達は子爵の書斎に入った。

 書斎の本棚に向かってラビが指を指す。

「ラビ。この裏ね?」

「ぷぷ!」

「よし、この本棚を探ろう」

 本棚を触っていると、一つだけ取れない本があった。本というよりは、棚本体のような感触。

「この本。動かしてみるよ」

 本を押し込むと、本棚がグググっと中に動き、扉のように開いた。

 中には地下に続く階段があり、秘密階段のようだ。

「ソラ。下から静かな殺気を感じるわ。気を付けてね」

「分かった。ラビ。バリアをお願いね」

「ぷー!」

 ラビの防御魔法で俺達の周囲に魔法が掛けられる。

 そのまま階段の下に降りていく。

 降りた先に部屋があり、降り立った瞬間、短剣が数十本投げられた。

「ぷー!」

 短剣にラビが反応して、風魔法で投げられた短剣が飛ばされる。

 俺達はその先で待っていた男を睨んだ。

「お久しぶりです。シランさん」

 向こうに無表情のまま、美しく立ち竦んでいるシランさんが待っていた。

「…………まさか、貴方様が()だったとは……」

「先に仕掛けたのは、そちらでしょう?」

「…………そうですね。ここは一つ、最後まで抗わせて頂きます」

「残念です」

 シランさんの動いた瞬間、フィリアも動く。

 お互いに目にも止まらぬ速さで剣戟がぶつかり合う。

 シランさんは恐らく盗賊系の職能だろう。

 次第にフィリアに押され、傷が増えていった。

 そして、最後に腹を大きく斬られ、その場に倒れ込んだ。

「…………これほど強いとは……さすがにクランに認められる実力です……」

「……シランさん」

「…………はい」

「…………お待たせしました」

「………………感謝申し上げます……」

 感謝を口にしてシランさんは気を失った。

 急いでシランさんを縛り、傷を回復させて、中に入って行った。



 実はシランさんはゲシリアン子爵を止めて欲しかったんだと思う。

 その証拠に、山賊についてとても(・・・)詳しく教えてくれた。

 あまりの詳しさに違和感を覚えたが、ずっと無表情だったシランさんの瞳は、悲しみに溢れる瞳に変わっていた。

 俺達がトーマスさんに出会ってなかったとしても、既に作戦は決まっていた。シランさんのおかげで。

 だから俺はずっと疑問だった。

 ここに来るまで。


 俺達に投げられた短剣は、全く勢いがなかった。

 更に、剣聖であるフィリアと正面切って戦えば、確実に負ける事も知っていたはずだ。

 それなら、もっとやりようもあったはずだ。

 例えば、証拠隠滅の為に、ここを崩壊させるとか。

 恐らくゲシリアン子爵からそういう命令を受けているはずだ。

 だから、彼は命令に従い、俺達を正面切って戦った。

 負けるのを知っていての行動に間違いないだろう。

 だからここでゲシリアン子爵を止めたいと思う。いや、止めないといけない。

 これ以上被害を広げない為に。



 こうして、俺達はシランさんを通り抜けて、地下の扉を開いた。

 長い廊下と沢山の扉が見えるが、その扉の中の部屋が貧相な部屋なのは、外からでも分かるほどだ。

 更に、この廊下に充満している匂い(・・)

 それは…………





 血の匂いだった。



 ◇



「くっ! 何故エイロン達は出てこない! そろそろ捜索も終わりだろう!」

 ゲシリアン子爵のイライラした言動が既に複数回にも渡っていて、焦っている様子が多くの人に映っていた。

 屋敷に入ろうとする子爵を、冒険者ギルドの者が入口で防ぐ。

 その繰り返す姿が異常に映る者も沢山いた。

 その時。

 一人の男がゲシリアン子爵の前に現れた。

 美しい金髪とすらっとした体型は、誰が一目見ても美しいと思えるような男だった。

 その男を見たゲシリアン子爵は、

「あ、貴方様は!?」

「…………ゲシリアン子爵。ここまでの一部始終を見させて頂きました」

「!? も、申し訳ございません! こ、これは――」

「結構。全ての結果(・・)は彼らが出てくれば分かる事でしょう。ゲシリアン子爵。決して違法(・・)はありませんね?」

 鋭い視線がゲシリアン子爵に向く。

 その冷たい視線にゲシリアン子爵が身を構える。

 今までの不安そうな表情以上に、不安な表情を見せる。

 ゲシリアン子爵は、男の質問に答えられず、顔に冷や汗が流れ出す。

 その時。

 屋敷の扉が開いた。
 俺達は地下にある全ての部屋を一つ一つ開けていった。

 案の定、中には傷だらけの人ばかりで、扉を開ける度に心の底から怒りが込み上がってきた。

 それは俺だけでなく、メンバーも同じ思いで、みんな拳を握りしめていた。

 そして、とある部屋を開いた。


「ひぃ!?」

 中にはやせ細っている女の子が、倒れている男の子を抱きしめて泣いていた。

 俺を見つめた女の子は全身から震え出していた。

「あ、あの……も、申し訳、ご、ございません……る、る、ルイが…………まだ傷が癒えなくて、その……罰なら私が受けますから、ど、どうか、許してください……」

 大きな涙を流して嘆願する彼女の姿に俺は言葉が出なかった。

 ゲシリアン子爵…………許せない…………。

 女の子が抱き締めている男の子は、女の子よりも傷が深く、息も浅いように見えた。

「っ!」

 冷静に分析する場合ではなかった。

 俺は急いで、自分の職能を『回復士』に変える。

 急いで彼の前に行ったのだが……。

「ご、ごめんなさい! ほ、本当にもう厳しいんです! わ、私が全部受けますから! お、お願いします!」

 まだ誤解しているようで、俺の前を塞いだ。

 全身を震わせて涙を流しながら、訴える彼女に俺も涙を止める事が出来なかった。

 俺は、彼女の頭を優しく撫でた。

「大丈夫。俺は君達の味方だよ。決して君達を傷つけたりはしない。その子は急いで治療しないと危ないから、俺に任せてくれないかな?」

 俺が撫でようと手を伸ばした時、反射的に身を構えた彼女は、数秒頭を撫でられるまでずっと目を瞑って身構えていた。

 俺の声を聞いた彼女は恐る恐る目を開けた。

「ねぇ? 本当に急がないと、その子を助けられないかも知れないから、だからお願い。俺にその子を治させてくれないかな?」

「ほん……とうに? ルリを傷つけない?」

「ああ。約束するよ。絶対に助けてみせる」

 彼女は更に大きな涙を流した。

「お、お願いします! な、何でもしますからルリを……ルリを助けてください!」

「ああ! 任せてくれ!」

 俺は急いで、男の子の身体に手をかざした。

「ヒーリング!!」

 本来なら詠唱を唱えないで省略した場合、威力が半減する魔法だが、俺の転職士の力で二倍の効果を持つ為、詠唱を無視しても本来の威力で魔法が使える。

 俺の手から溢れ出る淡い緑色の光が男の子を包んだ。

 男の子の傷がみるみる治っていく。

「る、ルリ!! お願い! 私を置いて行かないで!」

 女の子の悲痛な声が俺の心にもぐさりと刺さる。

 溢れる涙を何とか堪えながら回復を続ける。

 男の子の傷が全て癒えた頃、小さく寝息を立てながら眠っている男の子を見て、安堵の吐息を吐いた。

「うん。これなら大丈夫だと思う。あとは安息が必要だから、ゆっくり休ませよう……とその前に」

 今度は女の子に回復魔法を使う。

「えっ? わ、私も?」

「ああ。俺は君達の味方だ。だから心配しなくていい。それと、これからはここにいなくても良くなったから」

「えっ? …………私達もう痛くならない?」

「ああ」

「毎日鞭で打たれない?」

「あ、ああ……」

「ご飯とか水も……飲める?」

 俺は何も言えず、ただ涙を流し彼女を抱きしめた。

 彼女も次第に泣き声をあげ、俺の胸の中で大泣きした。

 俺も我慢する事が出来ず、一緒に声を出して泣いてしまった。

 暫く一緒に泣いていると、次第に声が小さくなり、女の子は俺の胸の中で眠りについた。

 彼女の傷も全て癒えたので、一旦部屋で眠らせて、他の負傷者の回復に回った。



「ソラ……」

「…………フィリア。ごめん。俺…………子爵を許せそうにない」

「…………うん。私も」

 俺とフィリアは静かに眠っている男の子と女の子を見つめた。

 眠っている時も、自然と身体を丸めて眠る二人に、悲しみと越え、怒りに支配されそうになる。

「ソラくん!! こっちに来て!!」

 廊下の奥からアムダ姉さんの声が聞こえた。

 急いで向かうと、最後の部屋の中に、短い黒い髪の綺麗な女性がうずくまっていた。

「……ソニアさんですか?」

「……」

 女性は名前を言われると少し反応を見せる。

 既に目から光を無くした彼女は、少し顔をあげる。

「ソニアさん。ここで何があったかまでは聞きません。ですが、これだけは分かってください。貴方が逃がしたトーマスさんのおかげで、この場所を見つける事が出来て、多くの人々を助ける事が出来ました。それも全てソニアさんのおかげです。だから……どうか自分を誇ってください。貴方が頑張った事を俺達全員が知っていますから」

 俺の言葉を聞いていた彼女の目には、段々涙が溢れた。

 アムダ姉さんが彼女を抱きしめると、ますます泣き出した。

 暫く泣いた彼女を連れ、俺とフィリアで女の子と男の子を出して地下を後にした。

 そして、ゲシリアン子爵が待っている屋敷前に向かった。



 ◇



「ゲシリアン子爵…………私は貴方の事を信用していたのですが……とてもそうは見えませんね」

 ゲシリアン子爵邸の前で待っていたゲシリアン子爵に、金髪の男性が残念そうに話した。

「い、いえ! こ、こ、これはなにか誤解が……」

「……あの目を見て、誤魔化せるとでも?」

 二人が見つめる先には、怒りに支配されたソラ達が見えていた。