「ほぉ……新しいクランは子供で構成されているのか」

「はっ」

「更にそこに入っている女がまた良い女と」

「はっ」

「くっくっくっ、しかもこのまま我が領(・・・)を通り過ぎるのだな?」

「はっ、間違いありません。今頃はムンプス町にいるはずですが、恐らく王都を目指しているのでしょう。必ず通るモノだと思われます」

「くっくっくっ、でかした! いつもの連中を集めておけ」

「はっ!」

 豪華な部屋でワイングラスを揺らし、嫌らしい笑みを浮かべた男が、窓の外を眺めた。

「きひひひひ、また楽しみが増えたな」

 男の視線がベッドに向く。

 ベッドには短い黒髪の美しい女性が一人倒れていた。



 ◇



 ムンプス町で二日ほど泊まって、三日目に俺達は再度馬車に乗り込み、王都を目指した。

「王都に着く前に、ゲシリアン子爵領を通るわ。ただ……その子爵は、あまりいい噂を聞かないの」

「えっと…………どんな噂ですか?」

 ミリシャさんは俺達を一箇所に集め、小さい声で話し始めた。

「脅迫はもちろん、詐欺も多数、領民に無理難題を課して娘を奪うのも日常茶飯事。更には彼に関わった女性冒険者が引退する事態が後を絶たないわ」

 ミリシャさんの情報だけ聞いても、既にその子爵が如何に救いようがないか、俺でも分かるくらいだ。

「だからね? もし、彼から何らかの依頼(・・)が来た場合は、そのつもりで対応した方がいいわ」

「……権力を盾に…………許せない」

「みんないい? 相手は子爵家よ。絶対に敵対してはならない。それだけは忘れないで。王国を敵に回した場合、私達の知り合いにまでその火の粉が及ぶわ」

「分かりました。ではその子爵領は急いで通り抜ける事にしましょう」

「そうね……と言いたいんだけど、少し難しいかも」

「難しい?」

「ええ、あの領地には何故か通り抜ける馬車の便が存在しないわ。だから必ず一泊しなくちゃいけないの」

 恐らく、その一泊させるのも、わざとなのかもね。

「……では町では全員一緒に行動するようにしましょう。もし離れる場合は必ず二人以上で動きましょう」

「「「分かった」」」

 俺達は不安を胸に、馬車に揺られゲシリアン子爵領に入った。



 最初に着いたのはゲシリアン子爵領のアンダセン町で、子爵領で最も貧しい町だと馬車の御者さんが教えてくれた。

 貧しいので、食料やお金を盗まれる事も多いらしい。

 町の唯一の宿屋に向かうも、値段は普通の宿屋より二倍はふっかけられ、部屋の掃除も行き届いていなかった。

 窓を開けると、ラビが鳴き声を発して弱い風を起こし、部屋中のごみを窓の外にまとめて掃き出した。

「ラビちゃん! ナイス!」

 アムダ姉さん達がラビを撫でまわす。

 実は子爵領では大部屋一つに全員で泊まる事にした。

 フィリア達は元々孤児院で同じ部屋で泊まっていたので、問題なかったのだが、ミリシャさんが心配だったのだけど、元々冒険者ギルドで働いていただけあって、こういう事に拒絶感は全くないらしくて、快く承諾してくれた。

 掃除も終わらせ、俺達は食事を取っていた。



「あ、あの……」

 食事していた場所の傍には窓があり、窓の外で同年代くらいの女の子がこちらに声を掛けていた。

「ん?」

「あ、あの……なんでもいいので、少し食べ物を恵んでは頂けないでしょうか……」

 よくよく見ると彼女の身体はやせ細っていた。

「ソラくん。あげちゃダメよ」

 それを見ていてミリシャさんが話す。

「え? でも……なんだか可哀そうで……」

「気持ちはわかるけど、きっと後悔することになるわよ?」

 ミリシャさんは意味深な言葉を口にしたけど、俺は持っていたパンを二つ、窓から彼女に渡した。

 彼女は満面の笑みで感謝をし、そのまま逃げ帰るように帰っていった。

「…………、ソラくんが優しいのは分かっているけど、まぁ今回は良い勉強になると思う。みんなもよく見ておいてね」

 ミリシャさんの言葉を俺達は心に刻み、その日はゆっくり休んだ。

 その言葉が意味することが何なのかなど、全く分からなかった俺達だったが、次の日にその意味を知る事となった。



 ◇



 次の日。

 俺達は宿屋を後にし、馬車乗り場に向かった。

 その時。

「あ、あの! お、お兄さん!」

 どこかで聞いた声が聞こえ、振り返ると、昨日食べ物を恵んであげた女の子と、その後ろに数十人の子供達が並んでいた。

「っ!?」

「……やはり、来たわね」

「えっと……君は、確か昨晩の?」

「は、はい! 昨日はありがとうございました! おかげで弟と妹達が沢山(・・)食べれました!」

 昨日渡したパン二つでは、到底この人数が食べれたとは考えにくいけど……。

「そ、その……図々しいお願いで申し訳ないんですが、もしよろしければ――――」



「悪いけど、君たちに恵んであげるほど、私達に余裕はないわ」



 ミリシャさんが慣れた仕草で前に出た。

 ああ……昨晩話していた事は、こういう事だったんだね。

 一度恵んであげたら、ずっとお願いされる。

 更に多くの子供達を連れてくれば、より沢山の恵みを貰えるかも知れないという算段。

 それが彼女達の…………孤児院がない(・・)孤児たちの生きる術なのだと理解した。

「ミリシャさん」

「ソラくん?」

「話は分かりました。みんなには申し訳ないけど、この件。俺の所為(・・)なのだから、俺に任せてくれないかな?」

 すると、フィリアは

「クランマスターはソラよ。ソラのやりたいようにやっていいと思う」

 それにアムダ姉さんとイロラ姉さんも手を挙げ、

「「賛成ー!」」

 と言ってくれた。

 それを見ていたカールとミリシャさんが溜息を一つ吐いて、小さく笑った。



「「それでこそ、私(俺)が認めたソラくん(親友)だしね」」