幼馴染『剣聖』はハズレ職能『転職士』の俺の為に、今日もレベル1に戻る。

「「「乾杯ー!!」」」

 セグリスのとある酒場に大きな声が響いた。

 今日は、俺達が初めて『レッサーナイトメア』を倒した記念すべき日だ。

 現在は、酒場で俺達パーティーにフィリアと、その他大勢の人達に囲まれている。

 しかも今日の酒場は貸し切りだそうだ。

 冒険者ギルドのミリシャさん達も駆け付けてくれて、とても大勢の人達からお祝いされた。

 何故こういう事になったかと言うと…………。



 ◇



 レッサーナイトメアを倒した直後、俺達は感極まって泣き出す先輩までいたほどだった。

 俺もカールもハイタッチすら忘れ、寧ろ、抱き合っていた。

 自分達が倒したという実感が嬉しくて、先輩達もこんなに強い魔物に勝てると思わず、感極まっていた。

 その時だった。

 俺達の前で拍手をしてくれる人が現れた。

 ゴツい顔と身体をしている彼は、以前レッサーナイトメア戦を初めて見た時に戦っていた沼地の古参パーティーの強い人だった。

「お前ら、めちゃくちゃ強いな! 俺は沼地で長年レッサーナイトメア狩って来た古参の一人、ワイルダという。お前らのリーダーは――――そこの赤いのだな?」

「え? は、はい」

 ワイルダさんは近づいて直ぐに、問答無用に俺を掴み、空に飛ばした。

 と、飛んだ!?

 と思ったら、そのまま肩車にされた。

「えええええ!? 俺、肩車なんて初めてだよ!?」

「がはははっ! 異質なパーティーがここまで強いのは、リーダーであるこの子の力に違いないだろう! さあ、新たな英雄よ! 名乗るがいい!」

「え、えっと……」

 少し戸惑っていたら、カールが親指を立てた。

「はいっ! 俺の名は『ソラ』! いずれ最強のクランのマスターになるのが夢です!」

「がはははっ! お前ならきっとなれるさ! さあ、今日はとても素晴らしいモノを見せてくれたお礼に酒場を貸し切ってやろう! 野郎ども! 一緒に祝いてぇ奴は全員付いてこい!!」

「「「「おおおお!!!」」」」

 こうして、俺達はワイルダさんに誘われて祝って貰う事になった。

 帰りに、討伐完了報告の為、冒険者ギルドに寄って、ミリシャさんにも報告。

 ミリシャさんも泣くほど喜んでくれた。

 一緒に来たカールから誘われて、ミリシャさんと数人の受付嬢も一緒に酒場に来てくれたのだ。



 ◇



「それにしても驚いたな! まさか、ソラくんの彼女さんがあの有名な『双剣の剣聖』様だとはよー」

「あ、あはは……俺には勿体なさすぎる彼女です…………」

「今んとこはなー、がはははっ! まぁ、そのうち『剣聖』なんか目じゃなくなるだろうよ」

 どこか遠くを見るワイルダさん。

「それはそうと、お前らの戦いを見て、今まで俺達が如何に考えなしだったのか気づかせてくれたよ。だから、ありがとうよ。ソラ」

「俺は元々弱いから……周りの助けがなくちゃ狩りも出来ませんからね……だから、仲間には出来る限り安全に戦って欲しくて、色んな事を考えるようにしてみたんです。それがハマってくれて本当に良かった」

「ああ! それで、パーティーメンバーだけでなく、周りの連中にも大きな影響を与えた。それは紛れもないお前の力さ。ほら見ろよ。いつもだと暗い顔をしているパーティーの奴らも、あんなに希望に溢れた顔をしている。中にはただの『剣士』だから『戦士』だから『狩人』だから、諦めた連中ばかりなのに、それをパーティーの力で解決出来る事を証明してくれたのは、俺から見たら偉業にも等しいさ」

「あはは……そんなにですか?」

 嬉しい半分、恥ずかしい半分な気持ちになっていると、

「うちのソラは最強だもん!」

「うわっ!?」

 いきなり後ろから抱き着いてきたフィリアが、恥ずかしげもなく話した。

「がはははっ! 若いのが眩しいのぉ! こりゃ飲まずにはいられないな!」

 ワイルダさんが飲み明かしている仲間の所に戻って行った。

 その入れ違いに、今度はミリシャさんがやって来た。

「ソラくん。おめでとう!」

「ミリシャさん! ありがとうございます!」

「まさか、こんなにも早くレッサーナイトメアを倒してくるなんてね……Cランク魔物の中でも最強クラスの魔物なのに」

「パーティーメンバーに恵まれていますから」

「ふふっ、そういう事にしておくよ。まさか、ワイルダさんにも認めて貰えるなんて、凄いわよ?」

「凄く嬉しかったです!」

「私も嬉しい!」

 まだ後ろから抱き着いているフィリアが手を上げる。

 えっと…………あれが当たっているからそろそろ離して欲しいんだけど、男としては、この至福な時間をもっと堪能したいという気持ちと、周りから微笑ましい視線で見られている恥じらいと、カールがニヤニヤしている事もあり、いろいろ複雑な気持ちだ。


 どんどん盛り上がる宴会は、俺を褒める人が多くいてくれて、ちょっぴり恥ずかしい思いだったけど、それを上回る嬉しさがあった。

 『転職士』を開花してから、こうなるとは一度も思った事がなかった。

 これも全てフィリアとカールのおかげだ。

 今一度、素晴らしい友人を持った事がとても誇らしい。

「それはそうと、フィリア? 頭撫でるの、そろそろ止めない?」

「えー! ちょっとくらいいいじゃん!」

「ちょっとじゃないよ! もう何十分も撫でられているよ!」

「むぅ……」

 膨らんだフィリアがアムダ姉さんの所に行った。

 それから暫く続いた宴会も子供達の時間は終わりだと言われ、俺とフィリアは帰って行った。

 カールは…………。





 頑張れ!
 三日後。

 俺達はまた沼地にやってきた。

 前回同様、沼地の中央に集まった。

 前回は俺達を見て笑うパーティーもいたけど、今回は全然違う。

 ここにいるパーティー全員がやる気に満ちていた。

 それと大きく変わった点として、全てのパーティーが大盾(・・)を所持していた。

 恐らく、前回のうちらの戦いを参考にしたんだと思う。

 後衛の魔法使いや弓職の人達も大盾を持っていた。予備として持っているんだろうね。

 みんなが各場所で陣取っている。

 レッサーナイトメアが何処から出現するかは、完全に運次第だからね。

 静かな時間が過ぎていく。

 数分後、強烈な威圧感が放たれる。

 今回も俺達パーティーの射程範囲内だった。

 狩人パーティーから放たれた弓矢がレッサーナイトメアに命中し、二度目のレッサーナイトメア戦に突入。

 二度目の戦いともなると、前回より更に安定してレッサーナイトメアを追い詰めた。

 そして、最後は俺が『貫通の矢』を放ち、レッサーナイトメアは消滅した。

 弓矢にはそれぞれ強さがある。

 最も弱い普通の弓矢は『木の矢』、次は『鉄の矢』、次は『鋼鉄の矢』である。

 木や鉄だと命中した際、相手の装甲によっては壊れてしまって、本来刺さるであろう矢が弾かれたりしてしまう。ただ鋼鉄になるにつれ値段が上がるので、消耗品である弓矢は使いどころの選別が大事だ。

 では、前回と今回のレッサーナイトメア戦の最後に放った『貫通の矢』とは、矢の矢先に付ける金属を加工した『魔石』を付けた矢の一種であり、こういう矢を『特殊矢』と呼ぶ。

 『特殊矢』は魔石に特殊な力を付与した矢の事で、鉄や鋼鉄よりも高い効果を持つ。

 そして、何よりも種類が多いのだ。一番多いのは属性を付与した『火の矢』や『雷の矢』『氷の矢』があげられる。

 今回俺が使った『貫通の矢』は文字通り、貫通に特化した矢で一本でも剣一本よりも高い矢だけど、その威力は抜群だ。

 まだ狩人レベルが低いが、ステータスだけならパーティーの中で一番高い俺が放つその矢は、カールの魔法よりも威力があるのだ。



「前回より鮮やかな戦いだったな!」

「ワイルダさん! ありがとうございます!」

 ワイルダさんパーティーからまたもや激励される。

「こりゃ、俺らも遠距離で初撃を取る事を考えておかねばなー」

「それがいいと思いますよ。ただ、遠距離で初撃を与えるとデメリットもありますけどね」

「むっ? デメリットがあったのか?」

 周りの聞き耳を立てていたパーティーも、いつの間にか集まっていた。

 全員、先日の宴会に参加してくれて、祝ってくれた面々だった。

「はい。実はレッサーナイトメアはある特性があるんです」

「ある特性?」

 本来なら教えたくはない情報だけど、彼らの人情はとても温かいモノだった。

 それに、俺達が得た情報は彼らの戦いを見て学んだ事だから、隠さず教える事にしよう。

「レッサーナイトメアは幾つかの攻撃が状況に応じて決まって(・・・・)いる特性なんです。その中でも最も脅威なのが、レッサーナイトメアは敵全員(・・)が遠い場所にいる場合、黒い棘の攻撃ではなく、稲妻を纏って突撃してくるんですよ」

「むっ!? 確かに……お前らのパーティーには黒い棘はあまり使わないな?」

「はい。俺達のパーティーが初撃を与えた場合、必ず稲妻突撃を使って来ます。これはレッサーナイトメアにとって、最も強い攻撃だからだと思われます。だから逆にこれが防げるなら、遠距離で誘い出すのも手ですけどね」

「なるほど……だから今回も最初から突撃してきたのか」

「はい。ただ、皆さんにも注意して欲しいのは、遠距離で初撃を取っても、次にくるレッサーナイトメアの初撃である稲妻突撃を防げなかった場合、逃げるしかありません。次にくる行動は恐らく咆哮、それで吹き飛ばされた人達に黒い棘が襲ってくるはずです。そうなれば……無事では済まないはずです」

「……ふむ、以前全滅したパーティーにそういうやられ方をしていたパーティーがいたな。あの時、彼らは全滅してしまった…………だから沼地のパーティーには一つ暗黙のルールが増えて、レッサーナイトメアが全滅の危機を判断した場合、他のパーティーが助けに入る事だ。これは冒険者ギルドでも了承してくれているくらいだ」

「沼地にそういうルールがあったんですね! とても素敵なルールだと思います!」

「うむ。それはそうと、貴重な情報をありがとう」

「いえいえ、俺達は角を人数分手に入れたら、ここを離れますから、折角の情報をワイルダさん達に公開していこうと思ってましたから」

「がはははっ! 戦い方を迷う事なく教えるとは……お前さんは本当に懐が広いな! だが、そんな優しさに甘えてるようじゃ、我々も誇りある冒険者とは言えない! だから、これ以上の施しは受けない! だから、ソラにはお願いがある」

「お願いですか? 何でしょう?」

「人数分手にしてたら離れると言ったが、離れる時、戦い方を冒険者ギルドに売って(・・・)欲しい」

「戦い方を冒険者ギルドに売る?? どういう事ですか?」

 全くの初耳だった。

「ソラ」

「ん?」

 カールが溜息を吐いて、俺の肩に手を上げた。

「あのな。冒険者ギルドで『狩場の情報』を買えるだろう? あれって何も冒険者ギルドだけが確立させたモノではないんだよ。『狩場の情報』は冒険者ギルドに売る(・・)事が出来るんだ。内容によって値段も変わるし、とんでもない内容の場合、『継続契約』となって、その情報が売れたら何割か入るようになったりするんだよ」

「ええええ!? あれって、情報を売って出来たモノだったの!?」

「はぁ、いくら冒険者ギルドが凄いとは言え、各狩場の情報を一々調べ続けられる訳がないだろう? それにな、とても言いにくいが……」

「ん?」

「…………例えば、ここにフィリアが来たとしよう」

「うん」

「レッサーナイトメアなんて攻略する必要すらないんだよ」

「へ?」

「フィリアなら、ものの数秒でレッサーナイトメアを倒せるだろうよ」

「…………」

「だからな。強い人は決して攻略なんてしないんだよ。冒険者ギルドの上位陣が攻略するのは、もっと難しい魔物とか狩場だけになるんだよ」

 カールが言っている言葉は、知っていたはずだけど、何処かで強者が正義のこの世界の事を否定したくて、目を逸らしていた。

 強者にとって、通常の狩場など目じゃない……確かに、攻略する必要すらないか……。

 その時、俺の頭に大きく分厚い手が載せられ、髪をわしゃわしゃにされた。

「がはははっ! だからこそだ! お前たちの戦い方を見て、俺らも希望が持てた! だからこそ、その情報全てを冒険者ギルドに売ってくれ! それをここにいる全員が買う(・・)だろう。それが我々冒険者同士の在り方なんだよ。パーティーはパーティー同士で借りを作らない。忘れないようにな? 後輩パーティー諸君!」

「「「「はい!」」」」

 俺はつくづく周りに恵まれているなと嬉しくなった。

 ワイルダさんの笑い声と髪をわしゃわしゃされて、心が少し軽くなった気分だ。

 セグリス町に帰ると、フィリアが出迎えてくれて「あれ? ソラ、何か良い事あったでしょう! 教えてよ~」と言われ、皆で打ち上げ兼食事をしながら今日あった事を話した。



「えへへ、ソラだからこそ出来た事だよ! やっぱりソラは凄い!」

 嬉しそうな彼女の笑顔に、俺も嬉しくなった。
 あれから一か月が経過した。

 三十日で一か月だから、レッサーナイトメアを十回倒した。

 ――――と言いたかったけど、他のパーティーも遠距離攻撃で初撃を取るようになり、レッサーナイトメアと戦えたのは半分に減った。

 それでも狙うパーティーの中では俺達が最も勝率が高かった。狩人十人のパーティーは反則級だね。

 そして、俺達のパーティーは最後(・・)のレッサーナイトメアを倒しに沼地にやってきた。

 そして、沼地の中央に全て(・・)のパーティーが集まっていた。全員武装解除のまま。

 暫く待つと、いつもの強烈な威圧感は放たれ、その場にレッサーナイトメアが現れた。



「行ってきます!」

 沼地に響く美しい声。

 レッサーナイトメアの前に対峙する――――フィリアだ。

「迅雷剣」

 フィリアが小さく呟いた後、目にも止まらぬ速さの剣戟がレッサーナイトメアを襲った。

「剛皇刃!」

 レッサーナイトメアが動く前にフィリアが更なる剣戟で吹き飛ばす。

「二連、牙蒼閃!」

 フィリアの双剣を覆っていた闘気から、大きな爆風が放たれ、レッサーナイトメアを包み込み、大きな音が響き渡った。

 あの攻撃…………喰らったらひとたまりもなさそうだ……。

 少し距離があるがフィリアは双剣を鞘に戻し、柄に両手を置いたまま、ぐっとこらえる。

 既にボロボロになったレッサーナイトメアが起き上がるが、戦える気力はなさそうだ。

 そして、

「剣聖奥義――――百花繚乱」

 消えたフィリアが、レッサーナイトメアの後方に現れる。

 後から無数の剣戟がレッサーナイトメアの周囲に見え始め、それが美しい花びらのように見えた。

 舞い上がった花びらが落ちていく。

 そして、レッサーナイトメアは鳴き声すら上げられず、その場で消え去った。



「カール…………」

「お、おう…………」

「俺達の努力ってさ…………」

「い、言うな……あれが特別過ぎるんだけだ……」

「そ、そうだな……そういう事にしないと…………」

 向こうからレッサーナイトメアの角を二つ持った笑顔のフィリアがやって来た。

「フィリア、お疲れ~」

「えへへ~、ただいま~」

 心なしか、一緒に見守っていた全てのパーティーの人達が一歩下がった。

 そりゃ……あんな圧倒的な戦いを目の当たりにしたら、そうもなるよね。

「レッサーナイトメアって、とても強いんだね! Cランクと聞いていたけど、まさか、三回目で終わらないと思わなかったよ~」

「あ、あはは……そ、そうなんだ? そういえば、フィリアって他のパーティーでCランク魔物と戦ったんだよね?」

「うん。レッサーナイトメアは、多分だけどBランクに限りなく近いCランクじゃないかな? あの体力の無さ(・・)じゃなかったら、Bランクだろうね~」

「そ、そっか……」

「これならソラがBランクを倒せるのもすぐね!」

「あ、あはは……が、頑張るよ」

「うん! 頑張ってね! 応援してるんだから!」

 帰り道、沢山の人から潤んだ目で肩に手を載せられ、「頑張れよ」と言われた。

 頑張ります…………。



 その後、相も変わらず、俺達は宴会を開いた。

 今度は俺達が貸切っての宴会だ。

 なんせ、今日が最後の沼地だからね。

 既に多くの貯金が貯まった俺達は、日頃の感謝も込めての事だった。

 沼地の主なパーティーが利用しているこの酒場『木漏れ日』で宴会が始まった。


「寂しくはなるが、打ち上げとかあれば、この酒場に来いよ! いつでも歓迎するぜ!」

「ありがとうございます! この酒場ってご飯もとても美味しいから、これから利用します!」

「おう! いいじゃねぇか! ここのマスターの飯は美味いからな!」

 ワイルダさんの「がはははっ!」と笑い声がとても心地よかった。

 その日は夜遅くまで、宴会が続いた。



 次の日。

 休息の日だけど、事前に終わらせておきたい事があったので、フィリアと一緒に冒険者ギルドにやってきた。

「ソラくん! いらっしゃい!」

 ミリシャさんが手を振って歓迎してくれる。

 手を振る度に右へ左へ揺れるのが凄い。

「ソ――ラ――」

「ち、違うから! そんなんじゃないから! ほら、早く行くよ!」

 恐ろしく冷たい視線を感じながら、急いでミリシャさんの所に逃げ込んだ。

「いらっしゃい」

「こんにちは、ミリシャさん。今日はお願いがあって来たんですけど」

「何でも任せて!」

 ミリシャさんが自分の右手で胸を叩く。

 だから……それは……揺れるんだよな……。

 必死に目線を外して、フィリアをけん制した。

「実は、俺達昨日で沼地を卒業しまして、沼地の『レッサーナイトメア』の『攻略情報』を提供しに来たんです」

「あ! ワイルダさんも話していたあれね? 分かったわ。ではこちらに付いてきて~」

 俺達はミリシャさんに連れられ、冒険者ギルドの二階にある部屋に案内された。

「では、担当の人が後から来るから、そこの紙に『攻略情報』を書いて待ってて~少し遅くなるかも知れないから、ゆっくりしててね」

「はい! ありがとうございます!」

 俺とフィリアはソファーに座り、俺は懸命に『レッサーナイトメアの攻略情報』を書き進めた。

 ある程度完成して、ノックの音がして、一人の男性が入って来た。

 ごつい体型が多い冒険者ギルドの中では、細身に見えるが、外でも分かるほど鍛えた身体が見える。

「君がソラくんだね?」



 綺麗な金髪から俺を覗く蒼い瞳がとても印象的な男性とは、それが初めての出逢いだった。
「は、はい。俺がソラです」

 男性は俺とフィリアの向かいに座った。

「私の名は、ガレインという。この冒険者ギルドのギルドマスターをしている」

「「ギルドマスター!?」」

 意外な答えに驚いてしまった。

 ギルドマスターはもっと年上の存在かと思っていた。それがまさか、こんなカッコいいお兄ちゃんのような方だった事に驚きだ。

「驚くのも無理はない。良く驚かれるからな。それで、まずは『攻略情報』の件だな?」

「は、はい。こちらになります。沼地での『レッサーナイトメア』の情報です」

 情報を書いた紙をガレインさんに渡した。

 内容をじーっと見るガレインさんは、時々「ほぉ……」と唸り声を上げた。

 暫く読んだ後、俺の目を真っすぐ見つめた。

「ここに書いてある内容が真実(・・)なら非常に有用な『攻略情報』となるだろう。『攻略情報』の売買に付いては詳しく知っているかい?」

「い、いいえ。そうしてくれた方がいいと、知り合いの方に言われて来たんです」

「そうか。では、『攻略情報』についてだが、まずこの情報が正しいかの確認を行う。それでこの情報の信憑性(しんぴょうせい)を確認し、それに見合う報酬を払う流れになっている。なので、結果が出るまでの暫くの期間は待って貰う事になるけどいいかい?」

「はい。大丈夫です。まだ目標があるので、この町を離れたりはしません」

「ふむ。では報酬に関してだが、二種類があり、まず我々が査定をし、それに見合った額を支払って、その情報の権利を買い取る『買い切り』が一つで、こちらは内容が下判定の場合に適用されるんだ。しかも、この場合、売らないという選択も出来ないんだ」

 ふむふむ……。

 『攻略情報』の内容次第で、冒険者ギルドから判定が下され、下判定になった場合は一回お金を受け取って終わりなんだね。値段も冒険者ギルド次第か。

「もう一つは、内容が上判定の場合、買い取れないほどの権利だと判断し、我々冒険者ギルドが君の代わり(・・・)にこの情報を販売して、その利益の一部を君に還元する事となるよ」

「俺の代わりに……?」

「そう。権利というのは、非常に厄介でね。中にはお金で買えないほどの権利もあるのさ。そういう情報は『特別情報』と呼ばれ、王国から永遠に守れる事となるのさ。もしも、ここに書かれている『攻略情報』が『特別情報』と判断された場合、我々冒険者ギルドが君からこの権利を借り、代わりに売って、その利益を君に還元する事になるのさ。その際の販売値段も君が好きに決める事も出来るが、安すぎる場合や、高すぎる場合はギルドマスターである僕から少し相談させて貰う事になるかもね」

 ガレインさんの丁寧な説明のおかげで、簡単に理解できた。

「ありがとうございます! では査定の程、よろしくお願いします」

「ああ、任せてくれたまえ。それはそうと――」

 ガレインさんは受け取った紙を懐にしまう。

 そして、

「実は君の事はミリシャくんからよく聞いていてね」

「え? ミリシャさんから?」

「ああ、どうやら…………クランを設立させたいと聞いているが……?」

「あ! はい。そうです」

「ふむ…………大変失礼だとは思うが、君の隣にいる彼女なら、今すぐ(・・・)にでも設立出来ると言ったら――――どうする?」

 ガレインさんの言葉が俺の胸に突き刺さる。

 フィリアが設立したクランなら…………と一瞬思ってしまうくらい、魅力的な提案に、何故か心が奪われそうになる。

 その時、フィリアが立ち上がった。

「わた――――」

 フィリアが何かを話そうとした瞬間、

 ガレインさんの殺気(・・)にも似たその威圧感が俺達に向けられた。

 そして、冷たい瞳がフィリアを睨む。



「僕はソラくんに聞いているよ? 君は――――彼の為を思うなら、少し見守る事を覚えるべきだね」



 凄まじい迫力に、フィリアですら言葉を続けられず、その場に座った。

「ガレインさん。とても魅力的な提案ですが、ごめんなさい。その提案は受けられません」

「…………その理由を聞いても?」

「はい。俺は決めたんです。自分の力を信じてくれた彼女や友人達の為に、自分の力で(・・)クランを作って、恩返しをしたい。こんな弱い俺を信じ、見守ってくれて、助けてくれたみんなの為にも、そして――――」

「……そして?」

「――――自分の為にも」

 隣のフィリアが途中、何かを言おうとしたけど、何も話さずに笑顔になった。

 一度目を瞑ったガレインさんは、一つ、大きく息を吸った。

 そして、目を開けた彼は、最初の優しい瞳に戻っていた。

「これは脅かして済まなかった。実はソラくんを試してみたくてね」

「え? 俺を試す??」

「ああ、ミリシャくんが君の事をあまりにも勧めるものだからね。あの子があそこまで応援する人は初めてで、どんな凄い子なんだろうと思ったのさ。そうか…………君がこの情報を考え付いた原動力はそこにあるのだね」

 先程、懐にしまった俺の攻略情報が書かれた紙を取り出し眺めていた。

「うん。君ならきっと大丈夫だろう。だが、()ない者の話など、世間はそう簡単に聞いてはくれないのさ。ではソラくん。君に『クラン設立の条件』を言い渡そう!」

「えっ!? え? へ?」

「君にはセグリス町から西に進んだ場所にある『亡者の墓』というダンジョンに向かって貰うよ。そして、その三層にいるBランク魔物『フォースレイス』を倒して、『フォースクロース』を持って来て貰う。アドバイスは基本的に禁止にされているが、君にはあまり意味がないと思うし、まだ若い君に一つだけ言葉を送ろう。――――事前調べはしっかりね」

 ガレインさんの突如とした言葉に、あっけに取られていると、フィリアが「やったね!」と喜んでくれて、それで漸く現状を理解できた。



 …………絶対達成してやる!
 ソラが冒険者ギルドにいた頃。

 カールはとある鍛冶場に向かった。

「ここがセグリス町一番の鍛冶屋……」

 目の前にある『玄龍の鍛冶屋』という看板に暫く目を奪われた。

 鍛冶屋の前で何やら意を決したカールは、扉を開いた。



「いらっしゃい」

 カウンターから低い声が聞こえる。そこにいたのは、はち切れんばかりの筋肉の中年男性が立っていた。

 男性の鋭い目がカールを睨む。

「は、初めまして」

「…………うちは子供の遊び場じゃないぞ」

 既に敵意を剥きだしている男性に、カールは一瞬怯んでしまったが、呼吸を整えカウンターの前にたった。

「遊びに来た訳ではありません。この角を加工して欲しいんです」

 カールは透明な角――――レッサーナイトメアの角をテーブルの上に置いた。

「ほぉ……」

 一目で角の正体を見抜いた男が唸る。

「この角を使って、同じ形の『ネックレス』を二つ作ってください。大きさは最小限(・・・)でいいです。角の残りの部分で支払うでどうですか?」

「…………なるほど、この角の価値を知っているようだな? 誰からだ?」

「はい。ワイルダさんに相談させて貰いました」

「……やつか。……………………この角はお前が取ったのか?」

「俺ではなくて、俺達です」

「…………くっくっ、気に入った。ネックレスの金属に注文は?」

「片方は女性に贈るものなので、細い方が――――」

「分かった。あとは任せておけ」

「っ! ありがとうございます! よろしくお願いします!」

「そうだな。一週間後に取りにこい」

「はい! 楽しみにしてます!」

「ふっ」

 満面の笑顔のカールは、鍛冶屋を後にした。



「なるほど……最近急速に成長したパーティーのやつか……ワイルダめ。とんでもない客を紹介してくれたな」

 男は『暫く閉店』という看板を扉に掛け、扉の鍵を閉めた。

 テーブルの上に置いてある透明な角を大事そうに抱え、裏の工房に入って行った。



 ◇



 その頃。

 孤児院では。

「「「「はぁ……」」」」

 孤児院の会議室では、ソラのパーティーのメンバー達が溜息を吐いていた。

 アムダとイロラ、盾役のベリンの他に孤児院の八人がテーブルを囲っていた。

 テーブルの上には各自の()のレッサーナイトメアの角が上がっている。

「ね、ねぇ、アムダちゃん」

 メンバーの一人が不安な顔でアムダを呼ぶ。

「う~ん……みんなの言いたい事は分かるけど、ソラくんは次の戦いはもっと危険だから、寄付とかしないで自分の為に使って欲しいって言ってたよ?」

「そうだけど…………こんな高い物を貰っても…………」

 彼女達の前に並んでいるレッサーナイトメアの角は、一つでも高価な物である。

 八人パーティーが一体を倒して角二つを手にいれた場合、大金を使うような事をせず、小さな贅沢をするくらいの生活が一か月続けられる。

 それほどの額の品を、孤児院の者が手に入れられる機会があるはずもなく……。

 そんな高価な物をどうしていいか悩んでいるパーティーメンバーであった。


 テーブルの上に置いてあるレッサーナイトメアの角を全部売れば、孤児院があと数年は楽に生きられる程。

 しかし、パーティーのリーダーであるソラからは、この角は全員が命を懸けて手に入れた物だからこそ、孤児院ではなく、自分の為に使って欲しいと頼まれていたのだ。

 彼の頼みを無下にする事も出来ず、それが返って全員の頭を悩ませている理由だった。

「みんな」

 静かに口を開くイロラ。

 全員がイロラに注目する。

「使うの、難しいよね」

 全員が頷いた。

「じゃあ、みんなの分は、集めて、店、やったら、いいと思う」

 イロラの言葉に全員が驚く。

 『店』。

 誰も考えた事がなかった言葉だ。

「これから、ソラくんがクランを作る。そうしたら、土地を買って貰えるから」

「「「「それだ!!」」」」

 メンバーの目が輝き始めた。

 各自どういう店をしたいのか、全員がこれからも一緒にこの町で店を開いてやっていきたいかなど、話し合う声で会議室中が満ちた。

 その姿を見たアムダとイロラは、優しい笑みを浮かべ、彼らを優しく見守った。



 ◇



 次の日。

 ソラのパーティーメンバーが孤児院の会議室に集まった。

「みなさん。今日は大事な話があります。実は――――クラン設立の条件を言い渡されました」

「「「「おおお!」」」」

 メンバーから大きな歓声が上がった。

「それでですが……その条件は、今の俺達にはあまりにも重い条件です。それを達成するには――――これから全員が命を懸ける必要があります。レッサーナイトメア以上に…………ですから、最後の確認を取らせてください。この段階でパーティーを抜けたい方はいますか? 決して責めたりはしません」

 ソラの言葉に、メンバーの顔が引き締まる。

 そんな中、ベリンが立ち上がった。

「ソラくん。俺から一ついいかな?」

「どうぞ」

「ここにいるみんなを代表して交渉させて貰う。この中でソラくんのパーティーから抜けたいと思っている者はいない」

 メンバーの決意した瞳がソラを見つめる。

 ソラも彼らの想いを受け取れた気がした。

「ただ、命を懸けるのはまた違う。俺達は正直…………命が惜しい」

「はい。俺も自分の、皆さんの、命が大切です」

「ああ。ここまで来れたのも全てソラくんのおかげなのを俺達は知っている。だからこそ、この先も君に命を懸ける事も出来る。だが、折角の命を懸けるなら……俺達にもそれなりの報酬が欲しい」

「報酬ですか?」

「そうだ」

 そして、ベリンは袋に入っていたレッサーナイトメアの角を十一個を前に出す。

「この角全部と、俺達の命を懸ける。だから――――」

 ベリンの言葉に息を呑むソラ。










「クランを設立した際には、俺達にソラくんが土地を購入し、そこに建物を建てさせて欲しい。俺達がこの先もこの町で生きていけるお店を」

 メンバーの願いに、ソラは迷う事なく承諾する。

 ソラは自分を信じてくれる彼らの為にも、頑張ろうと決意した。
「みなさん……ありがとうございます! 絶対に約束します!」

 ベリンさんと握手を交わす。

 必ず先輩達との約束を守ろう!

「ふふっ、良かったね! ソラ」

「ああ、それではみなさん。改めてよろしくお願いします。ではこれからクラン設立の条件について話します」

 皆さんが俺に注目する。

「条件というのは、ここから西に向かった所にある『亡者の墓』というダンジョンから、Bランク魔物『フォースレイス』から『フォースクロース』を手に入れる事です。三層にいるという事しか、今は情報がありませんので、これから集めますが、レッサーナイトメアよりも遥かに強いかも知れません。なのでこれからそれについての相談です」

 一度飲み物を口にして、呼吸を整えた。

「今日からのやり方としては、まず俺のレベルを一つもしくは二つ上げようと思います。そうする事によって自分も皆さんも強く出来るかも知れません。しかし、それと調べものを両立するのは難しいので、これからチームを分けようと思います。
 俺とフィリアはこれから『亡者の墓』を見て回ろうと思います。フィリアが協力しないという条件はあくまで『フォースレイス』戦ですから、それまでは一緒に墓を攻略して貰います。
 その他の皆さんには、セグリス平原を中心にボアを狩って貰いたいのですが――――これからは、数を決めて狩るのではなく、時間を決め、その時間内で出来るだけ多く狩って貰いたいんです。ここからは経験値が勝負にもなるので、皆さんの頑張りもとても大切です。報酬については必要経費もこれから増えると思いますので、出来るだけ貯める方向で行きましょう」

「「「「おー!」」」」

「ではこれからも三日サイクルで二日全力狩り、一日休みとしますね!」

「「「「おー!」」」」

 その日から、早速パーティーを分けての狩りとなった。

 それとアムダ姉さんとイロラ姉さんは職能『戦士』になって貰った。

 既に狩人が多いし、戦い方も十分過ぎるほど経験を積んだので、力ステータスが一番高い戦士にしてボアを運び易くした。

 折角狩ったボアを放置しても勿体ないからね。

 その日からセグリス平原から大量のボアを運ぶアムダ姉さんとイロラ姉さんの姿に、周りから驚かれていた。



 ◇



「ソラ、どうしたの?」

 俺とフィリアはセグリス町の西側に向かう馬車に乗った。

 馬車はそのまま隣町まで向かうのだが、途中にある『亡者の墓』の前でも止まるらしい。

 たまに冒険者が使うから、需要があるそうだ。

 おかげで、俺もフィリアも楽に向かっている。

「ん……まさかレベルが上がらないと思わなかったからさ……」

「ああ、みんなの経験値貰ったもんね」

 ダンジョンの攻略の為、今回はフィリアだけはレベルを蓄積させる事にし、メンバーからは経験値を貰う事にした。

 レッサーナイトメアを倒すために貯めた経験値でも、俺のレベルは5に上がる事はなかった。

 正直期待していただけに、悲しかった……。

「でもそろそろ上がりそうなんでしょう?」

「ん~何となく? あとはカールと先輩達次第だけど、皆さん無理だけはして欲しくないな……」

「ふふっ、大丈夫だよ。今までソラの指示をしっかり聞いてるから、絶対無理はしないと思う」

「そうだといいんだけどね。フィリアにもこれから頑張って貰わないといけないけど、頑張り過ぎないでね?」

「うん! 頑張るけど、頑張り過ぎないように頑張ります!」

 それって結局頑張り過ぎてる気がするけど、まあいいか。これからは隣だし、何かあったらその時は俺がちゃんと止めに入ろう。

 俺達は馬車に暫く揺られ、初めてのダンジョン『亡者の墓』に辿り着いた。



 ◇



「おお~ここが『ダンジョン』という場所か!」

「私も初めて来るよ! 何だかワクワクするね!」

「ああ、どんな魔物が出るのか楽しみだ。亡者というだけあるから、そういう系統の魔物が出るのかな? とにかく入ってみようか」

「うん!」

 俺とフィリアは、初めてのダンジョン『亡者の墓』を前にした。

 外から見た感じは、遺跡の入口のようで、外からの見た目以上に中はとんでもなく広いらしい。

 それも世界の神秘の一つらしいけど、一説によると、世界に漂っていると言われている自然の魔力で形成されているらしい。

 全てフィリアが他のパーティーで聞いた話だ。



 『亡者の墓』の入口の前には看板があって、「このダンジョンは一層D、二層C、三層BBとなっております」と書いてある。魔物の強さだろう。

 三層に書いてあるBBは、Bランクでも上位が出るという表記だ。もしここにレッサーナイトメアが出る階層があるなら、CCと書かれているだろう。

 つまり…………俺が狙う『フォースレイス』は、Bランクでも強い部類に入る魔物という事になるのだ。

 そうでなければ、『クラン』の許可なんて出るはずがない。

 クランを立てる事は、それほどに難しい事という事だろう。
 俺とフィリアは恐る恐る『亡者の墓』に入って行った。

 初めてのダンジョンというのも相まって、緊張しながら入る。


 遺跡の門から暫く真っすぐ続く道を歩くと、道の先に明るい緑色の光が見え始めた。

 やがて道が終わり、目の前に広がるのは、大きく広がっている墓地だった。

 至る所に緑色の光る玉のような物が浮遊しており、おかげで遠くも眺められる。

 しかし、所々に大きな墓があり、その裏は死角になっていて視界を邪魔している。


「ふむ……墓が大きくて墓を背負って戦うのは不利だね」

「そうなの? 寧ろ壁になってるから良いと思ったんだけど」

「うん。意外かも知れないけど、あの死角がいざという時に邪魔になると思う」

「いざという時?」

「ああ、あの墓を背負って戦うという事は、逃げ道を断ち切るって事だから危ないんだよ。敵が正面から来るだけならいいんだろうけど…………あの墓の両脇から敵が現れた時、逆に不利になりやすいんだよ」

「へぇー! うん。ちゃんと覚えておくね」

「ああ。一番良いのは、わざとあの十字路で戦った方がいい」

「十字路ね! 周りのパーティーを見ると殆どが墓を背負っていて、十字路を避けているように見えるね」

「最初から四方を注意しなくちゃいけないからね。でもうちの場合はそもそもの前提から違うんだよ」

「前提から違う?」

「ああ。うちのパーティーは、戦いの分担が出来るから、四方を警戒出来るし、危険が迫った場合でも直ぐに逃げる判断をくだせるんだよ…………あ、あのパーティー。危ないかも」

 フィリアに亡者の墓の一層の雰囲気から思った事を話していた時、向こうの墓を背負って戦っている四人組のパーティーが、俺が思っていた墓の脇からの敵の出現に遭いそうだった。

 何となく、そう思った。だけなんだけど、暫く眺めていると、その何となくは、現実となった。

 彼らのパーティーは、小さなゴブリンのような魔物と、動く骨と戦っていた。

 その時、墓の脇から骨が数十匹がなだれ込んだ。

「フィリア! 右側をお願い!」

「はい!」

 現れた骨軍団に絶望的な表情を見せるパーティー。

 そこにフィリアが目にも止まらぬ速さで骨の軍団を切り刻んだ。

 その間、おれは反対側の骨の軍団に矢を放つ。

 思っていた通り、骨の頭を打ち抜いたら一撃で倒されていた。

 というか……寧ろ、この骨達は頭を破壊しないと倒せないかも知れない。

「フィリア!! 骨は頭を壊して!!」

「分かった!!」

 倒された骨が再度起き上がった瞬間、フィリアの高速剣戟が起き上がった全ての骨の頭を真っ二つにした。



「はあはあ…………あんたたち……助けてくれて、ありがとうよ」

 リーダーと思われる男性が前に出た。

 他の三人は、激しい戦いと予想していなかった強襲に一度は絶望したのもあって、その場に座り込んでいる。

「いえいえ、助けられて良かったです」

「本当に助かった……あのままでは全滅だったよ……はぁ、まさか脇から攻められるとは思いもしなかったのさ」

「ええ、実は皆さんが戦い始めた頃、墓の裏側(・・)で骨が溢れていると思ったんですよ。もしかして、ここの魔物はああいうタイプなのかも知れませんね」

「……ん~難しい事を言うんだな? 俺は良く分からないや。あ、これを受け取ってくれ」

 男は俺に小さな袋を渡してくれた。

「これは……?」

「助けてくれた礼だよ」

「え? いいえ! 要りま――――」

「ソラ」

 袋を返そうとしたら、フィリアが止めに入った。

「えっとね? もし狩場で全滅の危機にあった時、助けて貰ったら必ず礼をするのが、冒険者のルールなの」

「えっ? そうなの?」

「うん。そのパーティーによって、自分達の命を換算して渡すルールになってるの。もしそれが少なかったり、誠意がない場合、噂になり二度と助けて貰えなくなるの。だから、ちゃんと貰おう?」

 少し驚いてリーダーを見ると、笑顔で頷いてくれた。

「まさか、新人(・・)に助けられるとはな。それにしても君達はその若さでとても強いんだね。もし今度危ない所を見たら、また助けてくれよ?」

「あはは……危険にならないでくださいよ!」

「がーはははっ、そりゃそうだな! おら! 一旦町に戻るぞ!!」

 彼らのパーティーメンバーは起き上がり、疲れた表情で一層を後にした。



「ん~、フィリア、今度冒険者のルール教えて~」

「うん! それはそうと、骨の頭を壊すのってどうして気付いたの?」

「あのパーティーが戦ってて、手間が増えているなと思ってさ。何回か倒して倒れるのか、頭を壊して倒せるのか自信がなかったから、弓で頭を狙ってみたら一撃だったから気付いたんだよ」

「へぇー! 私は何回か倒す方だとばかり思ってたよ!」

「ふふっ、うちのフィリアさんもまだまだだな!」

「っ!? うん! 私もまだまだだよ!」

 何故か嬉しそうに笑う彼女の頭を優しく撫でる。

 ダンジョンの一層の暗い雰囲気でも光り輝く彼女の美しい金髪が、俺が撫でる度に美しく揺れる。

「そういえば、あのゴブリンみたいなやつの方が厄介そうだったね?」

「う~ん、確かにね。すばしっこい感じだったけど、私はあまり気にならなかったかな~?」

「そりゃ…………」

 噂をすればなんたらと、丁度ゴブリンみたいなのが数匹現れた。

 瞬時に目の色を変えたフィリアが、そのままゴブリンみたいな魔物を一瞬で通り過ぎる。

 そして、何もさせて貰えず、バタバタと倒れていった。

「ほらね?」

 …………そりゃ気にならないわな。
 あれから数日は亡者の墓の一層を回った。

 ここで出る魔物はDランク魔物の『インプ』と『スケルトン』の二種類。

 インプはゴブリンより一回り小さい魔物ですばしっこいのが特徴で、ゴブリン同様連携して攻撃してくるから厄介だ。

 スケルトンはまんま骨。動く骨だ。厄介なのは、頭を壊さないと倒れない事。強さは大した事はなく、魔法使いでも力負けはしなさそう。

 一層の道は非常に綺麗に並んでいる。丁度四角の形で道が伸びていて、十字路が非常に多い。

 その先に大きな墓がある場合があって、そこで戦うパーティーが多い感じだ。



 一層の最奥に、下に降りる階段を見つける事が出来た。

 階段の前には、ちゃんと看板があって「二層はCランク」と書いてある。

 Cランク…………レッサーナイトメアと同レベルの魔物が出るのか……。

 フィリアによれば、Cランクから強いパーティーと認知されるみたい。

 レッサーナイトメアがCCランクとは言え、Cランクに分類されるからね。

 二層からはレッサーナイトメア程ではないが、それと同じ分類されるランクの魔物が大量に出てくる事を考えたらレッサーナイトメア戦の比ではないと思える。

「さて…………これから二層だけど、フィリア? 危険だと思ったら直ぐに引く事。俺の指示に従って貰う事。いいね?」

「はい!」

 右手を上げて返事するフィリアが可愛らしい。

 そして、俺達は二層に降りていった。



 ◇



「ん~意外~! 二層も同じだ~!」

「だね。ただ道が広いのと、道の所々に水溜まりがあるね?」

「えっ! 本当だ! ソラ、凄い!」

 階段を下りて直ぐの所は広場になっている。

 何人かのパーティーが広場で陣取っている。

「ん……? この広場に集まっているけど、どんな意味があるんだろう?」

「あ~噂に聞いていた『安全地域』かも知れないよ!」

「『安全地域』?」

「うん。ダンジョンには魔物が入れない地域があるらしいの。でもデメリットもあって、安全地域に入った状態で魔物を倒した場合は、魔物は何も残らなくなるって聞いた事あるよ」

 そんな地域があるんだ……。

 確かに、広場にいるパーティー全員が寛いでいる。

 食事を取っているパーティーもいれば、のんびり会話を楽しむパーティー、興味有り気に俺達を見つめるパーティーもいた。

 それくらい、この広場にいる皆はのんびりしていた。



「へぇー、二人パーティーとは、随分ラブラブなカップルだね? 二人だけでここの二層はやめておいた方がいいわよ? ふふっ」



 ジロジロ見ていたパーティーの女性一人が、俺達に声を掛けて来た。

「ありがとうございます。少しだけ様子を見に来た感じですので」

「ふ~ん。まぁ、危なくなったらお姉ちゃんが助けてあげるわ!」

「ありがとうございます。その時は、助けてくださると嬉しいです」

「…………ふん!」

 ええええ!?

 どうして!?

「ソラ……」

「ん?」

「あれ、ものすごい嫌みを言われたんだよ? 早く出ていけ的な」

「あ…………なるほど…………人付き合いって難しいんだな」

「ふふっ、でもソラはそんな感じのままがいいな~だから、気にしないで私達がやるべき事をやろう?」

「そうだな。取り敢えず、ここから魔物を研究したいな」

「分かった。一応入口の前に魔物がいたら、私が戦うね」

「その時は頼むわ」

 暫く待っていても、戦っているパーティーが視界に入らず、どうしようかなと悩んでいたら、入口付近に赤い色のスケルトンが現れた。

「上のスケルトンよりは遥かに強そうだね。フィリア、気を付けてね」

「うん!」

「確認の為に、最初は頭ね」

「うん!」

 安全地域になっている広場から、フィリアが一歩外に出る。

 目の前にいた赤い骨は、瞬時にフィリアの存在を補足したようで、目もない顔をフィリアに向ける。


「ふん、レッドスケルトンに一人で挑むなんて、彼女直ぐに死――――」


 後ろから先程の女性の声が聞こえ――――始めた時に、フィリアがその場で消えた。

 今までの速度は遊びでした。と言わんばかりの速さだった。
 
 寧ろ消えたようにしか見えなかった。

「ソラ~、頭一撃だったよ~」

 レッドスケルトンの頭が二つに割れて、身体が崩れ落ち、その後ろから笑顔で手を振るフィリア。

 それを見る後ろの女の人は、信じられないモノを見るかのような顔だった。



「な、な、な、なっ! レッドスケルトンを一撃!?」



 意外にも周りの人達も驚いていた。

 レッドスケルトンを一撃ってそんなに凄い事なのだろうか?

 いつもの光景だから、あまり凄さが分からない。

 フィリアが戻って来た頃、またもや入口にレッドスケルトンが現れた。

「フィリア、今度は僕が戦ってみるよ」

「えっ!? う、うん。でも気を付けてね?」

「ああ、危なくなったらよろしくね」

「任せといて!」

 フィリアは剣を抜いて、いつでも全力ダッシュが出来る体勢になった。

 そこまでしなくても……。

 俺は『狩人』から既にレベル4になっている『剣士』に変更した。


 安全地域から一歩外に出た。

 レッドスケルトンが俺を見る。

 ずしっと重い殺気が俺を襲った。

 安全地域からは感じなかったけど、対峙するとその恐怖さがよくわかる。


 レッドスケルトンが俺を目掛けて飛んできた。

 どれ程の強さなのかを調べる為にも、攻撃を一度剣で跳ね返してみた。

 カーン

 レッドスケルトンの腕は思っていた以上に固く、すぐにキックが飛んできた。

 避けられない程ではなかったので、キックを避けるも、直ぐに腕による攻撃が止む事なく続いた。

 懸命に防いではいるが、このままではいずれやられそうだ。


 シューッ


 そよ風が吹いて、レッドスケルトンの頭部が二つになり、崩れ落ちた。

「はあはあ……ありがとう。フィリア」

「えへへ、お疲れ様~」

 フィリアから渡されたタオルで、いつの間にか溢れる汗を拭いた。

 こんな強い魔物を一瞬で倒すフィリアの異常な強さに驚くのも、無理はないなと思った。
「君はめちゃめちゃ弱いじゃんよ!!」

 安全地域に戻ったら、絡んで来た女の人から、またもや絡まれた。

「はい。俺は弱いですよ?」

「彼女に助けられて、男として恥ずかしくない訳!?」

 なんか、妙に絡んでくる。

「ソラは弱くないです!」

「あはは……いいよ、フィリア。弱いのは事実だし。えっと、お名前をお聞きしても?」

「ふん! 私はこの『赤き紅蓮』パーティーの炎の魔法使い、メリッサよ! 覚えておきなさい!」

「メリッサさんですね。はい。ちゃんと覚えておきます。それとですね」

「ふん、なによ?」



「確かに俺は弱いです。ですが、俺には俺なりの強さがあります。いずれ……お見せしますよ」



「っ!? …………いいわ。その時を楽しみにしてるわ」

 珍しく俺達に突っかかって来るメリッサさんは、「ふん!」と言い、パーティーの元に戻っていった。

 俺と同じ赤い髪と赤い瞳の彼女は、俺とは真逆の強気な性格のようだ。

「フィリアが怒る事はないだろう」

「むぅ……ソラの強さを知りもしないで……」

「あはは、それをいずれ証明するんだから、今はいいよ。それに彼女達は敵じゃない。同じダンジョンで戦う良きライバルだから、あんまり威嚇しないでね?」

「うん…………」

 休憩しながら、他のパーティーの戦いを見る為、残ろうとした時、違うパーティーの男性が一人、近づいてきた。


「中々良い事言うじゃねぇか。同じダンジョンで戦う良きライバルか」

「はい。だって、ここで争う理由はないですから」

「ふぅん~、争う理由ならあるさ」

「え? あるんですか?」

「ああ、狩りは効率が大切だ。だから狩りの途中で鉢合わせもよく起きる事だよ。そうなれば、獲物の奪い合いが始まるのさ。だから俺達は敵同士なんだよ」

「でもお互いに危なくなったら助け合うでしょう? 助けてくれたお礼はするんですけど、そもそも助けてくれなかったら、生きられないですからね。それは敵というよりは、良きライバルですよ」

「がーはははっ! 気に入った! 最近出会った若いのでは、一番まともだな! 俺はパスケル。『蒼い彗星』というパーティーのリーダーをしている。よろしく」

「俺はソラです。パーティーは組んでいますが、名はまだないです。よろしくお願いします」

 握手を交わした青い髪と爽やかな笑顔が素敵なパスケルさんは、気に入ったらしく、二層について教えてくれた。


 二層では三種類の魔物が出て、一番強いのはレッドスケルトン。単純に動きが速いのに、攻撃が重いらしい。

 二番目に強いのはレイス。今回の目標である『フォースレイス』の劣化版だそうだ。浮遊している為、足を砕いて動けなくさせるなどの事が出来ない分、戦いでは厄介らしい。攻撃も魔法を使ってくるので、気を付けてないと、炎の魔法が急に飛んでくる事もしばしばあるそうだ。

 三番目は水の精という魔物らしくて、水の玉のような魔物が浮遊しているらしい。攻撃した場合のみ反撃してくるけど、基本的には水魔法を撃って来るそう。剣などでは斬れず、魔法じゃないと倒せないそうなので、魔法がないパーティーは基本的に無視するといいそうだ。ちょいちょい水溜まりがあるのが、水の精がいる場所だそうだ。


「パスケルさん。ありがとうございます!」

「いやいや、君のような若者には頑張って欲しいからね。ぜひこれからも頑張ってくれよ!」

「はい!」

 パスケルさんはメンバーを連れ、安全地域を後にした。

 その後、メリッサさんが「ふん!」とわざわざ目の前で言い放ち、安全地域を後にした。

 両方の戦い方を眺める。

 今まで見て来たパーティーと戦い方は大して変わらない。

 前衛が削りつつ、後衛の魔法使いがトドメを刺す。

 連携の仕方はそれぞれ違うけど、最終的にトドメ役がトドメを刺すのは一緒だ。

 暫く見て、レッドスケルトンとレイスとの戦い方を眺める。

 一層やセグリス平原、沼地とは違い、魔物が基本的に一体ずつ飛んでいる事に気が付いた。

 多くて二体だった。

 それと魔法使いに余裕がある場合には、雷魔法で水の精を一撃で沈めていた。

 一時間ほど、戦い方を眺めて俺達はセグリス町へ戻って行った。



 ◇



「メリッサ、何をそんなにイライラしてる?」

「んも! あんなカップルでダンジョンに潜って、ダンジョンを舐めているやつを見るとイライラするのよ!」

「はぁ……そんな……人によりけりだろうよ」

「ふん! なーにがソラは弱くないですーだ! ムカつく!!」

 腹いせに雷魔法を水の精に放つメリッサ。

 パチパチと雷の残滓(ざんさい)残ってる場所に、水の精のコアが落ちる。

「おい! メリッサ! 珍しくコアが落ちたぞ! やるな!」

「…………はぁ、イライラしてたのに、こんな時に限って、こんなの落ちるもんな」

「いいじゃねぇか、今日は美味いもん食おうぜ!」

「「「「おー!」」」」

 メリッサのパーティーメンバー五人が水の精のコアを見て喜びの声を上げた。

 当人のメリッサは、小さく溜息を吐いて彼らの後を追った。



「…………ラミィ……」

 メリッサは悲しそうな表情で小さく呟いた。