またビッグボアを狩って一週間が過ぎた。
そして、休日の日。
俺はカールといつもの川沿いにやってきた。
「どうした? 親友」
既に何かを察したカールが声を掛けて来た。
「え、え、えっと」
「俺の前で緊張してどうするんだよ!」
「だ、だってよ!!」
「だっても何も、本人にちゃんと言えるのか?」
こいつ! なんで何も言ってないのに、相談したい内容を知っているんだ!?
「間抜けな表情だな。お前と俺がどれくらいの仲だと思うんだよ。そんくらい分かるわ」
「くぅ…………」
「それにしても、既に付き合ってるのかと思ってたぞ」
「あ、あ、う、う」
「だから、俺の前で緊張してどうすんの」
めちゃめちゃ恥ずかしい……。
だってフィリアに好きだと言ったけど……言った…………のか? あれは。
声に出せてたかまでは分からないけど、クソリオにボコボコにされたあの日。
フィリアにちゃんと「好きだから、助けに来たよ」って言いたかったけど……ボコボコにされて格好悪かったし…………上手く喋れてない気がする。
だから、前回の休日の日、付き合ってるのか合ってないのかずっとモヤモヤしたままだよ。
「いいんじゃねぇの? どうせフィリアもお前にぞっこんだしな」
「そ、そうかな?」
「何をいまさら」
「…………なんかさ、最近のフィリアを見てるとさ……」
「眩しくて段々遠くの人になっている気がする」
「勝手に心を読むな!」
「がはは! 惚気話されてるんだ。少しくらいからかわれろって」
「くっ……」
カールめ……いつの間に読心術を……。
「フィリアの昔話。一応、言うの禁止されてるけど、言うわ」
「え? 昔話? 禁止されてる?」
「ああ、フィリアってさ。孤児院にいる時、全然笑わないんだよ」
「あ、それ以前にも言ってたよね」
「あいつが心から笑うのって、ソラ、お前の前だけなんだよ。嘘じゃない。アム姉にも聞いてみるといいよ。一応言うなってフィリアに禁止されてるけど……まぁそろそろいいだろう」
「……どうしてフィリアは笑わないんだ?」
「俺達はさ、親に捨てられてあそこにいるんだよ。仕方ない事情があって孤児になった連中も大勢いる。でもフィリアは違う。確実に捨てられたのが分かってるんだよ。名前も母親と思われる人から付けられたらしい」
「へぇー、それは初耳だわ」
実はフィリアはあまり自分の事は語らない。
聞こうとすると、先回りされて、いつもはぐらかされるのだ。
「あいつは物心付く前から既に俺達に壁を作ってたのさ。それは俺達だけでなく、他人に対して大きな壁を作ったのさ。もちろん、今は感じないけどな。幼い頃のフィリアはずっとしかめっ面だったからな~」
「あ~、それは覚えてるわ」
何となく、初めて会った雨の日の事、しかめっ面をしたフィリアが雨に濡れていて、髪も短くボサボサだったから男の子と間違えて家に連れて来て、濡れた身体を拭いてあげたっけ。
物凄く反対されるのを風邪引くからと無理矢理拭いてたら、女の子って知ってしまって、その場で土下座して謝ったっけ。
それが面白かったらしくて、無邪気に笑うフィリアを今でも覚えている。
それからちょくちょく会うようになったフィリアはいつもしかめっ面だったのを覚えている。でもいつの間にか満面の笑みを浮かべるようになっていたんだ。
「それくらい、ソラの存在がフィリアにとっては大きいんだよ。幼馴染として、出来ればフィリアには幸せになって欲しい。それを叶えられるのは、ソラ、お前しかいないんだよ。だから、周りの目なんて気にすんな。お前自身とフィリアだけ見ろよ。それで答えが出ないんなら……仕方ないけどさ」
「カール…………ありがとう。決心出来たよ」
「そっか、でも俺の前であまりイチャイチャすんなよ」
「だからまだ付き合ってもないってば!」
「お前らはそういうの必要ないだろう」
「そ、そんな事……ないと…………思うけどな」
「まあ、そんな事より、早く行ってやれよ。ずっと待ってるぞ?」
「え!? 約束時間は夕方なんだけど!?」
「あいつはお前と約束がある日は朝からずっと待機してるんだよ」
「まじかよ………………行ってくるわ」
「おう、振られたら慰めてやるわ」
「縁起でもない事言うなよ!」
「がははは、まあ頑張れよ~」
カールが歩きながら後ろに手を振る。
俺は本当に素晴らしい親友がいるんだと思う。
そして、俺も待っている彼女の元に歩き出した。
◇
迎えに行ったフィリアは、嬉しそうに笑ったけど、一言も言葉を発しなかった。
そのまま、俺達は町のハズレにある大きな木の下にやってきた。
ここはフィリアが好きな場所で、暇な時は大体ここに来ればフィリアと会えていた。
「あ、あのさ!」
フィリアは何も答えず、小さく微笑んで俺を見つめていた。
「その…………」
何も言えないまま、少しの間が流れる。
言おうと決心したはずなのに、いざ目の前にすると、心臓が張り裂けそうだ。
それでもずっと待ってくれる彼女は、ずっと笑顔だった。
一つの曇りもない笑顔。
何一つ疑う事なく、俺の口が開くまで待っていてくれた。
「フィリア、俺は大した人間じゃないけど……フィリアの事。世界で一番……………………好きな自信がある、だから、その…………フィリアさえ良ければ…………俺と付き合って欲しい。フィリアの事。大――――」
俺の胸に飛び込んで来たフィリアの目には小さな涙が潤んでいた。
「私も大好き、ずっと待ってたんだから…………」
そして、俺達は不慣れな格好に戸惑いながら唇を重ねた。
この日、俺とフィリアは付き合い始めた。
「こんにちは」
俺とフィリアは冒険者ギルドにやってきた。
そもそも付き合うって何をしていいかも分からないし、無理に何かをするくらいなら、これからの未来の為に動いた方が良いという話になった。
だから、冒険者ギルドに『クラン』について詳しく聞く為、やって来た。
肩にかかるくらいのストレートの青い髪と、爽やかな笑顔が綺麗な受付嬢のミリシャさんが出迎えてくれた。
「こんにちは、ソラくんとフィリアちゃん。二人だけで来るなんて珍しいわね?」
「はい、今日はちょっと聞きたい事があって来たんですけど」
「うん? いつもボアの肉を差し入れてくれるソラくんの為なら、お姉ちゃん何でも教えてあげるから何でも聞いて!」
ミリシャさんが胸を叩いて、どーんと来い! と話した。
豊満な胸が揺れるのが見える。
「ふぅ~ん、ソラは大きい人が好きなのね」
「えっ? ち、違うよ!」
「…………」
「す、すいませんでした……」
「よろしい」
既にフィリアには頭が上がらない状態である……。
「ふふっ、二人とも、相変わらずの仲だね~、お姉ちゃんにも素敵な人が現れないかしら」
「え! ミリシャさんなら直ぐに素敵な人が現れますよ!」
「あら、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
「お世辞じゃないです! きっと近々現れますよ!」
「ふふっ、楽しみにしてるね! それで、聞きたい事は何かしら?」
未だフィリアがジト目で見つめているけど、何とか知らんぷりで話しを進める。
「実はですね。クランについて詳しく知りたくて」
「へぇー! ソラくん、クランに興味があるのね?」
「まだ決めた訳ではないんですけど、知っておくべきかなと思いまして」
「うんうん。偉い偉い! その若さで『クラン』に興味があるなんて、とても良い事よ! 最近の若い者は挑戦するって事をしないからね~」
そうなのか?
確かに、いつも良くして貰っていたパーティーの人達からも、似たような事を言われた事があった。
「では、まず『クラン』というのはね、同じ志を持つ集団の事を言うの。実際は集団とはちょっと違うけど…………クランは冒険者ギルドが強く勧めていて、言わばパーティーの強化版と思ってくれたらいいと思うわ。冒険者ギルドで正式なクランとして登録すれば、色んな特典があるわよ。ただ、誰でも登録出来る訳ではないから、それはまた後で説明するね」
それからミリシャさんは『クラン』について丁寧に説明してくれた。
まとめると。
①一つの集団として登録するように見えて、クランマスターの一人を中心に登録をし、全ての権限はクランマスターに与えられる。(クランマスターの一人だけのクランも存在するらしい)
②クラン登録の承認は、各冒険者ギルドのギルドマスターの推奨が必要だ。
③クランマスターの許可さえあれば、クランの構成員は何人でも良いが、クランの構成員が不正や違反などをした場合、クランのランクが下がったり、重い罰則もあり、最終的にクランの剥奪もありえる。
④クランにはクラン専属の依頼が来る場合があり、高ランクになればより依頼される。(内容によっては拒否も可能で、拒否した場合のデメリットはない)
⑤クランはランク別に各地のサービスを受ける事が出来る。代表的なモノは、どこの町でも土地が購入出来て、拠点を設ける事が出来る。(本来、土地の所有は貴族と商人ギルドの上位の人しか出来ない)
⑥クランごとにランクが存在していて、最上位Sランクから上位Aランク、通常Bランクがある。
以上だ。
とても不思議なのだけれど、元は幾つかのパーティーをまとめるために出来たモノらしいが、今ではパーティーというよりは、クランマスター……つまり強者の為のモノとなっているそうだ。
カールが色んなパーティーで見て来たという強者一人が引っ張るようなパーティーが、そのままクランに昇格する流れだ。
そうなると、クランマスターの完全な独裁が始まるそうだ。
それもそうよね……自分の力だけでのし上がった人が、わざわざ他の人に恵んであげたりはしないからね。
それでも、中にはメンバー全員を大切にするクランもいれば、全員が決めるルールにして定期的にクランマスターを変更するクランまで存在しているみたい。
様々な形のクランがいるけど、大体はクランマスターが強者であり、それに従う者の構図が殆どだそうだ。
「ミリシャさん」
「うん?」
「もし、僕がクランを設立したいと思ったら、何をしたらいいですか?」
「ん~………………ソラくんには申し訳ないけど、もし君達がクランを設立したいと思うなら、フィリアちゃんをマスターにした方がいいと思うよ?」
「え? 私?」
「ええ、フィリアちゃんなら既に『剣聖』として、うちの冒険者ギルド内でも有名だもの。この町で『クラン』が生まれるとしたら……現状、フィリアちゃんしかいないと思うわ」
「…………それって、今までビッグボアを狩って来たのが、私だからですか?」
「ええ。ソラくんがリーダーなのは知っているけど、それも『剣聖』であるフィリアちゃんがいるからこそ――――」
「分かりました。でも、それでは駄目なんです。私ではなく、ソラがマスターでクランを設立するとしたら、どうしたらいいですか?」
少し怒っているフィリアが、ぐっと我慢して聞いた。
「ん~、そうだね。ソラくんにも活躍して貰わないといけないのよね。例えば一人でビッグボアくらいは簡単に倒せるくらいね」
「…………」
ミリシャさんの言い分はとても分かる。
今までのクランマスターは強い人がなっているケースが殆どだ。いや、全部だと言ってもいい。
俺の力は大した事がないので、仕方ないよね。
「もしソラの力だけで、私がいないパーティーでなら、どのクラスの魔物を狩ってくれば認められるでしょう?」
「う~ん、そうね。ここら辺だったら麓の山からBランクの魔物を討伐して来たら、皆にも認められるようになるかも知れないわね」
「Bランク魔物……」
魔物はその強さによって、Sランク、Aランク、Bランク、Cランク、Dランク、Eランクと分けられている。
ビッグボアですらDランク魔物である。Dランクですら狩るのが難しい世の中で、その二つも上った事は、それがどれだけ強い魔物なのかを想像できた。
フィリアは何かを思ったかのように頷いていたが、彼女の表情からただならぬ決意が見えた。
目標が決まった。
カールに言われたから、フィリアに言われたから、それがきっかけなのは間違いない。
でも、自分の職能の事を考えれば、戦う職でもなければ、自らレベルを上げる事も出来ない。
誰かに助けて貰わなきゃ、ここまで来る事も出来なかった。
そこで考え方を変える事にした。
俺がクランマスターになって、誰かを助けるようなクランを作れば、それが巡り巡ってフィリアの為にも、カールの為にもなるんじゃないだろうかと思ったのだ。
孤児院の先輩達は、俺のおかげで狩りが安全且つ効率良くなったと言ってくれた。
以前カールに教えて貰ってから、周りのパーティーの戦い方を眺めた事がある。カールが言っていた通り、強者一人の為の戦い方をしていた。
それを自分なら変えられるかも知れない。だから…………大人になる十五歳を目途にクランを作る事を決意した。
それをカールと他の先輩達にも伝えると、みんなもとても喜んでくれた。
それからフィリアとカールに連れられ、服屋に連れて行かれた。
「って、何故服屋??」
「それは入ってからのお楽しみな」
「お、おう……」
三人で服屋に入った。
綺麗な洋服が沢山並んでいて、カウンターには服を縫っている女性がいた。
「いらっしゃい~、ん? フィリアちゃんじゃないか」
「メルおばさん、こんにちは」
「いらっしゃい~ほぉ…………どっちが彼氏だい?」
「ふふっ、赤い方です」
「あらあら、可愛らしいわね」
平然と答えるフィリアに顔が真っ赤になってしまった気がする。
隣にいたカールは「くっくっくっ」と笑いながら、肘で突いてきた。
「メルおばさん、今日はお願いがあって来たんですけど」
「あら、フィリアちゃんの為なら、おばさん、頑張るわよ!」
「えへへ、ありがとう! 実はですね、いつか『クラン』を作ろうと思ってまして、『クランの紋章』を作って貰いたいんです」
クランの紋章??
初めて聞く言葉に、頭の中に、はてなが溢れた。
「ソラ、クランにはそれぞれ紋章というか、証が存在してる。それを何らかの形で公示する事になるんだよ。例えば、今回みたいにいつか作ろうと思っている固定のパーティーは、事前に作っておく事によって、他のパーティーからの勧誘を全て断る意味を持つんだよ」
「へぇ……全く知らなかったよ」
「まあ、この町ではあまり見かけないからね。そもそもクランも一つしか存在しないし、そのクランも基本的にはこの町にいないしな」
「ああ、クラン『蒼い獅子』ね」
「そうそう」
蒼い獅子は紋章がとても格好いいクランというイメージしかない。この町にはあのクランの所有している土地が多く存在している。
例えば、うちが住んでいる家なんかもそのクランの所有している土地だ。結果的にその土地代金をかのクランに支払っている形になっているはずだ。
「それで、フィリアちゃん達はその紋章を私に作って欲しいという事ね?」
「はい! メルおばさんにお願いしたいとずっと思っていたんです!」
「ふふっ、分かったわ。どういう紋章でどういう大きさにするつもりだい?」
「取り敢えずは衣装に取り付けられるくらいの大きさがいいので、手のひらの大きさでお願いします」
「ふむふむ、では紋章はどんな感じがいいかい?」
フィリアが俺を見た。
「ソラ! 模様も私に任せて貰ってもいいかな?」
「うん、寧ろお願いするわ。俺は単純な模様しか浮かばないや」
満面の笑みを浮かべたフィリアはメルさんと打ち合わせを始めた。
カールもちょいちょい口を挟みながら三人が懸命に紋章を考えてくれた。
メルさんが要望に応えて紋章の下書きを進める。
既に考えて来たようで、フィリアが次から次へと意見を述べていた。
そして、数十分後、紋章の下書きが完成した。
中央に盾の模様があり、そこに剣が中央に縦向きに描かれ、弓が横向きに描かれており、槍と杖が斜めで交差している紋章だった。
「武器がいっぱい描いてある……?」
「うん! これはソラの力を象徴する為の紋章だよ!」
「俺の力を象徴?」
「うん! 多種多様な職能を与えられて、色んな戦い方が出来て、一人ではなく、みんなで一緒に戦っている事を示しているの」
「!?」
フィリアに言われ、紋章を再度まじまじと見る。
全ての武器が中央に重なっている。
きっと、お互いがお互いを支えているのを示しているのだろう。
「うん! この紋章、とても素敵だよ! メルさん! フィリア! カール! ありがとう!!」
「ふふっ、気に入ったようね。ではこれを手のひらの大きさで脱着出来るような紋章に仕上げるわよ」
「メルさん。よろしくお願いします!」
「ええ、任せておいて!」
メルさんに紋章の制作をお願いして、料金も事前に支払って服屋を後にした。
フィリアもとてもご機嫌でそのまま三人で食事をしつつ、未来のクランについて話し合った。
一週間ほどして、メルさんの所から紋章を受け取った。
俺達三人の肩に紋章を付ける。
魔法が掛かっていて、簡単に脱着出来て、激しく動いても取れる心配はないそうだ。
紋章を付けた俺達のハイタッチの音が、セグリス町に響き渡った。
ビッグボアを狩る生活が続き、色んな作戦を練りつつ時間が過ぎていった。
俺とフィリア、カールの肩にはクランの予定の紋章が付けられている。
意外にもアムダ姉さんとイロラ姉さんの肩にも付けられている。
クランの設立予定を先輩達に報告した時、アムダ姉さんとイロラ姉さんも入りたいと言ってくれて、ずっと助けてくれた二人だからこそ大歓迎だった。
他の先輩達は将来の事を考えて、そもそもクランには入らないと言っていた。
それと、ビッグボアをフィリア抜きで狩れる事を知ってから、フィリアから経験値を貰うようにしている。
他の皆さんの経験値はそのままにレベルを上げて貰う事にした。
最終的にはフィリア抜きで、Bランクの魔物を狩らないといけないからね。
ビッグボアを相手にいつもの作戦を繰り返して練度を上げていく。
やはり戦いで大切なのは、魔物の弱点を狙う事だった。
気付けばカールの魔法だけでビッグボアを沈めるようになっていた。
その気になれば一日ビッグボアを十頭は狩れそうになった。
それを期に、俺達は次なるステップの為、Dランクの魔物の次となるCランクの魔物を狩る事にした。
◇
セグリス町から南に進んだ場所に沼地が存在する。
それほど深い沼地ではなく、足元くらいの深さなのでハマる危険性はないが、この沼地には危険な魔物が存在する。
Eランクの魔物のフロッグとレッドスライムが主に生息しているが、その中にたまにCランク魔物『レッサーナイトメア』が現れるのだ。
数日に一頭現れると言われていて、角が非常に高額で取引されるため、狙っている冒険者パーティーも多くいた。
セグリス平原ほど収入が良い訳ではない為、普通のパーティーにはあまり人気ではなく、レッサーナイトメアを求めて高ランクのパーティーが点在している。
その中に狩りは行わず、周りを眺めているパーティーがいた。
その構成も異様な雰囲気で、前衛が二人、後衛が十人を超えるパーティーに、高ランクのパーティーの中には鼻で笑うパーティーもいる程だ。
暫くして、沼地の奥から禍々しいオーラが沼地に放たれる。
奥から現れたのは、真っ黒い馬型魔物で、大きさはビッグボアより少し小さいが頭に生えている二本の透明な色をしている角が不気味な魔物だ。その魔物こそが、今回ソラ達が目指すCランク魔物である『レッサーナイトメア』だ。
直後、大きな音と共に戦いが始まる。
レッサーナイトメアの初撃を与えたパーティーは、沼地の古参パーティーであった。
大きな斧を持った前衛二人がレッサーナイトメアを叩きつける。
鈍い音が響き、今度はレッサーナイトメアの身体から稲妻が発生して、二人を襲った。
直ぐに盾を持った剣士が正面に立つも、稲妻を受け止めきれず吹き飛ばされる。
更に続く稲妻を斧で攻撃している前衛二人も受けてしまいその場に倒れた。
その後、後衛から大きな氷魔法と火魔法が飛んできて、レッサーナイトメアに命中し、吹き飛んだ。
そこに畳みかけるように長い槍を持った者が二人、スキルを使いレッサーナイトメアに攻撃し、大きな音が沼地に響き渡った。
しかし、それでも倒れないレッサーナイトメアからは、黒い棘のような攻撃と、稲妻が溢れ、槍使い二人も巻き込まれその場に倒れ込んだ。
更に起き上がったレッサーナイトメアの咆哮により、後ろにいた魔法使い二人にも攻撃が及ぶと、魔法使い達もあっけなくその場で倒れた。
負け――――と思われたが、倒れた魔法使いの後ろに立っていた一人の男が前に出て来た。
彼の手には冷気が立ち上っている剣が握られていた。
その剣に闘気が覆われると、男がレッサーナイトメアに仕掛けた。
レッサーナイトメアの黒い棘を簡単に避けながら剣戟を与える。
稲妻が発生するも、男は受ける事はなく、器用に避けていた。
そして、最後に。
男の剣に一際大きな闘気が灯る。
その剣戟が放たれた後、レッサーナイトメアの首が宙を舞い、沼地に落ちた。
◇
「どうだった? ソラ」
「うん。大体の攻撃は覚えたよ。一番気を付けたいのは、稲妻と遠距離攻撃だね」
「あの稲妻は厄介だね……ベリンさんが耐えられるかにもよるな」
「前方だけの攻撃ならベリンさんの大盾で防げるんだろうけど、あの稲妻は全身を覆うからね……難しそうだ。ちょっと対策を考えてみるよ」
「そうだな。あの遠距離攻撃みたいなやつは、俺達なら避けられそうな速度だったな」
「うん。棘が真っすぐにしか飛んでなかったから、軌道も読みやすそうだった。多分だけど斜めに移動していれば当たる事はなさそう」
「へぇー、流石はソラだ。もうそんなに見極めたのか」
「向こうのパーティーが綺麗に受けてくれたからね。あれで助かったよ。あの人達のように真後ろに逃げても避けられないのが分かれば、あとはやりやすそうだ」
俺達は古参パーティーのレッサーナイトメア戦を眺めていた。
挑戦する前の情報収集の一環だ。
レッサーナイトメアはわりと耐久力が低いらしく、最後の男の人の怒涛の攻撃で倒れた。
あの男が戦うまでに、他のメンバーが一定のダメージを蓄積させていたんだろうね。
あれが、所謂普通のパーティーの戦い方なのだろう。
うちもフィリアを入れれば、ああいう戦い方が出来るだろうけど、俺としてはああいう戦い方はあまり好きではない。
あれで先に気を失った人達が、そのまま死んでしまう事もざらにあるからね。
それほどまでにレッサーナイトメアの角は高額で売れるから、狩りに来るパーティーは大勢いた。
今回は全員無事みたいで良かった。
あとは作戦を練ったら…………俺達も挑戦する事となった。
沼地での『レッサーナイトメア』を見学した俺達は、一度町へ戻り、それぞれのレッサーナイトメアの印象を話し合った。
一番印象的なモノは、高い攻撃力だった。
今まで俺達が戦ってきた魔物はせいぜいDランク魔物のビッグボアだ。
しかし、ビッグボアはDランクの中でも最弱と言われている。
その理由としては、攻撃手段が単純だからである。
他の魔物は厄介な攻撃を仕掛けてくるので、とても戦いにくいのだ。
今回目指すレッサーナイトメアもまさにそれだ。
一番の問題はあの稲妻……どう防ごうか悩みつつ、その日は解散となった。
そして、次の日。
俺達は再度沼地にやってきた。
レッサーナイトメアの出現予測日は明後日なので、昨日よりパーティーが少ない。
少ないというか、俺達含め、三つのパーティーしかない。
恐らく彼らも同じ狙いだと思う。
今日沼地に来た目的は――――地面に慣れる為だ。
沼地は地面に常に水が張ってある。
深さは足元くらいなので大した深さではないが、水がある事によって、素早く動く事が出来ない。
それと時折、場所によっては泥が深い場所があるそうだ。泥濘はせいぜい40センチらしいので、膝まで埋もれるくらいだろうね。
俺達は沼地の魔物である蛙型魔物『フロッグ』と不定型魔物『レッドスライム』を狩り始めた。
形が違えど、同じEランク魔物のゴブリンやスモールボアと大して変わりはない。
強いて言えば、彼らよりは攻撃力が高いくらいか。
しかし、当たらなければどうということはないのだ!
「ん……歩きづらいわね!」
アムダ姉さんが不満を漏らす。
「常に水の上を歩かないといけないし、所々に泥もあるからな……ゆっくり歩くならいいけど、走れと言われれば、嫌になるな」
先頭の大盾を持ったベリンさんが答える。
他の先輩達も同じ表情をしている。
沼地は今まで戦ってきた平原とは違って、足場に不安を覚えてしまうね。
何かに気づいたようで、アムダ姉さんが更に続けた。
「折角の狩人のスキル『忍び足』も水場じゃ使えないわ」
「あ~言われてみれば、使えないわね」
「足場が水場だからね」
狩人組の個人狩りで良く使うと聞いているスキル『忍び足』。
狩りの為のスキルで、魔物に気づかないまま近づき、弓矢を当てやすくするスキルだ。
水場ではどうしても音が鳴っているから、スキルが反映されないのかな? 意外な事実を知れて良かった。
周囲のパーティーが少ないからか、魔物の数が多い。
現れたレッドスライムに狩人組が放った矢が当たって、一撃で倒した。
「このレッドスライムが溶けて無くなる所も、何だか不気味よね」
「「「分かる!」」」
倒したレッドスライムは、直ぐに身体が溶けて無くなるのだ。
そして、その跡に小さな魔石を残す。
小さすぎてあまり使い道はないけど、集めて売れば微々たる金額にはなるだろう。
それからフロッグも倒しつつ、沼地に慣れる事に勤しんだ。
その日から、狩りのサイクルを決めた。
まず、『レッサーナイトメア』が沼地に現れるのは三日に一度。
なので三日に一度は必ず沼地に向かう。
今の所、レッサーナイトメアには挑戦しない方向で、他のパーティーの戦いを見学する予定だ。
そして、残り二日のうち、一日は平原でビッグボアを数体狩る事にした。
今までは一体だけ狩って終わってたけど、フィリアから少しでも実績を上げた方がいいと言われ、一日四体程狩るようになった。
そして、残り一日は休みにした。
余裕がある人は個人で狩りに行ったり、休んだり、自由に過ごすような日だ。
フィリアはと言うと、狩りの二日間は基本的に俺達と離れて狩りをするようになった。
フィリアの三日の流れは、一日目は新人パーティーに混ざり、レベルを上げる。
二日目は中堅パーティーに混ざり、レベルを上げる。
三日目は俺と休日を過ごしたり、俺の剣術の練習相手になってくれたり、デート…………をしたりして過ごしていた。必ず三日目終わりには「ソラ、ほら……私の経験値……」と言ってくれて、その…………なんだ、毎回終わりに唇を重ねる生活を送った。
それにしてもレベルが4から5に上がる気配は全くしない。最近ではフィリア以外の人からは経験値を貰えてないからね……仕方ないのかも知れない。
現在、俺のレベルはこんな感じだ。
メイン職能である『転職士』がレベル4。
サブ職能である『剣士』が3、『狩人』が3、その他1だ。
剣士はアビリオと戦う前に既に3まで上げていた。
それからフィリアの経験値を貰う生活を送っていると、狩人のレベルが3まで上がった。
自分ではレベルを上げられない俺だからこそ、パーティーメンバーと比べると、とても遅いけど、フィリアからそれでも十分早いと言われた。
更に言えば、ステータスが他の人の二倍になる為、狩人レベル3でも、メンバー達よりも高いステータスになっている。ただ、スキルで差があるので、その差を埋めるのは難しい。
三日サイクルを始めて二か月。
俺達は遂に『レッサーナイトメア』に挑戦する日がやってきた。
「氷の魔石、よし――――鋼鉄の矢、よし――――大盾二つ、よし――――最後にもしもの為の『回復ポーション』、よし」
俺は目の前に並べられた物品を確認する。
使い捨て用の氷の魔石、狩人チーム用の鋼鉄の矢、最前衛盾役用大盾二つ、そして、もしもの時のポーションを二つ。
『回復ポーション』は特殊職能である『錬金術師』しか作る事が出来ず、材料は大した事がないらしいが、作り手が少ないのでとても高価なモノとなっていた。しかも、鮮度付き。
今の自分の全財産ではここまでが限界だった。
パーティーメンバーからも金を出すと話があったが、この戦いはあくまで俺の為の戦いであり、俺の為の挑戦だから、俺が揃えるのが当然だと思って断った。
それに……下手をすれば命まで落とすかも知れない戦いに、メンバーを巻き込んだのだ。これくらいはしたいと思う。
俺の決意もあって、メンバーも納得してくれて、準備が進み、遂に俺達は『レッサーナイトメア』に挑む日がやってきた。
◇
その日は晴天で、いつもジメジメしている沼地ですら、晴れた日であった。
そして、かの地は多くのパーティーで溢れた。
目標は一つ。
レッサーナイトメアである。
三日に一度しか出現しない為、普段はパーティーも少ないこの地だが、三日に一度は人で溢れるのだ。
既に十を超えるパーティーがその瞬間をじっと待っていた。
そんな中、異様な雰囲気のパーティーがいた。
弓を引いている人が十人にも及ぶそのパーティーは、他に魔法使い一人と、何故か両手に盾を持った男が一人、真ん中で長剣と弓を携えた少年が一人だった。
本来なら弓使いは一人か二人しか入れないパーティーが多い中、大半の人数が狩人という光景に、初めて見るパーティーは笑う者も多かった。
そんな中、古参パーティーのリーダーだけは違う目線で見ていた。
彼らがやっている事がどれだけ効率が良い事なのかを感づいていたのだ。
それがどういう事なのかは、その場にいた者全てが直ぐに分かる事となった。
沼地に一際大きな威圧感が放たれた。
皆がその場所に振り向く。
しかし、皆が振り向くよりも早く、矢が飛んでいた。
沼地の中央から四方を向いていた狩人パーティーから直ぐに放たれた矢であった。
黒い霧の中からレッサーナイトメアが現れたその瞬間に、放たれた矢が直撃する。
その鋼鉄の矢は、スキルも相まって大きな音を鳴らし、直撃したレッサーナイトメアも一歩後ろに怯んだ。
直ぐに中央の少年が「展開!」と声を上げた。
すると、弓矢を持った狩人たちが、少年を中心に右側と左側に人五人分ほどの距離を離して並んだ。
並び終えた頃、レッサーナイトメアがそのパーティーに向かって仕掛けてきた。
稲妻を身に纏ったレッサーナイトメアが体当たりをする。
しかし、そんなレッサーナイトメアを両手に大盾を持った男が全力で体当たりをしてぶつかった。
鈍い音がして、レッサーナイトメアが吹き飛ばされた。
大盾に稲妻が纏い、やがて男をも飲み込んだ。――――と思われたが、男が速やかに大盾を手放して、後方に逃げて行った。
直後、大きな氷魔法と矢がレッサーナイトメアに降り注いだ。
一通りの攻撃を喰らったレッサーナイトメアだったが、次の攻撃に対して咆哮を放った。
咆哮により、撃たれた矢を全て空から落とした。
しかし、それを既に見切っていたかのように、咆哮が終わるタイミングで、大きな氷魔法がレッサーナイトメアに直撃する。
またもや大きなダメージを負ったレッサーナイトメアは悲痛な鳴き声を上げた。
反撃を試みるレッサーナイトメアは、またもや全力で稲妻を纏い、パーティーに突撃する。
しかし……その行動が届く事はなかった。
何故なら、またもや大盾を二つ持った男が体当たりをして来たのだ。
一度目と同じく、レッサーナイトメアが吹き飛ばされ、稲妻は既に持ち主がいない大盾二つを覆った。
「今です! 全力攻撃!」
少年の声に合わせて、狩人達の弓矢と魔法使いの氷魔法がレッサーナイトメアに降り注いだ。
数十秒。
漸く矢と魔法が降り止み、ボロボロなレッサーナイトメアが起き上がった。
そして、
少年が放った矢がレッサーナイトメアの頭を貫通する。
レッサーナイトメアは短い鳴き声をし、身体が消滅。
その場に美しい角が二つだけ残っていた。
「「「乾杯ー!!」」」
セグリスのとある酒場に大きな声が響いた。
今日は、俺達が初めて『レッサーナイトメア』を倒した記念すべき日だ。
現在は、酒場で俺達パーティーにフィリアと、その他大勢の人達に囲まれている。
しかも今日の酒場は貸し切りだそうだ。
冒険者ギルドのミリシャさん達も駆け付けてくれて、とても大勢の人達からお祝いされた。
何故こういう事になったかと言うと…………。
◇
レッサーナイトメアを倒した直後、俺達は感極まって泣き出す先輩までいたほどだった。
俺もカールもハイタッチすら忘れ、寧ろ、抱き合っていた。
自分達が倒したという実感が嬉しくて、先輩達もこんなに強い魔物に勝てると思わず、感極まっていた。
その時だった。
俺達の前で拍手をしてくれる人が現れた。
ゴツい顔と身体をしている彼は、以前レッサーナイトメア戦を初めて見た時に戦っていた沼地の古参パーティーの強い人だった。
「お前ら、めちゃくちゃ強いな! 俺は沼地で長年レッサーナイトメア狩って来た古参の一人、ワイルダという。お前らのリーダーは――――そこの赤いのだな?」
「え? は、はい」
ワイルダさんは近づいて直ぐに、問答無用に俺を掴み、空に飛ばした。
と、飛んだ!?
と思ったら、そのまま肩車にされた。
「えええええ!? 俺、肩車なんて初めてだよ!?」
「がはははっ! 異質なパーティーがここまで強いのは、リーダーであるこの子の力に違いないだろう! さあ、新たな英雄よ! 名乗るがいい!」
「え、えっと……」
少し戸惑っていたら、カールが親指を立てた。
「はいっ! 俺の名は『ソラ』! いずれ最強のクランのマスターになるのが夢です!」
「がはははっ! お前ならきっとなれるさ! さあ、今日はとても素晴らしいモノを見せてくれたお礼に酒場を貸し切ってやろう! 野郎ども! 一緒に祝いてぇ奴は全員付いてこい!!」
「「「「おおおお!!!」」」」
こうして、俺達はワイルダさんに誘われて祝って貰う事になった。
帰りに、討伐完了報告の為、冒険者ギルドに寄って、ミリシャさんにも報告。
ミリシャさんも泣くほど喜んでくれた。
一緒に来たカールから誘われて、ミリシャさんと数人の受付嬢も一緒に酒場に来てくれたのだ。
◇
「それにしても驚いたな! まさか、ソラくんの彼女さんがあの有名な『双剣の剣聖』様だとはよー」
「あ、あはは……俺には勿体なさすぎる彼女です…………」
「今んとこはなー、がはははっ! まぁ、そのうち『剣聖』なんか目じゃなくなるだろうよ」
どこか遠くを見るワイルダさん。
「それはそうと、お前らの戦いを見て、今まで俺達が如何に考えなしだったのか気づかせてくれたよ。だから、ありがとうよ。ソラ」
「俺は元々弱いから……周りの助けがなくちゃ狩りも出来ませんからね……だから、仲間には出来る限り安全に戦って欲しくて、色んな事を考えるようにしてみたんです。それがハマってくれて本当に良かった」
「ああ! それで、パーティーメンバーだけでなく、周りの連中にも大きな影響を与えた。それは紛れもないお前の力さ。ほら見ろよ。いつもだと暗い顔をしているパーティーの奴らも、あんなに希望に溢れた顔をしている。中にはただの『剣士』だから『戦士』だから『狩人』だから、諦めた連中ばかりなのに、それをパーティーの力で解決出来る事を証明してくれたのは、俺から見たら偉業にも等しいさ」
「あはは……そんなにですか?」
嬉しい半分、恥ずかしい半分な気持ちになっていると、
「うちのソラは最強だもん!」
「うわっ!?」
いきなり後ろから抱き着いてきたフィリアが、恥ずかしげもなく話した。
「がはははっ! 若いのが眩しいのぉ! こりゃ飲まずにはいられないな!」
ワイルダさんが飲み明かしている仲間の所に戻って行った。
その入れ違いに、今度はミリシャさんがやって来た。
「ソラくん。おめでとう!」
「ミリシャさん! ありがとうございます!」
「まさか、こんなにも早くレッサーナイトメアを倒してくるなんてね……Cランク魔物の中でも最強クラスの魔物なのに」
「パーティーメンバーに恵まれていますから」
「ふふっ、そういう事にしておくよ。まさか、ワイルダさんにも認めて貰えるなんて、凄いわよ?」
「凄く嬉しかったです!」
「私も嬉しい!」
まだ後ろから抱き着いているフィリアが手を上げる。
えっと…………あれが当たっているからそろそろ離して欲しいんだけど、男としては、この至福な時間をもっと堪能したいという気持ちと、周りから微笑ましい視線で見られている恥じらいと、カールがニヤニヤしている事もあり、いろいろ複雑な気持ちだ。
どんどん盛り上がる宴会は、俺を褒める人が多くいてくれて、ちょっぴり恥ずかしい思いだったけど、それを上回る嬉しさがあった。
『転職士』を開花してから、こうなるとは一度も思った事がなかった。
これも全てフィリアとカールのおかげだ。
今一度、素晴らしい友人を持った事がとても誇らしい。
「それはそうと、フィリア? 頭撫でるの、そろそろ止めない?」
「えー! ちょっとくらいいいじゃん!」
「ちょっとじゃないよ! もう何十分も撫でられているよ!」
「むぅ……」
膨らんだフィリアがアムダ姉さんの所に行った。
それから暫く続いた宴会も子供達の時間は終わりだと言われ、俺とフィリアは帰って行った。
カールは…………。
頑張れ!
三日後。
俺達はまた沼地にやってきた。
前回同様、沼地の中央に集まった。
前回は俺達を見て笑うパーティーもいたけど、今回は全然違う。
ここにいるパーティー全員がやる気に満ちていた。
それと大きく変わった点として、全てのパーティーが大盾を所持していた。
恐らく、前回のうちらの戦いを参考にしたんだと思う。
後衛の魔法使いや弓職の人達も大盾を持っていた。予備として持っているんだろうね。
みんなが各場所で陣取っている。
レッサーナイトメアが何処から出現するかは、完全に運次第だからね。
静かな時間が過ぎていく。
数分後、強烈な威圧感が放たれる。
今回も俺達パーティーの射程範囲内だった。
狩人パーティーから放たれた弓矢がレッサーナイトメアに命中し、二度目のレッサーナイトメア戦に突入。
二度目の戦いともなると、前回より更に安定してレッサーナイトメアを追い詰めた。
そして、最後は俺が『貫通の矢』を放ち、レッサーナイトメアは消滅した。
弓矢にはそれぞれ強さがある。
最も弱い普通の弓矢は『木の矢』、次は『鉄の矢』、次は『鋼鉄の矢』である。
木や鉄だと命中した際、相手の装甲によっては壊れてしまって、本来刺さるであろう矢が弾かれたりしてしまう。ただ鋼鉄になるにつれ値段が上がるので、消耗品である弓矢は使いどころの選別が大事だ。
では、前回と今回のレッサーナイトメア戦の最後に放った『貫通の矢』とは、矢の矢先に付ける金属を加工した『魔石』を付けた矢の一種であり、こういう矢を『特殊矢』と呼ぶ。
『特殊矢』は魔石に特殊な力を付与した矢の事で、鉄や鋼鉄よりも高い効果を持つ。
そして、何よりも種類が多いのだ。一番多いのは属性を付与した『火の矢』や『雷の矢』『氷の矢』があげられる。
今回俺が使った『貫通の矢』は文字通り、貫通に特化した矢で一本でも剣一本よりも高い矢だけど、その威力は抜群だ。
まだ狩人レベルが低いが、ステータスだけならパーティーの中で一番高い俺が放つその矢は、カールの魔法よりも威力があるのだ。
「前回より鮮やかな戦いだったな!」
「ワイルダさん! ありがとうございます!」
ワイルダさんパーティーからまたもや激励される。
「こりゃ、俺らも遠距離で初撃を取る事を考えておかねばなー」
「それがいいと思いますよ。ただ、遠距離で初撃を与えるとデメリットもありますけどね」
「むっ? デメリットがあったのか?」
周りの聞き耳を立てていたパーティーも、いつの間にか集まっていた。
全員、先日の宴会に参加してくれて、祝ってくれた面々だった。
「はい。実はレッサーナイトメアはある特性があるんです」
「ある特性?」
本来なら教えたくはない情報だけど、彼らの人情はとても温かいモノだった。
それに、俺達が得た情報は彼らの戦いを見て学んだ事だから、隠さず教える事にしよう。
「レッサーナイトメアは幾つかの攻撃が状況に応じて決まっている特性なんです。その中でも最も脅威なのが、レッサーナイトメアは敵全員が遠い場所にいる場合、黒い棘の攻撃ではなく、稲妻を纏って突撃してくるんですよ」
「むっ!? 確かに……お前らのパーティーには黒い棘はあまり使わないな?」
「はい。俺達のパーティーが初撃を与えた場合、必ず稲妻突撃を使って来ます。これはレッサーナイトメアにとって、最も強い攻撃だからだと思われます。だから逆にこれが防げるなら、遠距離で誘い出すのも手ですけどね」
「なるほど……だから今回も最初から突撃してきたのか」
「はい。ただ、皆さんにも注意して欲しいのは、遠距離で初撃を取っても、次にくるレッサーナイトメアの初撃である稲妻突撃を防げなかった場合、逃げるしかありません。次にくる行動は恐らく咆哮、それで吹き飛ばされた人達に黒い棘が襲ってくるはずです。そうなれば……無事では済まないはずです」
「……ふむ、以前全滅したパーティーにそういうやられ方をしていたパーティーがいたな。あの時、彼らは全滅してしまった…………だから沼地のパーティーには一つ暗黙のルールが増えて、レッサーナイトメアが全滅の危機を判断した場合、他のパーティーが助けに入る事だ。これは冒険者ギルドでも了承してくれているくらいだ」
「沼地にそういうルールがあったんですね! とても素敵なルールだと思います!」
「うむ。それはそうと、貴重な情報をありがとう」
「いえいえ、俺達は角を人数分手に入れたら、ここを離れますから、折角の情報をワイルダさん達に公開していこうと思ってましたから」
「がはははっ! 戦い方を迷う事なく教えるとは……お前さんは本当に懐が広いな! だが、そんな優しさに甘えてるようじゃ、我々も誇りある冒険者とは言えない! だから、これ以上の施しは受けない! だから、ソラにはお願いがある」
「お願いですか? 何でしょう?」
「人数分手にしてたら離れると言ったが、離れる時、戦い方を冒険者ギルドに売って欲しい」
「戦い方を冒険者ギルドに売る?? どういう事ですか?」
全くの初耳だった。
「ソラ」
「ん?」
カールが溜息を吐いて、俺の肩に手を上げた。
「あのな。冒険者ギルドで『狩場の情報』を買えるだろう? あれって何も冒険者ギルドだけが確立させたモノではないんだよ。『狩場の情報』は冒険者ギルドに売る事が出来るんだ。内容によって値段も変わるし、とんでもない内容の場合、『継続契約』となって、その情報が売れたら何割か入るようになったりするんだよ」
「ええええ!? あれって、情報を売って出来たモノだったの!?」
「はぁ、いくら冒険者ギルドが凄いとは言え、各狩場の情報を一々調べ続けられる訳がないだろう? それにな、とても言いにくいが……」
「ん?」
「…………例えば、ここにフィリアが来たとしよう」
「うん」
「レッサーナイトメアなんて攻略する必要すらないんだよ」
「へ?」
「フィリアなら、ものの数秒でレッサーナイトメアを倒せるだろうよ」
「…………」
「だからな。強い人は決して攻略なんてしないんだよ。冒険者ギルドの上位陣が攻略するのは、もっと難しい魔物とか狩場だけになるんだよ」
カールが言っている言葉は、知っていたはずだけど、何処かで強者が正義のこの世界の事を否定したくて、目を逸らしていた。
強者にとって、通常の狩場など目じゃない……確かに、攻略する必要すらないか……。
その時、俺の頭に大きく分厚い手が載せられ、髪をわしゃわしゃにされた。
「がはははっ! だからこそだ! お前たちの戦い方を見て、俺らも希望が持てた! だからこそ、その情報全てを冒険者ギルドに売ってくれ! それをここにいる全員が買うだろう。それが我々冒険者同士の在り方なんだよ。パーティーはパーティー同士で借りを作らない。忘れないようにな? 後輩パーティー諸君!」
「「「「はい!」」」」
俺はつくづく周りに恵まれているなと嬉しくなった。
ワイルダさんの笑い声と髪をわしゃわしゃされて、心が少し軽くなった気分だ。
セグリス町に帰ると、フィリアが出迎えてくれて「あれ? ソラ、何か良い事あったでしょう! 教えてよ~」と言われ、皆で打ち上げ兼食事をしながら今日あった事を話した。
「えへへ、ソラだからこそ出来た事だよ! やっぱりソラは凄い!」
嬉しそうな彼女の笑顔に、俺も嬉しくなった。
あれから一か月が経過した。
三十日で一か月だから、レッサーナイトメアを十回倒した。
――――と言いたかったけど、他のパーティーも遠距離攻撃で初撃を取るようになり、レッサーナイトメアと戦えたのは半分に減った。
それでも狙うパーティーの中では俺達が最も勝率が高かった。狩人十人のパーティーは反則級だね。
そして、俺達のパーティーは最後のレッサーナイトメアを倒しに沼地にやってきた。
そして、沼地の中央に全てのパーティーが集まっていた。全員武装解除のまま。
暫く待つと、いつもの強烈な威圧感は放たれ、その場にレッサーナイトメアが現れた。
「行ってきます!」
沼地に響く美しい声。
レッサーナイトメアの前に対峙する――――フィリアだ。
「迅雷剣」
フィリアが小さく呟いた後、目にも止まらぬ速さの剣戟がレッサーナイトメアを襲った。
「剛皇刃!」
レッサーナイトメアが動く前にフィリアが更なる剣戟で吹き飛ばす。
「二連、牙蒼閃!」
フィリアの双剣を覆っていた闘気から、大きな爆風が放たれ、レッサーナイトメアを包み込み、大きな音が響き渡った。
あの攻撃…………喰らったらひとたまりもなさそうだ……。
少し距離があるがフィリアは双剣を鞘に戻し、柄に両手を置いたまま、ぐっとこらえる。
既にボロボロになったレッサーナイトメアが起き上がるが、戦える気力はなさそうだ。
そして、
「剣聖奥義――――百花繚乱」
消えたフィリアが、レッサーナイトメアの後方に現れる。
後から無数の剣戟がレッサーナイトメアの周囲に見え始め、それが美しい花びらのように見えた。
舞い上がった花びらが落ちていく。
そして、レッサーナイトメアは鳴き声すら上げられず、その場で消え去った。
「カール…………」
「お、おう…………」
「俺達の努力ってさ…………」
「い、言うな……あれが特別過ぎるんだけだ……」
「そ、そうだな……そういう事にしないと…………」
向こうからレッサーナイトメアの角を二つ持った笑顔のフィリアがやって来た。
「フィリア、お疲れ~」
「えへへ~、ただいま~」
心なしか、一緒に見守っていた全てのパーティーの人達が一歩下がった。
そりゃ……あんな圧倒的な戦いを目の当たりにしたら、そうもなるよね。
「レッサーナイトメアって、とても強いんだね! Cランクと聞いていたけど、まさか、三回目で終わらないと思わなかったよ~」
「あ、あはは……そ、そうなんだ? そういえば、フィリアって他のパーティーでCランク魔物と戦ったんだよね?」
「うん。レッサーナイトメアは、多分だけどBランクに限りなく近いCランクじゃないかな? あの体力の無さじゃなかったら、Bランクだろうね~」
「そ、そっか……」
「これならソラがBランクを倒せるのもすぐね!」
「あ、あはは……が、頑張るよ」
「うん! 頑張ってね! 応援してるんだから!」
帰り道、沢山の人から潤んだ目で肩に手を載せられ、「頑張れよ」と言われた。
頑張ります…………。
その後、相も変わらず、俺達は宴会を開いた。
今度は俺達が貸切っての宴会だ。
なんせ、今日が最後の沼地だからね。
既に多くの貯金が貯まった俺達は、日頃の感謝も込めての事だった。
沼地の主なパーティーが利用しているこの酒場『木漏れ日』で宴会が始まった。
「寂しくはなるが、打ち上げとかあれば、この酒場に来いよ! いつでも歓迎するぜ!」
「ありがとうございます! この酒場ってご飯もとても美味しいから、これから利用します!」
「おう! いいじゃねぇか! ここのマスターの飯は美味いからな!」
ワイルダさんの「がはははっ!」と笑い声がとても心地よかった。
その日は夜遅くまで、宴会が続いた。
次の日。
休息の日だけど、事前に終わらせておきたい事があったので、フィリアと一緒に冒険者ギルドにやってきた。
「ソラくん! いらっしゃい!」
ミリシャさんが手を振って歓迎してくれる。
手を振る度に右へ左へ揺れるのが凄い。
「ソ――ラ――」
「ち、違うから! そんなんじゃないから! ほら、早く行くよ!」
恐ろしく冷たい視線を感じながら、急いでミリシャさんの所に逃げ込んだ。
「いらっしゃい」
「こんにちは、ミリシャさん。今日はお願いがあって来たんですけど」
「何でも任せて!」
ミリシャさんが自分の右手で胸を叩く。
だから……それは……揺れるんだよな……。
必死に目線を外して、フィリアをけん制した。
「実は、俺達昨日で沼地を卒業しまして、沼地の『レッサーナイトメア』の『攻略情報』を提供しに来たんです」
「あ! ワイルダさんも話していたあれね? 分かったわ。ではこちらに付いてきて~」
俺達はミリシャさんに連れられ、冒険者ギルドの二階にある部屋に案内された。
「では、担当の人が後から来るから、そこの紙に『攻略情報』を書いて待ってて~少し遅くなるかも知れないから、ゆっくりしててね」
「はい! ありがとうございます!」
俺とフィリアはソファーに座り、俺は懸命に『レッサーナイトメアの攻略情報』を書き進めた。
ある程度完成して、ノックの音がして、一人の男性が入って来た。
ごつい体型が多い冒険者ギルドの中では、細身に見えるが、外でも分かるほど鍛えた身体が見える。
「君がソラくんだね?」
綺麗な金髪から俺を覗く蒼い瞳がとても印象的な男性とは、それが初めての出逢いだった。