セグリス平原でスモールボアを狩り始めてから一か月が経過した。
俺が考えた『釣り狩り』も段々と様になって、今では綺麗な連携で、狩りも一瞬で終わる。
そんな俺達にフィリアは一つ意見を出した。
「「「「ビッグボア!?」」」」
孤児院にある会議室から驚きの声があがった。
それもそうだ。
まさかフィリアから「ビッグボアに挑戦してみよう」なんて言葉が出るとは思わなかったから。
「フィリア、流石にビッグボアは早すぎるんじゃないか?」
「早くないと思う! だって……みんな、今日までずっとレベルを上げて来たんだからね!」
そう。
実はこの一か月間、俺の経験値は一切上がってない。
最初は安定してきたら、一人ずつレベル1に戻して――――の予定だったけど、その前にスモールボアではなく、ビッグボアを狩ってみたいという意見もちらほらあった。だから、一か月間ずっとスモールボアやゴブリンを倒してレベルアップを目指してきた。
「私は賛成!」
アムダ姉さんが手を上げた。
それに釣られ、何人かの先輩も挑戦してみたいと手を上げた。
俺達十三人の中で、六人が賛成に手を上げている。
俺とカールを含めた他の七人は慎重な考えだ。
なんせ……狩りは命と隣り合わせだから。
でも、じゃあ、いつまで力を溜めるの? と言われれば、それも曖昧だ。
実は二日前、全員のレベルが5に上がった。
レベル5。
それは人類にとって、一つの大きな壁である。レベル4から5は最初の壁と言われているのだ。
理由としては、駆け出しから中級者になるレベルである事。となると、初心者の頃に倒していた魔物の経験値は既に加減に引っかかってしまって、いくら倒してもレベルが上がらなくなる。
実際は上がらなくなるわけではないが、ゴブリンやスモールボアだけでレベル4から1つ上げようと思うと、とんでもない時間がかかるのだ。それこそ、毎日狩りに勤しんで数年単位で。
そうなると、次のステージの魔物を狩らないと行けなくなる。そうなると自然と危険も増す。そこに挑戦して散る冒険者も多いのだ。
そんな危険を冒す事なく、俺達はレベル5に到達した。勿論俺だけまだ4だけどね。
4から5に上がる事によって変わる大きな理由は、スキルにもある。
5になった瞬間に覚えるスキルは、どの職能でも最も効率の良いスキルを得られる。
例えば、剣士は『剣闘気』というスキルを覚える。このスキルは『剣士』の代表的なスキルで、自身の精神力が続く限り、剣に闘気を纏わせる事が出来て、全ての攻撃が底上げされる。
更に使う時のペナルティは存在せず、本人の精神力に依存するので数時間維持させる事も可能だ。
そんなレベル5になった俺達のパーティーは、既にビッグボアを簡単に倒せるだろう。
しかし、ここで一つだけ懸念点があった。
「確かに俺達は強くなったよ。それはずっと指揮している俺も知っている。でも、俺達の成長はあまりにも早すぎる。本来なら数年かけてゆっくりと強くなり、その強さに見合った経験があるはずなのに、俺達にはそれがない。俺は……それが一番心配だよ」
真っすぐフィリアを見つめた。
「うん。ソラの言い分ももちろん分かるよ。それを分かった上で、ビッグボアに挑戦してみるべきだと思ったの」
「フィリア、その言い分にも理由があるんじゃないの? 聞かせてくれ」
隣で聞いていたアムダ姉さんが聞き返した。
「うん。最も大きな理由は、ソラの指揮にあるよ」
「えっ? 俺の指揮?」
想像していた答えとは全く違う答えに驚いた。
「さっき、本来の経験はゆっくりするモノだと言ってたよね。でもあれって、一人ではなく多人数での経験が入るはずなの。今日までソラの指揮で色んな戦い方を試した私達だからこそ、普通の人では出来ない経験を沢山経験した。それがこの一か月だと思う。本来の戦いは一人の力に頼る世の中なはずなのに、私達はずっと連携を意識している。だからこそ、私達はもっと連携を試していくべきだと思うの」
フィリアは、『連携』という言葉の時に強く主張していた。
その言葉の毎に他の先輩も頷く。
「ソラ。残念ながら『連携』の言葉が出たら……俺も賛成の側だな」
「カールまで!?」
「ああ、実は休日に知り合いのパーティーに何度か誘われた事があったよ」
いつの間にそんな事を……ここ一か月の休日は遊んでくれないなと思ってたらそういう事だったのか。
「俺なりに考えがあっての事だ。そんなに無茶な事はしてないから、休んでないと怒るのはよしてくれよ」
先輩達が笑い出す。
くっ……怒るに怒れない……。
「色んなパーティーの戦い方を学んで来たんだよ。魔法使いと言えば色んなパーティーが歓迎してくれるからね。それで思った事。ソラ、お前が率いるパーティーは異常だ。良い意味でな」
「え!? 異常!?」
「ああ、スモールボア十頭を一分足らずで倒せるパーティーを俺は見た事がない。まぁ、フィリアが本気を出して一人で倒すのも出来るだろうが、それとこれは全く別だ。全員があれだけ関わって、あれだけの事をやって一瞬で終わらせる……それがソラの指揮の力だよ。だから、そういう意味でならビッグボアに挑戦する方に投票だな」
カールの一言でビッグボアに挑戦する事が決まった。
勿論、事前の準備は徹底していく。
狩人チームの新しいスキル『ダブルクラッシュ』という、常時放った矢が二つになるスキル且つ高威力を目指す為、普段使いの鉄の矢の更に上位に当たる鋼鉄の矢を準備。
カールの新しいスキルは『詠唱短縮』により、素早く魔法が撃てるようになったので、攻撃の指示もしやすくなった。
そして、俺達は初めてのビッグボアに挑戦する事となった。
「ソラ……」
「ん?」
「流石に鋼鉄の矢とか、使い捨て魔石まで…………準備し過ぎじゃ?」
「準備にし過ぎも何もないよ! みんなの命がかかっているんだからな!」
「そりゃそうだが…………正直、いざとなりゃ、フィリア一人で……」
「そりゃ……最終的にはそういうのも考えてるけどさ……」
カールの言いたい事も分かる。
フィリアの『剣聖』に俺の『剣士』が一緒になり、双剣を使ったフィリアの圧倒的な強さは凄まじいものだった。
やはり、フィリアの居場所はここより……なんて思っていると、何故かフィリアにすぐにバレて、めちゃめちゃ怒られる。何故バレるのだ…………まさか、『剣聖』って読心術でもあるのか!?
「まぁ、最終兵器フィリアもいる事だし、俺達は精一杯頑張るわ~ソラも指揮よろしくな」
「おう! 俺も頑張るわ!」
次の日。
俺達はセグリス平原にやってきた。
いつもならこのままスモールボアを担いで帰れるように十頭くらい狩るのだけど、本日はスモールボアではなく、その上位個体のビッグボアが狙いだ。
平原を見渡す。
ちょいちょいゴブリンやスモールボアが見える。
そんな中、奥の方に物凄く大きいスモールボア――――いや、ビッグボアが見えた。
既に違う場所では、違うパーティーがビッグボアと戦っていた。
早速ビッグボアを見つけたフィリアが「あそこにいるわ!」と指差した。
俺達は速やかにビッグボアに向かった。
◇
一言で表すなら、とにかくデカい!
スモールボアが赤ちゃんのように思えるくらいにデカい!
「思った以上に大きいね……」
「ああ……」
始めて目の前にするビッグボアの圧倒的な威圧感に俺達全員足が竦んだ。
「みんな! 私達は強い! そして、最高の指揮官のソラがいる!」
フィリアの声に我に返る。
「ベリンさん! 前衛で大盾を構えてください! 受け止めなくていいです。というか、多分受け止められません。突撃してくるビッグボアの大盾で横なぎで進路をずらしてください!」
「分かった!」
「狩人チームは弓矢を準備! 一番チームは前方の足狙い! 二番チームは両目を狙ってください! 即撃ちで両目をそれぞれ狙ってください!」
「「「りょうかい!!」」」
「引っ張るのはいつものフィリア、お願い!」
「うん!」
「先制攻撃はカールの氷魔法から! 直後狩人チーム! 連続してカールは魔法を放ってくれ!」
「「「「りょうかい!!」」」」
「…………では、初めての大型魔物の狩りだけど、いつも通り戦えば何とかなるはず! もしもの時は、自分の命を優先に! では……フィリア! お願い!」
「任せて!」
フィリアがビッグボアに短剣を投げつけた。
攻撃されたビッグボアがフィリアを認知し、追いかけ始める。
フィリアも全速力でこちらに逃げて来た。
凄まじい速度の巨体が土煙を上げながら向かってくる。
怒り狂うビッグボアが近くまでやってきた。
「カール!」
「――――氷魔法、フローズンランス!!」
カールの氷の大槍がビッグボアに飛んで行き、そのまま身体に刺さる。
「撃て!!」
そして、狩人の弓矢が両足と両目に目掛けて飛んで行く。
『ダブルクラッシュ』が掛った弓矢が右目、左目、前両足に刺さった。
更に、カールの氷の大槍がもう一本、ビッグボアに刺さる。
……。
……。
……。
「あれ? 終わり?」
この後、突撃したビッグボアを大盾で進路を逸らして、もう一度陣形を組みなおして、もう一度やるつもりだった……のに。
「ソラ!」
フィリアが走ってきて、両手をあげた。
いつものハイタッチをする。
少し震える自分の両手を見つつ、カールや先輩達を見回した。
「「「「やったぞ!!!」」」」
抱き合う先輩達と、自分の肩に腕をかけてくるカール、嬉しそうに笑っているフィリアを見て、漸く勝てた事を理解した。
「「っしゃー!!」」
カールとのハイタッチが響き渡った。
◇
その日、セグリス町に衝撃的な光景が広がった。
彼らの事を知る者は多い。何故なら……彼らが孤児院の子供達だからである。
年長組の青年も数人いるが、中には幼さが残る少年少女も見えていた。
彼らは時たまスモールボアを担いでは、そのまま冒険者ギルドに向かうのだが、その光景はわりと日常的な光景であった。
しかし、本日の彼らは想像を超え、スモールボアではなくビッグボアを大きな荷台に乗せて、運んできた。
スモールボアは多くの冒険者が倒すので、担いでいても何ら不思議ではない。
しかし、ビッグボアともなると話が違う。
大型魔物であるビッグボアは、洗練されたパーティーでなければ狩るのは非常に難しい。
しかも、特出すべきは、誰一人怪我をしていない事である。
その日を境に、毎日ビッグボアを運ぶ彼らは、セグリス町でも一躍有名となった。
しかし、その噂はやがて違う方向へと進む。
『剣聖』フィリアが率いるパーティー。
ビッグボアは『剣聖』一人が倒しているという噂だ。
しかし、彼らが運んでいる光景を見た者なら誰もが知っている。
倒されたビッグボアに、斬り傷が一つもない事を。
ビッグボアを毎日狩る日々を送って、二か月が経った。
この二か月の間、フィリアとカールに数多くの勧誘が届いた。
勿論、全て断ってたけどね。
そんな中の休日の日。
フィリアが話があると事前に言っていたので、フィリアが迎えにくるのを待った。
トントン――――。
扉を開けると、フィリアとカールが来てくれた。
会議は孤児院の会議室を使わせて貰ってるけど、フィリアとカールとの話し合いとかは、うちを使っていた。
「お待たせ~」
飲み物を買って来たフィリアがテーブルにコップを用意して飲み物を慣れた手付きで注ぐ。
「さぁ、ソラ。少し話しておきたい事があってよ」
「おう、どうしたんだ?」
「ああ、最近、俺とフィリアに勧誘が凄まじい事は知っているな?」
「お、おう……」
フィリアは何でもないかのように飲み物それぞれの前に置いて、今度はクッキーを広げていた。
「まぁ、一言で言うなら、正直――――うざい!」
「いつもイライラしてるもんね」
「そうなんだよ! あいつら……ビッグボアを狩ってるのが俺とフィリアの力だと思ってやがるんだ」
「そこ!? まぁ、でもカールとフィリアの力もあるのは違いないからね」
「そこなんだよ! 大事なのは、もなんだよ! あれは俺達二人だけの力じゃないのに、それを知らないやつらが好き勝手に言ってるから……ぐぬぬ」
「まあまあ、そんなに怒っても仕方ないよ。ソラの力を私達だけで独占したいんだし、広まるのは私は嫌かな~」
「はぁ……このバカップルめ」
「誰がバカップルじゃ! まだ付き合ってもないわ!」
「えっ?」
「おいおい、ソラ……」
「あっ、えっ? フィリア? ちょっと、まっ、こわっ、やめっ!」
フィリアが目を潤わせて顔を目の前まで持ってくる。
「だ、だってよ……別にその…………」
「はぁ、ソラのバカ野郎。目の前でいちゃつくんじゃねぇ!」
「それは俺じゃないだろう! フィリアに言ってよ! ていうか、フィリア、顔が近いってば!」
「むぅ……ソラの意地悪……」
い、いや……意地悪も何も、事実を述べただけなんだが……。
そりゃ……フィリアの事は今でも好きだけどさ。だからってまだ付き合うとかそういう事、話した事もないしよ……。
「フィリア、話が進まん。それは後でやってくれ」
「カールの意地悪」
「俺は意地悪じゃない。全てソラの所為だ」
「俺!?」
カールが大笑いした。
「あははは! まぁとにかくよ。勧誘があまりにも多いし、このままでは上位のクランからの誘いもあるかも知れん。そうなると断るのも一苦労だ。そこでだ。ソラ、お前……クランに興味はないか?」
「クラン?」
「おう、いつものパーティーじゃなくて、クランを結成すると冒険者ギルドからクラン用クエストが依頼される事もあるし、在住地を決めれば、そこでクラン用建物を建てる事も可能になる。どうだ?」
「う~ん、そりゃ知ってるけどさ……でも……」
「「でも?」」
意外な答えなのか、二人共首を傾げる。
「…………だってさ? 俺はこのまま孤児院に恩返しがしたいんだ。でもクラン何て入ったら恩返しが出来なくなるじゃないか」
「ん? 恩返し? 何の恩だ?」
「え? 何のって……俺自身やフィリアを助けてくれた恩義?」
フィリアの顔が少し赤くなり、嬉しそうに「えへへ」と笑う。
「はぁ……そんな事かよ。それならもう大丈夫だぞ」
「もう大丈夫? どういう事?」
「ソラ。お前は自分自身の力を過小評価し過ぎなんだよ。お前の力のおかげで、今の孤児院は今までと比べものにならないくらい潤ってる。それも全てソラのおかげだよ。寧ろうちらの方こそ、お前に恩返しをしたいくらいだよ」
「え!? そんな事――――」
「あるわ!」
カールが俺のおでこにいつものデコピンをした。
「痛っ!」
「とにかく! これからは俺達の事より、お前自身の為に立ち上がって欲しいわけよ! 分かった?」
「分からん」
もう一回飛んできたデコピン。
「痛っ!」
「これは孤児院のみんなの意見なんだぞ? フィリアに言った言葉をそのまま俺が返してやるよ。ソラ。お前はこんな所にいるべき人間じゃない。これは親友であり、仲間でもある俺も、フィリアも、孤児院のみんなもそう思っているんだ」
「ソラ? 私もそう思うよ。私の『剣聖』ですら霞むくらいソラは凄いもの。この町でこのまま住み続けるのもいいけどさ。孤児院の皆は成人したら出ていくし、それぞれの道を進むと思うから。私達がいては逆に邪魔になるかも知れないと思うよ」
「…………ちょっと考えさせて」
「おう!」「うん!」
そして、持って来てくれたクッキーや飲み物を飲みながら他愛ない事を話した。
二人は決してクランの事は口に出さずに、メンバーの事、勧誘の事、職能の事などを話した。
その日の夜。
俺は一人、暗い天井を見ながらクランの事を考えた。
カールが帰り際、「ソラ。もしクランを建てるなら俺も誘ってくれると嬉しい」と言われ、フィリアは「私は入るの確定ね~」と言いながら帰っていった。
実はクランの事を少し考えていた時期もあった。
丁度、ビッグボアを初めて倒した頃だ。
その後、フィリアとカールには勧誘が殺到した。
それを見て、羨ましい気持ちは一切なかったが、不安を覚えた。
もしかして、自分がいつか捨てられるんじゃないだろうかって。
だから、クランを作って、二人を縛ろうと考えた。
でも……それって二人の未来を壊す事に繋がると思えた。
だから一度は諦めたのに……まさか、本人達から言われるなんてね。
夜が深くなっていく中、俺は決心を迫られていた。
またビッグボアを狩って一週間が過ぎた。
そして、休日の日。
俺はカールといつもの川沿いにやってきた。
「どうした? 親友」
既に何かを察したカールが声を掛けて来た。
「え、え、えっと」
「俺の前で緊張してどうするんだよ!」
「だ、だってよ!!」
「だっても何も、本人にちゃんと言えるのか?」
こいつ! なんで何も言ってないのに、相談したい内容を知っているんだ!?
「間抜けな表情だな。お前と俺がどれくらいの仲だと思うんだよ。そんくらい分かるわ」
「くぅ…………」
「それにしても、既に付き合ってるのかと思ってたぞ」
「あ、あ、う、う」
「だから、俺の前で緊張してどうすんの」
めちゃめちゃ恥ずかしい……。
だってフィリアに好きだと言ったけど……言った…………のか? あれは。
声に出せてたかまでは分からないけど、クソリオにボコボコにされたあの日。
フィリアにちゃんと「好きだから、助けに来たよ」って言いたかったけど……ボコボコにされて格好悪かったし…………上手く喋れてない気がする。
だから、前回の休日の日、付き合ってるのか合ってないのかずっとモヤモヤしたままだよ。
「いいんじゃねぇの? どうせフィリアもお前にぞっこんだしな」
「そ、そうかな?」
「何をいまさら」
「…………なんかさ、最近のフィリアを見てるとさ……」
「眩しくて段々遠くの人になっている気がする」
「勝手に心を読むな!」
「がはは! 惚気話されてるんだ。少しくらいからかわれろって」
「くっ……」
カールめ……いつの間に読心術を……。
「フィリアの昔話。一応、言うの禁止されてるけど、言うわ」
「え? 昔話? 禁止されてる?」
「ああ、フィリアってさ。孤児院にいる時、全然笑わないんだよ」
「あ、それ以前にも言ってたよね」
「あいつが心から笑うのって、ソラ、お前の前だけなんだよ。嘘じゃない。アム姉にも聞いてみるといいよ。一応言うなってフィリアに禁止されてるけど……まぁそろそろいいだろう」
「……どうしてフィリアは笑わないんだ?」
「俺達はさ、親に捨てられてあそこにいるんだよ。仕方ない事情があって孤児になった連中も大勢いる。でもフィリアは違う。確実に捨てられたのが分かってるんだよ。名前も母親と思われる人から付けられたらしい」
「へぇー、それは初耳だわ」
実はフィリアはあまり自分の事は語らない。
聞こうとすると、先回りされて、いつもはぐらかされるのだ。
「あいつは物心付く前から既に俺達に壁を作ってたのさ。それは俺達だけでなく、他人に対して大きな壁を作ったのさ。もちろん、今は感じないけどな。幼い頃のフィリアはずっとしかめっ面だったからな~」
「あ~、それは覚えてるわ」
何となく、初めて会った雨の日の事、しかめっ面をしたフィリアが雨に濡れていて、髪も短くボサボサだったから男の子と間違えて家に連れて来て、濡れた身体を拭いてあげたっけ。
物凄く反対されるのを風邪引くからと無理矢理拭いてたら、女の子って知ってしまって、その場で土下座して謝ったっけ。
それが面白かったらしくて、無邪気に笑うフィリアを今でも覚えている。
それからちょくちょく会うようになったフィリアはいつもしかめっ面だったのを覚えている。でもいつの間にか満面の笑みを浮かべるようになっていたんだ。
「それくらい、ソラの存在がフィリアにとっては大きいんだよ。幼馴染として、出来ればフィリアには幸せになって欲しい。それを叶えられるのは、ソラ、お前しかいないんだよ。だから、周りの目なんて気にすんな。お前自身とフィリアだけ見ろよ。それで答えが出ないんなら……仕方ないけどさ」
「カール…………ありがとう。決心出来たよ」
「そっか、でも俺の前であまりイチャイチャすんなよ」
「だからまだ付き合ってもないってば!」
「お前らはそういうの必要ないだろう」
「そ、そんな事……ないと…………思うけどな」
「まあ、そんな事より、早く行ってやれよ。ずっと待ってるぞ?」
「え!? 約束時間は夕方なんだけど!?」
「あいつはお前と約束がある日は朝からずっと待機してるんだよ」
「まじかよ………………行ってくるわ」
「おう、振られたら慰めてやるわ」
「縁起でもない事言うなよ!」
「がははは、まあ頑張れよ~」
カールが歩きながら後ろに手を振る。
俺は本当に素晴らしい親友がいるんだと思う。
そして、俺も待っている彼女の元に歩き出した。
◇
迎えに行ったフィリアは、嬉しそうに笑ったけど、一言も言葉を発しなかった。
そのまま、俺達は町のハズレにある大きな木の下にやってきた。
ここはフィリアが好きな場所で、暇な時は大体ここに来ればフィリアと会えていた。
「あ、あのさ!」
フィリアは何も答えず、小さく微笑んで俺を見つめていた。
「その…………」
何も言えないまま、少しの間が流れる。
言おうと決心したはずなのに、いざ目の前にすると、心臓が張り裂けそうだ。
それでもずっと待ってくれる彼女は、ずっと笑顔だった。
一つの曇りもない笑顔。
何一つ疑う事なく、俺の口が開くまで待っていてくれた。
「フィリア、俺は大した人間じゃないけど……フィリアの事。世界で一番……………………好きな自信がある、だから、その…………フィリアさえ良ければ…………俺と付き合って欲しい。フィリアの事。大――――」
俺の胸に飛び込んで来たフィリアの目には小さな涙が潤んでいた。
「私も大好き、ずっと待ってたんだから…………」
そして、俺達は不慣れな格好に戸惑いながら唇を重ねた。
この日、俺とフィリアは付き合い始めた。
「こんにちは」
俺とフィリアは冒険者ギルドにやってきた。
そもそも付き合うって何をしていいかも分からないし、無理に何かをするくらいなら、これからの未来の為に動いた方が良いという話になった。
だから、冒険者ギルドに『クラン』について詳しく聞く為、やって来た。
肩にかかるくらいのストレートの青い髪と、爽やかな笑顔が綺麗な受付嬢のミリシャさんが出迎えてくれた。
「こんにちは、ソラくんとフィリアちゃん。二人だけで来るなんて珍しいわね?」
「はい、今日はちょっと聞きたい事があって来たんですけど」
「うん? いつもボアの肉を差し入れてくれるソラくんの為なら、お姉ちゃん何でも教えてあげるから何でも聞いて!」
ミリシャさんが胸を叩いて、どーんと来い! と話した。
豊満な胸が揺れるのが見える。
「ふぅ~ん、ソラは大きい人が好きなのね」
「えっ? ち、違うよ!」
「…………」
「す、すいませんでした……」
「よろしい」
既にフィリアには頭が上がらない状態である……。
「ふふっ、二人とも、相変わらずの仲だね~、お姉ちゃんにも素敵な人が現れないかしら」
「え! ミリシャさんなら直ぐに素敵な人が現れますよ!」
「あら、ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」
「お世辞じゃないです! きっと近々現れますよ!」
「ふふっ、楽しみにしてるね! それで、聞きたい事は何かしら?」
未だフィリアがジト目で見つめているけど、何とか知らんぷりで話しを進める。
「実はですね。クランについて詳しく知りたくて」
「へぇー! ソラくん、クランに興味があるのね?」
「まだ決めた訳ではないんですけど、知っておくべきかなと思いまして」
「うんうん。偉い偉い! その若さで『クラン』に興味があるなんて、とても良い事よ! 最近の若い者は挑戦するって事をしないからね~」
そうなのか?
確かに、いつも良くして貰っていたパーティーの人達からも、似たような事を言われた事があった。
「では、まず『クラン』というのはね、同じ志を持つ集団の事を言うの。実際は集団とはちょっと違うけど…………クランは冒険者ギルドが強く勧めていて、言わばパーティーの強化版と思ってくれたらいいと思うわ。冒険者ギルドで正式なクランとして登録すれば、色んな特典があるわよ。ただ、誰でも登録出来る訳ではないから、それはまた後で説明するね」
それからミリシャさんは『クラン』について丁寧に説明してくれた。
まとめると。
①一つの集団として登録するように見えて、クランマスターの一人を中心に登録をし、全ての権限はクランマスターに与えられる。(クランマスターの一人だけのクランも存在するらしい)
②クラン登録の承認は、各冒険者ギルドのギルドマスターの推奨が必要だ。
③クランマスターの許可さえあれば、クランの構成員は何人でも良いが、クランの構成員が不正や違反などをした場合、クランのランクが下がったり、重い罰則もあり、最終的にクランの剥奪もありえる。
④クランにはクラン専属の依頼が来る場合があり、高ランクになればより依頼される。(内容によっては拒否も可能で、拒否した場合のデメリットはない)
⑤クランはランク別に各地のサービスを受ける事が出来る。代表的なモノは、どこの町でも土地が購入出来て、拠点を設ける事が出来る。(本来、土地の所有は貴族と商人ギルドの上位の人しか出来ない)
⑥クランごとにランクが存在していて、最上位Sランクから上位Aランク、通常Bランクがある。
以上だ。
とても不思議なのだけれど、元は幾つかのパーティーをまとめるために出来たモノらしいが、今ではパーティーというよりは、クランマスター……つまり強者の為のモノとなっているそうだ。
カールが色んなパーティーで見て来たという強者一人が引っ張るようなパーティーが、そのままクランに昇格する流れだ。
そうなると、クランマスターの完全な独裁が始まるそうだ。
それもそうよね……自分の力だけでのし上がった人が、わざわざ他の人に恵んであげたりはしないからね。
それでも、中にはメンバー全員を大切にするクランもいれば、全員が決めるルールにして定期的にクランマスターを変更するクランまで存在しているみたい。
様々な形のクランがいるけど、大体はクランマスターが強者であり、それに従う者の構図が殆どだそうだ。
「ミリシャさん」
「うん?」
「もし、僕がクランを設立したいと思ったら、何をしたらいいですか?」
「ん~………………ソラくんには申し訳ないけど、もし君達がクランを設立したいと思うなら、フィリアちゃんをマスターにした方がいいと思うよ?」
「え? 私?」
「ええ、フィリアちゃんなら既に『剣聖』として、うちの冒険者ギルド内でも有名だもの。この町で『クラン』が生まれるとしたら……現状、フィリアちゃんしかいないと思うわ」
「…………それって、今までビッグボアを狩って来たのが、私だからですか?」
「ええ。ソラくんがリーダーなのは知っているけど、それも『剣聖』であるフィリアちゃんがいるからこそ――――」
「分かりました。でも、それでは駄目なんです。私ではなく、ソラがマスターでクランを設立するとしたら、どうしたらいいですか?」
少し怒っているフィリアが、ぐっと我慢して聞いた。
「ん~、そうだね。ソラくんにも活躍して貰わないといけないのよね。例えば一人でビッグボアくらいは簡単に倒せるくらいね」
「…………」
ミリシャさんの言い分はとても分かる。
今までのクランマスターは強い人がなっているケースが殆どだ。いや、全部だと言ってもいい。
俺の力は大した事がないので、仕方ないよね。
「もしソラの力だけで、私がいないパーティーでなら、どのクラスの魔物を狩ってくれば認められるでしょう?」
「う~ん、そうね。ここら辺だったら麓の山からBランクの魔物を討伐して来たら、皆にも認められるようになるかも知れないわね」
「Bランク魔物……」
魔物はその強さによって、Sランク、Aランク、Bランク、Cランク、Dランク、Eランクと分けられている。
ビッグボアですらDランク魔物である。Dランクですら狩るのが難しい世の中で、その二つも上った事は、それがどれだけ強い魔物なのかを想像できた。
フィリアは何かを思ったかのように頷いていたが、彼女の表情からただならぬ決意が見えた。
目標が決まった。
カールに言われたから、フィリアに言われたから、それがきっかけなのは間違いない。
でも、自分の職能の事を考えれば、戦う職でもなければ、自らレベルを上げる事も出来ない。
誰かに助けて貰わなきゃ、ここまで来る事も出来なかった。
そこで考え方を変える事にした。
俺がクランマスターになって、誰かを助けるようなクランを作れば、それが巡り巡ってフィリアの為にも、カールの為にもなるんじゃないだろうかと思ったのだ。
孤児院の先輩達は、俺のおかげで狩りが安全且つ効率良くなったと言ってくれた。
以前カールに教えて貰ってから、周りのパーティーの戦い方を眺めた事がある。カールが言っていた通り、強者一人の為の戦い方をしていた。
それを自分なら変えられるかも知れない。だから…………大人になる十五歳を目途にクランを作る事を決意した。
それをカールと他の先輩達にも伝えると、みんなもとても喜んでくれた。
それからフィリアとカールに連れられ、服屋に連れて行かれた。
「って、何故服屋??」
「それは入ってからのお楽しみな」
「お、おう……」
三人で服屋に入った。
綺麗な洋服が沢山並んでいて、カウンターには服を縫っている女性がいた。
「いらっしゃい~、ん? フィリアちゃんじゃないか」
「メルおばさん、こんにちは」
「いらっしゃい~ほぉ…………どっちが彼氏だい?」
「ふふっ、赤い方です」
「あらあら、可愛らしいわね」
平然と答えるフィリアに顔が真っ赤になってしまった気がする。
隣にいたカールは「くっくっくっ」と笑いながら、肘で突いてきた。
「メルおばさん、今日はお願いがあって来たんですけど」
「あら、フィリアちゃんの為なら、おばさん、頑張るわよ!」
「えへへ、ありがとう! 実はですね、いつか『クラン』を作ろうと思ってまして、『クランの紋章』を作って貰いたいんです」
クランの紋章??
初めて聞く言葉に、頭の中に、はてなが溢れた。
「ソラ、クランにはそれぞれ紋章というか、証が存在してる。それを何らかの形で公示する事になるんだよ。例えば、今回みたいにいつか作ろうと思っている固定のパーティーは、事前に作っておく事によって、他のパーティーからの勧誘を全て断る意味を持つんだよ」
「へぇ……全く知らなかったよ」
「まあ、この町ではあまり見かけないからね。そもそもクランも一つしか存在しないし、そのクランも基本的にはこの町にいないしな」
「ああ、クラン『蒼い獅子』ね」
「そうそう」
蒼い獅子は紋章がとても格好いいクランというイメージしかない。この町にはあのクランの所有している土地が多く存在している。
例えば、うちが住んでいる家なんかもそのクランの所有している土地だ。結果的にその土地代金をかのクランに支払っている形になっているはずだ。
「それで、フィリアちゃん達はその紋章を私に作って欲しいという事ね?」
「はい! メルおばさんにお願いしたいとずっと思っていたんです!」
「ふふっ、分かったわ。どういう紋章でどういう大きさにするつもりだい?」
「取り敢えずは衣装に取り付けられるくらいの大きさがいいので、手のひらの大きさでお願いします」
「ふむふむ、では紋章はどんな感じがいいかい?」
フィリアが俺を見た。
「ソラ! 模様も私に任せて貰ってもいいかな?」
「うん、寧ろお願いするわ。俺は単純な模様しか浮かばないや」
満面の笑みを浮かべたフィリアはメルさんと打ち合わせを始めた。
カールもちょいちょい口を挟みながら三人が懸命に紋章を考えてくれた。
メルさんが要望に応えて紋章の下書きを進める。
既に考えて来たようで、フィリアが次から次へと意見を述べていた。
そして、数十分後、紋章の下書きが完成した。
中央に盾の模様があり、そこに剣が中央に縦向きに描かれ、弓が横向きに描かれており、槍と杖が斜めで交差している紋章だった。
「武器がいっぱい描いてある……?」
「うん! これはソラの力を象徴する為の紋章だよ!」
「俺の力を象徴?」
「うん! 多種多様な職能を与えられて、色んな戦い方が出来て、一人ではなく、みんなで一緒に戦っている事を示しているの」
「!?」
フィリアに言われ、紋章を再度まじまじと見る。
全ての武器が中央に重なっている。
きっと、お互いがお互いを支えているのを示しているのだろう。
「うん! この紋章、とても素敵だよ! メルさん! フィリア! カール! ありがとう!!」
「ふふっ、気に入ったようね。ではこれを手のひらの大きさで脱着出来るような紋章に仕上げるわよ」
「メルさん。よろしくお願いします!」
「ええ、任せておいて!」
メルさんに紋章の制作をお願いして、料金も事前に支払って服屋を後にした。
フィリアもとてもご機嫌でそのまま三人で食事をしつつ、未来のクランについて話し合った。
一週間ほどして、メルさんの所から紋章を受け取った。
俺達三人の肩に紋章を付ける。
魔法が掛かっていて、簡単に脱着出来て、激しく動いても取れる心配はないそうだ。
紋章を付けた俺達のハイタッチの音が、セグリス町に響き渡った。
ビッグボアを狩る生活が続き、色んな作戦を練りつつ時間が過ぎていった。
俺とフィリア、カールの肩にはクランの予定の紋章が付けられている。
意外にもアムダ姉さんとイロラ姉さんの肩にも付けられている。
クランの設立予定を先輩達に報告した時、アムダ姉さんとイロラ姉さんも入りたいと言ってくれて、ずっと助けてくれた二人だからこそ大歓迎だった。
他の先輩達は将来の事を考えて、そもそもクランには入らないと言っていた。
それと、ビッグボアをフィリア抜きで狩れる事を知ってから、フィリアから経験値を貰うようにしている。
他の皆さんの経験値はそのままにレベルを上げて貰う事にした。
最終的にはフィリア抜きで、Bランクの魔物を狩らないといけないからね。
ビッグボアを相手にいつもの作戦を繰り返して練度を上げていく。
やはり戦いで大切なのは、魔物の弱点を狙う事だった。
気付けばカールの魔法だけでビッグボアを沈めるようになっていた。
その気になれば一日ビッグボアを十頭は狩れそうになった。
それを期に、俺達は次なるステップの為、Dランクの魔物の次となるCランクの魔物を狩る事にした。
◇
セグリス町から南に進んだ場所に沼地が存在する。
それほど深い沼地ではなく、足元くらいの深さなのでハマる危険性はないが、この沼地には危険な魔物が存在する。
Eランクの魔物のフロッグとレッドスライムが主に生息しているが、その中にたまにCランク魔物『レッサーナイトメア』が現れるのだ。
数日に一頭現れると言われていて、角が非常に高額で取引されるため、狙っている冒険者パーティーも多くいた。
セグリス平原ほど収入が良い訳ではない為、普通のパーティーにはあまり人気ではなく、レッサーナイトメアを求めて高ランクのパーティーが点在している。
その中に狩りは行わず、周りを眺めているパーティーがいた。
その構成も異様な雰囲気で、前衛が二人、後衛が十人を超えるパーティーに、高ランクのパーティーの中には鼻で笑うパーティーもいる程だ。
暫くして、沼地の奥から禍々しいオーラが沼地に放たれる。
奥から現れたのは、真っ黒い馬型魔物で、大きさはビッグボアより少し小さいが頭に生えている二本の透明な色をしている角が不気味な魔物だ。その魔物こそが、今回ソラ達が目指すCランク魔物である『レッサーナイトメア』だ。
直後、大きな音と共に戦いが始まる。
レッサーナイトメアの初撃を与えたパーティーは、沼地の古参パーティーであった。
大きな斧を持った前衛二人がレッサーナイトメアを叩きつける。
鈍い音が響き、今度はレッサーナイトメアの身体から稲妻が発生して、二人を襲った。
直ぐに盾を持った剣士が正面に立つも、稲妻を受け止めきれず吹き飛ばされる。
更に続く稲妻を斧で攻撃している前衛二人も受けてしまいその場に倒れた。
その後、後衛から大きな氷魔法と火魔法が飛んできて、レッサーナイトメアに命中し、吹き飛んだ。
そこに畳みかけるように長い槍を持った者が二人、スキルを使いレッサーナイトメアに攻撃し、大きな音が沼地に響き渡った。
しかし、それでも倒れないレッサーナイトメアからは、黒い棘のような攻撃と、稲妻が溢れ、槍使い二人も巻き込まれその場に倒れ込んだ。
更に起き上がったレッサーナイトメアの咆哮により、後ろにいた魔法使い二人にも攻撃が及ぶと、魔法使い達もあっけなくその場で倒れた。
負け――――と思われたが、倒れた魔法使いの後ろに立っていた一人の男が前に出て来た。
彼の手には冷気が立ち上っている剣が握られていた。
その剣に闘気が覆われると、男がレッサーナイトメアに仕掛けた。
レッサーナイトメアの黒い棘を簡単に避けながら剣戟を与える。
稲妻が発生するも、男は受ける事はなく、器用に避けていた。
そして、最後に。
男の剣に一際大きな闘気が灯る。
その剣戟が放たれた後、レッサーナイトメアの首が宙を舞い、沼地に落ちた。
◇
「どうだった? ソラ」
「うん。大体の攻撃は覚えたよ。一番気を付けたいのは、稲妻と遠距離攻撃だね」
「あの稲妻は厄介だね……ベリンさんが耐えられるかにもよるな」
「前方だけの攻撃ならベリンさんの大盾で防げるんだろうけど、あの稲妻は全身を覆うからね……難しそうだ。ちょっと対策を考えてみるよ」
「そうだな。あの遠距離攻撃みたいなやつは、俺達なら避けられそうな速度だったな」
「うん。棘が真っすぐにしか飛んでなかったから、軌道も読みやすそうだった。多分だけど斜めに移動していれば当たる事はなさそう」
「へぇー、流石はソラだ。もうそんなに見極めたのか」
「向こうのパーティーが綺麗に受けてくれたからね。あれで助かったよ。あの人達のように真後ろに逃げても避けられないのが分かれば、あとはやりやすそうだ」
俺達は古参パーティーのレッサーナイトメア戦を眺めていた。
挑戦する前の情報収集の一環だ。
レッサーナイトメアはわりと耐久力が低いらしく、最後の男の人の怒涛の攻撃で倒れた。
あの男が戦うまでに、他のメンバーが一定のダメージを蓄積させていたんだろうね。
あれが、所謂普通のパーティーの戦い方なのだろう。
うちもフィリアを入れれば、ああいう戦い方が出来るだろうけど、俺としてはああいう戦い方はあまり好きではない。
あれで先に気を失った人達が、そのまま死んでしまう事もざらにあるからね。
それほどまでにレッサーナイトメアの角は高額で売れるから、狩りに来るパーティーは大勢いた。
今回は全員無事みたいで良かった。
あとは作戦を練ったら…………俺達も挑戦する事となった。
沼地での『レッサーナイトメア』を見学した俺達は、一度町へ戻り、それぞれのレッサーナイトメアの印象を話し合った。
一番印象的なモノは、高い攻撃力だった。
今まで俺達が戦ってきた魔物はせいぜいDランク魔物のビッグボアだ。
しかし、ビッグボアはDランクの中でも最弱と言われている。
その理由としては、攻撃手段が単純だからである。
他の魔物は厄介な攻撃を仕掛けてくるので、とても戦いにくいのだ。
今回目指すレッサーナイトメアもまさにそれだ。
一番の問題はあの稲妻……どう防ごうか悩みつつ、その日は解散となった。
そして、次の日。
俺達は再度沼地にやってきた。
レッサーナイトメアの出現予測日は明後日なので、昨日よりパーティーが少ない。
少ないというか、俺達含め、三つのパーティーしかない。
恐らく彼らも同じ狙いだと思う。
今日沼地に来た目的は――――地面に慣れる為だ。
沼地は地面に常に水が張ってある。
深さは足元くらいなので大した深さではないが、水がある事によって、素早く動く事が出来ない。
それと時折、場所によっては泥が深い場所があるそうだ。泥濘はせいぜい40センチらしいので、膝まで埋もれるくらいだろうね。
俺達は沼地の魔物である蛙型魔物『フロッグ』と不定型魔物『レッドスライム』を狩り始めた。
形が違えど、同じEランク魔物のゴブリンやスモールボアと大して変わりはない。
強いて言えば、彼らよりは攻撃力が高いくらいか。
しかし、当たらなければどうということはないのだ!
「ん……歩きづらいわね!」
アムダ姉さんが不満を漏らす。
「常に水の上を歩かないといけないし、所々に泥もあるからな……ゆっくり歩くならいいけど、走れと言われれば、嫌になるな」
先頭の大盾を持ったベリンさんが答える。
他の先輩達も同じ表情をしている。
沼地は今まで戦ってきた平原とは違って、足場に不安を覚えてしまうね。
何かに気づいたようで、アムダ姉さんが更に続けた。
「折角の狩人のスキル『忍び足』も水場じゃ使えないわ」
「あ~言われてみれば、使えないわね」
「足場が水場だからね」
狩人組の個人狩りで良く使うと聞いているスキル『忍び足』。
狩りの為のスキルで、魔物に気づかないまま近づき、弓矢を当てやすくするスキルだ。
水場ではどうしても音が鳴っているから、スキルが反映されないのかな? 意外な事実を知れて良かった。
周囲のパーティーが少ないからか、魔物の数が多い。
現れたレッドスライムに狩人組が放った矢が当たって、一撃で倒した。
「このレッドスライムが溶けて無くなる所も、何だか不気味よね」
「「「分かる!」」」
倒したレッドスライムは、直ぐに身体が溶けて無くなるのだ。
そして、その跡に小さな魔石を残す。
小さすぎてあまり使い道はないけど、集めて売れば微々たる金額にはなるだろう。
それからフロッグも倒しつつ、沼地に慣れる事に勤しんだ。
その日から、狩りのサイクルを決めた。
まず、『レッサーナイトメア』が沼地に現れるのは三日に一度。
なので三日に一度は必ず沼地に向かう。
今の所、レッサーナイトメアには挑戦しない方向で、他のパーティーの戦いを見学する予定だ。
そして、残り二日のうち、一日は平原でビッグボアを数体狩る事にした。
今までは一体だけ狩って終わってたけど、フィリアから少しでも実績を上げた方がいいと言われ、一日四体程狩るようになった。
そして、残り一日は休みにした。
余裕がある人は個人で狩りに行ったり、休んだり、自由に過ごすような日だ。
フィリアはと言うと、狩りの二日間は基本的に俺達と離れて狩りをするようになった。
フィリアの三日の流れは、一日目は新人パーティーに混ざり、レベルを上げる。
二日目は中堅パーティーに混ざり、レベルを上げる。
三日目は俺と休日を過ごしたり、俺の剣術の練習相手になってくれたり、デート…………をしたりして過ごしていた。必ず三日目終わりには「ソラ、ほら……私の経験値……」と言ってくれて、その…………なんだ、毎回終わりに唇を重ねる生活を送った。
それにしてもレベルが4から5に上がる気配は全くしない。最近ではフィリア以外の人からは経験値を貰えてないからね……仕方ないのかも知れない。
現在、俺のレベルはこんな感じだ。
メイン職能である『転職士』がレベル4。
サブ職能である『剣士』が3、『狩人』が3、その他1だ。
剣士はアビリオと戦う前に既に3まで上げていた。
それからフィリアの経験値を貰う生活を送っていると、狩人のレベルが3まで上がった。
自分ではレベルを上げられない俺だからこそ、パーティーメンバーと比べると、とても遅いけど、フィリアからそれでも十分早いと言われた。
更に言えば、ステータスが他の人の二倍になる為、狩人レベル3でも、メンバー達よりも高いステータスになっている。ただ、スキルで差があるので、その差を埋めるのは難しい。
三日サイクルを始めて二か月。
俺達は遂に『レッサーナイトメア』に挑戦する日がやってきた。
「氷の魔石、よし――――鋼鉄の矢、よし――――大盾二つ、よし――――最後にもしもの為の『回復ポーション』、よし」
俺は目の前に並べられた物品を確認する。
使い捨て用の氷の魔石、狩人チーム用の鋼鉄の矢、最前衛盾役用大盾二つ、そして、もしもの時のポーションを二つ。
『回復ポーション』は特殊職能である『錬金術師』しか作る事が出来ず、材料は大した事がないらしいが、作り手が少ないのでとても高価なモノとなっていた。しかも、鮮度付き。
今の自分の全財産ではここまでが限界だった。
パーティーメンバーからも金を出すと話があったが、この戦いはあくまで俺の為の戦いであり、俺の為の挑戦だから、俺が揃えるのが当然だと思って断った。
それに……下手をすれば命まで落とすかも知れない戦いに、メンバーを巻き込んだのだ。これくらいはしたいと思う。
俺の決意もあって、メンバーも納得してくれて、準備が進み、遂に俺達は『レッサーナイトメア』に挑む日がやってきた。
◇
その日は晴天で、いつもジメジメしている沼地ですら、晴れた日であった。
そして、かの地は多くのパーティーで溢れた。
目標は一つ。
レッサーナイトメアである。
三日に一度しか出現しない為、普段はパーティーも少ないこの地だが、三日に一度は人で溢れるのだ。
既に十を超えるパーティーがその瞬間をじっと待っていた。
そんな中、異様な雰囲気のパーティーがいた。
弓を引いている人が十人にも及ぶそのパーティーは、他に魔法使い一人と、何故か両手に盾を持った男が一人、真ん中で長剣と弓を携えた少年が一人だった。
本来なら弓使いは一人か二人しか入れないパーティーが多い中、大半の人数が狩人という光景に、初めて見るパーティーは笑う者も多かった。
そんな中、古参パーティーのリーダーだけは違う目線で見ていた。
彼らがやっている事がどれだけ効率が良い事なのかを感づいていたのだ。
それがどういう事なのかは、その場にいた者全てが直ぐに分かる事となった。
沼地に一際大きな威圧感が放たれた。
皆がその場所に振り向く。
しかし、皆が振り向くよりも早く、矢が飛んでいた。
沼地の中央から四方を向いていた狩人パーティーから直ぐに放たれた矢であった。
黒い霧の中からレッサーナイトメアが現れたその瞬間に、放たれた矢が直撃する。
その鋼鉄の矢は、スキルも相まって大きな音を鳴らし、直撃したレッサーナイトメアも一歩後ろに怯んだ。
直ぐに中央の少年が「展開!」と声を上げた。
すると、弓矢を持った狩人たちが、少年を中心に右側と左側に人五人分ほどの距離を離して並んだ。
並び終えた頃、レッサーナイトメアがそのパーティーに向かって仕掛けてきた。
稲妻を身に纏ったレッサーナイトメアが体当たりをする。
しかし、そんなレッサーナイトメアを両手に大盾を持った男が全力で体当たりをしてぶつかった。
鈍い音がして、レッサーナイトメアが吹き飛ばされた。
大盾に稲妻が纏い、やがて男をも飲み込んだ。――――と思われたが、男が速やかに大盾を手放して、後方に逃げて行った。
直後、大きな氷魔法と矢がレッサーナイトメアに降り注いだ。
一通りの攻撃を喰らったレッサーナイトメアだったが、次の攻撃に対して咆哮を放った。
咆哮により、撃たれた矢を全て空から落とした。
しかし、それを既に見切っていたかのように、咆哮が終わるタイミングで、大きな氷魔法がレッサーナイトメアに直撃する。
またもや大きなダメージを負ったレッサーナイトメアは悲痛な鳴き声を上げた。
反撃を試みるレッサーナイトメアは、またもや全力で稲妻を纏い、パーティーに突撃する。
しかし……その行動が届く事はなかった。
何故なら、またもや大盾を二つ持った男が体当たりをして来たのだ。
一度目と同じく、レッサーナイトメアが吹き飛ばされ、稲妻は既に持ち主がいない大盾二つを覆った。
「今です! 全力攻撃!」
少年の声に合わせて、狩人達の弓矢と魔法使いの氷魔法がレッサーナイトメアに降り注いだ。
数十秒。
漸く矢と魔法が降り止み、ボロボロなレッサーナイトメアが起き上がった。
そして、
少年が放った矢がレッサーナイトメアの頭を貫通する。
レッサーナイトメアは短い鳴き声をし、身体が消滅。
その場に美しい角が二つだけ残っていた。