またビッグボアを狩って一週間が過ぎた。

 そして、休日の日。

 俺はカールといつもの川沿いにやってきた。

「どうした? 親友」

 既に何かを察したカールが声を掛けて来た。

「え、え、えっと」

「俺の前で緊張してどうするんだよ!」

「だ、だってよ!!」

「だっても何も、本人にちゃんと言えるのか?」

 こいつ! なんで何も言ってないのに、相談したい内容を知っているんだ!?

「間抜けな表情だな。お前と俺がどれくらいの仲だと思うんだよ。そんくらい分かるわ」

「くぅ…………」

「それにしても、既に付き合ってるのかと思ってたぞ」

「あ、あ、う、う」

「だから、俺の前で緊張してどうすんの」

 めちゃめちゃ恥ずかしい……。

 だってフィリアに好きだと言ったけど……言った…………のか? あれは。

 声に出せてたかまでは分からないけど、クソリオにボコボコにされたあの日。

 フィリアにちゃんと「好きだから、助けに来たよ」って言いたかったけど……ボコボコにされて格好悪かったし…………上手く喋れてない気がする。

 だから、前回の休日の日、付き合ってるのか合ってないのかずっとモヤモヤしたままだよ。

「いいんじゃねぇの? どうせフィリアもお前にぞっこんだしな」

「そ、そうかな?」

「何をいまさら」

「…………なんかさ、最近のフィリアを見てるとさ……」

「眩しくて段々遠くの人になっている気がする」

「勝手に心を読むな!」

「がはは! 惚気話されてるんだ。少しくらいからかわれろって」

「くっ……」

 カールめ……いつの間に読心術を……。

「フィリアの昔話。一応、言うの禁止されてるけど、言うわ」

「え? 昔話? 禁止されてる?」

「ああ、フィリアってさ。孤児院にいる時、全然笑わないんだよ」

「あ、それ以前にも言ってたよね」

「あいつが心から笑うのって、ソラ、お前の前だけなんだよ。嘘じゃない。アム姉にも聞いてみるといいよ。一応言うなってフィリアに禁止されてるけど……まぁそろそろいいだろう」

「……どうしてフィリアは笑わないんだ?」

「俺達はさ、親に捨てられてあそこにいるんだよ。仕方ない事情があって孤児になった連中も大勢いる。でもフィリアは違う。確実に捨てられたのが分かってるんだよ。名前も母親と思われる人から付けられたらしい」

「へぇー、それは初耳だわ」

 実はフィリアはあまり自分の事は語らない。

 聞こうとすると、先回りされて、いつもはぐらかされるのだ。

「あいつは物心付く前から既に俺達に壁を作ってたのさ。それは俺達だけでなく、他人に対して大きな壁を作ったのさ。もちろん、今は感じないけどな。幼い頃のフィリアはずっとしかめっ面だったからな~」

「あ~、それは覚えてるわ」

 何となく、初めて会った雨の日の事、しかめっ面をしたフィリアが雨に濡れていて、髪も短くボサボサだったから男の子と間違えて家に連れて来て、濡れた身体を拭いてあげたっけ。

 物凄く反対されるのを風邪引くからと無理矢理拭いてたら、女の子って知ってしまって、その場で土下座して謝ったっけ。

 それが面白かったらしくて、無邪気に笑うフィリアを今でも覚えている。

 それからちょくちょく会うようになったフィリアはいつもしかめっ面だったのを覚えている。でもいつの間にか満面の笑みを浮かべるようになっていたんだ。

「それくらい、ソラの存在がフィリアにとっては大きいんだよ。幼馴染として、出来ればフィリアには幸せになって欲しい。それを叶えられるのは、ソラ、お前しかいないんだよ。だから、周りの目なんて気にすんな。お前自身とフィリアだけ見ろよ。それで答えが出ないんなら……仕方ないけどさ」

「カール…………ありがとう。決心出来たよ」

「そっか、でも俺の前であまりイチャイチャすんなよ」

「だからまだ付き合ってもないってば!」

「お前らはそういうの必要ないだろう」

「そ、そんな事……ないと…………思うけどな」

「まあ、そんな事より、早く行ってやれよ。ずっと待ってるぞ?」

「え!? 約束時間は夕方なんだけど!?」

「あいつはお前と約束がある日は朝からずっと待機してるんだよ」

「まじかよ………………行ってくるわ」

「おう、振られたら慰めてやるわ」

「縁起でもない事言うなよ!」

「がははは、まあ頑張れよ~」

 カールが歩きながら後ろに手を振る。

 俺は本当に素晴らしい親友がいるんだと思う。

 そして、俺も待っている彼女の元に歩き出した。



 ◇



 迎えに行ったフィリアは、嬉しそうに笑ったけど、一言も言葉を発しなかった。

 そのまま、俺達は町のハズレにある大きな木の下にやってきた。

 ここはフィリアが好きな場所で、暇な時は大体ここに来ればフィリアと会えていた。

「あ、あのさ!」

 フィリアは何も答えず、小さく微笑んで俺を見つめていた。

「その…………」

 何も言えないまま、少しの間が流れる。

 言おうと決心したはずなのに、いざ目の前にすると、心臓が張り裂けそうだ。

 それでもずっと待ってくれる彼女は、ずっと笑顔だった。

 一つの曇りもない笑顔。

 何一つ疑う事なく、俺の口が開くまで待っていてくれた。

「フィリア、俺は大した人間じゃないけど……フィリアの事。世界で一番……………………好きな自信がある、だから、その…………フィリアさえ良ければ…………俺と付き合って欲しい。フィリアの事。大――――」

 俺の胸に飛び込んで来たフィリアの目には小さな涙が潤んでいた。

「私も大好き、ずっと待ってたんだから…………」

 そして、俺達は不慣れな格好に戸惑いながら唇を重ねた。



 この日、俺とフィリアは付き合い始めた。