アクアソル王国は、自領に街が一つ、砦が一つしか存在しない国だそうだ。
『シュランゲ山脈』に囲まれていて、その間に唯一続いている『シュランゲ道』と呼ばれている緩やかに曲がり続いている道を、帝国領ワンド街から進むと、唯一の砦が一つあり、そこからがアクアソル王国領となる。
道は馬車で数時間という距離があるので、意外と遠い。
砦には数人の兵士が立っていて、アインハルトさんに向かって敬礼ポーズをしていて無事に通れた。
「今の砦は殆ど形だけのものだ」
「形だけのものですか?」
「ああ、あそこから王国に入る観光客は、基本的に誰も止められない」
「止められない……」
「それがこの国の現状の一つだ」
アインハルトさんの厳しい表情から現状が垣間見れる。
アクアソル王国の女王様が俺達に会いたいと話した事や、交流を持ちたい事に繋がっているのだろうと想像がつく。
ただ、アインハルトさんも、以前来てくれたセリアさんも、送ってくれた女王様の手紙からも、悪い気配は一切してない。
以前俺達を利用したゼラリオン王国の面々とは雰囲気も感覚も全然違うね。
ただ、それもあくまで俺の感覚だし、だからといって向こうの言い分だけを信じる気はない。
それにうちには最高の頭脳の持ち主がいる。
ミリシャさんが感じた事も大きな答えになると思う。
アクアソル王国内を進んで思ったのは、ゼラリオン王国ではどこに向かっても魔物がいることだ。
なのにアクアソル王国では魔物が全く見当たらず、ただただ広く畑が広がっている。
なんだかこういう光景を見た事がないので、ワンド街よりもずっと不思議に外を眺めていた。
どうやら俺だけでなく、みんなもそうみたいで、広がる畑を見つめている。
「ソラくん。畑は初めて見るかね?」
「はい。とても不思議な光景です」
「外は魔物のフロアが広がっているからな。魔物のフロアがないのは、ここと魔女の森くらいなものだ」
「え? 魔女の森?」
意外な言葉に、俺は思わずアンナを見る。
「そだよ~あの森には魔物はいないね~」
「ん? 彼女は魔女の森に詳しいのかい?」
「アンナは魔女だからね~詳しいよ~」
「!?」
ほんの一瞬だけど、アインハルトさんの顔に初めて緊張感が見えたけど、ゆっくりしているアンナを見て、すぐに現状を理解して表情を戻す。
アインハルトさんって歴戦の戦士の雰囲気があるだけあって、落ち着くのも早くて驚いた。
「まさか……仲間に魔女がいるなんて、ソラくんは俺の予想を遥かに超えているんだな」
「あはは……たまたまなんですけどね…………でもアンナはとても優しくて悪さもしないし、噂のような魔女ではないので心配しないでください」
「私はソラくんが生きていれば何でもいいよ~」
い、生きて…………。
「アンナちゃん。ソラは死なせないわ」
「うふふ、フィリアも頑張ってね! フィリアなら最強のガーディアンになれると思うから」
「うん! 頑張る!」
意外にも初日バチバチしていたフィリアとアンナだけど、アンナに殺意がない事だったり、もう魔女王様の下に行くのが確定していて、威嚇する意味もないと諦めたフィリアは、それならばとアンナに色々アドバイスを求めた。
アンナは俺のためになるならいいみたいで、色々アドバイスをしてくれていた。
それもあってか、『銀朱の蒼穹』のメンバーとも打ち解けてきて、アンナも楽しそうに寄り添っていたから、俺達の中の魔女のイメージが良い方向に変わっている。
「アインハルトさん。ここでは何が作られているんですか?」
「うむ。麦というモノが作られている。ワンド街にもあったと思うが『バクシュ』という飲み物を見たかい?」
「あ~黄色いお酒ですね?」
「そうさ。あれの原材料となるのが、麦というもので、それを作るのがここの畑なのだよ…………」
「……アインハルトさん」
「うむ」
「女王様に呼ばれた理由の一つに、これも入ってますか?」
「…………ああ。これも大きな問題の一つだ」
何となく畑を眺めているアインハルトさんの視線に、どこか寂しさを感じていて、やはりそれも理由の一つなんだと納得した。
王国領を進み、広い街並みが見え始める。
イメージとは全く違うその美しい街並みに思わず声が出る。
真っ白い建物が規則正しく並んでいて、外から見える街並みの美しさを引き立てている。
色も白に統一されていて、さらに奥に見える美しい青い色の海という無限に広がっている湖が広がっている。
アインハルトさん曰く、あの水はしょっぱいらしい。
あれで大量の塩を作れるらしく、アクアソル王国の主な収入の一つになっている。
もう一つは麦と観光で三大収入源だそうだ。
王都に近づいて街並みに入ると、王城と思われる建物まで真っすぐ続いている道は美しく彩られている。
ただ、ゼラリオン王国の王城に比べると、アクアソル王城は王城にしては控えめだ。
それに他にも高い建物が一切ない。
高くて二階建てかな?
隣で気づいてくれたアインハルトさんは、街の向こうに見える海を街のどこからでも眺められるような作りになっていると話してくれた。
そんな話をしながら、俺達はお城に入る。
念には念を入れて、俺の影にメンバー全員を待機させていてアインハルトさんも了承済みだ。
馬車から降りて、美しい扉の先に進み、道の脇に立っているクラン『エデン』のメンバー五人、そして美しい女性が玉座に座って待っていた。
「初めまして、ようこそアクアソル王国へ。わたくしがアクアソル王国の女王、エヴァと申します」
案内された玉座の間。
玉座に座っている美しい女性が自己紹介をしてくれる。
本来なら跪くべきなのだろうけど、客人だからそうする必要はないと言われている。
「初めまして、クラン『銀朱の蒼穹』のマスターのソラと申します」
「本日はこちらの要請に答えてくださり感謝します」
「いえいえ、こんなに美しい街に誘って頂きありがとうございます。元々休暇地として有名でしたから、休暇に来る予定でした」
「ふふふっ、とてもよいタイミングでお声を掛けたみたいで良かったですわ」
「早速ですが、呼んだ理由をお聞きしても?」
アクアソル王国の女王様は大きく深呼吸をして、静かな口調で語り始めた。
「我々アクアソル王国は現在、帝国に事実上占領されております。皆さんがここに来られる間に見られたと思いますが、まず砦にて帝国から訪れる人を規制する事が出来ません……それも帝国の支配下にあるためです。
さらに我が国で作られている麦を全て『バクシュ』作りを強制させられ、格安の価格で取られている状態にあります…………武力を持って経済でも我が国を支配している状況なんです」
静かな口調だったけど、その奥にはもどかしさや怒りに近い感情が垣間見れる。
俺の後ろに待機していたミリシャさんが一歩前に出る。
「僭越ながらマスターのソラに代わりまして、わたくしミリシャが代わりに話させて頂きます」
「ミリシャ様ですね。よろしくお願い致します」
ミリシャさんの予想だと、アクアソル王国は『銀朱の蒼穹』に『武力提供』を頼まれるのではないかと予想している。
帝国の支配という言葉が出てきた以上、ミリシャさんの予想通りになるのだろう。
こういう交渉関係は、俺よりもミリシャさんが適任なので、女王様と直接話し合うのはミリシャさんにお願いすると事前に決めていた。
ただ、アクアソル王国の方々には聞こえない『念話』を使い、俺達は都度話し合うように決めている。
「女王様は帝国から支配と仰いますが……それは庇護下にあるの間違いではありませんか?」
「っ! い、いいえ! それは違います!」
「…………」
「我が国は帝国の庇護を頼んだ事はないのです…………あれは帝国からの見せしめのための噓偽りでございます。支配の代わりに無理難題を押し付けて、他国には庇護下においていると話しているだけなのです」
一つ気になるのは、女王様が声を荒げて話している間、周りのアインハルトさんや、宰相さんに見える若い男性や、他の騎士さんも全く口を開けない。
全て女王様に任せているのだろうか?
「では、アクアソル王国としては帝国の支配下から抜け出したいという事でございますか?」
「………………はい」
女王様の重苦しい返事が放たれる。
そのたった一言がどれだけ重い判断なのかは、事情を知らない俺達でも分かる程だ。
帝国に反する行為を今までしてこなかった。
でもこの一言で、俺達が味方になってもならなくても帝国と反すると公言してしまった。
それがどれだけ大きな問題なのか、女王もここに立っている重鎮たちも覚悟を決めているのだろう。
その時。
俺の後ろからルリくんが両手に二人の動かない人を連れて現れる。
「マスター。盗み聞きしていた二人を捕まえて来ました」
「ルリくん。ありがとう」
アインハルトさんの目が一瞬光った気がする。
「女王様。ここで『敵対』の意思が帝国に伝わらなかったとしても、この二人が戻らなければ帝国は『敵対』の意思と見なすでしょう。ここで私達が結論を出さなくても既にアクアソル王国は帝国に敵対しました」
「……はい。存じております」
「それも知った上で、初めて会う私達に『敵対』の意思を伝えたのですか?」
「はい。その通りでございます。とても卑怯な手だとは思います。ですが、長年我が国が虐げられた現状から考えれば、帝国より、あなた方に付いた方がアクアソル王国としてはより良い未来に繋げられると思ったからです」
「まだ私達については、それほど詳しい訳ではないと思いますが…………」
「はい。まだ『銀朱の蒼穹』の皆さんがどういう方々なのか、私の目で直接見れた訳ではありません。ですが一つだけ間違いない事実がございます」
ミリシャさんと話していた女王様の美しい瞳が、俺に向く。
「『銀朱の蒼穹』は残虐非道だったゲスロン子爵領を救い、革命の地となるレボルシオン領を築き上げました。アインハルトからレボルシオン領の視察までして貰いました。その結果、初対面ではありますが、我が国は『銀朱の蒼穹』に全てを賭けても良いという結論になりました」
全て…………か。
とても重い言葉だ。
一国の王が、国や民を全て背負って滅亡の可能性と引き換えに、希望に手を伸ばす。
何だか――――――
俺が転職士になって絶望の淵に陥って手を差し伸べてくれたフィリアを一度拒否した時、カール達のおかげで立ち直った時を思い出す。
あの時、全てを諦めた俺に、希望に手を差し伸べるように促してくれた親友がいたからこそ、今の『銀朱の蒼穹』が、今の俺がいる。
女王様の決意に満ちた瞳を覗くと、あの時の自分もそうだったのだろうかと思えるくらい、親近感を感じる。
ただ、一国を背負う交渉なので、ただ助けるのはクランとして駄目だと思うし、それでは俺が背負っているメンバーのためにもならない。
それに、実はここまで、全てがミリシャさんの予想通りに進んでいる。
――――――アクアソル王国側もそれを予想していたかのように。
「では、アクアソル王国として、私達『銀朱の蒼穹』に求める事はどういう事なのでしょうか? まさか、私達に帝国を倒してくれと仰るのですか?」
ミリシャさんの鋭い質問がアクアソル王国の女王様に向く。
あの手紙を承諾した時点で、何となくこうなるであろう事くらいは予想していたし、向こうもそのつもりだったのが目に見て取れる。
お互いの腹の探り合いが終わり、交渉に入る段階だ。
「私達アクアソル王国がクラン『銀朱の蒼穹』に求める事は、大きく二つです。一つ目は戦時の食料援助、二つ目は戦時の戦力援助を求めます」
悩む事なく、簡潔な答えが返って来る。
「一つ目に関しては、私達にとって造作もない事ですので、お受け致しましょう。ただ、二つ目に関しては承諾しかねます。それなりの大きな報酬でもない限り、我々がアクアソル王国を味方し、帝国と相反するメリットはないのです」
その時、アクアソル王国側の宰相と思われる男性が一歩前に出る。
「僕はアクアソル王国の宰相をしているアレックスという。其方らのメリットはないというが、現状ではゼラリオン王国に所属しており、かのシカウンド地域を支配したと聞く。このまま真っ先に帝国と戦いの場となるのは、シカウンド地域でもあるのだ」
「ふふっ、もし帝国がシカウンド地域に攻めて来た場合、ゼラリオン王国が対応するでしょう。私達はそれに無条件に力を貸す事でしょうけどね」
「では、そのゼラリオン王国よりもより高い報酬を用意するなら、クラン『銀朱の蒼穹』としては我らアクアソル王国の味方にもなってくれると受け取って良いのかな?」
「ゼラリオン王国よりもでしたら、我々も友人を見捨てたりはしないでしょう」
女王様、宰相様、アインハルトさんがお互いに見つめ合い頷く。
「分かりました。『銀朱の蒼穹』の皆さんにアクアソル王国が出せる全てを出します。まず一つ目、戦時中獲得した全てのモノを『銀朱の蒼穹』に渡します。
二つ目、アクアソル王国の北側に行った先に王家の土地が存在しております。そちらの土地をこの件の承諾時、無償でお渡しします。税金や制限も全て免除致します。
三つ目、アクアソル王国には資源はございません。ですが『歴史』がございます。その歴史をあなた達に共有させて頂きます。その中には我が国がずっと秘密裏に運営している『王家のダンジョン』という『Aランクダンジョン』もございます」
思っていた以上に破格な報酬だ。
一つ目は、そもそも戦力が足りないので戦時中獲得品を報酬にするのはよくある商法だ。
二つ目からの報酬はとても大きい。
無償で税金や制限無しの土地をくれた上に、その土地が元々王家のモノだという事も大きい。
きっと王家が長年持っていた休暇地とかだろうと思うけど、広さまでは分からないが、ここで報酬で出す程だから広さは十分過ぎるかも知れない。
そして最後の三つ目が一番魅力的な報酬だ。
何なら、上記二つがなくても、これだけでも大きな報酬になる。
【ミリシャさんの予想以上の報酬ですね】
【そうね……まさか王家の地まで手放すなんてね。本当に良い意味で予想以上だよ】
【ミリシャさん、もう少し交渉します?】
【そうね。せっかくならもう少し細かい交渉を進めてもいいかな?】
【分かりました。お願いします!】
ミリシャさんは少し緊張した風に装う。
「分かりました、もう一つお願いしたい事があります」
「はい、何でもどうぞ」
女王様は何でも聞いてくれそうな雰囲気だね。
ただ、そこに俺も女王様達も予想だにしなかったミリシャさんの交渉が放たれた。
「クラン『エデン』の解体及び退職。その後、六名の方に『銀朱の蒼穹』に入って頂きます」
さすがに俺もメンバーもだけど、それ以上にアインハルトさんや女王様も大きく驚く。
すぐに宰相様が何かを話そうとした時。
「実は私達『銀朱の蒼穹』には、人には言えない秘密がございます。申し訳ございませんがそれをアクアソル王国に共有するつもりはありません。さらにアクアソル王国の最高戦力をこのまま腐らせるのは勿体ないです。特に今回の戦争は、熾烈な戦いになるでしょう。それが予想されるからこその提案です。ただし、一つだけ約束します。『銀朱の蒼穹』のマスターであるソラくんは、メンバーの想いを最も重要視しております。だから戦いの後、メンバーがやりたいように応援すると思います。ねえ? ソラくん」
ミリシャさん!?
そこで俺に振るのかああああ。
「は、はい! 俺はメンバーに何かを強制したいとは全く思っていません。ただ、出来れば一緒に頑張れるところは一緒に頑張りたいなと思いますから」
アインハルトさんが手をあげた。
「それなら先程の報酬を全て無しにして、俺達が『銀朱の蒼穹』に入り、この国を守ってくれと言ったらどうする?」
「『銀朱の蒼穹』としてではありませんが、俺個人は皆さんの力になろうと思います」
「…………そうか」
「アインハルト様、我々の負けですね」
「宰相殿…………どうやらそのようだな、女王陛下……此度の提案、このアインハルトは受けても良いかと思います」
「アインハルト。許可します。私は皆さんを、クラン『銀朱の蒼穹』を信じます」
全てを悟ったように女王様の瞳が玉座の間にいる全ての人に向く。
既に覚悟は決めていたと思う。
でも最も身近で働いてくれた部下を手放すのは、報酬なんかよりもずっとずっと難しいことだと思う。
女王様の決断に、俺達も覚悟を決めた。
冒険者ギルドは大陸中に繋がっており、その国だけのモノではない。
そんな冒険者ギルドに衝撃的な事実が告げられる。
クランAランクで有名な『エデン』が、解散宣言をし、クランCランクの『銀朱の蒼穹』に全員移籍したと告げられる。
そのニュースは大陸中に瞬く間に伝わった。
俺達のクランはまだCランクなのに、最上位クランとして有名な『エデン』が合流するというニュースは、とんでもない事件に違いない。
「元々運営しているようなクランではないが、長年俺達の為に頑張ってくれたクランだからこそ、解散というのは悲しさが込み上がるものだな……」
「アインハルトさん……」
解散届けを冒険者ギルドに出した後、悲しげに呟く。
俺も何かしらの理由があって、『銀朱の蒼穹』を解散すると思うと、とても普通にはしていられる自信がない。
「だが、俺達も既に覚悟を決めている。マスター、これからよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします。アインハルトさんには教えて欲しい事も沢山ありますから、色々アドバイスしてください」
「うむ。マスターを助けるのもメンバーの役目。これまで培った知識と経験でマスターを助けられる部分は出来る限り協力しよう」
まさかあの日出会ったパーティーの人と、こうして肩を並べて戦える日が来るなんて、想像だにしなかったな……。
冒険者ギルドを後にして、俺達は王城の広場に集まった。
早速集まった元エデンであり、元五騎士達の六名に、『銀朱の蒼穹』を説明する。
そして、ミリシャさんの提案でスキル『ユニオン』の枠を見直す事になった。
サブマスターと指揮官は変更なし。
隊長の十枠を変更する。
①カシアさん、②アインハルトさん、③ルリくん、④ルナちゃん、⑤シヤさん、⑥カール、⑦メイリちゃん、⑧エルロさん、⑨カーターくん、⑩アンナ。
まず、アムダ姉さんとイロラ姉さんは隊長ではなく、隊員になって貰った。
二人とも元々人を従えるのは苦手だと言っていたので、そのままアインハルトさんのところに入って貰った。
そして十番目のアンナは、本人希望だ。
十番目が良いとの事らしいけど、隊長になった瞬間にアンナから放たれた圧倒的なオーラに、その場にいた全員が冷や汗をかいたのだろう。
隊員枠はそれぞれ厳選して入って貰っている。既に人数が多くなり、枠が足りない状況だ。
組員枠は無限で、その枠だけでも全ステータスが一割上がるだけで十分大きな効果だとの事だ。
「えっと……アインハルトさん達はともかく、アンナも本当に大丈夫?」
「うん~、私もソラくんの力が欲しいから~」
既にアインハルトさん達は全員が『同職転職』でレベルが1に戻っている。
それを見たアンナが、まさか自分にも掛けて欲しいと言われて驚いてしまった。
魔女とは言え、『銀朱の蒼穹』の一員だから誰も何もしないはずだ。
それをアンナから信用している事に、驚いてしまったのだ。
アンナに『同職転職』を使うと、「本当にレベルが1に戻った~凄い~」と不思議がりながら、自分自身に『鑑定術』を掛けて感動していた。
それと今回初めてレベル10だったメンバーをレベル1に戻した。
その理由としては、極スキルが変化するかどうかを見る為だったけど、一人目をレベル1に戻した時点で、解決してしまった。
結論から言えば、極スキルは一度獲得すると、消す事が出来ない。
レベル1に戻っても極スキルは消えず、そのまま残っていた。
その事から、変化させる事が出来ないのは確定した感じだ。
まさか、二つ目を獲得するなんてことはできないだろう。
アンナから極スキルも固有スキルも生まれつき決まったモノを持つと言われていたけど、それが確定した形だね。
レベル1に戻った時点で、『王家のダンジョン』について解説があった。
「アクアソル王国が『王家のダンジョン』をずっと隠していた理由。それは、とても簡単だからだ。別な名称として、『育成のダンジョン』と言われている。階層は全部で二層あり、一層には弱いが経験値が高い魔物が沢山存在している。
二層は、フロアボス魔物が一体だけ存在していて、向こうのAランクダンジョンのダークドラゴン同様にレベル10になれる『守護騎士』が存在する。強さはダークドラゴンよりも遥かに弱い」
アインハルトさんの言葉で、『王家のダンジョン』をずっと隠していた理由が分かった。
育成のダンジョン…………それを知るだけで、帝国は間違いなく侵略してくるだろう。
そんなダンジョンがあれば、経済など関係なく占拠できたに違いない。
育成が簡単に出来るダンジョンを持つだけで、とてつもない強みを持つからね。
ミリシャさんの見立てだと、アクアソル王国を見張っていた密偵が帰らない日が二十日続いた場合、攻めてくるのではと予想されている。
そういう事もあり、急いでレベル上げをして、休暇を取ろうと思う。
せっかく休暇に来たのに、まさか戦争をする羽目になるとは……予想はしていたけどね。
お城の中から地下に続いている道を降りる。
その先にある大きな扉があり、そこを開くと広い高原が見えた。
アクアソル王国の地下にある『王家のダンジョン』。
一層は広い高原で、見晴らしも良い。
さらにあちらこちらに見える魔物は、動きも遅くて弱いのに、経験値獲得量が高いとの事だ。
俺の影に入っている千人のメンバーに出て来てもらい、数刻ここで狩りを行う事にした。
その理由としては、『銀朱の蒼穹』のメンバーがレベル1に戻ってしまったからだ。
念のため、極スキルがどうなるのかを確認したいためもあったけど、強弱関係なく全員消えなかった。
今回『銀朱の蒼穹』のメンバーになってくれたアインハルトさん達とアンナもレベル1に戻ったので、ここでレベル上げを開始する。
千人のメンバーが一斉に一層中に散る。
みんな綺麗に散る当たり、リーダーたちの作戦が普段から沁みついているようだね。
俺達は何もせず、ゆっくり高原を歩いて戦っている状況を眺めているけど、戦っているみんなはレベル10になっているから余裕を持って戦っている。
このダンジョンの良さとしては、魔物が倒れた瞬間に復活するという凄いメリットがある。
五百体くらいいる魔物を一撃で倒して、すぐに復活する魔物を一瞬で倒してを全員が繰り返す。
「うふふ~『銀朱の蒼穹』って凄い! レベルがどんどん上がるわ~ソラくんの力も凄いわ~」
実際俺は体験が出来ないので、体感が分からない。
ただ、元五騎士のメンバー全員が地に手をついて涙を流し始める。
アインハルトさんが彼女らの背中を優しく摩ってあげた。
二時間後。
まさかたった一日――――いや、二時間でレベル9まで上げられた。
今までレベル9まで上げるのに二日、三日くらい掛かっていたのにな。
「千人越えパーティー判定って…………聞いた時は嘘のように感じてたが、いざ体験すると凄まじいな……」
「うふふ、これなら魔女達も簡単にレベル10になれるわ~」
「経験値…………レベル…………」
アインハルトさんとアンナは感動していて、元五騎士さん達は魂飛ばしている。
【みんな~! レベル9になったから二層に行くよ!】
散っていたメンバーが一斉に俺に向かって走って来ては、影の中に入って行く。
みんな動きがストイックで本当に助かる。
そのまま一層の後にして、二層に向かう。
高原だった一層とは違い、二層はものすごく広い部屋だ。
アインハルトさん曰く、『コロセウム』という場所らしい。
千人のメンバーが出て来ても、埋め尽くせない程に広い。
広場の向こうには、右半分が白色、左半分が黒色の鎧騎士が佇んでいる。
右手に黒い剣、左手に白い盾を持っていて、身体の色と反転しているのも特徴的だ。
弐式メンバーはほぼ全員がメイン職能『魔導士』、サブ職能『ローグ』だ。
『銀朱の蒼穹』のメンバーの半数を占めている弐式。
全員、それぞれの属性の大魔法を構える。
空に無数の大魔法が展開される。
鎧騎士が反応して、こちらに向かってくる。
しかし、こちらに走った瞬間、アンナが黒い触手で鎧騎士を打ち付けると一撃で吹き飛ぶ。
「今だ!」
壁に埋まった鎧騎士に向かって、数百発の大魔法が放たれた。
◇
◆元五騎士、セリア◆
私達はアインハルト様と共にアクアソル王国を守る五騎士だった。
だが……アクアソル王国のために私達はアクアソル王国の五騎士……そして、長年配属していたクラン『エデン』を辞め、新しくクラン『銀朱の蒼穹』に参加した。
不満――――がないというなら、嘘になる。
ただ、アクアソル王国の騎士団長であるアインハルト様と女王様が決めた事に口を出すつもりはない。
私は配属先であるアクアソル王国のためにこれからも頑張って行くだけだ。
新しいクランの指揮官をやっているミリシャさんの命令で、私達はレベルを1に戻された。
レベル10まで上げるのに、どれだけの努力と時間がかかったか……。
それが……たった一瞬でレベル1に戻ってしまう…………。
最初は、脱力さに慣れずに、自分が着ている鎧がこんなに重かったのかなと錯覚さえ覚える。
他のメンバー4人も同じ思いのようで、私達はそれぞれ顔を合わせては、泣きそうな気持ちを押し殺した。
私達はすぐに『王家のダンジョン』に連れて行かれる。
そうか……今日からまたレベルを上げる毎に…………ち………………あれ?
新しいマスターの影からものすごい人数の子供達が現れる。
中には獣人族がいたり、黒いフード付きマントを羽織った連中も出てくる。
一瞬でダンジョン一層に散った彼らは、赤子の手をひねるかのごとく魔物を狩り続けた。
一体、何をしているんだ……?
えっ?
何もしてないのにレベルが上がっ……た!?
それから二時間。
どうしてだろう。
レベル1に戻されたはずなのに、もうレベル9なんですが…………。
えっ?
このまま二層に?
またもや一層に散っていた子供達がマスターの影に入る。
これだけの人数が影に入るって一体何が起きているのだ?
二層に着くと、懐かしい『守護騎士』が奥に佇んでいる。
またもやマスターの影から子供達が現れる。
これだけの人数で戦うというのか?
……。
……。
……。
えっ?
空に大魔法が……数百?
えっ!?
守護騎士が一撃で吹き飛……ん……?
魔法が一斉に…………。
あ、あれ?
レベルが……10に…………。
「みんなお疲れ! 明日からは休暇が取れそうだね!」
「ソラくん、休暇に入る前に三日くらいソラくんのレベル上げをしない?」
「えっ? ミリシャさん……休暇が終わってからでも……」
「「「「マスター! 休暇前にやりたいです!」」」」
マスターすらドン引きしているこのクランの恐ろしさを知る事が出来た。
「えっと……俺達ばかり休んでていいのかな…………」
「いいのよ。寧ろ、ソラくんが向こうに行ったら、あの子達が気を使うわ」
現在、弐式、参式、肆式のメンバーは全員で『王家のダンジョン』一層でレベル上げを行っている。
既にレベル10なのにどういう事かというと、俺のレベルを上げるために、得た経験値を全て俺に送り続けている。
これを三日くらい繰り返したいとの事だ。
その前に休暇を取って欲しかったのに、みんなやる気満々でダンジョンに入ってしまった。
何故か、俺達は来なくていいらしい。
一時間置きに出現する二層のフロアボスこと『守護騎士』もきっちり狩っているようで、一時間置きにとんでもない量の経験値が入って来る。
育成向きの魔物のため、収穫物はないので、何も手に入らないけれど、こうして経験値を大量に送ってくれるだけで本当にありがたい。
俺達は一足先に休暇に入る事となった。
二人を除いて。
◇
◆フィリアとアインハルト◆
「アインハルトさん。今日はこちらのわがままに付き合わせてしまってごめんなさい」
「なに、若者が強くなりたいと願う事を応援するのも、騎士冥利に尽きるというものだ」
王城訓練所に大きな木剣を持つアインハルト。
それに向かって両手に木剣を持つフィリア。
アンナの力で、フィリアは自分の能力を一切活かせていない事を知った。
彼女の極スキルは、剣術を極めれば極めるほど強くなる。
それがまさか等倍で、持っている意味が全くない事に本人も驚いていたのだ。
ただ、彼女はどこかその理由を知っていた。
自分は一度も剣術を習った事がない。
以前、同じ剣聖であるアビリオに少しだけ教わった事があるが、あれは教わったというより、遊ばれていただけだ。
それ以来、彼女は強くなるために日々頑張っていた。
ただ、頑張っていたのは、レベルを上げる事であって、剣術を磨こうとした事は一度もない。
それが今になって重くのしかかったのだ。
来たる魔女王との対面の日までに、その能力を最大限に引き上げたいと思っていた。
そこで仲間になったアインハルト。
彼は長年王国の騎士団長を務めており、世界でも有名な剣士の一人だ。
『王家のダンジョン』の一層でメンバー達がレベルを上げてくれている間、彼女は真っ先にアインハルトに相談を持ち掛けていたのだ。
アインハルトは彼女の才能とやる気を買い、快く承諾した。
◇
俺達の休暇が始まって三日が経過した。
ようやく満足してくれたようで、他のメンバーもレベル上げを止めてくれて、やっと休暇に入ってくれた。
三日間、閑散としていたアクアソル王国の王都に凄まじい活気が戻った。
王国民のみなさんも待ってくれていたみたいで、俺達を大歓迎してくれる。
メンバーのみんなが笑顔になっているのを見ると、本当に嬉しい。
アインハルトさんと寝るまで稽古を続けていたフィリアも一回り強くなって帰ってきた。
たった三日だけど、元々才能もあるし、何より強くなりたい欲がある今のフィリアは、今までで一番強いと思われる。
アンナも見違えた~と話していたくらいだ。
「フィリア、疲れてない?」
「寧ろ元気になっているよ~」
笑顔でそう答える彼女は、眩しいお日様の光を受けて、美しい金髪を輝かせている。
「ねえねえ、ソラ! あそこの飲み物も気になる!」
彼女が指差す方向には、黄色い果物『ボナナ』の果実水が売られていた。
売られているというか、ここに滞在している間、買うというよりタダで貰う形になっている。
これも女王様の威光で、これからアクアソル王国の力になる俺達からは一切のお金を取らないと話し、王国にもその旨が伝えられた。
15日後に開かれるという戦争の事も、既に王都民全員に伝えられていて、普段から女王様が愛されているのが分かるくらい、今の王都民達の表情は明るい。
これから5日間俺達が休暇を取り、残り9日でまた俺のレベル上げを手伝ってもらう。
それから最後の15日目に祭りを行って、次の日に恐らく戦争になるという予想だ。
既に十日間入国禁止を言い渡されているが、終わり付近でもう一度十日間入国禁止を言い渡す予定らしい。
フィリアが次々に初めての果実水を飲み歩く。
俺もそれに付き合い、色んな果実水を口にした。
個人的には『ボナナの実』で作る果実水が一番好きかな。
次の日。
俺とフィリア、カールとミリシャさんで海沿いにやってきた。
ここでは『水着』というのを着るらしい。
初めて見るフィリアの水着姿は――――
「ソラ。ここは天国だな」
「カール。うん。全くの同意……」
フィリアは自身の髪色と同じ黄色い水着を着ており、無駄肉が一切ない全身を惜しみなく見せていた。
ミリシャさんは元々豊満な女性の武器を最大限に見せる青色の水着で、きわどい形の水着がとてもお似合いだ。
二人が海辺で水をかけあっている姿を見れただけで、ここに来て良かったと思える。
「なあ、ソラ」
「うん?」
「…………まさかとは思うが、フィリアと…………まだって事はないよな?」
「ん? なにが?」
「…………」
カールが片手で丸を作って、もう一つの手で押す仕草をする。
「ッ!?」
「…………ソラ。あまり待たせすぎなのも如何なモノかと思うよ?」
「いやいやいやいや…………まだはや――」
「早くない。遅いわ」
「…………」
「あれだけフィリアから好き好きと言われているのに、まだ待たせるのか?」
「で、でも……」
男女の事は、既にカールから教えて貰った。
大人の関係というやつだ。
俺はフィリアの事が好きだし、その気持ちに変化もなければ、寧ろ日々好きになっていく。
でも、どこかフィリアとそういう大人な関係を思うと不安が押し寄せる。
「フィリアはずっと待ってくれているだろう? 心配なんてしなくてもいいと思うぜ、親友」
「そう……かな?」
「おう、あとで使い捨て避妊用魔法陣あげるわ」
「…………ぅん」
それで何をするのかくらい知っているし、その先の事も知っているだけに、俺は力弱く返すしか出来なかった。
カールのやつ。
大笑いして、俺の背中を叩くと、フィリアとミリシャさんの下に走り、一緒に水の掛け合いに参加した。
少し重い腰を上げた俺も、その日はそれ以上悩む事なく楽しく遊んだ。
休暇も終わり、弐式、参式、肆式のメンバーは9日にも及ぶ期間、ずっとレベル上げに集中するため、『王家のダンジョン』で勤しんでくれるようになった。
フィリアとアインハルトさんの元五騎士の皆さんも、毎日剣術の訓練に励んでいる。
ルリくんとルナちゃんは、諜報のためワンド街に潜伏に向かっていて、ミリシャさんと俺とで二人の状況を聞いたり、指示を送ったりしている。
他のメンバーもそれぞれ『銀朱の蒼穹』のためになる事を頑張ってくれていた。
戦争まで残り10日。
どうやらミリシャさんの予想通り、アクアソル王国から定期連絡が来なくなった事で、ワンド街の領主エヴィンは、戦いの準備を進めている。
そのタイミングで、アクアソル王国からもう一回の十日間入国禁止を言い渡され、疑問から確信に変わった。
戦争まで残り4日。
こちらも向こうもお互いの準備がスムーズに進み、ワンド街に戦争のための兵士達が沢山滞在し始める。
中にはまさかの『エンペラーナイト』の一人もやってきて、思っていた以上に大きな戦争になりそうな雰囲気だ。
このタイミングで、ルリくんとルナちゃんには帰って来て貰った。
念のためというか、『エンペラーナイト』が来たという事実が分かったので、大きな収穫だ。
戦争まで残り2日。
この日をもって、俺のレベル上げ期間が終わる。
明日は祭りで、次の日には戦争が始まるからだ。
その日の夜。
ぎりぎりまで頑張ってくれるメンバー達。
それにより――――――遂に俺のレベルが8から9に上昇した。
- 職能『転職士』のレベルが9に上がりました。-
- 新たにスキル『経験値アップ⑤』を獲得しました。-
- 新たにスキル『エリートマスター』を獲得しました。-
- 新たにスキル『キャリアマスター』を獲得しました。-
- 新たにスキル『経験値タンク』を獲得しました。-
『経験値アップ⑤』
転職させた相手の獲得経験値を四十倍にする。
ただし、このスキルを持った者を転職させ、転職士が経験値を獲得した場合、獲得経験値が半減する。
『エリートマスター』
指定した人のセカンドサブ職能を選択出来る。
制約その①。
サブ職能のレベルを最大にした職能のみ設定可能。
制約その②。
セカンドサブ職能はメイン職能より下のランクでなくてはならない。
制約その③。
セカンドサブ職能は経験値の獲得及び経験値の移動が不可能。
制約その④。
セカンドサブ職能はスキルのみが反映される。
『キャリアマスター』
スキル『キャリア』の獲得経験値が二倍に上昇する。(スキル『セカンドキャリア』の獲得経験値部分のみ上昇)
『経験値タンク』
溢れた経験値が自動的に『タンク』に貯蔵される。
制約。
貯蔵された経験値は、スキルの所有者にのみ使用可能。
◇
「以上が今回獲得したスキルだよ」
レベル9になり得られたスキルを4つ、仲間に説明した。
「またとんでもないスキルばかりだね……確かにレベル9で覚えるスキルって凄いんだけど、『転職士』のスキルって他の職能よりも遥かに凄いわ……」
「うふふ、ソラくんがますます強くなるのは、嬉しいわ~」
溜息を吐いているミリシャさんとは対照的に、アンナは嬉しそうだ。
「それと、サブ職能から、今度はセカンドサブ職能が付けれるようになったので、フィリアはここに『剣士』を付ければ、他に好きな職能をサブ職能に出来るね!」
「えっ!? わ、私?」
呼ばれると思わなかったようで、驚いた表情で俺を見つめる。
「うんうん。俺はこのスキルを見た時に、真っ先にフィリアの事が思い浮かんだからね」
「おいおい、ソラ。惚気はやめてくれ~」
「えっ!? の、惚気じゃな…………ごめんなさい」
周りが笑う中、俺とフィリアだけ恥ずかしそうに少し顔が赤くなってお互いを見つめた。
これでフィリアも好きなように職能が付けられると思ったら、それがとても嬉しくなってしまった。
「ソラくん。それもそうだけど、最後のスキルはもっと凄いわ。これがあれば、つまり! もうレベルを1に戻す必要がないって事でしょう?」
ミリシャさんの言う通りだ。
スキル『経験値タンク』の溢れた経験値という文言。
それはレベルが最大に達した者が得た経験値の事を指す。
これでみんながわざわざレベル1に戻るのは、メイン職能を付け替えた時だけになる。
さらにサブ職能で得た経験値もこれに入るので、場合によってはこれから120倍の速度で貯まる事になるだろう。
メイン職能が40倍、サブ職能がメイン職能で得た経験値が2倍で手に入るので結果的に80倍、二つを足したら最終的に120倍の分になる。
戦争が終わったらすぐにでも俺のレベルを10にあげるのも良いかも知れないとミリシャさんがつぶやいているけど、どれだけ経験値が必要なのか分からないからね。
レベルも上がり、次の日には祭りが開かれた。
既にワンド街には大軍が留まっており、明日にはここに向かって出陣するはずだ。
この戦争に勝つためにも、喝を入れるために祭りを開くという名目だけど、喝を入れるためなのはちょっと不思議だ。
まあ、王都民達が喜んでくれるからいいか。
今回は女王様も下町に降りられ、みんなでお祭りを堪能した。
こんなに楽しい時間がいつまでも続いたらいいのにと思う。
広場に上がる焚き火を囲い、俺達は踊りながら夜を楽しんだ。
その日の夜。
「ソラ? 話しがあるってどうしたの?」
俺が話しがあると呼んだフィリアがやって来た。
フィリアは風呂上がりのようで、アクアソル王国の果物石鹸の良い香りが部屋に充満する。
それも相まってさらに緊張してしまう。
「えっと、フィリア……その……えっと…………」
フィリアはゆっくり俺が座っているソファの隣に座る。
ビタっとくっついて座るフィリアの匂いがより近くで感じられる。
自分の心臓の音がこんなに大きかったのかと思えるくらい、心臓の音が聞こえる。
「ねえ、ソラ? 私達って気づいたらこんな場所まで来てしまったね」
「う、うん……」
「初めて出会った時は、こうなるとは思わなかったけど…………私はソラに出会えて本当によかった」
「俺もだよ、フィリア」
見つめ合った彼女を自然と唇と重ねる。
いつもなら、ただ重ねるだけだけど、今日はもう少し先に進む。
拒否されたらどうしようと悩んでいたけど、フィリアは拒否一つ出さずに全て受け入れてくれた。
暫く息が入り混じる時間を過ごし、俺達はベッドに移動する。
初めてフィリアをお姫様抱っこすると、嬉しそうに俺の肩に頭をこすりつける彼女がまた可愛い。
ベッドに運んだフィリアは、全てを包み込んでくれる聖母様のような笑みを浮かべていた。
俺は慣れない手付きで、フィリアの服を一つ、また一つ脱がしていく。
途中、フィリアも手を伸ばし、俺の服を一つ、また一つゆっくり脱がしてくれる。
ゆっくり過ぎる時間も自分の心臓の鼓動の音が耳元まで聞こえてくる。
お互いに生まれた時の姿になり、初めて彼女の肌に触れる。
温かくも切なくも嬉しい感情が湧き出る。
フィリアと暫く肌をふれあい、俺達はお互いの愛を確かめ合う。
俺は最も幸せな時間をフィリアと一緒に過ごした。
朝早くに外の騒がしさに目が覚めると、隣の布団の中から俺を見つめる視線を感じる。
「フィリア!? お、おはよう」
「ふふっ、おはよう~ソラ」
カーテンが閉まっていて、暗めの部屋でもフィリアの美しい金髪と金色の瞳は光り輝いている。
「えっと、ソラ、一つ聞いていいかな?」
「いいよ?」
「えっと…………昨夜はご満足……頂けましたか?」
ふぃ、フィリアさん!? 一体何を聞いてくださるので!?
「ま、満足どころか大満足だよ! そ、それに…………」
「それに?」
「フィリアのような可愛い子がずっと俺の隣にいてくれるんだから、それだけでとても幸せだよ」
少し恥ずかしそうに「えへへ~」と笑うフィリアに、俺はもう一度恋をする。
お互いに愛を確かめ合った今だからこそ、彼女がとても愛おしい。
その時、俺は一つある事を思い付いた。
ずっと胸の奥に仕舞いこんでいたものを。
「フィリア、大事な話があるんだ」
「うん?」
「その――――――この戦いが終わったら、魔女王様に会いに行く前に―――――」
俺は緊張で高鳴る胸を必死に押し殺して続きを話した。
「俺と結婚してください」
表情が固まったフィリアは数秒全く動かない。
その刹那の時間が果てしなく長く感じる。
しかし、その返事は俺が想像していたモノとは全く違うモノだった。
何も話さず、彼女は固まった表情のままで、大きな瞳から大粒の涙を流し始めた。
「ふぃ、フィリア!?」
ただ茫然とした表情のまま、涙を流し続ける。
俺は思わず彼女を抱きしめる。
「ご、ごめん! 俺なんかが――――」
「ソラ…………」
「う、うん!」
「私なんかで……いいの?」
いつも俺の事となると、強気になる彼女なのに、こんなに力がない姿は初めてみる。
「フィリアがいい。フィリアじゃないとダメなんだ。これまでのように、これからもずっと俺と一緒にいて欲しい」
「…………うん。私……孤児だから、ソラの奥さんになれるなんて……信じられなくて……」
俺が嫌いで涙を流した訳ではない事に安堵しつつ、彼女の気持ちにもっと寄り添うべきだったと反省する。
未だ世界の孤児は地位が低い。
『銀朱の蒼穹』のメンバーの殆どが孤児でもあり、『銀朱の蒼穹』のメンバーとなっている事もあっても、孤児だと知られると今でもそのような目で見られる。
「フィリア。俺は身分とか地位とかそういうのは全く気にしないんだ。フィリアも他のメンバー達も、みんなが孤児だったとしても、僕の大切な仲間で、家族だと思ってるよ。だから、これから俺の奥さんとして、みんなと一緒に歩いて欲しい」
「……うん。ソラ。ありがとう」
「いや! むしろ受けてくれてありがとう!」
ずっと弱々しかったフィリアが、俺を強く抱きしめた。
帝国よりアクアソル王国への侵攻が始まる。
最初の戦いではソラ率いる軍によって圧勝となり、アクアソル王国が帝国から解放を宣言した。
帝国による第二侵攻が始まったが、侵攻したのは帝国最強飛竜騎士団を率いる伯爵だった。
伯爵との激戦を繰り広げて、ソラは伯爵と対峙する。
二人の対決に割って入ったのは、ソラの育て親の二人だった。
育て親二人からソラと伯爵の関係を知らせれ、伯爵が父親であることを知った。
母親は自分を産んですぐに暗殺されたため、匿うために離れた街で育てる事実を知らされる。
ソラを暗殺しようとしていたのが帝国の者であることを突きつめ、ソラと辺境伯が手を組むことになる。
アポローン王国が帝国の侵略を受けているとのことで、アポローン王国側に参戦。
帝国の最強騎士と戦いになるがギリギリの戦いで犠牲なく勝つこととなった。
帝国最強騎士とフィリアが戦っている間、フィリアの出生の秘密を知るスサノオが目覚める。
精霊眼を発現したソラは、母の故郷を訪ねると、精霊王となった母と再会した。
フィリアと結婚が決まり、両親が見守る中、二人はめでたく結婚。
しかし、魔女王と凱旋後、フィリアは自分の使命を知り、スサノオに体を渡して大陸の外に出ることにする。
大陸を守っていた結界が破れ、フィリアが外の世界に向かい、ソラ達はフィリアを返してもらうため、魔女王と共に光の神へ戦いを挑む。
中央大陸に上陸したソラは神田家神宮司家の力を借りると共に、封印大陸から援護に来てくれた仲間と共に、中央大陸を支配している国と激突する。
スサノオとの激突の末、フィリアを取り戻したソラは、神の力を得て光の神へ挑む。
光の神アマテラスは最後の力で世界に巨大隕石を落とすが、ソラは精霊になって世界を守ることを覚悟する。
最後は最愛の妻フィリアの手によってソラは命を亡くし精霊となり世界を救った。