幼馴染『剣聖』はハズレ職能『転職士』の俺の為に、今日もレベル1に戻る。

 俺の目線の先には、人類の頂点と思われる二人の戦いが繰り広げられている。

 剣の軌道が見える者はごくわずかだと思われるほどに、凄まじい剣戟のぶつかり合いだ。

 一閃一閃が上級魔法のような火花が散る。

 しかし、二人の表情は対照的だ。

 王様は余裕があり、笑みすら浮かべているが、ハレインは余裕がなく、苦い表情を浮かべ、汗まみれの姿を見せる。

 段々とハレインの動きが鈍くなっていくのが見える。

 王様の剣戟は少しずつ強くなっていく。

 見るからに元々の実力差も結構あったと思うんだけど、どうして戦争なんか……。

「ハレイン、この程度か!」

「っ! 舐めるな! 貴様には負けん!」

 ハレインは懐から、一本の小さな瓶を一つ取り出し飲み干す。

 すぐに彼の身体から、赤い色の湯気のようなものが出始める。

「…………ハレイン。落ちぶれたな」

「ふざけるなぁあああ! 貴様に虐げられた我が一族の苦しみ、決して忘れたとは言わせんぞぉおおお!」

「…………」

 大きな剣をハレインに構える王様。

「それを逆恨みというのだ。さあ、かかってくるがよい」

「ゼラリオン王おおおおお!」

 目が真っ赤に染まり、涎を垂らすハレインの怒涛の攻撃が続く。

 王様は一つ一つ丁寧に跳ね返すが、ハレインの攻撃が数段強くなっていて、少しずつ王様が押されて行く。

 先程の薬のせいなのだろう。


 その時、ハレインの剣が王様の剣を跳ね返し、王様の大剣が大きく吹き飛ばされた。

「貰ったあああああ、死ねええええええ!」

 ハレインの剣が王様を斬ろうとした瞬間。

 金属がぶつかる甲高い音と共に、王様の前に火花が散る。

「ッッッ!?」

 そこには真っ黒い衣装で真っ黒い大剣を持った者が、二人の間を割った。

「申し訳ございません。邪魔させて頂きます」

「……『シュルト』か。すまぬ」

「しゅるとぉおおおおおお!」

 王様が後方に去って行く。

 ハレインが悔しそうに、『フロイント』を睨む。

「ここは戦場。貴方に戦いを与える場ではないわ」

「くそおおおおお!」

 ハレインの剣が『フロイント』を襲うが、全てを簡単に跳ね返す。

 一歩ずつハレインが後ろに下がり続ける。

「どうしてだあああああ、貴様らは俺様の味方だろうがあああああ」

「…………残念。私達を売った(・・・)のは貴方自身。マスターは最後まで貴方を信じていたのに、それを裏切った貴方が悪いわ」

「ふ、ふざけるなああああ!」

 必死に剣戟を繰り出すが、『フロイント』には全く効かず、少しずつハレインの動きが鈍くなる。

「貴方程の者が薬に溺れるなんて皮肉ね」

「く、くそがあああああ! 貴様らに我が家の絶望が分かるか! 貴様らさえいなければああああ!」

「選択を間違えた貴方自身の責任ね」

 二人が何かを話しながら、凄まじい勢いでぶつかっていた剣戟の数も、秒間のぶつかり合う数が半数にまで減り、遂にハレインに傷が増えていく。

 必死に防ごうとするが、『フロイント』の剣の前では全く通用せず、少しずつ小さな傷が増え、次第に剣を振れなくなった。

 そして、ハレインは『フロイント』の一撃によって、その命を終わらせた。



 ◇



「『シュルト』。此度の活躍、褒めてつかわす」

「ありがとうございます」

「報酬については、すぐに精算するが、いかんせん戦時中だ。終わるまで暫し待って貰いたい」

「心得ております。ミルダン王国はどうなさるので?」

「このまま兵を送りたい――――と思うのだが、南側にいる帝国の動きも気になる」

「はい。ではミルダン王国に、我々は向かいましょう。均衡を崩す事くらいは出来るでしょう」

「うむ。その報酬についても後日話し合うとする。『シュルト』が提示する報酬を極力叶えると約束しよう」

「ありがとうございます。ゼラリオン王様の好意に『シュルト』の団長として嬉しく思います」

「うむ。では西側も引き続き頼むぞ」

「はっ」

 俺は『フロイント』と、帰って来た『ブルーダー』達を連れ、そのまま北側に向かった。





「陛下」

「ビズリオか」

「『シュルト』の戦力が思いのほか、凄まじいモノでした」

「そうだな。まさか、バーサークポーションを飲んだハレインですら相手にならないとは」

「!? そこまででございましたか」

「ああ。副団長『フロイント』というやらは、エンペラーナイトと同等かそれ以上の力を持っていた」

「…………『シュベスタ』と『ブルーダー』に『フロイント』。更には団長である『ヒンメル』。既にこの四人だけでも一国が滅ぶような戦力ですね」

「ああ。東の大陸は強者が多いと聞いているが、その通りかも知れないな。この戦争が終わったら東の魔女王に酒でも送ってやらねばならんな」

「はっ、()グレイストール領には良い酒があるようですので、そちらを送りましょう」

「そうだな。それと財産を全て王都に運べ。『シュルト』がどういう無理難題を言ってくるか分からないからな」

「はっ。かしこまりました」

 ビズリオは残るハレイン軍を殲滅しつつ、グレイストール領を占領するまで多くの時間は要さなかった。

 そして、この日。

 『銀朱の蒼穹』の裏の顔『シュルト』が大陸の戦争で初めて頭角を現した日となった。
 俺達はそのまま北上し続ける。

 王様の本陣と別れて、森の中に入ると、今回参戦出来なかったメンバー達が待っていてくれていた。

 荷車に乗り込み、いつものラビに飛ばして貰い、北上を急ぐ。

「ミリシャ姉、全て読み通りだったね」

「ええ。きっとジェローム様も耐えているはずだけど、攻めはしないと思う」

「本陣と合流してからですかね?」

「それもあるけれど、もしもかの戦場にハレイン軍が攻めて来た場合、挟まれる形になるからね」

「負ける時の事も考えれば……なるほど」

「ただジェローム様は王国でも一番と謳われている歴戦の戦士。このまま『シュルト』が参戦すれば、間違いなく一緒に攻めてくれると思うわ」

「分かりました。このまま『シュルト』はミルダン王国本陣を叩きましょう!」

「「「「おー!」」」」

 暫く空を飛ぶ旅を経て、戦場が見える森に着地する。

 準備を終え、『シュルト』として戦場に駆けつける。



 戦場はミリシャさんの予想通り、お互いに睨み合いながら小競り合いを行っていた。

 両軍共、お互いに援軍待ちの状況だろう。

「『シュルト』開戦!」

「「「「はっ!」」」」

 最初に肆式の魔導士組の魔法をミルダン王国の本陣に叩き込む。

 いきなり広がる爆炎に両軍共に驚くが、全ての爆炎がミルダン王国に広がっている事にジェローム様がいち早く判断し、進撃の太鼓を鳴らして、ミルダン王国軍本陣に攻め入った。

 俺達もその手伝いとして、相手本陣に横やりを入れる。

 固い防御力を誇っているミルダン王国軍も、魔導士の魔法に十発も飛んで行くと大きなダメージを追っているようだった。

 兵士達が次々爆炎に飲み込まれ、戦場に悲痛な叫び声がこだまする。

 ジェローム様の進軍も素早く進み、ミルダン王国軍を次から次へと斬り伏せて行く。

 逃げていく高官は『ブルーダー』達を逃がす事はなかった。

 半日。

 戦争は終結し、攻めて来たミルダン王国軍は文字通り惨敗を喫した。



 ◇



 本陣の戦いが終わり、ミルダン王国軍の本陣があった場所に一度陣営を整える。

 一度ジェローム様の所に向かう。


「『シュルト』だな?」

「はい、この度の素早い対応ありがとうございました」

「うむ。あの爆炎には驚いたが…………あれは魔法か?」

「はい。魔導士隊がございますので」

「…………」

「王様は南側の帝国を警戒して、『シカウンド地域』に残られております」

「ふむ。了解した。ではこのまま西側を攻める選択を取るべきだろうな」

「報酬の件は後回しでよいので、我々もお供します」

「それは助かる。ただ、悪いが報酬は少し手加減してくれると助かる」

「ふふ、かしこまりました」

 俺達はジェローム様と共にそのままミルダン王国に進軍し、ミリシャさん達には、そのまま王都に戻って貰った。



 ◇



 ミルダン王国の東砦『アンブロ』。

 ここに来るまでの間、ジェローム様と一緒に来られたので、ミルダン王国について少し聞いてみた。

 どうやら好戦的な国ではなく、此度の戦争も不可解な事が多いという。

 そもそもゼラリオン王国とは仲も良好なはずのミルダン王国とエリア共和国。

 ハレインにそそのかされたのは間違いないだろうけど、そう簡単にゼラリオン王国を攻めるのだろうかという謎があるらしい。

 三千の兵で戦争を始めたミルダン王国軍も既に半数を減らし、残り半数も既に戦える状態ではない。

 『ブルーダー』達のおかげで、ミルダン王国軍の司令系統は全滅しているので尚更だ。

 そして、


「ジェローム様。どういたしますか?」

「ふむ……困ったモノだな。『ヒンメル』の意見を聞いても?」

 俺達の前の砦には、恐らく戦えない兵が千五百、元々守っていた二百人くらいいるのだろう。

 砦の上に映る兵の影はそれほど多くない。

 我が軍は四千にも及んでいるので、その数は既に圧倒的なモノになっている。

 そういう理由もあり、向こう砦では白旗(・・)を掲げていた。

 戦場で白旗というのは、負けを認め降伏するという意思表示。

 その砦は降伏するという事で、城壁から武器を投げ捨て、城門を開いて中からこの砦を仕切っている者と思われる人と沢山の兵士達が両手をあげて出て来た。

「わたくしとしては、人材は最も大事な資源(・・)だと思っております。ミルダン王国の全ての者を隷属(・・)させるのも一つの手かと」

「…………そこまでしてしまっては、帝国が黙ってはいまい」

 実はこれもミリシャさんの予想通りだ。

 我々『シュルト』は、基本的な思考を残虐非道な集団として、王国側に刻む必要がある。

 ミルダン王国の全ての者を隷属させるとか言い出したら、どちらかと言えば、俺達が止めるが、ここは一つ芝居を打っておく。

 そうする事によって、王国側はミルダン王国に対して賠償くらいで済ませるはずだ。

「帝国とは事を構えないのですか?」

「先日はハレインの秘策によって勝利した。だが、あれは帝国のほんの一部であり、どこか切り捨てた形跡まである。本隊(・・)が来れば、今の王国としては厳しい戦いになるだろう。ましてやハレインがいない今……ミルダン王国の者をさらに庇って戦うのは得策ではない。ここは賠償金くらいで十分だろう」

「…………浅い考えでした。帝国はそこまで強いのですね。それはそうとエリア共和国はどうなさるのですか?」

「そうだな。あの国がこの戦争に加担したという証拠さえあれば、あの国にも多少無理を聞かせるのだがな」

 それを聞いた俺は、懐から取り出すふりをして、『アイテムボックス』から書状五つを取り出す。

「ジェローム様。こちらはその証拠(・・)になりますが、購入(・・)して頂けますでしょうか? 後払いで良いので……」

 ジェローム様は、何か納得したように苦笑いを浮かべ、「『シュルト』らしい交渉だな」と言いながら書状を受け取った。
 『グレイストール戦争』

 ※ゼラリオン王国の南で戦っている王様率いる軍は、ゼラリオン王軍と表記。

 ※ゼラリオン王国の西で戦っているジェローム率いる軍は、ゼラリオン王国軍と表記。



 初日、首謀者であるハレイン軍とゼラリオン王軍が衝突し、その日のうちにハレイン軍は全滅し、ハレインも命を落とす。

 ゼラリオン王国の西側にある『オルレット領』にてミルダン王国とゼラリオン王国軍が衝突する。



 二日目、ゼラリオン王軍はグレイストール領であるシカウンド地域を占領し、この時点で戦争は勝利したものの、帝国の防衛の為、ゼラリオン王軍はそのままシカウンド地域に滞在した。

 ゼラリオン王国軍はミルダン王国軍と小競り合いを続けていたが、この日のうちにミルダン王国軍三千が半数を減らし大敗。



 三日目、ミルダン王国の全面降伏により、戦争は終結。

 十日目、エリア共和国の内通による参戦が発覚、ゼラリオン王国に全面降伏。



 『シュルト(銀朱の蒼穹)』の功績。

 初日、ハレイン軍の陽動軍を殲滅。

 ハレイン軍に大打撃。

 ハレインを討ち取る。

 二日目、ミルダン王国軍に大打撃。

 三日目、エリア共和国の内通証拠提示。



 ◇



 とある森。

「女王陛下~」

 玉座に座っている身体が大きい女性が目を開ける。

「アンナ、どうだったんだい?」

「うん~ゼラリオン王国の大勝利~」

「くふふふふ、それもあの子の力かい?」

「そうよ~殆どあの子の力だったよ~」

「くふふふふ、これは面白くなってきたわね~これは飛鳥(あすか)に一泡吹かせられるかしらね。くふふふふ」

 周りの女性達も女王に呼応して楽しそうに笑い始める。

「女王陛下~そろそろ私も混ざりたいよ~」

「くふふ、分かった、アンナの好きなようにしな」

「ほんと!? やった~!」

 嬉しそうにぴょんぴょん跳ねるアンナ。

「女王陛下? いつ頃連れてくる?」

「そうじゃな、まずあの少年の力を探ってからさね」

「分かった~! 『鑑定』を教えてもいい?」

「仕方ないわさ、アンナの好きにしな」

「わ~い! 女王陛下大好き~!」

 アンナは飛びながら、女王の足に抱き付いた。



 ◇



 帝国宰相執務室。

「宰相閣下、こちらに」

「うむ。ご苦労」

 帝国宰相は密偵から一枚の書状を取ると、密偵が消えた執務室で一人、書状を眺める。

「…………!? あのハレインが負けたのか。しかも…………惨敗とはまた…………ゼラリオン王国。これ程までに力を付けたというのか?」

 思っていたよりも遥かに悪い(・・)結果に、宰相は溜息を吐く。

 しかし、その瞳に宿る野心の火は弱まる事はなかった。



 ◇



 とある国の城内。

「女王陛下」

 玉座に座っている顔を透明なベールで隠した一人の女性が座っている。

「アインハルト。お久しぶりです」

「はっ、遂に我々の救世主となるお方を見つけられました」

「っ!? それは本当なのですか!?」

 驚きのあまり、玉座から立ち上がる女王。

 少し興奮気味の女王が目を輝かせてアインハルトを見つめる。

「まだ詳しい事は分かりませんが……あのクランは、色んな制限を無視(・・)しております。ここまでの活躍を見た感じ、これからさらなる頭角(とうかく)を現すと考えられます」

「ゼラリオン王国のクランでしたね?」

「はい。その名を――――――――『銀朱の蒼穹』と申します」

「分かりました。ゼラリオン王国は此度戦争が終わったと聞きます。帝国との睨み合いが続くでしょうけど、まだ開戦には時間がかかるでしょう。急いで『銀朱の蒼穹』に連絡を取り、一度こちらに来て頂きましょう」

「はっ、五騎士のセリアに急いで貰います」

「お願いしますね。騎士団長」

「はっ」

 騎士団長アインハルトは、ようやく国に帰って来たパーティーメンバーでもあり、王国最強五騎士の一人セリアに書状を持たせ、次の日には『銀朱の蒼穹』に向かわせるのであった。



 ◇



 帝国のとあるダンジョン。

「そっち行ったぞ!」

「任せろ!」

 一人の青年が、近づいてきた大きな狼の魔物を斬りつける。

 狼魔物は小さく吠え、その場で倒れ込んだ。

「うむ。少しは強くなったな。アース」

「ああ。これもみんなのおかげだ。すまないがこれからも頼む」

「…………言われるまでもない。お前は俺達の希望だ。リース達の為にも強くなるぞ!」

「ああ!」

 アースは十人の上級騎士のうち生き残った五人とパーティーを組み、日々ダンジョンでレベル上げと訓練に励んでいた。

 自分の所為で負けた戦いで、多くを失った。

 その事実が、彼の生きる原動力となり、今ではパーティーメンバーの上級騎士達とも対等に語り合う仲となっている。

 全ては、戦えなくなった彼女達の為に。

 そして生き残りを掛けた自分の為に。


「アース。向こうの噂は聞いたか?」

「ん? 戦争の件か? 始まったとだけ聞かせてるが……」

「……どうやら、噂によれば、ゼラリオン王国が圧勝したようだ」

「!? ――――ゼラリオン王国が圧勝!?」

「そうらしい。どうやら凄まじい魔法使い部隊を隠し持っていたらしいぜ」

 その言葉を聞いたアースの頭に、一つの言葉が思い浮かんだ。



 ――――――『転職士』。



 転職士ならば、職能を簡単に変えられる。

 既に自分も誰彼構わずに中級職能に出来る。

 一度レベルが1に戻ってしまうが、下級職能を中級職能に上げるのは十二分に魅力的な話だ。

 現在、アイザック軍の全ての兵は中級職能について、懸命にレベルを上げている。

 その中でも32人だけが、十倍の経験値獲得率を誇っている。

 現在パーティーメンバーである五人にその恩恵を与えているので、急速なレベル上げを実現出来ているのだ。

 最終的に、帝国最強級のアイザックと一緒にAランクダンジョンでAランク魔物を倒せば、レベル最大も夢ではない。


 戦場に現れたという隠し持った戦力。

 アースの頭には、どうしても『銀朱の蒼穹』の『転職士』が思い浮かんで離れなかった。

 強い魔法使いの部隊…………そんな理想的な戦力がそう簡単に揃うはずもない。

 ましてや、帝国でもなくゼラリオン王国という中堅王国でとなれば。

 自分より遥か先を行っていると思われる向こうの転職士の更なる闘争心も燃やすアース。

 『銀朱の蒼穹』に復讐(・・)の為、アース達は日々励み続けるのだった。
 グレイストール戦争が終結して一か月。

 俺達はレボルシオン領に戻り、ゆっくり過ごしている。

 肆式は王国とのパイプ役として、王国で暮らして貰う事になったけど、それは彼らが希望したからでもあった。

 そんな俺達に訪問者が一人、訪れて来た。


「お久しぶりです。『銀朱の蒼穹』の皆様」

「ん? 貴方は…………たしか、『Aランクダンジョン』で出会ったあの方のパーティーメンバーですね?」

「はい。そう言えば名前も名乗りませんでしたね。我々はクラン『エデン』という者です」

「クラン『エデン』!?」

 その名前にはとても聞き覚えがある。

 たった六人で構成されているクランとして有名で、いくつもの高難易度ダンジョンを制覇した強者のクランだ。

「我々の名前を知ってくださっているなんて、とても光栄です。私はメンバーの一人、セリアと申します」

「い、いえいえ! 俺達はまだまだ新参者ですから、Aランククランの皆様とは思いもしませんでした」

「ふふっ、これも全てリーダーであるアインハルト様のおかげです」

 何となく目の前の女性が、あのリーダーを『様』と呼ぶ事に少し違和感を感じる。

 以前出会った時に、リーダーと絡んでいた別の女性はもっとフレンドリーだったはず。

「それで、クラン『エデン』様はどうしてうちに?」

「我々は対等な関係です。様など付けないでください。本日はこの書状をぜひ読んで頂きたく…………ただ、内容に関しては内密にお願いしたい。もし断ったとしても、あなた方を信用しての事ですので」

 彼女が取り出した手紙。

 手紙の封にはあまり見慣れない紋章が描かれている。

「その紋章は!?」

 隣で一緒に聞いていたミリシャさんが驚く。

「ミリシャさん、この紋章に心当たりが?」

「あるってモノじゃないわ。ソラくんも皆もこの事は決して口外しないようにね?」

 意外とミリシャさんが一番驚いた反応を示して、俺達は大きく頷いて答える。

 一体どこの紋章なのだろう?

「こちらは、『アクアソル王国』からの招待状でございます」

「っ!?」

 もしミリシャさんから注意されてなかったら、名前を叫ぶところだった。

 手紙を持って来てくれたセリアさんに促され、その手紙を開封する。

「親愛なる『銀朱の蒼穹』の皆様。私はアクアソル王国の女王エヴァ・エン・アクアソルと申します。本日は皆様のレボルシオン領の武勇を聞きまして、ぜひ一度直接お会いしたいと思い、こういう紹介状を送らせて頂きます。我がアクアソル王国はリゾート地としても有名ですので、ぜひ皆様でお越し頂くのはいかがでしょうか? 本日はいきなりの招待状に大変驚いておられると思いますが、ご検討をお願い申し上げます」

 とても丁寧な内容に、脅迫とか、そんな類の事ではないのが伺える。

 それにその内容にとても大きな誠実(・・)さを感じる。

「セリアさん」

「はい」

「一つ疑問に思うのですが、どうして俺達なのですか?」

「申し訳ございません。私程度ではその真意は分かりませんが、皆様との交流(・・)を望まれると思われます」

「交流……ですか?」

「はい。『銀朱の蒼穹』は急速に成長するクランです。それに本日その強さも納得しました。先日『暗黒の断崖(Aランクダンジョン)』で出会った皆様から、想像もつかないような強さを身に付けておりますから、その活躍も納得というモノです」

「なる……ほど」

「これは私の上司であるアインハルト様からの伝言ですが、アクアソル王国の『王家のダンジョン』というモノがある事を伝えてもよいと言われております」

「王家のダンジョン?」

 アクアソル王国にダンジョンがあるなんて全くの初耳だ。

 ミリシャさんに視線を移すと、彼女も知らないと顔を横に振る。

「はい――――――世界の数少ない『Aランクダンジョン』でございます」

「ええええ!?」

 世間一般的に知られている『Aランクダンジョン』は、ゼラリオン王国に一つ、帝国に二つ、噂によると魔女の森に一つ、砂漠のアポローン王国に一つの計五つが全部なはずだ。

 しかし、ここに隠された六つ目の『Aランクダンジョン』を知るという事は、とんでもない情報でもある。

「ソラ様。『銀朱の蒼穹』の皆様。我々アクアソル王国はそれ程までに皆様と交流(・・)を持ちたいと考えております。これがどういう意味かは、私なんかでは想像しか出来ませんが、王国の一員としてここまで情報を提示する見返りでも良いので、ぜひ女王様に一度会って頂きたい…………ずるいやり方かも知れませんが、どうか、よろしくお願いします」

 セリアさんは深く頭を下げる。

 彼女からも、この手紙からも(よこしま)な気配を感じない。

 ――――それに。

「セリアさん。頭をあげてください。実は俺達は元々『アクアソル王国』に行く予定でした」

「っ!? それは本当でございますか!?」

 周りにいたうちのメンバーがキョトンとした表情で俺を見る。

 まあ、行く予定だったのは本当だけど、言うのは初めてってやつだ。

「実は此度の戦争が終わった後、『銀朱の蒼穹』の皆で休暇に行こうって約束していたんです」

「!?」

 フィリアが過剰反応すると、隣にいたカールが小さい声で笑い出す。

 ルリくんとルナちゃんは、また始まったよ――――的な表情を見せる。

 二人がこういう表情を見せるのは珍しくない!?

「そうでございましたか。それはとても僥倖(ぎょうこう)でございますね」

「ええ。ただ今すぐには事情があって行けないので、来月にはお邪魔出来るかと思います。その時はぜひよろしくお願いします」

「お任せください。それはそうと、皆様はどれくらいの人数で来られますか?」



「えっと――――千人です」

 ずっとクールな表情のセリアさんが面白い表情になった。
 アクアソル王国に休暇に行く事が決まって数日後。

 俺達は『シュルト』として、報酬の件で王様から呼ばれ、真夜中寝静まった王城を訪れ、ビズリオ様に案内されて王様の下に到着した。

 王様の執務室には、王様とジェローム様、ビズリオ様の三名。

 どうやら宰相様は王様の飾り役職らしくて、全く権限もなければ、意見も出来ないので呼んでいないらしい。

 こちらは、真っ黒い衣装と仮面を被った団長の(ヒンメル)と副団長の『フロイント』、『シュベスタ』と『ブルーダー』の四人で参加した。



「『シュルト』。此度の戦争の援助、感謝する」

「いえ、ゼラリオン王国の力になった事を誇りに思います」

「うむ。今回はその報酬の件だ。まず最初に、ハレイン軍との戦いに参戦してくれた件で、随分楽に勝たせて貰った。その報酬に『シカウンド地域』の土地を欲していたな?」

「はい。ゼラリオン王国の一部としてで構いませんが貴族位は必要ございません」

「分かった。ただし、各町の役場や城は拠点としてゼラリオン王国が所有で良いな?」

「はい。まだゼラリオン王国の税金の詳細を知らないので、税金の額や時期なども後ほど教えて頂けたらなと」

「それは追って書状で知らせよう。本来なら貢献度に応じての貴族位で税金を変えているのだが、最低率にするので心配はせずともよい」

「感謝します」

 かの土地は全てビズリオ様が所有しているようで、ビズリオ様から土地の保有権を記入した正式書面を渡されて『ヒンメル』とサインをすると、俺の中に『シカウンド地域』の土地が移った事が確認出来た。



「では次の件だが、ハレインを討ち取った件だが、欲しいモノはあるか?」

「はい。王国内の『販売権利』でいかがでしょうか?」

「ほぉ……『シュルト』は販売も手掛けるのか?」

「ふふふっ、実は我々の仲間に『鴉』という者がございまして、彼女は商売に精通しております」

 ビズリオ様の表情が一瞬ピクリと動く。

「彼女の提案で、とあるクラン(・・・)と交流を持とうと思っております」

「ほお? 『シュルト』が交流を持つクランがいるとは」

「いえ、これはあくまで『鴉』が商売として手掛ける企画で、『シカウンド地域』の土地を有効活用する為の術でございます…………くれぐれも皆様には我々『シュルト』が関わっている事をかのクランに伝えないようにお願いします」

 俺は低い声でそう告げた。

 これは言わば、『事情を話した場合、敵対と受け取ります』と言っているのと同様な意味を持つ。

 本来ならゼラリオン王様にこういう無礼(・・)は通用しないが、今回の戦争で『シュルト』の戦力が凄まじい事と、ここにいる四人でもその戦力が大きい事を既に見せつけている。

 王様もそれを知っていてか、嫌な顔はしない。

 これで堂々と『鴉』を使い、『シカウンド地域』の土地だけでなく、王国全土で『銀朱の蒼穹』として商売が出来るというモノだ。

「分かった。ただハレインが持っていた財産は全て王家で貰うぞ?」

「かしこまりました」

 一緒に聞いているビズリオ様から「後日盗賊ギルドに届ける」と言ってくれた。



「では次はミルダン王国軍の件だが、こちらに関しては提示させて貰おう。ミルダン王国からの賠償金がこれから定期的に支払われる。その額の一定額を支払おう。これは次のエリア共和国の件も同様だが、どうかね?」

「既に沢山の報酬を頂いておりますので、こちらが指定する報酬はございませんので、その通りにお願いします」

「うむ。ミルダン王国の均衡を壊してくれたので、ミルダン王国側の賠償金は二割を支払う。エリア共和国は其方達が入手した証拠がなければ得られなかったので、エリア共和国側の賠償金の八割を支払おう」

「ありがとうございます。――――――それと一つだけ個人的な疑問があるのですが宜しいですか?」

「うむ。答えられる事なら」

 報酬の件ではなく、一個人として疑問に思った事を聞いて見る事にする。

「先日、ハレインが王様と戦っていた時に話していた件ですが、もしよろしければ事情をお聞きしても?」

「うむ。構わぬ。グレイストール家は元々王家の血筋の一つであった。しかし、ゼラリオン家とグレイストール家で確執があり、長い間覇権を巡り争い続けた。そのままだったら良かったのだが、先代のグレイストール家当主が反乱を目論み、そして失敗。グレイストール家は潰される事となったのだ」

 グレイストール家はゼラリオン王国の王になりたかったのだろうか。

「グレイストール家が潰される時、当主が下町で産ませた子供が一人だけ生き残った。それがハレインだ。グレイストール家の先代当主とはそれなりに長年の仲だったから最後の願いとして、ハレインの命だけは生かす事にした…………陰ながら友人でもあった先代当主の息子を支援もしていた」

 王様はとても深い悲しみを帯びた目を見せる。

「ハレインは優秀ですぐに頭角を現し、王国に仕えると仕官に訪れた。そのとき、ハレインに全てを打ち明けたのだが、その事がハレインの復讐心を駆り立ててしまった…………まさかあそこまで復讐心に燃えているとは思わなかったが、あれも一人の我が子のように思い、玉座を奪われるならそれもまた一興と野放した結果が、この結果だ」

 淡々と話した内容に深い悲しみが滲み出た。

 もしかしたら、ハレインを自分の後継者として考えていたからこそ、ああなっても見守っていたのかも知れない。
 数日後。

 ゼラリオン王国から報酬として『商売権利証』が届いたので、早速『鴉』に直接運んで貰い、『銀朱の蒼穹』に売り込んだ。

 と言っても、自作自演なんだけど。

 一応、ビズリオ様の情報部に見せる為のパフォーマンスでもある。

 これで、『鴉』の一個人が、『銀朱の蒼穹』を利用して王国全土で商売をするという図式になる。

 不自然に『銀朱の蒼穹』から大量の宝石や素材が売られても、不審がられる心配がなくなったので、今回の報酬はクランにとって、とても有意義なモノになった。


「ソラ」

 優しい声に振り向くと、いつもとは違うラフな格好のフィリアが笑顔を浮かべている。

 真っ白なワンピースがフィリアの長い金髪にとても似合うと思う。

「ソラ、今回の戦争は大変だったね。よしよし」

 何故か俺の頭を撫でてくるフィリア。

「ふぃ、フィリア!? 俺よりもフィリア達の方が大変だったでしょう!」

「ううん。私達はソラというマスターの下で動いているし、言われた事をこなせばよかった。でもソラは常にみんなの事を考え、クランがどう動かすべきかずっと悩んで、戦いやその後の事まで沢山の事を一人で気負っていたんだから」

「…………みんなが一緒にいてくれるからだよ」

「ソラは昔からそう言うけど、違うの。ソラがいてくれるから、私達はここにいるの。貴方がいなければ、私達は今こうしていられなかったと思う。だから――――――ありがとう。そして、お疲れ様」

 俺より少し背の低い彼女は、背伸びをして、懸命に俺の頭を撫でてくれる。

 少し上目遣いの笑顔のフィリアが、とても愛おしい。

 セグリス町でカールと知り合い、いつの間にかずっと俺の隣にいてくれるようになったフィリア。

 フィリアがいなければ、『転職士』である俺がここまで来れる日は無理だったと思う。

 こんな頼りがいのない男に、よく付いて来てくれるんだなと感心しながら、俺はこれからも彼女を、みんなを守って行こうと、今一度決心を固めた。

 いつまでも弱いソラではなく、『銀朱の蒼穹』のマスターとして、みんなと守っていく強いマスターとして、そして、フィリアにふさわしい男として、俺はこれからも頑張って行こうと思う。

 戦争が終わり、フィリアと交わしたキスは、今までの中で最も格別なモノだった。



 ◇



 『銀朱の蒼穹』の大型休暇まであと三日となったその日。

 俺達が過ごしている『レボル街』に、離れていた他の弐式や肆式が全員集まった。

 流石に千人ともなると、屋敷では泊まれないので、レボル街にある宿屋や民宿を全て一斉に借りている。

 今日明日はお祭り騒ぎの日だ。



 そんな日に、突如としてそれはやって来た。



「そ、ソラ様!」

 慌てて入って来る弐式のメンバーの一人。

「どうしたの?」

「と、とんでもない人がソラ様に会わせろと……私が言うのもなんですが、お会いにならない方が良いかと……」

「ん?」

「ソラ。私が先に会って来ていい?」

「う~ん、いいけど無理はしないようにね?」

 頷いたフィリアは、弐式のメンバーに案内され屋敷の外に向かう。

 一体誰なのだろう?


 少し心配になるが、数分待つと、扉が開いてフィリアが双剣を首に当てて、とある女性を一人連れて来た。

「フィリア!?」

「ソラ。あまり近づいちゃダメ」

「にゃはは~」

 フィリアは完全臨戦態勢だが、首に双剣を突きつけられている彼女は緩い笑い声を出す。

 最初の印象としては――――とても不思議な感じがする。

 彼女が着ている衣装が不思議で、黒色よりも黒い――――暗黒色とでも呼べばいいのだろうか? そんな(よど)み一つない黒色の衣装は生きているかのようにうねうね動いている。

 衣装は大きな帽子にも繋がっていて、帽子の大きさが印象に残る姿だ。

 ――――何となく『魔女』っぽい?

「はじめまして~」

「は、初めまして」

「君がソラくんね~?」

「はい。貴方は?」

「私は~」

 彼女は緩く返答する。









「東にある魔女の森から来た魔女だよ~」




 ま、魔女!?

 その異様な姿から既に普通の人ではないと思っていた。

 何となく、『魔女』っぽいと思っていたのが、当たった形だ。

「えっと……どうして魔女様がこんな場所に?」

「うふふ、様なんて付けなくていいわ。私はアンナ~と呼んで~」

 アンナと名乗る魔女。


 実は、魔女というのはとても忌み嫌われている。

 その理由としては、まず男を攫って行くのが一つ。

 攫われた男は基本的に帰って来ない。

 そういう事もあって、子供に「魔女に連れてって貰うよ!」という恐怖の言葉が存在するくらいだ。

 それも相まって、世界では『魔女』というだけで敵対する。

 ただ――――――俺の目の前にいる魔女のアンナさんからは、忌み嫌うような感情は全く感じない。

「フィリア。その剣を納めてくれない?」

「っ!? ソラ!? 魔女は駄目よ!」

「いや、もし彼女が俺を攻撃しようと思えば、俺は既に死んでいると思う」

「にゃはは~ソラくん、さっすが~」

「くっ……」

 フィリアは渋々剣を納める。

「うちのフィリアがすみませんでした」

「ううん~魔女を見た人間はみんなああだから、一々怒ったりしない~ソラくんが好意的だからもっと怒らない~」

 こうして、俺の前に初めて魔女が姿を見せる。

 不吉の象徴でもある魔女が俺の前に現れたのには、大きな不安を覚えざるを得なかった。
「ん~! この果実水おいし~!」

 ピリピリしているフィリアをよそに、出された果実水を飲んでご機嫌になる魔女アンナさん。

 ものすごく緩い雰囲気だけど、その身体からはとんでもない強者の雰囲気を感じる。

「アンナさん」

「――――、さんもいらない~」

「…………えっと…………アンナ?」

「なに~?」

「どうしてここに来たのか、聞いてもいいかな?」

 どうやらアンナは、さん付けも嫌いらしく、さん付けだと返事すらしてくれないし、言葉をラフにしないと興味を示さない。

「うふふ、君。とっても有名人なの」

「え!? 俺が!?」

「うんうん~」

 そして、彼女の緩い表情が一瞬で鋭いモノに変わる。

「君は、女王陛下のお気に入りになっているよ~」

 彼女の挑発的な言葉に、フィリアは興奮気味に双剣に手を掛ける。

 俺は急いでフィリアを手で制止した。

「えっと、女王陛下というのは、魔女王様でいいのかな?」

「あってるよ~」

「その魔女王様がどうして俺を気に入っているの?」

「うふふっ、君が――――――強いから」

「え? 俺が強い?」

 意外な答えに驚く。

 俺は強いと言うが、俺はここにいるフィリアに何をしても勝てない。

 スキル『ユニオン』で繋がっているから、強制的にレベル1にすれば、勝てない事もないかも知れないが、そういう裏技なしで普通に戦えば、相手にすらなれないはずだ。

 なのに、フィリアではなく、俺が強いという言葉に疑問を感じてしまう。

「うんうん。君は自分の力に気付いていないだけ~」

「自分の力に気付いていないだけ…………」

「ねえねえ、ソラくん」

「うん?」

「私も仲間に入れてよ~」

「駄目ッ!」

 アンナの意外な提案に、フィリアは迷う事なくすぐに返事する。

「ふぅん~君さ。私より弱いんだから、静かにして貰えない? 私はソラくんと話しているの~」

 フィリアを威嚇する彼女の前を遮る。

「フィリア。落ち着け」

「で、でも!」

「魔女と事を構えるほど、俺達は強くない。アンナがもし俺達を殺そうと思っていたなら、もう俺達は死んでいるはずだよ。それにアンナはとても強い味方になれると思う」

 こんな緩い雰囲気のアンナだけど、恐らく魔女だからというより、魔女の中でも随一の強さを持っているんだと思う。

 根拠も理由もないけど、フィリアの双剣が彼女の首に掛けられた時、その双剣では斬れないと何となく感じていた。

 フィリアはバーサークポーションを飲んだハレインにすら圧勝した。

 その時ですら()手だったのに、今は全力を持ってしても相手にならない。

 つまり、俺達が束になってもアンナには勝てないと思われる。

「…………」

「だからと言って、アンナの言う事を全部聞くつもりはない。ちゃんと理由を聞いて、事情を教えて貰うから」

「…………うん……ごめんなさい…………」

 肩を落とすフィリアの頭を撫でて、落ち着かせてあげる。

 俺達の後ろから猫のような目で、うふふと笑いながら見ているアンナがとても気になる。


「アンナ、ごめん。やっぱり俺達人間にとって魔女は少し怖い相手だから」

「うんうん。理解しているから大丈夫~」

「それで話を戻すけど、仲間になりたいって?」

「うん! 君が使うその力が知りたいんだ!」

「…………それは魔女王様のご意向かな?」

「…………うふふ、ソラくん。流石は『神威(しんい)を持つ者』ね」

 『神威を持つ者』……?

 初めて聞く言葉だ。

 一体何のことなのだろう?

「ねえ、ソラくん。ここは私と取引しない?」

「……断ってもいいというなら」

「いいわ。でも君は――――君達は取引の魅力には勝てないと思うわ~」

「…………一旦取引内容を聞いて、仲間と相談させてもらうよ?」

「わかった~私が提示するのは『神威(しんい)を持つ者』について教えるのと、それを確認する為に私が持つ『鑑定術』でその中身を覗く事が出来ること~、ここは一つサービスするけど中身を知らなくても既に君達はそれ(・・)の恩恵は受けているから、解放するとは違うの~ただ知る(・・)事が出来るだけ~」

 アンナの言い分からすると、俺達は何かしらの恩恵を受けていて、その恩恵の詳細を知らない。

 その恩恵の詳細を知るには、アンナが持つ『鑑定術』でしか知る事が出来ないという事だね?

 情報はとても大事なモノだからこそ、アンナの提案はとても魅力的なモノだ。

「因みに~その代償として――――君の能力の詳細を教えて~これは女王陛下の依頼~だから、教えて貰ったら報告するよ~」

「えっと、魔女王様が知ったらどうなるの?」

「多分連れてこいって言われる~」

「っ!」

 さすがに『魔女に連れて行かれる』という言葉に、落ち着いていたフィリアも反応していました。

「分かった。ただ、それには一つだけ条件を付け加えさせて欲しい。もし魔女王様が僕に会いたいというのなら、俺だけでなくメンバー全員で行かせて欲しい。あと出来ればここに返してほしい」

「う~ん。メンバー全員連れて行くのはアンナが約束するよ~でも返すのは約束出来ないかな? 女王陛下次第~」

「分かった。そうなった場合、魔女王様には俺が交渉するよ」

「うふふ、女王陛下に交渉とは、ソラくん、さっすが~『神威を持つ者』ね~」

 少なくとも、魔女王様としても俺に興味があるなら、多少の交渉の余地はあるはずだ。

「それと、アンナが仲間になりたいというのは?」

「あ~それは私がソラくんに興味があるだけ~だから言われた仕事はちゃんとするし~でもご飯とか美味しい果実水は欲しいな~」

「それは単純にクランメンバーになりたいってことだね…………分かった。その件も込みで相談してみるよ。それはそうと、アンナはその衣装を着替えるもらう事は出来る?」

「衣装?」

「今着ている服?」

「あ~これは服じゃなくて、私の魔力だよ~消す(・・)事なら出来るよ~でも裸になるから今はちょっと~」

「っ!? い、いい! ならなくていいから! とにかく、もし仲間になったら、その魔力? は人間には刺激が強すぎるから、普通の服を着て貰うけど、いい?」

「うん~それは仕方ないと理解しているからいいよ~」



 こうして、突如として訪れて来た魔女の件で、休暇を前にひと悶着する事となった。
 俺達は魔女アンナの交渉内容を聞いて、別室でメンバー全員で話し合った。

 簡単に結果から言えば――――



「お待たせ、アンナ」

「いいよ~」

「早速だけど、今回の件…………アンナの申し出を全面的に受ける事にしたよ」

「うふふ、それがいいわ。『鑑定術』によって、君達はさらなる高みを知るのだから~」

 さらなる高み…………か。

 あまり考えた事はなかった。

 実は今回の戦争で、『銀朱の蒼穹』はとんでもない力を手に入れたのではないかと思っていた…………自分が思っていた以上に大活躍が出来たから。

 特にフィリアが持つ力は、一対一であれば勝てる者などいないだろうと予想していたけど、アンナに会ってそれが幻想である事を思い知った。

「アンナに出会えて本当によかった。もしアンナに会えなければ、俺はここで足を止めていたと思う」

「うふふ、ソラくんはもう人間では最強戦力だからね~でもその油断がいつか痛い目をみるわ~」

「うん。だから、ありがとう。アンナ」

「…………うふふ。うん~」

 一瞬表情が固まったけど、いつもの楽しそうな笑顔を見せるアンナ。

 魔女王様とどういうやり取りになるかは分からないけど、その時は『銀朱の蒼穹』のみんなで乗り越えようと思う。



 アンナに言われ、『銀朱の蒼穹』のみんなを食堂に集める。

「では一人ずついくよ~!」

 相変わらずノリノリなテンションのアンナ。

「お~!」

 隣でルナちゃんが可愛らしく手を上げて答える。

 意外と姉妹みたいで可愛い。

「では一番弱い君から~」

 真っ先にミリシャさんの前に立ったアンナは、「鑑定術~」と唱えると、衣装から触手のような手がいくつか伸びて、ミリシャさんに付着する。

 見た目だけは、かなり異様な光景で、事情を知らない者は助けに入るかも知れない光景だ。

「はい~君の固有スキルは『不運を持つ者』~」

「『不運を持つ者』?」

「そう~十八歳まで不運が続いてその分の運が十八歳に一度だけ花開くスキル~」

「あ…………凄い納得…………」

「因みに、ハズレスキルの中では当たり~」

 ミリシャさんが肩を落とすが、何となくそのスキルの効果が納得できた。

 アンナはそうやってカールから順々に固有スキルというモノを鑑定してくれた。


 カールは、『氷雪に生きる者』で、ある程度周辺に氷が展開されていると、全てのステータスが一割上昇する。

 シヤさんは、『読心を極めし者』で、相手と話した時、その言葉の嘘偽りを見抜けるスキルだそうだ。

 意外と『交渉者』のスキルではないんだなと思ったら、アンナ曰く、普通には発動しないそうで、『交渉者』のスキル『読唇術』というスキルに便乗して発動しているらしい。

 カシアさんは、『獣王を秘めし者』というスキルで、スキル『獣王化』というのが使えるらしい。

 これは大当たりのスキルらしく、デメリットは全くなく、使用した場合『獣王化』し、継続時間は3分。終わってから使えるまで1時間が必要だそうだ。

 試しに使って貰ったカシアさんは、もっと獣に近い姿に変わり、とんでもない威圧感を放っていた。

 この状態なら、今のフィリアにも簡単に勝てそうだった。

 次はルリくんとルナちゃんなんだけど、大当たりスキル『双子星座に生まれし者』という固有スキルだった。

 これは双子のみにしか現れないスキルで、しかも大当たりらしい。

 内容は、双子が持つ極スキルがお互いに効果をもたらすというスキル。

 本来ならこの固有スキルを持っていてもまともな職能が開花せず、腐る場合も多いらしい。

 二人は千年に一組の逸材との事だ。


 アンナ曰く、ハズレ固有スキルは一度のみ効果を持つスキル……ミリシャさんのようなスキルを指すそうで、ミリシャさんのモノでもかなり大きな効果を持つが、それまでの十八年間不運が続くので、命を保てない人も多くいるそうだ。

 その次は当たりの部類である、常時効果発動か、特定条件下で常時発動系のスキルのようで、カールがそういう固有スキルに当たる。

 固有スキルは、全ての者が生まれた時に必ず(・・)授かるスキルで、確認するには『鑑定術』でのみ確認出来るらしい。

 多くの者が、理解できないまま、そのスキルの恩恵を受けているそうだ。今までの俺のように。

 さらに固有スキルは9割ハズレ、残り1割の中で9割が当たり、残りが大当たりで、大当たり1万人の中の1人の確率で『神威』という大当たり中の大当たりがいる確率だそう。



「君は『双を司る神威』だね~珍しい神威だわ~」

 フィリアの固有スキル『双を司る神威』……。

「双を……司る?」

「うん~、何でも双が付くモノ(・・)なら効果が激増する神威スキルだね~神威の制限は範囲が狭いけど、効果は絶大なモノが多い~」

 もしかしてうちのフィリアって、とんでもない存在………………だよな、きっと。

「君が持っている『剣神と謳われし伝説』の現在の数値も知りたい?」

「し、知りたい!」

「うん~。なんと~」

「なんと?」

「一倍~」

「一倍!?」

「つまり、効果は等倍しかない~最大の時は、私でも勝てないかも~?」

 意外な事実を知った。

 フィリアには効果が高いスキルが沢山付与されているから既に一番強いまである。

 なのに、それから単純計算なら、今の十倍は強くなれるって事なのか。

「今の君は、大陸の中の人間で、ポテンシャルは一位でも~現在は十位以下~」

「っ!?」

 フィリアがものすごく落ち込む。

 俺はそっとフィリアの肩に手をやる。

「フィリア。これから一緒に強くなれればいい。今までのフィリアの活躍がかすむ訳でもないし、寧ろこうしてちゃんと知れてよかったよ。アンナのおかげだね」

「うん。私、もっと強くなる!」

 簡単に立ち直ってくれてよかった。


「次は最後~ソラくん~」

 アンナから伸びた触手が俺に触れて暫くして、アンナの口角が異様に上がる。

「うふふふふふふ! やっぱり! 私の想像通りの神威だったね~! うふふふふ!」

「あ、アンナ?」

「うふふふ、ソラくんの固有スキルは――――









 ――――『限界を越えし神威』だよ~」

 限界を越えし……神威……。

 ふと、帝国の『転職士』を思い出してしまい、その効果の意味を予想出来てしまうね。



「君は~自身が持つあらゆるスキルの『限界』を()段階突破する神威だよ~どんな職能だったとしても、とんでもない効果の神威だね~うふふふふ~」

 アンナの嬉しそうな声に俺は自分自身が持っていた固有スキルについて、改めて理解する事になった。


 ※文字数が多くて他の二人は削除。次の話で名前を確認してください。ちなみにハズレです。
 遂に休暇の旅の日がやって来た。

 この日の為に、関連する多くの方々に暫く『銀朱の蒼穹』がレボルシオン領からいなくなると伝えているので、俺達がいなくてもレボルシオン領は順調に回るはずだ。

 準備を終えた俺達は、メンバー全員のサブ職能を中級職能『ローグ』に変更しておいて、影移動で俺の影に潜ませる。

 千人という人数が影に入れるのだろうかと不安に思っていたけど、何故か入れた。

 それを見ていた魔女のアンナが笑い過ぎて座っていた椅子から転げ落ちるくらいだった。

 どうやら俺の固有スキルのおかげみたいね。

 同じ個所に影移動が入るのは、せいぜい三人らしいのに、それが限界突破したら千人でも入れるのは少し笑える話だ。

 俺達がいつもの馬のない馬車に乗り込むと、ものすごくパワーアップしているラビの風魔法で空を飛ばしてもらう。

 ルーの万能能力上昇魔法を使って貰うと、ラビの風魔法がますます強く使えるので、俺達は快適な空の旅を送れた。



 数時間後。

 帝国のとある道の前に降り立つ。

 弐式の中から、職能召喚士を極めたメンバー四人が召喚魔法『スレイプニル』を召喚する。

 彼らは馬車役の為にメイン職能をアサシン、サブ職能を召喚士にして、馬の召喚獣『スレイプニル』と契約していて『銀朱の蒼穹』の馬車を引いてくれている。普段から荷物運びはこれでやってくれていたけど、今では『アイテムボックス』があるから人を遠くまで運ばせる手立てになっている。

 それにしても、数時間も影に潜っているメンバーって本当に凄いなと思う。

 ルーの補助魔法のおかげもあるのかな?

 馬車で少し進むと、大きな街が見えてくる。

「あれがアクアソル王国に繋がっている道を管理している『ワンド街』だよ」

 本来ならここまでくるのに数日馬車を走らせないと来れないのに、ラビのおかげで数時間でここまで来られるなんて……。

 入口に近づくと、召喚獣が引いている馬車なのもあって兵士さんにすぐに止められる。

「こんにちは。私達は『銀朱の蒼穹』というクランです。アクアソル王国に休暇に行く最中なんです」

 代表してミリシャさんが兵士さんと話す。

「『銀朱の蒼穹』? あまり聞いた事ないクラン名だな?」

 ミリシャさんは紋章を見せる。

「ここから北にあるゼラリオン王国で活動しているんです。最近戦争ばかりで嫌気がさしたのでこちらに遊びに来たんです~」

「あ~噂は聞いてるよ、うちと戦争してすぐに内乱だって? 大変だったんだな~」

「そうなんですよ、全く……おかげで私達のような冒険者が自由に動けなかったから、色々大変だったんです。アクアソル王国が素晴らしいと聞いていたので、せっかくならと休暇に行くんです」

「そうかそうか、一応念の為に冒険者ギルドに確認させて貰ってもいいか?」

「いいですよ~関税が必要なら払います」

「そうだな。帝国内に住居がないなら、関税が必要になる。一人銀貨一枚になるけど、払えるかい?」

 銀貨一枚か、意外と高い。

 銅貨一枚でパンが買えて、銀貨一枚と言えば、銅貨百枚だ。

 銀貨一枚でパンが百個も買えちゃうので、人によっては十日~二十日分の食費にもなる。

 さらに、ここからアクアソル王国への道に入る時にそれと同額を払う事になりそうだ。

「意外と高いですわね?」

「ああ、この街に入れば、出るのはどっち(・・・)でも良い事になっているんだよ。だからこの街の関税だけは高くなっているんだ」

「なるほど~! 領主様は中々のやり手ですわね」

「そうだとも、エヴィン様と会える事があったら、ぜひ話を聞いて見るといい」

「分かりました~、えっと一人(・・)銀貨一枚でしたね?」

「ああ」

 ミリシャさんが『アイテムボックス』から金貨袋を取り出す。

「はい、金貨十枚と、銀貨十枚ですね」

「は?」

「ん?」

「いやいや、君達は十人だから銀貨十枚……」

「あら、嫌だわ。私()が十人に見えるんですか?」

 そう話すミリシャさんの合図で、馬車の中の俺の影から影が無数に外に出て行き、中から『銀朱の蒼穹』メンバー全員が姿を現した。

「はいっ、ちゃんと関税は払いましたからね~、街の中で悪さはしませんから心配しないでくださいね~」

 固まっている兵士さん達を置いて、関税を払ったミリシャさんとカールとメンバー全員が中に入って行く。

 俺は苦笑いを浮かべながら馬車に乗ったまま、街の中に入って行った。



 ◇



 ワンド街の屋敷の中。

「…………なるほど。あれが()の『銀朱の蒼穹』か」

「はっ、間違いないと思われます」

「こちらの転職士とは全然違うな?」

「より遥か先を行っていると見えます」

「ふむ……あれだけの人数を影に入れて移動出来るんだ。とんでもないな。こちらもあれと同等の力を手に入れられるという事か」

「そうなると良いのですが……こちらの転職士は現在、『玉砕のダンジョン』に入っているとの事です」

「ほぉ……もうあそこに入ったのか。それは楽しみだな。アイザックが上級剣士を五人も失った代償にしては良いモノを手にいれたな」

「全てはエヴィン様予定通りに進んでおります」

「ふむ。さては『銀朱の蒼穹』は俺様のためになるのか、此度見極めてやろう。クランマスターを張っておけ」

「はっ!」

「くっくっくっ、良いタイミングで良い駒がやってきたな」

 エヴィンは、思わぬ光景に舌なめずりをした。