俺の目線の先には、人類の頂点と思われる二人の戦いが繰り広げられている。

 剣の軌道が見える者はごくわずかだと思われるほどに、凄まじい剣戟のぶつかり合いだ。

 一閃一閃が上級魔法のような火花が散る。

 しかし、二人の表情は対照的だ。

 王様は余裕があり、笑みすら浮かべているが、ハレインは余裕がなく、苦い表情を浮かべ、汗まみれの姿を見せる。

 段々とハレインの動きが鈍くなっていくのが見える。

 王様の剣戟は少しずつ強くなっていく。

 見るからに元々の実力差も結構あったと思うんだけど、どうして戦争なんか……。

「ハレイン、この程度か!」

「っ! 舐めるな! 貴様には負けん!」

 ハレインは懐から、一本の小さな瓶を一つ取り出し飲み干す。

 すぐに彼の身体から、赤い色の湯気のようなものが出始める。

「…………ハレイン。落ちぶれたな」

「ふざけるなぁあああ! 貴様に虐げられた我が一族の苦しみ、決して忘れたとは言わせんぞぉおおお!」

「…………」

 大きな剣をハレインに構える王様。

「それを逆恨みというのだ。さあ、かかってくるがよい」

「ゼラリオン王おおおおお!」

 目が真っ赤に染まり、涎を垂らすハレインの怒涛の攻撃が続く。

 王様は一つ一つ丁寧に跳ね返すが、ハレインの攻撃が数段強くなっていて、少しずつ王様が押されて行く。

 先程の薬のせいなのだろう。


 その時、ハレインの剣が王様の剣を跳ね返し、王様の大剣が大きく吹き飛ばされた。

「貰ったあああああ、死ねええええええ!」

 ハレインの剣が王様を斬ろうとした瞬間。

 金属がぶつかる甲高い音と共に、王様の前に火花が散る。

「ッッッ!?」

 そこには真っ黒い衣装で真っ黒い大剣を持った者が、二人の間を割った。

「申し訳ございません。邪魔させて頂きます」

「……『シュルト』か。すまぬ」

「しゅるとぉおおおおおお!」

 王様が後方に去って行く。

 ハレインが悔しそうに、『フロイント』を睨む。

「ここは戦場。貴方に戦いを与える場ではないわ」

「くそおおおおお!」

 ハレインの剣が『フロイント』を襲うが、全てを簡単に跳ね返す。

 一歩ずつハレインが後ろに下がり続ける。

「どうしてだあああああ、貴様らは俺様の味方だろうがあああああ」

「…………残念。私達を売った(・・・)のは貴方自身。マスターは最後まで貴方を信じていたのに、それを裏切った貴方が悪いわ」

「ふ、ふざけるなああああ!」

 必死に剣戟を繰り出すが、『フロイント』には全く効かず、少しずつハレインの動きが鈍くなる。

「貴方程の者が薬に溺れるなんて皮肉ね」

「く、くそがあああああ! 貴様らに我が家の絶望が分かるか! 貴様らさえいなければああああ!」

「選択を間違えた貴方自身の責任ね」

 二人が何かを話しながら、凄まじい勢いでぶつかっていた剣戟の数も、秒間のぶつかり合う数が半数にまで減り、遂にハレインに傷が増えていく。

 必死に防ごうとするが、『フロイント』の剣の前では全く通用せず、少しずつ小さな傷が増え、次第に剣を振れなくなった。

 そして、ハレインは『フロイント』の一撃によって、その命を終わらせた。



 ◇



「『シュルト』。此度の活躍、褒めてつかわす」

「ありがとうございます」

「報酬については、すぐに精算するが、いかんせん戦時中だ。終わるまで暫し待って貰いたい」

「心得ております。ミルダン王国はどうなさるので?」

「このまま兵を送りたい――――と思うのだが、南側にいる帝国の動きも気になる」

「はい。ではミルダン王国に、我々は向かいましょう。均衡を崩す事くらいは出来るでしょう」

「うむ。その報酬についても後日話し合うとする。『シュルト』が提示する報酬を極力叶えると約束しよう」

「ありがとうございます。ゼラリオン王様の好意に『シュルト』の団長として嬉しく思います」

「うむ。では西側も引き続き頼むぞ」

「はっ」

 俺は『フロイント』と、帰って来た『ブルーダー』達を連れ、そのまま北側に向かった。





「陛下」

「ビズリオか」

「『シュルト』の戦力が思いのほか、凄まじいモノでした」

「そうだな。まさか、バーサークポーションを飲んだハレインですら相手にならないとは」

「!? そこまででございましたか」

「ああ。副団長『フロイント』というやらは、エンペラーナイトと同等かそれ以上の力を持っていた」

「…………『シュベスタ』と『ブルーダー』に『フロイント』。更には団長である『ヒンメル』。既にこの四人だけでも一国が滅ぶような戦力ですね」

「ああ。東の大陸は強者が多いと聞いているが、その通りかも知れないな。この戦争が終わったら東の魔女王に酒でも送ってやらねばならんな」

「はっ、()グレイストール領には良い酒があるようですので、そちらを送りましょう」

「そうだな。それと財産を全て王都に運べ。『シュルト』がどういう無理難題を言ってくるか分からないからな」

「はっ。かしこまりました」

 ビズリオは残るハレイン軍を殲滅しつつ、グレイストール領を占領するまで多くの時間は要さなかった。

 そして、この日。

 『銀朱の蒼穹』の裏の顔『シュルト』が大陸の戦争で初めて頭角を現した日となった。