両街にて『シュルト』の活動の日から数日。
グレイストール領の件も調べが終わり、ハレイン様の信用も取れたので、ルナちゃんとシヤさんも王都に帰って来て貰った。
シヤさんの活躍でハレイン様がゼラリオン王国と戦争を仕掛けるのが、半年後という事まで調べが付いた。
既にビズリオ様にもその事は伝えており、ゼラリオン王国はグレイストール領を主軸にした連合軍との戦争が刻々と間近と迫っている。
俺達は期限まで出来る限りレベルを上げたいので、惜しみなく休みもコボルトの森で俺のレベルを上げる為に日々勤しんだ。
弐式や参式も、出来る限りボア肉の狩りが終わったら、レベルを上げる事に勤しんでくれている。
『銀朱の蒼穹』が今まで以上に力を上げて、俺の為に頑張ってくれている。
それも…………いずれ来るであろう、戦いの日の為に。
数日後。
今日も連日訪れているコボルトの森にやって来た。
朝入り口でみんなで集まって、朝礼のような何かを行って、みんな散って狩りをするのが毎日の日課になっている。
しかし、今日は散る前にいつも上空で見守ってくれているルーが俺の前まで降りて来た。
ミャァァァ
少し元気のない鳴き声で、何かを訴えて来た。
ラビが直ぐにルーに近づき、よしよしをしてあげたので、俺も一緒に頭を撫でてあげる。
気持ちよさそうな声を出してくれるけど、どこか寂しそう?
「ソラ、どうしたの?」
「ん~、ルーから少し寂しそうな感情が伝わって来てさ」
「ルーちゃんから? どうしたんだろう?」
フィリアも心配そうに見つめ、散る前という事もあり、みんな心配そうにルーを見つめる。
その時、ラビが空中で何かを訴えて来た。
「えっと? 両手で……それはパンチかい?」
「ぷぅ!」
ラビは左右に移動しながら、パンチを繰り出している。
一体何が言いたいのか、さっぱり分からない。
ただ、召喚獣の感情が伝わってくるので、今のラビの感情は、戦いに奮え立つ感情が伝わって来る。
「何かと戦いたい?」
「ぷうぷう!」
顔を横に振ったラビは、今度はパンチを繰り出したら、両手を合わせて「ぷうぷう」と声を出して、「ぷぅー!」と万歳をする。
うん。
全然伝わってこない。
可愛いけど、さっぱり分からないや……。
「えっと、ラビ? ごめんね、全然分からないや……」
すると今度は、ラビがルーの所に行き、両手をぐるぐる回して、そのまま俺に飛んできてぶつかる。
ぶつかったラビは今度は万歳をする。
「ん? ルーが何かしてくれるの?」
「ぷう! ぷう!」
それだよそれ! と言わんばかりに、必死に首を上下に動かすラビ。
ルーもどこか嬉しそうな声をあげる。
「ソラくん」
「ミリシャさん? どうしました?」
「ルーちゃんはもしかしたら、みんなに魔法を掛けてあげたいんじゃないかな?」
すると、ラビが全力で頭を上下にして、嬉しそうにぷうぷうと声をあげる。
「魔法を掛けてくれる? 気付かなくてごめんな、ルー。えっと、もし俺達に何かしてくれるなら、俺としてはとても嬉しいかな? 俺達の為になるなら、ルーが好きなようにしてくれていいよ?」
ミャアアアアア!
大きく声を上げるルー。
とても嬉しい感情が伝わって来る。
そして、ルーから眩い光が灯る。
光は俺達だけでなく、肆式のみんなにも行き渡った。
「ん!? 身体が凄く軽い?」
「もしかして、能力上昇魔法かも知れないわ」
「能力上昇魔法!?」
「ええ。ソラくんも知っているように付与術師が味方に能力上昇魔法が使えるのは知っているわね?」
「はい。ですけど、俺が知っている能力上昇魔法が微々たるもので、こんなに身が軽くなったり、強くなった感覚さえ乏しかったんですけど……」
実は召喚士のレベルを上げる前に、真っ先にレベルを上げたのが、付与術師だった。
付与魔法が便利だと思っていたけど、いざレベル5くらいまで上げても大した能力上昇魔法は覚えられなかった。
レベル7になると、武器に属性を載せられる魔法を覚え始めるらしいけど、それまでに長かったので、先に召喚士を上げていたら、思いのほかラビが強くて、そのままレベル10まで上げてみようとの話になったのだ。
「ルーちゃんは魔法使いの中でも上位クラスの魔法を操るわ。もしかしたらこの能力上昇魔法もそうかも。それに、ソラくんの力が相まって、ものすごい効果を出しているのかも知れないわ」
ミャアアアアア~
ルーと嬉しそうに応えてくれる。
「ルー! ありがとうな! 少し大変かも知れないけど、これからもこの能力上昇魔法をみんなに掛けてあげて!」
ミャアアア!
嬉しそうなルーの隣に、ラビも飛んで行き、二人で大喜びだった。
「それにしても、どうしてわざわざ俺に聞いたんでしょう?」
「ソラくん…………召喚獣って、基本的には召喚士の命令しか聞かないわ。寧ろラビちゃんがあんなに知能を持っている事が不思議なくらいよ。ルーちゃんもラビちゃん以上に知能を持っているはずなの。だからずっともどかしく思っていたと思うよ」
「そっか…………ラビ! ルー! これから俺達のためになると判断したら、迷わずやってくれていいからね! それが俺達の力になるんだから!」
こうして、思わぬ収穫があり、この日からルーの能力上昇魔法で全体強化が出来た。
ものすごい効果があって、筋力や速度はもちろん、スキルを使用した時の精神力も全然減る気配がなかった。
名前は良く分からないので、取り敢えず『万能能力上昇魔法』と名付けた。
その日から、三か月。
遂にその日がやって来た。
- 職能『転職士』のレベルが8に上がりました。-
- 新たにスキル――――――――
- 職能『転職士』のレベルが8に上がりました。-
- 新たにスキル『セカンドキャリア』を獲得しました。-
- 新たにスキル『エボリューション』を獲得しました。-
『セカンドキャリア』
スキル『キャリア』が『上級キャリア』にランクアップする。
能力進化①。
設定したサブ職能はメイン職能の獲得経験値と等倍の獲得率で獲得出来る。(メイン経験値10を獲得した場合、サブ経験値は10となる、デメリットはない)。転職士自身にも適応する。
能力進化②。
設定したサブ職能の本来のステータスが、現在のメイン職能のステータスより高い場合、ステータスが高い方に入れ替わる。
各ステータスの詳細は体力、精神力、力、素早さ、魔力、耐性の計六つ。
『エボリューション』
スキル『中級職能転職』が『上級職能転職』にランクアップする。
スキル『上級キャリア』にも適応する。
「れ、レベルが上がった!!」
俺が声を上げると、その場にいたフィリアはもちろん、念話が通じた全ての『銀朱の蒼穹』のメンバーが歓声を上げた。
弐式、参式、肆式にはまた追って詳細を伝えると言い、本日と明日は全員休日にした。
◇
「さて…………ソラくんの『転職士』も遂にレベル8だね」
ミリシャさんの言葉に、メンバー全員が頷く。
「ソラくん、どんなとんでもないスキルを獲得したのか、教えて貰えるかな?」
「ええ、まだ俺も詳細を掴めている訳ではありませんが、前回と同等――――いや、それ以上かも知れません。うん。それ以上ですね、きっと」
俺の言葉に、全員が息を呑んで、期待の眼差しで俺を見つめる。
「今回は二つ獲得して、一つ目が、スキル『キャリア』が進化しました。名前は『上級キャリア』で、今までサブ職能が得ていた経験値が倍になり、メイン職能と等倍になります」
ルナちゃんは、それが凄いの? みたいな表情をしていて可愛い。
確かにこれだけ見れば、ただ経験値獲得率が上がっただけに見える。
「『上級キャリア』の真価はここからです。今まで設定していたサブ職能は、あくまでスキルのみ使用可能でした…………が、今度からは、メイン職能とサブ職能で各ステータスで高い方がステータスに反映されるそうです」
「「「「ええええええ!?」」」」
全員が驚いた。
「つまり、メイン職能を回復士にして、サブ職能を武闘家にしていると、体力と力、素早さは武闘家のモノに、精神力と魔力は回復士のモノになるという事ね!?」
「はい。ただ、スキルの詳細を汲み取りますと、高い方に入れ替わるとされていますので…………」
「レベル1になっても…………」
「はい。恐らくですが、メイン職能がレベル1になった場合、高レベルのサブ職能を付けておくと、そのステータスが使えるはずです」
みんなもそうだけど、それ以上にミリシャさんは顔を白くして驚いてしまう。
実は、今ですらサブ職能を武闘家レベル9にしていると、レベル1になっても筋力増強スキルですぐに戦えるほどだ。
それが無くても今まで蓄積された経験もあり、肆式はレベル1になってもコボルトの群れと戦えている。
なのに、これから全員が高レベルのサブ職能のステータスのまま、狩りが出来てしまうのは、とんでもなくアドバンテージになるはずだ。
それに…………ここで『上級キャリア』に進化したのには理由がある。
「みんな、驚くのはまだ早いよ」
俺の言葉に、またもやみんなが息を呑む。
「どうして、このタイミングで『上級キャリア』なのか…………それは二つ目のスキル『エボリューション』にあるんだ」
「名前の響き的には、前回のユニオンみたいな特殊スキルっぽいけど~」
「フィリア、残念ながら、これも進化スキルなんだ」
「へえー! 何が進化したの?」
「それは――――――――今まで転職は中級職能までしか出来なかったよね?」
「えっ? う、うん」
フィリアが答える横で、ミリシャさんは顔が真っ青になって、耳を塞いだ。
「なんと、これから――――上級職能に転職出来るようになりました!」
宿屋に集まった俺達だけでなく、弐式、参式、肆式のみんなも大盛り上がりを見せた。
その傍ら、ミリシャさんだけは「とんでもない事に……どうしたらいいの……」と気を失った。
①聖職者
上級職能の中でも、最も貴重な職能。
中級職能『回復士』の上位職。
特殊職能『神官』よりも、回復と光攻撃魔法に特化した職能。
範囲回復魔法まで使える為、多くの負傷者が出た場合、重宝される職能である。
②魔導士
中級職能『魔法使い』の上位職。
広範囲攻撃魔法が使えるようになり、スキル『詠唱破棄』が非常に優秀な職能。
殲滅力は基本職能の中で最強。
③上級騎士
中級職能『騎士』の上位職。
全ての武器を使えるマルチ職能であり、全体的に高ステータスである。
④上級弓士
中級職能『弓士』の上位職。
スキル『無限矢』が使えるようになる職、矢の強度は木の矢ほどしかないが、精神力を一切使わずに使える特殊な魔法の矢である。
撃てる距離が『弓士』より二倍と長くなっている。
⑤アサシン
中級職能『ローグ』の上位職。
『ローグ』よりも、さらに戦闘能力が特化し、暗殺向きのスキルを獲得出来る。
⑥剣闘士
中級職能『闘士』の上位職。
『闘士』の完全上位互換。体力と力のステータスは上位職の中でも最強。
⑦拳法家
中級職能『武道家』の上位職。
スキル『連撃』が使えるようになり、連続攻撃に対する効果が上昇する。
特殊ステータス『反応素早さ』を獲得でき、戦闘中のあらゆる場面の反応力が上がる。
⑧精霊騎士
中級職能『付与術師』の上位職。
『付与術』から『精霊付与術』に進化する。
精霊を呼び出し、あらゆる効果をもたらす事が出来る。
精霊は一体に付き、一人にしか付けられない。
――――後書き――――
日頃『幼馴染『剣聖』はハズレ職能『転職士』の俺の為に、今日もレベル1に戻る。』を愛読して頂き、心から感謝申し上げます!
本日、無事100話目を迎える事が出来ました!
いや~! 長かったようで、短かったような日々でした!
御峰の足りない表現力と構想力で、もっと面白く出来たはずなのにと思う部分も多々ありました。
そればかりは、反省しつつ、これからの作品にいかせたらなと思います。
さて、元々はゆるゆると進める予定だったこの作品も、戦争モノになりつつ、主人公の活躍があまりないままここまで来てしまいましたね…………全ては100話からの為です!(ほ、本当です!)
この世界では上級職能だけでも、国がひっくり返るくらい凄いんです(帝国で上級騎士5人失ってしますが、とんでもない損害だったりしますが、帝国が圧倒的に強いのでそうでもなかったり……)
ですので! ソラくん達がこれから無双する為の日々が始まりそうな予感がして来ましたね!
ここからソラくん達の最強に至る様をぜひ楽しみにしてください!
上級職能に転職出来るようになった日。
俺の言葉にミリシャさんはつい気を失う事となり、ミリシャさんとカール以外はものすごく盛り上がり、宴会となった。
出来れば、レボルシオン領に集まって、みんなで祝いたいけど、往復出来る距離じゃないからね。
みんなで宴会をしながら、俺は自分のサブ職能をどうしたらいいか、悩んでいた。
『召喚士』を出来ればレベル最大まで上げたいんだけど、出来れば上級職能もレベルを上げたい。
既に実証したのは、ラビとルーを召喚したまま、サブ職能を転職させても、召喚しているラビとルーはそのまま残せる事までは確認出来た。
また召喚で呼ぶには、一度『召喚士』に戻さないといけないけど、大した手間ではない。
それはともかく、俺達は宴会を楽しんだ。
次の日。
げっそりしたミリシャさんが、まだ顔が真っ青なまま部屋に入って来た。
「ミリシャ姉……大丈夫?」
「う、うぅ…………だ、だいじょ…………」
全然大丈夫じゃなさそう。
「ミリシャ姉、上級職能に転職出来るってそんなに凄いの?」
「…………弐式から肆式まで……千人を超えているわ…………『魔導士』千人……と言えば分かるかしら」
「あ~、それは凄そうだね~」
「す、凄いってもんじゃないわ…………王国が……世界が滅ぶわよ」
いやいや、滅びるまではしないと思うけど……。
「ミリシャさん。ではその力を正しい方向に導いてください。ミリシャさんは『銀朱の蒼穹』の『指揮官』ですから!」
「え、ええ……そうね……私がしっかりすれば……大丈夫よね……」
ちょっとだけ元気が出たみたいだけど、何となくミリシャさんの負担が凄まじそうだ。
「では、さっそく弐式と参式と肆式の転職を済ませるね!」
「ソラ、頑張って!」
「俺は暫くここで転職の作業に入るから、みんなは自由にしてきて~多分夕方くらいには終わると思うから」
メンバー全員が頷いて、それぞれ休みの日を過ごしに出掛けた。
ミリシャさんとカールだけは、一緒に部屋の中で過ごすけどね。
転職はスキル『ユニオン』でどこからでも出来るので、まず全員をそのまま上位職能に引き上げて、サブ職能は一旦そのままにする。
予定としては、全員レベルを8にして、サブ職能を変えてサブ職能を9まで上げる予定だ。
それが予定より早く終わった場合は、『Aランクダンジョン』でレベルを9にするかも知れない。
それは残った時間次第だが、出来れば多くのメンバーを9にしてあげたいよね。
ミリシャさんが言ったように、上級職能持ちが千人並ぶとどうなるんだろうか…………いつか『魔導士』にして、『Aランクダンジョン』でレベルをあげる日も来たりして…………まあ、そこは『指揮官』のミリシャさんに任せるとして、俺はみんなの職能を上位職に繰り上げる作業に勤しんだ。
夕方。
「やっと終わった~」
「お疲れ様、ソラ。はい」
フィリアが持って来てくれた甘い果実水を飲み込む。
「ふぅ……仕事した後の飲み物は美味しいね~」
ミリシャさんが覚悟を決めたかのように、俺の前にやってきた。
「ソラくん。こうなったら、寧ろ割り切って『銀朱の蒼穹』を全力で動かしましょう?」
「ミリシャさん? 全力で動かすってどういう事ですか?」
「今は戦争が起きる事が確定しているから、一旦全員レベルを上げられるだけ上げて、戦いに備えましょう。弐式、参式、肆式、みんなもきっと人と戦えるはずだから」
「…………戦争に加担するという事ですか?」
「加担はしないけど、傭兵にはなるわ」
「傭兵?」
「ええ。戦争が起こると、各国というか、各陣営が傭兵を雇う場合があるの。その時に『シュルト』として、みんなの顔を隠して参戦すれば、『銀朱の蒼穹』としては参戦していないからバレないと思うの」
「なる……ほど?」
「既に両方のトップに『シュルト』の力は納得して貰ってるから、傭兵として雇って貰うのも簡単なはずよ。『シュルト』として参戦するメンバー全員をアサシンと魔導士にすれば、意外にもバレないかも知れないわ」
ミリシャさんの構想が何となく理解できた気がする。
元々暗殺集団として向こうには認識されているはずの『シュルト』。
そんな集団だからこそ、同じ職能で揃えた人材を揃えていると思わせる。
アサシンを増やして、暗殺をさせつつ、魔導士で殲滅をさせる。
それだけで、『シュルト』としての強みを売り込めると思う。
「ミリシャさん。その案で通しましょう! 出来れば、『シュルト』にも所属するメンバーを募集しなくちゃ」
「それは私がやるわ。この場合、あまり多くても困るもの……それに、実は既に宛はあるの」
「え? もう!?」
「ええ。肆式のみんなよ。彼らはルリくんと仲良いし、ルリくんに続きたいとずっと言っていたからね」
「えっ!? 全然知りませんでした……」
「ふふっ、彼らにとって、ソラくんは神にも等しいからね」
「神!?」
「シヤちゃんや彼らを救ったのは他ならぬソラくんだよ? だからソラくんの為なら何でもしてくれると思う。それは弐式も参式も一緒ね。せっかくだから弐式からも数人誘ってみるかな~」
俺が知らないうちに、『銀朱の蒼穹』がそんな事になっているみたい。
フィリアは既に知っていたみたいで、隣でニヤニヤしている。
次の日からまたコボルトの森でレベルを上げる日々が始まった。
それから一か月狩りを続け、全員がメイン職能レベル8、サブ職能レベルも8まで上がって行った。
俺はというと、みんなから経験値を貰っていないので、メイン職能はそのまま8で、サブ職能は精霊騎士をレベル8まで上げた。
「ソラくん。諜報隊からの連絡だけど、グレイストール領が本格的に動いたそうね」
「意外と早かったですね」
「ええ。あと一か月って所みたい」
「分かりました。では、俺達もこれから『Aランクダンジョン』に潜りましょう」
「ええ。肆式のみんなは、例の作戦で行きましょう」
本日から『Aランクダンジョン』に潜る事になった。
一度、孤児達が過ごしている一帯の近くに来ると、影に同化している肆式のみんなが、俺達の影に入って来た。
既にレベル8ともなれば、綺麗に隠れられるね。
これなら余程の強者じゃないと、まず気付かなさそうだね。
そして、俺達は『Aランクダンジョン』の入口に向かった。
…………どうしてだろう。
待ってましたと言わんばかりに、『亡者の墓』でも会ったパーティーと鉢合わせになった。
「ほぉ…………」
そのリーダーさんが唸り声をあげる。
「あ、あはは……こ、こんにちは」
「今日からここに移すのだな?」
「え、ええ。頑張ってレベル9を目指します」
「9か…………うむ。精進するといい。それと一つ言っておくと、現在ここで狩りを行っているパーティーはいない。自由にするといいだろう」
「えっ? は、はい。ありがとうございます」
これは…………絶対バレているよね…………。
強者にはさすがに隠し通せないし、寧ろますます怪しいよね。
でも見つかってしまったからには、仕方ないから、広めないでくれる事を祈りながら、俺達は『Aランクダンジョン』に入って行った。
「ふふふっ、例の転職士は特別だったという事だな」
「ん? リーダー、どうしたの?」
「いや、何でもない。みんなも彼らをよく覚えておくことだ」
「確かに数か月でここまで来れたのは凄いけど…………強そうには見えないけど?」
「まだ修行が足りんな、あれは――――――化け物だぞ」
「え? リーダーが化け物って言うなんて…………」
「取り敢えず、良い土産話が出来た、急いで国へ帰るぞ」
「え! やっと帰れる! やった!」
そのパーティーは急ぎ足で、『Aランクダンジョン』を後にした。
◇
「みんな、ダンジョンに誰もいないそうだから、出ておいで」
影の中から六十人の肆式メンバーが現れる。
「ダンジョン内で狩りを行っているパーティーはいないらしいから、みんなで狩りに行こうか」
「「「「はーい!」」」」
ピクニックにでも行くかのように、みんな手を上げて、歩き出した。
六十人のうち、四十人がメイン職能アサシンで、サブ職能闘士だ。
アサシンの足りない力と体力を闘士でカバーしている。
残り二十人は、メイン職能魔導士で、サブ職能ローグにしている。
これは動きが弱い魔導士にロークを付ける事で、戦場でも速やかに動けるようになるのだ。
進む前にルーから『万能能力上昇魔法』を受けて、道を進むと、すぐに巨大サソリと出くわす。
一体の巨大サソリに、肆式のアサシン部隊四十人が飛びかかり、後方から魔導士部隊二十人が詠唱を唱える。
一回尻尾で攻撃したサソリだが、直後飛んできた二十の魔法を全部払い切れず、そのまま魔法を受け燃え尽きた。
「早いな…………」
「魔導士が二十人いるんだもの……こんなもんよ……」
ミリシャさんが大きく溜息を吐いて、肆式にこのやり方で戦うように伝えると六十人が美しく揃って移動し始める。
みんな普段から一緒に過ごしているし、元々孤児の頃から用途は違えど、連携の訓練を受けていたから、とても様になっている。
彼らこそ『シュルト』と呼んでも差し支えないかも知れない。
最近一緒になって訓練をしているルリくんとルナちゃんも、どこか嬉しそうだ。
「さーて、俺達も負けてられないね。頑張りますか!」
「「「「おー!」」」」
俺達も急ぎ足で、先を進める。
数体の巨大サソリを、あっという間に倒した俺達は、『Aランクダンジョン』の二体目の魔物を見つけた。
「炎氷フェニックスだね」
身体の半分が炎と氷で出来ている大鳥形魔物だ。
巨大サソリより数段強いとの話――――だったんだけど……。
魔導師となったカールとミリシャさんの阿吽の呼吸で、それぞれ半身に弱点属性魔法を叩きこむ。
地面に落ちた炎氷フェニックスを、みんなで袋叩きにして一瞬で倒した。
炎氷フェニックスは両半身に一定値の弱点属性――――炎には水か氷、氷には火の魔法を当て続けると、全身が硬直したうえに炎と氷が消えて、ただの大鳥になって地面に落ちてバタバタするだけになる。
実はこの炎氷フェニックスは、属性を纏ったまま倒したら消えて何も残らないけど、両半身の魔法を消して倒すと全身が残る魔物で、この肉は非常に美味しくて、高額で有名である。
職能『交渉者』を持つシヤさんは、スキル『アイテムボックス』というモノを持っており、そこに素材を入れられるので、大鳥肉を収納して貰った。
経験値を沢山得られるのもあるんだけど、大鳥肉も高額で売れるし、味も美味しいのでとても良い魔物だ。
ただ、両半身の弱点属性で硬直させるには、最上級職能『賢者』が二人いると言われている。
うちは、スキル『ユニオン』により、カールがスキルだけで賢者級の魔法を、ミリシャさんがスキルのおかげで二つの魔法を同時展開して当てられるので、弱点属性をすぐに当てる事が出来た。
さらにラビのおかげで、相手の攻撃は全て跳ね返されるのだ。
数分後、大量の大鳥肉を持って来た肆式がとても逞しかった。
俺達が『Aランクダンジョン』を縦横無尽に狩り尽くして数日。
俺以外のみんなのレベルが簡単に9に上がった。
肆式のメンバーも全員上がったので、俺達はダークドラゴンが一体だけ佇んでいる広場にやってきた。
ダークドラゴンは倒してから次に出現するまでに一か月かかると言われている。
基本的にダークドラゴンに挑戦するパーティーも、年に一度くらいしかいないので、いつ来てもここに佇んでいる。
「さて、みんな。せっかくだからという単純な理由で挑戦するけど、少しでも危なくなったら引く事。今回は倒す事が目的じゃないからね?」
「「「「はいっ!」」」」
肆式のみんなが元気に答える。
「では作戦通り行こう!」
「「「「おー!」」」」
最初に仕掛けるのは、遠距離の魔導士達の一斉魔法。
最上級魔法は詠唱破棄出来ないため、魔導士達が詠唱に入ると、それを察知したダークドラゴンがこちらを睨む。
すぐに大きな口を開いて、赤黒いブレス攻撃を放った。
「ラビ!」
「ぷう!」
ラビの全力風魔法でブレスの軌道をずらして、空の彼方に消え去った。
直後、詠唱を終えた魔導士達二十二人による最上級魔法が放たれる。
それぞれ違う属性の魔法が飛び交い、ダークドラゴンに直撃すると、凄まじい音を立てて、ダークドラゴンがその場に落ちた。
「接近攻撃開始!」
俺の号令に合わせて、フィリア達全員がダークドラゴンに向かう。
反撃するダークドラゴンをどうしようかなと思ったけど、意外にも反撃は返ってこない。
「あれ? もうちょっと激しい反撃があると聞いていたんだけど……」
『Aランクダンジョン』に入るパーティーに教える情報に、ダークドラゴンの情報も入っている。
防御力よりも、その破壊力が有名だと聞いているのに……全く攻撃が飛んでこない。
全員奥義を繰り出し、数十にも及ぶ数の奥義攻撃がダークドラゴンをきざんだ。
「最後の攻撃が……来………………ないな」
俺だけ真剣に身構えているけど、肆式もうちのメンバーもみんなまるでピクニックに来たかのような雰囲気だ。
「ソラくん」
「ミリシャさん…………」
「もう終わったのよ…………」
「………………うちのクラン、もしかしてとんでもない方向に進んでますか?」
「だから言ったでしょう…………」
ミリシャさんが気を失うくらいには、やっぱりとんでもない事が起こっている事だけは確かだ。
「あ! ソラ! レベル10に上がったよ!」
フィリアが嬉しそうに走って来た。
◇
その頃、グレイストール領では。
ハレインの下に一通の手紙が届いた。
「ふん」
その手紙を見て鼻で笑うハレイン。
手紙には、王家の紋章が描かれている。
刻印を外し、内容を見たハレインは、小さく笑みを浮かべ、火が灯っている蝋燭に当てて燃やし始める。
「いよいよ王国も痺れを切らしたか…………だがもう遅い。こちらはあと一か月もあれば準備が整う。帝国との話し合いも終わっている…………くっくっくっ、この一か月でどう変わるのか楽しみだな!」
ハレインの自信に溢れた笑い声が響き渡った。
◇
数日後のゼラリオン王国の王城。
「陛下。ハレインが反旗を翻しました」
「ふん、どうせ自分が勝ったとでも思っているのだろう」
「そう思います。まさか――――自分が握らされている王国の情報が偽物だとは思わなかったのでしょう」
「ふむ。それで、『シュルト』が求めている報酬はどうなった?」
「はっ、既に話し合いは進めております。出来る限り、彼らの要求を呑みます。もし向こうに付かれても叶いませんから」
「…………分かった。しかし、まさかあやつらから土地を要求されるとはな」
「ええ。どうも住処――――ではないようです。一体に何に使おうとするのか、見当もつきません」
ゼラリオン王はビズリオを通して要求された内容を思い出していた。
希代の暗殺者を二人とも抱える『シュルト』から、ハレインの方にも力を貸している事を言われた時には、どこか納得する部分もあった。
そんな彼らは、今回の戦争に傭兵として参戦を要求、その見返りとして土地を欲した。
その土地というのは、他でもなく、現在のグレイストール領である。
さらに、今回の戦いで参戦するであろう『ミルダン王国』に関しても、別契約でいいなら受けると言い放ったのだ。
「一つだけ、気になる事がございます」
「気になること?」
「はい。『シュルト』が潜んでいる盗賊ギルドですが、盗賊ギルドで最も商売に精通した『鴉』という者がございます。わたくしも直接何度か取引を行いました…………が、最近めっきり姿を見せません」
「盗賊ギルドを制圧した時にも殺されたか?」
「それも考えましたが…………もしかして、『シュルト』の一員になったのではないかと予想します。さらに盗賊ギルドが抱えていた多くの孤児達が姿を消しました。もしかして……『シュルト』は、自分達の手駒を増やそうと思っているのではないかと予想します」
「うむ。あれほどの力を持った者だ。未来を見通す力もあるなら、古い人間ばかりではいずれ腐っていく事くらい見通しているのだろう。しかし、どうしてこのタイミングで現れたのか、今でも謎だ。今のレボルシオン領にならもっと早くから付け入る隙はあったはずだが……」
「東の例の帝国から逃げて来た者かも知れません。今は魔女王のせいで簡単には通れませんから、少数で逃げて来たのでしょう……そうでもなければ、あのような暗殺者が二人もいる訳ないと思います」
「東方の神術とやらか…………ふん。魔女王が生きている限り、こちらには入ってこれまい。とにかく、今は『シュルト』とやらの力を楽しみにするとしよう。戦いの準備も進めるがいい」
「はっ」
ゼラリオン王もビズリオも油断しているであろうハレインの負けた姿を思い描いて満面の笑みを浮かべた。
――――――『シュルト』の本当の力を知るその日まで。
ダークドラゴンを初めて倒した日。
宴会をする予定だが、まずその前に現状の確認を優先させる。
戦争が目の前まで迫っていて、喜ぶのはあとでも出来るからだ。
それと、俺のサブ職能もレベル10を迎えた。
俺以外のメンバーのサブ職能はレベル9以上は上がらない。
しかし、俺はサブ職能がメインとなる為なのか、不思議とレベル10まで上げられた。
レベル10に到達すると、まずステータスが底上げされるのは言うまでもない。
レベル9に比べて数段強くなり、不思議な強者のオーラを感じられるようになる。
そして、最も目玉である最終スキルが獲得出来る。
レベル10で覚えるスキルは、人それぞれが違うスキルを獲得出来ると言われていて、スキル『○○』みたいな感じではなく、スキル『軍神の頭脳を待つ者』とか、スキル『叡智を手に入れし者』とかのように、抽象的な言葉で表記されたスキルが獲得出来る。
その文言で能力を読み取る事が出来るが、上記の『軍神の頭脳を持つ者』の場合、思考能力が二倍上昇し、思考速度が二倍上昇する。――――である。
因みに、このスキルはミリシャさんのスキルだ。
ミリシャさんにぴったりなスキルなのもあって、恐らくレベル10で手に入るスキルはその人を表すかのようなスキルだと予想される。
こういったスキルを、通称『極スキル』と呼んでいる。
俺のスキルはと言うと――――何も貰えなかった。
そもそもサブ職能なのもあるし、スキルは獲得出来なかったけど、ステータスの底上げが出来たので、良しとするしかない。
多分、転職士をレベル10にしないと、俺のスキルは手に入らないのだろう。
話を戻して、俺以外のメンバー全員が極スキルを獲得できた。
メンバー全員から、自分の極スキルの説明を聞いた。
フィリア『剣神と謳われし伝説』。剣に関する全てのスキルの数倍上昇。剣に関する職能のステータスの数倍上昇。(数倍は剣を極めた分だけ上昇する、最大十倍)
カール『氷冷を灯し者』。氷属性魔法や氷属性スキルの威力を二倍にし、詠唱や消費を半減する。
アムダ『強靭を持つ者』。力のステータスが二倍上昇する。
イロラ『幻影を持つ者』。盗賊系攻撃スキルを使用時、幻影の分が継続して攻撃を与える。効果は実体と同等。幻影は最大三体。
ミリシャ『軍神の頭脳を持つ者』。思考能力と思考速度が二倍上昇する。
カシア『獣神の心を灯し伝説』。獣王の本来の力を取り戻す。(獣王の全てが三倍上昇する)
ルリ『神速の暗殺を極めし者』。暗殺攻撃スキルの効果が全て三倍上昇する。
ルナ『暗黒に隠れし者』。隠密スキルの効果が全て三倍上昇し、『影同化』が『影融合』に進化する。
シヤ『絆の箱を繋ぐ者』。スキル『アイテムボックス』が『異空間アイテムボックス』に進化し、絆のスキルを繋いだ相手と共有出来るようになる。
以上が、みんなが覚えた極スキルだ。
他にも肆式のメンバー全員がそれぞれ極スキルを手に入れた。
こう見ると本当に差を感じる。
例えば、この中で単純に最も強い極スキルを選ぶというなら、間違いなくフィリアとカシアさんのスキルだ。
もはやフィリアを越えられる極スキルって想像もつかない。
メンバーの極スキルを聞いた後は、肆式全員の極スキルをミリシャさんが一人で聞いて記憶するみたい。
思考能力が上昇し過ぎて、簡単だそう。
みんなの報告も念話で複数人が話しても全部理解出来たらしくて、すぐに宴会を始めて、ここにはいないメンバーも宴会を開いて、本日のダークドラゴンを倒した祝いを行った。
祝い中に、ダークドラゴンの残骸を急いでレボル街に送ってくれと鍛冶屋のガイアさんから急かされたから、早速シヤさんの力で『アイテムボックス』を利用し、送ってあげた。
こうして、『銀朱の蒼穹』の準備も終わりを迎え、二週間でダークドラゴンを素材を使い、肆式用の武器を作ってくれたガイアさんのおかげで、肆式のみんなも更なる強さを手に入れた。
実はとある理由もあって、ハレイン様ではなく、王国の味方をする事にした。
ダークドラゴンの装備が完成する間、俺達は両陣営を調査を行ったり、王国との話し合いも進めて、ハレイン様との戦いの報酬は、グレイストール領を貰う事となった。
帝国と面しているのもあって、意外と簡単に承諾してくれた。
王国としても今は報酬よりも、ミルダン王国も攻めてくる事を加味すればこその判断だと思われる。
ハレイン様からは『シュベスタ』を通じて、応援を頼まれたので、ここも利用する事にして、良い返事を返しておいた。
――――まさかこっちが裏切り者だとは思わないだろう。
しかし、先に裏切ったのは、ハレイン様だからね。
この戦いの後、レボルシオン領と『銀朱の蒼穹』を『シュルト』に売るとは思わなかったからだ。
そして、数日が経過し、遂にハレイン様とミルダン王国は、ゼラリオン王国に宣戦布告を行い、即日侵攻が始まった。
遂にゼラリオン王国に対して、グレイストール領を率いるハレイン様とミルダン王国軍が侵攻し始めた。
ハレイン様的には、ミルダン王国からの侵攻は予想外だと思っているだろうけど、実はミルダン王国側にはジェローム様が引き受けて止めてくれている。
グレイストール領方面は、ビズリオ様と――――まさかのゼラリオン王まで出て来た。
そして、王様の陣営。
「ビズリオ殿……その……部外者をここに置くのは……」
一人の騎士が、変装している俺達を指さした。
俺達は『シュルト』として、団長が俺、副団長がフィリア、そしてルリくんを連れ、三人で作戦会議に参加している。
これもビズリオ様からの提案だったりする。
「構わない。今回の戦争で彼ら『シュルト』はゼラリオン王国に大きな力となるだろう。インペリアルナイトのビズリオが責任を持つ。心強い味方だと思って接したまえ」
他の騎士達も少し難色を示したが、王様が何も言わず、ビズリオ様があそこまで押してくれる事もあって、問題なく会議に参加する。
「現在、敵軍はこちらに向かって、兵三千で向かって来ております」
「三千……」
騎士達が心配そうにつぶやく。
兵三千人は決して少ない数ではない。
現に、ゼラリオン王国の兵はたった千五百人しかいない。
他は隣国のミルダン王国を食い止めるべくジェローム様の所に集まっている。
「発言、宜しいでしょうか?」
俺は手を上げる。
「いいぞ」
「ありがとうございます。私の調べによりますと、その三千の裏にもう五百名の兵がございます」
「ふむ。続けてくれ」
「五百の兵は共和国からの支援で『速馬』を使い、こちらの陣営を後ろから叩くつもりでしょう。正面から来る兵は、ぶつかってすぐにその場を維持するはずです」
「なるほど……こちらの兵を突破できないふりをして、油断を誘って陽動作戦を行うのか。ハレインらしい作戦だ」
「ですので、皆様はそのまま食い止めてください。後方の五百は私達が処理しましょう」
「…………『シュルト』の力を疑っている訳ではないが、其方三人で対処するという事か?」
「いえ、私の配下の者が既に向かっております」
「そういう事か…………貴殿達はここに残ると?」
「はい、戦いが始まれば、こちらにいる『ブルーダー』に、相手の司令系統の者を潰して貰いましょう。恐らく、ハレインは我慢出来ず、こちらに出てくると思われます」
俺の作戦を聞いたビズリオ様と王様は頷く。
周りの騎士達は怪しいと思っているが、誰も言葉を出さない。
わざわざ反論してビズリオ様に睨まれたくはないだろうからね。
「『ヒンメル』と言ったな?」
奥で威圧感を放っていた王様が聞いて来る。
「はい。ヒンメルと呼んでくださいませ」
「ヒンメル。ハレインを我の下に誘導する事は出来るか?」
「ご所望であれば」
「頼む」
「かしこまりました。ハレインが痺れを切らした時に、誘導致します」
正面の兵達の細かい作戦はそのままビズリオ様が立て始めたので、俺達は一度外に出る。白兵戦は、経験者である人の方が指揮しやすいだろうから。
俺達が平原に広がっている王国軍とハレイン軍を眺めている頃、肆式のリーダーのカーターくんから隠れている陽動軍を見つけたとの連絡が入った。
◇
陽動用ハレイン軍が機を待っていた頃。
彼らは指示通り、煙幕が上がるのを待っていた。
その時。
少し遠くの丘の上に真っ黒い服と黒い仮面を着た数十人が見えた。
「リーダー、向こうに変なやつらが」
「ん? なんだあれは?」
「敵かも知れません」
「……そうだな。しかし、それほど多くはないな、一旦様子を見て、そろそろ煙幕が上がるはずだから、それに従った方が良いかも知れない」
「ですけど、あいつら何だか不気味ですよ? 真っ黒いし……」
「まあ、こちらの人数は五百にのぼる。心配しなくていいだろう」
しかし、直後、リーダーはその言葉を後悔する事になる。
向こうの黒い一団から魔法の気配が見えた。
「魔法か! 防御魔法を張れ!」
急いで魔法を指示するリーダーに、反応が早かったおかげで相手より防御魔法を先に張る事が出来た。
しかし――――。
直後に真っ赤に燃える巨大な炎の魔法が二十にも及ぶ数の魔法が飛んできた。
「こ、これは! インフェル――――」
ハレイン軍の陽動軍が炎の海に飲まれ、五百もいた兵達はたった一瞬で全滅した。
魔法により消えた兵達は、鎧や骨すら残らず燃え尽きた事は言うまでもない。
◇
ハレイン軍、本陣。
ハレインの指示により、進軍した本陣がゼラリオン王国軍とぶつかった。
予定通り、ハレインは青い煙幕を上げる。
しかし、いくら待っていても相手の本陣の後ろから、本来くるであろう陽動軍が出てこない。
ハレインは少しずつ苛立ちを覚えるが、まだ目の前の本陣は、数で勝っている。
冷静に本陣を見回していた。
その時。
ハレインの目に何人かの指揮官がその場で首が飛ぶのを見かける。
「っ!? しゅ、シュベスタ!」
急いで『シュベスタ』を呼ぶハレインの後ろの影から、『シュベスタ』が現れる。
「ここに」
「向こうにも暗殺者がいる! 処理してこい!」
「はっ」
ハレインは、『シュベスタ』がその場から消えると、それを察知した相手の暗殺者が逃げる気配を感じる。
少しずつ、心の余裕がなくなっていく事を、自覚できないまま、焦り始めた。
ハレイン・グレイストールの反乱から、王国では今回の戦いを『グレイストール戦争』と名付けている。
こちらの地名は『シカウンド』という地方名だから、てっきりシカウンド戦争と名付けると思っていたけど、違ったみたい。ハレインが帝国に勝った戦いを『シカウンド戦争』と呼んでいた。
既に『グレイストール戦争』は始まっており、肆式がハレイン軍の陽動軍を相手している間に、両陣営の本陣がぶつかった。
ハレイン軍はそもそも進撃してから耐える戦法を取っているので、本格的に攻めてこないのが王国軍にとってはプラスに働いている。
ハレインが普通の状態なら、王国軍の少なさや、陽動軍が遅い事をいち早く理解して、本陣で押し込んで来たんだろうけど、そうしないという事は、それほど追い詰められているのだろう。
ルリくんのおかげで、ハレイン軍の各所の司令官が暗殺され、実際の軍の士気は随分と減っている。
こんなピリピリした状態で暗殺されたら、焦っても仕方ないと思う。
暫く眺めていると、俺の足元に二つの影が移動して来る。
【お疲れ様、ルリくん、ルナちゃん】
【【ただいま!】】
ルリくんは暗殺を、ルナちゃんはハレインの不安を煽るために頑張ってくれた。
ルリくんを追ったルナちゃんが、ハレインの下に戻らないと、ますます焦るはずだ。
少しして、肆式のカーターくんから連絡が届いて、陽動軍を殲滅したとの事だ。
殲滅か…………。
もう戦争は始まっているし、気にしては駄目だね。
暫く待っていても、未だ戦場の本陣に大きな動きはない。
余程余裕がないように見えるね。
陽動軍を殲滅して帰って来た肆式とルリくんで、ハレイン軍の後方に向かって貰った。
更にルナちゃんには、ビズリオ様に伝言「これからハレイン軍の後方に陽動をかけます」と伝えに言って貰った。
「みんな行ったね」
「ああ……」
「みんな頑張ってくれるから、私達も頑張らないとね」
「そうだな…………君にも戦いを強制する事に……」
「ううん。私は自ら貴方の手になる事を誓ったの。だから私を使ってくれた方が嬉しい。その為にこの力があるのだから」
フィリアは、自らの両手を見つめた。
その瞳には、確たる信念が灯っている。
「だからね? 悲しまなくてもいいからね? 貴方は私が守るんだから」
『シュルト』に扮したフィリアは、真っ黒い大きな大剣を『アイテムボックス』から取り出した。
すっかり、シヤさんの『アイテムボックス』が『銀朱の蒼穹』内で定着していて、何もない所から武器を取り出す事など、造作もない。
俺は大剣を持った『フロイント』に、精霊騎士のスキル『上級精霊付与』を掛けてあげる。
火を司る上級精霊が『フロイント』の身体に灯る。
「うん。みんなをお願いね」
「任されたわ」
そして、飛び出た『フロイント』は、とんでもない速度で向かい、ハレイン軍の本陣に大きな爆撃を与えた。
◇
戦場に両軍ともに驚くほどの爆炎が空高く上がり、ともに響く熱風と爆音が聞こえる。
あまりにも急な爆炎に両陣営驚くが、すぐに王国軍の方で進軍の太鼓の音が鳴り響く。
更にそのあと、王国軍の後方から、炎の魔法が数十発、空を掛けハレイン軍に落ちると、兵士達が爆炎に包まれ、ハレイン軍の悲鳴が戦場に響き渡った。
そんなハレイン軍に更なる追い打ちとして、後方から目にも止まらぬ速さで動く黒い影が、次々ハレイン軍を襲い始める。
何が起きているか理解できないハレイン軍は逃げ回る事しか出来なかった。
敵対しようとした瞬間、その首が空を舞う。
そんな仲間を見ただけで、兵士達は恐怖に陥った。
そんな彼らを導くべき司令系統も、既に『ブルーダー』により、殆どが命を落としていて、戦場のハレイン軍は最悪な状態であった。
「い、一体何が起きている! 何故王国軍がこんなに強いのだ! く、くそ!」
ハレインは現状が信じられず、悪態をつく。
頭をフル回転させ、現状を理解しようとするが、あの戦力差がひっくり返るとは思いもしなかった。
相手はこちらの半数……それを戦争の対応が遅れたと思い込んでいるハレインは、まさか王国の西側から攻めているミルダン王国すら侵攻が失敗している事を知る由もない。
その時、ハレインの視界の向こうに一際金色に光る鎧が見えた。
「ゼラリオン王…………!」
何度も見た『戦場の黄金獅子、イージウス・フォン・ゼラリオン』の姿だった。
ハレインは、迷う事なく、黄金獅子に向かい速馬を走らせた。
「ゼラリオン王!!」
「……ハレインか。貴様の敗北だな」
「くっ! ふざけるな! ここで、貴様の首をはねれば、俺の勝利だ!」
「くっくっ、出来るかな?」
ゼラリオン王の挑発に、ハレインは愛剣を抜いて、馬から飛びつく。
斬りつけた剣は、ゼラリオン王の大剣に簡単に防がれ、二人の剣が火花を散り始める。
常人には決して見える事がない速さの攻防に、周囲の騎士達は息を呑む。
敵でありながら、元インペリアルナイトでもあり、ゼラリオン王国だけでなく、世界でも強者として知られているハレインの本気の戦い。
そして、その剣戟をいとも簡単に跳ね返しているゼラリオン王。
二人の戦いは多くの者の心に刻まれる事となった。
俺の目線の先には、人類の頂点と思われる二人の戦いが繰り広げられている。
剣の軌道が見える者はごくわずかだと思われるほどに、凄まじい剣戟のぶつかり合いだ。
一閃一閃が上級魔法のような火花が散る。
しかし、二人の表情は対照的だ。
王様は余裕があり、笑みすら浮かべているが、ハレインは余裕がなく、苦い表情を浮かべ、汗まみれの姿を見せる。
段々とハレインの動きが鈍くなっていくのが見える。
王様の剣戟は少しずつ強くなっていく。
見るからに元々の実力差も結構あったと思うんだけど、どうして戦争なんか……。
「ハレイン、この程度か!」
「っ! 舐めるな! 貴様には負けん!」
ハレインは懐から、一本の小さな瓶を一つ取り出し飲み干す。
すぐに彼の身体から、赤い色の湯気のようなものが出始める。
「…………ハレイン。落ちぶれたな」
「ふざけるなぁあああ! 貴様に虐げられた我が一族の苦しみ、決して忘れたとは言わせんぞぉおおお!」
「…………」
大きな剣をハレインに構える王様。
「それを逆恨みというのだ。さあ、かかってくるがよい」
「ゼラリオン王おおおおお!」
目が真っ赤に染まり、涎を垂らすハレインの怒涛の攻撃が続く。
王様は一つ一つ丁寧に跳ね返すが、ハレインの攻撃が数段強くなっていて、少しずつ王様が押されて行く。
先程の薬のせいなのだろう。
その時、ハレインの剣が王様の剣を跳ね返し、王様の大剣が大きく吹き飛ばされた。
「貰ったあああああ、死ねええええええ!」
ハレインの剣が王様を斬ろうとした瞬間。
金属がぶつかる甲高い音と共に、王様の前に火花が散る。
「ッッッ!?」
そこには真っ黒い衣装で真っ黒い大剣を持った者が、二人の間を割った。
「申し訳ございません。邪魔させて頂きます」
「……『シュルト』か。すまぬ」
「しゅるとぉおおおおおお!」
王様が後方に去って行く。
ハレインが悔しそうに、『フロイント』を睨む。
「ここは戦場。貴方に戦いを与える場ではないわ」
「くそおおおおお!」
ハレインの剣が『フロイント』を襲うが、全てを簡単に跳ね返す。
一歩ずつハレインが後ろに下がり続ける。
「どうしてだあああああ、貴様らは俺様の味方だろうがあああああ」
「…………残念。私達を売ったのは貴方自身。マスターは最後まで貴方を信じていたのに、それを裏切った貴方が悪いわ」
「ふ、ふざけるなああああ!」
必死に剣戟を繰り出すが、『フロイント』には全く効かず、少しずつハレインの動きが鈍くなる。
「貴方程の者が薬に溺れるなんて皮肉ね」
「く、くそがあああああ! 貴様らに我が家の絶望が分かるか! 貴様らさえいなければああああ!」
「選択を間違えた貴方自身の責任ね」
二人が何かを話しながら、凄まじい勢いでぶつかっていた剣戟の数も、秒間のぶつかり合う数が半数にまで減り、遂にハレインに傷が増えていく。
必死に防ごうとするが、『フロイント』の剣の前では全く通用せず、少しずつ小さな傷が増え、次第に剣を振れなくなった。
そして、ハレインは『フロイント』の一撃によって、その命を終わらせた。
◇
「『シュルト』。此度の活躍、褒めてつかわす」
「ありがとうございます」
「報酬については、すぐに精算するが、いかんせん戦時中だ。終わるまで暫し待って貰いたい」
「心得ております。ミルダン王国はどうなさるので?」
「このまま兵を送りたい――――と思うのだが、南側にいる帝国の動きも気になる」
「はい。ではミルダン王国に、我々は向かいましょう。均衡を崩す事くらいは出来るでしょう」
「うむ。その報酬についても後日話し合うとする。『シュルト』が提示する報酬を極力叶えると約束しよう」
「ありがとうございます。ゼラリオン王様の好意に『シュルト』の団長として嬉しく思います」
「うむ。では西側も引き続き頼むぞ」
「はっ」
俺は『フロイント』と、帰って来た『ブルーダー』達を連れ、そのまま北側に向かった。
「陛下」
「ビズリオか」
「『シュルト』の戦力が思いのほか、凄まじいモノでした」
「そうだな。まさか、バーサークポーションを飲んだハレインですら相手にならないとは」
「!? そこまででございましたか」
「ああ。副団長『フロイント』というやらは、エンペラーナイトと同等かそれ以上の力を持っていた」
「…………『シュベスタ』と『ブルーダー』に『フロイント』。更には団長である『ヒンメル』。既にこの四人だけでも一国が滅ぶような戦力ですね」
「ああ。東の大陸は強者が多いと聞いているが、その通りかも知れないな。この戦争が終わったら東の魔女王に酒でも送ってやらねばならんな」
「はっ、元グレイストール領には良い酒があるようですので、そちらを送りましょう」
「そうだな。それと財産を全て王都に運べ。『シュルト』がどういう無理難題を言ってくるか分からないからな」
「はっ。かしこまりました」
ビズリオは残るハレイン軍を殲滅しつつ、グレイストール領を占領するまで多くの時間は要さなかった。
そして、この日。
『銀朱の蒼穹』の裏の顔『シュルト』が大陸の戦争で初めて頭角を現した日となった。