「ねえねえ、ソラ……大きくなったら、私をお嫁さんにしてくれる?」

「え? いいよ?」

「えへへ」


 あの頃は、お嫁さんが何なのか分からなかった。

 昔から近所の孤児院に住んでいたフィリア。彼女とは腐れ縁で、昔からずっと一緒に遊んでいた。

 俺の両親は昔からギャンブルばかりで、でも珍しくギャンブルの才能はあるようで家計は酷い状況ではなかった。

 ただ……両親との思い出は何もない。朝から夜、寝るまで両親の顔を見る事もない。起きると両親がお小遣いを置いてくれるので、それで何とか食事は出来ている感じだ。

 そんな俺は子供の頃から寂しさを紛らわす為にひたすら歩き回っていた。

 その時に出会ったのが、孤児院の連中だ。

 両親は生きているけど、彼らの気持ちが分かる俺は、直ぐに打ち解け、同じ歳、似た境遇の俺達は直ぐに仲良しとなれたのだった。



 ◇



「よお、ソラ」

「おっす、カール」

 彼もフィリア同様、孤児院の子で、今では俺にとってかけがえのない親友だ。

 黒い髪を綺麗に整えていて、すらっとした身長、顔も悪くないからモテそうな男なのだ。

 カールの青い瞳が俺に向く。

「フィリアは園長と一緒に先行ってるよ」

「そっか、そんじゃ遅れたらまた怒られるから、急ぐか」

「だな! フィリアは怒ると怖いからな!」

 俺はカールと共に、町を駆け抜けた。

 目指す場所は――――



 ◇



 町の中央広場に堂々と立っている建物。

 その入口の両側には、美しい女神様の像が建てられている。

 ここは、『教会』である。


 本日は十歳の子供の職能を『開花』してくれる日なのだ。

 これを『開花式』って言うんだけど、開花すれば全員が何かしらの『職能』を貰える。

 その『職能』で、これからの人生が大きく変わると言われている。

 全員がより良い『職能』を開花出来るように毎日祈っていた。

 もちろん、俺も、カールも――――フィリアもね。


「ソラ! 遅いよ!!」

 入口の脇で頬を膨らませて腰に両手を当てて怒っているフィリアが見えた。

 美しい金色の髪。金色の瞳。一目で大人になったら美人になると分かる彼女は、町でも人気者だ。

「フィリア、わりぃ、ちょっと女神様に祈ってたら遅れちゃったよ」

「んもぉー、ソラなら大丈夫だって言ってるのに!」

「あはは……」

 迷信だけど、女神様にちゃんと毎日祈れば、凄く良い職能を貰えると言われている。

 だから、俺も、カールも、フィリアも、孤児院のみんなも毎日祈ってきた。


 フィリアの後ろから、既に白髪が目立ち始めた女性が近づいてきた。

「ほらほら、みんな、もう入るわよ」

「「「はーい! 院長!」」」

 彼女はこのセグリス町の孤児院の院長である。

 院長に連れられ、僕達は教会の中に入った。

 無料で開花してくれるだけあって、十歳の子供達で溢れている。

 俺は孤児院組と仲が良いので、普通の子供達とは全く接点がない。何故なら、孤児って、周りから相手にされないから、俺も似た感じで相手にされていないのだ。フィリアだけは特別だけどね。

 平民に地位とかは全くないけど、何となくこういう場合、孤児は一番最後に回される。

 だから、俺達は他の平民の子供達が終わるまで、ずっと眺めていた。救いがあるなら、俺達に突っかかる者がいない事だね。



 最後の平民の子供が終わり、俺達の番になった。

 物珍しい職能が現れるかも知れないから、既に終わった人達も……中には全く開花に関係ない人達まで見つめている。有能な職能が開花したら、すぐにスカウトする為だと院長から教わった。

「では俺から行ってくるよ」

「おう、いってらっしゃい、カール」

 カールは俺達に手を振って、登壇した。



「こちらの水晶に手をあげなさい」

「はい」

 カールは右手で水晶に触れた。

「月の女神アルテミスの下に、汝の才能に慈悲を!」

 神官の声から水晶が光り輝く。

 そして――――。



「汝の職能は――――『魔法使い』!!」



 場内から小さな拍手が広がった。

 魔法使いは、戦闘用職能の中位職能に位置する。この先、十分に活躍出来る職能だ。

 カールは嬉しそうに俺達に戻って来た。

 戻って来たカールに迷う事なく、俺とフィリアはハイタッチをした。



 次はフィリアの番で、少し緊張した面持ちで登壇する。

 登壇する途中、場内の開花とは全く関係ない大人達から小さな歓声が上がった。

 正直、今日参加した全ての女子の中では最も綺麗だと思う。きっと、そう思ったのだろう。


「こちらの水晶に手をあげなさい」

「はい……」

 フィリアは両手で水晶に触れた。そして神官の詠唱が始まる。

 ――――直後。

 水晶からは、今まで見た事もないくらい大きな光が溢れ出た。

 あまりの眩さに神官から場内の全ての者、俺もまた見とれていた。

 神々しい光の中から、美しい金髪が見え始め、どこか凛々しい雰囲気のフィリアが目に入る。



「これは素晴らしい! 汝の職能は、天から恵まれた才能――――『剣聖』である!」



 場内から「おおお!!」と全員の歓声が上がり、割れんばかりの拍手が続いた。

 フィリアは、祭壇から皆に向けて一礼して、俺達の元に戻って来た。

 しかし、彼女の顔は少し暗い。

 不安そうに俺を見つめるが、心配する事なんて何もないと笑顔で返す。

 少し笑顔になってくれたフィリアを残し、今度は俺が登壇した。



「こちらの水晶に手をあげなさい」

「はい」

 俺は右手を水晶にあげた。

 そして、神官が本日の最後の詠唱を終えた。

 水晶からはさっきよりも大きい光が溢れ出る。

 くっ! ま、眩しい!?

 会場からフィリアの時同様に、大きな歓声があがった。


 しかし、

 光が終わり、直後、神官の口から信じられない事が告げられた。


「…………残念だが……汝の職能は………………『転職士』である」


 直後、場内に笑い声が巻き上がった。

 大きな光の中でも、唯一のハズレ(・・・)職能『転職士』。

 それが、俺の職能だった。
「ソラ、いい加減に落ち込むなよ」

「はぁ……お前はいいよな……俺も魔法使いになりたかったよ」

「くっくっ、お前が落ち込むなんて珍しいわ。まぁ……あれは仕方ないよ」

 カールは一所懸命に慰めてくれているけど…………


「わりぃな、俺は今から孤児院の先輩達と狩りに行く事になっててよ」


 ――――これだ。

 カールが開花した魔法使いの職能は戦闘職能だ。

 だから、孤児院の為にこれから狩りに出かけるのだ。

 本来なら……俺も一緒に手伝いたかった。

 しかし、俺の開花した職能『転職士』。

 それは戦いに全く向いてなければ、支援も出来ない、何なら『転職』すらイマイチ使い道がない。


 『転職士』とは、手を触れた相手の『職能』を変更可能な職能だ。

 その効果だけなら、凄く使えそうな職能に聞こえるのだが、実情は違う。

 制約が多いのだ。

 まず、転職出来る職能には限りがある。

 職能はその強さでランクがある。

 全部で四つの強さに分かれており、それぞれを下級、中級、上級、最上級に分けている。

 カールが開花した魔法使いは中級。

 フィリアが開花した剣聖は最上級だ。


 では話を戻し、俺が転職させられる範囲というのは、下級のみ(・・)となる。

 しかも、これって中級以上の職能を持った人は転職させられないのだ。

 そうなると下級職で違う職業になりたい人か、何もない『無職』の人くらいだ……。

 しかし、職能が『無職』の人はそもそも弱いので、転職させる料金も払えないのだ。

 そうなると仕事としても成り立たない……そういう事も相まって『転職士』は特殊最上級職能の中でも唯一(・・)のハズレという事になるのだ。


 俺は孤児院の先輩達と一緒に外に向かうカールを悔しそうに見つめた。

 正直言えば、もしかしたらこうなるんじゃないかと不安になっていた。

 それが見事に的中したという事だ。

 はぁ……。

 俺もカールと――――フィリア達と一緒に狩りに出掛けたかった。

 『転職士』がどれほど足を引っ張る存在かは知っているつもりだから、我が儘を言って付いて行ったりはしない。

 これからは…………普通の仕事をしながら、転職士のレベルを上げよう。

 いつか……あいつらと……一緒に…………。


 悔しさで涙が溢れた。



 ◇



 ステータス。

 心の中で念じる。

――――――――――――――
 職能 : 転職士

 レベル : 1

 スキル : 下級職能転職
――――――――――――――

 自分の職能と、その職能のレベル、そしてスキルが心の中で見れる感覚だ。

 目に見えている訳ではないんだけど、見える感覚。

 このスキル『下級職能転職』というのが、一般下級職能に転職させるスキルだ。


 そんなステータスを見ながら、いつも三人で遊んでいた川で一人座って石を投げていた。

 その時。

「ソラ!!」

 後ろからいつも聞いていた声が聞こえた。

「ん? フィリア??」

 向いた場所にはフィリアと、同じ孤児院の先輩二人を連れて来ていた。

「ソラ、こんな所にいたのね。ちょっと試したい事があるの――――――って……もしかして泣いてた?」

「え? ち、ちがっ」

 既に目が赤くなっているから、隠そうとしても無理だよね……。

「ソラ、こちらの先輩達ってさ、『無職』なのね? 『転職』お願いしてもいいかな?」

「え? あ、ああ、いいよ?」

「「お願いします!」」

 後ろの先輩達も頭を下げた。

 俺に出来る事なら、何でもやりたいとは思っている。

「では手を出してください」

 まず一人目の先輩が両手を前に出した。

 片手でもいいんだけど、まぁいいか。

 彼女の両手を握り、スキル『下級職能転職』を発動させる。

「ご希望の職能はありますか? 一般的なモノにしかなれませんが……」

「え! じゃあ、狩人(かりうど)でお願いします」

「分かりました」

 彼女の職能を認識する。

 ちゃんと『無職』である事が認識される。

 『無職』をスキルで書き換える。

 選択肢は『戦士』『剣士』『武闘家』『盗賊』『狩人』の計五つだ。

 戦士は武器というよりは、ステータス系統が高い職能だ。

 剣士は剣に優れた職能で、非常に人気のある職能だ。

 武闘家はこの中で一番人気のない職能で、『気功』というのが使えるようになるが、非常に燃費が悪くて武闘家は大成するまで随分と長いと言われている。

 盗賊はリアル盗賊とは全然違うモノで、戦いというよりは探索などに役に立つスキルが多いので、こちらも人気の職能だ。

 最後の狩人は、言葉通り主に狩りに関する職能で弓や短剣などが使えるようになるが、効果は中級職ほどの強さはなく、中途半端な職能としてあまり人気はない。


 彼女の求める『狩人』を『無職』の上に重ねる。

 すると、『無職』が消え、『狩人』となる。

 彼女の身体から青い光が溢れ出た。

「はい、これで出来ました」

「本当だ!! ありがとう!! これで私も職能持ちになれたわ!!」

 彼女の喜ぶ姿を見て、この力を得た事に少しだけ勇気を貰えた気がした。

 続いてもう一人の先輩にも同じく『狩人』に変更してあげた。


 最初に転職した彼女は茶色の短い髪で活発な見た目のアムダさん。

 後に転職した彼女は黒いウェーブが掛かった髪で少し大人しい雰囲気のイロラさん。

 この日。

 俺が初めて二人を転職させた事で、俺が想像だにしなかった事が起こるなんて、この時の俺は全く知る由もなかった。

 ただ一人。

 嬉しそうな俺を見つめていたフィリアだけは、この先の出来事を予想出来ていたに違いない。
 僕が初めて転職を行ってから三日が経った。

 三日間、フィリアやカール達は狩りに勤しんでいた。

 俺はというと…………何もしていない。

 街をぶらぶら歩いていたりしている。

 これでもまだ落ちぶれるつもりはないんだ。

 だから、冒険者ギルドに出入りする事にした。

 十歳から冒険者ギルドに出入りしても、誰も文句を言わない。

 『転職士』の俺は冒険者にはなれないが、どんな職能があって、どんな職能が人気で、パーティーはどんな構成なのか、そういうモノを調べ始めた。

 そして、本日。

 フィリアとアムダさん、イロラさんが訪ねて来てくれた。

 どうやら報告があるらしい。

「ソラ、少しお願いがあるんだけどいいかな?」

「ん? どうしたんだ?」

 珍しくフィリアが頼みモードになっている。

「またアムダさん達の職能を転職して欲しいんだけど、いいかな?」

「え? いいけど……別な職能を試すのか?」

「ん~、そんなとこ」

「ああ、まぁいいよ。疲れるとかも全くないから」

「そっか! それなら早速お願いね」

「おう」

 またもや先輩の二人の転職を行う。

「今度はどんな職能にしますか?」

「えっとね……『狩人』でお願い」

「え?」

 思っていた答えとは違う答えに、驚いてしまった。

「『狩人』から『狩人』に??」

「え、ええ」

「????」

 後ろにいたフィリアが目を光らせて前に出てきた。

「ソラ、一度やってみて欲しいの」

「え? …………まあいっか、分かった」

 俺は言われるがまま、アムダさんの職能を『狩人』から『狩人』に変えた。

 意外にもちゃんと『狩人』から『狩人』に変わった事が確認できた。

「意外にも転職出来るもんだな…………でもこれで無駄にレベルがまた1に戻ったんじゃ……?」

「えっと、うん。ちゃんとレベルが1に戻ってるよ!」

 そりゃそうだよね!?

 転職したらレベルが1になるに決まってるじゃん……。

「ソラ、イロラ姉さんの分もお願い」

「えっ? イロラさんも?」

 イロラさんが俺を見て、大きく頷いて両手を前に出した。

「でもレベルが1になるんだよ!?」

「いいの。ちゃんとやって欲しい」

「…………もう、訳が分からないよ……はぁ…………」

 仕方なくイロラさんの職能も『狩人』に転職させた……元通りなんだけどね……。

「うん。ちゃんとレベル1だよ~」

「アムダ姉さん、イロラ姉さんありがとう!」

「いいえ~、それでソラはどうなの?」

「え? 俺?」

 三人が興味津々な目で俺を見つめてきた。

「ど、どういう事?」

「えっとね、職能っていうのは、魔物を倒して経験値を貯めてレベルを上げる。までは分かるね?」

「え? ええ、それくらい分かるよ」

「でもね。もう一つレベルを上げる方法があるのは知ってる?」

「もう一つ…………確か、職能のスキルを使い続ける事?」

 世界の常識の一つ。

 職能が大きく人生に関わるこの世界での常識。それはレベルを上げる方法である。

 手っ取り早い方法は魔物を倒す事だ。

 強い魔物を倒せば、より多くの経験値が貯まる。

 しかし、これだと魔物を倒せない者なら一生経験値を貯める方法がないのだ。

 そんな人々にも経験値を貯める方法が用意されている。

 それが職能のスキルを使い続ける事である。

 ただ、『無職』だけはスキルがないからレベルを上げる方法がない。魔物を倒すなんて夢のまた夢である。


「でも、『転職士』のレベルって……スキルを使い続けても上がらないんじゃ……?」


 実は『転職士』がハズレ職能である最も大きな理由。

 『無職』同率の低ステータス、戦闘スキルなし、唯一スキル『下級職能転職』があるのだが、その『下級職能転職』を使い続けてもレベルが一切上がらないと言われている。



「そう言われているのは、『無職』を『転職』させた場合じゃないのかなと思ったの。それもレベル1で経験値0の人だからじゃないのかなって」



 フィリアの言葉に、俺の心に大きな電気のようなモノが流れた。

「え? で、でも……」

「ソラ、今の経験値が貯まってる感じ……する?」

 フィリアの言葉通り、俺の中に経験値が貯まったような感覚があった。

 ほんの少し、これがどれくらいで、レベルが上がるにはどれくらいかかるのか分からないけれど……たった1かも知れないけど、ちゃんと経験値が貯まった感覚があった。

「あ、ああ…………ほんの少しだけど……ちゃんと…………」

 俺はまたもや涙を流した。



 ◇



 あれからフィリア引率のアムダさんとイロラさんのレベルを上げては、転職させて俺の『転職士』のレベルを上げる事を目指した。

 アムダさん達には本当に申し訳なかったのだけれど、今まで『無職』だったから狩りすら出来なかった。でも、今は狩りが出来ると言われた。

 レベルは毎日1に戻るけれど、魔物の素材が獲得出来るのは今までの生活と比べて全然違うとの事だ。

 本来『転職』するにも、大量の料金を取る人が殆どだ。たまにしか仕事がないので、一回の転職でその分を取り戻そうとしている転職士が殆どで、価格が高騰しているのだ。

 ……それに他人が羽ばたくのが、羨ましく思えるに違いない。


 毎日経験値を上げて貰う生活も一か月が経った。

 ――――そして。



 - 職能『転職士』のレベルが2に上がりました。-

 - 新たにスキル『経験値アップ①』を獲得しました。-

 - 新たにスキル『同職転職』を獲得しました。-


 『経験値アップ①』

 転職させた相手の獲得経験値を二倍にする。

 スキル効果の付与は任意で選択可能。


 『同職転職』

 相手の職能をそのままにレベルを1に戻す。

 経験値吸収率が通常転職より高い。(通常転職1/100、同職転職1/50)
「れ、レベルが! 上がった!!」

 俺の声にフィリアもアムダさんもイロラさんも、物凄く喜んで、俺に抱き付いてきた。

 無我夢中だったけど、また三人の前で泣いてしまった。

 元々涙もろい訳ではないんだけど……。

 俺達四人はこれでもかってくらい喜んだ。

 この一か月……本当にしんどかった……。

 ただ経験値を貰うだけの紐生活が続いて、皆には本当に申し訳なくて…………。

 それにしても、レベルが一つ上がって、スキルが二つも増えた。

 スキルの内容はレベルが上がった時に、瞬時に理解できた。

 そんな俺を見て、わくわくしたようにフィリアは、

「ソラ! レベルが上がったって事は、新しいスキルを獲得したんでしょう!? どんなスキルなの?」

 とグイグイ近づいてきた。

 何だか、フィリアにここまで言われるのは久しぶりな気がする。

 職能の開花で距離が離れてしまった俺達だったけど、少しは近づけた気がした。

「えっとね、転職させた人の経験値を上げるスキルと」

「凄い!! 経験値を上げてくれるスキルなんて聞いた事ないよ!」

 そう言えば、聞いた事なかったな。

 図書館でスキル図鑑を読んだけど、そんなスキル見た事なかったな。

「それと、同じ職能に転職させるスキルを覚えたよ」

「同じ職能に……転職?」

「あ、ああ。通常転職させるよりも経験値を貰えるみたい。どうやら転職させて経験値を得ていたのも、スキルを使ったから経験値が貯まった。のではなくて、相手が貯めた経験値を僕が吸収していたみたい」

「凄い! 意外な事実が発覚したね!」

「ああ、これもアムダさんとイロラさんのおかげです。この一か月間、本当にありがとうございました」

「ううん。私達もソラくんのおかげで戦えるようになったから、こちらこそ感謝だよ」「うんうん」

 イロラさんもアムダさんの言葉に同調するかのように頷いた。

 しかし、隣にいたフィリアが膨れていた。

「むぅ………………私は?」

「え!? ふぃ、フィリアもありがとう!」

「えへへ」

 反射的にいつもの癖で、フィリアの頭を撫でてあげた。

 子供の頃、悲しむフィリアは頭を撫でてあげると機嫌がよくなっていたから。

 隣で見ていたアムダさん達がニヤニヤしているけど、気にしない。

 しかし、直後に俺の想像を超える出来事が起きる。自分の人生が変えると言っても過言ではない出来事。










「ソラ? …………ほら、私の経験値も……どうぞ」



 少し恥ずかしそうに両手を前に出したフィリア。

 元々美人なのに、少し目が潤んでいて、「どうぞ」という仕草も相まって、ものすごく可愛かった。

 今まで意識すらした事がなかった幼馴染の可愛さ。

 聞こえるはずもない自分の心臓の鼓動の音が聞こえる。

 恐る恐る彼女の手を取る。

 温かい彼女の手の温度で、更に心臓の鼓動が上がるのを感じる。

 急いでスキル『同職転職』を使った。

「……んっ…………」

 今まで聞いた事もない幼馴染の妖艶な声が微かに聞こえた。

 そして、フィリアから赤い光が溢れ、俺の方に流れて来る。

 今まで感じた事もない力強いエネルギーを感じた。これが剣聖の……フィリアの力なんだと理解した。

 光が終わり、自分の中で今まで一か月間掛けて集めた経験値以上のモノが貯まった感覚がした。

「フィリア、ありがとう。凄く貯まったよ」

「そ、それは良かった! 私、これからも頑張るからね?」

「えっ!? う、うん! よろしくお願いします」

「よろしくお願いされました!」



 こうして、俺はまたアムダさんとイロラさんに加えて、今度はフィリアまで経験値を捧げてくれる生活が始まった。

 十日程経過して、俺のレベルが3に上がった。


 - 職能『転職士』のレベルが3に上がりました。-

 - 新たにスキル『経験値アップ②』を獲得しました。-

 『経験値アップ②』

 転職させた相手の獲得経験値を五倍にする。



 ◇



 その頃、冒険者ギルド。

「おい、この街に『剣聖』がいると聞いたんだが、何処にいる?」

 白をベースに赤い刺繡が施された服を着ている偉そうな男が冒険者ギルドの受付に駆け寄っていた。

「えっと……ごめんなさい、冒険者にはいないんですが……」

「ちっ、使えないな。この『剣聖』アビリオ様がわざわざ来てあげたというのに、後輩(・・)の剣聖ちゃんの面倒を見てやろうとしてるのによ!」

 男は悪態をつきながら、冒険者ギルドを出ていった。

「ふぅ……あれが噂のゴキブリ剣聖アビリオ様なんですね……」

「ミリシャ! シーッ! 聞こえたら斬られちゃうわよ!?」

「あっ、つ、つい…………はぁ……」

 冒険者ギルドの受付嬢の二人は出て行った剣聖の後を見つめた。
 今日は激しい雨が降っていた。

 いつものように冒険者ギルドで、他の職能のリサーチをしたりしていると、少しだけ見知った顔の人達から可愛がって貰い、職能やスキルについて色々教えてくれた。

 偶々依頼を受けに来たカールとその先輩達にも会って、カール達も頑張っている事を知った。

 まだ俺に何が出来るかは分からないけれど、自分なりに出来る事を精一杯頑張ろうと決意した。



 しかし、運命とやらはそう甘くなかった。



 ◇



「お前がソラとかいう小僧か?」

「えっ? は、はい」

 綺麗な白い服に赤い刺繡と鋭い顔の男性が声を掛けてきた。見るからに貴族様である事が分かる。

「吾輩は剣聖アビリオという。お前に一つ聞きたい事がある」

「は、はい。いかがなさいましたか?」

 彼の言葉から出た『剣聖』という言葉に不安を覚えた。

 そして、

「剣聖フィリアを知っているな?」

 ああ、聞かれる内容の予想が当たってしまった。

 『剣聖』という言葉を聞いて、真っ先に思うのは幼馴染のフィリアだからだ。

「は、はい」

「…………お前は『剣聖』がどういう存在なのか知っているか?」

「えっ? 最上級職能で…………」

「いかんな、たかだか『最上級職能』と見られても困るのだ。『剣聖』というのは全ての職能の頂点に君臨する。全ての()を守るべき存在だ! しかし! 剣聖フィリアはどうだ? 本来の役目(・・)すら疎かにして、未だまともに剣も振れないではないか! それは誰の所為か…………」

 饒舌に語っていたアビリオの鋭い瞳が俺を向いた。



「そう……お前の存在だよ。お前がいつまでも『剣聖』にしがみついているから、彼女は本来の義務も幸せ(・・)も得られず、あんなひもじい生活を強いられている。これはとんでもない事なのだぞ!? あれほどの職能を持ちながら役に立たない……なんて嘆かわしいのだ! それもこれも…………お前の所為なのだ」



 ドカーン

 激しい雨が降っている外から雷が鳴った。俺の心の中のように。

 そして、彼は去り際、

「吾輩は良いのだが……より彼女の為と思えば…………お前から離してやるのが道理だろうな」

 という言葉を残して去って行った。

 その言葉がずっと俺の心の中を巡る。

 知っているつもりだった。

 フィリアは……最上級職能。

 こんな場所でくすぶっているような存在ではない。

 そして、毎日俺に経験値を捧げていい存在ではない。

 気付けば、俺は雨の中、家に帰って来た。

 家の中には誰もいないはずなのに、明かりがついていた。

 帰って来るはずもない親。

 きっと、中には…………

「お帰り! ソラ!? ずぶ濡れだよ? えっと、タオルは…………」

 美しい幼馴染が慌てていた。

 今まで気にした事なんてなかったのに、離れてしまったと思うと初めて気づくもので、彼女が如何に美人であるか気付いてしまった。

 更に彼女は最上級職能。

 そんな彼女がこんな場所で、俺なんかと一緒にいていいはずはない。

 もっと……もっと良い暮らしが、幸せ(・・)があるはずだ。


「フィリア」

「えっと~、ん? どうしたの?」

 タオルを持って来てくれた彼女は、手を伸ばし、俺を拭こうとする。

 そんな彼女を、俺は――――





 振り払った。

「っ!?」

「フィリア……もう終わりにしよう」

「えっ? 終わりって……どういう……」

「お前はここにいていい人じゃない」

「!? そ、そんな事ない!」

「いや、お前にはもっと必要とされる人々がいるはずだ。だから――――」

「い、いや! 私は――――」

 不安そうな彼女の表情に、俺の心もずたずたにされる感覚が広がった。

 それでも……俺なんかの為に彼女がずっと犠牲になるのは…………我慢ならなかった。だから。



「もう俺の所には来ないでくれ、もう――――――お前を見たくないんだ」



 心にもない言葉を口にした。

 次第に彼女の目には大きな涙が溢れる。

「そ、ソラ……ご、ごめんね? 私なんかがずっと隣にいたんじゃ……迷惑だよね…………」

 そんな事思っている訳ないじゃないか!

 でもどうしようもないんだ!

 あいつが言っていた事、全て理解していた事だったんだ……。

 彼女の力を必要とする人々は数多くいる。

 俺が彼女の枷になってしまって、彼女は羽ばたけずにいる。

 それが現実だ。

 だから…………俺は心に蓋をした。



「ああ、迷惑だ。だからもう二度と俺に――――」



 彼女は俺の言葉を最後まで聞く事なく、外に走り去った。

 走り去る際、彼女の悲痛な泣き叫びが、俺の耳に残り続けた。


 ドカーン


 またもや、外では大きな雷が鳴った。俺の心を表すかのように……。

 俺は一人、部屋の隅で泣き続けた。

 フィリア……。

 ごめん……。

 嘘だとしても……あんなに酷い事を言ってしまった…………でもこれでいいんだ。

 俺が嫌われれば、彼女はこれから多くの人々を救って尊敬されるような人になれる。

 そこに彼女の幸せがあるのだから。
「ソラ!!!」

 次の日。

 俺の家に慌てて入ってくる人がいた。

「くっ!? ソラ!!!」

 (うずくま)っている俺の視界に、カールの姿が見えた。

「カールか……」

「おい! フィリアに何をした!!」

「…………お前は知らなくていい」

「くっ! この……馬鹿野郎!!」

 カールが蹲っている俺の胸ぐらを掴んで、立たせる。そして、思いっきり俺を殴り飛ばした。

 ああ……いいなぁ……これが職能の力なんだな……。

 昔ならこんな力なんてないはずなのに……もうこんなに差がうまれているんだね……。

「ソラ!! どうしたんだ! お前は……フィリアが……フィリアがどれだけ泣いているのか分かっているのか!!」

「っ! お前に何が分かる!!」

「何!?」

「俺にはまともな職能なんてない! 彼女の隣に立つ資格もない! 俺が枷になって、いつまでも彼女のレベルは上がらず、いつまでもあのままで幸せに何てなれないんだ!!」

 俺の下手くそなパンチがカールの胸に当たった。

 ぴくりともしない。

「ほら見ろ! 俺の……俺の力なんてこんなもんだ!! こんな力でどうやってフィリアを守ってやればいいんだよ!! なあ! カール! 教えてくれよ!!!」

 悔しくて、情けなくて、また涙が溢れた。

「俺は…………フィリアを……守って…………やれないから…………」

 その場に崩れ落ちた。

 情けない自分が悔し過ぎる……。

 どうすればいいか……誰か教えて欲しい……。



「ソラ、お前……フィリアの事、好きじゃないのか?」



「えっ?」

 俺と同じ目の高さになったカールが、俺の目を真っすぐ見つめてきた。

「お前の気持ちはどうなんだ? フィリアが好きなのではないのか?」

「……でも」

「でもじゃねぇ、お前の気持ちを聞いているんだ。守れないとか、どうしていいかとか聞いてるんじゃねぇ」

「…………」

「フィリアがどうしてお前の隣にいたのか考えた事はないか?」

 フィリアがどうして俺の隣に……?

 毎日俺に経験値を捧げてくれた彼女が、どうして俺の隣に……?

「よくよく考えてみろ。フィリアは『剣聖』になったその日からずっとお前の隣に立っていたはずだ」

 確かにそうだった。

 アムダさんとイロラさんを連れて来てくれた。

「それが……フィリアの気持ちだよ」

「っ!?」

「お前は……フィリアの気持ちを踏みにじったんだ。幸せにしてやれないとか、守ってやれないとか……そんな事よりも、お前はフィリアにとって最も大事なモノを傷つけてしまったんだよ」

「そ、そんな……お、俺は……フィリアの為を思って…………」

「フィリアが一番幸せなのは…………あいつが一番良い笑顔になるのは、お前の隣にいる時だけだぞ?」

 フィリアが?

 いつもあんなに明るい笑顔のフィリアが?

「フィリアが笑っているのは、お前の隣にいる時だけだぞ? 孤児院の中では、フィリアの笑顔なんて見た事ある人の方が少ないくらいだ……それくらいフィリアの中では、お前が一番大事なんだよ」

 俺は……俺はなんて事を……。

「ソラ、もう一度聞く。お前の気持ちはどうなんだ?」

「お、俺は……俺はフィリアを幸せにしたい! 俺も……フィリアの事が好きだから!」

 安堵の溜息を吐いたカールが、右手を前に出した。

「まだ落ちぶれてはいないようだな? 親友」

「あ、ああ! 落ちぶれてられるか!」

「くっくっ、この世の終わりみたいな顔だったやつがよく言うよ」

「わ、わりぃって! これからは……ちゃんとする」

「おう」

 カールの手に導かれて起き上がった俺は、扉の外に多くの人がいる事に気が付いた。

「ソラくん!」

 外から俺を見守っていたアムダさんが手を振っていた。

 隣にはイロラさんもいて、他の孤児院の先輩達も沢山待っていてくれた。

「ソラ、よく聞いて欲しい。フィリアは剣聖アビリオというゲス野郎の所に行ったよ」

「くっ……」

 アビリオ……その名前は絶対に忘れない。

「今から追いかけても連れ戻すのは難しい。アビリオは俺らを人質にしてフィリアを連れて行ったんだからな」

「え!? 人質!?」

「ああ、権力ってやつだ。だから……俺らもフィリアを取り戻したい。でもこのままじゃ絶対に無理だ。でもお前なら出来る」

「えっ? 俺なら……できる?」

「ああ、アムダさんから話は聞いている。お前の力があれば……俺達はもっと強くなれる。それなら……もしかしたらフィリアを助けられるかも知れない」

「……やらせてくれ! 俺にも手伝わせてくれ!」

「……ああ! そう答えてくれると信じていたぜ、親友」

「俺に出来る事なら何でもする」

 俺とカールが外に出た。

 アムダさん、イロラさんに、孤児院の先輩が六人。

 全員と握手を交わした。

 それから、作戦会議の為、孤児院に移動した。

 広い部屋に座った俺達は、作戦会議を始めた。

「ソラ、お前の力がどんなモノか詳しくは知らないので、教えて貰っていいか?」

「ああ、俺の『転職士』は他の人から経験値を吸収する事でレベルを上げる事が出来るんだ」

「経験値を……吸収!?」

「ああ、アムダさんとイロラさんからは、経験値を沢山貰えたよ」

 アムダさんとイロラさんは苦笑いをした。

「それでソラのレベルが上がった……でも強くはなれてないんだろう?」

「ああ、強くはなれなかった。代わりにスキルを手にしたよ」

「スキル……」

「ああ、俺が転職させた人は…………経験値の獲得率が上がるんだよ」

「!? それは凄いな……」

「ああ、だからこれからここにいる皆さんを一度転職させて欲しい。レベルが1に戻ってしまうけど、元になるまで早くなるはずだから、楽になるはずだよ」

 俺の言葉を聞いたアムダさんが手を上げた。

「あのね。今のソラくんの経験値獲得上昇はね……とんでもなく速く上がるよ? 私なんてその気になれば一時間くらいでレベル2に出来るんだから。一人で」

「「「ええええ!?」」」

 アムダさんの言葉に、全員が驚いた。

 一時間でレベル1から2に上がるのは凄い事なのだろうか?



「おいおい、ソラ……お前……とんでもないスキル持ってるんだな」

 カールの驚いている顔を見て、自分が持っているスキルがとんでもないスキルだという事が少し理解できた気がした。