「ねえねえ、ソラ……大きくなったら、私をお嫁さんにしてくれる?」

「え? いいよ?」

「えへへ」


 あの頃は、お嫁さんが何なのか分からなかった。

 昔から近所の孤児院に住んでいたフィリア。彼女とは腐れ縁で、昔からずっと一緒に遊んでいた。

 俺の両親は昔からギャンブルばかりで、でも珍しくギャンブルの才能はあるようで家計は酷い状況ではなかった。

 ただ……両親との思い出は何もない。朝から夜、寝るまで両親の顔を見る事もない。起きると両親がお小遣いを置いてくれるので、それで何とか食事は出来ている感じだ。

 そんな俺は子供の頃から寂しさを紛らわす為にひたすら歩き回っていた。

 その時に出会ったのが、孤児院の連中だ。

 両親は生きているけど、彼らの気持ちが分かる俺は、直ぐに打ち解け、同じ歳、似た境遇の俺達は直ぐに仲良しとなれたのだった。



 ◇



「よお、ソラ」

「おっす、カール」

 彼もフィリア同様、孤児院の子で、今では俺にとってかけがえのない親友だ。

 黒い髪を綺麗に整えていて、すらっとした身長、顔も悪くないからモテそうな男なのだ。

 カールの青い瞳が俺に向く。

「フィリアは園長と一緒に先行ってるよ」

「そっか、そんじゃ遅れたらまた怒られるから、急ぐか」

「だな! フィリアは怒ると怖いからな!」

 俺はカールと共に、町を駆け抜けた。

 目指す場所は――――



 ◇



 町の中央広場に堂々と立っている建物。

 その入口の両側には、美しい女神様の像が建てられている。

 ここは、『教会』である。


 本日は十歳の子供の職能を『開花』してくれる日なのだ。

 これを『開花式』って言うんだけど、開花すれば全員が何かしらの『職能』を貰える。

 その『職能』で、これからの人生が大きく変わると言われている。

 全員がより良い『職能』を開花出来るように毎日祈っていた。

 もちろん、俺も、カールも――――フィリアもね。


「ソラ! 遅いよ!!」

 入口の脇で頬を膨らませて腰に両手を当てて怒っているフィリアが見えた。

 美しい金色の髪。金色の瞳。一目で大人になったら美人になると分かる彼女は、町でも人気者だ。

「フィリア、わりぃ、ちょっと女神様に祈ってたら遅れちゃったよ」

「んもぉー、ソラなら大丈夫だって言ってるのに!」

「あはは……」

 迷信だけど、女神様にちゃんと毎日祈れば、凄く良い職能を貰えると言われている。

 だから、俺も、カールも、フィリアも、孤児院のみんなも毎日祈ってきた。


 フィリアの後ろから、既に白髪が目立ち始めた女性が近づいてきた。

「ほらほら、みんな、もう入るわよ」

「「「はーい! 院長!」」」

 彼女はこのセグリス町の孤児院の院長である。

 院長に連れられ、僕達は教会の中に入った。

 無料で開花してくれるだけあって、十歳の子供達で溢れている。

 俺は孤児院組と仲が良いので、普通の子供達とは全く接点がない。何故なら、孤児って、周りから相手にされないから、俺も似た感じで相手にされていないのだ。フィリアだけは特別だけどね。

 平民に地位とかは全くないけど、何となくこういう場合、孤児は一番最後に回される。

 だから、俺達は他の平民の子供達が終わるまで、ずっと眺めていた。救いがあるなら、俺達に突っかかる者がいない事だね。



 最後の平民の子供が終わり、俺達の番になった。

 物珍しい職能が現れるかも知れないから、既に終わった人達も……中には全く開花に関係ない人達まで見つめている。有能な職能が開花したら、すぐにスカウトする為だと院長から教わった。

「では俺から行ってくるよ」

「おう、いってらっしゃい、カール」

 カールは俺達に手を振って、登壇した。



「こちらの水晶に手をあげなさい」

「はい」

 カールは右手で水晶に触れた。

「月の女神アルテミスの下に、汝の才能に慈悲を!」

 神官の声から水晶が光り輝く。

 そして――――。



「汝の職能は――――『魔法使い』!!」



 場内から小さな拍手が広がった。

 魔法使いは、戦闘用職能の中位職能に位置する。この先、十分に活躍出来る職能だ。

 カールは嬉しそうに俺達に戻って来た。

 戻って来たカールに迷う事なく、俺とフィリアはハイタッチをした。



 次はフィリアの番で、少し緊張した面持ちで登壇する。

 登壇する途中、場内の開花とは全く関係ない大人達から小さな歓声が上がった。

 正直、今日参加した全ての女子の中では最も綺麗だと思う。きっと、そう思ったのだろう。


「こちらの水晶に手をあげなさい」

「はい……」

 フィリアは両手で水晶に触れた。そして神官の詠唱が始まる。

 ――――直後。

 水晶からは、今まで見た事もないくらい大きな光が溢れ出た。

 あまりの眩さに神官から場内の全ての者、俺もまた見とれていた。

 神々しい光の中から、美しい金髪が見え始め、どこか凛々しい雰囲気のフィリアが目に入る。



「これは素晴らしい! 汝の職能は、天から恵まれた才能――――『剣聖』である!」



 場内から「おおお!!」と全員の歓声が上がり、割れんばかりの拍手が続いた。

 フィリアは、祭壇から皆に向けて一礼して、俺達の元に戻って来た。

 しかし、彼女の顔は少し暗い。

 不安そうに俺を見つめるが、心配する事なんて何もないと笑顔で返す。

 少し笑顔になってくれたフィリアを残し、今度は俺が登壇した。



「こちらの水晶に手をあげなさい」

「はい」

 俺は右手を水晶にあげた。

 そして、神官が本日の最後の詠唱を終えた。

 水晶からはさっきよりも大きい光が溢れ出る。

 くっ! ま、眩しい!?

 会場からフィリアの時同様に、大きな歓声があがった。


 しかし、

 光が終わり、直後、神官の口から信じられない事が告げられた。


「…………残念だが……汝の職能は………………『転職士』である」


 直後、場内に笑い声が巻き上がった。

 大きな光の中でも、唯一のハズレ(・・・)職能『転職士』。

 それが、俺の職能だった。