王城の中では(あやかし)たちが結婚式の準備でバタバタとしていて、とにかく慌ただしい雰囲気に包まれている。
でも私は毎日チョコレートやお菓子を作り、お店を営業し、カカオの森ですねこすりたちと(たわむ)れる、そんないつもと変わらない日常を過ごしていた。
少し違うのは、ドレスを作り直している茜様にあまりお手伝いをお願いできないことと、青王様がずっとソワソワしていて、たまにボンボンショコラ作りを失敗することぐらい。...と思っているのは自分だけで、私もボーッとしている瞬間が結構あるようで。
「穂香さん、大丈夫ですか?チョコレート、(あふ)れてますよ」
「あっ!ごめんなさい...」
「もしかして、何か悩んでますか?」
「そうなのか?!やっぱり結婚が(いや)になったか?わたしのことが(きら)いになったか?わたしはまた穂香の気持ちも考えないで...」
青王様が頭を抱えて悲しそうな顔をしながら座り込んでしまった。
私はオロオロしながら「そんなことないですよ。青王様と結婚できること、とっても嬉しいです」と声をかけると「穂香がいなくなったら、わたしは生きていけないよ」とギュッと抱きついてきた。
このやりとりを見ていた瑠璃は「早く準備しないと開店時間になっちゃいますよ~」と呆れ顔で青王様を私から引き剥がし、作業に戻るよう促してくれた。

どうにか今日の営業を終え王城に戻ると、私は茜様に捕まり離れへ連れていかれた。
「ドレス、出来上がったの。ちょっと着てみてくれる?」
「うわぁ〜!」
茜様の手を借りながら(そで)を通したドレスは、私の身体にピッタリとフィットし、豪華な装飾も施され、本当に素敵に変身していた。
「ありがとうございます!素敵です~。青王様にも褒めてもらえるかな」
「ふふふ、抱きしめて離そうとしないかもね」
「はは、なんだか想像つきますね...」
そこで、ふと真面目な顔をした茜様が、
「ねぇ穂香ちゃん、なにか悩んだりしてない?」
「え?」
「子どものこと、かしら」
茜様には見抜かれていた。私には、青王様のように神に近い、尊い存在の龍の子を産める自信がなくて、だけど結婚すれば青王様は子どもが欲しいと言うだろう。空良にはそれを叶えることができなかったから、青王様のその気持ちは余計に強いものだと思うのだ。
「はい...私...立派な龍の子を産める自信がないんです」
「そんなに悩まなくて大丈夫よ。青王だって子どもの頃はわがままで悪戯(いたずら)ばっかりして、世話をする妖たちを困らせて楽しんでいたのよ。でも今は、優しくて穏やかで、しっかりと王としての役目を果たしているじゃない」
空良が出会った頃にはもう、王太子としてしっかりと白王様のサポートをしていた。だから子どもの頃はそんな性格だったなんて知らなかった。
「焦る必要はないわ。子どものことは、もうそろそろいいかなと思ったら考えればいいの。穂香ちゃんは今まで通りおいしいチョコレートを作って、京陽の国民がいつでも手軽に食べられるように広めてあげて。それだってあなたにしかできないことなのよ」
「茜様...ありがとうございます」
なんと言うか、心に張り付いていたトゲトゲの重りが消えて気持ちがスッと楽になった。
「さぁ、王城へ戻りましょう。いつまでも穂香ちゃんを独り占めしてたら青王に怒られちゃうわ」


結婚式当日。
茜様と瑠璃の手によって飾り付けられ、自分だとは思えないほど綺麗になった私は、白龍姿の青王様の背に乗り王城を飛び立った。
「穂香、怖くないかい?」
「はい、大丈夫です」
太陽の光を浴びた青王様の身体が、キラキラと輝いていて本当に美しい。
柔らかな毛並みをそっとなでると、青王様は気持ちよさそうに目を細める。
眼下では京陽の妖たちが家の外へ出て手を振ってくれている。
「青王様~、おめでとう!」「穂香さん、とっても綺麗だよ~」「またチョコレート買いにいくね」
あちこちから声をかけてくれる妖たちに手を振りながら、一時間ほど空を飛び回った私たちは、やっと王城へ戻ってきた。
王城ではみんなが立食パーティーの準備を整えてくれていて、招待した妖たちも集まってきている。
そこへ瑠璃たちがウェディングケーキを運んできた。繊細(せんさい)可愛(かわい)らしいデコレーションが施された、五段重ねの豪華なケーキだ。
「すごい!瑠璃ちゃん、ありがとう!」
(ほまれ)寿(ひさ)も手伝ってくれたんですよ」
「誉、寿、ありがとう。二人にはこれからお菓子作りも手伝ってもらおうかな」
「ぼくたちにも作らせてもらえるの?やった~!」
二人ともピョンピョンと跳びはねて喜んでいる。実は二人ともお菓子作りをしたいと思っていたんだそうだ。


おいしいケーキやご馳走をいただきながら、みんなで和気藹々(わきあいあい)と歓談し楽しい時間を過ごしたパーティーもそろそろお開きという頃、警備の鬼が困ったような顔をしながらやってきて青王様に声をかけた。
「穂香様のお店で働かせて欲しい、と言う妖たちが門の外へ詰めかけてきているんです。どうしましょうか」
「うーん...穂香はどう思う?」
突然そんな話が舞い込んできても、どうすればいいかわからない。
「少し考える時間が欲しいです。妖たちには二日後にもう一度来てもらってください」
「わかりました。伝えておきます」
警備の鬼は深々と頭を下げてから戻っていった。
「青王様、あとで少しお話しましょう」
「わかった」とうなずいた青王様は、妖たちに挨拶をし、お礼の言葉を伝えパーティーはお開きとなった。