座敷童子のパティシエールとあやかしの国のチョコレート

「青王様がバナナを持ってきてくれたの。あと、トマトも」
「それじゃあ、バナナのタルトとチョコバナナのアイスを作りますね」
「アイスを作るならわたしもお手伝いするわ!」
瑠璃がアイスと言ったのを聞き逃さなかった茜様が、わたしの出番とばかりに瑠璃の隣へ駆け寄っていった。
「あ、ありがとうございます。先にタルト生地を作ってしまうので、しばらく待っていてください」
茜様は「準備ができたら声をかけてね」と言って椅子に座り直し、おかわりした紅茶を飲み始めた。
私は、アイス用のチョコレートを用意し、ついでにチョコバナナを作ることにした。縁日(えんにち)にあるような一本まるごと串に刺さった形だと食べにくいので、輪切りにして串団子のような形にしようと思う。それと、コーティング用のチョコはミルクとビター、ホワイトの三種類。
バナナをカットしていると、左側からものすごく熱い視線を感じる。
その視線を送っているのはもちろん青王様。しっかり割烹着を着て準備万端だ。
「青王様...お手伝い、お願いします。バナナをこうして串に刺してチョコでコーティングしてください」
一本に四切れのバナナを刺して作って見せると、青王様はにこにこしながら「わかった」と言ってすぐに同じように作り始めた。
「なんだか物足りないな。少し飾りつけをしたらどうだろう」
「そうですね...ちょっと待っててください」
青王様からの意見を聞いて、私はカラフルなチョコペンやアラザンなどを用意した。
「これで、まずは一つだけ青王様の好きなように飾り付けしてみてください」
しばらく串に刺したバナナとチョコペンを眺めて考え込んでいた青王様は、新しい串に三切れのバナナを刺してチョコでコーティングしていく。真剣な顔で黙々と作業しているので声をかけずにいると、しばらくして「できた!これは穂香に」とうれしそうに渡してきた。
「えっと...」
どう反応していいものかわからず、少しのあいだ固まってしまった。青王様が手にしているチョコバナナには、チョコペンで小さな花柄と「ほのか」の文字が書かれていたから。
「ありがとうございます。こんなに細かい柄が描けるなんて青王様は器用ですね。でも、商品に文字は書かないでくださいね」
「穂香の分しか書かないから大丈夫だよ」
「はい。あっ、その花柄はすごくいいと思いますよ。かわいい柄のほうが喜ばれるので」
青王様は頬を赤くしながら笑顔でうなずいてチョコペンを手に取った。
私も同じように「青王様」と書いたチョコバナナをこっそり作って、青王様からもらったチョコバナナと一緒に隠しておいた。休憩の時に一緒に出したらきっと喜んでくれるだろう。

そうこうしているあいだに、茜様と瑠璃はできあがったアイスを試食するところだった。
瑠璃が「茜様のおかげでアイスがあっという間にできちゃうんです!」と喜んでいる。
ビターチョコチップ入りのミルクチョコアイスとバナナアイスのマーブル、それとトマトのシャーベット。私も両方試食させてもらうとどちらもとてもおいしい。今は(ふじ)でしかアイスを扱っていないけど、せっかくこうして短時間で作れるようになったのだから Lupinus でも販売できるようにしよう、と考えながらなんとなく青王様のほうを振り向くと、青王様は作りかけのチョコバナナを片手にこちらを向いて口を開けて待っている。すると、そんな青王様に気づいた茜様がトマトのシャーベットを食べさせにいった。少し不満そうにしながらも一口食べると「おいしい」と笑顔を見せる。そこへ今度は瑠璃がチョコバナナアイスを持っていった。
やっぱり不満そうにしながらも瑠璃からアイスを食べさせてもらった青王様は「これもおいしい」とうれしそうにしている。「でもやっぱり穂香に食べさせてほしい...」とつぶやいたのは聞こえなかったことにする。

バタバタと準備をし、開店してからも追加のお菓子を作り、今日も大盛況のうちに閉店した。
チョコバナナは、縁日以外ではあまり見かけないことと片手で簡単に食べられる手軽さが好評で、作るそばからどんどん売れていき、予約まで入った。


「穂香、私の部屋で話をしよう。瑠璃にお茶を持ってきてくれるよう頼んだから」
「わかりました」
私は、忙しくて出すタイミングがなかった名前入りのバナナチョコを持って、青王様のお部屋へ一緒に移動した。
すぐに瑠璃がお茶を持ってきて「夕食の準備ができたら呼びに来ますね」と言って戻っていった。
「チョコバナナ持ってきましたよ。これは青王様に」
青王様に名前入りのバナナチョコを渡すと、とてもよろこんで「ありがとう」と頭をなでてくれた。
紅茶とチョコバナナで一息つくと、青王様は真面目な顔をして私のほうへ向き直り目を見つめてきた。
「穂香、わたしは穂香のことをとても愛しているし大切に思っている。これからずっとそばにいてほしい。わたしと結婚してくれるかい?」
「はい。ずっと青王様のそばにいます」
「ありがとう。店は今まで通りに営業するといい。母上は穂香と料理やお菓子作りをするのを楽しみにしていて、従業員として頑張ると意気込んでいるからこれからも手伝わせてやってほしい。それに、わたしも穂香の手伝いができることが幸せなんだ」
青王様は「大切にする」と言ってギュッと抱きしめてくれた。
「次の休みの日、なにか予定はあるかい?」
「いえ、なにもありませんよ」
「では買い物にでかけよう。二人で過ごすための部屋を作ろうと思うから、家具類を一緒に選ぼう。ほかにも必要な物があれば購入するといい。あ!あとあれも選ぼう。うんそうしよう」
青王様は一人でなにか納得して楽しそうにしている。私は青王様がなにを考えているのか気になったけれど、あえて聞くことはせず青王様の横顔を眺めていた。
「そうだ穂香。穂香の実家はどこだろう。ご両親に挨拶をしたいと思うから予定を聞いておいてもらえるかい」
「あの...実家はありません。両親は私が小さい頃に亡くなりました。育ててくれた祖父母も...」
「すまない、きちんと調べるべきだった...わたしは穂香を見つけて一緒にいられることに浮かれてしまって...穂香のことをなにも知らないんだな...少しずつでいいから、君のことを教えてほしい」
「...はい」
「では、せめてお墓参りをさせてほしい」

お墓参りかぁ...就職をして以来、もう何年もいっていない。法事にも参加できなかった。久しぶりに来たと思ったら結婚の報告だったなんて、お父さんたちはビックリするだろうな。

「両親のお墓は山梨にあります。普通にいったら日帰りはちょっと難しいかも。懐中時計を使っていきますか?」
「せっかくだから旅行を兼ねて一泊してこよう。店のこともあるし、日程は穂香に任せるよ。それと宿の予約も穂香に任せてもいいかい?」
「わかりました。ちょっと調べてみて予約しておきますね」
今夜、電車の時間や宿、それにおいしいご飯とお土産の情報も調べてみようと思う。

「夕食の準備ができましたよ」
瑠璃が呼びに来てくれたので、食後にもう少しお話をしようと青王様と約束をしダイニングへ向かった。
翌日、鉄鼠(てっそ)白沢(はくたく)たちに王城の厨房に集まってもらっていた。
茜様と青王様にお手伝いをお願いして、チョコレートができるまでの工程をみんなに見てもらおうと思ったのだ。
「みんなが丁寧に発酵と乾燥をしてくれるお陰で、こうやってチョコレートが作れるの。いつもありがとう」
「ぼくたちいつもおいしいチョコレート食べさせてもらってるし、穂香のお手伝いするの楽しいよ」
「そうだよ。これからも穂香さんのためにいっぱいお手伝いするよ」
みんな、どんどん変化していくカカオ豆を楽しそうに興味津々で眺めている。

コンチングを始めると、
「この工程は十時間以上かかるの。終わるのは今夜十時頃の予定ね」
「そんなに時間かかるんだね。ねぇ、終わる頃にまた来てもいい?」
「そうだ穂香ちゃん、できたてのチョコレートの試食をさせてもらえないかしら」

できたてを試食かぁ...
茜様の願いを聞きいろいろと考えていたら、ふといいことを思いついた。
「わかりました。試食できるように準備しますから今夜またここに集合してくださいね」
みんなそれぞれに戻っていき、青王様と瑠璃だけが残っている。
「青王様、あとでいちごを収穫してきてください。瑠璃ちゃんは六センチぐらいのタルトカップを焼いてくれる?」
なにをするかは後ほど...と言うことで、まずは開店の準備に取りかかることにした。

今日は(ふじ)のほうが大盛況だった。昼過ぎには(ほまれ)たちだけでは回せなくなり、急遽(きゅうきょ)瑠璃が手伝いにいき Lupinus は青王様と茜様がお手伝いをしてくれてなんとか乗り切った。
瑠璃がタルトカップを焼き始めると、青王様はいちごの収穫をしにバタバタと菜園へ向かった。

約束通り鉄鼠たちが集まってきた頃、ちょうどコンチングが終了した。
コンチェからチョコレートを取り出すと、(あやかし)たちは「とろとろだね~」「甘くておいしそうな匂いがするね」と目を輝かせている。
「穂香ちゃん、おまたせ~!チョコレートはできた?」と、茜様と白様もやって来た。
「できましたよ。これから試食の準備をしますね」
瑠璃にタルトカップといちごを配ってもらっている間に、私はチョコレートのテンパリングをした。
できあがったチョコレートをそれぞれのタルトカップに入れていくと、みんなから「おぉ~!」と歓声が上がった。
「まずはいちごをチョコレートにつけて食べてみてください。しばらくするとチョコレートが固まってくるので、最後はタルトごと食べてくださいね」
「やったぁ、いただきまーす」
まずはチョコレートだけ舐めてみる者、甘い香りに酔いしれている者、あっという間にいちごだけを食べきって「おかわり!」と言っている者など、それぞれに楽しんでいるところへ、青王様が「これも食べ頃だと思う」とバナナを持ってやってきた。
「ありがとうございます。さっそくカットしますね」
一口大にカットしたバナナと追加のチョコレートを配っていくと、みんな更に嬉しそうな笑顔を見せた。
「穂香ちゃん、こんなに豪華な試食を準備してくれてありがとう!本当に幸せだわぁ~」
「できたてとろとろのチョコレートも、さくさくのタルトもおいしかった!」「また食べさせてね~」と戻っていく鉄鼠たちを見送り、茜様と白様、それに瑠璃も戻ったあと、青王様とお話をすることにした。

「山梨までの電車を調べてみたんですけど、京都からだと六時間以上かかるみたいなんです。さすがにそれは大変なので懐中時計で移動しましょう」
「そうか。せっかくだから列車で移動して旅気分を味わいたかったんだけどね」
私だって青王様と旅行をしたいと思う。でも往復だけで半日以上かかるのはやっぱり大変だろう。
「あっ、それなら途中の駅まで懐中時計で移動して、そこから電車に乗るのはどうでしょう?」
「なるほど、ではそうしよう」
懐中時計を使えば日帰りができる。でも青王様が一泊しようと言っていたので、とりあえず宿の情報もいくつか調べておいた。
「あの、やっぱり宿泊したいですよね?」
「それはもちろん。穂香と泊まりがけで出かける機会はあまりないからね。なんなら二泊でも三泊でも...」
「ええと...それでは二泊で」
「穂香、ありがとう!」とすごい勢いで抱きついてきた青王様。尻尾をぶんぶん振っている大型犬に飛びかかられた気分だ。
「ちょっと、あの、落ち着いてください!」
「あ、すまない。だめだな、どうにも気持ちが抑えられない」
私は「深呼吸してください」と青王様の背中をさすりながら、プリントしておいた宿の情報を見せた。
その中から、二人の意見が一致した宿を予約すると、青王様はカレンダーを見ながらソワソワし始めた。
「青王様...お出かけは来週ですよ?」
「わかっているんだが、なんと言うか、落ち着かなくてね」
「きっと眠れない...」とつぶやいている青王様をなんとか(なだ)めて部屋に帰らせ、私は厨房へ向かった。

「瑠璃ちゃん、片付けさせちゃってごめんね」
「いえ、大丈夫ですよ。お話は終わりましたか?」
「ええ、出かける日程も決めたから瑠璃ちゃんにも伝えておくわね」
瑠璃に詳細を伝えると、お休みの告知をする貼り紙も作ってくれた。明日から店頭とレジ前に貼っておいてくれると言う。


いつも通りの日常を過ごし、やっと迎えたお出かけの日。
庭でお供え用の花を摘み、忘れ物がないかチェックしているところへ青王様がやってきた。
「準備はできたかい?」
「はい。ではいきましょうか」
まずは懐中時計で小淵沢(こぶちざわ)という駅までいき、小海線(こうみせん)に乗って清里(きよさと)まで向かい、そこからお墓のある場所まではタクシーに乗る。
私は目的地まで懐中時計を使って移動すればいいと思うけど、青王様は時間をかけても電車やバスに乗り、景色を楽しみたいらしい。

小淵沢はとても綺麗な駅で、展望台もあり八ヶ岳や南アルプスが見渡せる。
「気持ちいいですね。晴れてよかった」
「そうだね。ついのんびりしてしまうね」
私たちは時間を忘れて景色を堪能し、発車時間ギリギリで小海線に飛び乗った。
清里駅からタクシーでお墓の近くまでいくと、そこは自然に囲まれた長閑(のどか)でおだやかな時間が流れる場所だった。
「お父さんたちはこんなに気持ちのいい場所で眠っていたんですね。今日、来ることができてよかったです」
「うん。ではしっかり挨拶をしなくては」
二人でお墓の周りを掃除し、お花を供えてお線香に火を点けようとしたところに、突然瑠璃が現れた。その隣には白様と茜様も。
「え?なんで...」
「穂香ちゃんたちがお墓参りにいくって聞いたから、わたしたちにもご挨拶させてほしくて。大切なお嬢さんを、これからはわたしたちの家族として迎えるんだから」
「わたしたちみんなで穂香さんを守ると、ご両親とも約束するからね」
「茜様...白様も、ありがとうございます」
改めて、みんなで手を合わせていると、またあの声が聞こえた。

『この人たちはあなたをずっと大切にしてくれるわ。おめでとう穂香。幸せになるのよ』

これってお母さんの声だったんだ。当時の私はまだ幼かったから、両親の声も顔もはっきり覚えていない。ただなんとなく懐かしい感じがするな、と思っていたぐらいで。

「お母さん、大丈夫だよ。ちゃんと幸せになるからね」
ずっと見守っていてくれたんだって思ったら、涙が止まらなくなってしまった。
青王様は私が落ち着くまで、ずっと頭をなで、背中をさすっていてくれた。

いつの間にか青王様と二人きりになっていた。
「白様たちは帰ってしまったんですね」
「ああ。ゆっくりしておいでと言っていたよ」
「帰ったらちゃんとお礼しないといけませんね」
青王様は「うん」と微笑みながらもう一度頭をなでてくれた。


その後、清泉寮(せいせんりょう)という施設でミルクが濃厚なソフトクリームを食べたり、みんなへのお土産を選んだり、広い空をのんびり眺めたりして過ごした。

宿へ着き、まずはお風呂に入ることにした。
「わたしは大浴場にいってくるけど、穂香はどうする?」
「私は内風呂でのんびりさせてもらいますね」
「わかった。戻ったら居間でテレビでも見ているから、ゆっくり入っておいで」
青王様はすぐに部屋を出ていった。きっと私がのんびりできるように気を遣ってくれているんだろうな...

お風呂の後はお待ちかねの夕食だ。
仲居さんが次々と運んできてくれるおいしそうな料理で、居間のテーブルはいっぱいになった。
箸で簡単に切れるほど柔らかい甲州ワインビーフのステーキや、甘いカボチャが入った味噌煮込みほうとうを堪能した。

食休みがてら宿の外へ出ると、空にはたくさんの星が輝いていた。
「綺麗ですね。静かだし、本当に癒やされますね」
「そうだね。これからもたまにはこうして旅行に出かけよう。さあ、そろそろ戻ろうか」

部屋に戻ると、居間の真ん中に二組の布団がぴったりとくっつけて敷いてあった。
二人で顔を見合わせしばらくの沈黙が流れる。
「これでは穂香も落ち着かないだろう。わたしは小型の龍の姿になって眠るから安心していいよ」
なんだか申し訳ないような気もするけど、二人並んで布団に入っても緊張で眠れないだろうからお言葉に甘えることにした。
青王様の気遣いのおかげで夜はゆっくり休めたし、何よりとても楽しい二泊三日だった。
「青王様、両親のお墓参りにいこうって言ってくれてありがとうございました。ちゃんと報告ができてよかったです」
「わたしも、穂香の両親に挨拶ができてよかったよ」

王城に帰ると、茜様を中心として、王城内が結婚の話で大騒ぎになっていた。
「おかえりなさ~い!ねぇ、結婚式のときのドレスはどんなのがいい?穂香ちゃんにはピンクが似合うと思うのよ。あっ、でもやっぱり水色もいいかな~」
「茜様、結婚式って...まだ青王様ともお話してませんし」
「穂香がよければ私は明日にでも結婚式がしたい!」
「そうよ~、善は急げって言うじゃない?早く準備しましょうよ~」
このやりとりを見ていた白様と瑠璃、それに(ほまれ)寿(ひさ)も驚きと呆れが入り交じったような顔をしているし、私ももうなんと言ったらいいかわからない。
「茜様、青王様、とりあえず落ち着いてちゃんとお話しましょう」
青王様の手を引き、みんなでリビングに移動すると、瑠璃が紅茶とアップルパイを用意してくれた。
「青王様が話しかけながら大切に育てたりんごを使いました。甘くておいしいですよ」
「瑠璃、どうして話しかけているのを知っている...」
「青王様、正直に言いますけど、青王様が植物に話しかけながらかわいがって大切に育ててること、みんな知っていますよ」
青王様は耳まで真っ赤にして「バレていたなんて...」と恥ずかしそうに頭を抱えている。
「でも、そのお陰でみんなおいしく育っているんだからいいじゃないですか」
「そうですよ。青王様の優しい人柄が出ていて、みんなが幸せになれるのだから恥ずかしいことなんてないですよ」
「そう言ってもらえるなら...」と顔を上げた青王様は「これからもおいしい果物を作るよ」とぎこちないガッツポーズをして見せた。


京陽の王族の結婚式は、関係者や付き合いのある親しい(あやかし)たちを招いて、王城で立食パーティーをする。
そして、豪華なドレスを(まと)った新婦が大きな龍の姿になった新郎の背中に乗り、京陽の街の上空を飛び回るのだ。
空良も薄い水色のドレスに身を包み、白龍の姿の青王太子の背中に(また)がり京陽中を飛び回った。
その時の幸せな気持ちを思い出していた穂香は、自分が結婚式を楽しみにし始めていることに気づいた。

「ねぇ穂香ちゃん、本当は結婚式を楽しみにしているんじゃない?」
「えっ...あの...」
「ふふふ、ほらもう正直に言っちゃいなさい」
「はい...私、青王様の髪と同じ色の...空良が着たドレスをもう一度着て結婚式したいです」
茜様は「うん」と笑顔でうなずき私の肩をポンポンとたたいてどこかへ向かって歩き出した。
「青王様...」
「穂香、今から買い物にいこう。すぐに結婚式の準備を始めるよ」
突然私の手を引き歩き出したと思ったら、王城の外へ出たところで突然止まった。
「穂香、カヌレのリングの店まで連れていってくれないか」
「は?はい、わかりました」
懐中時計を使いジュエリーショップまで移動すると、青王様はなんの迷いもなく店に入り店員さんに「これとこれ、見せてもらえるかな」と声をかけた。
「穂香、左手を出して」
「え?」
「この前来たときに、婚約と結婚のリングはこれにしようと決めていたんだ。穂香が嫌じゃなければ、だが...」
青王様が選んでいたリングは、一粒のダイヤを五本の爪で花のような形に留めてあるものと、流れるようなウェーブがポイントになったデザインのペアリングだった。
青王様は私の左手の薬指にリングをはめ「どうだろう」と少しだけ不安そうな目で見つめてくる。
「素敵です。うれしい...!」
私は涙が溢れてしまい、それ以上なにも言えなくなってしまった。そんな私の背中を青王様がそっとなでながら薬指からリングを外し店員さんに渡した。
「十日ほどで新しいものをご用意しますね」と差し出された引換票を受け取った青王様に手を引かれ、店を出た私たちはすぐに王城へ戻った。

リビングで待ち構えていた茜様は、私の手を掴むと同時に空良のドレスを広げ、
「おかえりなさ~い!ねぇ、空良妃のドレス、穂香ちゃんに合わせて少し直すわね。それと、装飾ももうちょっと豪華にしましょう。わたしに任せてもらえるかしら?」
「ありがとうございます。茜様にお任せします」
「よかったぁ。穂香ちゃんにピッタリのドレスにするからねっ!」
茜様はそう言うと私を壁際に立たせ、パパッと採寸をし、バタバタと離れに戻っていった。
「母上は相変わらず賑やかな人だな...」
「私は明るい茜様のこと、大好きですよ?」
「まぁ、あの明るさに助けられることもあるからね。穂香、これから母上のこともよろしく頼むよ」
「はい、もちろんです!」

それから青王様は瑠璃や王城内の妖たちを集め、話し合いや指示をし、結婚式は二週間後と決まった。
王城の中では(あやかし)たちが結婚式の準備でバタバタとしていて、とにかく慌ただしい雰囲気に包まれている。
でも私は毎日チョコレートやお菓子を作り、お店を営業し、カカオの森ですねこすりたちと(たわむ)れる、そんないつもと変わらない日常を過ごしていた。
少し違うのは、ドレスを作り直している茜様にあまりお手伝いをお願いできないことと、青王様がずっとソワソワしていて、たまにボンボンショコラ作りを失敗することぐらい。...と思っているのは自分だけで、私もボーッとしている瞬間が結構あるようで。
「穂香さん、大丈夫ですか?チョコレート、(あふ)れてますよ」
「あっ!ごめんなさい...」
「もしかして、何か悩んでますか?」
「そうなのか?!やっぱり結婚が(いや)になったか?わたしのことが(きら)いになったか?わたしはまた穂香の気持ちも考えないで...」
青王様が頭を抱えて悲しそうな顔をしながら座り込んでしまった。
私はオロオロしながら「そんなことないですよ。青王様と結婚できること、とっても嬉しいです」と声をかけると「穂香がいなくなったら、わたしは生きていけないよ」とギュッと抱きついてきた。
このやりとりを見ていた瑠璃は「早く準備しないと開店時間になっちゃいますよ~」と呆れ顔で青王様を私から引き剥がし、作業に戻るよう促してくれた。

どうにか今日の営業を終え王城に戻ると、私は茜様に捕まり離れへ連れていかれた。
「ドレス、出来上がったの。ちょっと着てみてくれる?」
「うわぁ〜!」
茜様の手を借りながら(そで)を通したドレスは、私の身体にピッタリとフィットし、豪華な装飾も施され、本当に素敵に変身していた。
「ありがとうございます!素敵です~。青王様にも褒めてもらえるかな」
「ふふふ、抱きしめて離そうとしないかもね」
「はは、なんだか想像つきますね...」
そこで、ふと真面目な顔をした茜様が、
「ねぇ穂香ちゃん、なにか悩んだりしてない?」
「え?」
「子どものこと、かしら」
茜様には見抜かれていた。私には、青王様のように神に近い、尊い存在の龍の子を産める自信がなくて、だけど結婚すれば青王様は子どもが欲しいと言うだろう。空良にはそれを叶えることができなかったから、青王様のその気持ちは余計に強いものだと思うのだ。
「はい...私...立派な龍の子を産める自信がないんです」
「そんなに悩まなくて大丈夫よ。青王だって子どもの頃はわがままで悪戯(いたずら)ばっかりして、世話をする妖たちを困らせて楽しんでいたのよ。でも今は、優しくて穏やかで、しっかりと王としての役目を果たしているじゃない」
空良が出会った頃にはもう、王太子としてしっかりと白王様のサポートをしていた。だから子どもの頃はそんな性格だったなんて知らなかった。
「焦る必要はないわ。子どものことは、もうそろそろいいかなと思ったら考えればいいの。穂香ちゃんは今まで通りおいしいチョコレートを作って、京陽の国民がいつでも手軽に食べられるように広めてあげて。それだってあなたにしかできないことなのよ」
「茜様...ありがとうございます」
なんと言うか、心に張り付いていたトゲトゲの重りが消えて気持ちがスッと楽になった。
「さぁ、王城へ戻りましょう。いつまでも穂香ちゃんを独り占めしてたら青王に怒られちゃうわ」


結婚式当日。
茜様と瑠璃の手によって飾り付けられ、自分だとは思えないほど綺麗になった私は、白龍姿の青王様の背に乗り王城を飛び立った。
「穂香、怖くないかい?」
「はい、大丈夫です」
太陽の光を浴びた青王様の身体が、キラキラと輝いていて本当に美しい。
柔らかな毛並みをそっとなでると、青王様は気持ちよさそうに目を細める。
眼下では京陽の妖たちが家の外へ出て手を振ってくれている。
「青王様~、おめでとう!」「穂香さん、とっても綺麗だよ~」「またチョコレート買いにいくね」
あちこちから声をかけてくれる妖たちに手を振りながら、一時間ほど空を飛び回った私たちは、やっと王城へ戻ってきた。
王城ではみんなが立食パーティーの準備を整えてくれていて、招待した妖たちも集まってきている。
そこへ瑠璃たちがウェディングケーキを運んできた。繊細(せんさい)可愛(かわい)らしいデコレーションが施された、五段重ねの豪華なケーキだ。
「すごい!瑠璃ちゃん、ありがとう!」
(ほまれ)寿(ひさ)も手伝ってくれたんですよ」
「誉、寿、ありがとう。二人にはこれからお菓子作りも手伝ってもらおうかな」
「ぼくたちにも作らせてもらえるの?やった~!」
二人ともピョンピョンと跳びはねて喜んでいる。実は二人ともお菓子作りをしたいと思っていたんだそうだ。


おいしいケーキやご馳走をいただきながら、みんなで和気藹々(わきあいあい)と歓談し楽しい時間を過ごしたパーティーもそろそろお開きという頃、警備の鬼が困ったような顔をしながらやってきて青王様に声をかけた。
「穂香様のお店で働かせて欲しい、と言う妖たちが門の外へ詰めかけてきているんです。どうしましょうか」
「うーん...穂香はどう思う?」
突然そんな話が舞い込んできても、どうすればいいかわからない。
「少し考える時間が欲しいです。妖たちには二日後にもう一度来てもらってください」
「わかりました。伝えておきます」
警備の鬼は深々と頭を下げてから戻っていった。
「青王様、あとで少しお話しましょう」
「わかった」とうなずいた青王様は、妖たちに挨拶をし、お礼の言葉を伝えパーティーはお開きとなった。
「穂香、せっかくだから京陽に店舗を増やしたらどうだろう。新しく(あやかし)たちを雇って、もっとたくさんお菓子を作れるような体勢が整えば値段を下げることもできるし。そうすればみんなが今よりもっと気軽に食べられるようになると思うんだ」
「でも...」
「 Lupinus は今と変わらず営業して、(ふじ)の開店日を減らせば研修の時間も取れるだろう。店舗を増やすための準備期間だと伝えれば、妖たちは楽しみに待っていてくれるはずだよ」
確かに、京陽産のカカオのおいしさをもっとたくさんの妖たちに知ってもらうチャンスだし、チョコレートを食べた妖たちが笑顔になってくれるなら私もうれしい。
「わかりました。チョコレートが妖たちの手軽なおやつになるようにがんばりましょう!」
「わたしの妃は頼もしいな」と私の頭をそっとなでた。


後日、白様や茜様にも選考に参加していただいた面談や実技テストなどを経て、選び抜かれた妖たちの研修が始まった。
瑠璃はパティシエのリーダーとして、新しいパティシエ候補の妖六名を指導し、(ほまれ)寿(ひさ)もお菓子作りの研修とカカオの発酵の音を聞き分ける練習を始めた。
「どの音を聞けばいいの?うーん、難しいよぉ」
「大丈夫だよ。寿にもちゃんとわかるようになるから」
先にコツを掴んだ誉が寿を励ましつつ、仲良く練習に励んでいる。

「穂香、新しい店の場所が決まったよ。建物もそのまま使えそうだ」
「でも内装を整えないといけないのであとで見にいきましょう」
いくつかの候補の中から、青王様が立地などを考慮して選んだ三店舗を同時に開店することになった。

半年後私は、京陽の四店舗『藤中央店』『藤一番通り店』『藤三番通り店』と『藤本店』それに伏見の『Lupinus』の計五店舗を営業しつつ、王妃としての仕事もこなし、忙しくも充実した日々を送っていた。


「穂香はそろそろ子どもが欲しいと思わないかい?」
「ねぇ、そろそろ穂香妃のかわいい赤ちゃんを抱っこしたいな~」
「まだ考えられませんからっ!」
最近はしょっちゅうこんなやりとりをしている。
でも私はまだまだチョコレート作りをしていたい。
それに、もうしばらく大好きな青王様を独り占めしていたいと思うのだ。

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