翌日、朝から厨房の整備をし、午後から青王様とお出かけすることにした。
「あとでわたしが着る着物を選んでもらえないかな」
「わかりました。ちょっと準備してからお部屋にいきますね」
「ああ、待っているよ」
私は空良の部屋の箪笥(たんす)の中から、流水の地模様が入った藍色の着物を選び、空色の帯に藍と金の帯締めを合わせた。
「お待たせしました」
「その着物...」
「はい。空良のお気に入りだったものです」
青王様は「よく似合うよ」と、そっと頬をなでた。
「あ、えっと、お着物選びましょうか」
私は青王様の箪笥の中から、露草色(つゆくさいろ)の着物と瑠璃色の帯を選んだ。
「廊下で待っているので着替えたら呼んでくださいね」
「ここにいてもいいのに...」
私は聞こえないフリをして廊下に出た。頬をなでられてから、ずっとドキドキして顔が熱くて大変だったのに、着替えているところに一緒にいるなんてとんでもない...
「穂香、できたよ」
ボーッとしているところへ声をかけられ、飛び上がるほど驚いてしまい、落ち着くために深呼吸をしてから部屋に入った。
「穂香と同じ色合いだね。揃いの感じでうれしいよ。ありがとう」
「あ、あとこれも...」
私は、藍と金の紐で組んだ組紐を差し出し「よかったらこれで髪を結んでください」と手渡した。
少し前に出来上がっていたけれど、自分の帯締めも仕上げてから渡そうと思い、今まで渡さずにいたのだ。
「これは私が組みました。この帯締めとお揃いです」
「穂香の手作り...しかもお揃い...」
青王様の様子が突然おかしくなった。耳まで真っ赤な顔をして組紐をみつめ、身体を小刻みに震わせている。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
パッと私の顔を見た青王様は、コホンと咳払いをし「すまない、少し取り乱した」とつぶやきながら私から目をそらした。
「まさか手作りの贈り物をもらえるなんて思っていなかったから、本当に嬉しくて。危うく白龍の姿になるところだったよ」
「あはは...よろこんでいただけてよかったです」
私の作った物が原因で王城の壁が破壊されるところだった。次からは渡す場所を考えないと...
「髪、結びますね」
青王様から組紐を受け取り、絹のように艶々(つやつや)さらさらな髪を後ろで一つにまとめた。
「できました」と、合わせ鏡にして後ろ姿を見せると「こうして着物と色を合わせるのも素敵だね。ありがとう、穂香」と頭をそっとなでてくれた。

「そろそろ出かけようか。今日はどこかいきたいところがあるのかい?」
「すみません、特にいきたいところはないんです。ただのんびりお散歩ができれば...」
青王様はしばらく「うーん」と考えると
「では、わたしの買い物に付き合ってくれるかい?」
「はい、もちろん」
わたしたちはまず懐中時計を使って伏見の家に移動し、伏見稲荷駅から祇園四条駅まで京阪電車に乗り、八坂神社、高台寺、そして二年坂を手をつないでのんびり歩いた。すると青王様が「ここだよ」と、一件のお店の前で足を止めた。
中に入ると、手ぬぐいや(かんざし)などの和雑貨が所狭しと並んでいる。
青王様はしばらく店内を見渡すと、私の手を引き、がまぐちが並ぶ棚の前までやって来た。
「賽銭用の小銭を入れておこうと思ってね。ええと、これなんかどうだろう」
青王様は藤の花の柄の小さながまぐちを手に取った。
「素敵ですね。いいと思いますよ」
「ではこれにしよう。あとは...」
今度は根付(ねつけ)の棚を眺めると、丸い銀色の水琴鈴(すいきんすず)が付いたものを一つずつ振りながら音を確かめている。
「これがいいな。では会計をしてくるから、穂香は店内を見ているといい」
「では、手ぬぐいのところにいますね」
「うん」
今まで手ぬぐいをじっくり見ることはなかったけれど、伝統的なものから現代風のものまで様々な柄がある。それに、正方形の手ぬぐいを結びつけてバッグのようにできる持ち手なんていうものも。これなら着物の色や柄に合わせて選べていいかも。
また今度見に来ようかな、と考えているところへ青王様が戻って来た。
「おまたせ。なにかいいものは見つかったかな?」
「あ、いえ。また今度改めて来てみようと思います」
「そうか。それじゃあ帰ろうか」

私たちはまた手をつなぎ、来たときと同じ道をのんびり戻っていく。
伏見の家に着き、お茶を飲んで一息つくと、私は気になっていたことを聞いてみることにした。
「この前、オーナーが来たとき、私の手を握ってなにか確かめていましたよね?青王様は納得したような感じでしたけど、あれってなにを確かめたんですか?」
「ああ、あれはね、穂香の妖力を見ていたんだよ。泉の水を摂取するようになってある程度の時間が過ぎたし、そろそろ空良の魂の力が戻ってきているだろうと思ってね」
「空良の魂の力...」
「穂香が王城へ初めて来たころは、妖たちに姿を消すか人間の姿になるように言い聞かせていたけれど、それができないすねこすりたちの姿は見えていただろう?でも、普通の人間には妖自身がわざわざ姿を見せようとしないかぎり、見えることはない。つまり、穂香には初めから妖が見える程度の妖力があったということだ。そこへ泉の水を摂取して、空良の魂の力をさらに引き出した」
それが茜様が言っていた「青王様と同じ性質を持つようになる」ということ?
「それじゃあオーナーの記憶を消すと言って手を握られていたとき、身体全体があたたかいなにかに包まれた感じがしたのは、私の中の妖力を使ったからですか?」
「そうだよ。空良の魂の力は、今ではもう穂香自身の力になっている。あの男から穂香の記憶を消すとき、その対象である穂香自身の力を使えば、より強固な術になるからね」
そうか...私は本当に青王様に近い存在になってきているんだ。あとは「青王様の子をおなかに宿す」って言ってたけど、それはまだちょっと無理かな...
「穂香?どうした?なんだか顔が赤い」
「えっ!あ、なんでもないです。大丈夫です」
「それならいいが。そうだ、これは穂香に」
青王様は小さなピンク色の包みを私の手のひらに乗せた。
「これは?」
「開けてごらん」
そっと包みを開くと、さっき青王様が選んでいたがまぐちが出てきた。しかもがまぐちの中からシャラン、と水琴鈴まで顔を出した。
「これって青王様が選んでいたがまぐち...」
青王様は「わたしとお揃いだよ」と、着物の(たもと)から同じ物を出して見せた。
「ここに根付を付けてがまぐちを帯に挟むんだよ」
そう言って、私の帯にがまぐちを挟んだ。帯の外に水琴鈴が下がり、シャラシャラとやさしい音が響いた。
「ありがとうございます。青王様とお揃い、うれしいです」
「そ、そうか。よかった」
耳を真っ赤にした青王様は「これから伏見稲荷へお参りにいこう」と、自分のがまぐちに小銭を入れ始めた。
私も同じように小銭を入れ「奥社までいきましょうね」と声をかけた。