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 穂香が教室に自分の席に着いたのは、始業開始のチャイムが校内に鳴り響いた頃だった。敷島の指摘によって最終便ギリギリに乗り込んだものの、これでは朝早く家を出た意味がない。
 一緒にいた敷島は「間に合わねぇから」といって次の出発時刻まで待機しているバスに乗り込んでいった。遅刻前提で確実に乗車する彼の判断力が羨ましいと思う反面、堂々と遅刻する理由が穂香には不思議で仕方がなかった。
 朝からの疲れが顔に出ていたのか、席に着くと同時に鈴乃が声をかけてきた。
「遅刻しかけるのって珍しいよね、何かあった?」
「まぁ、いろいろと。学校に来るまでがちょっとね」
「ふーん……」
 何か探るようにして見てくる鈴乃を横目に、穂香はリュックから授業で使うものを引っ張り出した。文房具、教科書、参考書。鈴乃から借りていた世界史のノートと一緒に、事前にコンビニで買っておいたクッキーを添えて彼女に手渡しする。
「鈴乃、貸してくれてありがとう。すごく助かったよ」
「いいえー。相変わらず穂香はマメだね。わざわざお菓子もつけなくたっていいのに」
「でもすごく助かったから。それにほら、鈴乃が好きなクッキーを見つけちゃったし」
 中学からの付き合いということもあって、穂香は鈴乃の好物を自然に覚えていった。特にアーモンドスライスの入ったボックスクッキーは、コンビニでも手作りでも関係なく、目に入ったらすぐに手に取っているのを何度か見かけたことがある。
 鈴乃はノートとクッキーを受け取ると、クッキーを見て頬を緩めた。穂香が内心ホッとしたと同時に、教室の入口から葉山先生が入ってきて授業が始まる。
「藤宮、授業ノートは間に合ったか?」
 何もクラス全員の前で聞かなくてもいいのに。穂香は完璧に写したノートを広げて堂々と見せると、先生は感心したように「西川にちゃんとお礼を言っておけよ」と見透かされてしまった。
 そのまま何事もなかったかのように授業が進み、いつの間にか終業のチャイムが鳴り響いた。回収されたノートを抱えて先生が教室を出ていくと、一斉にクラスメイトが動き出す。
「穂香、次の選択科目ってどこ?」
「化学だから、理科実験室!」
「そっか。私、古典だから二階の自習室。方向逆じゃん、ショック……」
 この高校では二年生の後半から三年生にかけて、他のクラスと合同で自分が選択した教科を追及する授業が組み込まれる。大学進学への対策はもちろん、苦手な教科を集中的に受けられることに特化しており、そのまま卒業制作に繋がってくるのだという。
 鈴乃は得意な文系を更に伸ばしたいという理由から古典を選んだが、穂香は化学にした。昨年の授業で一番成績が悪かった教科であり、ここから巻き返すことも充分間に合うと、葉山のアドバイスを受けてのことだった。「一緒だったらよかったのに」と鈴乃が拗ねた顔をしたが、ここまで一緒にいると、自分が鈴乃に頼りっぱなしになってしまうような気がした。