「......ッッ......お...が...?」

 少女にはなにが起こったかもわからない。一瞬であった。言葉をうまく発することも出来ない。

「ああ? 見ればわかるだろ? 死んでんだよ?」

 血だらけのソレは少女に嗤いかける。男の姿は異様であった。

 白いワイシャツにネクタイをつけており一見、真面目そうな印象を受けるが、ワイシャツの丈は異様に大きく、ボサボサの金髪、凶悪な目つき、返り血の鮮血が、ソレがまともなモノでないことを知らせていた。

「聞き間違いじゃなければメメント・モリっつったよなぁ? いや、聴こえてたよ? 聴いてたんだよ? 俺はその関係者は、ぶっ殺すって決めてるんだ...ヒヒッハハハッ」

 心底楽しそうにソレは笑っている。

「お、お主、こ、ここは、ひっ、非戦闘地区じゃぞ? あ、っ、悪魔か? Return blood(返り血)なのか? なんでメメント・モリを? お、尾方を、は、...し? 死...?」

 震える声で少女は疑問を並べる。

「あ゛あ゛!? 五月蠅ぇよガキ! 俺ァ天使! 快血かいけつの天使、血渋木 暢ちしぶき のぼるだ! あー? でも? 確かに? そういえばここじゃ殺しも駄目だし、殺し合う前は、お互いに名乗るのがベターだったっけ? まぁいいや、メメント・モリだろコイツ。メメント・モリは問答無用、それが俺のベターだしなぁ? 分かる? 最善よ?」

 血が滴ってきても閉じようともしない眼で姫子を見る血濡れの天使。

「(て、天使?ということはこいつは「返り血」ではない...? メメント・モリをなぜ...? ...お、尾方! 尾方!)」

 目の焦点が合わない。堪らず俯く姫子だったが、血にまみれた天使は視線を外さない。

 縋る様な気持ちで尾方に目を移すがピクリとも動かない。

 もう涙で前も見えない状況だった。心臓の音が脳を揺らすほど鳴っている。

「でぇ? お前はァ? メメント・モリの? なに? なにかなの? やだなぁ、子供を捌くのなんてさぁ? いや、裁くネ? 俺、正義の使徒だからさぁ?」

 少女は恐怖で呼吸も出来ない。尾方の血溜まりをピチャピチャと踏みつけながら赤い足跡が近づいてくる。

「ハッ、ハァッ、ハァ」

 震える足で半歩下がる姫子であったが恐怖でそれ以上下がれない。近づいた天使は手にもった血に濡れたトマホークを振りかぶる。心底楽しそうな顔でそれを外さない距離で振りかぶる。

 その時、

「わ、私は、違う! メメント・モリとは...関係ない! この男が、急に話しかけてきたので! それで...!」

 必死に目に涙を浮かべて弁解する少女。

「...助けてください!」

 その様子に血だらけの天使は、少し考え、心底面白くなさそうに、手を下ろす。

「んだよ、そうか。あー、面白くねぇ。怪我? ねぇか? ねぇな? じゃあな?」

 熱が一気に冷めたように背中を向けて歩き出す。少女は糸が解けたようにその場に崩れ落ちた。

「ハァッ...ハッ...ハァ...」

 まだうまく呼吸が出来ない。助かったのか? そんな安堵を心に浮かべるより早く。その場を去る血渋木が大きな声で不満を漏らす。

「しっかし、本当に面白くねぇ。折角逢えたメメント・モリの生き残りはクソ雑魚だしよぉ。これで終わりかよメメント・モリ? 本当ちっぽけな無能集団! 勝手に滅びて当然だ! ボスもボスなら、このクソ雑魚もクソ雑魚だ。ダメな組織には駄目な奴しか集まらねぇ。 正しくねぇ上に弱ェなんて無いも一緒じゃねぇか。あー、イライラする。ムカムカする。誰でもいいからブチ殺してぇ......あ」

 悪態をつく天使は思い出したように振り返る。それは笑顔でであった。

「もう、お前でいいや。正しさの為に...死んでくれねぇ?」

 しかし、振り返った血渋木が見たのは、先ほどとは大きく違い、鋭く、強い眼差しで自分を睨みつける少女の姿であった。

「なんだぁ、その目は?」

「......と...」

「ああ?」

「とでも! 言うと思ったか! この血腐れ天使が! ワシの名前は悪道姫子! メメント・モリが長! 【悪道総師】が孫娘! これより独りでもメメント・モリ、それを引き継ぐ! 悪の姫君であるぞ! 貴様のメメント・モリへの! おじじ様への! 尾方への! 数々の暴言もはや許しがたし! そこに直れ愚か者! ワシが...ッ...ワシが直々に鉄槌を下してやろう...ッッ!」

 さっきまでとは別人である。目に涙を蓄えながらではあるが、足が震えながらではあるが、彼女は、宣戦を。圧倒的に強く、立場的に正しく、無心なほどに無慈悲な、血が滴る人殺しに。布告してみせた。

 それを受けた人殺しは、一瞬面食らっていた様子だったが、心底楽しそうに笑いに嗤う。

「ハッ、ハハッ!! ハハハハッッ!! あーあ、面白ぇ! どっち死ぬにしても死に方があるだろうによう? なぁ?」

 再び近づく血の足跡。だが姫子は、震える足で半歩前に出てみせた。拳を握り締めながら。少女は前を見る。そして、再び天使が笑う。

「はぁっはは、またさっきみたいに泣いて許しを請うまで殺さずに切り刻んでやるよ」

 血まみれの天使が再びトマホークを振り上げた。姫子はそれでもグッと目を開き、前を睨みつける。そして刃が少女を切り裂こうと振り下ろされた。

その瞬間

「いや油断しすぎ? 素人さん?」

 何者かが天使の足を払いのけ、落ちてきた顔を殴り飛ばした。

「ぶはっ...!?」

 その衝撃に天使が悶絶しながら転がる。刃物と姫子の間に咄嗟に割って入る影。

 これはまた、尾方巻彦で間違いはなかった。



「......ッッ......お...が...?」

 少女にはなにが起こったかもわからない。一瞬であった。言葉をうまく発することも出来ない。

「ん? 見ればわかるでしょ? 生きてるよん」

 血だらけのそれは、少女に笑いかける。

「なんだぁ、てめぇ!? 死んでただろうが! 俺が見間違えるか! 死んでただろうが!」

 ヨロヨロと立ち上がる血渋木が声を荒げる。それを一瞥した尾方はケロっとした顔で答える。

「あー、自己紹介がまだだったかなぁ。おじさんは、屈折の悪魔、尾方巻彦っていう、人生自体が敗者復活戦の底辺悪魔。明日には忘れてもらえると嬉しいなぁ」


【尾方巻彦】

 悪魔組織「メメント・モリ」一般戦闘員。

 権能けんのう「七転八倒トライアンドエラー」

自身が【敗北】した際に限り、五体満足で復活する。

 この能力を与えた際、尾方巻彦は言った。

「あー、良い能力っすね? 読みが誤用英語な辺りとか。自分にピッタリっていうか。まぁ、ども」

 私はなんて運の無い男なんだと思った。よりにもよってこの男にこの力はあまりに...

 しかし、「とーっても、お似合いだよ」とこれも心から思った。




「尾方...尾方ぁ...」

 またボロボロと涙を流して俯いてしまう姫子。

「聴いてたよ、姫子ちゃん。いい激励だった。誰がなんと言おうと君は、新しいメメント・モリの頭領だ。でも一つだけ注意点ね。最後に、自ら鉄槌を下すって言ってたけど、組織のボスがそんなに簡単に前に出ちゃいけない。こんな下っ端の相手なんて、下っ端に任せておけばいいの。おじさんみたいなね。あと泣き顔もよくないなぁ。天使と相対する際、悪魔は不敵に笑うこと。これ、六条だっけ? あれ? これだと注意点二つかなぁ? まぁ、ほら、それでいこうよ、ボス?」

 今まで見せたことがないような、気持ちの良い笑顔を姫子に向けて、尾方は語らう。

 それを受けて悪道姫子は、さらに大粒の涙を零したが、それでも前を向いてニッと笑って見せた。

「いいね」

 尾方は再び血まみれの天使に相対する。

「待っていてくれるなんて、流石は正義の天使様だぁね。SNSで拡散しておこうか?」

「バカ言ってんじゃねぇ。 待つに決まってんだろ? 俺は今最高に機嫌がイイんだ」

 言葉の通り心底嬉しそうに天使は笑う。

「おめぇ、屈折不退くっせつふたいの尾方だろう? 階級詐欺の尾方だろう? メメント・モリの尾方だろう? なぁ、Return blood(返り血)だろうお前? 最高だよ。お前を何回だって殺せるなんて、天使冥利に尽きるってもんだ」

 背中からもう一本のトマホークを取り出し血塗れの天使は微笑む。

「人違イデスネ。おじさんはフリーターの...」

「快血の天使、戒位かいい112軀く、血渋木暢だ。血ィ吹き零せ尾方巻彦ォ!!!」

「人の話は最後まで聴きなさいってお母さんに言われなかったぁ!?」

バシィッッ!!

 間合いを潰すような速度の斬撃を、尾方は起用に手首を掴み受け止める。

「うんぐぅ!? こ、こっちだけ権能バレてるなんてフェアじゃないんじゃない!? その正装の能力教えてよ!」

 力で押し切られ、胸に深々と刃が突き刺された尾方であったが、その衝撃を受け流すように血渋木を投げ飛ばす。

 壁に叩きつけられる血渋木であったが、怯んだ様子もなく立ち上がり叫ぶ

「ああ!? そうかよ!! こいつぁ【蝙蝠こうもり】! 俺が浴びた血の量に比例して俺の力が上がる相棒だァ! つまり、一回斬り殺しても終わりじゃないお前は最高だってことだよ!」

肉を断ち、骨に刃物が引っかかる金属音にも似た音が裏道に響く。

 先ほどより数倍早い斬撃に尾方は対応出来ず深々と刃物が肩を切り裂く。

「尾方ぁ!!」

 姫子が叫ぶが、地面に叩きつけられた尾方の血に塗れた目は、血渋木を離さない。

「ヨッと!」

 反動をバネに腕に力を込め標的の方角へ飛び上がる尾方、そして血渋木の胴の中心を蹴り飛ばす。

「いッッッ!?」

 仰け反り壁に叩きつけられる血渋木。一方、蹴りの反動で後ろに跳んだ尾方はすかさず標的の方に跳躍し間合いへ入る。

 そして脱力した手のひらで思いっきり血渋木の顔の中心を叩いた。

スパァァァァン!!

「いってえぇぇぇ!?」

 顔を抑えて悶絶する血渋木。

 しかし、叩いた手が痛かったのか尾方は追撃もせず、苦い顔で手にフーッフーッと息を吹きかけていた。

 ようやく立て直した血渋木は不可解そうに糾弾する。

「お前! どんな手品だ! お前は悪魔だろうが! 俺と格闘で渡り合えるわけがねぇ!」

 そう、そもそも天使というのは、純粋な身体強化が施されており、通常の人間の数倍の身体能力を持っているのである。

 大して悪魔は、体が作り変えられ特殊な能力こそあるものの。そのほとんどが身体能力は普通の人間と大差がないのだ。

 つまり正面戦闘、フィジカルでの戦闘が行われる際、優位は天使に傾くのである。

 しかし、

「なぁに言ってんの。視界が狭いぞ若人君。どうみても渡り合えてない、おじさん必死よ。実際何回か死んでるし」

手を振ったままで尾形は答える。

「でも必死で縋りつけている理由はあるよ。それはね、どんなに力が強くたって、どんなに便利な道具を持ってたって。体が人間だからなんだよね。どうしても痛い部分は痛いし、構造上曲がらない部分は曲がらないし、急な力の流れには逆らえないし。油断、慢心、疑心に魂胆。おじさんみたいな卑屈な人間の搦め手だったらさぁ。枚挙のいとまがないんだよねぇ」

 この時、尾方はとても悪い顔をしていたが、

「ま、搦めてる間に搦めとられて何回か死んでるけどねぇ」

 またケロッといつもの気の抜けた顔に戻った。

 血飛沫は髪を振り上げてトマホークを打ち鳴らす。

「上等だよ、上等だよお前尾方巻彦ォ!! 自分で死にたくなるまで殺してやるよ!!」

「いいのそれ? 時間かかるよぉ。明日の予定とか台無しになっちゃうよ?」

 血だらけの天使と悪魔は笑い、嗤う。

 かたや回生の敗北者、かたや血浴びの追撃者。

 天使が斬り殺し、悪魔が切って返す。

 それが幾度も繰り返され、闘争は加速していく。

 文字通り血で血を洗う死に塗れた闘争は、世が更けるまで続いた。



「はい、これでオジサンの九十ハ敗と...一勝」

 もはや体から血に塗れていない部分がなくなった尾方巻彦は、倒れた天使を見下ろしながら嘯うそぶく。

「...クソ、が、まだ、おれぁ...! 尾方ァ...! 俺は...俺がァ...!」

「まだそんな元気があるの? すごいなぁ君、おじさんもうヘトヘトだよ」

 こりゃ一勝も怪しいところだなぁと呟き、疲れきった尾方はその場に座り込む。ついでに足で血渋木の顎を蹴って気絶させておいた。

「はぁ、タバコ吸いたい...」

 ヘロヘロの尾方がポケットから箱が無残に切り裂かれたタバコを取り出したその時、

「尾方ぁ!!尾方尾方尾方ぁ!!!」

 取り出したタバコが吹き飛んでいく衝撃。

 ご令嬢のタックルであった。

「お、おぉい、姫子ちゃん。血が付いちゃうよ?」

「尾方! すごいぞ! 尾方! 天使を倒すなど! それに! すごいなぁ尾方は!」

「いだだだだだ! 傷! 傷がね! 残るのよ! 勝ったときは!」

「おおおぉ、すまぬ尾方、大丈夫か? どこが痛むのかの?」

 オロオロと尾方の周りを回る姫子。

「いいや、全身痛みまくりだけど。こんなのいつものだからねぇ。姫子ちゃんこそ大丈夫? 時間かかったねぇ? お腹すいてない?」

 ヘラヘラと尾方はいつもの調子である。

「大丈夫なわけあるか! お主、どれほど心配したと! それに...ワシは...」

 姫子は心底悲しそうに呟く。

「...やはり、おじじ様の跡など継げないのであろうな。偉そうなことを散々言っておいて。その実、恐怖に屈してあんなことを言うとは...情けないところを見せたの...。迷惑をかけた、尾方巻彦。ワシはボス失格じゃ」

 申し訳なさそうに姫子は頭を下げ、俯いてしまう。その頭にポンッと尾方が手を置く。

「それは違うよ姫子ちゃん。あれはあの状況下でも生きようっていう選択だ。諦めないっていう意志だ。それにその後、組織の為に前を向いてくれたよね? 姫子ちゃんは、僕が諦めや、ネガティブな言葉を発っした際には、まずその眼差しを前に向けようとしてくれた。自然に、心から。それは紛れも無いボスの素養さ。僕はね、色々言ってはいたけれども、嬉しかったよ。無意識かも知れないけど。姫子ちゃんにはオヤジの意志がしっかり受け継がれてる。だから、頼むよボス。また夢、観させてくださいよ」

 ヘラヘラではなく、ニコッと笑い。尾方は言う。

 姫子は、大粒の涙を流し、また泣いてしまったが、それはもう悲痛なものではなかった。

 あとまた思わず尾方に抱きついてしまった姫子であったが、尾方は大人なので空気を呼んで渋い顔で痛みを耐え抜いて見せた。



「のう、ワシから質問いいかの尾方?」

 ひとしきり泣きじゃくったお姫様は尾方から離れないまま顔をあげる。

「ん? おじさんに答えられることなら、言ってみて?」

「ワシは先ほどの戦いを見た、凄い実力じゃ、なぜ尾方は一般戦闘員だったのかの?」

「いや、本当に見てた? 負けまくりだったじゃない? ...まぁ、辞退だね。おじさん人の上とか面倒でさぁ」

「あの天使にReturn blood(返り血)と言われておったがあれは?」

「んー、不本意ながらおじさんそう言われてるみたい。全部自分の血なんだけどなぁ」

「そうだったのか! 尾方が通り悪魔? い、一体、何故そんなことを?」

「あー...言わなきゃだめ? 年甲斐も無いし、恥ずかしいんだけどなぁ...」

 ボリボリと頭をかいて苦い顔をする尾方だったが、

「教えてくれ! ワシは尾方のことが知りたい!」

 姫子に真っ直ぐに見つめられて観念したようにうなだれた。

「その、ね、おじさんね...組織を壊滅させた犯人を捜してたのよね。組織の復興そっちのけで、復讐選んじゃって、許せなくってさぁ...。最初は組織の復興も復讐もどっちもやっちゃるって頑張ってたんだけど...日が経つ程に、難しくなって、苦しくなって、復興を諦めたんだ、ごめんねぇ」

 なんともバツの悪そうに尾方は打ち明ける。先ほどの鬼気迫る戦闘とは打って変わって少女の顔色を伺う中年悪魔。

 しかし、

「すごいぞ尾方! お主は何一つ諦めてはおらなんだな!」

 パァッと少女が笑顔になるものだから目が点になる。

「へ?」

「復興じゃ! 復讐だって立派な復興の第一歩じゃ! 心の復興! 体制の復興! どちらも成してこその完全復活である! 誇ってくれ尾方! 壊滅なものか! あの日からずっと! メメント・モリは続いておったのじゃ! お主の手によって! お主はあの日からずっと! 今まで! メメント・モリを護ってくれていたのじゃ!」

 輝くその眼がやはりその言葉に嘘偽りが無いことを教えてくれる。

「―――――――」

 対する尾方は、目を丸くして数秒固まっていたが、

「ハァ、オジサンさ。やっと諦める気楽さを手に入れたと思ってたばっかりだったんだよ?」

 その声は少しだけ震えていた。そして尾方は立ち上がるとポンッと姫子の頭に手のひらを置いて空を見上げる。

「尾方...?」

「俺さ、すっっっっごい諦め悪いの。姫子ちゃん。それに対してまた奮い立たせるような事言って、後悔するよ多分?」

「後悔などするものか! お主の復讐! 組織の復興! ワシだってどちらも諦めぬぞ! 折れずに着いて来られるかのう尾方巻彦?」

「いいね、賭けてみるかい?」

「よいぞ! 尾方が途中で折れぬ方にその日の晩御飯を賭けよう」

「それおじさんが折れなかったら、おじさんの晩御飯が抜きになるってこと? えぇ、嫌だなぁ、折れようかなぁ...」

「晩御飯で揺れるでない! 意思が弱いぞ尾方!!」

 いつもの調子に戻った二人は顔を見合わせて、ひとしきり笑いあった。



「あ、いかんね。早くここ離れないとだ」

 思い出したかのように尾方が突然苦い顔をする。

「うん? どうしたのかの尾方? お腹空いたのかの?」

 お姫様はもう落ち着いたのか、相変わらずノホホンとしている。

「うん、お腹がもう鳴かなくなるぐらいには空いた...じゃなくてね? ここ非戦闘地区だから。天使がやられたとあったら信号が出て、誰か別の天使が来るんだよね」

「そうなのか? でも別に正当防衛であろう?」

「喧嘩両成敗なんだよこの制度。あと非戦闘地区での執行権は天使が持っててさぁ、見つかったらその天使の酌量次第でどうなるか分かんないんだよねぇ」

「なんと非平等な! まぁよい、それなら早くここから離れるぞ尾方!」

 尾方の腕を引っぱる姫子。

「いだだだだだだ!? 歩く! 歩けるからヒメ!」

「そうか!すまぬ!...ん? そのヒメと言うのはなんじゃ?」

「あだ名、駄目かな? 新生メメント・モリの姫君でヒメ。よくない?(呼びやすいし)」

「うむ...うむ! 悪くない! いやむしろ良い! ワシはヒメを大層気に入ったぞ!」

 とヒメがはしゃいで飛び上がっていたその時、

『カランッ...コロンッ...』

 裏路地に足跡が響いてきた。

 それは下駄のような足音。

 二人は顔を見合わせて息を呑む

「いいかい、おじさんが言い包めるからヒメは隠れてるんだ。いいね?」

 ヒメは無言でブンブンと頷く。周りを見渡したヒメは大きなゴミ箱を見つけて、

「決して無理をするでないぞ尾方!」

 そういってゴミ箱の裏で体を丸める。

 尾方は静かに頷いて曲がり角の方をジッと見つめる。

 そして足音がカッと止まる。

 まるで時が止まったかのような静寂、

 その時、

 尾方が見つめる曲がり角から、ヒョコっと顔を出したのは、尾方宅向かいの旅館の若女将。正端清だった。

「キヨちゃん!?」

「尾方さん!?」

 二人は目をパチクリさせる。

「どしたのキヨちゃん? いや、まさかオジサンが帰らなかったから? なにもそこまで...」

 尾方は申し訳なさそうに和服少女に近づく。

「な、なんで尾方さんが...?」

 若女将は酷くうろたえている。

「うん、どしたの?」

「いや! そんな......だ......め...ッッ!」

「キヨちゃん...?」

「来ちゃ駄目!!!」

 若女将が半身になっていて尾方からは見えなかったが、少女は、自分の身の丈ほどの長大な大太刀を持っていた。

 それに尾方が気づいた瞬間。


 『パチン』と刀を納刀する音がして、

尾方は首のない自分の体を見上げていた。

「流石に自分を見上げた経験はおじさんもないなぁ」

 と尾方は言いたかったが。


 口と首はすで離れ離れになっており、虚しく口だけが空気を揺らした。

 薄れ行く意識の中で尾方が聴いたのは、少女の慟哭のような「ごめんなさい」と

 ヒメが叫ぶ自分の名前だった。




第一章「中年ルーザーと復興プリンセス」 END



「次回予告ぅ!!」

「ねぇおじさん首から上しかないんだけど、しなきゃ駄目かな?」

「これはネタばれじゃが今後全ての次回予告にて無傷な尾方は存在せんぞ」

「主人公の辞表ってどこに出せばいいの?」

「サンタさんにでもお願いすればどうじゃ?」

「それ靴下の中になにが入るのかな?」

「生首じゃろ、作者の」

「いま生首ネタやめてくれない?」

「そんなことはどうでもよい! 次回予告じゃ!」

「はいはい、おじさんが泣きっ面に蜂まくります」

「日常じゃのう尾方」

「日常小説だからねこれ」

「中年の日常なんて需要あるのかの?」

「なくても続くから日常なんじゃない?」

「含蓄ある風にみせて思考丸投げしたの尾方」

「次回は、キヨちゃんとJKと老害と残念二枚目と医者が出るよお楽しみに」

「箇条書きじゃの?」

「大人は箇条書きが大好きなの」

「作者は過剰書きが好きじゃの?」

「オジサン大人だからノーコメントで」

「もう話すこともないの?」

「終わろうか、おじさんお腹空いちゃった」

「いま尾方のお腹が空いているだけにの」

「終わろうか」

「「次回」」

第二章『中年リベンジャーと物好きコープ's』



「首だけになった尾方は果たして、顔と体どちらから生え変わるのか! こうご期待じゃ!」

「正解は両方消滅、からの五体復活だよ」

「尾方ぁ!!!」