半年後。ヴィスタネージュ宮殿大広間。
"百合の帝国"皇帝アルディス3世と、"獅子の王国"全権代表ケレス伯爵、そして仲介人である"鷲の帝国"皇帝ゼフィリアス2世が条約文書にサインしていく。三者のサインが記された文書をゼフィリアス帝が掲げると、大広間に万来の拍手が巻き起こった。
こうして百年近く続いた、"百合の帝国"と"獅子の王国"の戦争は終結した。
「この条約は、会戦でいずれかが勝利するたびに結ばれてきた、これまでの一時的な休戦とは違う。完全な戦争の終結だ」
調印後にアルディスが演説を行う。
「かつてこの大陸は悪しき竜の王が支配する暗黒の世界だった。この竜を討ち、平和を築き上げた英雄達がいる。我ら3カ国をはじめ諸国の王侯たちは皆、彼らの末裔だ。今こそ我々は始祖たちの理想を思い出し、平和な世界を作らねばならない!」
理想論ばかりを並べ立てた内容。アンナはそれを聞くクロイス公の顔を見た。
彼は"百合の帝国"代表団の一人として、皇帝の後ろに立っている。
(どんな気分で、この演説を聞いているのでしょうね?)
百年に及ぶ戦争で最も利益を得ていたのがクロイス公爵家だろう。彼らは代々、占領地の略奪品を独占し、武器商人たちに投資し、さらにはグリージュス公のような者を利用して軍の物資を横領していた。
そうやって得てきた富の蓄積が今の彼らの権勢を支えてると言ってもいい。それが突如終わってしまったのだ。心穏やかであるはずがない。
ゼフィリアス帝が和平案を持ち出した時、当然クロイス派は反発した。
友好国にあるまじき変節、断交も辞さない。そういきり立った大臣もいたという。
『断交? 貴国と縁を切りたい気持ちを抑えているのは余の方である!』
ゼフィリアス帝は初っ端から、彼が持つ最強の武器を手にしたそうだ。妹に対する不誠実な待遇を責め、それでも"鷲の帝国"側が歩み寄っているのだ、という姿勢を示した。
"鷲の帝国"は、戦争を好まぬ代わりに、皇族の多くを各国の王侯貴族たちと結婚させたり、養子に出したりすることで勢力を築き上げた国だ。
ゼフィリアス帝の先祖たちは代々、「戦争は他国に任せ、我らは結婚せよ」という家訓に従ってきた。今では、大陸の半数近くの国が、"鷲の帝国"と親戚づきあいをしている。
マリアン=ルーヌ皇妃の不遇は、それらの国全てから非難を浴びることとなる。
『余は貴国の孤立を望まぬ。だからこそ、"獅子の帝国"との講和も勧めているのです』
そう言ってゼフィリアス帝は、クロイス公を追い詰めた。
一方その頃、軍部でも終戦を求める動きが出始めていた。ラルガ親子が動いたのだ。
軍人とは本来戦いを望むものではあるが、百年にも及ぶ戦いは、さすがに彼らの戦意を減退させていた。前線では、公然とクロイス公の対"獅子の王国"政策を批判する声が起こり、反乱を示唆する者まで出始めた。
すると今度は、戦争大臣ウィダスがそれらの声を潰すために動き出したが、それも即座に止められてしまう。
皇弟マルフィア大公に関する極めて不穏な噂が流れたのだ。"百合の帝国"の軍権を象徴する至宝「リュディスの短剣」は実は皇帝の手元にはなく、マルフィア大公リアンが所有しているというものだった。
リアン大公は肯定も否定もしなかった。だが実際、皇帝の手元に短剣はないのだから、ウィダスもアルディス帝本人も、軍内の反戦の声を止めることができなくなった。
こうして"百合の帝国"首脳部が混乱に陥っている間、ゼフィリアス帝は帰国をとりやめてヴィスタネージュに居座ってしまった。彼は日ごとに和平を求める声を強めていき、最終的にはラルガ侯爵を含めた和平交渉団を"獅子の王国"へ送る確約をクロイス公から取り付けることに成功した。
そして数ヶ月の交渉を経て、このヴィスタネージュ和平条約の締結に至ったのである。
* * *
"百合の帝国"皇帝アルディス3世と、"獅子の王国"全権代表ケレス伯爵、そして仲介人である"鷲の帝国"皇帝ゼフィリアス2世が条約文書にサインしていく。三者のサインが記された文書をゼフィリアス帝が掲げると、大広間に万来の拍手が巻き起こった。
こうして百年近く続いた、"百合の帝国"と"獅子の王国"の戦争は終結した。
「この条約は、会戦でいずれかが勝利するたびに結ばれてきた、これまでの一時的な休戦とは違う。完全な戦争の終結だ」
調印後にアルディスが演説を行う。
「かつてこの大陸は悪しき竜の王が支配する暗黒の世界だった。この竜を討ち、平和を築き上げた英雄達がいる。我ら3カ国をはじめ諸国の王侯たちは皆、彼らの末裔だ。今こそ我々は始祖たちの理想を思い出し、平和な世界を作らねばならない!」
理想論ばかりを並べ立てた内容。アンナはそれを聞くクロイス公の顔を見た。
彼は"百合の帝国"代表団の一人として、皇帝の後ろに立っている。
(どんな気分で、この演説を聞いているのでしょうね?)
百年に及ぶ戦争で最も利益を得ていたのがクロイス公爵家だろう。彼らは代々、占領地の略奪品を独占し、武器商人たちに投資し、さらにはグリージュス公のような者を利用して軍の物資を横領していた。
そうやって得てきた富の蓄積が今の彼らの権勢を支えてると言ってもいい。それが突如終わってしまったのだ。心穏やかであるはずがない。
ゼフィリアス帝が和平案を持ち出した時、当然クロイス派は反発した。
友好国にあるまじき変節、断交も辞さない。そういきり立った大臣もいたという。
『断交? 貴国と縁を切りたい気持ちを抑えているのは余の方である!』
ゼフィリアス帝は初っ端から、彼が持つ最強の武器を手にしたそうだ。妹に対する不誠実な待遇を責め、それでも"鷲の帝国"側が歩み寄っているのだ、という姿勢を示した。
"鷲の帝国"は、戦争を好まぬ代わりに、皇族の多くを各国の王侯貴族たちと結婚させたり、養子に出したりすることで勢力を築き上げた国だ。
ゼフィリアス帝の先祖たちは代々、「戦争は他国に任せ、我らは結婚せよ」という家訓に従ってきた。今では、大陸の半数近くの国が、"鷲の帝国"と親戚づきあいをしている。
マリアン=ルーヌ皇妃の不遇は、それらの国全てから非難を浴びることとなる。
『余は貴国の孤立を望まぬ。だからこそ、"獅子の帝国"との講和も勧めているのです』
そう言ってゼフィリアス帝は、クロイス公を追い詰めた。
一方その頃、軍部でも終戦を求める動きが出始めていた。ラルガ親子が動いたのだ。
軍人とは本来戦いを望むものではあるが、百年にも及ぶ戦いは、さすがに彼らの戦意を減退させていた。前線では、公然とクロイス公の対"獅子の王国"政策を批判する声が起こり、反乱を示唆する者まで出始めた。
すると今度は、戦争大臣ウィダスがそれらの声を潰すために動き出したが、それも即座に止められてしまう。
皇弟マルフィア大公に関する極めて不穏な噂が流れたのだ。"百合の帝国"の軍権を象徴する至宝「リュディスの短剣」は実は皇帝の手元にはなく、マルフィア大公リアンが所有しているというものだった。
リアン大公は肯定も否定もしなかった。だが実際、皇帝の手元に短剣はないのだから、ウィダスもアルディス帝本人も、軍内の反戦の声を止めることができなくなった。
こうして"百合の帝国"首脳部が混乱に陥っている間、ゼフィリアス帝は帰国をとりやめてヴィスタネージュに居座ってしまった。彼は日ごとに和平を求める声を強めていき、最終的にはラルガ侯爵を含めた和平交渉団を"獅子の王国"へ送る確約をクロイス公から取り付けることに成功した。
そして数ヶ月の交渉を経て、このヴィスタネージュ和平条約の締結に至ったのである。
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