有栖と奉日本『幸福のブラックキャット』

「おい、ザコを用意すんなよ」
「そんなはずは……」
 結城に言われ、青い髪の男――河本(かわもと)は言葉を詰まらせた。
 河本は右京が自首を断るのではないか。そして、反乱を起こすのではないかと思い護衛の意味で先程の男達を急遽呼び出し、準備をしていた。彼が用意した男達は喧嘩慣れをしている腕の立つ奴らだったので、戦力としては充分――だったはずだ。しかし、それが容易く蹴散らされた。
「結城、もしかしたら相手は――ぎゃっ!」
「なっ!」
 突如、河本の顔面が跳ね上がる。そして、そのまま仰向けに倒れた。地面には彼の顔面に直撃したナイフの刺さった硬式ボールが転がっている。それを見てから、結城はそのボールが飛んできた方向を見た。
「どう? 土下座する? 許さないけど」
 ボールを投げた後のポーズの有栖がにやり、と笑って言ってみせる。
「調子に乗るなよ、この女……」
 結城が声を低くして、感情を表に出す。そこに、
「落ち着けよ、結城。そこそこの手練れのようだ」
 金髪の男――鮫島が前に出て、結城を落ち着かせる。
「まぁ、俺に任せろ。結城は姫を護ってな」
「解った。頼むぞ」
 結城はそう言うと、ピンクの髪の女性――姫野(ひめの)の肩を抱き寄せる。
「護ってね」
「当然。まぁ、鮫島が全部片づけちゃうけどな」
 そう言って、二人は軽く口づけしあう。二人が恋人関係であることを、その行為で有栖は察した。
「どうでもいいけど」
 そう呟いて、この現状でベタベタとくっつく男女に呆れる。まだ、向こうにも焦りはないようだ。一方で、その理由も理解していた。
「よう、今度は俺が相手だ」
 鮫島が有栖と相対する。さっき相手にした五人とは風格も鍛え方も違う。タンクトップから見える隆起した筋肉がそれを物語っていた。そして、彼こそが結城の余裕でもあるのだろう。それぐらい信頼できる戦力ということだ。
「そうね、さっさとぶっ飛ばして終わらせる」
「良いね、俺はお前みたいな気の強い女は好物だぜ」
 鮫島はにやりと舌なめずりをしながら下品な笑顔を見せた。
「高本さんに笑顔のレクチャーしてもらってから出直してこい……まぁ、そんな機会はないだろうけど」
 有栖はそう言うと、こいこい、と手を動かして鮫島を挑発した。
「後悔させてやるよ」
 そう言うと鮫島は大きく腕を振りかぶり、殴りかかる。
「くっ!」
 大振りなので避けるのは余裕だ、と有栖は思っていたがスピードが速かった。少し判断が遅れた分、腕によるガードに切り替えたが――
「やばっ!」
 鮫島の拳が自身の腕に触れた瞬間、有栖はその重さ、威力を察した。まともに受けるとガードごと吹き飛ばされてダメージが生じる、と感じた彼女は咄嗟に受け流す。
「やるじゃん! じゃあ、これは?」
 鮫島は楽しそうに左フックを放つ。これを有栖はダッキングで避ける。そこに今度は蹴りが真正面から放たれた。避けることが出来ずに有栖は腕を交差させ、受け止めるがその威力によって後方へと弾き飛ばされる。地面から足が離れたので着地をするが、勢いは殺しきれず滑り、二人の間に距離が生まれたところで止まる。
「痛っ……」
 有栖は腕の痺れを感じながら、鮫島を睨む。相手は相変わらず下品な笑みを浮かべている。
「いいね、いいね。こりゃ長く楽しめそうだ」
 まるで玩具を見つけた幼児のように鮫島は拳を握りながら近付いてくる。その向こうにいる結城と姫野も勝ち誇った笑みを見せている。防戦一方だった有栖を見て安堵しているのだろう。
「悪いけど、長引かせるつもりはない」
 痺れる腕を振って、手を握ったり開いたりを繰り返し、機能が正常かを確認すると有栖も一歩近付く。
「まだ余裕がありそうだな」
「実際、余裕なのよ」
「あっそ、死ね」
 鮫島の右ストレートが先程と同様の速さで放たれる。そのスピードは確かに速いが、さっき以上ではない。有栖が少々対応が遅れたのは想定より速かったからだ。だけど、それはさっきの攻防で既に理解し、修正した。彼女には充分に対応できる速度だ。
「なっ!」
 有栖が防御でも後方に退くでもなく、前に踏み込んだことに鮫島は驚いた。彼女は彼の拳をヘッドスリップで避けるとそのままステップイン。斜め方向から抉るように左の拳を鮫島のボディにめり込ませた。
「がはっ!」
 カウンターで入ったその一撃は鮫島の胃液を逆流させ、呼吸を強制的に止めた。がくり、と彼の膝が落ちる。
「え?」
 すかさず頭に手を回して、有栖の膝蹴りが顔面に炸裂する。そして、動きを止めることなく、後方に仰け反った彼の後ろに回るとチョークスリーパーで首を締め上げた。
「ぐぎぎ……」
 鮫島に完全なチョークスリーパーが決まった。だが、これはスポーツではない。タップをしたところで解除してくれるわけでもない。
 呼吸ができなくなり、視界に白いモヤが広がってきていた。このままでは負ける――鮫島は必死で逆転の方法を思案した。
「まだ……だ……」
 倒れそうになった鮫島が上体を起こす。彼が土壇場で考えついたのは有栖との体格差だ。鮫島が立ち上がれば、有栖は彼の首にぶら下がる形になる。そのまま後方に勢いよく倒れれば押しつぶすことも可能だ。だから、彼は――力を振り絞り、膝を伸ばし、立ち上がろうとした。
「残念」
 その瞬間、有栖のささやきが耳に響いた。彼女は別にそのまま締め落とそうとは考えていなかった。寧ろ、その次が決め手だった。鮫島の行動を予測しており、立ち上がろうとした勢いを利用し、そのまま後方へとジャーマンスープレックス――首を絞めたまま投げる危険な技であるスリーパースープレックスだ。彼女は綺麗なブリッジをし、鮫島の身体は弧を描き、首を絞められたまま頭が地面へと叩きつけられた。
 衝撃と更に絞められた首により、鮫島は完全に意識を失った。
「はい、オシマイ」
 そう言った有栖は、鮫島が呼吸をしていることを、一応確認しておいた。
「嘘だろ……」
 鮫島を倒し、こちらへ歩みを進める有栖に結城は思わず言葉を零した。彼の頭の中には鮫島が負けることなんて毛頭なく、また、有栖の強さも想定外だった。
 逃げなければ、と思うが先程の戦闘で見せた速度で動く相手に策もなく逃げれるとは思わない。それぐらいには冷静に状況を分析出来ていた。
 ――どうすれば逃げ切れる?
 今、背中では姫野がしがみつき震えている。邪魔だと思うと同時に、これも利用出来ないか、と考えていた。
 戦うなんて論外――鮫島を圧倒した相手に自分が勝てるわけがない。
 ――どうする? どうする? どうする?
「逃げないんだ」
 椅子に座り続ける結城と姫野に、足を止めて有栖は言った。距離としては、あと数メートル。数歩進めば、結城に手が届く。
「逃げても追いつかれるし」
「そうね」
 有栖が一歩近づく。
「それに恋人を見捨てられない」
「そりゃ、素敵な考えだ」
 また一歩、更に一歩。
「俺も潮時だ。無茶苦茶しすぎた罰だな」
「解ってるじゃん」
 一歩、そして、一歩――近づいたときだった。
 結城はズボンの腰に差し込んでいたスタンガンを引き抜き、スイッチを入れた。

 戦うなんて論外――鮫島を圧倒した相手に自分が勝てるわけがない。

 相手もそう考えているはず。だから、虚を突ける、と結城は考えた。スタンガンは先端に青白い光を放ちながら、有栖へと――届かない。
 結城のスタンガンは有栖の革靴のかかとで防がれた。
「な、何で……」
「身代わりまで用意して逃げてきた奴が、ここにきて潔くなる――信じるわけないでしょ」
 そう言って、有栖は器用に防御に使った足を動かし、そのまま結城の手首を地面と挟むように踏みつけた。
「ぐぁ!」
 体重をかけたことにより、結城は膝を着き、思わずスタンガンから手を離す。そして、その痛みから逃れようと手を引くが有栖は離さない。
「ま、待てよ。解った、解った。俺が悪かった。た、助けてくれ」
「…………」
 命乞いをする結城を有栖は冷めた目で静観していた。
「助けてくれたら、ほら、俺の親父は政治家で偉いんだ。重役だし、ほら、何でも欲しいものをくれてやる。金でも、何でもだ」
 それを聞いて、有栖は踏んでいた足をどけて結城を解放する。安堵した表情を見せた結城は、その表情にうすら笑いを貼り付けた。
「そうだ、賢い選択だ。ここで俺を捕まえても何も得られない。任せろ。俺が親父に頼んで、何でも用意して――」
「一つ……」
 結城の言葉を有栖が遮る。
「へ?」
「一つ、教えとく」
「は、は?」
「いざってときに、頼れるものが自分の力で得たものじゃないなら、馬鹿みたいに大きな声で喋るな――人間が小さく見える」
 そう言い終えると、有栖は右拳を結城の顔面に向けて振り抜いた。
 二転、三転、と結城は転がり、地面に伏せたまま起き上がらない。
「残念ね、話の通じない相手で」
 もう聞こえないことが解っていながら、有栖はそう呟いた。
 その後、有栖は姫野を拘束し、一色が現場に来ることを待った。
 結果として、一色が組織に正式な手続きを終えて、到着したのは有栖の最初の電話から二時間後のことだった。
 充分な人数を用意してもらったが、到着した頃にはカラーズは全員倒れており、その戦力が仕事をすることはなかった。
 有栖はこっそり逃げようかと思ったが、一色に捕まり、状況の詳細説明をさせられた後、勝手な行動に対するお叱りを受けることになった。

 後日――まず、右京の処分が決まった。彼はカラーズに所属していたが違法ハーブの売買に関係していなかったこと、結城に騙されていたこと、自首という貢献をしたことにより、無実。特にお咎めもなしだった。

 カラーズのメンバーは違法ハーブの売買に関しては認めながらも、それに協力していたヤクザについては知らないの一点張り。これは話さないことでヤクザ側に筋を通そうとしているのだ。もし、暴露すれば罪は軽減されるかもしれないが、釈放されたときに自分達の命が危ぶまれるからだ。
 自分の刑期と命を天秤にかけて、後者を選んだということだ。
 結果、ユースティティアはカラーズだけを逮捕する形になった。協力していたヤクザにはたどり着くことは出来ずに――

 余談だが、命令外の行動をした有栖だが、今回の功績を認められ、始末書の提出で現場復帰が認められることになった。そのことで一色に書き方を教えてもらったことは言うまでもない。
 カラーズが捕まった――そのニュースは奉日本の周囲を騒がせた。もちろん、裏社会の方である。
 以前から捕まるのではないか、という噂はあったのだが実際捕まると、その周囲の事情を知っている者達にとっては話題の種だった。
 カラーズと結城議員の関係は報道される前に、結城議員が体調不良による辞職。そして、後任が決まるという小さなニュースも同時期に流れた。

「カラーズが捕まったんだろ?」
「そうそう。しかも、捕まえたのが警察じゃなくて対立しているユースティティアだろ?」
「あぁ、こりゃ警察の連中は悔しかっただろうな」
 もう何回聞いたか解らないテンプレートに等しい会話が酒の準備をしながらも奉日本の耳に入ってくる。話しているのは大学生ぐらいの若い男性二人組。おそらく、中途半端なワル、というやつだ。
 酒の席というのは口も警戒も緩くなる。だから、このような会話が聞こえてくるのはよくあることだった。

 今回の件で、世間一般的にも違法ハーブを売買していたグループを逮捕したユースティティアの評価はあがった。
 一方で比べられる警察の評価は下がる。そういう関係だから仕方がない。しかし、
 ――警察は悔しかっただろうな。計画が丸潰れだから。
 奉日本はそう思い、静かに笑う。

 実は警察はカラーズを捕まえようとしていた。それは身代わりではなく、カラーズ全体を。
 従来、結城議員の息子がリーダーであるカラーズと警察の間では暗黙のルールが存在していた。しかし、それすらも反故し、結城議員が辞職になったとしても、カラーズを逮捕しようと水面下で動いていたのだ。
 その理由は――
「いらっしゃいませ」
 閉店間際にドアが開き、入ってきた客を見て奉日本は微笑んで迎え入れる。
「今日は営業時間内に来れたな。まずはスカーレットオハラで」
 入店早々に注文を済ませた久慈はカウンター席に座る。好物の甘い酒を待つ彼の表情は以前来たときよりも機嫌が良さそうだった。
「機嫌が良さそうですね」
 グラスに注がれた赤いカクテルを差し出して、奉日本はその理由を知りながら、そう聞いた。
「そう見えるか? まぁ、正解だ。ちょっと抱えていた問題が解決してな」
 久慈はグラスを持つと、口まで運ぶと唇の間に液体を滑り込ませる。甘酸っぱい味を堪能すると喉の喜びを噛みしめるように、その顔にわずかに恍惚の表情が見えた。
「それは良かったです。ごゆっくり」
 奉日本はサービスでオリーブの塩漬けを提供すると、先程帰った客のグラスを片づける。その際、横目で見た久慈の様子から、彼の発言に嘘はない、と思うと自分の持っている情報をアップデートする。
 ――カラーズの逮捕が良い方向に転がったなぁ。
 奉日本は俯瞰的にそう思った。
 カラーズに違法ハーブを斡旋し、後ろ盾になっていたのは久慈の所属する高良組の若手だったのだ。それは若手の勝手な小遣い稼ぎだったらしく、組の仕事ではなかった。
 そのことを突き止めたのは警察だ。秘密裏に捜査し、カラーズと高良組の若手が違法ハーブの取引をしている証拠を着実に集めていく。そのことに久慈も気づいたようだったが、少し遅かった。
 ある程度の証拠がそろったところで警察は天秤に掛けた――結城議員の救済と高良組の壊滅だ。
 カラーズの全員逮捕をきっかけに実際に取引をしていた若手を逮捕し、そこから別件で高良組の令状をとって中核の一部を連行。その間に別の組をぶつけて壊滅させることが最終目標だった。

 ――高良組は物事の筋を通す立派な任侠だ。近隣住民を助けていることもあり周辺住民の信頼も厚い。裏社会では強い権力があり、警察もこれまで何度か裏工作で他の組と結託して行動したとき、高良組に少しでも影響があるならば妨害された。

 そのようなことがあり、警察にとっては邪魔な存在だった。
 何かしらのきっかけを見つけてそこから高良組の壊滅を考えていたところにカラーズとの関係が浮かび上がったのだ。
 そして、全てが順調に進み、警察にとっては希望の、久慈にとっては絶望の、結末まであと少し――というところでユースティティアが介入したのだ。
 結果的に警察は高良組を壊滅させるきっかけを失い、高良組はトカゲの尻尾切りが上手くいったことになる。
 ユースティティアは知らず知らずの内に対立する警察の作戦を潰した形になった。
「まぁ、俺としてもこっちの結末の方が良かったけど」
 閉店後、奉日本はテーブルを拭きながら独り言を呟いた。話し手も聞き手も自分一人だが、そうすることで思考は自然と循環する。
 奉日本の店を含む周辺は高良組の縄張りでもある。現時点では不当なみかじめ料等などなく、経営者の視点から見れば非常に運営しやすい。
 裏社会の縄張り争い、覇権争いには興味はないが無視はできない。奉日本は嬉々として悪戯に場を荒らすようなリスクは取らないが、川に小石を置くぐらいのことで流れが変わり、自分にとって利益があるのならそれぐらいのことはしてみせる――それが今回の場合、有栖が動き、ユースティティアがカラーズを逮捕することだった。
 とはいえ、意固地になって積極的にヒントや答えを口にして有栖を動かすような真似はしない。そんなことをすれば、裏社会では目立つし、奉日本の命も危ぶまれる。ただ、ちょっと相談にのるぐらい。それだけだ。
 仮にそれで有栖が動かず、警察が用意していた結末に至り、彼の店の周辺を縄張りにする管轄が代わったとしても、店を続けれるなら続けるし、無理なら畳むし、とそれぐらい楽観的でもあった。
「しかし、面白い人だな――有栖さんは」
 そう思うのは、有栖がトカゲの尻尾切りの尻尾を掴んだことだ。久慈は上手く尻尾であるカラーズを処理できて本体は無事だったと思っているだろう。警察は余計なことをされたと思っただろう。
 だが、今回、有栖は高良組を追っていたわけではない。警察の思惑に勘づいていたわけでもない。更にいえばカラーズ関係の調査をしていたわけでもない。
 黒猫を探していたのだ。全く関係のないことをしていたのに、彼女の行動が全てに影響を与えた。
 トカゲの尻尾切りに成功した、と表現したがトカゲを追っていて尻尾を掴んだわけじゃない。有栖が手を伸ばした先に尻尾があっただけだ。いきなり本体を掴んでいた可能性もあるのだ。
 もし、これが警察の根幹を揺るがす内容だったら? そんなことを想像してみると面白いし、あながち有り得ないとも言い難い。
「さて、謹慎が解けた彼女がまた何かを起こすかもしれないと考えると――楽しみですね」
 そんなことを想像し、奉日本は小さく笑った。
 カラーズの逮捕から一週間後――

「お待たせしました」
 その言葉と共に提供されたのは本日のランチのメイン――鮭のムニエルだった。バターの香りが鼻孔から食欲を刺激し、味にも自信がある一品だが、それを目の前に浮かない表情の有栖がいた。
「ありがと」
「お疲れですね。現場復帰して大変ですか?」
「いや、まだ復帰してないんですよ」
「おや? 始末書がまだ書けてないとか?」
「いや、それはイチさん――あぁ、先輩に書かせたから大丈夫」
「なるほど、大丈夫ではなさそうですが解決はしていますね。では、何故、現場復帰していないのですか?」
「猫ですよ、猫」
 そう言って有栖は手を合わせて、いただきます、と小さく言うと本日のランチを食べ始める。メインのムニエルではなく、サイドの味噌汁を啜った。
「あぁ、あの猫探しは継続中ですか?」
「まぁ、もういいとは言われたんですけど気になりますからね。それに自分にとっては幸運の使者だから見つけたいんですよ」
 有栖なりにあの猫探しをきっかけにカラーズを逮捕できたように思っている部分があるのだろう。併せて、彼女の性格上、解決していないことが気持ち悪くも感じている。
「探し方が悪いのでは?」
「探し方?」
「闇雲に探すのではなく好物で釣るとか」
「好物か……魚とかチュールとか?」
 そう言って有栖は鮭のムニエルを箸でほぐすと口に運ぶ。それを食べた彼女の表情は幸せそうだった。
「魚で良いんじゃないですか? ここのところずっと、この店の裏で鮭を美味しそうに食べてましたし」
「へぇー、そうなんですか……は?」
 続けて白米に伸びていた箸を止めて、有栖は顔を上げる。それぐらいに先程の発言には違和感があった。
「高本さん……もしかして、この猫、見たことある?」
「俺は最初に見たことある、と言いましたよ」
 そう言って微笑むこの店のマスターの顔は今までに何人もの客を虜にしたものだが、有栖にとっては悪魔が悪戯をしたときに見せる笑顔に見えた。そんなことを思いながら、最初にスマホの写真を見せたときの会話を思い出す。
 有栖は大きくため息をつくと、笑顔、というより苦笑いを作って、一言だけ言い返す。
「……今日の夜は全て解決した祝杯に良い酒を開けるから準備しといてください」
「よろこんで」

(了)

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