「何を書いて欲しいの、これ」
 ノートパソコンに表示された始末書を前に、有栖 陽菜(ありす ひな)はそう言って舌打ちを一回した。彼女にそう言わせたのは始末書の一つの項目である『発生した要因について』だった。約三十分ほど、ここに記載する内容を書くために画面とにらめっこしていた。
「有栖……なんや、ぶっさいくな顔してんなぁ」
 有栖は横から近づいて来る声に反応した。同じ課の先輩である一色 誠(いっしき まこと)が笑いながらそこに立っている。
 黒の短髪に無精ひげを生やした冴えない四十代前半の中年男性で特徴を挙げるとすれば右目の泣きぼくろ、といった容貌の彼だが親しみやすく人当たりの良い性格から上司からはイチ、後輩からはイチさんと呼ばれている。
「イチさん……暇なんですか?」
「暇ちゃうわ、昼休憩や」
 もうそんな時間か、と思って有栖はパソコンに表示される時間を見た。十二時半、と表示され確かに昼時だ。彼女の働くオフィスは人の出入りが激しいし、書類関係を作成する以外はここにいることがないので、広々としている室内でデスクに座っている人は疎らだ。同じ課の人間に関しては全員出払っていた。
「有栖は昼飯行かんのか?」
「行きつけのとこがもう少ししたら空くんで、自分はそれから行きます」
「そっか。んで、何を悩んでるんや?」
「この項目です」
「あー、なるほどな」
「話しても無駄だったので、と書いても良いですか?」
「けったいな報告書作んな、差し戻されるだけやぞ。まったく、けったいなんは服装だけにしとけ」
 一色はそう言って、有栖を見て笑う。その一方で彼女は不機嫌そうに彼を睨んだ。