脱皮した緋咲(ひさき)の下半身は鱗で覆われ、一枚一枚が白銀色に輝いた。
 うねりながら猛スピードで近づいてくる緋咲に栖洛(すらぐ)は複数の槍を放つが、鱗がそれを跳ね返す。
 槍が上半身の皮膚を裂いたとしても、緋咲の体に変化は現われなかった。

「なぜ効かんのだ!」

 栖洛が唸るようにそう言うと

「毒をもって毒を制すって言葉、知らないの?」

 と笑った。

 緋咲は尾を伸ばしながら栖洛の体にとぐろを巻いて登っていく。全身を締めあげながら頭部までたどり着くと、小触角のあたりを手でまさぐった。
 栖洛は抵抗するように体を壁に打ち付け緋咲を挟み込むが、彼女が怯むことはなかった。


「恥ずかしい穴、みぃつけた♡」

 緋咲は熱を帯びた声を出すと同時に、探し当てた栖洛の”穴”に腕を無理やりねじ込む。

「なに、を!?」

「アンタだって女の子に散々こういうことしてきたんでしょう?」

 力任せに肉壁を広げて拳を奥へ押し込んでいく。

「う、うぐうううううううう」

 苦しみもだえる栖洛に緋咲の目はらんらんと輝いた。
 腕をねじ込んだ部分に桃色の光が集まる。

「ここから引き出すと、効率がいいのよねぇ? ナメクジちゃん♡」

 力を吸い上げる程に緋咲の瞳がとろけていく。
 徐々に吸収が悪くなると、栖洛の体から力が抜けた。
 それを感じとった緋咲の口が耳まで裂ける。美しく並んだ歯列の犬歯を不釣り合いなほどに長く鋭く変形させると、栖洛の頭に突き立てた。
 栖洛は声を出す気力すらなく体を震わすと床に崩れ落ちた。

 緋咲が牙を引き抜くと同時に歯と口の形状も元に戻っていく。
 痙攣したままの相手を見下して、とぐろを解きながら床へ滑り降りた。




「あー……キモかった」

 頭をうなだれて座り込む緋咲の目が徐々に人間の物へと戻っていく。
 蛇のような下半身も、いつの間にかほっそりとした女性の姿に戻っていた。

 緋咲がそのまま放心していると、目の前の空間が歪んで嗣己(しき)が現れた。
 短く悲鳴を上げて、投げ出していた足を着物の中にしまい込む。

「化け物同士の醜い争い、実に面白かった」

 嗣己はそう言いながらしゃがみ込むと、緋咲と目線を合わせる。

「は!? アンタもしかしてボーっと見てたの!? こっちは色んな意味でヤられかけたんだからね!?」

「俺が手を出さなかったおかげで覚醒したんだろう? 貞操も守れたし良かったじゃないか」

 そう言って笑みを浮かべる嗣己に、緋咲が眉を吊り上げて叫んだ。

「大っ嫌い!!」





 緋咲が服を整えている間、嗣己は栖洛の様子を窺っていた。ようやく体の痙攣が止まって息を引き取ると、あっという間に小さなナメクジに戻った。

「うそ……元はこれってこと?」

 身なりを整えた緋咲が覗き込む。

「さあな。この化け物がどうやって造られたかなんて俺には分からん」

 嗣己が瞳に黒い炎を灯して栖洛の体を焼き尽くした。


「いい加減、明継が死んでいないか確認に行くか」

「は!?」

 立ち上がり、体を翻す嗣己に緋咲が目を丸くした。

「なんで危険だってわかってて置いてくるのよ!」

「明継の世話より化け物同士の戦いを見る方が面白いからな」

「そういうとこ!!!」

 緋咲は慌てて嗣己の後を追いかけた。







 明継(あきつぐ)は朝日を浴びながら、木陰で休息を取っていた。
 彼の周りに大量に存在した蘇りの姿は既に無く、村は静けさを取り戻している。蘇りの本体である栖洛が消滅したことで分身も消えてしまったようだ。

 自己回復能力に身を任せて天を仰いでいた明継は、視界に緋咲が入った途端に勢いよく体を起こした。

「緋咲! 無事だったのか!」

「何とかね」

 ピースサインを掲げていたずらっぽく笑う緋咲は明継が想像していたよりもずっと元気そうだ。
 安堵の表情を浮かべた明継は木に寄りかかろうと体の力を抜いたが、その後ろに嗣己の姿を確認するともう一度身を乗り出して叫んだ。

「嗣己! 急にいなくなりやがって! ふざけんな!」

「生きていたのか。お前がいなくなれば静かになると思ったんだがな。残念だ」

「言っていいことと悪いことがあるぞ!」

 噛みついてくる明継に嗣己が笑みを浮かべたところに、避難していた大紀(だいき)春瑠(はる)が顔を見せた。



「皆さん、ありがとうございました」

 駆け寄った春瑠が深々とお辞儀をすると、緋咲の顔を見て表情を曇らせた。
 緋咲は不思議そうに首をかしげて笑みを見せたが、春瑠の視線はその顔や体についた傷へ向かっている。

「私のせいで傷を負わせてしまってごめんなさい」

 そう言って緋咲の手を握り、目をつぶると桃色の光がふわりと体を包んだ。緋咲の傷がみるみるうちに治っていく。


「お前の力は回復に特化しているのか」

 春瑠の力を目の当たりにした嗣己が興味深そうに言った。
 緋咲も驚いて嗣己に問いかける。

「化け物の自己回復力が異常だったのは春瑠の力の影響?」

「そうだろうな。生贄で脂肪を蓄え、回復力も吸っていたからあんなにでかくなったんだ」

 すっかり全身の傷が癒えた明継がそこに合流して、感心するように呟く。

「春瑠は他人も治せるのか」

「お前の能力より使えるな」

 嗣己が意地悪く返すと、また小競り合いが始まった。


「相変わらず仲いいなぁ」

 それを大紀がほのぼのと見て笑うのであった。





 春瑠と大紀が身支度を済ませると、5人は霞月(かげつ)に向けて村を出発した。
 5人で村の門をくぐり抜けると緋咲が足を止めて振り返る。
 この騒動で二峯村(ふたみねむら)は人口が半分以下に減り、崇拝先も見失ったためか一気に活気を失った。

「信仰心っていうのは厄介ね。あんな神様でも信じる者には希望を与えていたんだもの」

 緋咲は自分のしたことが正しい事だったのか分からなくなっていた。
 春瑠を助けたことに後悔はない。だが悲しみに包まれた村を見れば、栖洛を殺すことだけが正解とは言い切れなかった。

「あいつは村人の心を救っていたかもしれないが、春瑠のような人間がその犠牲になっていた事も事実だ。お前が思い悩む必要はない」

 独り言のように呟いた緋咲の言葉に嗣己が声をかける。
 緋咲は困ったように微笑んだ。

「やっぱり、アンタの事はよくわかんないわ」

 嗣己はそれに返事をすることなく、

「行くぞ」

 と短く告げて歩き始めた。