大紀(だいき)の元で食事をとっていた明継(あきつぐ)の目の前に、何の前触れもなく嗣己(しき)が現れた。

「な、な、な!?」

 唐突な来客に腰を抜かした大紀が言葉にならない声を上げる。

「お前さぁ、こうなるの分かってやっただろ」

 その様子を見ていた明継が呆れて言うと、嗣己が笑った。

「純粋なやつは好きだ」



「この意地の悪いやつは嗣己。同じ里にいて、俺の……なんだ?仲間じゃないよな?いじめっ子か?」

「明継の飼い主だ」

 嗣己に突っかかる明継を見て大紀は目を瞬かせたが

「よくわかんないけど、仲よさそうだね」

 と言って笑った。



 食事の誘いを断った嗣己は明継の顔を見た。邪魔をするなというオーラを跳ねのけて

「報告しろ」

 と催促すると明継がしぶしぶ話し始める。

「屋敷にいるのは春瑠(はる)っていう女の子で大紀の身内だ。化け物の世話が春瑠に変わってからアイツは昔よりでかくなったらしい」

「奴は力を集めてあそこまで肥大化したのか。ここは何のためにアイツを祀っているんだ?」

 大紀に視線をやると、慌てて口の中の物を飲み込んで答える。

大神様(だいじんさま)は人間を蘇らせる力を持っているんだ」

「ふむ。面白い」

 嗣己が興味深そうに身を乗り出した。

「この村って閉鎖的だろ? 女との交わりは禁止されてるから赤ん坊はいないし、よそ者も受け入れない。なのに村の人口をこれだけ保っておけるのは、大神様が人を蘇えらせるからなんだ」

「それはどうやってやるんだ?」

「人が亡くなったら屋敷の入口に死体を置いておくんだ。すると数日後にはその人がピンピンして帰ってくる」

「なるほど。生贄を欲しがるのはその後か?」

「うん。どうしてわかるの?」

「恐らく口直しだろうな。奴は人を喰って取り込むと、その情報を元に自分の細胞で全く同じ容姿の人間を生み出すんだ。そうするとどうなる?」

「自分に従順な分身が増えていく……?」

 明継の答えに大紀が表情を曇らせた。

「そうだ。この村ではどれくらいの人間が蘇っているんだ?」

「たしか、半分以上は蘇りだと聞いてる」

「なるほどな。そいつら全部を処分する事になる」

「全部!? 村の人たちを殺すのか!?」

 大紀が驚いて声を張った。
 嗣己は自分の口元に指を当てて、静かにするように手振りで指示する。

「半分以上は人間じゃないんだ。その大神というやらが傷つけられたら、あっちから殺しに来るぞ」

「きみたちは……春瑠を助けてくれるんだよね?」

 不穏な空気に大紀が恐る恐る聞くと、嗣己は明継に呆れたような視線を送った。

「お前はこいつと友達ごっこでもしているのか?」

 明継が顔をしかめて口を尖らせる。

「言っておくが、俺たちは能力者を回収しに来ただけだ。この村を救うわけでも、誰かを助けに来たわけでもない。状態次第では女もお前も殺す」

 切り捨てるような物言いに明継が我慢ならずにくってかかった。

「お前は言う事が極端なんだよ。問題がなければ俺たちとこの村を離れられる。大丈夫だよ」

 大紀を安心させようと言葉をかける明継に今度は嗣己の顔が歪む。

「何が大丈夫だ。何回も死にかけているくせに」

「どうせ拒否権はないんだろ?だったらここでプレッシャーかけたって意味ないじゃないか」

「だからと言って慣れあってどうする。お前がこいつを殺すことになるかもしれんぞ」

「っ……」

 口をはさむ暇もない二人の言い合いを眺めていた大紀は困惑した表情を見せていたが、明継が言葉を詰まらせたとき、その脳裏に浮かんだのは春瑠の顔だった。

「でも……春瑠をあの屋敷から出してあげられる可能性はあるんだよね?」

 明継が目を見開いて大紀を見つめた。

「もちろん!」

「それなら今は何でもいい。まずは春瑠を助けることだけ考える」

 大紀の瞳に強い光が宿った。


 明継はそんな彼に笑みを見せたが、嗣己は水を差すように

「明継みたいな奴がもう一人増えそうだな」

 と言ってため息をついた。


「緋咲は今どうしているんだ?」

 明継が嗣己に問いかけた。

「計画通りだ。鍛錬した甲斐あって、春瑠より緋咲の方が力の質が高い。化け物もそれを感じ取ったのか巫女の交代を言い渡したぞ」

「嘘だろ!?」

 そう叫んだのは明継ではなく大紀だ。

「大神様は巫女が交代になると前任者を食べるんだ。春瑠が食べられる!」

 顔を真っ青にして慌てふためく大紀を嗣己はすました顔で見つめた。

「今晩はせいぜい貞操を無くすくらいだろ。まぁあの化け物の事だ。既に失っているだろうが」

「あいつそんなこともするのか!?」

 驚きの声を上げた明継の横で大紀はそわそわとして落ち着かなくなった。

「やっぱりすぐにでも――」

 大紀がそう口にした途端、彼の体が急に脱力した。瞳はくすみ、ぼんやりとどこかを見つめている。

「え……大紀?」

 明継は一瞬戸惑ったが、自分の横で眉間に皺を寄せる嗣己を見て直感した。

「……お前、こんなこともできるの?」

「あぁ。うるさいやつにはこれが一番効くからな。お前も覚悟しておけ」

「やだ、こわい……」

 震える明継をよそに、嗣己が話を進める。

「緋咲には勝手な行動をするなと釘を差した。が、恐らく今晩、勝手に動くだろうな」

「え!?」

「化け物と対面した時、娘の異様な様子を見て居ても立ってもいられんようだった」

「じゃあどうするんだ?」

 明らかに気がはやっている明継が食い気味に問いかける。

「緋咲が宿場を抜けて屋敷に向かったら合図を送る。お前らはいつでも行けるように準備をしておけ」

「それで俺は緋咲を助けに行けばいいんだな?」

「違う。お前は分身の雑魚を叩け。本体は緋咲1人にやらせる」

「は!?」

「計画は以上だ」

 それだけ言い残して嗣己が姿を消すと、大紀の意識が戻った。