入学式の日、私は思わず隣に座った男子生徒を二度見した。
配られたばかりの生徒名簿表に目を落とす。
『阿部麻子——伊坂翔太——伊藤一郎——海野なぎ——』
私の名前は海野なぎ。その一つ前の彼の名前は、伊藤一郎。…やけに普通の名前だ。普通すぎる、とも言う。
(嘘でしょう…?)
つい先日、僧侶服を身に纏って、おかしな山で河童を見た彼。それが、学ランと革靴で学校のパイプ椅子に収まっている。しかも、真隣に。
ここは地元の中では一応進学校の部類に入る高校だ。正直に言って私はもっと上の偏差値を目指せた自信があるが、それはそれ。これはこれ。
寺の枯れた藤棚の上で雨の中昼寝をしていたような人間が、受験勉強を頑張って合格を勝ち取る……そんなことがあり得るのだろうか。いや、あり得てしまっている。
現実に、ここに、いるのだから。
…彼にも、名前があったのか。そんな当たり前のことにすら、思い当たらなかった。人間の名前。とても人間らしい名前。精霊と交流するにふさわしい、陰陽師や魔法使いのようなキラキラネームではなく、ただの『伊藤一郎』。
隣で澄まし顔をしている彼。そのあまりにも意外な場所での再会に頭がいっぱいになって、入学式の内容はほとんど聞こえてこなかった。
それぞれの教室へ退場した後、私たちは連絡先の交換で忙しくなった。お互いに簡単な自己紹介をして、一言二言挨拶を交わす。偏差値が高い学校は大体こうだという噂通り、いわゆる“性格が良い人“が多い印象だった。中学校で生徒会や学級委員を担当してクラスを引っ張ってきた世話焼き係が、ぎゅっと凝縮されているようなイメージだ。もちろん寡黙な人、お調子者、おっとりマイペースな人など、様々な人間がいる。しかし、ヤンキーや番長はいない。平和だ。
ふと伊藤一郎くんの方を盗み見ると、彼は自分から歩み寄っていくことこそないものの、寄ってくる人には当たり障りのない対応を続けていた。
窓際の席なので、太陽光を浴びて全身が白く照らされている。
…やはり、白蛇だ。そう、私は思った。
もやしのようにヒョロリと縦長の身長。静かな切れ長の眼。運動はあまり得意な方ではなさそうだ。勉強は……まあ、ここにいるということは、ある程度はできるのだろう。
「…それじゃあ。海野さん、これからよろしくね。」
「うん。よろしく。」
はにかみながら手を振って離れていく新しいクラスメイトの一人…牧田恵里さん、といった…から目を離した後、私は心を決めた。
彼の方へ歩いて行って、机の前で立ち止まる。
「こんにちは。伊藤くん。」
「…ん?…ああ、また会ったね。」
藤神寺ぶり。そうサラリと言ってのける伊藤くんの言葉に、やはりあの時の記憶は夢ではなかったのだと思う。
彼の声も容姿も、山で会った時と変わらない。しかし、やはり何かが違う。学ランに革靴の姿も似合ってはいるのだが、どうしても別人に見えてしまう。
「勉強…得意だったんだね。」
「頑張ったから。あとは運だよ。」
「そっか。…あの、塾とか行ってたの?なんか、あの山の中だと気分がスッキリのんびりしちゃって、あんまり勉強する気にならなかったりしないのかなぁ、って思ったんだけど。」
「いや。僕は独学だよ。」
「そうなんだ。すごいね。」
伊藤くんの話し方は流れる水のようで、聞く方も自然にリズムに乗ってくる。それでもやはり、私の気分がぎこちなくなってしまうのは、その語りの内容がどこか高い山野で響く木霊のような、ここではない場所で鳴っているもののように思えてしまうから。
ハッと気がついた。
—————伊藤くんは、私の目を見ていない。
衝撃的な事実だった。山を訪れたとき、私は彼の射竦めるようなまっすぐな視線にたじろいだ。まるで蛇神様の化身のような、切れ長の美しい目に吸い寄せられるように、あの不思議な寺のお湯池へと導かれたのだ。あの強く雄々しい目の光は今、伏せられて、どこか虚空に逸らされている。
どう頑張っても、私の視線と彼の視線が、合わない。
「…伊藤くんは、あのお寺に住んでいるの?」
ふっと話題を転換した私の問いに、伊藤くんは素直に頷いた。
「うん。家族全員あそこで暮らしてる。」
「……精霊たちも一緒に?」
私の問いかけを聞いて、伊藤くんは心底驚いたようだった。まさかこの現代社会に、精霊の存在を大真面目に問う人間がいたとは、とでも言うような表情だった。…河童を見たのは、一体誰と誰だったのか、まさか覚えてないわけでもあるまいのに。
私は全く気にしていない風を装って、そっけなく尋ねた。
「私、またあそこに行ってもいい?」
「…無論。」
伊藤くんは、一も二もなく、といった調子で頷いた。
「寺は、万人に開かれた場所だから。」
♢
オレンジ色の太陽の光が、さんさんと降り注ぐ。バス停近くの山路の入り口には、相も変わらず藤の花が咲き乱れていた。そして、登って行く先の山奥には一切藤の紫が見られず、静かな森の景色が広がっていることも以前と同じ。
四月十日。
学校帰りに私が訪れたここは、それでも前回とはだいぶ様子が違っていた。『藤神寺』の名を冠したこの寺は、今の季節、満開の桜に飾られているようだ。真っ黒な土へ薄紅の花びらがひらひらと舞い散り、まるでふかふかの絨毯のようである。
木漏れ日を浴びながら門の内側を覗いてみると、枯れ果てた藤の残骸が絡みついている藤棚がある。そこに、居眠りをする伊藤くんの姿はなかった。
……まあ、いつでもあんなおかしな場所にいるわけはないか。
気を取り直して、中へと足を踏み入れる。奥の方には本殿が建っているが、手前も空っぽの空間ではなく、植物や小さな建物などが並んでいた。ゆっくりと、庭園を散歩するようにぐるりと辺りを回ってみる。ふと、そういえばおみくじが引けるんだっけ、と思い出した。たしか場所は、『池を回って鐘つき堂のすぐ隣の赤い箱』。前回“お湯池“へきゅうりを置きに行った時にチラリと見たので、大体場所はわかる。
ちょっと引いてみようかな、とそちらへ足を向けた。
案の定すぐに見つかった。朱塗りの木箱が、ポストのように屋根の下に立っている。お金を入れる穴と、手を突っ込んでくじを引くための穴の二種類の穴が空いていて、勝手に参拝客が引いていけるようになっていた。当然、売り子はいない。これではお金を払わずにくじを根こそぎ盗み出すことも簡単にできるだろう。
…参拝客を信頼しているのか、それともお金を稼ぐ気がないのか。
私は百円玉をポトンと落として、一番上の紙を取り出した。広げてみると、白い和紙に、「大吉」の文字。筆と墨汁による手書きのものだった。
「————大吉が出ただろう。必ずそうなるんだ。」
「……へ?…う、うん?」
心臓が止まりそうになった。
ぎょっと振り向くと、どこからともなく現れた伊藤くんが、無表情でこちらを見つめていた。
墨染の僧侶服。狐のような切れ長の、優しい瞳。くしゃくしゃの黒髪。濡れ鼠になっていないことを除けば、初めて会った時と同じだった。
一体どうして私が来たことがわかったのか。逆に、どうして私は彼に気付かなかったのか。
「どうした?早く中身を見ないのかい?」
「…あ、うん…。」
妙に居心地が悪くなって、私は引いたばかりのおみくじに目を落とした。
『日々精進を怠らざればすなわち幸福への道よく開くべし』
……ようは一生懸命頑張れ、ということだろうか。読み終わった後も手元を見つめ続ける私に、伊藤くんが優しく目を細めた。
「海野さんに吸い寄せられた紙だ。きっと中身は本当だ。」
「…なるほど確かに私の性格には合っているかも…でも、あまりにありきたり……」
「気に入らない?」
伊藤くんが真っ直ぐに私の目を覗き込んだ。
「じゃあ、燃やそう。中に火鉢がある。おいで。」
「え?!あの、別にそんなんじゃなくて…、なんていうか、その、ただ私が面白くない人間だなって感じただけだから……」
「いいから。この寺は普通の寺じゃない。くじを燃やしても罰は当たらない。」
私の前に立ち、さっさと案内を始めた伊藤くんを、私は慌てて追いかけた。私の家の周囲には神社が多く、寺にお参りをした経験は少ない。参拝の礼儀作法は言うまでもなく、本堂へ上がってしまいそうな勢いの伊藤くんを見ていると、随分と不安になってきた。
本堂は仏様のための空間なので、無闇に上がってはならない空間…なのではないのだろうか。いや、例外は案外あるのかもしれないが、少なくとも私はそんな寺に入ったことがない。
……落ち着こう、自分。
私は静かに深呼吸をした。すうっと綺麗な森の空気が肺を満たし、豊穣な香が全身を浄化してゆく。ゆっくりと目を開けた私に、伊藤くんが前を向いたまま語りかけた。
「一つだけ約束がある。本堂に上がったら、誰かを呪う言葉を吐いてはならないよ。」
「……もしもそれを破ったらどうなるの?」
「何も。これは最低限の礼儀だ。」
「なるほど。」
何に対しての礼儀だろう。
私は静かに思いを巡らせた。仏様に対して?それとも、山に棲む精霊たちに対して?はたまた、自分自身の心に対して?なんでもいいのかもしれない。そもそも、どうして誰かを呪う言葉、というものだけが禁じられているのか。素直に納得できるような気もするが、よくわからないような気もする。
胸に渦巻き出したモヤモヤを、私は何気なく、口に出して呟いていた。
「一体、礼儀って、なんだろう……。」
「宇宙全部に対しての、真摯な心だ、と思う。」
「え?」
私の独り言にも近い呟きに、いつの間にか伊藤くんはわざわざ足を止めて振り返り、まっすぐに私の目を見つめて答えていた。
「…宇宙?」
「精霊の棲む場所、全部のことだよ。仏の御前で、この宇宙に毒を垂れ流すのは許されないだろう。鏡を見た時に、目をそらさずに見つめられる自分でいるんだ。自分の心に嘘をつくわけじゃない。清くあろうと努力する時、人間は真に清くなる。」
…この言葉を、誰か他の人に言われたならどうだったろう。と、不意に想像してしまった。
…学校の担任の先生が言う。これは滑稽だ。…親が言う。何か深刻な悩み事でもあったのかと不安になって、複雑な気持ちになりそうだ。…姉が言う。案外彼女なら似合う台詞かもしれないが、私はきっと反発しただろう。
清くあろうと努力するときに、人間は清くなる?仏の御前で、この宇宙に毒を垂れ流すのは許されない?
清い、って何だろう。宇宙に垂れ流す毒とか、かっこいい言葉で飾っているだけじゃないのだろうか。許されないって、誰が何を許さないんだろう。
「……そう、だね。」
私は微笑んだ。
伊藤くんは、そのどれでもなかった。滑稽でも、不安を誘うことも、反発を呼ぶことも、ない。
なぜだろう、と疑問に思って、そしてその答えは、彼の目を見つめた時にわかった。
伊藤くんは、清い。
泣きたくなるほど清い魂が、そこにあった。
触れ合う魂までもが滝の水に漱がれるようにさあっと浄化されて、彼の言葉の数々がすうっと胸の中に入ってくる。
こういう人を、天性の住職と呼べばいいのではなかろうか。
私は静かに目を伏せて、ゆっくりと息を吐いた。
私たちは揃って靴を脱いで本堂へ上がり、一礼してひんやり静かな暗がりへと身を滑らせた。お邪魔します、という呟きは、建物の静けさに溶けてゆく。
中は暗かった。板敷の床は磨き上げられて黒光りし、意外に狭い長方形の部屋の、奥の一段高くなったところに仏殿があった。木魚や経典など、仏教関連の道具などもちらほら見かけられる。私は言われるままに手元のおみくじを伊藤くんへ手渡し、部屋の真ん中に置いてあった火鉢の中へその紙が焚べられるのを眺めた。
静かに燃ゆる紅い炭。メラメラと白い紙を呑み込んでゆく、オレンジ色の炎。残る後には、ただ崩れかけた灰が燻るのみ。私のおみくじは、燃えて消えた。
「燃えた…。」
「これを、仏様がご覧になった。次は、もっと心を慰めるにふさわしいおみくじに巡り合うように心を砕いてくださる。」
本堂の奥の仏殿。そこに、木彫りの仏像が鎮座している。
しかし、私が当初想像していたような金ピカの大きな仏像ではなかった。
じっと見つめるだけで、無骨な木の感触までが伝わってくるような、素朴な人形。一本の、大して太くもない木の丸太を彫りぬいて作ったのだろう。塗装も、きっと油を擦り込んだくらいの簡素なものだ。
子供がもつテディベア人形ほどの大きさ。穏やかな坐臥の姿勢で、薄目で茫洋とした虚を見通している。
「…仏像って、こんなに小さいものもあるんだね。」
「見た目の大きさは関係ない。要は、度量がどれだけ大きいかなんだから。」
「お釈迦さまの心なら…宇宙と同じくらい広いのかな?」
「無論。」
手を合わせて祈る。それが終われば、ふうっと息を吐いて辺りを見回してみた。色々な面白いものがある。少し埃っぽいけれど、薄暗くて静かな空間が私の呼吸を穏やかにする。ふと、木魚や経典などの仏教関連の道具に紛れて、普通の本棚が置いてあるのに気付いた。
あれっと思ってよく見ると、糸綴じの黄ばんだ古書から、現代風のペラペラの本、文庫本、大学ノートのようなものまで置いてある。
私の視線に気づいたのか、伊藤くんが本棚を見ても良いよと促した。
「古い本は、この山の精霊に関する本がほとんどかな。新しいのは僕が持ち込んだんだ。教科書やノートを広げるのは、きまってここだったから。」
「え?…仏様の御前で勉強するの?」
「無論。」
「す、すごいね。私みたいな一般人がそんな真似したらバチが当たりそう…。」
私が恐る恐るそう言うと、すぅ、と伊藤くんが優しく目を細めた。銀の半月のような静かな光が、その瞳に宿っている。ここにいるのは神様ではないか、という奇妙な感覚が湧いてくる。寺の人間だからとか、そんなのは関係なく、神の気を帯びている。思わず吸い込まれるようにして見つめてしまった私に、伊藤くんは静かに言った。
「僕も普通の人間だ。」
そ、そうだよね、あはは。ちょっと冷や汗をかきながらそう誤魔化すように言って笑った私に、伊藤くんは真顔で言葉を繋いだ。
「……まあ、どちらにせよ問題ないけどね。僕はもう勉強をしないから。」
「え?」
あまりにも予想外の言葉に、一瞬思考が停止する。
…勉強をしない?なるほど、受験が終わったからのんびりするのは当然だろう。ただ、“しない”とは?
私は大いに戸惑った。
勉強をしたくないと言うのなら、わざわざ進学校を受験した意味がない。社会的なステータスが欲しかったから?学歴だけいいものを取って、後は野となれ山となれ?
いや、伊藤くんはそんな人間には見えない。むしろ世俗の地位や名誉など鼻から関心を持っていない孤高の僧侶そのもののように思える。
「どうして勉強しないの……?」
「もう、僕に勉強は出来ない。苦行なんだ。興味がないことを無理やり覚えようとすれば、教科書を開いただけで真っ黒な文字の群れがぐるぐる渦巻いて襲ってくる。文字が僕を殺しにくるんだよ。結局、僕に勉学は向いていなかったんだね。」
…受験に合格したのに?
進学校を受験する人間に、こんな人がいるとは思わなかった。私は呆気にとられてしまった。とても信じられるような話ではない。しかし同時に、“文字が僕を殺しにくる”という彼の言葉が、誇張だとも思えなかった。それはあまりにも現実的で、剥き出しの真っ正直な言葉だった。
「でもそれは、学校に行かない理由にはならない。」
「そうなの?」
「僕もおみくじを引いたことがある。僕は精霊のお告げに従う。」
それきり伊藤くんは沈黙した。私も黙って、ただ目の前に座臥する仏像を見つめ続ける。線香の香が燻り、板窓から僅かに差し込む光が中を淡く照らす。
やはりここは寺なのだ。
私は静かに納得した。本堂において、人の心は浄化される。これは真実なのではないだろうか。
—————静謐。
そんな言葉が似合う板の間に、ふと、ポツリ。という音が響いた。
「…あれ。」
伊藤くんが静かに席を立った。おいで、と無言のジェスチャーに促されて、私も立ち上がる。
二人で静かに窓際へ寄ると、さあさあと雨が降っていた。おや、今回もまた雨になったのか、と思って空を見上げれば、黒い雨雲の影も形もない。真っ青な春の空が、爽やかに晴れ上がっていて気持ちがいい。それなのにあら不思議。視線を下に向ければ、美しい水色の雨が糸を引いてポツリポツリと落下し、地面の黒染みを増やしてゆく。
「狐の嫁入りだ。」
伊藤くんが、押し殺した呟きを漏らした。
えっと目を凝らしてよく見ると、なるほど。確かに向こうの林の奥で、鬼火のようなものが一列になって赫く揺れている。しかしどうにも遠いので、よくよく睨んでもあまり様子が見えない。
伊藤くんが、端に寄って窓の真ん中を空けてくれた。ほとんど頭を突っ込むようにして、私は乗り出した。
すると…見えた。桜の樹の合間に、ちらり、ちらりと桃色の着物が見え隠れ。あっと思った時にはもうそれは見えず、時折ぼんやりした灯りが煌めくだけだった。
鬼火が次第に遠ざかるにつれ、雨の勢いは弱まってきた。
完全に晴れた時には、もう嫁入り行列はどこにもない。
雨に叩かれて散った桜の絨毯のみが、土の上に分厚く折り重なってしっとり濡れていた。
あぁ…と私は名残惜しくため息をつく。もっと間近で、しっかりとした姿を見たかった。悔しそうに俯く私に、伊藤くんは「落とし物を拾いに行こう。」と呼びかけた。
「落とし物?」
「狐の嫁入り行列の跡には、大抵誰かの落とし物が転がっている。無論拾っていいものといけないものがあるから、僕がいる日以外はだめだけど……今日は幸運だ。どうする?」
「……行ってみる。ありがとう。」
「どういたしまして。」
伊藤くんに連れられて山を歩き回り、やっとの思いで私が拾ったのは、小さな銀の鈴だった。
他にも漆塗りの簪や寄木細工の手鏡など、心惹かれるものをいくつか見つけたのだが、「盗みを働いたと思われる。狐狸に恨まれると面倒だから別のを探そう。」とキッパリ制されて断念した。
鈴は、かなりの量が落ちていた。子狐が着物のあちらこちらにぶら下げて踊りながら駆け回るので、プッツンと途切れて失くしてしまうことが多い。いちいち誰が何をつけていたのか、はたまたいくつつけていたのかすら把握されていないので、持っていってしまって問題ないのだそうだ。
私は、鈴を二つ拾って、両方鞄に結びつけた。
赤い紐を通して、丸いさくらんぼのように、ぶら下げる。
狐の銀鈴は互いにぶつかって、チロン、と可愛らしい音を鳴らした。