「ジリリリリリン・・・ジリリリリリン・・・」
 やかましいほどの大きな音に「はいはいっ」と少しめんどくさそうな声で応え目覚まし時計を止め、体を起こす・・・。
 そんなふうに私の一日は、始まっていく。

 朝ごはん作りは私の担当。
 そのせいで朝は早く起きないといけないから嫌いだ。今思えばこうなったのは、幼いころの自分のせいだった。
 小さい時は褒められると無性に嬉しかった。
 褒められるのが好きでよくサプライズをしていた。
 あの日も・・・急に『朝ごはんを作ってあげたら喜んで、褒めてくれるんじゃないか』と思って始めたことだった。
 お母さんが朝、お風呂に入っている間に食パンを四枚並べレタスを取り出し洗う。そして水をきってパンの上に置いて、
ハムとチーズをのっける。そして最後にまたパンを置いて、、
「よしっ。でーきた!」
 そういって、何の変哲もないハムチーズサンドができた。
 でもそのハムチーズサンドに私は夢いっぱいの妄想を広げていた。

 すると、お母さんが濡れた髪を拭きながらリビングに入ってきた。
 私はそんなお母さんに駆け寄り、『どう?すごいでしょ?すごいでしょ?』と言わんばかりの勢いで
「きょうのあさごはんね、ゆみがつくったんだよ!ほら!」
 そういってダイニングテーブルを指さした。
 お母さんに目線を戻すと、お母さんの顔はみるみる笑顔が広がっていき、
「すごいね!すごいじゃん!お母さん幸せいっぱいだよ~!ありがとう!
 そしたら今日の夜ご飯は優笑の好きなハンバーグにしよっか!」
 と言ってたくさん褒め、たくさん喜んで、私を痛いくらいにハグしてくれた。
 そのお母さんの反応が、今でも鮮明に覚えているほど嬉しかった。

 私は、その反応をもう一回見たいがゆえに次の日も、その次の日も朝ごはんを作ってしまった。
 そして気ずいたら、もう褒めてくれなくなっていて、、
 そればかりか朝ごはんを私が作るということが『当たり前』へと変わっていた。

 そして今日も私は台所に立った。
 意識しなくても何年間もほぼ同じような動作の繰り返しだから勝手に手が動く。
 そうやって、どうでもいいようなことを考えているうちに
「お姉ちゃん、・・・はよー。」
「優笑、おはよう。」
 という感じでだいたい、碧唯(小三の弟)、お母さんの順で起きて来る。
 私は二人に「おはよ」と短く返し、ほぼ無意識に作り上げたいつもの野菜スープとうっすら焼き色のついたトーストを
三人分用意し並べると、
「いただきます。」
 と二人を待たずに私一人で朝ご飯を食べ始める。
 そんな感じで学校に行く準備を進め、どこにでもあるような普通の制服を着てリュックを背負い、
「いってきます。」
 と返事のない挨拶をして、一番最初に家を出た。
 お父さんは朝が遅く、夜も遅いため平日はほぼ会わない。
 だからいつもカラの食器だけ台所に置いている。

 私の通う中学校には徒歩二十分程度で行ける。
 私は一緒に行く約束をしていないため一人で登校している。
 やっぱり今はマフラーをしていないとまだ寒い。
 途中で葉を一枚も付けていない木を何本も見た。
『寂しい景色・・・』
 そう心の中でつぶやく。
 そんなこんなでぼんやりと歩いていると毎日、数名のおばあさんやおじいさんに「おはよう。」と言われるので会釈だけしてすれちがう。
 ・・・もう慣れたけど、入学したばかりの時は挨拶をされてあたふたしてしまったな。
 と、急に昔のことを思い出した。
 そうしているうちにいつの間にか二十分という時間が過ぎ、中学校に着く。
 昇降口まで行き、上履きに履き替え、私のクラス・・・二階の『一年三組』と書かれた一番端っこの教室に行く。
 そして、迷い一つなくクラスに入りやや後ろの席まで行って、リュックをおろし、ようやく家を出てから最初の一言を口に
した。
「おはよ。」
 それは、隣の席の水島歩ちゃんに向かって言ったものだった。
 歩ちゃんは私の方に顔を上げ「おはよっ!」と笑顔で返してくれた。
 そのまま私は話が止まらないようにリュックから物を出したりと手を動かしながら、話題をだす。
「そういえばさ、今日の一時間目、国語の小テストだったよね?」
 うん。われながら違和感のない今にピッタリな話題が出せたと思う。
 ・・・多分だけど。
 そう私が少し考えているうちに彼女の目は見開かれ、
「うそっ。そうだっけ?やばい。勉強してないや!」
 と焦りの声を上げた。
 私はそんな彼女の反応に対して、
「大丈夫。私も勉強してないから、これから一緒に勉強しようよ!」
 とかえす。
 あんな感じの答えが返ってきたとき、私はたいてい今みたいに返す。
 それは私の経験上、あの答え方が一番人に嫌がられないものだと思っているからだ。
 人はやばいと焦りを感じたとき、だいたいの人が本能的な感じではじめに仲間を探す。
 だから少しでも仲間だって言ってあげるのが一番いい。
 そんな風にいろいろ気を付けながら会話を続けて授業が始まったら真面目に授業を受ける。
 そしての授業の間にある五分の休み時間は、授業準備をしっかりして、誰がやるかをしっかり決めてないため最悪の場合次の授業開始時間まで残ってしまう黒板の文字を丁寧に消す。
 二五分のやや長めの昼休みでは、歩ちゃんつながりで仲良くなったグループと教室でおしゃべりしたり、校庭でバレーを
したり、時には先生の手伝いと称して、いわゆる『雑用』をやったりしている。
 そして、先生に話しかけられると丁寧かつ先生がその時『こう言ってほしいであろう』ような言葉を並べて返す。
 今日は先生に「昼休みが始まったら先生のところに来るように」と言われたので先生の所に行く。
 ただ・・・今日は場所さえ言わず要件だけ言って去ってしまったので先生をまず探さなければいけない。
 まず、一番先生がいそうな職員室。
 コンコン・・そう扉をたたき、職員室の扉を開き「失礼します。一年三組の七香優笑です。」と私の名前を言いながら頭の中では思考をフル回転させる。

『もし、先生が職員室にいた場合、ここで「おお、優笑か。ここに来てもらってもいいかな?」と話し始めてくれる。
 だけど今日はなにも返ってなかったため、『先生はいないな。』とすぐ判断した。だからここに用はない。
 ただ開いたのは職員室の扉だ。もし誰のいない会議室や多目的室ならいないと分かれば途中で言葉をきり、そこを後にする。
 でもそれは、『誰もいない』からこそできること。この職員室ではできないな。』

 そう考えた末に自分の名前を言った後、「担任の福永大輝先生はいらっしゃいますか?」と続けた。
 すると意外なことに私の近くにいた先生から、
「あぁ、福永先生ね。先生、今お手洗いに行っているから多分すぐに戻って来るわよ。」
 と言われた。そして、
「だから、戻ってくるまでの間先生の席の横で待っていたら?」
 と続けて言われた。
『え・・・先生の机の横って、周りにもほかの先生いるのに。
 でも、先生に ”大丈夫です” と言ったとして、なんて理由を説明したらいいんだろう。。』
 そう考えていたせいで少し返事が遅れてしまう。
 ただ、これ以上理由を考えたところですぐにいいアイデアが思いつくとは思えなかった。
 だから、断ることができず
「ありがとうございます。そうさせていただきます。」
 と言い礼をして、先生の席に向かった。
 ただ、そこに着いてようやく気が付いた。
 『先生の席に行っても何もすることがない・・・!』
 するとそのことに気が付いてから、だんだんと気まずさが増えていく。
 私は、斜め下を向いて
『どうしたらいい?何をするのが正解?』
 と自問自答を繰り返した。
 すると、不意に
「優笑さん・・・だったよね?」
 そう話しかけられた。
 少なくとも福永先生の声ではなかった。
『誰だろう。知ってる先生、、かな?』
 そう思いながら声がした方に顔を上げた。
 そこには二十代くらいの若い女性の先生がいた。
『・・・知らない先生だ。』
 すぐにそう思った。私は先生の名前がわからないことに焦りながら、
「はい。そうです。」
 そう答えた。すると、
「やっぱり!あなたが優笑さんなのね!福永先生、いつもあなたのことを『しっかり者がいて助かっている』って褒めている
のよ!」
 と言ってくれた。
『・・・そうだったんだ。知らなかった。私は”しっかり者”なんだ。』
 そう思い、驚きながらも
「そうだったんですね。ありがとうございます。」
 と、とっさに笑顔をつくり軽くお辞儀をする。・・・と、
「そうだぞ。いつも助かっているんだからな。」
 と後ろから太く、そして低い声がした。
 びっくりして反射的に後ろをふりかえった。
 そこには、私が待っていた福永先生がいた。
「先生!いつから後ろにいたのですか?」
 私は気づくとそう聞いていた。先生は
「ちょっと前・・・ぐらいかな。優笑、来てくれてありがとう。」
 と笑顔を見せながら言ってくれた。

 先生からの頼み事は、今度転入してくる家族への資料分けとその資料のホチキス止めを『不器用な先生の代わりにやって
ほしい』ということことだった。
 昼休みの残り時間はあと十五分残っている。
 部活には遅れたくないから、急いで終わらせよう。
 私は急いで、だけど走らずに先生に言われた美術室へと足を向けた。
「失礼します。」
 美術室に行き、昼休み二回目の挨拶をして美術室に入る。
 私が来る前に誰かが来たのだろうか。
 美術室の窓ガラスが開いていて、窓から冷たい風が吹きつけた。
 ”パラパラパラ”・・・音の方を見てみると、風のせいで数枚の紙がひらひらと落ちていた。
 資料だ。
 入った時には気づかなかったが、一番端の机に数枚の紙がバラバラになっていた。
 私が来る前にも風が吹き込んだのだろう。
 さっき私が落ちるのを確認した紙の枚数よりも多くの紙が落ちている。
 資料の枚数が足りなくて探さなければならなくなるという最悪の事態にならないよう急いで資料のある机に向かう。
 そして周りに落ちていた資料を集め、枚数を確認・・・。
 うん。しっかり全部ある。
 そう確認して胸をなでおろす。
 でも、時間はどんどん「チクタク・・」と進んでいく。
「この量なら、終わるはず。」
 そうつぶやき、先生の指示通りにテキパキと作業を進めた。

 何とか時間内に終わらせ、私が作業している間も冷たい風を室内へと送り込んでいた犯人となっていた窓ガラスを閉め、まとめ終わった資料と共に職員室へ急ぐ。
 そして、先生へ手渡した。すると、
「おお、もう終わったのか。仕事も早いなんて完璧だな。」
 そう言われた。
 完璧か・・・。
 そうあいまいな感じにとらえつつも
「ありがとうございます。褒めていただけて、うれしいです。」
 そう、急いで作り上げた笑顔を向けて答えた。

 その後の授業も眠くなる時もあったものの、しっかりと受け、帰りの会は先生の手伝いや手紙の配布などせかせかと教室を
動きまわる。
 放課後は、遅れないよう急いで部室に向かう。
 私は、女子バレー部に所属している。
 理由は、二、三年生が県でも一位、二位を争えるほど強いと聞いたからだ。
 それが何で理由なのかというと、普通にすごい人たちに混じって練習することによって目で学んだり、聞いて覚えることが
できるからだ。そして、そのことにより私ももっとうまくなっていける。・・・そう思っているからだ。
 入部してまず感じたのは、一人一人のレベルの高さが高かった。
 先輩の中でも一人、十九歳未満の日本代表にもなってる先輩がいた。
 その先輩は、上手い先輩の中であってもプレイですごく目立っていて、いろんなことが一人でできていて、そしてチームも
うまくまとめられていて本当にかっこよかった。
 そのほかにも背が高い先輩、ジャンプ力がすごい先輩、飛んできたボールをきれいにとる確率がものすごく高い先輩など
など・・・。
 本当にこんなにすごい人がたまたまこの中学校の学区に集まっていることが奇跡すぎているんだろうなと思うほど、
すごかった。
 ただ、そのこともあって練習量がとてつもなく多かった。
 外練習では陸上部より走って、中練習では男子バレー部よりも長い時間、そしてハードで難しい練習をしていた。
 だから同じ学年の子もその練習量に耐え切れず退部してしまう子も多かった。
 私は・・・入りたての頃は『なんだこの部活。めっちゃきつい。。』と心の中で叫んでいたが、今では負けず嫌いな性格が
出てきて、外練習で走るときは先頭集団に負けじとついていき、中練習では先輩の動きを見たり、コーチの話をしっかり聞いて言われたことを積極的にやったりと、自分なりに頑張っているつもりだ。
 でもやっぱりきついことには変わりない。
 走ると
「ハァっ、ハァっ」
 とものすごく息が切れる。
 でも先輩は同じスピードで走ったのに、近くで
「やっぱきついねー。」
「でも、まあまあ慣れてきたよね!」
「・・・たしかに。」
 そうやって他愛のない会話を繰り広げている。
 それが私と先輩との差。
 先輩たちは、回復するまでの時間が私とは違い早かった。
 
 そして、そのきつい練習後にある一年だけで行う片付けも積極的にしている。 
 あと、もちろん先輩への言葉づかいも気を付けている。
 バレー部では部活が終わったらその後、ミーティングをして解散だ。
 私は、登校時と同様に一緒に下校する人も特にいないので一人ですぐに帰る。
 そうやっていつも通りの学校生活を終え、家に帰宅。
 弟の碧唯はほぼ毎日サッカーがあるので家に帰るとリビングにランドセルが転がっていて、碧唯はもういない。
 私はリビングには用がないため何もせずすぐに自分の部屋に入る。
「ふぅ、」
 と学校でたまった疲れやストレスを一時的にはきだし、勉強机に向かい自習をする。
 学校の勉強は真面目にやっているものの・・・数学や理科などの絶対社会に出ても使わないし必要のないようなことを
わざわざ覚えないといけないのか私には理解できなかった。
 でも、学生である以上勉強はするしかない。
 たまに、
『中学生という若さながら、大人顔負けのことをしている』
 という子もいるけど、それはこの何十億という人の中のほんのひとにぎりの、いわゆる”天才”と言われる子がいる。
 そう言った子は勉強しなくても進める道があるのかもしれない。
 でもそんな才能は当たり前だけど、私にはない。
 だから、頑張って努力し続け自分の道を切り開いていかないといけない。

 ・・・そんな世界にいるので私は勉強を開始した。
「チクタク・・チクタク・・」
 不意にそんな音が聞こえた。
 ずっとなっているでいる時計の音が”不意に”聞こえたということは、私の集中力が切れたのだろう。
 時計を見ると八時を回っていた。
 多分、お母さんや碧唯は一時間くらい前に帰ってきて、もう夜ご飯は食べ終わっているであろう。
 別に一緒にどうしてもご飯が食べたいということもないから、どうってこともない。
 ただ、私もお腹がすいた。
 だから、部屋から出てリビングに向かった。
 予想通り、二人はご飯を食べ終わっていた。
 お母さんはテレビを見ていて、碧唯はいない。
 たぶん碧唯はお風呂に入っていて、その碧唯をお母さんは待っている。
 そんな感じだと思う。
 私は台所に向かい、食器棚を空け、お椀やお茶碗を出した。
 すると、食器同士がこすれ、
「ジャリリリリリ・・・」
 というような私にとってあまり得意ではない音が出た。
 そしたら、いままでテレビに夢中になっていたお母さんが私の存在に気づいたようで、
「あらっ、いつからいたの?お疲れ様。」
 そう言った。
 私は学校と同じように、笑顔を作り
「うるさい音が鳴っちゃってごめんね。私はさっきリビングに来たところだよ!」
 と謝罪の言葉を口にした。
 お母さんはそれに対して「うん。」とだけ言うとまたテレビに神経を集中させた。

 その後は、別に何事もなく夜ご飯を食べ、お風呂に入り、洗顔して部屋に戻った。
 途中、碧唯に会ったものの
「サッカーお疲れ様。」
「うん。ありがと。」
 というなんともぎこちなく、そして微妙な一瞬の会話で終わった。
 でもそれがいつもの、当たり前の会話だった。
 ふっと、時計を見ると十時二十分となんとも微妙な時間だった。
 私は、勉強、読書、部屋に掃除機をかける・・・といろいろ考えたが、勉強をこれからすると次集中が切れるのがいつか分からない。
 それで勉強し始めてオールになっても困るし、読書はしたい気分ではない。
 部屋に掃除機をかけるのは、私が良くてもこの時間にし始めると家族や近所の人の迷惑になるであろうと考え、結局明日の
学校の準備をして寝ることにした。

 私は明日の学校の準備を終わらせ、部屋の隅にあるベッドに移動した。
 そして横になりふわふわの毛布を体にかぶせ電気を消した。
「今日も一日平凡に過ごせた・・・。」
 そうぽつりとつぶやき、気づいたときには眠りに落ちていた。。


 そんな風にして一日を終える。

 多分、、本当に誰が見てもなんとも思わない普通の生活、”当たり前な日常”だろうと思っている。
 そしてきっと明日も、明後日も、明々後日も・・・ずっとこんな生活をして、年を重ねていくんだろうと思っていた。