不倫ごっこのはざまで―あなたならどうしますか?

2月の始めに3月の帰省の予定日を進と調整した。春分の日の祝日を含めて3月19日(土)20日(日)21日(月)とした。すぐにホテルの予約を入れた。

ところが2月3日(木)朝になって、ご近所の方から母が倒れて救急車で入院したと連絡が入った。すぐに特急に乗って、病院に駆け付けたが、死に目には会えなかった。あっけない母の死だった。

進には[急用が入ったので3月の予定をキャンセルします]とメールを入れた。すぐに[了解]の返信が入っていた。

それからはあっという間だった。通夜と葬儀、役所への手続きなどをしなければならなかった。今日3月19日(土)に四十九日の法要を行い、納骨を終えた。夫の勉と昨日からホテルに泊まっている。

二人は駅前のビルで夕食を終えてホテルへ戻って来た。キーを受け取ってエレベーターに乗ろうと歩いていくと、その前を男性が入っていった。すぐにその後に駆け込んだ。夫が慌ててついてきた。

Open ボタンを押して扉を開けておいてくれた人を見て、一瞬驚いた。ここへきていることは分かっていたつもりだったが忘れていた。進だった。

そのあとから夫も乗り込んできた。夫は「すみません」と彼に声をかけた。彼は頭を下げてそれに応えた。

「何階ですか?」

「12階をお願いします」

「疲れたね。ゆっくりしよう」

「はい、疲れましたね」

彼には私の夫だと分かったと思う。彼は11階でエレベーターを降りていった。

声をかけられなくてよかった。でも彼は声をかけてこないと思った。しばらく前にここで会っていた時も彼とエレベーターで一緒になったことがあった。ほかに同乗者がいなかったが、二人は言葉を交わさなかった。

エレベーターには防犯カメラがついている。これを警備会社が常時監視している。同乗者がいなくてもいつも見られているのに変わりはない。抱き合ったりすればすぐに目につく。

進はエレベーターに乗っているとき、エレベーターのミラーに映った主人の顔を見ていた。その時、夫はエレベーターの中でずっと私のことを見ていた。私が夫を見る目もいつもとは違っていると思ったのではないだろうか?

翌朝、地下の食堂でもエレベーターでもフロントでも彼を見かけなかった。結局3月20日(日)にチェックアウトするまで彼を全く見かけなかった。

◆ ◆ ◆ 
4月下旬の昼休みに進にメールを入れた。[前回は申し訳ありません。次回は5月13日(金)14日(土)15日(日)]。しばらくして[了解]の返信メールが入った。

◆ ◆ ◆
昨年は同窓会の前日に会った。あれからもう1年が経っていた。進とはもう6回くらいは逢瀬を重ねていた。

5月13日(金)の午後7時過ぎにチェックインして部屋にいるとメールが入った。

[1222到着]

すぐに部屋に電話を入れた。彼は電話にも注意して出ている。私がしゃべるまで何も言わない。

「私です。これから行きます」

ドアをノックするとすぐにドアが開いて中に入れてくれた。そして私を抱き締めてくれた。1月に会って以来の4か月ぶりの逢瀬だった。いつもより長く抱き合っていた気がする。

「部屋はとなりの1223号室です」

「どうりで早いと思った」

「3月はご免なさい。急にキャンセルして。母が亡くなったので」

「そうだったのか、今までになかったことだったからどうしたのかと心配していた」

「2月3日の朝、ご近所の方から母が倒れて、救急車で入院したと連絡が入りました。すぐに特急に乗り込んで、病院に駆け付けましたが、死に目には会えませんでした」

「ええっ、それは大変だったね」

「父が亡くなった時も大変でしたが、あの時は母が気丈に取り仕切っていました。今回は長女の私が中心になって仕切らならなければならなかったので疲れました。あのエレベーターで会った3月19日に納骨をしました。今は両親の遺品や家具家財の整理をしています。ようやく落ち着いてきたところです」

「何も知らなかった。申し訳ない」

「あなたには何も知らせない方がよいと思って」

「あの人がご主人? 見合い結婚をした?」

「そうです。あなたが予定を変えずに帰省しているかもしれないとは思っていましたが、まさかエレベーターで出くわすとは思いませんでした。正直、驚きました」

「声をかけなくて良かった」

「あの瞬間、あなたは声をかけないだろうとは思っていました」

「僕の目からはとても良い人と見えたけどそうだろう」

「そうですね。気になりますか?」

「気にならないと言ったら嘘になる」

「主人のことをもう少しお話しておきます。あのお見合いの相手が今の主人です。お見合い相手は高校の2年先輩であることは事前に知っていました。お見合いして初めて分かったことですが、彼は私が入学したときに一目ぼれした3年生だったんです。その当時、遠くから見て憧れていた名前も知らない素敵なかっこいい先輩でした。当然彼も私の顔も名前も知りませんでした」

「道理でどこかで会ったことがあると思ったわけだ。高校の先輩だったのか。僕もどこかできっと会っていたんだな」

「彼は関西の製薬会社に就職していて、親から見合い結婚を勧められて、後輩の私とお見合いをしたんです」

「それで彼が君を気に入ったのか?」

「ええ、憧れていた先輩に気に入られてとても嬉しくなって、ひょっとして運命のひとかもしれないなんて思って、いつのまにか婚約して結婚していました」

「そうだったのか」

「主人は見たとおり、かっこよくて、それで自信家なんです。だから自信をもって私に接してきました。私が断るわけがないという風に。でも悔しいけどそのとおりになりました。そつがなくて優しくて私には過ぎた人かもしれません」

「僕は負けるべくして負けたと言うわけか?」

「いいえ、あなたにはあなたの良さがありました。人への優しさ、自分への謙虚さ、そして、気配り。今でもそれは変っていません。だからあの時も迷いました。でも彼は私と結婚したいと言ってくれました。その違いかもしれません」

「そのとおりだ。僕にはその前へ進む勇気というか気持ちがなかった。その違いだね。今は少し違っているけど」

「そう、主人には恥ずかしくてしてほしいと言えないことをしてくれる」

「じゃあ、今夜は『レイプごっこ』をしてみないか?」

「『レイプごっこ』? おもしろそう。してみたい」

◆ ◆ ◆
「レイプごっこ」をしてみて分かった。必死で抵抗したけどとても体力が必要だった。実際にすると間違いなく犯罪行為だと思う。

彼も疲れたと見えて、ここまでと終えたところでは、いつもにもまして疲れた顔をしていた。今はぐっすり気持ちよさそうに寝息を立てて眠っている。

まず、始めに二人でルールを決めた。お互いに服を着た状態ではじめること、彼が襲い掛かって私が抵抗すること、殴ったり、蹴ったり、爪を立てたり、嚙みついたりしないこと、服や下着を破いたり、ボタンが取れたりしないように注意すること、大きな声や物音を立てないこと、そして身動きができないように押さえつけて思いを遂げるまで止めないこと、時間は無制限1本勝負。

二人が部屋に入ったところから始めた。まず、彼が私の後ろから抱きつく。私は「いや」といって部屋の中へ逃げる。彼が後を追いかけまわす。後ろから捕まえて抱きついて、ベッドに引き倒す。上着を脱がせにかかる。腕を前にして抵抗するが、脱がされてしまう。次にスカートに手をかけて後ろからファスナーを下げて脱がされた。

「やめて」とか「いや」とか「だめ」と小声でいうのでますます彼は興奮するみたい。ブラウスのボタンを丁寧に外していく。その間も腕はバタバタ動かすし、足も曲げて抵抗を続けている。腹ばい寝かせされてその上にまたがってパンストを破らないように脱がす。ようやく下着だけにされた。

脚をしっかり閉じて、身体を丸めて、必死で抵抗すると、何もできなくて手をこまねいていた。

そのうち部屋に備えつけの寝具の紐をとって私を後ろ手に縛った。腕の抵抗がなくなるだけでずいぶん楽になったみたい。足を絡めて、ようやく身体の下に私を組み敷くことができた。

「勝負ありだね」そういったが、私は身体の力を抜かなかった。まだ身体をひねって抵抗を続けた。それでなおさら彼も興奮して力が入る。

後ろ手に縛られた私は抵抗も空しく彼の思いのままになった。腹ばいに寝かせたり、立たせたり、跪かせたり、あらゆる体位で私を弄んだ。

そして何度も上り詰めて朦朧とする私の口の中で果てた。私はそれを飲み込んで受け止めた。「ごめんね」というので無言で頷いた。私は疲れ果てて深い眠りに落ちていった。

「レイプごっこ」をしたいといったのは、きっと進の心の中に夫への嫉妬があったのだと思う。夫と偶然会ったことと私から結婚までのいきさつを聞かされたことで、私を奪われたという何か鬱積した思いが現れたに違いない。終わった後、なぜか得も言われぬ嬉しそうな顔をしていた。

◆ ◆ ◆
翌日はとなりの私の部屋で愛し合った。私は昨日と同じようにしてほしいと頼んだので、もう一度「レイプごっこ」を再現してくれた。昨日に懲りたみたいで、今度要領よく、すぐに私の両手を後ろ手に縛って抵抗ができないようにした。それでゆとりをもって長い時間をかけて思う存分に気が遠くなるほど弄んだ。

大きな声を出しそうになったので、猿轡をされた。それがかえって刺激になって、何度も何度も昇り詰めた。また、もう1本のひもを股間にとおされてそれを引き絞られた。すごい刺激で思わず「ぎゃー」といって気を失った。そしてそのまま深い眠りに落ちていった。

◆ ◆ ◆
目が覚めた。まだ、11時だった。話を聞いてもらいたくて彼を揺り起こした。

「目が覚めて考えごとをしていたら目が冴えてしまってお話がしたくなった」

「なに? 考えごとって」

「レイプごっこで縛られて動けなくされて可愛がってもらったら、今までにないようなすごい快感があったの。どうしてかと考えていたら、女性には好きな人に無理やり奪われたいという自然な欲求があるとどこかに書いてあったことを思い出して。本当は好きな人に優しくしてもらいたいのにどうしてだろうと思って」

「僕が想像するに女性は逞しい強い男性の子供を産みたいという本能的な欲求があるからじゃないかな。男性なら誰でも女性を無理やりにという本能的な欲求があるのと同じじゃないか。 ただ、理性が抑えているけど」

「あのとき私は抵抗するのに夢中だったけど、すごく濡れているのに気がついて驚いたの」

「そんな時は本能的に強いオスを受け入れる準備をしているのかもしれないね」

「確かにいうとおりかもしれない。そのあとの快感がすごかったのを思うときっとそうなのね。理系は理論的に考えるのね。聞いてもらってよかった」

「理系といっても生物科学系だから。それで納得して寝られそう?」

「いえ、ますます目が冴えて眠れなくなりました。それでもう一度お願いします」

私が感じすぎて早めに快感で気を失って寝落ちしたので、彼にはまだ十分に余力が残っていたみたい。今度は優しく可愛がってくれた。

◆ ◆ ◆
朝、彼が目を覚まして自分の部屋に戻ろうとするので抱きついた。

「母が亡くなって、もう、こうしてここへ来られる口実がなくなりそうです。だからこの次が最後になるかもしれません」

「お母さんが亡くなったと聞いたときにそう思った。今度会えたらそれが本当に最後になるかもしれないね。その時を大切にしたい。もう後悔しないように、思いを残さないようにしたい」

「私もそう思っています」

私を力一杯抱きしめて、それから長いキスをして部屋を出ていった。
もう6月になった。今年は梅雨に入るのが早かった。毎日雨が降ってうっとうしい。私は7月の帰省予定のメールを入れた。[7月8日(金)9日(土)の予定]。しばらくして[了解]の返信があった。

今回はいつもとは違う1泊2日の予定となった。おそらく最後の逢瀬となるのだろう。彼はいつもと同じ2泊3日の7月8日(金)9日(土)10日(日)の予定でホテルを予約しただろう。

◆ ◆ ◆
今年は梅雨入りも早かったが、梅雨明けも早かった。7月に入ってから30℃以上になる真夏日が続いている。

7月8日(金)7時過ぎにメールが入った。

[1217到着]

すぐに部屋に電話して私が部屋に行くと伝えた。

ドアをノックするとすぐに中へ入れてくれた。2か月ぶりに抱き合う。

「お風呂に一緒に入りたい」

「いいよ、洗いっこしよう」

はじめは私が先に洗ってあげる。彼に先に洗ってもらったら、私の腰が抜けて洗ってあげられなくなったことがあったので、それからは私が彼を先に洗ってあげるようにしている。

彼を洗い終えると、今度は彼がいつものように手に石鹸をつけて私の身体を擦って洗い始める。私はなすが儘になっている。気持ち良くなってうっとりしている。

お互いに洗い合うと、バスタオルで身体を拭いて、そのまま二人でベッドに座ってレモンサワーで喉を潤す。

私はどうしてほしいか今日は口に出さなかった。きっと彼はここへ来る途中、新幹線の中で考えてきてくれているはずだ。私たちはそんなことがお互いに分かるようにまでなっていた。

二人はもう待てなかった。横に座っていた私が彼の右手のうえに左手を重ねた。それを合図に私との最後の愛の交換のために考えてくれていたシミュレーションを実行してくれる。

私はすぐに昇り詰めていった。それから何度も何度も体位を変えるたびに昇り詰めた。ひとつのひとつの体位の快感を確かめるように、次々と変えられる体位で襲ってくる違った快感を楽しんだ。

押し殺して何度も発するうめき声が彼を鼓舞した。そして、お互いに足を絡めて同時に行くことができた。心身ともに一体となったと感じることができた瞬間だった。

◆ ◆ ◆
私は彼の腕を枕にして抱きついている。そして彼の回復を待っている。

「あなたに言ったとおり、母が亡くなったのでもう帰省する理由がなくなりました。こうして会えるのも今日限りになりました」

「そうか、覚悟していたが、今日がやはり本当に最後になるのか」

「母が2月3日に亡くなってからしばらくは、お葬式、役所などへの手続き、相続の手続き、遺品の整理やらで、2週間おきくらいで帰省していました。主人や妹とも一緒に帰っていましたので、二人で会う機会が作れませんでした」

「例え君の都合がついても僕は2か月毎にしか帰れないから仕方なかった」

「それで、ようやく家財の整理ができて、相続も完了しましたので、今日は土地と家屋の売買契約を終えました」

「実家を処分するのか?」

「お隣さんから家族のために増築と駐車場を広げたいので、できれば実家を購入したいというお話があったのでお売りすることにしました。妹と相談して決めました。私は大阪に自宅がありますし、妹も東京に自宅がありますので、ここに住むことはもうないと思うので思い切って処分することにしました」

「ご主人もここの出身だけど二人で戻ってくることはないのか?」

「主人もここに実家がありましたが、4年前に処分しました。主人の両親は5年前には二人ともなくなっていましたから」

「ずいぶん若くなくなられたんだね」

「二人とも60代で亡くなっています。だから主人は自分も早死にするのではないかと心配しています」

「大丈夫と思うけど、でも人間なんていつ死ぬか分からないからね」

「二人の生活はもう大阪にありますから、もう戻ってくることはないと思います」

「そうか、僕も母親が亡くなったらそうするかもしれないな」

「明日はお盆には少し早いけど、主人と10時30分に駅で待ち合わせをして、両家のお墓参りに行きます。そのあと、一緒に大阪に帰ります」

「お墓参りは少し早めがいいね。僕も今日母親と済ませてきた。なぜご主人は今日一緒に来なかったの?」

「どうしても予定した仕事があったので、明日大阪から直接来て日帰りをする予定です。今日は土地家屋の売買契約があるので私一人で来ました。代金の振り込みを確認しないといけないので、ウィークディじゃないと不動産の売買契約ができないんです」

「最後の日がうまく作れてよかった。本当に今日が最後になるんだね。もう決して思いを残さないようにしたい」

回復した彼はすぐにまた私を愛し始めている。今度は私が気に入った体位の時間を長くして組み立て直してくれた。二人とも少し疲れてきているが気持ちは全く萎えていない。その気持ちが先走っていく。

◆ ◆ ◆
私たちは夜半過ぎまで愛し合った。心地よい疲労が眠りを誘った。そして私は彼にしっかり抱きついて眠った。彼は夜中も私を抱き寄せてくれた。それで私もまた彼に抱きついていた。

明け方、私が抱きついたら彼は目を覚ました。これが本当に最後になると思って、思い残すことがないようにと、また愛し合った。

そして、その愛し合った痕跡をすっかり洗い流してしまうために、二人で最後のシャワーを一緒に浴びた。

お互いにバスタオルで拭き合って、ゆっくり身づくろいをする。

「今度生まれ変わったら結婚したいね。君と別の人生を生きてみたい」

「でも、こうして再会できたことで、私はあなたと別の人生が経験できました」

「僕が君に対してずっと持っていた心残りが今はもう跡形もなく消えてしまった」

「私もそうかもしれません」

「このまま何もなかったことにして、嘘をつき続けていれば本当になかったことになる。僕はそれでよいと思っている。ありがとう」

「お礼をいうのはこちらの方です。ありがとうございました」

「本当にもう二度と会えないのかな?」

「次に会えるとしたら、同窓会だけど、余計に一泊する理由は見当たらないと思います。でも正当な理由があって、一人で帰省して宿泊する予定ができたら連絡します」

「ああ、期待しないで待っているよ」

「ええ、期待なさらないで下さい」

「さようなら」

彼は部屋を出ようとする私をドアの手前で後ろから強く抱きしめた。あの時とは真逆になった抱擁だった。

「さようなら」

私はきっぱりとそう言って、もう振り返らずにドアを開けて出て来た。
7月10日(日)夫はいつものように実家から帰る日には駅に着いたら新幹線に乗る前に私に電話を入れてくれる。

「これから帰るけど、買ってきてほしいものはある?」

「いつものように夕食にお弁当を3つ買ってきてください。ほかにお菓子の詰め合わせ、この前とは違った店のものにしてくれる?」

「了解。いつもと同じ3時前には家に着けると思う」

「気を付けて帰って来て」

◆ ◆ ◆
3時過ぎになって帰ってきた。今日はいつもより時間がかかった気がした。それにいつもと違って少し元気がないようにみえた

「身体の具合でも悪いの? それとも何か気になることでもあるの? お母様は変りなかったの?」

「いつもと同じだけど、暑い中を歩いてきたせいだろう。東京の気温は高すぎる。恵理は勉強しているのか?」

「今日は2時から水泳教室へいっています。4時になったら迎えにいきます」

「僕が行こうか?」

「いいえ、あなたは家で休んでいてください。夕食はお弁当がありますから準備がいらないので大丈夫です」

彼が家に帰ってくるとほっとする。

◆ ◆ ◆
進が手を握ってきたので目が覚めた。部屋の時計は12時を指していた。私は後ろから抱かれて寝ている。腰に回していた私の手を彼が無意識で握ったみたいだった。彼は寝息を立てて眠っている。

帰省の後の夜は必ず愛し合っている。ここ1年くらいはそうだった。私もそれを楽しみにするようになっている。今日も私に新しいことをしてくれた。

今日はいつもと様子が違っていた。無意識かもしれないが、何か鬱積でも晴らすように、私にそれをぶつけていたみたいだった。

私はすごく感じてしまって、いつも以上に何度も上り詰めた。腕をつかんだり、手を握ったりして、それを彼に伝えた。私はめったに快感の声を出さない。恵理を意識しているからだけど、今日は声が漏れてしまったので、慌てて押し殺した。

私はひょっとすると帰省したときに誰かと秘密に会っているのではないかと思っている。それも私に分からないように。でも彼にそんな器用なことができるはずがないとも思っている。そんなことは絶対にないとも信じたい。

でも、いつか帰ってきたときに服の匂いをかいでみたことがあった。かすかながら私のものとは違った淡い残り香があった。でも彼には何も言わなかった。どうせ言い繕うにきまっているし、万が一女性と会っていたことを認められてもこちらが困る。

それからは彼が帰省から帰るたびに服の匂いをかいでみたが、残り香があったときとなかったときがあった。その様子を彼に見られたこともあった。私は思い過ごしであると思っている。

万が一、そういうことがあっても私に絶対に分からないようにしてほしい。でないと私もどうしてよいか分からない。彼とは絶対に別れたくない。だから、駄目を詰めて彼を困らせるようなことはしたくない。

それなら、その罪滅ぼしに私をもっとかわいがって感じさせてほしい。その方が私にはよっぽど良い。
7月9日(土)朝10時に部屋を出てロビーに向かう。11階でエレベーターに乗ったら進がいた。私はもう彼とは目を合わさなかった。

1階に着くと私を先に降ろしてくれた。その後を彼は歩いてきた。私はフロントでキーを返して駅の方へ歩いた。途中、後ろを見ると彼も駅に向かって歩いていた。

もうすぐ特急が到着する時間だった。私は在来線の改札口で待っていた。そこへ黒い服を着た夫と亮が下りてきた。時間どおりに落ち合えた。

「うまく落ち合えてよかった」

「昨日の契約はうまくいった?」

「ええ、口座への入金も確認できたから」

「すぐにタクシーに乗ってお参りに行こうか?」

私は駅のコンビニでお花と線香とろうそくを買い求めた。この時期にはそれらをコンビニで扱っている。私たちのようなお墓参りも少なくないのだろう。

まず、中川家の両親の墓参りをする。お墓は卯辰山のお寺にある。中川家の本家のお墓も同じお寺にあるのでお参りをした。タクシーに待っていてもらい、また駅まで帰ってきた。

駅にもどると在来線で津幡駅まで向かう。駅前のタクシーに乗って小高い丘にある墓地へと向かう。そこには田代家の墓があった。そこでもタクシーに待ってもらってお参りをすませるとすぐに駅にもどった。在来線の発車時間に間に合った。

金沢駅に戻って、遅めの昼食を3人で摂った。それからいつものようにお土産物のお菓子とお弁当3個を買って、14時20分発の特急列車に乗り込んだ。

「お家も売ってしまったから、もうここへ帰ってくることができなくなってしまいました。故郷がなくなってしまって、寂しい」

「僕も同じ思いを何年か前にしていた。でも大阪に僕たちの家があるじゃないか。僕は直美と亮が一緒にいてくれればそれでいい。亮にはあそこが故郷になる」

勉は私の肩を抱いて慰めてくれた。亮はそんな私たちを上目遣いで見ていた。

◆ ◆ ◆
ようやく家に着いた。今日はいつもより時間がかかった気がした。

「調子はどう? 今日はいろんなところを回ったら、二人とも疲れただろう。お弁当でも食べるか?」

いつもの生活がもう始まっている。進はどうしているだろう。

◆ ◆ ◆
勉が手を握ってきたので目が覚めた。部屋の時計は11時を指していた。私は後ろから抱かれて眠っていた。私の手を彼が無意識で握ったみたいだった。勉は寝息を立てて眠っている。

帰省の後の夜は必ず愛し合っている。私の後ろめたい気持ちがあったのかもしれない。私からいつも求めている。彼はどう思っているのだろう。

今日は進と会えなくなった鬱憤を無意識で晴らしていたのかもしれない。いつも以上に何度も上り詰めていたように思う。腕をつかんだり、手を握ったりして、それを彼に伝えた。私はめったに快感の声を出さない。亮を意識しているからだ。

勉はひょっとすると薄々気が付いていたのかもしれない。いやそんなことは絶対にない。いつかの夜、私の裸の背中をじっと見ていたことがあった。でも何も言わなかった。彼と愛し合った痕跡が背中に残っていた? いやそんなはずはない。進は細心の注意を払って私を愛してくれていた。

進とのことはまた勉とのことを深く考える良い機会となった。私と勉との間には、私と進と間になかったものがあったし、今も確かにある。進と彼女の間にも私と彼と間になかったものがあるに違いない。それが連れ添った夫婦というものなのだろう。

はじめから勉とは運命の出会いではなかったかと思っていた。一緒に過ごすようになってからますますそう思うようになった。

進と私のように、勉と私とは前世で同じように添い遂げられなかったのかもしれない。そんな思いを前世で残していたのかもしれない、そういう考えがふと頭をよぎった。


これでそれぞれの「不倫ごっこ」のお話はおしまいです。

なお、余談になりますが、3か月後に進にメールを入れました。[11月12日(土)13日(日)帰省予定]さあ、どうなったでしょうか?

進から[同窓会以外ではもう会わないでおこう]と返信が入った。私は[了解]と答えておいた。

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