10月30日(日)午後になって、私もようやく落ち着いてきた。彼を探して話がしたいと思った。彼の行きそうなところは実家だと思ってすぐに電話した。兄の修さんが電話に出た。

「ご無沙汰いたしております。上野多恵です。主人がそちらへ行っていないでしょうか?」

「誠は昨日訪ねてきました。上野の家を出ることにしたとか言っていましたが、どうしたのですか? 何も話してくれないのですが」

「私の我儘が原因です。申し訳ありません。主人とお話させてもらえませんか?」

「誠はもうここにはいません。昨晩はここに泊まりましたが、今日の朝、出ていきました。アパートでも探すと言っていました」

「そうですか。ご心配をおかけいたしました。失礼します」

彼はまだ実家にいるかもしれないと思ったが、会いに行っても会えないと思った。会うにしても少し時間を置いた方が二人とも冷静になれると思った。

『去る者は追わず』というが、私はできれば追いかけたい。もう取り返しのつかないところまで行っているが、できるだけのことはしてみたい。

直美さんに相談してみよう。あの時は相談に乗ってくれて親身になってアドバイスもしてくれた。でもその折角のアドバイスを役に立てられなかった。彼女がいうとおりすべてについてもっと慎重であるべきだった。

直美さんはすぐに電話に出てくれた。急いで相談したいことがあると帰省の予定を聞いた。丁度11月5日(金)から2泊3日で帰省するというので、11月5日(金)に午後6時30分にこのまえの和食レストランで会うことになった。

◆ ◆ ◆
11月5日(金)午後6時からこのまえの和食レストランで直美さんを待っていた。時間ちょうどに直美さんは来てくれた。

「どうしたの、なにかあったの?」

「夫が家を出て行ってしまいました。どうしたらよいかと混乱してしまって」

「詳しく話して」

「10月28日(金)に彼と東京で会いました。二人で上野公園の国立西洋美術館の絵画展を見に行って、それから新橋の和食店で夕食を食べてから、二人でタクシーに乗って駅のホテルに戻りました。夫は私が東京へ何度も足を運んでいたので心配になって私をつけてきたようで、私たちがホテルに入るのを見届けると帰ったようです。それで29日(土)に私は金沢へ戻ってその足で夜勤について、30日(日)に帰宅したら、この手紙と離婚届を残して、彼は家出をしていました」

私は手紙を彼女に読んでもらった。彼女は何回か読み返していたようだった。

「ところで、秋谷さんとあなたの気持ちはどうなの? お互いのパートナーと分かれて再婚する気はあるの? もしそうならいっそ彼と再婚することも不可能ではないと思うけど」

「それはあなたから確かめておいた方がよいといわれていたので彼に聞いてみました。浮気と本気の間だといっていました。私も同じように思っていると話しました。私は夫と別れることはできないともいいました。それで今の関係を続けようということになりました。でもあなたの忠告に従わずに安易に会ってしまいました。今はもう手遅れですが」

「それであなたはどうしたいの?」

「できれば彼に帰って来てもらいたいと思っています。でも、どうしたらよいか分からなくて、あなたの考えを聞かせてもらえないかなと思って」

「分かったわ。もし私だったらどうするか? ・・・まず彼を探して取りあえず会って話をすることね。今までの秋谷さんとの経緯をありのままに話すこと、手紙を読むと、あなたに幸せになってほしいと書かれています。彼はあなたに未練があるように思います。それに家を出たのはほかにも理由がありそうね」

「ええ、私の両親の干渉が気になっていたみたい。両親に気をつかうのがいやになっていたのかもしれません」

「だったら、彼との修復の可能性はゼロではないと思う。とりあえず誠意を尽くして話し合うことね。それから話すときに一番大切なこと、以前秋谷さんと付き合っていたときも、今回会っていたときも男女の関係には一切なっていないと言うこと、絶対に関係を認めてはだめよ。何もなかった、ただ東京を案内してもらっただけだと言い張ること。私もアリバイ作りに使っていいから、分かった」

「でも主人は私たちがホテルに入るところまで見ています」

「でも部屋に入るのまで見届けていないのでしょう」

「おそらくそうだと思います」

「送ってもらっただけといえばいいのよ」

「それから、秋谷さんとはどうするの?」

「私の方からもう会わないとはっきり伝えます。主人に会っていることが分かってしまい、主人は家出したとも言います」

「彼とは別れるのね」

「はい、きっぱりと別れます」

そう言ったのは、必ず誠を私のもとに戻らせるという私の決心でもあった。直美さんは私を鼓舞してくれた。彼女に相談して本当によかった。