裏庭が裏ダンジョンでした

 朝になりムツヤは目覚めると、鈍い痛みが頭を襲う。ムツヤは初めて二日酔いを経験していた。

 どんな病でも治る薬を二日酔いを治すために飲むと、体の内側から元気が溢れ出て意識が鮮明になってくる。

「おはようございます、お兄ちゃん」

 ヨーリィは既に起きていたようで、ムツヤの横にちょこんと座っていた。

「あぁ、おはようヨーリィ」

「皆も起こす?」

「そうだね」

 二人は手分けして仲間を起こし、薬を飲ませる。しばらくするとゾロゾロとテントから人が出てくる。

「うぅ、面目ありません」

「ちょーっと飲みすぎたかな」

 モモは赤面し、アシノは懲りない様子だった。

「僕、昨日の記憶が無いんですが……」

 ユモトはすっかり昨日の記憶が抜け落ちてしまったらしい。

「あれ、そういやルーの奴は?」

 アシノは周りを見渡しても見つからないルーに疑問を抱く。

「ふっふーん、私が恋しくなっちゃったアシノ?」

 遠くからルーが声をかけ、アシノは「馬鹿か」と素っ気なく返す。

「夜に探知盤で監視してる片手間に、今日は久しぶりに私が手料理を作りましたー!!!」

 その瞬間、アシノは血の気が引いた。

「あー、えーっと、私はちょっと水浴びでもしてくるかなーって」

 アシノはそっと沢に向かって歩くが、その肩をガッチリとルーが掴む。

「アーシノー? 水浴びは美味しい美味しい私の手料理を食べた後よ?」

「お、おう」と言って諦めたようにアシノは座る。他の皆は不思議そうに座った。

「ルー殿、申し訳ない。しかし、ルー殿の料理は初めてなので楽しみです」

「そうですね!」

 モモとムツヤは無邪気にはしゃぐ、ルーは得意げに鍋から料理をすくって皆に配る。

 皆が固まった、何かの乳で煮られたそれはシチューのようだが、鼻をつく甘い匂いがしている。

 中に入っている具材も川魚、何かの肉、キノコ、何かの根っこ、その他は何かわからない。

「名付けて『ルーのお手製栄養満点シチュ』ーよ!!」

 恐る恐るユモトは一口魚を食べた。吐きそうになる。甘い生クリームみたいな味付けの中に川魚の生臭さが鼻に広がった。

 モモは肉を食べてみる。吐きそうになった。生臭さとぶちょぶちょした食感、そして得体のしれない物を食べている感覚。

 作った当人のルーは笑顔で食べている。とても正気の沙汰とは思えない。

「ルー、あのな、作ってもらって言うのもあれなんだが、甘い乳で魚を煮込むのは、ちょっとな……」

「何言ってんのよ、好き嫌いは良くないわよ。いい? 人間は体に良いものは美味しいって感じるように出来ているの」

 もちゃもちゃと食べながらルーは言い続ける。

「糖分脂質タンパク質ビタミンミネラル鉄分1日に必要な栄養素を1杯で摂取できるように計算して作られたこれが美味しくない訳がないのよ、生理的に」

 アシノは「生理的に無理なんだが」と言いかけた、だが悪意がない分とても言いづらい。

 ルーの効率を重視した料理は栄養学的には理にかなっているのかもしれないが、体が受け付けない。

 どうしたものかと悩むアシノの肩をちょんちょんとムツヤは突いて、小さな瓶をよこす。蓋には穴が開いていて何かふりかけるものらしい。

 それをムツヤはジェスチャーでかけるように伝えた。

 ハッとしてアシノはそれをかけると、隣のユモトに同じ様にして渡す。そしてルーの地獄料理をよくかき混ぜて食べてみた。

「……うまい!!」

 さっきまでの地獄が嘘のように、美味い料理に変わった。

 この調味料に体に良くない成分が含まれてようが、感覚を麻痺させてようが、どうでもいい。美味いは正義なのだ。

「あ、おいしいです」

「本当だ……」

「皆もやっと私の料理の素晴らしさがわかったのね、おかわりもあるからじゃんじゃん食べて頂戴!!」

 得意げにルーは大きな胸を張る。ルーの料理では毎回犠牲者が出るが、今回は誰も撃沈せずに済みそうだった。

(イラスト:らいどけえ先生)

 翼竜を倒し、6人はスーナの街へ戻っていた。山道を超えた疲れからか、ヘトヘトで門をくぐり冒険者ギルドを目指す。

 受付嬢にアシノは翼竜討伐達成と、2匹いた事を報告している間、残りのみなはギルドの椅子でぐったりとしていた。

「うううーん!! 疲れたもぉー!!」

 ルーは大きく背伸びをして言った。同調するようにユモトも頷く。

「疲れましたね……」

 足をバタバタさせてルーは駄々をこねる。

「すっごいキツかった!!! もうすっごいキツかった!!!!」

「本当、山道は普段慣れているとはいえ、大変でした」

 モモもうんうんと頷くが、それに対してルーはブンブンと首を振る。

「ちーがーうーでーしょー? 山道なんかより翼竜とのあの激しい戦い、私なんて食べられそうになったんだから!!」

 ハッとモモは気付く、うっかりしていた。

 翼竜はアシノとルーが主戦力として戦って、自分達はサポートをしていたという事に話を合わせようと言うことになっていたのだ。

「そ、そうでしたね、私達と違ってルー殿とアシノ殿は前線で翼竜と戦っておられたのだからさぞかしお疲れのはず」

 モモは嘘が下手だった。大きな声で周りに聞こえるように、だが早口気味、そして棒読みで話す。

 そんな話を聞いていたのかいないのか、そうだと突然ルーは立ち上がって目を輝かせて言う。

「ねぇねぇ! 皆でこの後お風呂入ってさっぱりしていきましょうよ!! この時間なら空いてるし!」

 今は朝方なので、近くの銭湯はあまり客のいない時間帯だ。確かに、数日風呂にも入らず歩き回った疲れも汚れも落としたいとモモも思った。

「騒がしいやつだな」

 アシノは報告を終えて面倒くさそうに帰ってくる。

「アシノ、お風呂行くわよ!」

 あーっとアシノも少し考えた。ルーにしては悪くない提案だ。

「だけど着替えねーだろ」

「その辺は大丈夫でしょ、ねー? ムツヤっち?」

「えっ? あっ、はい」

 半分寝ていたムツヤは我に返って返事をする。

「よーし、決まり銭湯へゴー! イこうぜ☆銭湯!!!」

 ルーはノリノリで言って拳を天高く突き上げた。

 ムツヤのカバンを借りて女性陣はギルドの小さい会議室に集まった。

「よーし、何か服出ろ服出ろ」

 ルーはそう言いながらカバンに手を突っ込む。すると手に布の感触がする。

「よーし、これよ!」

 ルーは上質なブラウスを手に入れた。こんな調子でポンポンと適当に服を出していく。

「こんなもんかしら、後は好きなもの持ってってー」

 机の上には服の山が出来ていた。それではと、モモはゴソゴソと自分の体に合いそうな服を選ぶ。

「私の服は大丈夫です、魔力で出来ていますから」

 ヨーリィはそう言うが、ふるふるとルーは首を横に振った。

「脱いだ瞬間枯れ葉に変わっちゃったら見てる人びっくりするでしょ? ヨーリィちゃんはここで着替えていってね」

 ノリと勢いで銭湯へ行こうと言ったのかと思ったが、ちゃんとそこら辺は考えてんだなとアシノは感心する。

「なんならー? 私が選んであげようか?」

「私はどれを着ればいいのかわからないので、お願いします」

 目を輝かせてどれにしようかなーとルーはヨーリィの服を選ぶ。ふとアシノはある事に気付いた。

「なぁ、これってムツヤが集めたわけだよな」

「ムツヤっちじゃなきゃ誰が集めるってのよ」

 面倒くさそうにルーは答えた。

 アシノはもう一度質問をする。下着を片手に持って。

「ってことは、その…… コレなんかもムツヤが集めたって事か?」

 ちょうど服を見繕って、自分のサイズに合いそうな下着を手に持っていたモモはかぁーっと赤面していった。

「あなたのような勘のいい勇者は嫌いよ、細かいことは気にしないの!!! 勇者でしょ!?」

 あわあわあわとモモは下着を落としそうになっている。

「まぁー…… アイツのことだから目についたもん全部拾っただけだとは思うし、別にその辺は気にしないけどよ」

 うんうんと頷いてモモは下着を握りしめた。

 女性陣は自分の荷物入れに服を仕舞い、残りはムツヤのカバンに詰め込んで部屋を出てくる。

 一番最後に出てきたヨーリィは普段の黒い服ではなく、白を基調としたドレスを着ていたのが新鮮だ。

「おまたせ。お前たちの分は適当に選んどいたぞ」

 そう言ってアシノはムツヤとユモトに折りたたんだ服を渡す。

「あ、助かります! ありがとうございます」

「ありがとうございまず」

「よーし、お風呂にいっくぞー!」

 ルーはノリノリで言う、アシノは呆れた風を装っていたが、内心楽しみではあった。
 ムツヤ達は冒険者ギルドを出て銭湯へと向かった。賑やかな中央通りを抜けて人気(ひとけ)がすこし少ない路地へ行くとすぐに目的地だ。

「昔はよくお父さんと一緒に行っていたんで、何だか懐かしいです」

 ユモトは眩しい笑顔で楽しそうに言う。

「私も何度か行ったことはあったが、久しぶりだな」

 モモも大きな風呂は久しぶりなので楽しみだった。銭湯へつくとのれんを開けて中へ入る。

「いらっしゃい、おぉ、勇者様じゃねぇか」

 番台の老けた男がアシノを見るなり言った。少し照れてアシノは返す。

「いや、勇者様はやめてくれ」

「大人5人と子供1人ねー」

 ルーはそう言って全員分の金を置く。はいはいと番台の男はそれを数える。

「確かに、左が男湯で右が女湯ね」

 ぞろぞろと歩いていくムツヤ達を見て「ん?」と番台の男は首をかしげて、慌てた。

「ちょっとちょっと、お嬢ちゃん!? そっちは男湯だって!!」

 あー…… と女性陣は声を出した、他の客も思わず何事かとユモトを見て視線が集まる。ユモトは顔を赤くして言う。

「あ、あの、僕は男です!! えーっと、ゴラテって人覚えていませんか? その息子で……」

 うーんと番台の男は考え込んで、おぉっと手を叩く。

「あぁ、ゴラテさんの!! 確かに亡くなった嫁さんそっくりだわ! いや、悪ぃな、お嬢さんにしか見えなくってなぁ……」

「いえ、いいんです。慣れてますから……」

 そんなやり取りがあり、男湯の脱衣場にムツヤとユモトが入る。客は少なかったが、ユモトを見るなり皆ギョッとした顔をしている。

「あ、あの、僕なんていうか、来ちゃいけなかったんじゃないかなーって……」

 ユモトはもじもじとしてムツヤに言う。

「いや、ユモトさん男ですじ、女の人のお風呂行ったらまずいですよ」

「そ、そりゃそうですけど!!」

「ははは、大丈夫ですよー。ここに服入れればいいんですか?」

 ムツヤは笑っていたが、ユモトはうーんと唸っていた。

「そうです、そこに服を入れるんですが」

 ムツヤはさっさと服を脱ぎ始めた、それに習いユモトももぞもぞと服を脱ぎ始める。客の視線が集まっているのは気のせいだろうか。

 ローブを脱ぐと雪のように白くきめ細やかな肌があらわになる、黒いインナーとのコントラストが相まってそれはより映えた。

 ユモトはインナーと下着に手をかける。

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 象は、哺乳綱ゾウ目ゾウ科の総称だ。我々の世界でもアジアゾウとアフリカゾウ、それとマルミミゾウの、2属3種がおり、これらは現生最大の陸生哺乳類である。

 そしてムツヤ達の住む異世界でも生息が確認された。

「あぁー、生き返るわぁー」

 女湯は人がおらず貸切状態だ。湯に浸かったルーは開口一番に言うと、アシノは隣にちゃぷんと入って呆れていた。

「ババ臭いぞルー」

「ババ臭いって何よー」

 モモとヨーリィもトプンと湯に入ると、じんわりとした温かさが身に染み渡る。

「っくー…… でも本当に、良いものですね」

「でしょー? お風呂来てやっぱ正解だったって!」

 ルーはぐっと親指を立てて、チャプチャプと半泳ぎでモモの正面にやってくる、そしておもむろに。

「ふんっ」

 両手で胸をわしづかみにした、突然のことに驚くモモ。

「ふみゃっ、ん、な、何をするのですか!!」

 わさわさと揉まれて変な声が出た、ルーはニヤリと笑う。

「お主、なかなか良いモノを持っておるのう」

「気を付けろー、そいつセクハラ大好きだから」

 アシノは面倒くさそうに言った、モモは腕で胸を隠してしまった。

「隠さなくても大丈夫よモモちゃん、映像化したあかつきには謎の光が守ってくれるから」

「まーた何を意味分からないこと言ってんだ、おとなしく風呂ぐらい入れ」

 ルーの暴走はまだまだ続く、次の標的はヨーリィだ。

「ヨーリィちゃんはツルッツルね、肌がよ、肌!! そしてこっちはまだ成長中って感じがしてなんとも」

 ヨーリィを後ろから抱きしめてルーは言う、抱きしめられている本人は顔色1つ変えずにいたが。

「いい加減にせい!!」

「あばし!!」

 アシノのチョップを食らってルーは湯に沈む。

「それにそんなでかい声で騒いでたら男湯に聞こえんぞ」

 それを聞いてモモはあわあわと湯で赤くなった顔を更に赤くしていた。


 一方コチラは男湯、客はちらほら居たが、視線がユモトに集まっているのは気のせいだろうか。

 ユモトは気まずそうにお湯に浸かっている。その最中先程の会話が女湯の方から壁一枚隔てて聞こえてきた。

「あ、あの、あっちの方凄そうですね」

 もじもじとしてユモトが言う、顔を赤くして恥じらっている姿は美少女のようだ。

「みんな楽しそうで良いんじゃないですかねー」

 初めて入る大きな風呂にムツヤは満足そうだったが、そのゆったりとした時間をぶち壊す声が脱衣所の方から聞こえてきた。

「てめぇ、泥棒かー!!!」
 番台は警戒していた、この道50年の感が告げている。あの男は何かやると。

 ムツヤ達が浴場に入った後にやってきた男、どう見ても不審だ。番頭は目の端でその男の行動を見ていた。

 男は周囲を警戒しながら客の荷物に手を伸ばす。

「てめぇ、泥棒かー!!!」

 その瞬間、番頭は足元から桶を取り出してブゥンと投げる。

 まっすぐに飛んだそれは男の顎にぶち当たり、男は客のカバンを掴んだまま床に倒れる。

「男の人呼んでぇー!! 誰か男の人呼んでぇー!!!」

 番頭はそう叫びながら男を取り押さえようとする。その声を聞いてムツヤは脱衣所に走った。

「ムツヤさん!! せめて、せめてタオル巻いて下さいタオル!!」

 ユモトの叫びも虚しく、ムツヤは全裸で脱衣所に出る。そこには自分のかばんを持ちながら立ち上がりかけた男が。

「あ、俺のカバン!」

 まずいと男は逃げようとするが、出口には番台が桶を両手に持って恐ろしい顔で立っている。

 無理、勝てない。

 そうだと男は赤いのれんをくぐって女湯へ逃げ込んだ。窓から逃げるなり、人質を取るなりすれば良いと。

「待て!!」

「ムツヤさんそっちはだめぇ!!!」

「お、お客さん!? ちょっ、お客さんが待って!!」

 ムツヤは赤いのれんをくぐった、一糸まとわぬムツヤはそのまま浴場へと逃げる男を追いかける。

 男が浴場の扉を開けた所でムツヤは飛び付いて押さえつけ、そのまま滑って浴場の床に突っ伏した。

「捕まえたぞ!! お前はキエーウか!? カバンを返せ!!」

 男は背中のムツヤを睨むがハッと殺気を感じて前を見る。

「ムーツーヤー?」

「あら、いやん、エッチぃ!!」

「ムムムムムツヤ殿!!!」

 正面から桶と悲鳴が飛んでくる。ムツヤと男はそれぞれクリティカルヒットを喰らい、撃沈した。

【緊急クエスト泥棒を捕まえろ!】 -犠牲者1人-

 ムツヤのカバンを盗もうとした男は治安維持部隊に引き渡された。

 ムツヤも女湯に素っ裸で入り込んだが、状況が状況であったのと、身内だけだった為お咎めなしだった。

 湯あたりでなく、クリティカルヒットした桶で伸びてしまったムツヤは着替え終わったアシノとヨーリィに手足を持たれて脱衣所に放り投げこまれた。

「じゃあユモト、後は頼んだ」

「た、頼んだって…… 大丈夫なんですかムツヤさん」

「大丈夫だろ、多分」

 ユモトは申し訳程度に腰にタオルを巻かれたまま気絶しているムツヤを引きずって長椅子に寝かせて体を拭いた。

「うぅーん……」

 拭き終わる頃にムツヤは目を覚ました、とりあえずユモトはホッとする。

「あっ、ユモトさん!」

「良かったぁ……」

「カバンは大丈夫ですか!?」

「はい、カバンは無事ですし、盗もうとした男は逮捕されていきました」

 ムツヤも良かったとホッとする。そして着替えて脱衣所を出た。

「おーっす変態」

 ジト目でムツヤを見つめてアシノは言う。

「あ、アシノ殿!? あの状況下では仕方が無かったと思います!」

 慌ててモモはムツヤを庇う。ルーはプンプンと怒っていた。

「キエーウがまさか銭湯の女湯にまで入ってくる変態だとは思わなかったわ」

「まぁ、どこから付けられていたか知らんが、これからはもっと用心しねーとダメだな」

 アシノは少し浮かれていたと反省をした。相手も必死だ、いつも気は抜けないと。

「まーいいわ、ほら、皆!! 銭湯って言ったら牛乳よ牛乳!!」

 そう言ってルーは売店へと向かう。

「皆は普通の牛乳とコーヒー牛乳とフルーツ牛乳のどれがお好み?」

「私はコーヒー」

「えっと、私は普通ので」

 アシノとモモはそれぞれ牛乳の瓶を手に取った。氷の魔法でキンキンに冷えてやがり、火照った体には気持ちが良い。

「僕はフルーツにしようかなー」

「俺もそれ飲んでみたいです」

「私はお兄ちゃんと一緒で良い」

 3人は同じフルーツ牛乳を手に取った。

「へい、番頭さん! 6本分頂戴!」

「ありがとうございます」

 ルーは会計を済ませるとビンのフタを開けてムツヤに説明する。

「良い? ムツヤっち、この銭湯の牛乳飲みには厳しい掟があるの」

「掟…… ですか?」

 ムツヤは神妙な顔になり、ルーを見つめる。

 すると、おもむろに腰に手を当ててコーヒー牛乳をゴクゴクと一気飲みし始めた。

「っぷはー!! さいっこう! こうして飲むのよ」

「なるほど……」

 真似をして腰に手を当ててフルーツ牛乳を一気に飲み干そうとする。が、途中でむせてムツヤは咳き込んだ。

「大丈夫ですかムツヤ殿!?」

 咳が止まったムツヤの鼻からは逆流した牛乳が一筋流れていた。

「ちゃららーん、鼻から牛乳!!!」

 ルーはムツヤを指差して笑う。


 6人は銭湯を出て町外れのギルスの店へと向かった。

 さきほど襲撃を受けたばかりなのでルーは探知盤を持って歩いている。幸いにも反応は無かったが。

 しばらくしてギルスの店へとついた。ドアを開けるとカランコロンというドアチャイムが迎えてくれたが、店主はコチラを見るなり不機嫌そうだった。

「よう、いらっしゃい。赤髪の勇者」

「だからその呼び名はやめてくれ」

 アシノは額に手を当てて言った。そしてその隣にムツヤは立ち、カバンから重そうな麻袋を取り出しカウンターにドンッと置いた。

「なんだコレ…… ってまさか!?」

「そうだ、お前が言った100万バレシだ」

 ギルスは麻袋を開けて中身を確認する。確かに金貨が山程詰まっていた。

「何だ、本当に用意したのか? あんたの貯金か?」

「いや、私の金は魔人を倒すためにほとんど使っちまった。コレは翼竜を倒して手に入れた」

「翼竜だと!? いや、勇者なら簡単か……」

 そこまで聞いて、気まずそうにアシノは打ち明ける。

「あー、そのだな…… 私は事情があって勇者としての力や技術ってのは全部失ったんだ。倒したのはほぼムツヤが1人でだ」

「本当なのか?」

「あぁ、本当だ」

 ギルスは頭を抱える、全てが信じられない話だが、現実に起きているのだから信じるほか無い。だが頭が追いついていないのだ。

「分かった、いくつか質問をさせてくれ」

 ギルスは店を閉めて自分が納得できるまで何度も質問をした、それに対してムツヤ達は包み隠さず全てを話す。

 アシノの能力のこと、ヨーリィの生い立ち、ムツヤの昔話を補完しながらもう1度おさらいもした。

「あーもう、信じられねぇが信じるしかねぇじゃねぇか!」

 枯れ葉に変わるヨーリィやムツヤが次々取り出す裏の道具を見てギルスは叫んだ。

「もう分かった、金も用意されちまったし、道具の研究をしてやるよ」

「本当でずか!?」

 ムツヤはパァーッと明るくなり、他の仲間もほっと胸を撫で下ろした。

「それに、俺もやっぱ研究が好きだしな」

 ちょっと照れてギルスは言う。ルーはニヤニヤとそれを見逃さない。

「あらー、ギルス満更でもない感じじゃない?」

「う、うるせぇ」

 -とにもかくにもギルスが仲間になった!-

 ギルスはムツヤ達に連れられて冒険者ギルドへと連れられた。アシノが受付に話をしてギルドマスターのトウヨウへ面会を取り付けた。

 7人はギルドの応接室へ通され、扉を開けるとトウヨウが座って待っている。

「ギルスか、久しいな」

 ポリポリと頭をかいてバツが悪そうにギルスは返事をした。

「いやぁー、まさか冒険者ギルドに加入することになるとは思いませんでしたよ。トウヨウさ…… いえ、ギルドマスターとお呼びしたほうが良いですかね」

「あぁ、ギルドマスターと呼んでくれ」

 散々誘いを断っていたが、過去のことはお互い水に流すようだ。アシノは椅子が足りないのでトウヨウの隣にドカッと座った。

「それで、ギルスを仲間にしたわけだが、どうするんだじいちゃん」

「あぁ、そうだな。本来であれば研究はルーが使っていたギルドの研究室で行ってもらいたいのだが、他の研究員や冒険者に気づかれる可能性がある」

「っと言うことは、また離れの訓練所生活ですか?」

 ルーはいつになく真面目な顔をして言う、トウヨウはうむと頷いた。

「申し訳ないが、護衛は自分達で行いながら研究を行ってもらいたい」

「こりゃ店は長期休業だな、まぁ金は沢山貰ったんで生活には困りませんがね」

 ギルスはハハハと笑いながら言った。モモとユモトは今度こそ自分達が守らなければと覚悟を決める。

「了解、そんじゃ帰るか」

 受付嬢がお茶を用意する前に話はまとまった。アシノ以外は全員トウヨウに軽く1礼して部屋を出る。

「アシノ」

 最後にアシノが扉を閉めようとした瞬間トウヨウが呼び止めた。アシノは振り返らないまま動きを止める。

「最近のお前は生き生きとしているように見える、私はそれが嬉しい」

「気のせいじゃねーの?」

 トウヨウの顔を見ずにアシノはバタンと扉を閉めた。途中すれ違った受付嬢は「もう終わっちゃったんですか!?」とお茶を持ったまま驚く。

 せっかく淹れてもらったお茶を飲まないのは失礼なので、ギルドの待機所でお茶を頂いてから帰ることにする。

「ねぇねぇアシノ、さっき最後ギルドマスターと何か話してなかった?」

「別に、何も」

 アシノは素っ気なく答えた。
 ギルスを連れて訓練所もとい家に戻る。

「それじゃあ僕、何か簡単に作ってきますね」

「私も手伝うぞ」

 帰るなりユモトとモモは台所へと消えた。残ったムツヤ達は探知盤についてギルスに説明をする。

「この探知盤なんだけどねー、この歯車で調整が出来て、魔力の波長を合わせるともっと遠くまで見渡せるの。その調整したやつはキエーウに持っていかれちゃったんだけどね」

 ルーは探知盤をギルスに渡す。ギルスは下から覗き込んだり、横の歯車をクルクルと回したりと軽くいじってみた。

「なるほどね、こりゃ複雑な魔道具だ。鑑定の道具は一式持ってきたから、研究室とやらで見てみるよ」

 それからは、知りうる限りの裏の道具と効果をムツヤはカバンから現物を取り出しながら説明する。しばらくそうしていると、ユモトとモモが食堂に戻ってきた。

「お待たせしました、ご飯ができましたよー」

 簡単に作ると言っていた割には豪華な昼ごはんが出てくる。よくこの短時間で作ったなと皆で感心した。

「ありがとう! それじゃ食べましょう、いっただきまーす!」

 取りとめのない話をしながら食事を済ますと、早速ムツヤとギルスとルーは地下の研究室へと行った。他の皆は警戒と訓練をする。

「ようこそ、私の研究室へ!」

 ルーは手をバッと広げて言った。

 機材は倒れて棚は漁られてお世辞にも綺麗とは言えない場所だったが。

「それじゃあこの探知盤って奴を調べてみたいんだが、ムツヤくん、予備ってあるかい?」

 椅子に座り、ギルスは言うとムツヤは頷いてカバンから探知盤をもう1つ取り出した。

「これ、たくさんあるんで」

「そりゃ頼もしい。それじゃ1つ分解して調べても大丈夫だな、悪いけどそれ研究用に分解させてもらってもいいかい?」

「はい、どうぞ」

 ムツヤは探知盤を1つギルスへ手渡した。「ありがとう」と言ってギルスはそれを受け取る。

「それじゃあ俺はルーと一緒にコレの研究をするから、ムツヤくんに聞きたいことが出来るまで外で好きにしてて良いよ」

 それを聞いてルーはニヤニヤとした。

「あらー? 私と地下室で2人っきりになりたいの?」

「アホか、ただ助手が欲しいだけだ」

 助手と言われてルーは悔しがる。

「ちーがーうー! 助手はギルスの方でしょ!?」

「いいや、お前だ」

「やー!!!」

 騒がしい2人に苦笑いをしてムツヤは研究室を後にした。

 ムツヤが外へ出ると仲間達はそれぞれ訓練をしていた。

 ヨーリィは木でできたナイフを持ち、モモに飛びかかる。

 モモはそれを盾で受け止めて右上がりに剣を振ったが、ヨーリィは盾に右手を置いて、それを軸に回転しながらモモの頭上を飛び越えた。

 モモが振り返るよりも先にヨーリィは木のナイフで背中をちょんと突いた、ため息とともにモモはガックリと肩を落とす。

「ヨーリィ、強いなお前は」

 ふるふるとヨーリィは首を横に振って言葉を返した。

「モモお姉ちゃんより長く戦っているだけ、戦いのセンスはモモお姉ちゃんの方がある」

 ヨーリィがお世辞を言わない事を知っているのでモモは照れる。

「そうか、よし、もう一度頼むぞ!」

 ユモトは防御壁を作り、アシノの飛ばすビンのフタを受け止めていた。アシノの能力は『ビンのフタをスッポーンと飛ばす能力』ただ1つだが、成長しているのかスッポーンどころか矢のように早いスピードと威力になっている。

「っく、ぐぐぐ」

 ユモトはだいぶ苦しそうだった、だがアシノは手を緩めずにビンのフタを飛ばし続けた。

「よーし、いったん休むか」

 アシノがそう言うとユモトはその場にへたりと座り込んだ。

「はぁはぁ」

 ユモトは肩で息をし、顔を真っ赤にしている。相当な負担があったのだろう、そこへ家からのこのこ出てきたムツヤがかち合う。

「ユモトさん大変そうですねー」

「あぁ、はぁはぁ、ムツヤ…… はぁっ、さん……」

 息を切らしながらユモトはムツヤの名を呼んだ。その時アシノはピンときて提案をする。

「そうだ、いいこと思いついた。お前ら戦ってみろ」

 いきなりのアシノの提案にユモトは驚きの声を上げた。

「えーっ!? ムツヤさんとですかァ?」

 ニヤリとアシノは笑って言う。

「男は度胸だ、試しに戦ってみろ。そうだな、おーいモモ、お前もこっち来いよー。ユモトと連携の練習だ」

 呼ばれてモモもアシノの元へとやってきた。

「ムツヤ殿と戦うのですか?」

「あぁ、お前たちは全力を出して、ムツヤは武器なし…… でも危ないなコイツは、とにかく攻撃は無しだ」

「わがりまじだ!」

 ムツヤはモモとユモトと向き合う。アシノとヨーリィは少し遠くでそれを見守る。

「そんじゃ、試合開始!!」
 ユモトは試合が始まると共にモモへ支援魔法を掛ける。モモは体の内側から力が湧いてくるのを感じ、ムツヤへと距離を縮めた。

 支援魔法のおかげでモモは体が軽い。走るモモに合わせてユモトは詠唱を始めて今度は攻撃用の魔法の準備をする。

 モモはムツヤ目掛けて思い切り袈裟斬りをするが、ムツヤは最小限の動きでそれを(かわ)した。

 そのまま剣を横薙ぎに振るうがムツヤは後ろに飛び退いて、ひらりとまた躱す。

 そのムツヤの着地点目掛けてユモトは氷柱を10本ほど発射した。

 ムツヤは1度バク宙をした後に手から着地をし、右に身をよじって立ち上がるとそのまま走り出して全ての氷柱をかわす。

(普通のやつだったら今の連携で仕留められたろうが、ムツヤ相手じゃ厳しいだろうな)

 アシノはそんな事を思いながら試合を眺めていた。モモは走るムツヤを追いかけて突きを繰り出したが、自身ごとムツヤに飛び越えられてしまう。

「いまだっ!!」

 小さくユモトはひとり言を言って、空中で身動きが取れないムツヤに向かって雷撃を放った。

 雷は遠くまで飛ばせないが、標的目掛けて多少軌道修正し、自動で追跡をする習性がある。

 ユモトの魔法は完全に標的を捉えていたが、ムツヤが右手を前に伸ばすと強力な魔法の防壁が現れて、雷を軽く消し飛ばしてしまった。

 モモは振り返り、ムツヤを切りつけようとしたが、剣は宙を切るだけだ。

 ムツヤの戦い方は誰に教わったわけでもないので、メチャクチャだ。基本の型やセオリーも無く、言うなれば獣や魔物の戦い方に近い。

 そこに加えて高い身体能力、なので動きは予測不能だ。

 モモは必死にムツヤに追いついて攻撃を繰り出すが、それらは全て躱され、ユモトが放つ攻撃魔法も同じ結果だった。

 15分もすると2人は段々と息が上がってきて、ついにユモトはしゃがみこんでしまう。

 体力に自信のあるモモも鎧を着て全力疾走しながら剣を振り続けていたので疲れが回ってきている。

「はい、終了ー」

 アシノは手をパンパンと大きく叩いて言った。その瞬間緊張の糸が切れてモモも地面に片膝を着く。

「連携は悪くなかったが、2人共まずは基礎体力づくりだな」

「め、面目ありません……」

「すみません……」

 モモとユモトは息を荒くしながら情けなさそうに言う。

 ムツヤはと言うとピンピンしてカバンから飲み物を取り出し、2人へ手渡していた。
「みんなー、大変、大変なのよー!!!」

 モモとユモトがムツヤとの戦いを終えて、小休止をしている時にルーが騒がしく走ってくる。

「何事だ、騒々しい……」

「探知盤の秘密がわかったかもしれないの!」

 そう言われると皆ピクリと反応した。

「随分と早いな、研究員様々ってところか?」

 アシノが言うとルーはぷくーっとむくれる。

「ちーがーうー! ギルスは私の助手よ!」

「でもどうせ見付けたのはギルスだろ?」

 そう言われるとルーはうっと言葉に詰まったが、それをごまかすように話を進めた。

「とにかく、みんな来て、早く!!」

 はいはいとアシノはルーの後に付いていく、それに習って皆もぞろぞろと歩いて家に帰る。

 そして地下室へ降りるとギルスが座って待っていた。

「おっ、みんな来たか」

 立ち上がると机の上にある青色の宝石のようなものをギルスは掴む。

「詳しい話をすると長くなるから簡単に説明するぞ、探知盤を解体したらこの青い石が出てきた。どうやらコレが探知盤の核らしい」

 ユモトは興味深そうにそれを見つめていた。ギルスは続ける。

「この青い石が周りの裏の道具と地形に反応して、それが探知盤に映るってわけだ」

 モモは魔道具に詳しくなかったが、ここまでの話は理解できた。

「そして、この探知盤なんだが。どうやら埋め込まれている核じゃなくても、探知盤とこの宝石の波長を合わせれば、別の探知盤から取り出した核を中心とした範囲も映し出すことができるかもしれないんだ」

 ムツヤは頭が追いついていない。それを察したギルスはもっと簡単に説明をする。

「簡単に言えば、この青い石をここから20km離れた場所に置けば、ここに居ながら20km先の裏の道具の位置がわかるって所だね、まだ仮説だけど」

 ユモトはハッと気付いて言った。

「つまり、探知盤からたくさん青い石を取り出して辺りに設置すれば、キエーウの動きがわかるって事ですか?」

「ご明察」

 ギルスはニヤッと笑う。これが本当であればキエーウに対してかなり有利に戦うことが出来る。

「というわけで実験がしたいんだけど、みんなに協力してもらいたい」
「まぁ、協力って言っても簡単な事だ。この青い石を遠くへ持っていって、実際に探知盤に映し出すことが出来るのか実験がしたいってだけだ」

「なるほどな、それぐらいだったら私が1人で行ってこよう」

 モモが引き受けようとするが、アシノはそれを止める。

「いや、個人で動くのは危険だ。人質に取られるかもしれない」

「それならば俺が魔法で走ってきまじょうか?」

「お前なら1人でも確かに大丈夫だが、そうしたら逆にこの家が襲撃されるかもしれん」

 アシノの意見は最もだった。ムツヤは1番狙われる対象であると同時に最強の戦力でもある。

「それじゃあみんなで仲良く遠足するしかないってわけか」

 ギルスが腕を組んで言うと、「そうだな」とアシノも相づちを返す。

「今から行ったら夜になってしまう、装備を整えて明日出発だな」

 アシノがそう言うと皆うなずいて了承する。

「そうだな、時間ができるのなら俺は他に役に立つ裏の道具が無いか調べてみたい。ムツヤくん、協力してくれ」

「わがりまじだ」

「あーん、私もするー! ムツヤっちは私が目をつけてたのよ、泥棒しないで!」

 ムツヤと研究家達は裏の道具を調べる事になり、他はまた訓練をすることになった。

 日が沈むと、皆ぐったりと今のソファーに座っていた。ユモトは鼻歌交じりに夕飯を作っている。

 それを眺めてコイツは貧弱なのかタフなのかわからんなとアシノは思っていた。

「お夕飯お待たせしましたー」

 手のこんだ料理が運ばれると皆ガツガツと食べていた。料理が美味いというのもあるが、それぞれ体と頭を使ったので栄養が必要だったのだ。

「ユモトくんは料理が上手いんだな」

 ギルスは感心して言う、いつもは自分の適当に作った男の料理しか食べていなかった為、ちゃんとした料理は久しぶりだった。

「そうよー、私のお嫁さんだから手を出しちゃダメよー?」

「だ、だからお嫁さんって!」

 ルーがまた適当なことを言うとユモトは恥ずかしがる。

「ユモトくん、コイツの言うことは適当に聞き流すと良いぞ」

「ギルスうるさーい」

 そんなやり取りを見てふとユモトは思う。

「おふたりはお知り合いだったんですか?」

「あぁ、コイツはたまに俺の店に来て『私の助手になれー』って騒いで困ってたんだよ」

「その野望はやっと今叶ったけどね」

 ルーはフフンとキメ顔でそう言った。

「誰が助手だ」

 ギルスは呆れている。

 何事もなく朝を迎えると、ムツヤ達は家から少し離れた場所へ移動する。

 出かける前に家にある裏の道具は全てカバンに詰め込み、探知盤から取り出した石をムツヤの魔法で地中深くに埋めておいた。

 探知盤の操作はギルスが行う。ギルスはあくまで研究員なので、簡単な魔法は使えるが、戦力としては数えられない。

 またモモとユモトを先頭にムツヤ達は街道を目指して歩く。

「やっぱ太陽の光は天敵だわー」

 夜ふかしをしていてぐったりとしたルーが言った。

「お前、いつも朝は元気ないな」

 アシノはそう言ってどんどん先へ歩いていく。

 そのまま順調に歩いて7人は街道に出た。その時ギルスは皆に話しかけた。

「家に置いてきた石が探知盤に反応するか見てみたいからちょっと待ってくれ」

ギルスは魔力を込めながら横についている歯車をグルグルと回す。

「やっぱりだ」

 ギルスは自分の読みが当たっていたことに思わずニヤリとする。

「この歯車で波長を合わせれば他の石の周りも見られるらしい」

 皆がギルスの持つ探知盤を覗き込むと、家の周りの地形が浮かんだ。

「凄いでずね、俺知りませんでした」

 こんな使い方はムツヤですら知らなかった。だがアシノは1つ懸念していた事を話す。

「キエーウは探知盤を少なくとも1つは持っているはずだが、あいつ等に利用されるって事はないのか?」

「大丈夫だ、波長は複雑な暗号みたいなものだから当てずっぽうで合わせることは不可能に近い」

「なるほどな」とそれを聞いてアシノは安堵する。

 しかし、別の緊急の要件が出来てしまった。表示を家の周りから自分達の周りに変えると赤い点が1つ浮かび上がっていたのだ。

「これは……」

 動く赤い点を見てギルスは渋い顔をした。

「あ、赤い点!!」

 ユモトが声に出して言うと、皆に緊張が走る。

「全員戦闘態勢だ!!」

 アシノがそう言うと全員で陣形を組んだ。

 ムツヤとヨーリィが前衛、アシノとルーが中衛、ユモトが後衛で、モモはユモトとギルスの護衛だ。

「敵は半径5km圏内に入ってきている!」

 ギルスが探知盤を見ながら言った。移動速度が遅いのでおそらく徒歩だろう。

「ここからじゃ街道が近くて誰かに見られる可能性がある、こっちから出向いてやるか」

「りょーかい」

 アシノの提案にルーは返事をし、他の皆も頷いた。

 陣形を崩さないまま赤い点の場所まで歩く。ユモトとモモは緊張をしている。

 全員無言のまま歩いていると、いつ接敵してもおかしくない距離までやってきた。

「あ、敵が見えまじだ」

 ムツヤが千里眼でいち早く敵を発見した。ギルスは双眼鏡でムツヤが指差す方を見てみる。

「おいおい、あれって……」

 敵がむき身で持っている剣はムツヤが持っている剣、ムゲンジゴクと同じものだった。

「俺の剣と一緒でずね」

「冗談だろ、なんで伝説の魔剣がこうポンポンとあるんだ!?」

「塔にはこれともう一本落ちていましたがら」

 それを聞いてギルスは頭を抱えた。コレは想像した以上にヤバいことに首を突っ込んでしまったのかもしれないと。

 ムツヤ以外の全員が肉眼で敵を見ることができる距離まで近づくと、何だか敵の様子がおかしい事に気付いた。

 ムゲンジゴクを持った敵は左右に揺れてフラフラと今にも倒れそうな感じで歩いている。

 そうかと思えば敵は魔剣を横に構えながらコチラへ走ってきた。ムツヤが飛び出して敵とかち合う。

 斬りかかってきた敵の魔剣とムツヤの魔剣がぶつかり合い、激しい炎から爆風が生まれる。

 次の瞬間、皆は目を疑った。あのムツヤが吹き飛ばされ、地面に仰向けに倒れたのだ。敵はと言うと倒れずに立ったままだ。
「ムツヤ殿!!」

 吹き飛んだムツヤに思わずモモは駆け寄った。

「危ない!」

 魔剣を構えた男がムツヤに近づき出す。ユモトとルーは魔法で氷柱を出して牽制をするが、男が魔剣で数回薙ぎ払うと全て溶けて消えてしまう。

「ムツヤ殿、ムツヤ殿!!」

 モモがムツヤを揺さぶるとうーんと言ってムツヤは上半身を起こす。ホッとしたモモの背後に魔剣を携えた男が立っていた。

「モモさん危ない!」

 思わずムツヤはモモを押し飛ばし、しゃがんだままで振り下ろされた魔剣を受け止める。また爆風が生まれてムツヤは吹き飛ばされる。

「ムツヤ殿!!」

 モモは叫ぶ、ゆらゆらと歩く男にアシノはビンのフタを、ヨーリィは木の杭を無数に投げつけた。

 男は薙ぎ払おうともせず、雄叫びを上げると業火が男を包んでそれらは燃え尽きてしまう。

「あまり調子に乗らないでくれるかしら」

 ルーは精霊を数体呼び出して男を襲わせる。精霊の振り下ろされた重い拳は確実に男を捉えていた。

 しかし、男が突きを繰り出すと、その拳はピタッと止まり、精霊は炎に包まれて崩れてしまう。

 その隙に2体の精霊が挟み撃ちで攻撃をしたが、男はぐるっと回転してどちらも切り崩してしまった。

「轟け雷鳴よ!!」

 ユモトは長い詠唱をして強力な雷魔法を放つ、この攻撃は確実に男を貫いてダメージを与えたが……

 一瞬男は仰け反って、その後はまた魔剣を構えて歩き出した。

 同時にムツヤは立ち上がって男と戦い始めた。剣同士をぶつかり合わせないように攻撃をかわし続け隙を伺っている。

「なんなの!? あいつ人間!?」

「あれは多分、魔剣に喰われてる」

 ルーの言葉にギルスは答えた。

「言い伝えだが、魔剣は絶大な力を与える代わりに、所有者の力量が魔剣に見合っていないと魂を喰われるらしい」

「魂を喰われる……ですか?」

 ユモトが言うとギルスは頷く。

「力量不足の分は、所有者の魂と命を代償にあんな力を手にすることが出来るって言い伝えだ」

 そう言ってギルスは男を見た。

 ムツヤは男と一定の距離を取ると、ムゲンジゴクを仕舞って氷の魔剣を取り出した。

 そして走って斬りかかってきた男のムゲンジゴクと鍔迫り合いになる。

 ジューという音とともに激しい湯気が辺りを包む。

 そして、数秒後ムツヤはパキッとした音を聞いた。氷の魔剣が折れたのだ。

 男の降りかかる剣をすんでの所でかわしてムツヤは剣を取り替える。今度は魔剣ではなく強度のある大剣だ。

 ガキンガキンと鈍い剣戟が響く、ムツヤの大剣は熱を帯びて赤くなり、次の一撃で真っ二つに折れてしまった。

「ムツヤくん、ムゲンジゴクを使え!!」

 ギルスに言われてムツヤはまたムゲンジゴクを取り出した。剣がぶつかり合う度に熱風と衝撃が辺りに響く。

 ムツヤは吹き飛ばされないように踏ん張っているが苦しそうだ。

 戦って時間を稼いでいる間に、ルーは精霊を大量に召喚する魔法陣を宙に描いていた。

「うごめけ、精霊たちよ」

 そこら中の土が人型になって魔剣を持つ男に襲いかかった。男は次々に精霊をなぎ倒していくが、一瞬の隙を作るには充分だった。

 ヨーリィが牽制で木の杭を投げつけ、ユモトは雷の魔法を男に浴びせた。数発攻撃が当たり、男は怯む。

 飛びかかったムツヤが男の首を刎ねることは可能だ。

 ムツヤは剣を振り下ろすと、虚ろな目をした男と目が合ってしまう、瞬間ムツヤの剣のスピードが落ちる。

 それを逃すまいと男は魔剣を振り上げた。

 ムツヤは腹を切られた、傷口からは業火が吹き出す。

「ムツヤ殿!!」

 モ叫ぶと同時にヨーリィが飛び出し、モモはムツヤを抱えてその場から離れた。

 業火はヨーリィにも燃え移っているが、ヨーリィは表情1つ変えない。

 ルーが水の魔法を使って火を消し、モモが預かっておいた『傷が一瞬で治る薬』をムツヤに飲ませると傷はすぐに消え去った。

 精霊たちも半数以上が倒されてしまい、アシノは皆に向かって叫んだ。

「いったん引くぞ、ムツヤにはアイツを倒せない」

「まっでぐださいアシノさん!! 俺がアイツを止めます!」

 ムツヤがそう言うとアシノはイラついて言葉を返す。

「人を斬ることが出来ない人間が、どうやって敵を倒すってんだ?」