「彼」が来たのは、私が16才になったばかりのこと。

 兵士たちに連れられて来た「彼」はずっと不満そうにしていた。それもそのはず。まるで罪人を連行するような扱いを受けていたのだから。
 しかも私以外のみんな、「彼」が抵抗しようものなら痛い目に遭わせるぞ…って感じを出していたのだから、酷いことこの上ない。

 後で父親でもある国王に文句言ったのだけれど聞く耳持たずだった。せめて、勇者として連れて来られた「彼」の名前だけでも、と聞き出した。そして「彼」の名前をようやく知る。

――名前は友聖という。私たちとは違う感じがする男の人だった。


 友聖が魔王軍の討伐隊に入隊させられて以降、討伐任務には毎回、彼が出陣させられていた。
 任務から帰ってくる友聖の体には、いつも傷が見られた。他の兵士たちと比べても彼程の傷だらけの人はいなかった。

 「こんなに傷ついて......じっとしてて!応急処置程度しかできないけど治療魔術かけるから」
 「...っ!」

 そんな友聖を見かねて、ある日私は彼を治療してあげた。その日は腕や大腿部の傷を治してあげた。 
 その時の友聖は、いきなり私が治療してきたことに驚いていた。よくよく考えてみれば、私たちがちゃんと顔を合わせるのはこの時が初めてだった。

 「あ......私はリリナ。国王様の娘、です...」
 「勇者の友聖です...。治療、ありがとうございます...」

 低い声音で自己紹介と礼を述べた友聖の顔は、何というか根暗で幸が薄い感じだった。せっかく良く整っている顔を、台無しにしちゃってるわね...。

 だけど私はこの時、彼にそういった指摘がしてはいけないと思ってしまった。今ここでそれを言ってしまったら、目の前にいる勇者を深く傷つけてしまう......そんな予感がしたから。

 だって、彼の目は......

 「じゃあ、俺はこれで...「待って」......え?」

 暗く、とても暗い…絶望に沈んでいたように見えたから。

 「この後、暇...?」
 
 このまま彼を帰してはいけないって思った私は、この日初めて友聖とお話をした。


 「孤児だったんだ...。冒険者になる前から魔物と...?弱い魔物でもそんな年から戦ってたんだ!凄いね...!」


 まずは、友聖のことを知りたくて、たくさん彼に質問しちゃった。
 友聖は一つ一つ丁寧に答えてくれた。
 大臣たちがいつも友聖のことを悪く言っていたけど、それは彼らに見る目がなかっただけだわ。
 平民とか外見とかで人をあんな風に悪く言うなんて...!友聖は実はとてもいい子なんだから!

 ただ、一つだけ物申すことがあるとすれば…それは友聖の方から、一度も私に何か質問してこなかったことかしら。 
 私に興味が無いのかな?まぁ良いわ、これからもこうして会話を重ねて、私への興味を持たせてあげる!


 「友聖、頑張って。私は戦えないけど、こうやってお話したり治療するくらいならいくらでもしてあげられるから!みんなから蔑まれても気にしないで!」
 「はぁ......ありがとうございます」


 最初の半年くらいは、まだぎこちなさを見せていた友聖だった。
 一年経つと彼の目に変化が見られた。私と会う時だけ、明るくなって見えたのだ。そのことを指摘すると、恥ずかしそうに照れたあの友聖は、可愛かった。

 顔色も良くなって、カッコ良くもなった気もした。私とこうして会話していたお陰かもね。

 「リリナ様だけが、王国で親しくしてくれているから。それがどれだけ助けられていることか。今後も、こうして関わってくれると嬉しいです...」

 少し笑った友聖からそんな言葉を聞けて、私はすごく心が躍った。お喋りな私に辟易するどころか、感謝されてとても嬉しかった。


 私にとって友聖が友達以上の存在となった瞬間だった。


 初めて出会ってから二年が経った頃。
 友聖は国中のどの兵士でも敵わないくらい強くなっていた。魔王軍幹部をも一人で倒せるくらいにもなっていた。

 私のほうも治療魔法の方で成長した。深い傷も治せるようになった。
 けれど私が王女であることと、討伐軍に入るだけの実力が無かった私は、彼と一緒に魔王軍と戦うことはできなかった。

 「その気持ちだけで十分力になります。リリナ様がいてくれたお陰で今の俺がいるから...。その治療魔術も、俺以外に困ってる人たちにも使って下さい。温厚で優しいリリナ様なら、多くの人を救える。国民からの信頼を多く得ているあなただからできることですから」

 そんな私に友聖は、優しい言葉をかけてくれた。私のことをそう評価していたなんて、この時まで気付かなかった。意外に私のことしっかり見てくれてたんだ…。私が夢中になって友聖を見てばかりいたせいで、私が彼にどう見られていたかを分かってなかったわ。
 でも、凄く嬉しい…!

 そして――魔王を討伐したこと、友聖は無事でいるとの報せを聞いた時は、すごく喜んだ。きっとすごく頑張って、頑張って...戦ってたんだろうなぁ。

 ただ普通に労うだけじゃ足りないよね...。だから、少しサプライズをしよう...!



 そう。この時点で私は……いいえ。
 最初から私は気付くことが出来てなかったのだ。だからこんなことを考え付いてしまった。

 取り返しのつかない、大きな過ちを犯してしまっていたことに、この時の私は気付けないでいた。



 討伐軍が帰ってきて、勲章や褒賞など色々やっているうちに、私は密かにサプライズパーティーの準備を進めていた。友聖の村へ行って、村全体で彼を祝おうと村人たちに呼びかけた。みんな全員私の頼みを受け入れてくれた。
 ――本当はそんな気など全く無かったということに最期まで気付くことはできなかったが...。

 いちおう王国にもサプライズパーティーのことを伝えたのだが、お父様も大臣たちも渋い顔をするだけで、協力は得られなかった。ただ、友聖と一緒に戦ってきた兵士数人が私の計画に賛同してくれたのは嬉しかった。
 サプライズパーティーの計画していくうちに、私以外にも友聖には親しい人がいたということが知れた。それが何より嬉しかった。

 しばらく準備で忙しくなるから、王国に近付けないようするべく、私は心を痛めつつも久々に再会した友聖に冷たい態度をとってしまった...


 ――友聖、魔王を討伐してくれてありがとう縁があれば......また会いましょう。
 冒険者稼業なり孤児院への貢献なり、今後も頑張ってね......さようなら――


 我ながら呆れるくらいに、冷たい王女様を演じてみせた。ただ――


 「な.........なん、で......あんた、まで...!」


......別れ際に見た友聖の悲痛な表情を浮かべた顔を見て、思わず本音が漏れそうになった。嘘だとすぐにバラしたかった。

 この時に、最初に会ったばかりの頃と同じように止めるべきだった。ちゃんと、支えるべきだった。

 体も心もしっかり成長したと思っていた友聖の心は、まだまだ不安定だったのだ。  
 親しいと思っていた人に冷たく突き放されることに、友聖がどれだけ傷ついていたのかを、もっとちゃんとわかってあげられなかった。

 私のせいで友聖の心が完全に壊れてしまったことを知るのは、何もかも全てが手遅れになってからになる………。



 友聖を演技で冷たく突き放した後も、私は王国で一人、サプライズパーティーの準備を整えていった。
 
 シナリオは次の通り…まず最初に私と兵士たちが友聖がいる村に突然訪問(友聖以外の村人には告知済)して、そこで全て種明かしをした後に、パーティーを開いて、友聖を盛大に労う…こんなところかしら!
 パーティーが終わった後は、友聖を王国…私の部屋に招き入れてみようかしら。
 そこで二人きりで夜を......な、なんてね!


 そして、サプライズパーティー当日。いざ村へ行こうとした私は――



 「う…そ?
 友聖……あなたはなんて、ことを……っ」


 この世の地獄を目の当たりにした。



 その地獄の中心に立っている友聖の変わり果てた姿をを見て、私は愕然とした。
 同時に後悔もした。

 あの時、あんなことを言って、友聖を冷たく突き放すことを止めておけば良かった、と......。 
 
 必死に説得しようと呼びかけた私だったが、何かの魔術で声が出ない……!?次第に息することさえ出来なくなってしまう……。

 苦しい。
 苦しいよ友聖……。 

 痛い。
 心が痛い…。


 「異世界でお利口さんでいたのが間違いだったんだ。こんな世界でそういう性格をしていても結局は損をする。初めからこうしていれば良かったんだ......お前らから学ばせてもらったよ」
 
 (そんなことない!友聖はあの頃のあなたのままで良かったのよ?
 あの頃からずっと、友聖のこと、私は好きだったの…!!)


 「じゃあな...嘘でも今まで俺を励まして労ってくれて、嬉しかったよ」

 (嘘じゃない!あの楽しかった時間は全部本物だった!
 会話を楽しんだ時も、その時に見せた明るい感情も、偽りなんかじゃなかった!
 全部全部、本心だったの...!!)


 「さようなら......リリナ様」
 
 (待って!友聖!!私は―――――)




 ―――――





 「残りのゴミもとっとと処刑していくかぁ...くははははははっ...!!」


 狂気が混じった笑い声が聞こえる……。私は友聖が背を向けて去っていくのを、ただ見ることしかできないでいた。
 お腹から夥しい量の血が流れているけど、構わず声を上げることを試みる。話を、しないと……。
 だけど、呼吸すらまともに出来なくなっているこんな状態じゃあ、友聖を呼び止めることすら叶えられない。ここから立ち去っていく彼を、ただ見ることしかできない。

 (友......せ、い......)

 涙で濡れた目を向ける。友聖の名前を心の中で何度も言い続ける。

 (寒い……眠く、なってきた……。視界も、暗くなってきてる…。
 寒いよ、怖いよぉ、友聖……)

 やがて痛みが感じ無くなり、寒さと眠気に襲われ、目も霞んでしまう。
 もう私は助からない......ここで死ぬんだ。

 死ぬのはもちろん嫌だ。だけど……友聖をこのまま行かせてしまうのは、あのままにしておくことの方が、何よりも嫌だ。

 友聖は今、この世に自分の味方なんて誰一人いない…って思ってしまってるんだと思う。自分がこの世でたった一人になったのだと、思ってしまっている。

 私にすら裏切られてしまっていると、思ってしまっている…!
 そんな悲しい誤解をさせたまま、あなたとお別れするなんて、絶対に嫌...!!

 だけど……何もかも全て手遅れになってしまった今…。もうすぐ死んでしまう私に出来ることは、もう無い…。
 声さえ失った私に、友聖を引き留めることなんてことはもう―――――


 「......ぁ!」


 友聖の姿が見えなくなりかけたその時、彼の魔術が解けたからか(それとも奇跡が起きたのか)声が出せるようになった。
 最後の力を振り絞って、遠ざかっていく彼の背に向けて、声を精一杯———


 「ち...がうの...。そんなつもりじゃ......なかったの...。友聖.........ごめん、なさい......」


 ポロポロと涙を零し、縋るように手を伸ばす。
 この気持ちを必死に伝えないと…!お願い…!!


 「友聖ぇ......やだぁ、いかない、で...!私、いつも見てた、よ...!好きだった、今も、好きでいて......これからだって、思ってて...!」


 ちゃんと話し合おう。それで友聖の誤解を解いてあげれば、また……あの頃の関係に……。

 行かせてはいけない。友聖は今も苦しくて辛いはず...!
 だって、私見てしまったから。

 私に背を向ける直前の友聖は――



 「行かないで......私のところ、から...いなくならないで...!!」



 ――泣いていたから...!


 「友聖...っ!!」 






 王女である少女の最期の言葉がその少年に届いたかどうかは、彼女にも分からなかった。

 そして彼女は悲しみと絶望の淵で、自分の血と涙でその身を濡らして、その生涯を終えた……。












*間章はこれで終わり。次回から第二部になります。これが一応最終章になります。復讐いっぱいします。