ゾンビになって生き返ったので 復讐してやる


 気が付けば、私は悲鳴を上げていた。オウガさんが放った水魔法がエーレの炎を消した時は、彼の勝利かに思えた。けれどダメージをくらっていたのは彼の方だった。 
 エーレの放電をくらい、殴られもして、酷い攻撃を容赦無く浴びせられていく。オウガさんでさえも手に負えないのかと、私は絶望した。

 しかし、彼はエーレの攻撃を受けても平然としていた。すぐさま攻撃態勢に入ると――
 私が今まで見たこともない圧倒的な力で、エーレを消し飛ばした...!

                *

 上半身が消し飛んだ状態でも、素材は多く回収できる。毛、尻尾、鱗、そして宝玉など様々だ。特に宝玉は、Gランクの魔物ならほぼ確実に剥ぎ取れるレア素材だ。売ればかなりの金になる。
 アレンも途中から剥ぎ取りに参加し、2人で素材を袋に詰めて持ち運ぶ。その最中、さっきの技について、「どうやればできるようになるのか」、「魔力の込め方が知りたい」などと、鼻息を荒げてしきりに聞いてくるアレンに少し気圧されながらも丁寧に応答した。解説してもあんまり理解してはもらえなかったが...。
 袋の中身が腹八分目くらいの量になったところで剥ぎ取りを終え、残りの残骸は燃やして灰にした。後はギルドへ帰って報告と弁償だ。アレンを連れてロンソー村を後にしようとしたが、そこで大声で待ったがかかった。女の声からしてクィンか。

 「オウガさん、あなたは何者なんです!?あのエーレの攻撃を2度もモロに受けても平然としていて...というか、もう傷が治っているじゃありませんか!!それに、さっきのあなたの攻撃、素手でエーレを消しませんでしたか!?サント王国で登録されている冒険者でいちばんランクが高い方でも、あそこまでの力はありません!いつから冒険者になっていたのですか!?どこでそんな力を得たのですか!?」

 一気に質問攻めでまくし立ててくる。しかも一文喋るごとに俺に詰め寄ってくる。だんだん俺との距離を縮めてくる彼女にアレンが少しムッとしていた。
 そういえば、爛れた両手と断裂しまくっていた筋肉がいつの間にか治っていた。あの程度のダメージなら、再生に1分も要らないのか。治癒魔法要らずで便利だ。
 というか、ああもう、うるさい近い汗くさい(が、少しいい匂い)めんどい。初対面の異性に普通ここまでグイグイくるかよ?

 「落ち着け。俺から言うことは一つ、俺のこの力のことは他言無用だ。後ろにいる兵士たちと気を失ってる隊長さんにも伝えておけ。これ以上話すことは無い。じゃあな」

 と、やっつけな感じで引っぺがし、さっさと村を出ようとするも、クィンがまだ話は終わっていないと食い下がる。

 「待ってください!あなたのような力を持つ人をほっとくわけにはいきません!私たちと王宮へ同行していただけないでしょうか?あなたが兵団に入って下されば、モンストールの討伐にも大きく「―うるさいなぁ」―っ!?」

 しつこい態度に不快感を抱き、魔力を込めた低い声で黙らせる。

 「一応、成り行きでお前らを助けた形になったってのに、出てくる言葉は、お前は何者かだ、我々と王宮へ来いだと、自分の要求ばかりかよ?図太くてウザい。俺が不快に思う典型的な人間だよテメー」

 俺の言葉にクィンがはっと息を詰まらせ、申し訳ない様子で頭を下げる。

 「...そうでした。勝手なことばかり叫んでしまい大変失礼いたしました。深くお詫び申し上げます...。あまりにも非常識な光景を目にしてしまい、気が動転してつい...ああ、いえ、隊長と私と仲間たちを窮地から救っていただき、ありがとうございました!...あの、できれば、お礼をさせていただきたいのですが...」

 いい奴なのか、ヤな奴なのかどっちだよ。メンドい女...。

 「お礼、ね。なら、俺たちはこれからギルドへ行って色々用事を済ませるから、その後、ギルドで落ち合ってそのお礼とやらをしてもらうってのはどう?食事しながら待つんで」

 「...王国への報告が少し長引くので、明日以降ではダメでしょうか...?」

 あまりにも困り切った表情(けっこうかわいい)で言ってくるので、それでいいと妥協する。今は、金がいっぱい欲しいしな。

 「...最後に、もう一つ。オウガってコードネームですよね?よければ、本名を教えていただけますでしょうか?」
 「それはダメだな。どうしても知りたいなら、俺から信頼を得ることだな。隣にいるアレンみたいにな」
 
 アレンの肩に手を乗せる。するとアレンがクィンを見てむふーとドヤ顔をきめる。

 「...そうですか。では、そのうちあなたから信頼を勝ち取らせていただきます!改めて、本当にありがとうございました!!」

 断られたのに、なぜか嬉しそうに顔をほころばせて信頼勝ち取り宣言しやがった。あーあ、これ絶対あとあと面倒事になってきそう...。
 再び頭を下げてお礼の言葉を言うクィンを尻目に、俺たちはロンソー村を出た。


                *

 「クィンって人、コウガの信頼を得るーって言ってたね?」
 「あーーそだね。あんまり構わないで欲しいんだけどな。まぁ。悪意は無いみたいだから放っといてもいいかもな」

 帰り道、歩きながら雑談に花を咲かせていると、アレンが先程のクィンのことを掘り返す。何つーか、人の心にずけずけと入ってくるタイプみたいな女だった。けど、見た目は俺のタイプではあった。悪い奴ではないだろうし、メル友とか飲み仲間とかのノリで絡むも良いかもな。

 「...コウガ、あの人のことかわいいとか思ってる...?」
 「イイエー、ソンナコトオモッテマセンゾー」

 アレンに見透かされ少し動揺するが、すぐ隠した。しかし、王国に着くまでの間、アレンにジト目で見つめられっぱなしにされる刑が執行され、体中に穴が開く思いをした。

 日没前に何とかサント王国に帰ってこられた。門をくぐってまっすぐギルドへ向かい、討伐報告を済ませに行く。
 中に入ってまず視界に入ったのが、今朝もいた受付嬢だ。メラさんっていったか。
 その彼女は、俺たちを見るなり、あっと声を出して凝視してきた。本当に戻って来るとは思っていなかったと言いたそうな表情だ。ま、俺自身も今日中に帰るのはきついと思ったしな。

 「約束通り、今日中にエーレ討伐してきたぞ。証拠になる素材も、ちゃんとあるからな。」

 そう言って、カウンターテーブルに袋2つを載せる。まだ信じられない様子で袋の中身を確認する。その際に、クエスト対象の生物の素材かどうかの真偽を見分ける「鑑定眼鏡」というモノクル眼鏡みたいなアイテムを用いて鑑定するそうだ。
 鑑定すること数秒、全てが本物判定が出て、報酬の話に入る。今朝壊したテーブルやガラスの弁償代を差し引いてもらい、残りの報酬金を全て手渡しで受け取る。

 この世界では、全大陸・王国で共通貨幣が導入されている。通貨名称は「ゴルバ」といい、赤・銅・銀・金の4種類の硬貨となっている。赤1枚=日本円でいう10円硬貨と同等の価値のようだ。そこから、銅1枚=赤10枚、銀1枚...と続く。
 で、今回の報酬が...

 「では、ギルドの器物損壊の賠償分を差し引いた分として、討伐成功分、素材の売却分、合わせて金貨500枚。つまり500万ゴルバが報酬金となります!」

 なんと。500万といえば、約2年間は遊んで暮らせる金額だ。弁償分差し引いてこんだけ貰えるのか。意外そうにしている様子の俺を見て、メラが説明してくれる。

 「Gランクを超えるクエストは、王国の命で正規に編成される討伐隊が主に受け
ることになっており、冒険者は、中々受けにくることはないのです。ですから、ここでは最高難易度のGランククエストを成功された冒険者には、規定の報酬にさらに追加褒賞金を上乗せすることになっているのです。
 さらに、冒険者ランクの昇級も必ず約束されます。今回オウガさんと赤鬼さんは、FランクでありながらGランクをクリアなされたので、大幅に昇級することになります。」

 その後、いくつか説明を受けたが、金さえ入れば後はどうでもいいので、ほぼ聞き流していた。隣にいるアレンも退屈そうにあくびを漏らしていた。とりあえず耳に入った内容は、俺たちの冒険者ランクがFからAまで大幅昇級したこと、今朝のような騒動はできればギルド内で起こさないでほしいこと、くらいか。外ならいくらでも痛めつけて良いんかい。
 説明をやり終えて一息ついた後、メラさんとやらは畏敬の眼差しで俺を見て、質問してくる。仕事としてではなく、私情で聞きにきてるな。

 「オウガさん、赤鬼さんも。あなた方は、今日から冒険者として活動する前は、何をなさっていたんですか?Gランククエストを1日以内でクリアして帰ってくるなど、少なくとも私が受付を務めている間は一度もありませんでした。あまり一個人の情報を私的に探るのはご法度なんですが、あまりにもイレギュラーな出来事でしたので...よければ、教えていただけますでしょうか...?」

 彼女が質問しているうちに、周りの冒険者どもも耳を傾けていやがる。ったく、ここで俺の素性が知られると、噂が広まって、この国の王宮に知られ、国から国へと広まって、ドラグニア王国にまで知られたら、少し面倒だ。コードネームで本名は知られないにしても、外見の特徴まで見聞されると、あいつらに俺のことを嗅ぎつけられる可能性が浮上するかもしれない。ここは誤魔化すに限る。そんでもって、俺に関することの情報規制を布いておくか。アレンに小声で口裏合わせておく。そして声をそろえて回答する。

 「「危険地帯でずっと修行していた」」

 単純に答えた。2人とも嘘は言っていない。暗い瘴気にまみれた地底でモンストールどもと戦ってきた結果が今の俺なんだから。
 俺たちの答えにメラさんとやらは、修行ですか...と呑み込めない様子で頷くことしかできていなかった。

 「今朝言い忘れてたことあるんだけどさ、俺たちはこう見えても王国内はもちろん、世界中でこういったことで目立ちたくねーんだよ。コードネームの宣伝は勝手だが、俺たちの外見、身体的特徴を広めることは止めてくれよ?もし他の国に漏らすことをすれば、慰謝料ふんだくってすぐに冒険者辞めるから。」

 少し剣を帯びた顔で警告した。少し青ざめた顔でコクコクと頷き了承してくれた。よし、もう一押し。

 「目立ちたくないとは言ったが、俺に悪意や害意を向けるようなことをすれば、人目憚らずに半殺し、場合によっては殺すこともするかもな。
 例えば、今朝ここでやった“ご挨拶”以上の惨劇を披露したりとか…なぁ?」

 最後の一言は、周りの奴らにも聞こえるように声を上げ、凶悪な笑みを浮かべてぐるりと見まわした。今朝もいた冒険者や酒場客が何人かいて、そいつらは俺の笑顔をみるなり、顔面蒼白になったり、短い悲鳴を上げたり、目を合わせないよう顔を絶対に受付の方へ向けないようにするなど、色々面白い反応が見られた。宣伝と警告は十分だな。
 これ以上居座ると気まずい空気になるだろうし、もう出よう。最後に、明日あの兵士団がここに来ることがあれば、ここからいちばん近い宿にいる、とのことの言伝を頼んだ。

                   *

 翌日、近場の宿の一人部屋で起床し、隣部屋にいるアレンを部屋に入れる。二人部屋で良いと不満そうにしていたが、そこはまぁ、男女が同室で一夜を過ごすのはなんかアレだから、どうにか了承してもらった。その代わり、昨日の兵士団が訪ねるまでの間は同じ部屋で過ごすことを強制された。アレンはけっこう人肌恋しいお年頃なのか?
 食事を済まし、昨日俺が披露した技の授業をしていると、ドアを叩く音が。開けると案の定、昨日の兵士団の奴だ。来たのはクィン一人だけのようだった。

 「おはようございます!早速ですが、昨日のお礼として渡したいものがあります。中でお話しさせていただけますでしょうか?」

 俺の顔をみるなり、昨日の最後に見せた笑顔で挨拶してきた。何か俺を見る目が尊敬する人と対する感じだな。あの戦闘光景がよほど印象に残ったみたいだ。
 クィンを中に入れ、彼女がアレンを見るなり、やや赤面した顔で俺に問いかける。

 「あの、昨晩はお二人ここでお泊りされたのでしょうか...?ど、同衾したのでしょうか!?」

 色恋じみた質問してきやがったよコイツ...。やなんだよこの手の質問は。

 「落ち着け、それぞれ別の部屋で泊まった...」
 「私は二人で良いって言ったのに、別々にされた...寂しかった...。」

  俺が言い終わる前に、アレンがしょぼんとした様子でセリフをかぶせてきた。止めてくれアレン。そのやり方は俺に効く。止めてくれ。
 ほらぁ、クィンが赤面してワタワタし出すし。適当に宥めてさっさと本題に入る。

 「で、何を渡してくれるんだ?」
 「あ、はい!王国から出された報酬で、オウガさんと赤鬼さんの分の入国許可証を発行しました。これは、ここサント王国はもちろん、他の全ての同盟国へ入国できるものです。それに、この許可証は私たち兵士団や王族でしか発行されないきまりだったのですが、私とコザ隊長、他の兵士の方々の進言で国王様の許可をもらいました。これでオウガさんと赤鬼さんも他の国に自由に行き来できます!あと、金貨50枚と少しですが、礼金として...」

 これは、思わぬ貰い物だ。あの通行証はこの国しか対応していないみたいだから、どこでも入国できるというのは非常にありがたい。単に金をもらうより嬉しいな。

 「私も貰っていいの?昨日の討伐クエスト、私全然活躍してなかったのに...。」

 アレンが遠慮がちにクィンに聞く。昨日は俺の戦闘を観戦していただけだった。何もしていなかったのに、自分にも褒美を貰うことに後ろめたさがあるのか。

 「気にしないでください。オウガさんの仲間も恩人として扱うことになってます。遠慮はいりません!」
 「そうだぞ、貰っとけ。アレ...赤鬼もエーレといい勝負するくらいに強いんだ。これは、クィンたちの将来の期待としての先行投資と思えばいいんだ。ここは受け取っとけ。」

 アレンの頭に手を乗せて軽く撫でて諭す。

 「...コウガ...。」
 アレンはほんのり頬を染めて俺を見つめる。あーもう可愛いな。
 同時に、呟く様に言ったアレンの発言にクィンが反応する。そして嬉しそうに俺の顔を見て、

 「...“コウガ”っていうんですね。お名前...。ここで分かるとは思いませんでした、コウガさん!」

 と満面の笑みで言った...!しまった!アレンが口を滑らせたせいで本名が!
 アレンも数秒してあっと口を覆った。つい言っちゃったといった様子だ。

 「あー、はい。そうです、コウガです。改めて名乗ります。」

 仕方ないから名前だけ明かした。

 エーレ討伐の時と同様、北口から出て、地図に従い東へ進む。因みに、ロンソー村は、真っすぐ北の方にある。
 人が整備したであろう道を歩いている間は、魔物が出ることはなかった。ああいうのが出てこないところにこうやって道を開拓したのだろう。

 1時間程進むと、道が無くなり、荒れ地が続いていた。荒れ地を進んでいると、魔物や普通の猛獣が現れるようになった。この辺りが、こいつらの縄張り・住処だったりするみたいだ。レベルは5から20を超えるのがちらほら。洞窟にいたのとあんまり変わらないくらいだ。
 敵が襲ってきたら基本アレンに倒させていった。彼女のレベル上げの為に。魔物の中で食えそうな奴は肉を剝ぎ取って、休憩の時に調理して食べたりもした。

 荒れ地を進むこと数時間。湖畔に着いた。日が暮れてきたので、ここで野宿することに。サント王国で買っておいた野営セットを取り出し、テントを立てる。その間にアレンは湖で体を洗いに行った。洗うついでに、鮎っぽい魚を捕まえて食材もゲットしていた。頼もしいが、素っ裸のままこちらに戻ってきたので、慌てて上着を放る。

 「せめて、何か羽織ってくれ...」
 「?......あ。ゴメン...(赤面)」

 少し恥ずかしげにしていたが、動揺している俺を見てニヨニヨしていた。俺は死んだ身だが、生前と同じく欲情はしてしまうらしいな。ただ、性欲の方は我慢できるみたいだ。性行為とかできるのか?アレンを見やるが、さすがに彼女で実験するのは気が引けるので、またいつか試すか。

 「アレンは、俺に裸を見られて平気なのか?」

 さっきのアレンの反応を思い出し、つい聞いてしまっていた。

 「あまりにじっと見られるとちょっと恥ずかしい...。けど、段々慣れてきてる。私たちの村では、お互い裸見られても全く気にしてなかったなー。私は恥ずかしかったけど」
 「...それが普通の感性だぞ?アレンはそれで良いんだ」
 「んー。でも、いつか誰かと子づくりして鬼族を再繁栄させなければいけない...。仲間が見つからなかったら、コウガにお願いしたい...」

 体を少しくねらせながらそんなことを言う。

 「...死んだ俺とか?ゾンビが子づくりなんてできるのかぁ?」
 さっき疑問に思ったことを口に出してしまう。

 「...試してみる?できるんなら、コウガとの子どもも良いと思ってる」
 「おお...そうか。...いや、今はいいや。全て終わったら、その時に考えようぜ」
 「...うん!約束」

 まさかの相手からのお誘いだった。けど、今ヤッてもしも子どもができたら、彼女の復讐に支障をきたすから、終わった後に色々試そう。
 できれば、アレンとはそういった関係になれたらいいな、と、この時俺はそう考えていた。

 その後、俺も水浴びしに行く。宿でも自分の体は見てみたが、生前とは少し変わっていた。体脂肪率5%を切った細身の筋肉質の体に加え、なんか灰色の線がところどころ入っていた。モンストールを捕食した影響かもな。捕食することで、モンストールや魔物の身体的特徴まで遺伝する可能性があるみたいだ。どんどん人間から離れていくなぁ俺。
 そんなことを思いながら洗っていると、割と近いところで、アレンが俺の裸をじーっと眺めていることに気付く。何してるんだと聞くと、さっき裸を見られた分、私も俺の裸を見るとのこと。若干興奮した様子でしっかり見てくる。...好きに見せるか...。
 
                 *

 それから、湖畔を発ち、雑木林を進み、荒野を進み、2日程歩き進んで、昼休憩をとっていると、こちらに近づく気配がした。アレンも匂いで気付いたようで、俺に頷きかける。この速度からすると、馬で移動しているな。それに...1人で来ているな。
 ...誰が来るのか大体察しがついた。俺たちに追いつくための馬移動か。

 「一体何しに来たのかね...」
 アレンに警戒を解かせ、“彼女”が来るのを待つこと約5分。


 「良かった、ここで追いつけました...!」


 約3日前、サント王国の宿で世話になって別れたクィンが来た。

 「何で俺たちのところに?それも1人で。馬を走らせるってことは、急ぎの用みたいだが?」

 素朴な質問にクィンが言いにくそうに答える。

 「あの時、宿でお別れした後、兵士団をまとめているコザさんから呼び出されて、彼と国王様による極秘任務を任されました。その内容は...コウガさん、アレンさんお二人の監視せよ、とのことです」

 ...まぁ、上層部からすれば、部下を救ったとはいえ俺たちは突然冒険者として現れ、Gランクの魔物を圧倒した未知で強大な力を持った得体の知れない人物だ。そんな奴らを野放しにするのは、世界規模ではあまり安心できない案件になってくる。そこで、世界の脅威になり得るかどうかを判断するための処置を施しにきた、ということなんだろうな。

 「何で監視しにきたのかは、大体察しがついたよ。大変だな、兵士というのは」
 少し同情するように言う。クィンは申し訳なさげに話を続ける。

 「それに、以前お伝えした首無し事件の犯人を捜すべく、国境外での捜索任務も兼任で来ています。お二人の監視と犯人の捜索。これが私に下された任務です。
 今回、お二人のいちばんの顔見知りである私がお役目として遣わされることになりました。まるでお二人を要注意人物と見なし、事件の容疑者としてまで見られているようで、申し訳ない気持ちです...。
 けれど、サント王国を悪く思わないでください!モンストールの侵攻もあって、国王様もあまり穏やではいられないご様子でして...。すみませんが、ご理解とご協力をお願いします...!」

 長々と説明し、最後に、以前もみたあの丁寧な辞儀をしてみせる。王国は、間違いなく俺たちを犯人と疑っているな...。どこまで疑っているかは分からんが、良くは思っていないだろう。クィンは俺を犯人だとは今のところ思っていないみたいだが。

 「...もし、クィンがこの先魔物やモンストールの手によって命を落とした場合、たとえ俺が殺してなくても、上の奴らは俺が消したと判断して、俺を世界規模で指名手配するだろうな。つまりこれは、サント王国が、俺が信用に足る存在かを試していることとも捉えられる」

 この手の展開は、いろんな漫画やラノベで見たことあるから、簡単に予想がつく。もちろん、10割本当ではないと思うが。クィンを見ると、大変驚いた様子でいた。

 「...まさか、そんな裏もあったなんて...。コウガさんは凄いですね!私には全く考えてなかったことです!」
 「コウガ、頭良い。そんなことまで分かるなんて...!」

 二人とも俺の推理に感嘆の声を上げる。前例がある分、簡単に分かることだが。

 「...だとしても、王国が勝手にやったことで...国王様に代わって謝罪します。ですが気を悪くしないでください...。国王様に悪気は無いと私が保障します」

 ...悪気は無い。ただもしもの時えの備え、だろう。一度も顔を合わせたこと無いし、信用されないのも当然だ。というか、気になることもある。

 「サント王国に悪意がないことは分かった。それで、何でここに俺たちがいるって分かったんだ?次行くところは教えていなかったよな?」
 「...以前渡した入国許可証に、発信機が付いていたようです。私も知りませんでした。発行した際に仕込まれてたんだと思います」

 そういうことか。用意周到だな、あの国王は。どんな奴か、機会あれば面を拝んでみたいぜ。

 「事情は分かった。ま、相手がクィンで気が楽だよ。それに、俺もアレンも他の国のこと全然知らないから、案内人としても頼らせてもらいたい。だから、しばらくの間よろしくな」
 「よろしく、クィン。一緒に旅しよ?」
 「...!はいっ、よろしくお願いします!!色々案内させていただきますよ!」

 俺とアレンに歓迎されて、さっきまでの陰りが吹き飛び、明るい笑顔で挨拶したクィン。
 こうして、クィンが新たに同行した。




                                第2章 完

皇雅のクラス(副担任含む)が異世界召喚されて、10日と少し経った後、下位レベルモンストールを相手にした実戦訓練で、皇雅が廃墟から落ちていった時のお話。


縁佳視点
 甲斐田君が落ちた。モンストールと一緒に落ちていった。最後に、私たちを射殺さんばかりに睨み付けたまま、怨嗟の炎を湛えた眼を向けたまま、彼は私たちの視界から消えていった。
 私は、彼を助けられなかった。見捨ててしまった。彼は、最後までクラスのみんなと和解できないまま、ここからいなくなってしまった...!
 私が彼にしてやれたことは、何もなかった。クラスで孤立していく様をただ見ているだけ。歩み寄ったこともあったが、却って彼の傷口を広げる結末だった。

 ―私、高園縁佳は、甲斐田君が落ちていくのを、顔を悲痛に歪めて見ていることしかできなかった。

 (甲斐田君...!助けてあげられなくてごめんなさい...!助けたてあげたかった、みんなと和解させたかった、もっと...お話したかった...!)

 内なる想いを声にして出すことはなく、ただその場で膝をついて涙を流すことしかできたかった。
 そして、私と同じく...いや、私と違って、声を出して彼の喪失を悲しむ人がいた。
 美羽先生だ。

 「甲斐田君!...ああっ!!こんな、こんなのって...。」

 廃墟を崩落させる直前、彼女は甲斐田君のもとへ行こうとしていた。彼女だけが、甲斐田君を助け出そうとしていた。だが、周りにいた兵士やクラスメイトに止められ、それを成すことはできずに終わった。
 甲斐田君が落ちて消えた時、彼女だけが、悲痛の叫びを上げていた。
 新任で、まだ3ヶ月少しの時しか交流がなかったのに、生徒一人一人の相談に乗り、同級生のように親しく接し、クラス全員を本気で大切に想いっている人だ。
 そんな彼女が、甲斐田君のことも当然大切に想っていたことは、こちらに痛いくらいに伝わった。

 その後、甲斐田君除く全員が無事王国に帰還し、私たちの今後の方針を聴く。
 私たちは今後、世界中の各国に6~7人編成でそれぞれ滞在することになり、モンストールと本格的に戦うことになるらしい。私は、ラインハルツ王国というここから最南部のところに滞在することになっている。
 他国に行くのは、この国で訓練を重ね、十分な戦力になれた時だ。具体的には、模擬訓練で遭遇したあのGランクモンストールを倒せるくらいの戦力が必須条件だ。

 この条件を聞いた時、クラスメイトのほとんどが無理だと嘆いたが、カドゥラ国王の説得でどうにか従う流れになった。
 そして、クラスメイト全員が、以前よりも気合入れて訓練に励むようになった。あの模擬訓練を経て、遊び気分の気持ちが無くなった。それは、私も例外ではない。
 甲斐田君の時のような悲劇をもう繰り返さないために、そして可能性は低いが、彼の生存を確認すべく、あの場所の地下へ捜索するために、強くならなければならない。
 (もし、甲斐田君が生きていたら、絶対救ってみせる!もし、生きて会えたなら、今度は仲良くお喋りしたい、一緒に戦って親しくなりたい!
だって私は、甲斐田君のことを―)



美羽視点

生徒たちの前で、一人だけ声を上げて泣いていた。私だけが感情を吐き出していた。マルス王子が甲斐田君を見捨てると決断した時、居ても立っても居られず、私だけでも彼を助けようと降りにいこうとするも、もう時間が無い、間に合わないと周りから止められる。
 そのせいで、彼を助けることができなかった。味方であると、頼ってほしいと言っておきながら、こんな時に何もできずにまた彼を傷つくことを止められず、ついには私たちの前から消えてしまった...。
 今ほど自分の無力さを呪ったことはない。先生でありながら、彼を支えることが全くできなかったことを嘆かずにはいられなかった。
 そして、甲斐田君が落ちていったことを悲しむ生徒が殆どいなかったことが、私の心をひどく痛めた。本当に彼がクラスメイトほぼ全員と仲良くできてなかったのだなと、理解させられた。

 私は認められなかった。

 甲斐田君が死んだなんてことを認めていない。地下深くのどこかで、生きていると、私はそう考えている。現実から目を背けていると言われればそうかもしれない。でも、そう思わずにはいられなかった。
 みんなと違って恵まれないステータスでありながら、誰よりもモンストールを倒したあの実力。恵まれないなりに工夫して、努力して、自力で強くなった彼なら、きっとどこかで生き残っていると信じている。

 だから、私は強くなって、この世界を救うとともに、甲斐田君も救いに行く。ここで私が諦めたら、もう誰も彼を救う人はいない。私だけでも救いに行く。
 そんな決心をした私のもとに一人の生徒が歩み寄る。高園さんだ。

 「美羽先生、私も一緒に訓練させて下さい!美羽先生も、あの廃墟の地下にまた行くんですよね?」
 「...!ええ、もちろん!高園さん...いえ、縁佳ちゃん!甲斐田君は生きている。今は無理だけど、強くなれば救いに行ける。私は諦めないて決めたから!」
 「...はい!私たちだけでも、甲斐田君を助けましょう!」
 「...縁佳ちゃん、あなたは甲斐田君のことを大切なクラスメイトだって思ってくれてるのね。数少ない、彼の親しい友人になれるわ!今度こそ!それとも...恋人かな?ふふっ。」
 「こ...!?私はそんなこと...。でも、仲良くなりたいとは、思ってます...。はい...」
 それを聞いて、私の中に希望の光が灯った気がした。一人でも同じ考えを持つ人がいてくれると、こんなにも活力が湧いてくるんだと感じられた。
 ...甲斐田君にも、こんな仲間がいれば、きっとみんなと―

                 *

 この時、私たちの他にも、彼の喪失に心を痛め、彼を想っていた人がいたことに、気付かないでいた。

 (あの男は、余だけではなくお前や父上にも不敬な態度をとっていた。そのくせに貧弱な職業とステータスときた…。そんな奴を助けて我らになんの得がある?ここで切り捨てることが、ドラグニア王国の負担を減らすことになれるのだ!)
 (価値無きグズに構うほど、今のこの世界は甘くないのだぞ?)
 (貴様らも…死んだあの“ハズレ者”のようにはなりたくないであろう?ならば一層励め)

 「………っ」

 ミーシャ王女は、自分の部屋で一人悩んでいた。
 異世界から召喚した若い男女の集団…今は救世団と言われている彼らの最初の実戦訓練が終わってからの数日間、ミーシャはずっと“あの事”を引きずっていた。

 甲斐田皇雅の消失。そのことに対してミーシャはずっと悔やんでいた。
 ミーシャにとって皇雅は異世界の人間の中で何故だかいちばん話しかけやすい男だった。
 最初は何故彼に興味が惹かれたのかは分からなかった。けど今ならその理由は分かっている。
 だからミーシャにとって皇雅は大切な仲間同然の存在だった。

 しかし皇雅をそう思っていた者は自分を含めてもほんの少ししかいなかった。
 自分の父と兄は皇雅の不遜な態度を不愉快に受け止め、その後に彼のステータスが他より優れておらず平均以下だと知ると、彼をいない者として扱った。
 他の王族と一緒になって皇雅を使えない駒だとか色々貶して、最後は彼が消えてしまったことに対してもどうでもいいといった反応しか示さなかった。
 “ハズレ者”に価値など無い、いなくなったことでお荷物が消えた…。王族からは皇雅に対してそんな侮蔑発言しか聞こえなかった。

 (そんな、ことはない…!)

 自分のステータスが分かった時、皇雅は確かに絶望していた。
 しかしそこから彼は折れることなく己を鍛えることに尽力していた。
 誰からも相手にされず一人で訓練に励んでいた。
 ミーシャはそんな皇雅に惹かれていた。

 彼女が彼に引き込まれた理由…それは二人はどこか似ているところがあったのだ。
 ドラグニア家の血を引いた人間は、代々戦闘に秀でた者が生まれ出ると決まっていた。現国王のカドゥラも王子のマルスも、それぞれ魔法に秀でた才を持っていた。
 しかしミーシャには、武術にも魔法にも才能が無かった。幼少からマルスと同じく訓練に励んでみたが成果が出ることは全くなかった。
 それにより彼女は王族から冷たい目で見られるようになった。実の父や兄からもだ。母だけはそんな目で見ることなく優しく接してはいたが。
 唯一政治や軍略に秀でた才があったお陰で、彼女はいない者として扱われずに済んだ。
 ミーシャも周りと比べて才に恵まれていない者であった。そんな自分の負の部分と皇雅の境遇とでどこか共通点を見出したのだろう。

 どこか似ている…そういった想いからミーシャは皇雅によく話しかけた。
 そして次第にミーシャにとって皇雅は親しい人となった。同時に憧れにもなった。
 恵まれないながらもずっと前を見て強くなろうとしている。色々工夫して成長しようとしている。皇雅のそんな姿に目が離せなかった。
 彼を見ているとミーシャも頑張れる気持ちになれた。元気になれた。
 自分に戦いの才能は無いけど、違うやり方でこの世界に必要とされる人間になろうと思わされた…!

 (もう……彼の頑張っている姿を見ることは、できない……帰っては来ない)

 憧れとなった皇雅はもういない。モンストールとともに闇の底へ消えてしまった。あれはもう助からないと思っていい。美羽や縁佳はきっと生きていると言っていたが、あれは現実から目を逸らしているだけ。本人たちの前では言えないが諦めるべきだろう。

 (何度謝罪しても赦されることじゃない…私はそれだけのことをしてしまった)

 自分が皇雅を異世界から呼び出さなければ彼が死ぬことはなかった。自分たちの窮地を救わせる為に行ったことが、せっかく親しくなれた者の命を散らす結果を招いてしまった。

 「ごめんなさい…ごめんなさい……」

 今日もミーシャは、もう会うことが出来なくなった少年に謝罪の言葉を口にしていた。

 数日経ってから、ミーシャは新たな提案を国王に出した。
 救世団のメンバーを数人他の大国へ派遣して戦力を補充させるという方針だ。
 一人一人が兵士数十人分の戦力を持つ戦士が30人以上も同じ国にいると、世界各国の軍事バランスを大きく揺るがしてしまう。それによる他国との親交が途絶えるのを防ぐため、同盟国全てに召喚人を均等に派遣する。これがミーシャが考えた最善の政策だ。
 彼女にできることは、こうやってモンストールに勝利する戦略を練り続けることだ。体がひ弱な分、頭脳でカバーすることしかない。
 それを分かっているミーシャは、より一層頭を働かせて人族がモンストールに勝利する為の政策と軍略を導き出すのだった。

 しかしミーシャが提案した他国への派遣案は、美羽と縁佳を絶望させるものとなってしまった。

 (国王様!私たちを他国へ派遣させるのを、延期させていただけませんか!?)
 (私たちはもう少ししたら最初の実戦訓練でいなくなってしまった甲斐田君を捜索および救助する為に瘴気の地底へ探索に行くつもりなんです!)

 二人はこの国に残って、皇雅を救出しに行こうとしていた。しかしカドゥラとマルスによってその意見は却下された。
 救世団の誰を派遣させるかは国王たちに決めさせることを約束させられたことが、こんな結果を招いてしまった。


 「ごめんなさい…。私が考えた政策のせいで、お二人の邪魔をしてしまって…」

 美羽と縁佳が他国へ出発する日、王宮を出る前にミーシャは二人に謝罪した。

 「ミーシャ様…謝らないで下さい。私はあの日までずっと現実から目を背けていただけでしたから。甲斐田君があの状況から助かるなんて、奇跡が起こっても可能性は絶望的だと、本当は分かってたんです」
 「私にとっては、諦めるきっかけをくれたというか…。後は彼が生きていることを祈って信じるしかないと、思ってます」
 「お二人、とも…」

 言葉とは裏腹に、二人はまだ皇雅のことを気にしている様子だった。それを見たミーシャは、どこか安心した気持ちになった。

 「私…安心しました。私以外にもカイダさんのことを大切な仲間だと思っている人がいたことを」
 「ミーシャ様も…甲斐田君を?」
 「はい。彼はステータスに恵まれないながらも懸命に努力していました。私にとってあの姿は憧れでした。
 カイダさんはあんなところで消えるべき人では、なかったんです…!」

 二人はミーシャの言葉を黙って聞いていた。やがて美羽がミーシャに礼を言う。

 「こちらこそ、甲斐田君のことを理解してくれてありがとうございます。甲斐田君は…強い子です!」

 別れの言葉を交わして、美羽と縁佳、他4名はそれぞれ他国へ出発した。
 美羽はハーベスタン王国へ、縁佳たち5名のクラスメイトはラインハルツ王国へと向かった。

 「皆さん、勝手で申し訳ありませんが、この世界を救ってください…!」

 出航して行った船を見つめたミーシャは一人そう言った。

 その後、部屋に戻って次の政策と軍略の案を考えている最中、休憩がてらに新聞に目を通していると、冒険者の記事に気になる内容が書かれていた。

 「無名だった冒険者二人。幻獣≪エーレ≫を討伐したことで、FランクからAランクへと異例の飛び級昇進。
 コードネーム………… “オウガ”と“赤鬼”」

 新聞を読み終えたミーシャは、休憩を終えて再び政務に戻った。

 クィンと同行することになってからも、俺たちの移動手段は依然変わらず徒歩だ。そのことに彼女は驚いていた。国から国への移動は、普通は馬か船かで移動するものらしいから、俺たちの移動方法がどれだけ非常識だったのかを学習した。だが、今更手段を変えるのも無理があるので、クィンには申し訳ないが、お付き合いさせて頂くことにした。
 クィンが乗ってきた馬は、この先連れて行くのも仕方ないので、野へ逃がしてあげた。戦闘力が高い馬なので、この地帯でも生きていられるだろう。クィンは寂しそうに馬を見送った。

 「ところでコウガさん、アレンさん。二人はイード王国に何か用事があるのですか?」

 歩いている最中、クィンが唐突に聞いてきた。同行を始めてから彼女には次はイード王国へ行くと伝えている。

 「明確な用事は無いんだよなー。ただ何となくそこへ行こうってノリで行くことを決めたから。言うなれば旅だな」

 パッとしない理由である。俺の「元の世界へ戻る手がかり」、アレンの「里を滅ぼした敵への復讐と離れ離れになった仲間の情報」って一応やりたいことはあるのだが、イードにそういった手がかりがあるという確信は無い。まあ行ってみようか、って感じだ。

 「そうですか…。世界を旅する、私も昔はそういうことをして生きるのも良いと思ってました。今も少し憧れはあります」
 「旅に憧れてたのか。なら良かったんじゃねーか?俺たちを監視しに来たお陰で旅が出来てる。他国へ行くことが出来る」
 「ふふ、そうですね。いつの間にか夢が叶ってましたね」
 
 クィンは可憐は少女のように笑う。そういえば彼女は俺より年上なんだよな。笑っている時はあんまり年上には見えないや、同年代にしか見えない。ちなみにアレンは常時同級生のような存在だと思っている。

 「そういや、サント王国とドラグニア王国は別々の大陸にあるんだったよな」
 「え?はい…ここからドラグニア王国へ行こうというのなら海を渡る必要があります。船で一日以上はかかる距離です」
 「やっぱりそれだけ離れているんだよなぁ」

 つーか、俺はどんだけドラグニアから離れたところから地上に戻ってきたのか。まあ…あの時地図も無い状態で真っ暗で方向感覚が分からないまま闇を走り回っていたから、遠い遠いどこかに着くのも納得できるか。
 けどそうなってくると、俺は知らないうちに、海を通り越してサントの国境に入ってたのか。本当に海よりも深いところに落っこちていたんだな、人間には猛毒となるあの瘴気まみれの闇に……。

 俺のリアクションを意外そうに見たクィンは、もしかしてと言わんばかりにさらに聞いてくる。

 「コウガさん、この世界の地理をあまり分かっていないのですか?」
 「あ、ああ。あまり勉強してこなかったもんで、地理や歴史とかの社会科は全然詳しくないんだ」

 異世界召喚されたから、とは今は言えない。

 「よければ、私が色々教えましょうか?大陸や国、種族のことなどを」
 「それはありがたい。教えてくれ」

 最初にいたあの国では、何も教えてくれなかったから、ちょうどいい。召喚されてからひと月くらい経って、ようやくこの世界を詳しく知ることができそうだ。



                   *

 この世界には、4つの大陸がある。
 北にアルマー、西にベーサ、東にオリバー、南にデルスという名前だ。
 さらにそれぞれの大陸に人族の大国が5つある。
 アルマー大陸には元クラスメイトやクズ国王やクソ王子どもがいる『ドラグニア王国』。ベーサ大陸の南部にクィンが住んでいる国の『サント王国』、その北に位置するのが、これから行く『イード王国』。オリバー大陸には『ハーベスタン王国』。デルス大陸には『ラインハルツ王国』。
 このうち、内陸国となっているのが、サントとイードで、残りは海洋国だ。
 各大陸には、魔族の国や里もある。ひと昔に、人族のそれぞれの大国の国王と不可侵条約を結び、領地を安定させている。

 魔族にもいくつか種族がある。
 アルマー大陸には『竜人族』が住んでいる。ドラグニアとの領地比率は3:7。竜人族は少ないからこの比率らしい。
 ベーサ大陸には『獣人族』が住んでいて、この種族とサント・イードの2国との比率が4:6だ。獣人族は、魔族の中でいちばん人口が多い種族で、様々な種類の獣人が一緒に暮らしているそうだ。
 オリバー大陸には、魔物を従えられる人間の『亜人族』が住んでいる。この種族とハーベスタンとは、同盟を結んでいて、世界で唯一、人族と魔族が手を取り合っている形らしい。
 
 因みに、かつてベーサ大陸には鬼族が暮らす里があったのだが、アレンに聞いた通り、モンストールによって滅ぼされ、今はどこかの大陸に散り散りに暮らしているそうだ。噂では、人族や他の魔族のところに上手いこと住まわせてもらっているのもいれば、魔族に殺されるもしくは、隷従させられているらしい。
 それを聞いた時、アレンが身震いしていることに気づき、背中をさすってあげた。仲間がどうなっているか心配でしかたない様子だった。

 また鬼族以外にも滅んだ種族がある。それは『海棲族』だ。文字通り海中で暮らしていて、その海域はデルス大陸の周囲に存在していた。それなりに栄えていたのだが、数年前モンストールと頻繁に争い抵抗していたが、圧倒的戦力の前についに滅んでしまったのこと。
 現在栄えている魔族は、先に出てきた3つの種族だけだ。


 そして、モンストールの生態についてだが、現在も解明はほとんどされていない。ただ
奴らの住処は分かっている。それぞれ国を囲むようにモンストールが支配する領土がある。人族は現在モンストールの巣に囲まれる形になっている。囲まれると言っても、奴らは基本地下深くに住んでいる。俺が落ちたあの地底にだ。
 支配圏の地上に人族や魔族が踏み入ると、迎撃しにくる。定期的に人族の領地を侵略しに行くが、近年成功したことはないとのこと。海にも生息する奴はいるが、少ない。海底からさらに地下深くに陸地をつくり、そこで住むのが殆どらしい。
 俺は、どうやらそんなところに落ちていたようだな。海底よりも深いところとか、いったい何キロあったのやら…。



                     *

 「以上が、この世界についてのことです」

 数分にわたって、クィンが丁寧に説明してくれた。途中何度か魔物が襲ってきたが、アレンが全て返り討ちにした。

 「魔族とは、世界的には、争いはしないが、協調もしないって感じなのか。共通の敵であるモンストールを倒すべく、お互い同盟を結んで、ともに戦おう!――ってわけじゃないんだな」
 「ええ。実際は、私たち側が魔族に同盟関係を持ち込んだのですが、魔族側としては自分に降りかかる火の粉は自分たちで払う、という主観を重用しているらしく、今も同盟に応じてくれていないのです。争いはありませんが、味方とも呼べないのが現状です」

 なるほどな、ドライな関係と言えるかもな。険悪でもないようだし。

 「十分分かったよ。ありがとうクィン」
 「いえ、お礼を言われるほどじゃありません。…えへへ」

 礼を言われて少し嬉しそうに笑うクィン。ありがとうは言われ慣れていないのか。
 なぜかやる気に満ちた様子で先を歩くクィンをしり目に、さっきから喋らなくなったアレンに声をかける。

 「生き残りの仲間はきっと今も生きている。俺も協力するから、助けに回ろう」
 「…ありがとう。頼りにしているね、コウガ」

 気休め程度の言葉しかかけられなかったが、アレンの表情が幾分柔らかくなっていたので、安心した。
 しばらくして、ようやくイード王国の入国門に着いた。

 門番にアレンからもらった許可証を見せて、難なく入国する。
 イード王国。ここも大きな通りに屋台がいくつか並び、いろんな人がいる。サントと違う点を挙げるなら、独特な料理があるところとか、だ。元の世界にもあったカレーやラーメン、ケバブのようなものが見られた。
 
 「イード王国は、世界で初めて作られた珍しい料理がたくさんあることで有名なんです。食文化がいちばん発達した国ですね」

 クィンの説明を聞きながら、いろいろ屋台を物色して回る。一回りしたところで、そろそろ俺とアレンの旅の目的の手がかりを探すことにした。

 「この国の冒険者ギルドへ行ってみよう。そこで何か知れればいいが。例えば鬼族の生き残りを見たとか」

 二人とも賛成してくれたので、ギルドへ向かう。
 ここのギルドの外装も以前見たのと似たものだ。ただ、建物は2階立てだった。
 中は、1階に受付とクエストのパーティ同士の話し合いの場の広場がある。2階にレストランがあり、そこで食事ができるようになっている。
 情報を得るには、酒場で、ってのが鉄則だ。早速2階へ行こうとすると、受付嬢に呼び止められる。

 「すみません!お二人は、以前エーレの討伐クエストを成功なさった冒険者ではないでしょうか!?」

 と大声で呼び止めるから、広場にいた冒険者たちがギョッとした顔で俺たちに注目する。
 半目で受付嬢を睨むと、彼女はハッとバツが悪そうにして、頭を下げる。

 「ご、ごめんなさい…!大声で言うことではございませんでしたね。Aランク冒険者のオウガさんと赤鬼さんですね?サント王国のギルドからお二人のことは聞いております!
 申し遅れました。私はギルド受付嬢兼ギルド副マスターのレイと申します!」

 なんか声がデカくてテンションも高めで胸もデカい。そんなレイさんとやらにやや気圧されながら、会話に応じる。

 「レイさんとやら。俺たちを呼び止めてまで一体何の用件で?つーかギルド側から話しかけるなんて珍しいな」
 「2日前このギルドに、Gランクの討伐クエストが出たのです。討伐対象はモンストール。それも群れの討伐です。しかもどの個体も上位レベルだという情報も届いております。
 この世界はご存知の通り、モンストールが私たちの暮らしを脅かす時代で、この国にも奴らの侵攻がいつ来るかも分かりません。そんなモンストールが、群れをなして人里に現れたとの報告をうけました。甚大な被害報告はまだ出ていませんが、早急に討伐しなければなりません。
 そこで、あのエーレを討伐したオウガさんと赤鬼さんがここに訪れて下さったので、これは討伐依頼するチャンスだと思い、こうして声をかけさせて頂きました!」

 と一息に詳細を話して、最後に机にバンッと手を乗せる。
 モンストールが人里に現れるのは、いつかはあるんじゃないか、と思っていた。いずれ世界を侵食する奴らのことだ。人族を滅ぼすべく、本格的に動き出したってところか。モンストールの討伐は、何よりも優先すべきである緊急クエストとされている。一緒に聴いていたクィンは険しい表情になっていた。

 「モンストールがついに人里に...。もう戦争は近いのでしょうか…?」

 深刻に考えている彼女をよそに、レイさんに質問する。

 「この国の兵団はどうした?いちばんに出張る奴らだろうに」
 「それが、別の方でもモンストールが出現して、それに対応しているのと、討伐に行った兵団はいましたが、まだ帰ってきていないらしく、おそらく…」
 「なるほど、てこずっているわけか」

 ところで、冒険者たちが遠巻きに俺たちを見て何か言っている。

 「あいつがあのエーレを討伐した冒険者たちだと!?」「たった3人でか!?」「いや、一人はサント王国の兵士だぞ。なんでここにいるのかは知らんが。」「じゃあ二人で行ったのか!?ありえねー」「あんまり強そうじゃないよね。Aランクって本当?」

 などと、俺たちをについていろいろ言っている。後から聞いた話によると、冒険者の情報は、全世界のギルド間で共有される。そこからさらに王国にも報告されることになっているから、ギルドと王族に俺のことは伝わっているらしい。

 「それで、オウガさん、赤鬼さん。このクエストを受けていただけないでしょうか?」
 「……」

 黙って考える俺にクィンが頼みにくる。

 「コ…オウガさん。行きませんか?兵士の私としては、見過ごせない案件です。人々をンストールから守るのが私のすべきことなので。勝手なのは承知です!ですが、お願いです!」

 アレンを見やると、彼女もやる気だった。家族を死に追いやったモンストールを倒したいようだ。モンストールへの復讐が目的だったな。
 クィンの勝手だけなら頼みを蹴っていたが、アレンがやる気なら、まぁやらないこともない。ここは付き合おうか。

 「分かったよ。引き受けるよそのクエスト」
 「オウガさん…!ありがとうございます!」

 クィンは嬉しそうに俺の手を握る。彼女は、どうも正義に燃えているキャラなんだよなぁ。正直、重くて苦手だ。慣れるだろうか?

 「よかったぁ。受けてくれて安心しました!では、すぐに他のパーティも募集して、集まらないなら、国王様に兵団を派遣させていただけるよう…」
 「あーそれは要らん。俺たち3人で行く。他の奴らいても邪魔だから」

 仲間の募集を拒否して俺たちだけで行くと宣言する。その言葉にギルド内がざわっとする。驚きと馬鹿にされたと思い憤りの声と3人で行くことにたいする嘲笑など。まだ俺のことを知らない奴らがほとんどだ。無理もないが、不快だ。戸惑うレイに目を向け言葉を足す。

 「それが受けいられないって言うなら、このクエストは降りる。俺個人としては別に受けなくていいと思っているんで」
 「オウガさん…!?」

 少し非難を込めた目で俺を見る。だが、譲らない。初めて顔を合わせる奴ら…それも人を見かけでしか判断出来ないカスどもなんかと同行などやってられるか。

 「…わかりました。あなたの実力を信じて、ここは任せます。では、クエスト受注証を発行しますので、少々お待ちください!」

 そう言って作業に入る。待っている間、クィンが疑わし気に俺に話しかける。

 「さっきのは本気で言っていたのですか?同行者を追加したら受注を拒否するというのは」
 「ああ、そうだ。全くの他人と仲良しこよしをする気はない。俺は基本協力はしたくねぇんだ。
 それに、俺の実力はもう分かっているだろ?」
 「…そうですか。ええ、そうですね。オウガさんなら、大丈夫ですよね…」

 そして、手続きを終えて、早速クエストに出発だ。指名依頼されるのは初めてだ。






 (コウガさん…さっきの反応。誰かと一緒に戦うことを忌み嫌ってる感じがした…。
 他人を危険から守る為とかじゃなくて、本心から同行することを嫌がってる…そんな態度だった)

 ギルドを出て移動する途中、クィンは後ろから皇雅の姿をジッと見つめながら彼の気持ちを推測する。

 (……あなたは過去に何があったのですか?いつかは私にそれを教えてくれますか?
 私はコウガさんの傍にいて良い人になれてますか…?)

 「クィン?何だ?」
 「あ…いえ、何でもありません」
 「そうか?じゃあこのまま目的地へ行くぞ」

 三人は王国を出て村へと向かった―――

 「コウガさんがいるとはいえ、私たちだけでモンストールの群れを全滅させられるのでしょうか…少し不安です」
 
 モンストールの群れがいるとの報告を受けている目的地へ行く道中、クィンがこちらの戦力を気にすることを言った。

 「受付嬢の言うことには、敵はランクがBとAのモンストールばかりだろ?なら問題ない。雑魚だ。まぁ災害レベルの群れなら骨が折れるが」
 「ざ、雑魚……!?上位、それもAランクは1体につき精鋭兵士10人以上でかかってようやく互角になれるくらいの強さを持っているのですよ!?それが群れでいるとなると、少なくとも兵士100人は出動すべきレベルなのに...」
 「まだ不安そうだな?クィンがその兵士100人分の強さじゃないのか?」
 「いえ!?私なんかまだまだで...!?」
 「それにアレンもいる。兵士200人相当の強さだ!」
 「……♪今回は私も頑張る!」

 俺の太鼓判押し発言にアレンが照れつつ頑張り宣言をする。

 「そして、俺は兵士1000人以上の戦力を有している。比喩でも冗談でもないぜ」
 「それは…エーレ戦でのあれを見れば分かりますが…」

 そう言っているうちに、目的地へ着く。その場所は小さな村…アリサ村の跡地だ。

 この村は数日前にモンストールの群れに襲われ、滅んだ。村民は大半殺され、残りはどうにかイード王国へ逃げ延び、このことを国王に報告した。それで今回のクエストが発生したわけだ。
 現在この村は、あいつらの住処になっている。ここを潰せばクエスト完了だ。

 村に入るなり、1体のモンストールが飛び出す。3m程度の大きさの下位レベルだ。斥候兵といったところか。
 クィンが迎え撃ち、これを切り伏せる。固有技能「剣聖」による見事な一閃だ。

 「やっぱりやるじゃん。これなら自信持ってあいつらとやりあえるぜ?」
 「いえ、ありがとうございます」

 褒められて照れくさそうにするクィン。それを見たアレンが頬を膨らませる。

 「むー。次は私が活躍する」
 「おう。頼んだぞアレン。じゃ、行こうか」

 斥候のモンストールを灰にして村の中心部へ進む。
 そこには、瘴気が漂う異様な空間と化していた。モンストールが集まれば、地下じゃなくても瘴気が発生するようになるみたいだ。あたりには人骨らしきものが転がっている。逃げ遅れた村民が食われた痕跡も見られる。なかなか酷い光景だ。

 「酷い……これがモンストールによる蹂躙の後の…っ」
 「…………」

 クィンが悲痛な表情を浮かべて呟き、アレンもこの光景を忌まわしげに見ている。二人とも奴らの被害に遭ったことがあるから、それぞれ良くは思っていないのだろう。俺もあいつらに殺された身ではあったが、当のそいつらをぶちのめしたからもう何とも思わないが。
 それにしてもこれがモンストールによる蹂躙跡か。初めて見るが凄惨なものだ。
 ラノベや漫画でこういった描写はいくつも読んで見たことあるが、そういうのを実際にこの目で見ると酷いものだ。人の命をこれでもかという程に弄んだ跡ばかりだ。
 今の俺は他人の生き死になど全く興味が無くどうでもいいと思ってるが、見ていて良い気分にはなれないな。

 (けど…俺を見捨てたあいつらがこうなってたら、スッとはするのかもしれないな…。俺を蔑んで罵って虐げて捨てた報いを受けて、ざまあみろと思える。だけどそれはそれで困る。俺があいつらを殺すって決めてるからな)

 などと人として間違っているであろう考え事をしながら村を進んでいくと、壊した民家からモンストールどもがぞろぞろ現れた。全員上位レベルのようだ。ここからが本番か。

 「アレン、いっぱい活躍してくれ。クィン、やばくなったら俺が入るから思い切り突っ込め」
 「うん!」「は、はい!」
 二人とも頷き、共に戦地へ向かう。



                  *

 BとAランクの群れ…とはいっても、弱いCランクも混じっている。アレンもクィンもCやBランクの奴らは難なく倒しているが(クィンの実力は、おそらくサント王国でいちばんだろう)、A ランク相手には苦戦している。
 「雷鎧」で肉体強化したアレンの拳闘術を受け止める肉体を持つ大猿型のモンストール、クィンの剣術や魔法を躱して、跳ね返すカマキリ型のモンストールなど。少なくとも2体以上Aランクの奴がいるな。
 倒せないと判断した二人はいったん周りのCランクやBランクを片付ける作戦へ。

 アレンは、を突いた激しい打突や雷を纏って貫通力を上げた突き技でばたばた倒し、クィンは、右手は剣で、左手は魔法でガンガン倒していく。あっという間に残り2体となった。
 謙遜していたクィンもやっぱり強い。彼女がサント王国でいちばん強い兵士だろうな。

 しかし、二人の快進撃も、Aランクの奴らの前でストップした。大猿のトリッキーな動きに対し、アレンは「神速」で応戦するも、倒すには至らない。一方のカマキリは、その鋭利な刃物がついた両手でクィンに斬りかかる。彼女も「剣聖」の腕で対抗するが、押されている。カマキリの戦闘法で有名な「螳螂《とうろう》拳法」。こいつも使えるみたいだ。それによってクィンが攻めあぐねている。魔法もひらりと躱されている。それどころか奴の攻撃を受けまくり、けっこうピンチだ。
 クィンがこちらを見る。その眼にまだ戦意は消えていない。

 「私たち兵士は、人族の希望です。私たちが敗けることは許されない。前のような失敗はできないのです!!」

 そう叫び、彼女は自分の剣に火を纏わせる。剣術と魔法の合成技。これはかなり難しい技術だ。たくさん努力した成果だな。火の剣の剣撃にカマキリは怯む。火属性が苦手のようだ。
 その隙に、風魔法を放ち、すぐさま斬りつける。風によって火の勢いが増し、そのままカマキリを襲う。
 だが、決定打に欠ける。奴の固い体を切断するには至らないようで、反撃を許してしまう。

 「私に、もっと剣の腕が立っていれば…!」

 自分の力不足を嘆くクィンは、ついに追いつめられる。

 「一人では、Aランクのモンストールには敵いませんでしたか…」
 「そう気を落とすな。これだけやりあえたのなら十分だろ?」

 カマキリが振り下ろした一撃を「硬化」した腕で受け止める。いつの間にか割って入った俺を見て驚くクィンを見て俺は不敵な笑みを浮かべる。

 「コウガ、さん」
 「これ以上は無理だろ?あとは引き受ける!」


 カマキリが標的を割り込んできた俺に変える。独特な構えをとり、一気に俺に襲い掛かってくる。
 普通の兵士や凄腕の冒険者にとって、こいつは間違いなく手強くて苦戦せざるを得ないモンストールなんだろうな。Aランクのレベルでもクィンやアレン一人では倒しきれないレベルらしい。
 だが、相手が悪い。俺はテメーら上位レベルよりもさらに強い災害レベルの奴らをたくさん屠ったチート野郎なんでね。というわけで、

 炎熱魔法――『炎槍』

 炎だけでできた細長い槍を生成し、それを豪速で投げつける。
 避けることはできず、腹部にどすっと刺さり、発火する。
 ぎいいい!っと悲鳴を上げて、刺さったまま後退するカマキリ。それを見やりながら、俺は、脳のリミッターを外す。

 「200%解除。さらに、大地魔法」

 同時に、大地魔法を発動して砂でできた壁を出現させ、さらにそれをトランポリンのような弾力を持った性質に変える。その砂壁を思い切り蹴って跳弾して、爆発的スピードを生み出して一気にカマキリに迫る。
 そして渾身のラリアットをカマキリの首に食らわせる。
 当たった瞬間、ドカンと大爆発した。左腕に爆破系の炎熱魔法を纏っておいたからな。爆発でカマキリの頭が吹っ飛んだ。体をビクビクしたのち、そのまま倒れて動かなくなった。死んだみたいだな。
 生身に魔法を纏うのは、武器にするよりも簡単だが、下手すれば自傷行為につながることになるリスクがある。ましてや、爆破系などいちばん自殺行為だ。実際、今ので左腕が粉々になったしな。
 
「こ、コウガさん!その腕!!」

 クィンが駆け寄りながら俺の左腕を見て激しくうろたえる。

 「気にしなくて大丈夫だ。俺のことよりアレンがどうなったか、行こう!」
 まだおろおろしているクィンの手を引いて、アレンのところへ向かう。



                *

 こいつじゃない。私の家族と仲間を殺したのはこいつじゃない。
 大したサイズじゃなかった。...少し大きめの《《人族くらいのサイズ》》だった。なのに、規格外の強さだった。
 そいつが今回のクエストでいるかもしれないと思ったが、こいつではなかった。
 それでも、今の私では苦戦してしまっている。この程度では、私の仇敵を倒すのは到底叶わない。

 これではだめだ。もっと強くならなきゃ。誰のように?

 コウガ。彼は、私の目標だ。彼についていくだけでは強くなれない。彼の戦いを見て、私も同じことができるようにする。
 そうすることで、コウガに少し近づける気がする。

 だから、このモンストールは踏み台だ。私が強くなるための踏み台だ。そして復讐でもある。この世からモンストールを滅ぼすことも私がやりたいこと!
 そのために、ここでさらにっ!

 体に違和感が生じた。何か、力が溢れてくるような感覚だ。
 というより、体が大きくなった気がした。目の前にいる大猿との目線が変わった。まだあいつより背が低いが、さっきよりも強くなった気がした。

 「神速」を使うとさっきよりも速く動けるようになっている。大猿の背後に回り込む。私の動きについていけてないようで、背後ががら空きに。
 「雷鎧」を発動すると、さっきよりも色が濃くなった。

 いける。そう確信して、私に気づいていない大猿の背中を目がけて駆ける。
「見切り」で急所を見定め、そこに鬼族特有の「金剛撃」を発現した豪腕とさっきより純度が増した雷の鋭利なオーラを合わせた一撃を叩き込む!

 ズンといった音と雷のバチバチ音が同時に鳴り響く。
 大猿は、突然自分の腹から出た手を見て驚愕の顔になる。やがて、急所を正確に突かれたことに気づいて、力なく倒れる。血の塊を吐き出して、そのまま動かなくなった


                  *

 「あれは…」

 アレンのもとへ来た時、彼女の体に変化が見られた。身長が数10㎝伸びて、筋肉の体積が増加し、鉄色の皮膚に変化した。さらに、雷のオーラも鮮やかになり、「神速」のスピード、大猿を貫いたあの攻撃力。全てが前よりレベルが上がっていた。
 「鑑定」でアレンの身に何が起きたのか確かめてみる。
 ステータスが全て洞窟で見た時より5倍くらい跳ね上がっていて、固有技能に新しい項目が出ていた。


『限定進化』 魔族特有の形態変化技能。一時的に、形態・ステータス・技能を全て大幅強化させる。戦闘が終われば、全て元に戻る。レベルの上昇に比例して、強化の規模も大きくなる。


 戦闘中において限定的にパワーアップする仕組みか。ゲームで見た何とか進化って戦闘で進化のさらに上の進化が起こるのと同じものか。
 なんにせよ、アレン一人でAランクのモンストールを倒したみたいだ。彼女はもうSランク並みの強さを持っていると思う。
 魔族って凄いな、成長速度はきっと人族を上回っている。異世界召喚の恩恵を得たあいつらなんかにも負けない、いやきっとそれ以上の力はまだ秘めているだろう。これからさらに面白い成長が見られそうだ。

 これで、群れは全滅した。クエストクリアだ。