皇雅のクラス(副担任含む)が異世界召喚されて、10日と少し経った後、下位レベルモンストールを相手にした実戦訓練で、皇雅が廃墟から落ちていった時のお話。
縁佳視点
甲斐田君が落ちた。モンストールと一緒に落ちていった。最後に、私たちを射殺さんばかりに睨み付けたまま、怨嗟の炎を湛えた眼を向けたまま、彼は私たちの視界から消えていった。
私は、彼を助けられなかった。見捨ててしまった。彼は、最後までクラスのみんなと和解できないまま、ここからいなくなってしまった...!
私が彼にしてやれたことは、何もなかった。クラスで孤立していく様をただ見ているだけ。歩み寄ったこともあったが、却って彼の傷口を広げる結末だった。
―私、高園縁佳は、甲斐田君が落ちていくのを、顔を悲痛に歪めて見ていることしかできなかった。
(甲斐田君...!助けてあげられなくてごめんなさい...!助けたてあげたかった、みんなと和解させたかった、もっと...お話したかった...!)
内なる想いを声にして出すことはなく、ただその場で膝をついて涙を流すことしかできたかった。
そして、私と同じく...いや、私と違って、声を出して彼の喪失を悲しむ人がいた。
美羽先生だ。
「甲斐田君!...ああっ!!こんな、こんなのって...。」
廃墟を崩落させる直前、彼女は甲斐田君のもとへ行こうとしていた。彼女だけが、甲斐田君を助け出そうとしていた。だが、周りにいた兵士やクラスメイトに止められ、それを成すことはできずに終わった。
甲斐田君が落ちて消えた時、彼女だけが、悲痛の叫びを上げていた。
新任で、まだ3ヶ月少しの時しか交流がなかったのに、生徒一人一人の相談に乗り、同級生のように親しく接し、クラス全員を本気で大切に想いっている人だ。
そんな彼女が、甲斐田君のことも当然大切に想っていたことは、こちらに痛いくらいに伝わった。
その後、甲斐田君除く全員が無事王国に帰還し、私たちの今後の方針を聴く。
私たちは今後、世界中の各国に6~7人編成でそれぞれ滞在することになり、モンストールと本格的に戦うことになるらしい。私は、ラインハルツ王国というここから最南部のところに滞在することになっている。
他国に行くのは、この国で訓練を重ね、十分な戦力になれた時だ。具体的には、模擬訓練で遭遇したあのGランクモンストールを倒せるくらいの戦力が必須条件だ。
この条件を聞いた時、クラスメイトのほとんどが無理だと嘆いたが、カドゥラ国王の説得でどうにか従う流れになった。
そして、クラスメイト全員が、以前よりも気合入れて訓練に励むようになった。あの模擬訓練を経て、遊び気分の気持ちが無くなった。それは、私も例外ではない。
甲斐田君の時のような悲劇をもう繰り返さないために、そして可能性は低いが、彼の生存を確認すべく、あの場所の地下へ捜索するために、強くならなければならない。
(もし、甲斐田君が生きていたら、絶対救ってみせる!もし、生きて会えたなら、今度は仲良くお喋りしたい、一緒に戦って親しくなりたい!
だって私は、甲斐田君のことを―)
美羽視点
生徒たちの前で、一人だけ声を上げて泣いていた。私だけが感情を吐き出していた。マルス王子が甲斐田君を見捨てると決断した時、居ても立っても居られず、私だけでも彼を助けようと降りにいこうとするも、もう時間が無い、間に合わないと周りから止められる。
そのせいで、彼を助けることができなかった。味方であると、頼ってほしいと言っておきながら、こんな時に何もできずにまた彼を傷つくことを止められず、ついには私たちの前から消えてしまった...。
今ほど自分の無力さを呪ったことはない。先生でありながら、彼を支えることが全くできなかったことを嘆かずにはいられなかった。
そして、甲斐田君が落ちていったことを悲しむ生徒が殆どいなかったことが、私の心をひどく痛めた。本当に彼がクラスメイトほぼ全員と仲良くできてなかったのだなと、理解させられた。
私は認められなかった。
甲斐田君が死んだなんてことを認めていない。地下深くのどこかで、生きていると、私はそう考えている。現実から目を背けていると言われればそうかもしれない。でも、そう思わずにはいられなかった。
みんなと違って恵まれないステータスでありながら、誰よりもモンストールを倒したあの実力。恵まれないなりに工夫して、努力して、自力で強くなった彼なら、きっとどこかで生き残っていると信じている。
だから、私は強くなって、この世界を救うとともに、甲斐田君も救いに行く。ここで私が諦めたら、もう誰も彼を救う人はいない。私だけでも救いに行く。
そんな決心をした私のもとに一人の生徒が歩み寄る。高園さんだ。
「美羽先生、私も一緒に訓練させて下さい!美羽先生も、あの廃墟の地下にまた行くんですよね?」
「...!ええ、もちろん!高園さん...いえ、縁佳ちゃん!甲斐田君は生きている。今は無理だけど、強くなれば救いに行ける。私は諦めないて決めたから!」
「...はい!私たちだけでも、甲斐田君を助けましょう!」
「...縁佳ちゃん、あなたは甲斐田君のことを大切なクラスメイトだって思ってくれてるのね。数少ない、彼の親しい友人になれるわ!今度こそ!それとも...恋人かな?ふふっ。」
「こ...!?私はそんなこと...。でも、仲良くなりたいとは、思ってます...。はい...」
それを聞いて、私の中に希望の光が灯った気がした。一人でも同じ考えを持つ人がいてくれると、こんなにも活力が湧いてくるんだと感じられた。
...甲斐田君にも、こんな仲間がいれば、きっとみんなと―
*
この時、私たちの他にも、彼の喪失に心を痛め、彼を想っていた人がいたことに、気付かないでいた。