ゾンビになって生き返ったので 復讐してやる


~回想~

 (呪術師......この職業には多くの呪術や特殊魔術を扱えるという特徴があります。呪い・召喚・幻術など、本当に様々あります。
 中でも...“死霊系”の魔術。これはコウガにとって要注意すべき能力です...!)
 (ネクロマンシー...って、元の世界では何度も聞いたフレーズだな。意味としては死体や幽霊を意のままに操るっていう......っ!まさか、この世界の場合はモンストールをも...!?)
 (恐らく...。そしてコウガの場合はゾンビという新種に分類されますが、コウガすらも死霊術にかかる対象に入ると予想できます。この予測が正しければ、死霊術を使える呪術師はかなり厄介な戦士になってきます。
 けれどコウガはその...常識外れな力を持ったイレギュラーな男なので、相手はせいぜい体の自由を奪うことしかできないかと思いますが...)
 (……この場合だと、俺が警戒すべき対象は...まさかのこいつかぁ...)


 (...コウガ、このヨネダサヤとはどういう人物なのですか?)

 (米田か...。こいつは高園とよく一緒にいてたっけ?でもあいつとの接点は無いかったからどんな性格なのかも知らないし、個別的な恨みも特に無いし...)


 つまりは...


 ――彼女のことは 全く何も分からない 特徴が無い女......それが彼女に対する俺の評価だ...





 どこから魔術をかけたのか、辛うじて首を回して周りを見るが、米田の姿は認識できない。どうやら向こうは「気配遮断」系の固有技能で姿を隠して攻撃しにきてるようだ。

 『ごめんなさいコウガ。私がいながら敵の動きを予測できませんでした。どこにいるか分からない状態だと予測すらできないのができないので...』
 「問題無い。敵は巧妙に俺やカミラの目から隠れてやがる。それより藤原美羽の動きを見ていてくれ。彼女を常に警戒していてくれ」

 分かりましたと返事するカミラとの通信を終えて、再度気配を感知してみるが米田の反応は依然無い。体もまだロクに動かせないでいる...ええい煩わしいっ!
 脳のリミッターを一気に解除(30000%くらい)して、全身の筋肉や関節を無理やり動かすことを敢行する。ブチブチとした断裂音やバキィと折れる音がするがお構いなしに立ち上がろうとする。


 (う!?なんて力...!制御が、出来ない...!)

 またも脳内で声が響く。せっかくだ、声くらいかけてやろう。

 (死霊術を使えるとは流石は召喚の恩恵を受けているだけあるな、米田さん?確かにこの魔術は俺を脅かす切り札と言えるが、テメー程度のスペックで支配できる程、俺は雑魚じゃねーんだよおぉ!!)
 (ッ!!これ以上は止められ...!!)

 ブチィ!!と音がなった気がしたのと同時に、体の支配が解けた。今の拘束時間は大体10~20秒ってところか。といっても、リミッターを解除しないとこの時間だからなぁ。米田もおそらく魔石を摂取して死霊術を使ったのだろう、かなり手こずった。
 すぐにまたくるか、と身構えたが魔術にかかることはなかった。魔力をかなり消費するのか、連続は使えないと見た。

 『コウガ、フジワラミワはまだ分裂体に苦戦しています。そこに来るにはもう少しかかると思います』

 カミラの報告に了解と返事した直後、中西が放ってきた光・雷電・水の魔力光線が一斉に向かってきた。さっきよりも威力が増している。こっちも闇属性の魔力光線を3発放って相殺させる。分裂で弱体化したとはいえ、俺の魔力に匹敵しているな...と感心しながら放ってきた奴の姿を確認する。


 「う”う”う”...!!」

 様子がおかしい中西のステータスをもう一度確認すると、能力値がさらに上昇している。魔力が7桁台になってる。魔石をさらに摂取したようだな。奴に理性が失いつつある感じがする。


 「甲斐田なんかに...殺されたくない。悪人で、みんなの敵のあんたなんかに...たくさん人を殺したあんたなんかに!私たちを恨む資格は無い!!」

 残った理性で何を言うかと思ったら、そんな下らないことをほざいた。そして直後に吐血した。命を削って強化をしたな...。


 「資格だぁ?知るか糞女!携帯鳴らしたのは本当は柴田だってこと気付いていたくせに、友達のそいつを庇って俺に罪を被せた...偽善者のゴミカスが!気に入らない奴だという理由だけで理不尽に冤罪をかけやがる...テメーみたいな性格最低女は、絶対に社会に出してはいけねーなぁ。テメーみたいなクズが、国を腐らせるんだよっ!
 というか、テメーみたいな奴を殺す俺が、悪人っつったか?テメーら側のクズ共にとってはそう捉えられるのかもしれないが、俺は違うね!
 というか悪や正義なんてそれこそ人それぞれだ。だから俺は自分が正しいと思うがままに行動するってこの世界で強く決意したんだ。

 さしあたって今俺がすべきことは...“悪”のテメーを残酷に殺すことだっ!!」


 「瞬神速」で駆ける。中西が奇声あげながら魔力光線や聖水が付与した魔法を放つが、俺の速さを捉えられるはずもなく全発外す。
 まずは奴の唯一の武器である魔法杖を粉々に破壊して(この時点で中西は戦意を失いかけていた。魔法杖は自身の魔法火力を強化する武器だからな)、顔面を火のついた拳で殴りつける。打撃と火傷によってその顔は見るに堪えないものと化した。女に対する苦痛法は、まず顔を醜いものに変えるのが当たり前だ!安藤の時みたいにキモく改悪してやるぜ!!

 しかしそれでもまだ抵抗する意志までは萎えてないらしく、ゼロ距離から聖水付与の水魔法を放ってきた。それを俺は「危機感知」と「見切り」コンボで容易く躱していく。

 しかしその直後、また体の自由が利かなくなった。米田が再び“死霊操術”を発動した。


 (させ、ない...!晴美ちゃんを死なせない!!)
 (うるさい...ウザいっ!邪魔を、するなぁ!!)

 50000%解除。今度は5秒程で呪縛を解いてみせた。中西の次は米田を捜してさっさと殺しに行こうか?とりあえず続きだ。
 魔石の副作用でさらに血を吐き、流して苦しんでいる糞中西の顎を蹴り砕く。これで詠唱もできない。ロクな魔法しか使えまい。無力化したも同然だ。


 「あのゴミカスども(大西たち)が吹聴していたた下らない嘘に流されて、一人でいる俺に対して意味分からない罪を被せて勝手に悪だと騒いでるだけの糞ゴミ女が!!存分に苦しんで
――って............え、あれ...?」


「―――――」


 さらに肉と骨を潰していこうと思った矢先、糸が切れたようにして中西が倒れた。ステータスを確認すると、体力・魔力ともに0と表示されていた......死んでる。
 魔石の副作用と俺の軽い攻撃で、あっさり死にやがったのだ...!!


 「――っておいおいおいおいおい!?そりゃないだろ!?ロクに苦しまないで、簡単に死にやがって!テメーにもかなりヘイト溜まってたのによぉ、まだ全て晴らせていねーのによぉ。半年前ドラグニアで柴田をすぐに殺したのは、あいつの分までテメーに苦しんでもらう為だったんだぞ!プリーストなんだろ?もう少し粘れよ、“回復”とかしてさぁ!ちきしょおおおおおおおおおおお!!」


 あまりの結末に、俺は怒声を上げる。地団太踏んだら地面が陥没した。その場で拳を振り下ろしたらさらに地面が以下略。感情のままに、俺は死んだ中西を思い切り殴りつけた。暴言・恨み言を吐きまくりながら魔法も使って死体蹴りを続けた。
 原型がとどまらなくなりただの肉塊になったその物体を、冷めた顔で焼却して終えた。


 「二人目。......あーあつまんね」


 不本意な終わらせ方をしてしまい納得いかないが、もう吹っ切れよう。こうしてる間にも状況が変わりそうだし。

 「藤原は...うん、こっちに来てるね。分裂は解除させて、次行くか」

 深呼吸して気持ちを切り替えて、俺はまた戦場へ戻った。藤原をそろそろ殺そうかと思うが、先に相性が悪くて面倒な米田から殺すことにしよう。あいつは今のうちにどこかへ移動している頃だろう。元いた後衛の方まで下がってる可能性がある。
 ここからは連合国軍の核へ入るとするか。そこには総大将の首もあるだろうしな、ついでで殺しておこう。
 八俣の方も...まぁ大丈夫だろう。俺のゾンビ兵どもがいるしな。

 厄介な呪術師を殺すべく、超音速で再び戦場を駆ける。
 復讐対象 残り3人...!


 


 「中西さん...!ごめんなさい、私が近くにいながら...!!」
 また守ることが出来なかったと、美羽は慟哭しながら嘆く。堂丸に続いて中西まで甲斐田に殺されてしまった。彼の復讐を全く止められない。あの圧倒的で予測できない力の前には、誰も敵わないと思わされてしまう。
 しかし美羽にはまだ、皇雅とカミラが予測している通り彼を完全に無力化できる究極のオリジナル魔術がある。それを自分の手で皇雅に撃つべく前衛に出たのだが、その結果は生徒二人、兵士数万の犠牲を生み出すことに終わった...。


 「私一人ではもうダメ...このままいけば曽根さんや米田さん、縁佳ちゃんも...いたずらに死なせてしまう!」

 『もう“あの手段”しかありません...。クィンさんやワタルさんが未だ足止めされている以上、難易度は凄く高くなり命の危険もありますが......もうこれしか...!』
 「分かってます...全滅必至のこのままよりはマシです。何よりあの二人と兵士の方が全員団結すれば、可能性はあります!」
 「......頼り切りで、すみません。必ず生き残って下さい...!!」



 
 ミーシャと最後の作戦確認をして、美羽は自分が行くべきところへ急いで移動した。途中“彼女”に通信をつなぎながら…。


 「――というわけで.........ソネさん、頼みます」
 「うん。というより、ミーシャ様に頼まれる前にもう出ようって決めてたから...!行ってきます!!」
 「どうか、死なないで...!」


 ミーシャの激励を背に受けて、曽根美紀は戦場の中心地へと出て行った。元々彼女は副将のミーシャと総大将のガビルを護衛する役目を担っていた。彼女の職業柄、それが最も相応しいというわけで今までミーシャたちの傍にいた。
 しかし、現状かなり悪い流れに変わってしまい、二人の護衛に回している場合ではない、とミーシャは判断して、すぐに曽根をこの戦いの要となる“彼女”のもとへ合流させることにした。

 「では、私も出るとする」
 「ガビル様...どうしても、出られるのですね?」

 武装して出陣する気でいるガビルに、確認するように問いかける。先の戦争でガビルはかなり無理をした。皇雅との戦争に出るのは危険過ぎると診断され、特にクィンから出陣することを止められていた。
 だが守るべき救世団の戦士が二人も殺されてしまい、もう安全地で控えている場合じゃないと言わんばかりに、体に鞭打って出ることを決意した。この戦いで命を落とすことを覚悟して...。

 「クィンには、内緒にしておいてくれ。耳がとれるくらいにどやされるかもしれないしな。それにあの娘の家族は私の他にもういない、私は絶対に死んだりはしない。あの異世界の若造に頭が潰れるらいの拳骨を入れてやる!!」
 「ご武運を...そして生き残って帰ってきてください」

 ミーシャに軽くお辞儀をしてからガビルも出陣した。

 「これが失敗すれば、私たちは全員コウガさんに殺されてしまうでしょう。ここで負けるわけにはいかない...!」

 誰もいなくなった部屋でミーシャは自分に言い聞かせて、水晶玉を注視した。





 彼...甲斐田と同じクラスになってすぐのことだった。私は「この人、イイかも」...って彼に興味と好感を抱いた。
 顔もけっこう良いし、勉強できるみたいだし、何よりその運動神経の良さにときめいた。
 1年生ながら陸上部エースとして活躍していた甲斐田の評判は、学年ですぐ有名になった。私は授業中も、ソフトボール部の練習の合間も、彼の姿を見ていた。
 ある時は甲斐田が出るレースに観に行ったりもした。あの時は縁佳と一緒に行ったんだっけ。二人で彼が凄く速く(同学年では彼がダントツだった)走ってるの観て興奮してたっけ。
 時が経つにつれて甲斐田に対する好感度はさらに上がり、教室ではけっこう一人でいる彼に積極的に会話しにも行った。ソフトボール部の私も速く走ることは重要だとかいう理由で、走ることの助言をもらったり、成績優秀でもあった彼から勉強も教えてもらったりと距離を縮めていった。
 そして秋が終わる頃、私は思い切って甲斐田に告白した。


 (好きです...!前から“イイなぁ” と思ってて、それで甲斐田に近づいていっぱい話して、レースも観に行ったりして。それでもっと好きになって...。だから、今度からは一緒に遊びに行ったりとかで二人の時間もっとつくりたいなぁって思って!私の恋人になってくれない、かな...!?)


 噛むのを堪えて言いたいこと、想っていたことを本人に全て伝えた。

 (んー?俺実はさぁ――)

 私の告白に対して甲斐田は、自分の趣味を話してくれた。だがそれはよりにもよって私があまり好かない...美少女がたくさん登場する深夜のアニメや小説モノだった。彼は、私が苦手としているタイプの人間......二次作品にドハマりのオタクの男だったのだ。しかもかなりディープ(素人目線)なオタクだ...。


 (そんな俺だけど、それでも恋人になってほしいってまだ言える?曽根が俺のことまだ「イイかも」てまだ思ってくれてるなら、その告白喜んで受諾するぞ)
 (え......と、ぉ.........)


 甲斐田のその言葉に、私はすぐに返せないでいた。それだけで察した彼は、ごめんと言って去って行った...。
 私はああいうアニメやライトノベル?に深くハマっている系の男は、無理だと考えている。
 あの時まさかよりにもよって、甲斐田がそっち系の男であるだなんて思ってもなかった。当然彼の確認に、すぐにうんとは言えなかった。

 こうして私の告白は失敗に終わった...だがこれで終わりじゃなかった。
 特別な学科で入った私は、2年生からは卒業まで固定クラスになることに。縁佳とまたクラスになれたことに喜んでいたが、同時に鬱屈とした気持ちにもなった。
 甲斐田もまた、私と同じ学科だったため、また同じ...しかも卒業までずっと同じクラスになってしまった。
 フラれた男と同じクラスになって平気でいられる程、私は強くなかった。告白する前の時みたいに、また会話なんてする気にはなれなかった。
 だから、私は今度は積極的に甲斐田を避けることにした。そして大西や安藤、須藤たちによって、甲斐田はクラスから孤立した。さらに彼に陰湿な嫌がらせ...イジメと言っていい行為も受けるようになった。

 だけど、それもすぐ終わった。甲斐田自身による制裁で大西たちに危害を加えた。それを晴美が中心に咎めて、甲斐田はさらに孤立して、クラスに居場所を失うことになった。縁佳はみんなと和解させようと甲斐田に説得したが、あろうことか彼は、その縁佳の手を振り払ったのだ。優しい彼女の救済を、彼は無碍にしたのだ。

 ほら、やっぱりだ。ああいうモノに傾倒している男なんかロクな性格していない。彼に対する想いは完全に醒めて、何とも思わなくなった。完全に孤立して味方を失う彼を、私はただ見ているだけだった。だけど良心が働いたのか、大西たちと違って積極的に彼をハブる行為はしなかった。

 異世界に来た時、甲斐田程のスペックならさぞ凄いステータスなんだろうなぁと思ってたら、その予想は外れ、クラス最下位のレベルのハズレ者とまで言われる雑魚だった。その後大西たちにリンチされてる様を見ても、実戦訓練で彼が一人地下に取り残されて消えて行く様を見ても、私は嗤うことも助けようとも思わず、ただ見てるだけだった。ただの傍観者としてしか振舞わなかった。


 でも...良心が少しも痛まないというわけでもなかった...。
 それに、今にしてみれば......オタク趣味だからといって甲斐田を軽蔑したことは間違いだった、とも思うようになった。私にも、非はあったんだなって...。





 少し過去のことを思い返しながら、私......曽根美紀は、目的の場所に着くとすぐに盾を展開して、攻撃にすぐ対応できるようにしておいた。
 半年前に甲斐田が実戦訓練で消えてから、私はこの攻撃向けじゃない職業でも、頭を悩ませながら何とか手練れの兵士以上までは強くなるくらいまで強くなれた。だがそうしている間、遠く離れた地では死んだと思っていた甲斐田が、クラスの皆を殺していたのだ。

 最初の頃は甲斐田に恐怖し逃げたいと思っていたが、美羽先生や縁佳の強い姿に心を動かされてどうにか立ち向かう気力を持つことができて、今となっては怖くても彼を止めること・皆を守るという気持ちを保ち続け折れずにいられている。
 先生がいる、縁佳がいる、小夜がいる、倭さんがいる、強いひとがたくさんいる!攻撃は彼らに任せて、私はそんな彼らのサポート...守護に徹する。皆をこの盾で守ってみせる。
 ここで絶対に、甲斐田をくい止めてみせる――!

 そう決心してから数秒後、久しぶりに彼の声を聞いた...。



 「殺すと決めてた奴の方からノコノコ来てくれたか...感謝するぜぇ?」






ソネミキ 18才 人族 レベル80
職業 盾戦士
体力 5000
攻撃 1000
防御 10000
魔力 1000
魔防 10000
速さ 2000
固有技能 全言語翻訳可能 魔力防障壁 全属性耐性 神速 絶牢壁 絶牢結界 大地魔法レベルⅩ 限定強化



 戦場の中心地に来ると、兵士共の中に紛れて盾戦士である茶色セミショート髪の元クラスメイト女...曽根美紀の姿があった。
 「鑑定」してみると、その職業通り、防御の数値が人族にしてはかなり高い。おそらく魔石はまだ使ってないみたいだし、「限定強化」も未発動だ。ここから100倍近く増加すると思えば、耐久力はかなりのものになりそうだ。
 ......ここに来る途中、また回想に耽っていた奴(というか曽根が)の気配がしたのだが、この際もうどうでもいいや。


 「ここから先は、絶対通さない!!私に攻撃全て防がれてる隙に、仲間たちに無力化されて終わりよ、甲斐田!!」

 万はいる大軍を指して勝気にそう叫ぶ曽根を見て、俺は鼻で笑ってみせる。

 「数がたくさんあるから有利だ、勝てるって、まだそう思ってんのか?久々にテメーと口をきいたかと思えば、アホなことをほざきやがって...。あの死んだゴミ2体と同じように、テメーもぶち殺してやんよ」
 「ゴミ...!?あんたは...みんなを殺したこと、本当に何とも思っていないの!?クラスメイトの皆をたくさん、たくさん殺して...本当に殺す必要あったの!?私たちはあんたに殺されないといけないの!!?」


 憤慨した曽根が感情的に喚きながらそう訊いてくる。向かってくる聖水付与の矢・剣・斧・槍を躱して消しながら風を使って曽根に聞こえるように返事してやる。
 その間雑魚兵どもを殺そうとするも、奴のシールドで邪魔される。見たことない盾だ。奴のオリジナル魔法らしい。

 「もちろん。俺がテメーらに復讐して殺す理由は簡単だ。ムカついた、気に入らない、不快感を与えられた、害された、だから殺テメーらに殺意を抱いた。
 ...ほら、 “動機”がこんなにもある。あっちの世界とこの世界両方で、テメーらは俺にヘイトを溜め過ぎた。俺に殺人欲求を芽生えさせるくらいに。俺をハブり、陰湿な嫌がらせに直接的な暴力、嘲り蔑んで嗤いながら見捨ててきた。
 な?必要だろ?俺はテメーらの存在が赦せない、だから殺す」
 
 「あんたは...!!」
 「もういいだろ?どうせテメーも何も思ってねーんだろ?俺がああいう目に遭ってもその後俺に対して何も思わない、考えない、感じない。そんなもんだろ?当たり前だよなぁ、俺とテメーとは最初から接点も何も無いただの他人同然の関係だ。どうでもいい人間がどこで死のうがどうでもいいことだ。それが人間だ」

 「――っ...甲斐田、あんたそれ、それ本気で言って……っ」


 何か言い返した気に見えるが何も言わない。構わず雑魚兵どもを殺そうとするが曽根に防がれる。うぜー。やっぱリミッター解除しないとダメかー。つーかアイツいつの間にか“限定強化”してるし。
 とりあえず10000%解除。思い切り殴る。はい、盾破壊。隙だらけになった雑魚どもを蹴って、ビーム発射。はい、いっぱい死んだ。

 「う...ぁ...!!」

 曽根が呆然とした様子で兵が殺されていく光景を見ている。経験が浅くて未熟な雑魚が、この程度で怯むとか弱過ぎ。このまま残りも処理して――



 『――コウガっ!!』
 
 ――ドスッ


 カミラの警告と俺の左腕から矢が生えたのは同時だった。咄嗟に横に動いて心臓部分にあたるのを避けた結果だ。だが攻撃はこれで終わりじゃなかった。

――スパパパパパァ...!!

 刺さった矢は突然爆ぜて、斬撃となって襲いかかってきた。そのせいで左腕がズタズタになった。
 今の矢は...一般兵のものじゃないな......というか物質ですらない。
 これは、魔法でできた矢だ...!斬撃からして嵐魔法だな。というか、「危機感知」ですら拾えなかったな今の矢。少なくともここにいる雑魚どもの仕業じゃない。

 ここから離れた、どこか遠く......これは“狙撃”だ!!


 「カミラ、これをやったのは...」
 『はい、間違いありません。狙撃手である彼女の狙撃です...!それと、フジワラミワも間もなくそこに来るようです。あと、盾戦士がそこにいるということは、誰かを守る為にいる。ということはそこにヨネダサヤがいる可能性が高いです。ここが正念場かと。気を付けて下さい!彼女の狙撃は全く予測できません。今もどこから狙撃したのか分からなかったので』
 「ああ、情報ありがとう。気を付けて動くよ。まずは、呪術師からだ...!」

 カミラに礼を言った直後、後ろを振り返って先程矢が飛んできた方角を睨む。あいつの職業は狙撃手。あっちの世界では、弓道で全国大会に勝ち進む腕前を持つ。これ程相性ピッタリの天職は中々あるまい。そうだろ?


 「ここからはテメーも参戦か。上等だ......高園縁佳!!」


 見えもしない敵に向かって俺は獰猛に笑ってみせた。







 遮蔽物が無いコースの建物の屋上から「遠見」で戦場の様子を見る。すると皇雅がこっちを見て笑いながら何かを言ってることに気付く。向こうからは自分のこと見えていないのだろうが方角は分かっているらしい。だけどコレは軌道を自在に操れるから、弾道を覚えようとしても無駄だ。
 皇雅が何を言っているのか分からないでいるが、とりえず返事することにした。


 「うん、甲斐田君...ここからは私も戦うから。美紀も小夜も、そして美羽先生も...これ以上大切な人は誰も殺させないから!!」


 できれば戦場にいる仲間兵全員も死なせたくはない。だけど皇雅を相手にしては、そんな甘いことは言ってられない。せめて大切なクラスメイトと先生、そしてミーシャ様と総大将くらいは失わないようにする!
 弓道衣に似た衣装を着て中にさらしを巻いて、弓の弦を引きながら、高園縁佳は決意とともに弓を引いた――



 俺の索敵範囲はせいぜい10㎞までだ。それ以上の距離になってくると感知力は曖昧になっていき、その場所で気配を遮断されたら全く感知できない。
 とりあえず高園は「気配遮断」で気配を消していると考えて良いだろう。さらに姿が見えないのは、「隠密」系の固有技能の仕業だろうな。カミラが未だ奴を発見できないでいるのはそのせいだ。
 なのでカミラには高園の捜索は諦めてもらい、そろそろ八俣倭の動向を見てもらえるよう頼んだ。彼女もそれが賢明だと判断してすぐに動いた。

 高園の狙撃タイミングは全く読めない。精度も威力も普通のとは桁違いだ。「危機感知」を常に発動させてギリギリのタイミングで躱す以外対処の仕様がないな。あと誤射も期待しない方が良いだろう。一流の狙撃手の固有技能には「千発千中」という必中スキルがあるらしい。高園の場合それ以上の技能を持ってる可能性がありそうだ。
 狙撃手の弱点はとにかく接近戦に持ち込まれることだ。それをさせない為に敵から遠く離れて姿と気配を消して戦うというやり方を採用しているわけだが。しかも隠れたところから攻撃仕掛けてくる奴はもう一人いる...。

 
 「...!また、体が動かん...」

 米田はまだ感知できてない。考えられることは、俺が知らないうちに幻術をかけられて奴を感知できないようにされていること。呪術師の奴なら幻術も使えると考えて良い。ここに来た時点で術中に陥ってしまってた、なんてことになってるのか今は。カミラがさっき言った通り、米田はここにいると考えて良いはずだ。この周囲のどこかに巧妙に隠れてやがるに違いない...!
 どうやって引きずり出そうかと考えていると――


 「ぬおおおおあああ!!」

 動けない俺に猛然と斬りかかってくる老兵が現れた。火力と斬れ味が足りないせいか、その刃は俺を切断することなくポキッと折れた。

 「くそっ...!」

 奇襲に失敗して悔しそうにする老兵を「鑑定」したところ...ほう?こいつがサント王国の王様だったのか。そしてこの連合国軍の総大将でもある。カミラから聞いた話では人族唯一の“戦う国王”と言われている男。
 国王にしてはバリバリの現役戦士レベルだな。昔かなりの凄腕戦士だったのだろう。が、残念だが俺には届かない。米田の呪縛を振り解いて国王と対面する。


 「こうして直接対面するのは初めてだな、カイダコウガ。半年前にクィンを魔獣やモンストール、そして魔人族から守ってくれたことには感謝している。だから残念に思う、こうして貴様を討伐しなければならないことを...!」
 「初めましてだな国王さん。でもさぁ今のあんた、残念だーって顔じゃねーよな?殺す気満々だ。んで?今ので殺せるとおもってるわけ?わざわざ死にに来たのか総大将さんよ?」
 「私如きでは貴様を殺すなど不可能。だが止めることなら可能だ!この老兵の命燃やしてでも、貴様の足止めをする役割を全うする!!」


 などと大層なことを吼えて魔法杖を構える。自分はあくまで周りの雑魚兵と同じ俺の動きを縛る役割だというわけか。その雑魚どもだが、総大将が現れたことで士気が上がっている。で、さっきからこっちに近づいてくる気配は察していたが...

 
 「甲斐田君、ここで終わらせるから...!」

 藤原も到着した。今ここには奴と総大将、曽根と隠れた米田、そして遠いどこかから狙撃する高園。こうして連合国軍の主戦力が集まったってわけだが...

 「......あーもう、邪魔する奴らがたくさんいやがるなぁ...ハァ」

 不機嫌気味の俺は、まず士気を上げた元凶の総大将の首をとりに行った。直後、俺の眼前に曽根の盾が出現。あーもうこれもウザいなー。物理破壊できないわけじゃないけどさぁ。よし、ここは盾をも溶かせる「王毒」で!
 そう思って発動して、盾に当てるが、直前に光の帯が現れ、毒を防いだ。

 「私がいる以上、毒は効かないよ!」

 藤原の毒耐性付与!そうだこれがあったんだった、毒で一掃もできない!


 「あ~~~っ!!鬱・陶・しい・なぁどいつもこいつも!!俺の邪魔ばっかりしやがってよぉ!!策略だと分かっててもムカつくんだよぉ!!」


 有象無象どもの度重なる妨害についにキレた俺は、本気出すことに。もうじっくり苦痛を与えて殺す路線は諦めよう。残りの復讐対象どもはそんなにヘイト溜まってねーし、もうサクッと殺そう!

 「結局物理が最強攻撃ってことだぁ!!おらぁ!!」

 勢いよく殴りつけて盾を一瞬で破壊する。が、その盾がすぐに元通りになった。

 「 “回復”」

 マジか!?あいつの回復は盾を修復することもできるのか!だったら修復不可能...完全に消すまでだ!

 「.........もうちまちま甚振って遊ぶのは終いだ!本気のザイートと戦った時とほぼ同じ力でいくぞ!?テメーらがそうさせたんだから仕方ねーよなぁ!?
 脳のリミッター100000%解除ぉ!!」


 完全異に悪役のセリフを吐いてやった。もう全員、即殺路線確定だ。曽根も米田も高園も、邪魔する藤原も総大将も、全員すぐに殺してやる。
 殺す、殺す...
 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す全員ぶっ殺す...!!

 「魔石摂取! “絶牢壁”散布!! “絶牢結界”展開!!」

 危機を察した曽根がオリジナル魔法で盾を複数展開、さっきよりも頑丈な盾を出現させた。同時にドーム状の防御結界も展開させていた。これで全員奴の盾に守られ...


 「――なんて出来ると思ってんのか!?そんなヘボシールドでぇ!!!」
 
 バガアアアアアアアアアアン!!

 一瞬で今現れた盾と結界の全てを破壊。敵全員が瞬きする間に破壊、破壊破壊。そして同時に宙を舞う雑魚どもの首。
 使うぜ“連繋稼働《リレーアクセル》” !もう出し惜しみは無しだ!手抜きはしない!こいつらに“格”と“絶望”ってやつをしっかり教えてあげよう!!


 「――うあああ”ゴブッ!!」
 “絶拳”で 数百人の腹を消し飛ばし、


 「――ひぃっ!?―あ”っ......」
 恐怖で動けないでいる兵士どもの首をすっ飛ばし、あとは何やかんや...1秒で数百人殺した。

 そして...



 ――ドスッ...!「う”っ...!ゴフ、ゥ...!」
 
 超音速の左貫手で、曽根の心臓を鎧ごと貫いてやった。その際に、曽根の奴は喀血して俺にもたれかかった。起き上がる力はもう無いようで、今にも死にそうな顔をしている。

 「すまねーなぁ...もう少し苦しめてからテメーを殺すつもりだったんだけど、もう余裕ねーからこれで終いだ」

 冷たく言い放ってズルっと手を引き抜く。が、俺にもたれたまま曽根は俺の袖を未練がましく掴んで離さない。まだそんな力が残ってるとは...生命力が強いのかコイツ。

 「何だ?何か言いたいことあるわけ?」

 周囲に重力魔法を放って雑魚どもの動きを制限させながら死にかけの女に問いかける。せっかくだし最期の恨みごとくらい聞いてやろう。
 曽根はどうにかこちらの目線まで顔を上げて、血と何に対してのか分からない涙を流しながら弱々しく話しかけてくる。


 「お、ぼえて、る?私が、甲斐田に...告白した時...のことを...」
 「ん?.........ああ、あったなそんなこと。テメー男見る目無かったなぁ?くくく...。割とディープなオタク趣味の俺に、勝手に幻滅したんだっけ?テメーは所詮その程度の器だったってことだが」

 俺の返事を聞いた曽根は、何故か微笑む。その目には後悔の念を感じさせた。今さら何に後悔してるのかは、考えない、興味も無い。
 曽根美紀はやがて力尽きて、俺にしがみついたままその生命活動を終えた。
 ただ...死ぬ間際に、常人なら聞こえないくらい小さな声で紡いだ言葉を、俺は確かに聞き取った......聞き取ってしまった――


 「ば...か、だよ......あんた、は............“――――” 」

 「―――――」

 死してなお、俺を離すまいとする曽根をしばらく見つめる。
 最期の言葉は聞かなかったことにして......俺は未だしがみついたままの曽根を適当に放り捨てて、態勢を立て直した。 
 はいはい馬鹿で結構ですってね。とりまこれで壁役はいなくなった。お次は......いい加減にあいつを表に引きずり出すか。

 “スーパーノヴァ”

 地面に手を突っ込んで、半年前に戦った巨大モグラモンストールを掘り起こした時と同じやり方を実行。
 これだけ戦場のどこかしこを見て捜しても見つからないっていうのなら、あとはもう下にしか隠れるところはないだろう。大爆発とともにえげつない土砂が降り注ぎ、爆心地に大穴が空く。そして案の定、お目当ての呪術師女がやっと姿を現した。


 「ひっ、ひぃ......」

 小動物みたいにガタガタと震えながら魔法杖を突き出して魔術を発動するが俺は全て跳ね除ける。リミッターが外れた脳に幻術も精神汚染も何も効かない。

 「な、何で...全く通用しないの!?魔石も摂取して強くなってるのに...!!」
 「テメー程度のスペックで今の俺を操れると思うな?散々操ろうとしやがって、厄介な女め。甚振れないことが惜しいが、今すぐに殺す。し――」


 ――グサグサグサ!!

 米田に手刀を振るう動作をしかけた時、脊髄3か所を正確に射抜かれた感触がした。体を即座に回転させながら矢を無理やり引き抜いた。俺の隙をやっと捉えた高園が、このタイミングで狙撃してきた。

 「甘いなぁ。どうせなら首と頭を射抜けよなぁ。この期に及んで殺すことに抵抗あるのかぁ?」

 呆れ混じりに呟きながら飛んでくる矢を弾く。今の俺の速さの数値は5千万以上だ。誰も俺の動きを捉えられることは不可能だ。

 「 “炎柱《えんちゅう》” !!」「 “絶対零度”!」「 “閃光槍《ライトニングピアス》” !!」

 高園の狙撃が止んだ直後、今度は藤原の人間離れした魔法がとんでくる。水の鞭で火柱を消し、溶岩を発生させて氷を全て消して、光の槍を闇色の巨大な口腔で噛み砕いた。

 「米田さんそこから早く離れて!!」

 藤原の指示に従い俺から離れようとするが許さない。すぐに追跡しようとしたら、また狙撃される。しかも今度のは矢じゃなくて弾丸だ。高園の武器は弓矢だけじゃない......狙撃武器全般が奴の武器なんだ。
 今のはライフル銃といったところか。肉が抉れてやがる。その隙に米田が兵士どもに紛れて姿を消した。そんなことしても無駄だというのに。まぁこの二人のせいで追うこともできないみたいだが。
 
 「言ったでしょ?ここで終わらせるって...!」
 
 藤原がこちらを睨んで魔法杖に魔力を溜める。いつでも放てる状態だ。

 『コウガ、ヤマタワタルは未だゾンビ兵に足止めされています。とはいえゾンビ兵の数は、残り3割といったところです。彼がコウガのところに着くのは...5分後だと予測してます』
 「5分...ここを全滅させるには十分だな。カミラ、藤原美羽だが...」
 『はい、動くなら今この時でしょう。確実に...』

 カミラの報告を受けて俺は藤原を警戒する。だが肝心の本人にまだ確認していないことに気付き、彼女に問いかける。

 「藤原、あんたの“回復”だが...治すことの他に、巻き戻し...回帰の能力もあったよな?」
 「...そうよ。欠損した箇所を再生させたり、武器も新品に復元させることもできる...時間を戻すって言った方が分かりやすいかな」

 こんな状況でも問いかけに答えてくれるところ、さすがは先生。それより...今ので確信した。こいつにはマジでくらってはいけない究極の回復魔法を習得している...!

 「予想通りだ、連合国軍の切り札はやっぱりあんただな?回復魔法を極めたであろうあんたならできるんだろうな...」
 
 それは、魔人族をも容易く無力化できる魔術......



 「対象を過去の状態に巻き戻し、ステータスを初期近くまで回帰させる。つまり......対象を弱体化させるという超チート魔術!
 それがあんたが持つ最強の切り札...俺をも殺せ得る世界最強の究極魔術だ...!!」



 私の最初の回復能力は「治す」つまり「治癒」が主体だった。鍛錬と戦闘を積んでいくにつれて、そこから「再生・戻す」...つまり「回帰」へとレベルアップさせた。
 それが開花したばかりの頃は、回帰の究極要素についてまだ気付けないでいた。気付いたのは連合国軍が結成された後、戦争に向けての修行期間に入る直前のことだった。

 きっかけは、甲斐田君との学校でのあの何気ない雑談をふと思い出した時だ。彼が読んでいるライトノベル作品についてこんな話を聞かせてもらった。

 その世界では最弱職業と言われている回復術士になってしまった主人公が、機転を利かせて無双化すというストーリーだった。主人公は、自身の十八番である回復魔術を応用させて、ラスボスのステータスと年齢をも再生(=巻き戻し)して弱体化に成功、そのままラスボスを討ったとか。
 甲斐田君が教えてくれた回復術士モノの作品に凄く興味を持った私は、その後早速そのライトノベルの全巻を大人買いしたんだっけ...。とにかく、甲斐田君との貴重な会話内容をふと思い出した私は、あの主人公が使った魔術と同じ技を習得しようと思いついたのだ。

 そして半年間...修行のほとんどは、回帰を応用したオリジナル魔術の習得することに費やした。
 結果完成させることには成功した。その効力は絶大なものだった...!



 「な...なんだ、よ?その魔法、はよぉ...??そんな魔法って、ナシだろぉが...!!」

 “時間回復(リバース・ヒール)” 私だけが使える究極のオリジナル魔術だ。この魔術で、魔人族の肉体状態を魔石で大幅に強化した前の時間にまで回帰させて、大幅に弱体化させた。

 ただ、強過ぎる魔術には当然大きな代償がつく。魔人族の時間を大幅に巻き戻した私は......

 「......ッ!......ッ!...ァ、ッ.........」

 己の体力と魔力、そして生命をも大きく削ることを強いられた...。
 戦争で戦ったあの魔人族に対して巻き戻した時間は、約10年。巻き戻す時間幅が大きい程、体力と魔力を大きく削ってしまう。1年程度の巻き戻しなら体力と魔力がごっそり削られる程度で済んでいた。
 けれど10年という時間は、流石にそれらだけではあの大きな代償を埋められなかった。寿命を削ったような感覚...それはまるで死神の鎌にかけられるが如く。

 あの時私は...死んでもおかしくないくらいまで追い込まれた。しかも削られたもの全ては、自身の回復では戻すことが出来ない。自然回復...長期的に休まないことには全て元に戻せなくなっている。
 事実、甲斐田君との決戦日になっても、私は万全にはなれてなかった。この状態で彼にあの魔術を使えば、その時点で私は戦闘不能になるだろう...。

 だけどそんなこと気にしている場合ではない。甲斐田君との戦争に敗ければ全て終わる。私も、ミーシャ様もクィンちゃんも、そして大切な生徒たちも全員彼に殺されて終わりになる。絶対にさせない。私の命削ってでもこの魔法で甲斐田君を無力化させる...!!





~回想~


 (――と、回復の最上級魔法には、時間をも再生...過去の状態に回帰させる力があるのかもしれません)


 昨日の軍略会議で藤原美羽対策を題にした時、カミラはそう予測した。

 (回帰能力...俺が読んだ作品にそういう能力者がいくつも出てきたが、そうか...いたなぁ、ラスボスをチート化する前の状態に巻き戻して倒したっていうやつが。やっぱ“回復”って怖いな...)
 (もし、コウガも同様に肉体・ステータスが過去の状態に回帰されるのだとしたら、その時点で詰みですね。彼女の動作には常に警戒しなければなりません。いえ、できれば真っ先に殺さなければならない敵になるでしょう)
 (だったら...藤原美羽が出てきたら、復讐対象を後回しにしてでも真っ先に殺しに行った方が良いってことか...)



 (――そう考えたコウガさんが真っ先にミワさんを殺しにかかると考えられます)

 対する連合国軍も、皇雅の行動予測を立てていた。主に話し合っているのは、ミーシャと縁佳、そして切り札の美羽だ。他も参加しているが、せいぜい情報の共有くらいしかすることない。

 (ミワさん、危険なのは承知ですが、初めから囮として前衛に出ていただけませんか?真っ先に消したいと考えている彼ならば、ミワさんを無視するはずがありません。ミワさんに気を取られている隙に、ドウマルさんの射撃とヨネダさんの死霊魔術で彼の不意を突く。そしてできれば早い段階で彼を無力化させましょう!)




 (――そういう布陣で、コウガを誘って搦め手で攻めてくると考えられます)

 と、カミラがさらに敵の行動を予測してくれた。まるでその場で連合国軍の軍略を聞いていたかのような口ぶりだ。そこまで敵の行動を読んでいくとは恐れ入る。

 (なら、俺がすべき行動は、やっぱり復讐優先で良いってことになるのか?)
 (フジワラミワからある程度離れておけば、“回復”の範囲外にいられます。それならくらうことはありませんので、コウガを妨害に出てくる戦士たちを先に落とすのが効率が良いです。その役がコウガの復讐対象ならなおさら優先して大丈夫です。
 彼女にとって異世界人が殺されるのは絶対に避けたいと思っているはず。そこを突いて彼女たちの陣営を崩すチャンスです...)




 (...コウガさんにとって妨害役目の方々も復讐対象になってくるはず、ならば前衛のドウマルさんたちの命も非常に危うくなります。申し訳ないですが、お覚悟してください...。最後に、肝心の魔法をコウガさんに当てる手段ですが...)
 
 

 (――現実的に、コウガに魔法を当てることなど不可能、と私は断言します)
 (...おお、なんか自信満々に言ったな?根拠はどういうもんで?)

 力強いセリフに惹かれて思わず聞いてみる。

 (コウガのステータスは今や次元が違い過ぎています。この世界でコウガに敵う者はもう存在しません。何よりコウガなら絶対大丈夫、って私の贔屓も理由に入れています!)
 (そ、そうか...珍しいな、お前がそういう理由で大丈夫って主張するのは。まぁ世界トップクラスの軍略家がそう言うのなら、大丈夫な気がしてきたな!)
 (任せて下さい。ただ、一応気を付けておくべきことを最後に言っておきます...)




 (――私の狙撃、ですか...?)

 軍略の題に上がった自分の名を上げられ、縁佳は目を見開いた。

 (ミワさんの固有技能には“回復付与”系があります。他人にはもちろん、無機物にも魔法を付与できる...そうですよね?)
 (あ...はい、出来ます。聖水と同様に魔法や装備品にも回復魔法を付与させられます。けれどそれが何か...?)

 疑問を浮かべている美羽たちを見まわして、ミーシャは力強く答える――




 (高園の狙撃で俺に回帰魔法を...!?)
 (無機物にも魔法を付与できる。それが可能なら、コウガを無力化させるのはフジワラミワ本人ではなく、タカゾノヨリカになる...可能性は低いですがあり得ることです...!)




 (私が、甲斐田君に美羽先生の魔法を...!)
 驚く縁佳に頷いくミーシャは最後に美羽に確認する。

 (ミワさん、縁佳さんの弾に付与できる魔法は、どれくらい時間を巻き戻せそうですか?)
 (せいぜい、数か月分ってところでしょうか?ごめんなさい、彼の不死性脳まで消滅させられるのは不可能です。それに付与できるのは弾1つ分だけです...)
 (謝らないで下さい。十分です。後は縁佳さんの狙撃次第ですが...)
 (任せて下さい!私なら、絶対に外しません。先生からいただく切り札は絶対に無駄にしません。私には、絶対に外さない自信がありますから!)
 
 彼女のそんな力強い宣言を聞いた美羽は、縁佳に託して大丈夫だと確信した。


 (私のオリジナル魔法は、対象の脳あるいは心臓に当てなければ効果無いわ。だから絶対的な隙をつくって、絶対に2か所を守れていない状況になった時に、私の魔法を使ってほしいの。その為に私たちが頑張ってチャンスをつくるから!―)


 (――あいつの狙撃なんて恐るに足らずだ。躱してみせるし、必中技能だったとしても全部叩き落としてやるっての)


 (私の切り札は、甲斐田君にも防げない。絶対に当ててみせる...!)

 
 (コウガの専属軍略家として、敵の軍略は全て読み切ってみせます!敵の行動予測において、私に並ぶ軍略家は存在しません!)


 (今は王女ではなく、軍略家として皆さんを勝利に導いてみせます。この読み合い戦で、負けるわけにはいきません!)



 『『この戦争の勝者は俺たち(私たち)だ(です)!!』』



 偶然にも、彼らは同時刻でこのハイレベルの読み合い戦を繰り広げ、勝利を強く誓っていた――

 「すごいね、甲斐田君...その通りだよ。私のオリジナル魔術は、相手のステータスや肉体を過去の状態に巻き戻すことができる。それで君を無力化させれば私たちの勝ち。この魔術を完成できたのは、君が教えてくれたライトノベルのお陰」
 「あーあマジか...あんたにそんな作品紹介するんじゃなかった...。最後にこんな邪魔されるなんて。で?時々撃ってくる高園の狙撃や雑魚兵をぶつけて俺に隙をつくらせて、魔術を発動させてフィニッシュ...ってところか?出来ればいいな?そのメンツで...今の俺を、討伐できるといいなぁ!?」 


 挑発しながら両腕を突き出して極太の赤い魔力光線を放つ。一瞬で雑魚兵をさらに減らした。


 「甲斐田君。曽根さんまで、殺してしまって......後悔は、本当に無いの? “砂風刃《さふうじん》” 」

 激情に駆られながら俺を罵倒するかと思いきや、意外にも静かな口調であいつらを殺したことに対して問いかけてきた。まぁその顔には悲しみと怒りが混じってるが。
 そして会話しながら嵐と大地の複合魔法...風と砂の刃が飛んでくる。


 「......言ったろ?あいつらは元の世界で俺を不快にさせた」
  “氷槍” 
 「この世界でもあいつらは俺に対するヘイトを溜め過ぎた。後悔などあるわけない」
  “闇雷《あんらい》” “黒炎槍” 

 水魔法で藤原の魔法を撃ち消し、黒い雷と炎で周りの雑魚兵も巻き込んで反撃する。そしてさっきからやたら来るようになった狙撃弾にも対処する。奴の狙撃には慣れてきている。「危機感知」を強化させたことで、より回避しやすくなった。水・風・雷・土の属性しか撃ってこないところ、使える魔法はこの4つだけらしい。弾丸・矢を交互に撃ってくる。

 前者は威力はあるが直線的、後者は軌道が読めない、面倒だ。どっちでくるのかは当たる寸前にならないと分からないようになってる。高園の狙撃の腕が人間離れしていることがよく分かる。ゾンビ属性とこの身体能力がなければ死んでたかもな。
 前に藤原の魔法、後ろから高園の狙撃という挟み撃ちをくらう形だが、痒い程度だ...実際は痒みも感じられないが。

 突如、藤原の魔力がグンと跳ね上がった。おおマジか、8桁乗ってる!だが体力がかなり減っている。無理してるようだな。


 「甲斐田君にとってよっぽどのことだったんだね...でも殺してほしくなかった!こんな戦争起こしてほしくなかった!君が魔人族の長を討伐した時点で全て終わりにしてほしくなかった!!残った私たちで...和解してほしかった...!!」

 “粘水牢獄《スライムプリズン》”

 スライムでできた牢獄に閉じ込めて、その中に聖水を流し込む俺キラーの魔法がきた。これだけでも無力化されるじゃん。

 “1億V雷玉”

 超高電圧の玉を爆発させて強引に突破。狙撃をいなす。


 「そうしたかったのなら、俺を屈服させて従わせるべきだったな。これも以前言ったよな?自分のしたいことを押し付ければ良いって。まぁ力不足のようだが」
 
 “大刃竜巻”

 もの凄いデカい刃が混じった竜巻を周囲に発生させ切り刻んで殺しまくる。...まだ雑魚は消えないか。邪魔だね......こいつら、ウザい。全員邪魔する気らしいし、本当に全滅させちゃて良いか。「王毒」以外にも大規模殺人魔術は俺にはある。あの“オリジナル魔術”を、また使ってやろう。


 「もう雑魚がいて良いステージじゃねーんだよ......全員死ね」

 “悪食” 

 「...!?甲斐田君、それは―!?(魔力防障壁!!)」
 「ガビル様!あなたは生き残って下さい!!」
 「な...!?お、お主ら――」

 危険を察知した藤原は咄嗟に障壁を発動、良い判断だ。ただ周りの雑魚兵どもは予想通り間に合わず、魔術の餌食となった。
 俺の全身から闇色の触手(先端は禍々しい口腔)が超音速で飛び出していき、兵士たちを“捕食”していった。

 俺の固有技能「過剰略奪」「早食い」を暗黒魔法に付与させたオリジナル魔術「悪食」。もの凄い速さで敵をたくさん食い散らかす。大量殺戮魔術だ。

 約10秒後、数万いた兵士はほぼ全滅した。この戦場で残っている主な敵は...藤原と、今まで隠れていた米田のみだ。これで狙いやすくなったな。

 「あ...あ...ああ...!!」

 米田は声にならない叫び声を途切れ途切れ漏らして尻もち着いて震えている。あの分ではもう魔術をまともに放つことは無理そうだ。後で殺そう。まずはいちばんの脅威から抹殺する。


 「甲斐田君...!わたしは命を懸けてでも、君を更生させるから!!」

 藤原はまだ折れることなく、俺に勝つつもりでいる。同時に魔法杖を捨てて...?で、両手に青白い魔力が尋常じゃないくらいこめられている。杖を放棄しての魔法...いや、アレは魔法じゃない...!もしかしてアレが......
 

 「これで君を終わらせる、全て...!」
 「それが...さっき言ってた切り札(究極の回帰)か...。だがそれが何だ?あんたの身体能力で俺に当てられるのか?俺の最高速度は光速の約2分の1に達する。捉えられるか?というかその前にあんたを即殺して終いだ」
 「関係無い!私は君を“回復”させてみせる...!命と引き換えに君を無力化できるなら本望よ!!」

 覚悟ありか...こんな先生ばかりの学校だったら、さぞマシなスクールライフを送れていたのだろうなぁ......おっと、何らしくないこと考えているんだ俺。一瞬だ。奴が反応する間もなく頭を消し飛ばして終わらせる。奴の切り札など絶対くらってはやらない。奴が死ぬだけの結末で、終了だ...。

 数秒睨み合う。障壁を身に張っているから魔法では死なない。だから素手で殺す。手刀の構えをとって後ろに隠す。体を前傾させてスタートの構えをとる。


 『なっ...!?コウガっ!ヤマタワタルの姿が突然消えて...!!』
 (......!?)


 カミラの狼狽した叫び声が聞こえて、それによって俺の中で迷いが生じた...!
 消えた?突然...?確かに感知出来ない。奴は今、索敵範囲にいるはずなのに...。

 (――いや、今は奴のことはいい!今は、目の前の敵だ...!)

 カミラに小さく分かったと答えて、俺は......



 (オン ユア マーク   セット.........)

 ドン!――と心の中で叫んでスタートを切った!光の速度に近づくスピードで駆ける...駆けて行く!藤原には俺の姿が見えていない。当然だ。そしてあと数歩まで近づいて手刀を振りかざして――


 「私は......」


 終わりだ......!!


 「君を更生させること、まだ諦めてないからっっ!!」

 




 “朧霞《おぼろかすみ》”

 「な......ぁ!?」

 その奇襲を...俺は簡単に許してしまった。突然のことだった。何も感知できないまま...気が付けば俺の体が真っ二つになっていた。そしてたった今そこに現れたその男に目を向けて問う。



 「......何であんたがそこにいるんだよ.........先輩」
 「俺の“気配遮断”の熟練度を甘く見たな......後輩」



 八俣倭は、そう言って俺を斬り捨る。そして直後に......


 「私たちの勝ちだよ――“時間回復(リバース・ヒール)” 」


 俺の頭に手を乗せながら、藤原が静かにその名を口にした。青白い光が強まり、視界がそれに埋め尽くされる。直後、俺の体に異常が起きた...!

 (力が、減っていってる感覚が...魔力が減っていく...!)

 ヤバい......このままだと本当にヤバい!脳は消し飛んでいない。解除できるだけ全部今すぐ解除だ!上半身だけでも動かして藤原から離れるんだ!!

 ズパンッ!!「っ!...あっ、ぅく...!!」
 
 ギリギリのところで藤原の腕を斬って回帰から逃れる。すぐさま俺を追おうとする彼女だが、捕まってやるもんか。上半身だけになっても、まだ音速以上で動ける!数秒後には元通り、すぐにあの二人を殺しに行って、今度こそ終いだ!!



 「あんたらは本当に手強かった!ナイス連携プレイ!だけど最後は俺が―――














 ――ドスッ


 ―――え......?」



 それはまた突然のことで......感知も予測も全くできなかった。音すら聞こえなかった。というか、刺さったことすら気付かなかった。あまりにも正確で高精度で射抜かれて寸分の狂いもなく目標に刺さったから。胸に生えた《《その矢》》を見て、ようやく気付いた。
 
 その矢には、藤原の回帰魔術と同じ、青白い魔力が込められていた。
 そしてこの時俺は、こんな幻聴が...聞こえた......気がした――



 “私たちの勝ちだよ......甲斐田君”

 (高―――園―――)

 呆然として動かないでいる俺に追いついた藤原が、再び体に触れた魔術を再発動する。
 再度失っていく俺の力...いや、巻き戻っていく。
 俺の肉体が。時間が。若返っていく...回復《ヒール》されて、いく...。


 (......!!俺の、ステータスが...!)


カイダ コウガ 17才 屍族 レベル11
職業 片手剣士
体力 1/40
攻撃 40(390)
防御 40(350)
魔力 20(160)
魔防 20(200)
速さ 40(400)
固有技能 全言語翻訳可能 逆境強化 五感遮断 自動再生 略奪 感染    制限解除

 
 見間違いだと思いたかった。夢であってほしかった。だが紛れもない現実だ...!
 俺の今のステータスは、瘴気まみれの地底に落ちて、死んで復活したばかりのあの頃の自分にまで巻き戻ってしまっていた...。
 この最終決戦の局面で、はじめからプレイ時のステータスになるとか、これ何て言うクソゲー??


 「米田、さん...!!お願い...!今なら、あなたの魔術で...!」
 「え?...あ、はい! “死霊操術”!!」


 藤原の指示に我に返った米田が死霊魔術を唱えて俺を縛る。


 「あーあ......今度は全く抗えねー。本気出しても呪縛を振り解けなくなってらぁ...」

 下半身が再生しつつある体をいくら捩っても、脳のリミッターを解除しようにも、能力値不足だ。というか解除率の限界が早い。500%くらいで脳が弾ける音がした。体の耐久性も完全に初期化してやがる。



 もう......詰みだ。

 俺は―――敗けたんだ.....................


 故カイドウ王国では、二人の乙女による激闘が未だ続いていた。


 「まだ、粘るんだ...クィン凄く強くなってるね」
 「コウガさんと戦う為の鍛錬をしてきましたから、これくらいは、当然です!はぁはぁ...!」


 アレンはまだ余力があり、クィンは呼吸が乱れている。体力的にはアレンに分があるが、クィンが退く様子は全く見られない。気力、精神でくらいついている状態だ。
 しかしクィンがこうしてくらいついていられるのは、それだけが理由じゃない。アレンは「限定進化」を発動していないのだ。アレンは今すぐにでも皇雅のもとへ駆けつけたいと考えている。普通なら早急に進化してクィンを退けてれば良いのだが、彼女はそうはしなかった。 
 否...出来ないでいた。ここで進化すれば、今のクィンを簡単に殺してしまうと悟ったからだ。


 「...まだ魔石で強化はしないでいるの?」
 「これは全てコウガさんとの戦い用で使うと、戦う前から誓ったので。彼がここにいない以上、これ以上戦いに使うことはありません。アレンさんこそ、進化して私を倒してコウガさんのところに行かなくて良いのですか?私を殺してでも...!」
 「...!そんなこと......やっぱりできない!!コウガには覚悟したって言ったけど、今になってクィンを殺すことに抵抗が出てきた。コウガには悪いけど、本気でクィンを殺すなんて、できない...!」
 「アレンさん...」
 「だから、戦わずに退いて!! “限定進化”」
 
 そう叫んで進化して超スピードでクィンの横を駆けようとするが―

 「させません」

 クィンが一瞬で追いついて剣を振るってアレンの進行を止めた...魔石で強化された身体を駆使して。

 「......魔石は使わないって言ったじゃん?」
 「戦いには使わないっていったはずです。こうしてあなたを止める為だけに使います!」
 
 不機嫌な顔をしながらアレンが進化を解除すると同時に、クィンも魔石の強化を解いた。クィンレベルの戦士になると、魔石強化の時間を自在にコントロールできるようになっている。

 「コウガなら皆殺すよきっと。自分の復讐に妥協しない人だから」
 「絶対そうはなりません...ミワや彼の同期生たちは、強いですから」

 そう言い合って何回かぶつかり合う。しかしその勢いもだんだん落ちていってる。お互いに殺す気は無い為、最早泥試合の展開になろうとしている。
 両者再び睨み合っていると、クィンの傍で光が突如出現する。驚愕しながら剣と杖を構えて警戒するクィンだが、次の瞬間、彼女の顔は意外なものを見たというものに変わっていた。


 「おじい様...!?」
 「クィンか...ぜぇぜぇ...」
 
 その光から出てきたのは、連合国軍総大将・サント王国国王にして、クィンの実祖父であるガビルであった。かなり憔悴している彼をクィンは慌てて介抱する。それを好機と見たアレンが「限定進化」して一気に突破した。


 「あ...!?」
 「私は行くから。クィン、もうコウガの邪魔はしないでね?あなたが殺されるのは、やっぱり嫌だから」

 そう言い残してアレンはサント王国へ向かって行った。悔し気に歯噛みするクィンにガビルが謝罪した。

 「すまない、私のせいで...。あの鬼族を止めてくれていたのだろう?カイダコウガと接触させない為に」
 「いえ、気にしないで下さい。それよりもこんなに消耗して...無茶はしないでと言ったのに...!しかしどうやってここに?」
 「優秀な兵士たちの魔法で、私だけここに転送されたのだ。カイダコウガの恐ろしい魔法から逃がす為に、転移魔法でここに飛ばされたというわけだ。おそらく彼らはもうやられた。彼らのお陰で私は救われたのだ...!」
 「そんなことが...!」
 「行くのだクィン...お前もあそこへ行くべきだ。カイダコウガを――!?」

 途中でガビルが何かに驚いている。不審に思ったクィンが後ろを...否、周りを見てみると...


 「...ゾンビたちが、倒れていく...!?」

 今まで兵士たちと戦っていたゾンビたちが、糸が切れるように倒れ出し、動かなくなった。

 「まさか...術者が、カイダコウガが解除したのか?考えられることは、戦争が終わったということ。では...」

 ガビルがそう推測したのを聞いて、クィンは何故か、この戦争は自分たちの勝利だと確信していた。動ける兵士たちに頼んでガビルを運んでもらって、クィンはサント王国へ向かった。

 (コウガさん......もう終わったんです。あなたの復讐は誰も幸せになれない。私もミワたちも.........あなた自身も!!)





 米田の魔術でできた鎖に縛られて身動きできないでいる俺を、藤原と米田は黙って見降ろしている(米田は少し距離をとっている)。殺意を込める気も失せた俺は、感情の無い人形のような目をしたまま俯いている。こちらに近づく気配がして見てみると八俣が無表情で見降ろしてきた。


 「そういや聞いてなかったな?カミラの目や俺の感知、さらに俺の兵たちからどうやってくぐり抜けてここまで来た?どれだけあんたの妨害策を敷いたと思ってやがんだよ、ったく」
 
 しばらく黙っていた八俣が、やがて短く笑って質問に答えてくれた。

 「本当に厄介だったよ。斬っても死なないお前のゾンビ兵の大群にお前の軍略家の視線、そしてお前の固有技能による感知。全て掻い潜るのは本当に無理だったと思える難易度だった。
 が、相手が悪かったな。百年以上の鍛錬で、俺の「気配遮断」は存在自体をも遮断して姿を隠蔽できるまで熟練された。それを以てお前たち全員の目を誤魔化してここまでバレないように来たってだけだ。この技を“朧霞”って呼んでいる。...以上だ、俺と話すことはもうあるまい?」

 「ああそうだな、回答どうも。百年の差か...そら俺も、カミラも勝てるわけないよな...。あんたの行動を予測出来れば勝てたが、そうはさせてくれなかったか...」

 あまりにも途方ない経験の差にとほほと嘆いていると、通信からカミラの悲痛に満ちた声が入ってきた。


 『コウガ...私がいながら、あなたを敗北させてしまいました!本当に、ごめんなさい!世界トップの軍略家と言われておきながら、敵の策を読み切れず負けてしまった...。コウガに救われた恩を返すことが出来ずに、貴方をそんな目に遭わせてしまった私は、専属軍略家失格です...!!』
 「カミラ...お前のせいじゃない。俺自身どこか慢心を抱いていたせいだ。それにカミラは十分よくやってくれた。お前の情報のお陰で3人復讐出来たし、敵の包囲網も比較的楽に突破できた。カミラがいて良かったって思ってるぜ...。ごめんな、敗けちゃって」
 『コウガ、さん...!!う、うう......』

 カミラの嗚咽混じった泣き声を聞きながら、視線をさまよわせて、ソレを見つけた俺はそのまま話しかける。

 「そういうわけでテメーの軍略の勝ちだ。あのカミラを上回ったんだ、文句無しの勝利だ。テメーは俺を倒したんだ、スゲーよ......お姫さん」
 『コウガさん......もう、終わりで良いのですよね?』
 「ああ、敗けた俺には何もできない。後はテメーらの好きにすれば良い」
 『そう、ですか......』

 一方の勝者の軍略家は、安堵した様子の口調だった。まぁ殺されずに済んだのだし、安心するわな。

 「でも、こうして私たちが勝てたのは...君のお陰でもあるよね...甲斐田君?」

 ミーシャの水晶が消えたと同時に、黙っていた藤原が俺に話しかけてきた。その顔は、俺の全てを見切ったと言いたげに。

 「......何のことやら」

 目を逸らしてそう返すが、相手には通用しなかったようで、真っすぐ見つめられる。その藤原だが、かなり弱って見える。切り札魔法はかなりリスクあるものだったのか、重症患者レベルの顔色の悪さ、死にかけに近い状態だ。最初から万全じゃなかったそうだし、前の戦争でも使っていたのだろう。
 5日経っても全快しないくらいに消耗する魔法だ、不調のままでまた回帰などすればただでは済まないわな。

 「......惚けても良いけど、私は気付いてるからね?君がその気になっていたら、私は...ううん、米田さんも早い段階で殺されていた。それくらいに私たちと君との戦力差は歴然だった。

 ねぇ甲斐田君...。君は......私たちを殺す気は無かったんだよね...?」

 「.........」
 「え...?」

 黙ったままの俺に代わり、米田が驚きの声が上がった。とても意外そうでいるところ、俺が全員殺すつもりだったと思い込んでいたようだ。俺自身も......そのつもりでいるのだが......。

 「ミーシャ様の情報によれば、君は格闘戦を得意として、それが切り札だそうだね?私は魔法攻撃には強いけど、近接戦闘、特に直接物理攻撃には凄く弱い。だから殺す気でいたなら、君は早々に格闘技で私の首をとっていたはずだよ?」
 「買い被り過ぎだ。あんたがそうならないように、周りの兵士どもや高園の狙撃で対策してきただろうが。事実あんたを何度も殺そうとしたが、あいつらのせいで失敗した」
 「そうかもしれなかったけど、甲斐田君だったらできたんじゃないの?何より、甲斐田君は私と戦ってた時、魔法攻撃で戦っていたよね...?それはどうして?」
 「それは、簡単だ。周りの兵士どもが邪魔だから、あんたを攻撃するついであいつらを消していたんだよ。あんたを殺しやすくする為に...何より切り札をくらわないように」
 「そう...君がそう言うのなら、そういうことにしておくわ...(ありがとね?)」
 
 最後に小声で礼を言われて、戸惑うばかりだ。思わず舌打ちする。米田の魔術は未だ強いままだ。あいつまだ「限定強化」解いてねーし。


 「私はまだ君と話したいことあるけど、それは後にするね?後は...君と話したいと思っている子に交代するわ」

 俺の後方を見つめてそう言った美羽は、米田のところへ行った。次いで後ろからコツコツと足音がする。今まで奪った固有技能が消えたため、誰が来たのかが全く分からない。だが、状況からしてたぶんあいつだろうな...。やがて俺の顔の方へ回り込んでその正体を現しに来た。予想通りの人物だった。



 「よぉ......最後に顔合わせたのは、あの実戦訓練の時だったっけな......
 高園」
 「うん...本当に久しぶり。7か月振り、だね甲斐田君」
  
 この戦争のいちばんの功績を上げた者であり、かつて体育委員長で弓道部部長だった元クラスメイト......高園縁佳と再会した。


 ――7か月振りの、再会だ......。

 (甲斐田ってなんか...イイなぁって思うんだよね~)
 (えっ......甲斐田君が?美紀ちゃんもしかして...つ、付き合いたいって考えてるの!?)
 (うーんそれはまだ早いかなー?でもアリかもしれないっていうか?)


 高校1年生の春。私は友達の美紀と、彼女が気になっているという甲斐田皇雅君と同じクラスになった。中学では陸上競技で全国大会入賞した実績があるらしく、格闘技にも精通しているらしい。美紀が積極的に話すものだから、私も自然と甲斐田君と話す機会が度々あった。

 甲斐田君は、協調性があまり...というか全然無い性格の男の子だった。


 (甲斐田君!球技大会の練習そろそろ出て来てくれない?甲斐田君だけ一度も来ていないじゃない。こういう時くらいはみんなと親交深めた方が良いよ!)
 (あー?いいって俺は。なんか俺が来たら気まずい雰囲気になるじゃん?俺、わりとボッチ野郎だから馴染めないんだよね。当日は隅っこでディフェンスでもやっとくから、今日も欠席でよろしく)
 (ダメだよ!甲斐田君そういう態度でい続けていると本当に孤立しちゃうよ?美紀とだって、以前はけっこう会話していたのに、最近は美紀とも疎遠になって...)
 (......あいつのことはもうどうでもいいだろ?それに、たかがクラスで孤立するくらいどうってことないって。俺には部活あるし。そこで仲良くできてるから問題無いって)
 (だ、だから!球技大会の練習全てサボるのは良くないって!―)


 2学期が始まった頃には、甲斐田君は少々正確に難があるせいで、教室ではやや孤立していた。美紀ともいつの間にか話さなくなっていたし、誰とも親しくする気が無い状態だった。私はそんな彼のことを何故か放っておけなく思い、一人でいるタイミングを狙って会話することに挑んでいたことがあった。
 クラスの誰とも仲良くする気がない甲斐田君だったが、こちらから話せば一応会話に乗ってくれる人だったから、それなりに色々話せた。勉強のこと、部活のこと、休日のこと、そして……どんな異性がタイプかってことも…。
 ちなみに美紀が甲斐田君に告白したという事実を知ったのはこのタイミングだった。

 ある時、私が弓道において体の筋肉をどう使えば良いのかと何気なく聞いてみると、そのトレーニング法について詳しく教えてもらったり、期末テストの分からないところも教えてくれるなど、甲斐田君は意外にも親切に色々話してくれた。


 (高園は...お前には悪意が無いから。だからこうして話に付き合ってやってるだけだ。お前みたいな奴ばかりの世の中だったらどれだけ良かったか...)

 などとよく分からないことを言っていたけど、私にとってはこれで彼を孤立させないでいることに成功しているという達成感に喜んでいたりもした。今になって思えば、私たちの関係はどこかおかしかったのだなぁと気付かされる。

 ...私は甲斐田君のことを理解しきれていなかった。

 だから――2年生になって少しした頃に《《あの事件》》が起きて、彼は完全に孤立してしまった。あの時私がもっと上手くやれていたら、あんなに拗れることにならないで済んだかもしれない。甲斐田君を傷つけないで済ませられたかもしれない。
 彼との溝を深めずに済んだのかもしれない...。

 あの事件以降の甲斐田君は、クラスとの誰とも関わることを拒み、文化祭も修学旅行も全て欠席して、教室にいる時間は授業時間のみになっていた。


 (私が甲斐田君を責めるようなことを言ってしまったから。大西君たちを庇う形をとってしまったから。私が、彼をフォローしてあげれば...)

 独りでいる甲斐田君を見る度に、私はあの時の後悔に苛まれていた。周りに誰もいないタイミングで、彼に話しかけようとした時の、あの敵意に満ちた眼は軽くトラウマを抱える程だった。
 でも退いてはいられなかった。私たちが今の甲斐田君にしてしまったのだから、せめて一声でもかけようと、勇気出して話しかけた。


 (甲斐田君。部活頑張ってね...。来年は、体育祭とか出て来てね...!)
 (.........)

 冷たい眼で私を一瞥して返事しないで行っちゃったけど、私は嬉しかった。こっちを見すらせず無視されなかったただけでもまだ彼と和解できる可能性があると確信していた。

 3年の夏前、甲斐田君の3年連続全国大会出場がかかった試合に、私は1人お忍びで観に行っていた。一昨年美紀と一緒に行ったっきりで、彼のレースはほとんど見たことがなかった。だからその走りを見た時、私は感動していた。

 (す、凄い...!一昨年観た時よりすごく速い!!まるで別人みたい...)

 成長期なので当たり前なのだが、走るのがそんなに得意じゃない私にとっては度肝を抜かれる程だった。そしてその後で見た彼の笑顔にも衝撃を受けた。

 (教室では一度も見せなかった笑顔が...しかも部員たちの前で...!あんな顔も、するんだ...)

 初めて笑顔を見れたと嬉しい気持ちと、クラスでは見せてくれなかったのに部の前ではあっさり見せるんだという何とも言えない悔しさが同時にこみあげてきた。
 そして私はここでも勇気を出して、1人になった甲斐田君に声をかけた。


 (!......来てたのか。テメーも試合か?)
 
 総合体育館が敷地内にあるから私も部活で来たのだと思ったらしい。

 (ううん、今日は甲斐田君のレースを観に来たんだよ)
 (俺の...?何で?友達の付き添いか?どうでもいいけど)
 (う、ううん...。1人で来たよ。甲斐田君のレース、感動したよ。全国大会出場おめでとう。それだけ言いに来たから...じゃあ、ね)
 (あっそ...)

 甲斐田君は終始冷たい反応だったけど、無視されないだけマシだった。だけどこのまま終われない。振り返ってあの!と呼びかける。


 (私!今度の夏休み...7月の初めに地区予選大会に出るから、よかったら甲斐田君...見に来てくれない、かな...?ひ、暇だったらで良いから!)
 途中恥ずかしくなって、言い終えると同時に私が去って行ってしまった。返事は聞けなかったが、走りだす直前に―


 (...ふん)

 甲斐田君の、そんな声が聞こえた、気がした――。





 「―――結局、甲斐田君には私の試合、観てもらえなかったね?試合を目前にこの世界に召喚されちゃったから...」
 「.........」


 俺の前に現れた高園は、唐突に過去の出来事を振り返って話し始めた。どこか丁寧に、主に俺と彼女とのやり取りを振り返っていた。意味が分からないでいる俺は黙って、だがほぼ聞き流していた。

 「あの時...知らずにあなたを傷つけてしまうようなこと言ってごめんなさい。私の価値観を押し付けるようなことしてしまってごめんなさい。独りでいることはダメだってことを勘違いしてしまってごめんなさい!...でも、あなたがこの世界で犯してきた罪は赦されない!」

 「......」

 あれはあれ、これはこれって言いたいそうだな。まぁ正論だが。そんなことよりやっと振り返りが終わったところで、気になっていたことを訊くことに。

 「最後の狙撃...矢が見えなかった。とんでくる気配も音も、何も感知できなかった...。矢が瞬間移動して俺の心臓を射抜いたような一撃だった。アレは、テメーのオリジナル技か...?」
 「......そうだよ。甲斐田君にも絶対感知できない、避けられない狙撃。
 “見えざる矢” これが私が編み出したオリジナル狙撃技だよ」

 弓を構えてみせるが肝心の矢が無い。そのまま弓を放つ動作をすると、1秒もしないうちに瓦礫を破壊する音が聞こえた。

 「今のは、テメーの狙撃で...?」
 「うん。矢に“隠密”と“気配遮断”を付与させて、矢の存在を完全に隠蔽させることを可能にしたの。私は、武器に無数の技能と魔法を同時に付与できるようになった。そういう素質があるって、鍛錬の中で気付いたの。狙撃が主戦法の私にとって、矢や弾を強化させることが私の戦力を大幅に上げられるって確信した私は、付与技術を磨いてきた」
 「......ふうん?」
 「そしてこの戦争では、美羽先生の回帰魔法と私の狙撃で甲斐田君を無力化させるっていうミーシャ様の戦略に従い、この戦いの勝利に貢献できたわ...。
 けど、流石は甲斐田君だね。あれだけ離れていた私に全く隙を見せなかった。確実な隙をもっと早く見せてくれれば、すぐに美羽先生の魔法付きの狙撃で終わらせたのだけど、それを中々許しては、くれなかったね。甲斐田君、頭と心臓を庇いながら戦っていたから、見えない狙撃をしてもその2つのどちらかに当たらなければ意味無いから...。最後に倭さんが来てくれたお陰で、そして美羽先生のお陰で、あなたの無力化に成功できた…」

 などと、俺が気になっていたこと全て話してくれた。

 「随分ご丁寧に全部明かしてくれたな?自分の切り札をあっさり話しやがって、次はテメーの狙撃は絶対に効かねーぞ?」
 「“次”なんてもう無いよ?あなたにはもうあんな力は戻させない...絶対に。皆を殺したあんな恐ろしい力なんて、絶対に返させない!!」
 「......くそっ」


 こいつの言う通り、もう完全に詰んだ。アレンとカミラが来たとしても高園と八俣、さらにクィンと戦わせるのはキツい、分が悪過ぎる。スーロンたち鬼族、ドリュウは?
 いや...あいつらは魔族。これは俺と連合国軍との戦争だ。部外者の彼らを巻き込むのはダメだ。俺自身で解決しなければならない。
 だからこそ詰んでいるのだが...。

 そうして悩ませていると、ミーシャ・ドラグニア本人がやって来た。半年前より少し伸びた青髪を後ろに束ねて白い軍帽を被り、白主体のローブを着ている。背も少し伸びたか?
 それにしても敗戦男の面でも拝みに来たのか?このお姫さん...こいつも随分化けたな...。あの時殺しておくべきだっただろうか。奴の境遇に、自分のと重ねたせいで殺す気...復讐する気が失せてしまった。
 だがそんなの知るかと、心を殺して奴を消しておけば、俺はこうしてお縄についてなどいなかっただろうな...。俺のミスだ。

 「こうして直接お会いするのは、半年振りですね...コウガさん」
 「ああ。身も心も随分成長したようだな?まさかカミラの軍略を上回るなんて、想像以上に強くなったな」
 「身も...?そ、そうでしょうか?あ、いえ......コウガさん、あなたをどうするかは、ガビル国王様やフミル国王様に打診し、ここにいる全員の総意で決めます」

 ここにいる、ねぇ?米田は今も気を抜かずに魔術を継続。あれは俺の死を確実に望んでいる様子だ。
 八俣は無表情でいるまま。あいつは上の意思に従うって感じだ。奴本人の意思は知らないが。
 高園・藤原は殺すことは考えていない様子だ。だが無罪放免させる気も絶対ないだろう。日本でいう無期懲役あるいは終身刑に処する方針を唱えるか。
 ここにいないクィンはほぼ確実に俺の死を望むだろうな。正義のままに、俺を断罪すると考えられる。

 どちらにしろ俺に未来が無いのは確実だ。不死性MAXの俺の処刑法なんて、封印か拘束し続けるかぐらいか。あとは聖水に漬けて溶かすとかか。とりあえず目の前のお姫さんに聞いてみる。

 「で?テメー個人としてはどうしたい?大規模殺戮をやらかしたこの俺をやっぱり消すべきだと考えているのか?」
 「私は......コウガさんを私の管理下に置いて収監しようかと、考えております。不死性質の貴方を殺すことが出来ない以上、貴方の力で破れない結界に閉じ込める...今はそれくらいのことしか思いついてません。貴方が更生してくれるのなら、刑が軽くなる可能性はあります。いえ、私がそうさせます!」

 要するにお姫さんが俺を引き取って監禁し続ける、っていう解釈でオーケー?それもそれで嫌だなぁ...。つーか何照れながら答えてんだよ?止めろマジで。
 一度殺したいと思った女と、しかもそいつの軍略にやられたっていうのに、そいつの下で監禁とか辛いわマジ。

 「...こいつについての沙汰は、一旦保留にしろ。今は負傷者の手当が優先だ。藤原美羽、彼女がいちばん深刻だ」
 「そうですね。では、ミワさんの介抱を先に...」
 「私の治療は、自分で出来ます。他の生きている兵士さんたちの介抱を先に...」 
 「美羽先生、無理しないで下さい!魔力がほとんど残っていない状態で回復魔法を使ったら...!」

 俺の処分については後回しにして、負傷者・生き残りを集めて王国へ帰還するという流れか...。あーあ...ここまでか。
 俺の敗北という結末でこの戦争は終わ――






 「――何やら派手に揉めていたようだが、もう終わったようだな...?」


 「っ!!何...!?」

 突如として冷たい声音が割って入り、八俣が血相を変えて刀を抜いた。彼が睨む視線の方に目を向けると......そこには異質な集団が現れていた。

 というかあれは......魔人族、だ...!


 「お前の戦気が突然弱くなって捜し出すのに手間がかかったが、ようやく見つけたぞ...。
 カイダコウガ...!!」


 その集団の中で、一際異彩を放つ黒髪の男は、俺に強い殺気を向けて睨みつけながら、そう言い放ってきた。



 この戦争はまだ終わらない。むしろ、荒れるぞ...!

~回想~


 (カイダコウガを殺しに行く。父上を殺した奴を殺さなければならない。全員で奴を殺すぞ...復讐だ)


 ネルギガルドの呼びかけに応じたベロニカとジース、そして僅かな数の屍族たちを待っていたのは、魔剣を手にしているヴェルドだった。
 まるで別人かのような彼の変わり様に、二人は困惑していた。それも当然、今の発言をしたヴェルドは、父のザイートの死によって心あらずの様子で戦意を完全に喪失していたはずだ。誰が見ても終わりに見えた様子だったのだが、魔人族らの前に立っている今の彼は...そんな要素が微塵も感じられない。

 見たこともない邪悪なオーラを放ち、自信を漲らせているその姿は、歴戦の覇者...かつての魔神を思わせるくらいに変貌していた。


 (ヴェルド...様?本当にあなたなの?)
 (......この魔力に戦気。格段に上がっているけれど間違いなくヴェルド様よ。それにしても凄い上昇よ。あの“成体”されたザイート様と同等、もしくはそれ以上にまで...!?この短い時間で何が...)


 ネルギガルドが戸惑いながら問いかけるのに対し、ベロニカがヴェルドの戦気を確認してから答える。3人の魔人が何よりも目を向けたのは、ヴェルドから出ている禍々しいあの邪悪なオーラだ。同胞の彼らさえ畏怖するオーラだが、何故か惹かれもする。


 (これは、あのザイートちゃんと同じオーラ、強い悪のカリスマ性...!!)

 ネルギガルドが心中で死んだザイートのことを思い出して戦慄した。そう同じなのだ。あの時突然人が変わったザイートが放っていた邪悪で強いカリスマ性に満ちたオーラ。今のヴェルドもそれと同じものが出ていた。

 (今を以て魔人族の新しい長は、この俺ヴェルドとなる。この4人の魔人と残りの屍族たちで、我が父ザイートの仇であるカイダコウガを討ち滅ぼす!
 そして今度こそ完全に世界を滅ぼして支配する!全員俺に従え!!)

 (((......!!)))

 ヴェルドの言葉には、逆らうことを許さないような強い力が感じられた。思わずその場でここにいる全ての同胞が瞬時にかしずく程の圧が、彼にはあった。

 この時を以て、魔人族の新たなる族長が完全に君臨して、魔人族軍が再結成された。


 (ヴェルド様にいったい何が...)
 ネルギガルドだけは心中、ヴェルドの急変化に疑問を抱いていた...。






 「魔人族の生き残りか...。だがなんだこの強い殺気と禍々しいオーラは...?こんな奴がまだいたとはな」
 

 いち早く臨戦態勢に入った八俣が冷や汗を垂らしながら1人ごちる。やや遅れて高園と米田も武器を構えて警戒する。


 「あなたは、ここに来た魔人族...!」
 「また会ったわね。だいぶ消耗しているようね、これならサクッと殺せそうだわ」
 「...!縁佳、ちゃん...」


 高園がスリム体型の女魔人族を見て敵意を向ける。対する女魔人は嗜虐的に笑って睨み返す。どうやら先日の戦争で面識があったみたいだな。


 「あらぁ?そこで縛られているのが、あのカイダコウガって子?何だか妙な状況ね?あ、あたしはネルギガルドよー!よろしくねっ」


 俺を見て自己紹介してきた巨漢のオカマ野郎は...ネルギガルド?そうか、こいつがアレンの家族と里を滅ぼした魔人族。こんなオカマ野郎に、アレンの両親が殺されたってのか...。


 「父上を殺した男、相手に不足は無い男だと確信して、準備もして集団で来てみれば、なんだその様は?こんな雑魚どもに、まさか敗けたとでも?
 まぁいい、そういえば紹介がまだだったな。俺は序列元2位のヴェルド。貴様が殺した父ザイートの息子にして、現魔人族の長だ」

 「テメーが...。俺は...見ての通りこいつらに敗けた。特殊な回復魔法でステータスが大幅に弱体化されて身動きとれない様だ。ゾンビ性質はそのままだから殺しても死なないけどな」

 黒髪の男魔人...ヴェルドの問いに答えてやったが、内心かなり焦っている。さっきからこの魔人は俺のことばかり睨みつけてもの凄い殺気を浴びせてくる。おそらく父の敵討ちってところだろう。
 しかも...さっきから目に見えるレベルのあの邪悪なオーラは何だ...!?何だアレは?正直ヤバい。
 目の目にいるヴェルドって奴は、ザイート級にヤバい奴だ...!


 「本当に弱体化されているようですね。どういう魔法でああなったのか不明ですが...いずれにしろ彼を確実に消せるチャンスです。これでヴェルド様の復讐はすんなり達成できますね......少々あっけないですが」

 褐色肌の女魔人族...ベロニカがヴェルドにそう伝えて、俺に嗜虐心込めた視線を向けてくる。あの女には地底で散々追い詰めたからなぁ......あの時の恨みを晴らしに来たんだろうなぁコイツも。うわぁ、あの女こっちを見て笑ってやがる...。絶対何かしてくるわー。


 「要は、テメーら...特にヴェルド。ザイートを殺した俺を殺しに来たってところか...。良いのか?この連合国軍に無力化されて雑魚となった俺なんかを消したところで、テメーらの復讐心は満たされるのかよ?」


 一か八か、ヴェルドに話を振ってみた。もの凄く弱くなってしまった復讐対象を潰しても、果たして満足するのか...と。奴らが戦闘民族の精神を持ってくれているなら案外見逃してくれて......


 「貴様の容態などどうでもいい。俺はただ、貴様の存在が赦せない。貴様を完全に消さなければ俺の溜飲が下がることはない。魔人族の野望である、この世界を俺たちのものにする。
 まずは父ザイートの仇である貴様からだ、カイダコウガ...!」
 「ぐっ...!」


 交渉失敗。ヴェルドの剣で突き刺してくるような殺気を浴びせられ怯まされる。参ったなぁ...頭だったザイートを潰したことで残党が戦意喪失して、あとはこいつらが再び穴倉生活に戻るか、人族たちに後始末で消されるかって思ってたのに。おそらくこのヴェルドが、魔人族たちを再起させたのだろう。
 つーか本当に何なんだこの男は?初めて会う男だが、以前はこういう性格じゃなかっただろう、って何故か思わされる...。


 「さて...では貴様を完全に排除する...!」

 ......って、考え事している場合じゃない。いよいよ魔人族どもが俺の首をとりに来る...!


 「っ!ヴェルド様、強力な戦気を放つ何者かがこちらに――!?」
 「 “雷槍”!!」


 ベロニカの警告と突然の乱入攻撃が入ったのはほぼ同時だった。だがその奇襲も失敗に終わる。ベロニカと同じタイミングで察したオカマ野郎によって防がれた。


 「アレンっ!」

 奇襲してきた人物...アレンは拳に雷の鎧を纏わせたまますぐに魔人たちから距離をとって俺のところまで退がる(高園たちがアレンに警戒するがそれどころじゃない)。


 「遅くなってゴメン。まさかコウガが敗けるなんて...!」
 「ああ...ゴメンな、ドジっちまった。それよりも魔人族の残党なんだが......アレン?」
 「......あいつは!!」


 俺を助けに現れたアレンだが、魔人族の...さっき攻撃を防いだオカマ魔人を見て態度を一変させた。そうだ...あいつはアレンの仇、いちばん復讐したいと思い続けてきた相手がいる。無理もない、か。


 「お前...ついに見つけた!!お前が、私の家族と里を...お前が、お前があああああああ!!」
 「あら...?金角鬼の娘?こんなところで会うなんて偶然ね~!生き残りがいるって聞いてたけど、そっちから来てくれるなんてね~生き残りがいる以上、殺さなければね~」


 今度はアレンが強い殺気を放つが、オカマ魔人は大して動じていない。言動はアレだが、実力はかなりあるようだ。


 「アレン。今からあのオカマ...ネルギガルドとかいう魔人とガチで戦えるか?」
 「......悔しいけど全力は厳しい。クィンとの戦いで体力まあまあ消耗したから。あ、クィンは殺してないよ?たぶんここに来ると思う」
 「そうか...なぁアレン、不本意かもしれないが...」
 「うん。今はコウガを守るのが優先。逃げよう」


 ネルギガルドに激情を向けたのはほんの数秒で、すぐに冷静になってくれたアレンが俺を連れて撤退しようとする。が、それを許す奴らじゃない。


 「カイダコウガちゃんは消えてもらうわ!もちろん鬼のあなたもね!!」
 「ここまで来て逃がすわけがないだろう!死ねぇ!!」


 ネルギガルドとスリム女魔人が拳と剣を向けて突進してきた!女の剣をアレンが防いだが、オカマの攻撃がこっちにくる――!



 ギンッ!

 「あらぁ...?」
 「俺を無視しないでくれるか、魔人族ども...!」


 ...と思ったら、奴の拳は八俣の刀に防がれた。俺を...守った?こいつが?


 「はああっ!!」

 直後、裂帛の声とともにネルギガルドに剣を振り下ろす戦士が現れた...クィンか!


 「コウガっ!!」

 スリム女を蹴りで吹き飛ばした隙にアレンが再度俺を抱えて撤退しようとする(高園が援護狙撃してスリム女をさらに足止めした。こいつも何故か助太刀してくれた)。
 「神速」で一気にトップスピードに入り駆けていく。果たしてうまく逃げきれるか―



 「ここで消すと言ったはずだ」

 (ザシュ!)「が...あぐっ!」

 一瞬でアレンに追いついたヴェルドの攻撃に、アレンが血を吐いて倒れる。次いで俺も、奴の黒い稲妻をくらって体が分断された。


 「くそっ!アレン...!お前だけでも逃げろ!こうなった以上俺を連れて撤退は無理だ。俺は不死だ、そう簡単に消えない。一旦態勢を整えてからあいつらに挑んで...」

 「ダメ!コウガも絶対連れ帰る!!あいつからは嫌な感じがいっぱいする。多分コウガでもタダでは済まない何かマズイ力が、ある。ここで置いていったらコウガが、いなくなる、きっと...!私は絶対見捨てないよ...《《コウガと同じ異世界人たちと違って》》!!」

 「―――!!」


 アレンの最後の一言に俺の心は大きく揺らいだ。
 “見捨てない”か...。初めて会った時、あの洞窟で話した俺の生前について。元クラスメイトどもに見捨てられて死んだ俺を想って、この女の子は俺を絶対に見捨てて逃げたりしないときた。

 「ったく、お前は本当に優しくて、俺を想ってくれる女なんだな...。ありがとう。その言葉で十分救われたよ。だからこそ、俺を置いて逃げてくれ。アレンはここで死ぬべきじゃない。あのオカマ魔人に復讐するんだろ?ここであのヤバい魔人(ヴェルド)に殺されるべきじゃない...!」
 「コウガ...!で、も...!!」

 どうにか諭すがそれでもアレンは俺を置いていく素振りを見せない。マズイな...。このままだとアレンが殺される。俺も消されるか捕まるかの仕打ちを受けて終わる。どうすりゃいいんだ...!?



 “聖なる炎”


 打つ手が無くて焦りまくっていると、ヴェルドの真後ろから眩い炎が出現して、奴を焼き尽くしにきた。俺の使ってきた激しく燃え盛る炎とは違う、どこか神々しさすら感じさせる炎だ。今この戦場でここまでの魔法が使える、魔人族に攻撃する奴といったら......彼女しか...!



 「甲斐田君は消させないっ!私が絶対に、守る...!!」


 今にも倒れそうで、顔色は最悪で、肩を激しく上下させて荒く呼吸をしながらも、藤原美羽は、魔人族の前に立ちはだかっていた...!


*サブタイの「剣」は、「つるぎ」と読んで下さい。どうでもいいかもですが...。




 「あんた...何で!?今この魔人は俺しか狙ってきていない!俺を囮にしてあんたらだけで撤退すべきだろうが!そんな残り少ない魔力を、ここで使ってどうするんだよ!?」

 思わず彼女に向かって叫んでしまう。その直後、俺は自分に驚く。
 今、俺は...何故か、彼女はここで戦ってほしくない、さっさとここから逃げて欲しいと思ってしまっていた...。
 理由は分からない、とにかくそう思ってしまっていた。

 「もう誰も死なせない、君を消させもしない。私は、君も救うって決めてるから!!ここで命を懸けて戦う...!!」

 “聖なる雷刃” “聖なる水槍”

 そう言ってさらに魔法を唱える。眩《まばゆ》い雷の刃に澄んだ色をした水の槍...なんだあの魔法?見たことない属性だ。まだ、オリジナル魔法を隠し持っていたってのか?
 気になるが今はそれどころじゃない。体が再生したことを確認して、アレンを抱き起す。急所は避けているが出血が酷い。服をちぎって応急処置をする。このままアレンを背負って早く撤退しなければ...!
 気付けば藤原に加えて高園と米田、米田の召喚獣に乗ったお姫さんも駆けつけて、高園と米田がヴェルドを攻撃して、お姫さんがこっちに来てアレンを召喚獣に乗せた。

 「お前まで...」
 「今は、撤退することだけを考えて下さい!皆さんの行動を、無駄にしないためにも...。まずは、この大陸を出ましょう!」
 「......そうだな」


 お姫さん...ミーシャの意見にひとまず従って一緒に逃げることにする。俺は脳のリミッター解除で速く走れるので俺だけ走って逃げることに。その間も戦況は変かしていってる。

 「逃がさないわよ~!」
 「させません!!」

 追ってきたネルギガルドとそれをさらに追って斬りかかるクィンと八俣。同時にスリム女も追撃してくるがそれをも食い止めている。ベロニカは出るまでもないと高を括ってるのか、追撃しには来ていない。
 世界を滅ぼし得る力を持った魔人族が3人...。今の俺だと何千回も殺されるくらいの戦力差だ。
 アレンが深手を負い、満身創痍の藤原と、消耗している高園と米田...そして八俣。

 全員が万全状態でいる魔人族と、連戦状態で疲弊している連合国軍と弱体化した俺...。状況が悪いのは明らかだ。
 
 “闇渦《くろうず》”

 ヴェルドの圧倒的な暗黒魔法が、藤原と高園の攻撃を全て無に帰す。とんでもない超高魔力の前に、彼女らの魔法や狙撃が為す術も無く消される。そして奴は一瞬で俺たちに追いつき、俺の両脚が奴の魔法で消滅した。

 「ぐわっ!」
 「コウガさん!!」

 勢いよく地面に突っ伏した俺を見たミーシャが止まって呼びかける。アレンもどうにか起き上がって俺を助けに来ようとしている。

 「お姫さん...アレンを連れてお前らで逃げろ。故ハーベスタン王国に鬼族の生き残りたちがいる。そこまで逃げるんだ...!」
 「だ...めだよ、コウガ...!」
 「そ、んなこと...!」
 「今はどういう行動が正しいか、お前なら分かるだろ?お姫さん頼む...!」
 「コウガさん...!私はまた貴方を救うことが出来ず、貴方を見捨てて逃げなければならないのでしょうか...!?」
 
 ミーシャが涙を流しながら俺に背を向けていく。とりあえずは俺の言うことを聞いてくれるみたいだが、中々行こうとしない。かなり葛藤しているようだ。

 「......“また”、か...。俺は、お前のこと誤解してたのかもな...。優しくて思い遣りのある奴だよ。だからこそ俺の言葉に従ってくれるよな?俺の大切な仲間を、助けてくれ」
 「っ...!コウガ、さん...!!」

 泣き声を堪えながら召喚獣に乗るミーシャ。アレンが叫んでいるが許してくれ...。このままじゃマジで全滅す――


 「茶番は終わりか?」 

 ドスザクザクッ!

 うつ伏せで倒れてる俺の背中に、黒い槍がいくつも突き刺さる。心臓が破られる。さらに脳も潰される。が、痛くはない。

 「ほう...?これだけやっても死なないか。その死なない体を活かして、父上を殺したのか」
 「まぁ、な。痛くもなんともない。そんな俺を、どうやって消すつもりだ?塵一つ残さず消し続けるか?」
 「それも良いが貴様には速やかに消えてもらう。俺が何の準備も無しにここに現れたとでも思ったか?
 貴様のような不死の生物を滅ぼす術を習得してきた。それを以て貴様を完全に葬ってくれる...!!」


 そう言ってヴェルドの右手から、見たこともない属性を帯びた、ヤバいオーラを放つ闇色の剣が現れた。何だアレは...?

 そう疑問を持つ間もなく、謎の剣を構えてヴェルドがゆっくりと向かってくる。ヤバい...《《アレで斬られたら俺は死ぬかもしれない》》!これマジで絶体絶命だ、このままじゃ本当に死ぬ!
 消えて、無くなる...!?
 

 「く...そぉ...!!」
 「死ね...カイダコウガ!!」


 無慈悲に振り下ろされる剣。


 「コウガっ!!」
 「「コウガさんっ!!」」
 「甲斐田君...!!」


 アレンとミーシャ、他数名が叫ぶが、全員間に合う可能性は無い。くそっ、本当にゲームオーバーか。まさか、二度も死ぬことになるとは...人生何が起こるかなんて本当に分からないな。

 帰りたかった。元の世界に。やりたいこと山積みのまま、今度こそ終わる...。
 復讐も完遂できないまま、中途半端に終わる。俺は満たされないまま死ぬ。

 (――ちくしょう...!)

 ――ザシュウウウ!!



 その剣は......いつまで経っても、俺に届くことはなかった。刃が届く寸前、俺とヴェルドの間に割って入ってきた者が、俺に変わってその剣の一撃をくらって......くらって.........


く、ら.........って...............



 「ごふっ...!
 ...............か、いだ...君...」


 
 「なに、やってんだよ......?あんた、何でそんなところにいるんだよ!?俺を庇って、こんな...!!」
 「言った...でしょ...? “誰も死なせない、消させない”って...」

 俺の代わりに斬られ...俺を庇ってくれた女......藤原美羽を咄嗟に支える。胸から腹までバッサリ深く斬り裂かれてしまい、血がヤバいくらい出ている。普通なら即死する傷だが、生命力が強いお陰か、辛うじて生きている。
 脂汗をびっしょりとかき、血の塊を吐きながらも、俺を守れたことに安堵したような笑みを浮かべている。痛いだろうに。苦しいだろうに。
 あんな恐ろしく強くて、絶望を絵に描いたような化け物を前にしてなお、彼女は自分の身を顧みずに俺を守ったっていうのか...!!
 

 (あんたは、どこまで...俺を......!!)

 「くそ、くそ、くそぉ!!ぅああああああああっ!!!」


 俺はやけくそに叫んで、藤原を背負って走りだした。考えるよりも先に体が動いたってのはまさにこのことだろう。気が付けばそうしていた。もうがむしゃらに駆けていた。が...当然それを許す敵じゃないだろうな...。けど知るか!!早くここから逃げてやる...!!




 「俺の剣を受けて即死しない?あの女、何かしたな?この剣の性質をすぐに見抜くとは、大したものだ。まぁいい、全員斬り殺す!!」

 皇雅を庇って魔剣をモロにくらった美羽に訝しげに思ったヴェルドだったが、気を取り直してすぐに皇雅を斬ろうとしに行く......が、

 ギィン!!「っぐ...!?」
 「行かせはせんぞ、小僧。俺が相手だ」

 ヴェルドが移動しようとする隙を狙った倭によって妨害される。

 「貴様も...異世界の人族だそうだな?貴様も、殺してやろう」
 「ヴェルド様!甘く見ない方が!その異世界人、あの時とは別次元の強さを発揮してます!!」

 「高園、クィン...お前らはあいつらのところへ行ってやれ。ここは俺がどうにかくい止める」
 「そんな...あなた一人で対処できるレベルじゃ...」
 「命懸ければどうにか出来るだろう。それに、お前たちも彼女のことで気が気でないはずだろ?彼女のもとへ行くべきだ」
 「......必ずまた駆けつけます!!」

 こうして彼女たちも戦場から離脱。残るは人族最強の戦士のみとなった。


 「...1人で4人もの魔人族と戦うつもりか?無謀な」
 「力を使いこなせていないだろうガキなど俺の相手じゃないさ。来いよ、全員斬ってやるよ」

 そう挑発すると同時に倭の戦気が爆増した。文字通り命の炎を燃やしている様だ。その迫力に魔人族全員が怯んだ。その直後......


 「助太刀するぞ、人族最強の戦士よ...!!」
 「傷を癒して再出陣してみれば、随分様変わりしてやがるなぁ?」

 
 そんな倭のもとに、増援2名が登場した。
 「あららぁ!?あなたまだ生きていたの!?」
 「そういえば殺し損ねていたな...ならここで完全に殺すとしよう」


 「仲間たちと......国王様のお陰でどうにか生き延びた。だがこのままでは終われない!今回は彼の為に戦う...!!」
 亜人族の王子アンスリール。


 「“龍”を完全に怒らせると、魔人族だろうが死ぬぜ?」
 竜人族のカブリアス。

 彼らが倭の助太刀に現れた。
 「お二人方...助力頼む」
 「「承った」」

 そして、彼らの命懸けの防衛戦が始まった...!

 



 「先生、先生...!!」
 「ごめんなさいミワ、私には回復魔法が全く使えず...!せめて携帯回復道具で...!」
 「美羽先生、もう少しで治療できるから意識をしっかり――」

 サントの王宮に着いて、藤原を寝台に寝かせて以降、医療班がくるまでの間、高園たちがずっと声をかけ続けている。ここで彼女の目が閉じれば、もう全て終わるのは明らかだ。

 「.........」

 一方の俺は無言のまま、同じく寝台に横たわっているアレンの手を握っているだけだ。アレンは、止血はしてあるからすぐにどうこうというわけじゃない。だが早く治療しなければならないことに変わりない。俺の不安を見抜いたのか、アレンも俺の手を優しく握ってくれている。
 そしてやっと医療班が駆けつけて藤原とアレンの治療にかかる……のだが。藤原はもう手の施しようがないとのこと。
 臓器がいくつも斬り破られていて、そのせいで血を多く流してしまっている。何より魔力がほぼ底をついてしまっているのと回帰魔術の副作用によって生命そのものが消滅しかかっている。治療ではもうどうしようもない事態だ...。


 「そ、んな...!美羽先生は、もう助からない...?」
 「嫌、嫌だよぉ先生...!死なないで!!」
 「ミワ、私がいながら...ごめんなさい!」
 「.........」

 皆悲しみの声を上げる中、俺は相変わらず沈黙したままでいた。彼女に目を向けることさえできない。

 だが、藤原が突如、顔をこちらに向けて俺の名を呼んだ。高園たちもつられて俺を見る。無視するわけにもいかないので、アレンの手を離して藤原のもとへ行く。

 今にも閉じそうな目をなんとか堪えて開いて、浅い呼吸を必死に繰り返しながら、俺に何かを言おうとしている。俺は五感を自在に操れるから彼女のか細く小さな声を聞き取ることが出来た。

 だがその内容は、あまりにも予想外なもので、思わずギョッとした顔で藤原を見てしまった。



 「甲斐田君...私を......“捕食”して」