ベーサ大陸に位置する大国…サント王国。
 ドラグニア王国・ハーベスタン王国が滅んだ今、人族を代表するのは最近イード王国を傘下に入れて勢力を増したサントと、人族最強の戦力を有するラインハルツ王国の二大国だ。なおイードは、同国王が自ら傘下に入ることを志願してのこと、強制ではない。サント王国はこれを快諾。

 サントには最近、故ドラグニア王国の王女ミーシャ・ドラグニアと、故ハーベスタン王国に滞在していた異世界人の藤原美羽、そしてラインハルツ王国に滞在していた高園縁佳をはじめとする同じく異世界人5名が加わり、盤石な体勢が整えられている。


 「――あんな奴に仲間...?どうせ脅しか何かで同行させているんだろ!?」
 「堂丸君抑えて…!すみません皆さん」

 全員が揃うまでの間、暇つぶしとして親しい者同士で簡単な情報共有が行われていた。その際に美羽とクィンが皇雅のことで話をしたのだが、それがいけなかった。
 皇雅に仲間がいるという内容を耳にした堂丸が怒りだして、彼を悪く言ったので、縁佳が彼を諫めた。残りの救世団3人も皇雅のことを良く思っていない様子だった。

 (彼らが、コウガさんのかつて同じ学び舎の生徒方。ミワさんとヨリカさん以外は彼に対してかなり敵意を持っている...とても同志とは思えないくらいに)

 クィンは皇雅とクラスメイトたちとの関係をまだ全く知らないでいる。いずれ彼らの誰かから皇雅の過去を聞くつもりでいるようだ。
 雑談が始まって10分経った頃――

 「待たせてすまない!全員揃っているようだから早速話を始めよう!」

 扉を開くと同時によく通る声を出して入ってきたのは、やや強面の筋肉質の老人だ。老人と言っても顔年齢は40代と言われても違和感無いくらいの見た目で、歴戦の戦士の風格を帯びている。

 彼こそが、サント王国の国王、ガビル・ローガンだ。御年60でありながら現役戦士でもある。
 彼は出身が王族ではなくある武家の出の人間だ。妻...王妃が王族であることで国王に任命されたのだが、武力だけでなく頭も非常にキレてもの凄い統治力が国民たちに認められてこの座に就いたのだ。

 (おじい様...)

 そして、クィンの実の祖父でもある。幼少期からガビルとともに鍛錬してきて、彼の戦歴をいくつも教えられたクィンにとって彼は尊敬できるかつ大好きな祖父である。だがこういう公の場では、身を弁えて主従関係をしっかりしている。

 今彼らがいるのは、30人は座れる円卓机がある会議部屋で、ここには各国の要人や主戦力の人間のみがいる。特に重要な会議や話し合いの場はここですることになっている。
 この話し合いの場に参加しているのは、ガビル国王とクィンと兵士団長のコザ。国外からはミーシャ元王女にイード王国国王ルイム・イード、同国の兵士団長のハンス。そして元の世界の人間6名が主なメンバーだ。

 「各国の要人方にまで来てもらった理由は他でも無い。この世界を脅かす者たちの対処についてだ!
 今この世界の脅威となっているものは、約5年前から侵略を続けているモンストール、そいつらを率いている魔人族!これはミーシャ殿からの貴重な情報だったな、感謝する。
 そして、同盟である大国を二つも滅ぼしたとされる異世界人・カイダコウガだ!」

 最後の一言にミーシャ、クィン、美羽、縁佳が反応する。彼が世界の脅威として認識されていることに、4人とも複雑な心境でいる。仲間だった者、家族を殺され国を滅ぼされたが命を救ってくれた者、大事なクラスメイトだった者、大事な生徒であった者、それぞれ悪い関係ではなかったが、世界は彼を完全に敵とみなしている。

 「まず魔人族についてだが、奴と遭遇したミーシャ殿と我が国の副兵団長のクィンの証言によれば――」

 と魔人族の詳細を簡単に話して、次の皇雅についても証言内容通りに説明した。

 「カイダコウガはゾンビという未発見の種族らしい。特徴は不死身であること、それに限られる!だが奴は特殊な固有技能によって災害レベルの魔物・モンストールを圧倒し、推定Ⅹランクとされる魔人族と互角に戦える程の強さらしい!
 そんな彼の行動目的だが、今のところは全くもって不明!完全に個人の勝手で思うがままに行動している模様。いつこちらに牙を向けるかも分からない、モンストールどもと何ら変わらない危険性を帯びている」

 ガビルは皇雅がどう動くのかが全く分からないと言ったが、彼と関わった彼女らはある程度察しがついていた。皇雅の目的、それは――

 (復讐...!)

 彼は自分を見捨てて嘲笑ったクラスメイトたちと王族を復讐して殺した。だがそれはまだ終わっていない。ここに縁佳たちがいる限り、彼が止まることはない。そしておそらく魔人族をも殺す気でもいる。皇雅の今の実力ならいつでも自分たちを殺せる。その事実を理解している彼女らは焦ってもいた。

 (ヨリカさんたちを殺す気でいるのなら、私は彼を止められるくらいに強くならなければならない。少なくとも彼女たち以上には...!いつまでに?それすら不明である現状だからやっぱり焦ってしまう...)

 クィンは心の中で頭を抱えて唸っている。そうこうしているうちにガビルが話の佳境に入っていた。続く言葉にクィンも、ミーシャも大いに驚かされた。

 「これより我らサント王国・イード王国並びに、ラインハルツ王国は、連合国として新たに団結し直して『連合国軍』をつくる!!この連合国軍をつくる目的は、世界で最も脅威となるであろう魔人族を再び殲滅することだ!!」

 全世界の人族による連合国軍結成。それは百数年前…魔人族と世界規模で戦った時も同じようにつくったそうだ。これはその百数年前以来、二度目の結成となる。
 世界を滅ぼし得る強大過ぎる敵を前にすると、皆で力を合わせなければ、という結論に自然と達したということで、連合国を興すことになった。
 しかし連合国軍結成の動機は、魔人族の殲滅だけに終わらなかった。

 「そしてもう一つの目的として、救世団である異世界人の戦士たちをカイダコウガから守ること!これも重要な使命だ!この世界の最強の切り札である彼らを失うことは、人族たちの負けにつながると理解して欲しい!」

 「「「「「――!?」」」」」

 縁佳たちは今の宣言に驚かずにはいられなかった。まさか自分らを守る為でもあったなんて全く予想していなかったのだから。だが彼らは同時に嬉しくも思っていた。これだけ頼もしい人たちがついているのだから、魔人族や皇雅など怖くない、と思っていた。特に堂丸や中西はそんな気持ちが強くでていた。

 「以上を以てここに人族連合国軍の結成をここに宣言する。
 ...という話になったが異論はありますかな?フミル国王殿」

 結成宣言をした直後、円卓の右端にあるノートパソコン大のモニター台に映っている男にそう問いかけた。彼はラインハルツ王国の王、フミル・ラインハルツだ。ここに来られないとのことでこうしてモニター越しで話し合いに参加している。彼の背後には、最強の戦士、ラインハートが護衛するように立っていた。

 「反対などしないさ。むしろその連合国軍に是非入らせてくれ。サント・イード、そして救世団の彼らに加えてこのラインハートを中心とした我が軍がいれば、魔人族にモンストール、それにカイダとかいう危険男など恐るに足らずだ!」

 背後のラインハートを紹介しながら自身満々に連合国軍の加盟に賛成した。このフミルという男は小心者であり、最近までは縁佳たちがサントへ行ったことにかなり不安がっていた。そこに連合国軍の話が来て、今のように安心していた。彼女たちがまた戻ってくるのだろうと思っているのか。 
 それを見たラインハートは呆れ顔だった。

 「...最後に、カイダコウガだが」

 とガビルは再び皇雅の話に戻した。

 「奴には近づくな。もし接触しかけた場合は、決して手は出さずに離れることを専念するように。クィンやミーシャ殿の話が本当ならば、今は奴をも相手するのは得策ではない。当面は魔人族と戦うことを優先とする!以上!!」

 最後にそう締めくくって話し合いは終わった。



                   *

 名も無き陸地のはるか地下深く…地底。
 その地帯には瘴気という人と魔族にとって猛毒同然の気体が充満しており、誰も住めるようなところではない。
 しかしその地帯には、人らしき生物が興したであろう里か集落のような住処が存在する。こんな危険地帯で住処をつくって暮らしている生物など限られている。瘴気に対する耐性が十分な種族だ。

 それは――魔人族。彼らはこの地帯に彼らの根城を築いていた。
 
 「ったく、今度は絶対に勝手してくれるなよ?あんたがああやって消えられると何が起きるかって肝冷やすんだからな――父上」
 「はっはっは。すまんと言ってるだろ?もうしないさ。だが以前言ったように、今回の散策は価値あるものだった。俺たちに近い人族と遭遇したのだからな」
 「...カイダコウガとかいう人族の男か。分裂体とはいえ父上をあそこまで痛めつけ傷つけた人族など100年ぶりでは?いや今の父上に傷をつける者など俺たち魔人以外にいたなんて未だに信じられないな」

 療養ポッド越しでそんな会話をしているのは、傷を癒している最中の魔人族の長・ザイート。
 その実子であるヴェルド。彼は魔人族の中で序列2位の実力を持っている。ザイートが不在の間は、ヴェルドが魔人族をまとめていた。

 「あいつは危険だ。実際に戦ったから言えることだ。正直お前でさえも勝てるか分からない力を秘めている。おそらく今も強化し続けていることだろう。
 前にも言ったが、今は屍族たちを下手に地上に出すな。この前もオリバー大陸に災害レベルの同胞を地上に寄越したらしいが未だ帰ってきてないそうだな?あいつらでもカイダにとってはただの餌同然だ」

 「俺はそいつとは一度も会ったことないから本当に強いか疑わしいが、父上がそこまで言うのなら肝に銘じる。他の同胞にも改めて言っておく...ところで父上はいつ“成体”に戻れる?」

 「ああ......ざっと半年ってところかな?100年待つ経験をしたお前たちならどうってことない時間だろ?」

 「......そうだな。あんたが戻ったその時こそが、世界が俺たちのモノになる時だ...!」

 そこまで言って親子の会話は終わり、ヴェルドは自室へ帰った。しばらく経ってから入れ替わるように女性の魔人がザイートのもとにやって来た。

 「調子はいかがですか?私の魔力をたくさん込めて作った療養装置です。今すぐに全快まではさすがに無理ですが、後遺症が残らない程度には回復できます」
 「ああ問題ない。今は焦らずじっくりとここで準備することにした。お前も俺の為に魔力を随分消費したことだろう。しばらく安静にしていろ...ベロニカ」
 「はい、でも定期的に療養液は取り換えさせていただきますからね...では」

 ベロニカと呼ばれた彼女はそう言って退室した。魔人族の序列3位に位置する彼女は、魔人族の中で魔力が最も高い。今のザイートさえも凌ぐ程だ。現在彼女は、ザイ―トの医師係りを務めていて、自身の魔力を削って今ザイートが入っている療養装置をつくりあげた。それにより彼女もザイート同様に安静に過ごしている。無論戦闘も超一級だ。
 彼女がいなくなってからさらに少し経ってから、ザイートは特定のある人物に思念を飛ばして呼び出した。

 『ネルギガルド、近くにいるなら来い』

 数秒して、巨漢の魔人が入室してきた。

 「あらぁザイート様?療養中の割には血色が良いじゃない~!何か良いことあったぁ?」
 「......お前のその喋りを聞いて一気に気分が悪くなったよ、ったく」
 「もぉう~意地悪ぅ☆でも嫌いじゃないわぁ」

 見た目は巨漢のガチムチな男なのだが、それに似合わずのオカマ口調のこの男はネルギガルド。序列は5位に位置し、昔鬼族を滅ぼした張本人である。この男こそが、アレンのいちばんの復讐相手である。

 「はぁ...まぁいい。お前を呼び出したのは、戦力の増加を頼みたいとのことでだ。まだ屍族になっていない魔物どもを今のうちに手懐けておけ。抵抗するなら殺してここに持ってこい。“屍族化”させる。魔物は本来俺たちの使い魔のようなものだからな」
 「それって、世界支配の為の準備ってことかしら?この世界で私たちに反抗する魔物なんていないと思うのだけどぉ?」
 「低レベルならそうだろうな。だが知能が高い...人族で言うSランクの同胞レベルの魔物はそうではあるまい。死体になっても構わんから連れてこい。しばらくは同胞・魔物どもをなるべくこちらの領地で匿わせる。あの人族の強化を阻止する為にもな」
 「あー。カイダちゃんって子かしら?ザイート様がここまで警戒するくらいだからさぞ強いのかしらねぇ?」
 「ふん、強いなんてものじゃないぞ?遊び半分でけしかけると、死ぬぞ。それだけは頭に入れておけ。それと...お前が最近滅ぼした鬼族だがな?金角鬼の生き残りがいたぞ。家族を殺されたと言って復讐するつもりらしい。注意しておけ」
 「金角鬼...?ああ、あのやたら強かった鬼たちのことぉ!?全員殺したと思ってたのにまだ生きてる子がいたなんて...!ふふふ、楽しみねぇ♪貴重な情報ありがとうねザイート様!魔物の件了解よ!」
 「忠告はした。任せたぞ。あと魔物どもの回収手間ならもう一人寄越してもいいぞ?クロックあたりを連れていけ」

 最後のザイートの助言に間延びした返事を返して巨漢は退室した。

 (こんなところか。俺たち魔人族は、お前たちとは違ってこれ以上自身を強化できない。俺が全快次第、すぐに地上へ出て、世界に総攻撃を仕掛ける。そしてカイダがあれ以上強くなる前に、俺の全力を以て消し去ってやろう...!!)
 「いよいよだ。今度は俺たち魔人族が勝利する。魔人族と屍族、そして魔物どもが揃えば俺たちに敗北は無い...。待っていろ人族ども、魔族ども。そして、カイダコウガ...!」

 皇雅の知らないところで、それぞれの勢力が動き出していた――。




5章 完