もう7月だ。俺の身体に変調が起こってからの二人の生活はそれなりに落ち着いて来た。

朝は6時に二人起床する。すぐに俺が朝食を準備する。トーストとチーズ、それに牛乳、プレーンのヨーグルト、バナナ、リンゴ、キャベツ、ニンジンなど適当に加えて作ったミックスジュースだけ。これで栄養は足りているはずだ。俺は食品会社に勤めているから栄養的な知識はあるつもりだ。

未希が通学を始めてから、手っ取り早く作れて、栄養のあるものを朝食に取らせたいと考えた。これでお昼まで大丈夫のはずだ。ミックスジュースもバナナが入っていると甘くなって飲みやすい。未希も喜んで飲んでお代わりをしている。

未希は昨夜入れた衣類を洗濯機から取り出して、それぞれの整理ダンスに片付けてくれる。洗濯機は乾燥機付きに買い替えた。脱いだものをその日のうちに洗濯機にかけておくと翌朝には出来上がっている。洗濯物を干したり取り込んだりする手数が省ける。雨の日でも問題ない。

俺は7時30分までには出勤する。未希は朝食の後片付けをして7時50分位にはアパートを出ると言う。

未希の通学時間は30~40分位だという。洗足池から蒲田へ出て、京浜蒲田まで歩いて京急蒲田から平和島まで電車で行く。最初、五反田へ出て品川へ、品川から京浜急行で平和島まで行ってみたが、乗り換えが多くて運賃も高いので、今の経路にした。蒲田駅と京急蒲田の間は歩かなければならないが、商店街を歩くのは楽しいと言っていた。定期代もうんと安い。

未希のお昼はパンか出来合いの弁当を買って食べているとか。学業とアルバイトで疲れるので、お弁当を作る余裕はさすがにない。未希は4時前には帰って来る。クラブ活動はしていない。それからコンビニで8時までアルバイトをしている。土日も働いている。

だから夕食を作る余裕もない。8時に部屋に戻ってきて、コンビニで売れ残って安くしてもらった弁当やおにぎり、パンなどを食べているという。

俺は早ければ8時ごろ、遅くてもこのごろは9時までには帰ってくる。帰り道で弁当を買って帰るが、毎日同じものでは飽きるので、買う場所も替えている。

10時にお風呂に入ることにしているが、時間があると未希の勉強を見る。ほとんど全科目を見てやっている。1年のブランクがあったが、未希はすべての教科について行けているので安心しているようだ。

お風呂は二人で入る。未希が身体を洗ってくれる。俺も未希を洗ってやる。それからベッドで11時には寝ることにしている。

残念ながら今もインポ状態。未希を抱き寄せて眠るだけ。未希の身体を撫でてやることはあるが、未希が望んだ時だけにしている。未希は気持ちよさそうに眠りに落ちる。未希にはお風呂に一緒に入ることや抱いて寝ることでお金は返してもらっていると言っている。

未希がここへきたころはおもちゃのように好き放題していた。そのころの満足感とは比較にならないほどの、心の満足感がある。ただ抱いて寝ているだけなのになぜかと考える。あのころ、終わった後は未希はぐったりして眠るだけだった。俺は横で未希を征服したような満足感の中で疲れて眠っていた。

今、抱き締めている未希は俺にしっかりとしがみついて眠っている。そうでなくともかならず俺のどこかをつかんで眠っている。まるで離れたくないと言うように。その寝顔はいつまでも見ていたくなるほど安らかだ。未希に優しくしなくてはと思う。そうしないといつかは俺から離れていってしまう。今、俺は未希の完全な保護者になっている。
7月15日(土)に高校の保護者面談があった。未希からは行かなくてもいいと言われていたが、去年、石田先生に保護者だと大見えを切ってきた手前、行かないわけにはいかないと出席することにした。

石田先生から未希の学校生活の状況について聞いたが、授業は一生懸命に聞いており、授業態度もいいとのことだった。いじめられていなかと聞いたがそんなことはないから安心してほしいと言われた。

卒業後はどう考えているのか聞かれた。未希は就職を希望していると言うことだった。できれば何か手に職を付けてやりたいと言っておいた。まだ時間があるが、早めに相談して決めておいてほしいと言われた。

未希の成績はクラスの中の上くらいで、試験の成績はどれも60点以上はあったので落第の恐れはないので安心した。でもこの成績で大学となると国公立は無理だ。私立しかないが、それは金銭的に無理だ。でも何か考えてやらないと高校を卒業しただけでは就職してもそのあとが大変だ。帰って未希と相談することにした。

アパートに帰ると未希はいなかった。5時に未希がアルバイトを終えて上がってきた。土曜日は9時からだったので、5時に上がったという。保護者面談の話をした。

「未希、成績はまあまあだな。このままだと落第はしないから安心した」

「おじさんが教えてくれているから、なんとかついていけている」

「石田先生から卒業後のことについて聞かれた。就職を希望していると聞いたけど」

「すぐに働きたいと思います。おじさんのお世話になって迷惑をかけていないで早く自立したいんです」

「いい就職口が見つかるといいが、これからのことも考えて手に職を付けたらどうかな? 女子は大学へ行くよりも手に職を付けた方がいい。例えば、美容師とか、栄養師とか、看護師とか、調理師とか、介護師とかいろいろあると思うけど」

「看護師は無理だと思う。入学試験の倍率が高いから」

「専門学校なら入試はそれほどでもないと思うけど」

「でも授業料が高いと思います」

「1、2年だと思うから、何とかなるんじゃないか。未希は貯金がいくらあるんだ?」

「180万円くらいです」

「保険金のほかに随分貯めたね、それだけあればなんとかなる。授業料の半分は俺が貸そう。返却は身体で」

「それでいいんですか。今のおじさんの状態のままで本当にいいんですか」

「期間が長くなるが、きちんと身体で返してもらうことになるけどいいのなら」

「おじさんがそれでよければ」

「じゃあ、どんな資格が良いか調べて考えてみたらいい。時間は十分にあるから」

資格が必要だといい、授業料を半額出してやると言って専門学校を勧めた。未希は専門学校へ行って資格を取ることに決めた。その方が未希の将来のために良いと思った。未希は身体で必ず返すと言ったので安心した。卑怯な手かもしれないが、これからも未希を自分の元においておく口実はこれしかない。

それより未希が自立したいと言ったときには実際驚いた。どういう意味で言ったのか、あえて確かめなかった。理由を聞くのが怖かった。
今日は12月1日、丁度1年前に未希がアパートに来た日だ。8時に駅に着いたが、あの日とは違って晴れている。気温も低くない。改札口を出ると未希が待っていた。

「おかえり」

「どうした? 迎えに来てくれたのか?」

「うん。今日がどんなの日か覚えている?」

「未希が家へ来た日だ。丁度1年前だった」

「ここに私が立っていました」

「そうだったな、寒そうにしていた」

「連れ帰ってもらってほっとした」

「連れ帰ったのが、未希には良かったのか、悪かったのか、俺は分からない。俺じゃあなくて、もっといい人だったら良かったとは思わないか?」

「分からない。もっと悪い人だったかもしれなかったから」

「おじさんは私をだましたりしなかった。約束は守ってくれたから、まあ、よかったと思う」

「まあか?」

「良いほうだったと思います。学校にも行かせてもらっているし、今、私は安心して暮らしていられるから」

「それなら、言うことはない。結果オーライだ。帰るか?」

未希はなぜ迎えに来てくれたのだろう。去年のことを思い返したかったのだろうか? これで良かったのかと考えたのではないだろうか? 今のところ、未希には不自由な生活をさせているわけではない。学校へ行って、帰ってきて、アルバイトをして、夕食を食べて、勉強を見てもらって、一緒にお風呂に入って、俺の腕の中で眠る。

俺もこの生活がずっと続くとは思っていないが、今は一日一日が充実している感じがする。ただ、今年中に来年の4月以降のことを決めておかなければならない。俺としては未希を専門学校に通わせてもう1年は手元に置いておきたい。そのうちに回復するかもしれない期待もある。

アパートに戻ると買ってきた弁当を食べながら、未希とこれからの話をする。

「未希、来年の4月からどうするつもりだ? 専門学校を勧めたが、行きたい学校は見つかったか?」

「いろいろ考えてみたけど、私にぴったりの資格が分からなくて迷っています」

「例えば?」

「美容師さん、私にはセンスがないような気がして、それにお客さんとうまく話をする自信がありません」

「俺も元々人と話をするのが苦手だったが、やっているうちにできるようになった。そのうちに慣れると思うけど」

「自信がありません」

「理学療法士なんかいいじゃない?」

「調べてみましたが、授業料が結構高いです」

「介護士はどうかな?」

「私はお年寄りが苦手、今迄周りにいなかったし、それに細かい気遣いがうまくできません」

「慣れだと思うけど、それじゃあ、栄養士か調理師は?」

「食べ物が相手だから、無難かな? それに自分の生活にも役に立つと思う」

「人を相手にするよりやっぱり食い気か?」

「食べることは人間が生きていくうえで最も大切なことです」

「それなら、食い気で選んだらどうだ」

「栄養士と調理師ならやっぱり調理師かな、栄養よりもおいしいものが優先しますから」

「調理師にするか?」

「うーん、私、料理が得意でないけど、勉強してみたいと思います。おじさんにおいしいものを食べさせて上げたい。いつもお弁当ばかりでは身体にも良くないと思います」

「俺のために、将来の仕事を決める必要はない。未希がやりたいこと、手に付けたい資格にすべきだと思う」

「調理師にしようかなと思います」

「そうだな。花嫁修業にもなるからいいかもしれない。年内には決めておいた方がいい。調べて、いきたい学校を見つけるといい。授業料は前にも言ったとおり俺が半分出してあげるから」

「分かった。探してみる」

俺にうまいものを食べさせたいとか、泣かせることを言う。俺とずっと暮らすつもりでいるのか? それなら願ってもないことだが。でもやりたいことが曲りなりでも決まったのは何よりだ。

その晩、未希は俺の腕の中に入ってきた時に身体を撫でてほしいった。言われたとおりに撫でてやっていると、未希が俺の手を敏感なところへ導いた。未希が望むならと優しく可愛がってやった。

未希は何度も何度も俺の腕の中で昇りつめた。俺は力いっぱい抱き締めてやった。未希は「ありがとう」と言った。俺は嬉しかったが、俺の身体は反応しなかった。

◆ ◆ ◆

それから未希は調理師専門学校を調べていたようだった。12月の半ばに蒲田にある調理師学校へ行きたいと言ってきた。見学もしてきたようだった。通学にも便利だし、授業料も高くない。それで石田先生と相談して、ここに進学することに決めた。希望すればほとんど入学できるみたいでよかった。未希が一番安心していた。まあ、来年も1年間は未希と一緒に暮らせるのは良いことだ。
3月10日(土)、今日は未希の高校の卒業式だ。未希がどうしても来てほしいと言うので出席した。

長いようで短い1年だった。4月から未希が倒れたり、父親が死んで散骨に行って俺が不能になったり、いろいろあった。不能が一番の事件だったが、それにもなれたというか、あきらめがついてきている。未希との穏やかな生活の内に卒業を迎えた。これで未希は高校中退とはならずに卒業できた。

卒業の記念に校門の前で二人の写真を撮った。そういえば、未希の入学式の写真には両親と3人で写っていた。その両親はもういない。未希は天涯孤独だ。守ってやらなければと思う。

すでに未希は蒲田の調理師専門校に入学することが決まっている。すべての手続きも終えている。卒業したらすぐに毎日アルバイトをすることになっている。学校に通い始めると土日位しかアルバイトはできないから、今のうちにできるだけ稼いでおきたいようだ。

授業料は年間130万円で、未希が全額払うと言ったが約束どおり、半分は俺が身体で返す条件で貸してやることにした。今ではもう身体で返す意味がなくなっていたが、俺はそれでいいと言った。それ以外は未希の負担ということにした。

未希は高校を卒業できたことで自信がついたようで、以前よりもずっと明るくなった。それに専門学校に行かせることが決まって良いことをしたと思った。これで手に職をつけてやれる。幾分かでも未希の役に立っていると思うことで気持ちが楽になった。

このごろは、未希が俺の腕の中で眠っていてくれればいいと思うようになっている。それだけで心が休まり癒される。
未希は早生まれだから歳を取るのが人より遅い。今日は 19歳の誕生日なので、6時からいつものレストランで、高校の卒業と19歳の誕生日と調理師学校の入学を兼ねたお祝いをした。

アルバイトを終えた未希とレストランへ電車で向かう。このごろ、未希は落ち着いて来た。アルバイトをしてある程度の貯金もあるので、お金の心配がなくなっていることもあるのだろうと思う。それに俺が未希の一切の面倒を見ていることが一番なのだろう。

席に着くとすぐに未希は俺にいった。

「こうして高校を卒業して、調理師学校へ入学出来るのも、すべておじさんのお陰です。ありがとうございます」

「俺は未希との約束を守っているだけだ」

「おじさんの身体があんなことになって、約束どおりに身体で返せていません」
未希は声を落として話す。俺も声を落とす。

「いいんだ、それは俺の問題だから、あれからも夜寝る時に返してもらっているから」

「ただ、抱き締めて寝てくれているだけです」

「今の俺にはそれで十分なんだ」

「それでいいのなら私は言うことはありません」

料理が運ばれてくる。

「未希、調理師学校では一生懸命に勉強して力をつけたらいい。社会に出たらそれだけがたよりになる」

「分かっています」

「未希は料理がそれほど得意ではなかったからね」

「お母さんは私に余り家事の手伝いをさせませんでした。私が勉強に集中できるようにと思ってのことだけど、それがお母さんの負担を増やして過労になったのだと思います。もう少しお手伝いしていたらと後悔しています」

「おかあさんは未希に勉強してもらいたかったんだ」

「おかあさんは高校中退だったから就職に苦労したみたいで、私には高校を卒業させたかったようです」

「これでお母さんは安心しているだろう」

「これからは学校から帰ったら私が夕食の準備をしようと思っています」

「確かにそれが学校での復習にもなるし良いことかもしれない。俺にもメリットがある。是非そうしてほしい」

「最初はうまくできないかもしれませんが、いいですか」

「あまり期待しないことにしよう」

「でも頑張りますから、少しは期待してください」

「ごめん、本当は楽しみにしている」

未希は4月に調理師専門が通い始めたら、夕食を作ってくれると言う。未希の決心は確かのようだ。高校生の時とは別の生活が楽しみでもある。
4月から未希は蒲田の調理師専門学校へ通い始めた。1年コースで9時から午後5時まで講義と実習があると言う。調理師になるための基礎的な技術を教えてくれる。講義が半分、実習が半分くらいだ。土日は休みなのでアルバイトはできる。未希には週1日はゆっくり休んで勉強するように言っておいた。

朝は6時に未希が起きて朝食の準備をする。高校の時と同じ手数のかからない献立にしている。6時過ぎに俺が起きて、身支度をして二人で朝食を食べる。それからそれぞれ、昨日の洗濯物を洗濯機から取り出して整理する。

未希は俺が8時前に出かけた後、8時半ごろに出かける。帰ってくるのは5時過ぎだが、帰りにスーパーで食材を買って、二人の夕食を作ってくれることになっている。料理の勉強や実習の復習にもなる。これは二人にとってもよいことだと思った。夕食の食材の費用は俺の負担とした。これでも未希の1000円の食事代と俺の夕飯の弁当代を考えればほとんど同じくらいだと思う。

俺は8時ごろに帰宅して未希と夕食を食べる。未希は俺が特別に遅くならなければ食べず待っていてくれる。後片付けは俺が手伝うことにしている。

土曜日は未希が朝から1日、下のコンビニでアルバイトをする。だから、夕食は俺が作ってやる。大体、献立はカレー、生姜焼き、野菜炒め、お好み焼、肉じゃが位でそのローテーションにしている。

日曜日、未希は丸1日休日としている。だから二人とも朝寝をする。9時ごろに起きて、朝昼兼用の食事を二人で作って食べる。気が向けば二人で外出する。そうでなければ、公園を散歩する。夕食も二人で作る。

学校での実習が進むと、夕食にそれを試して、俺に味付けや感想を聞いてくる。できるだけ真剣に味見をして意見を言うようにしている。少しずつではあるが、料理が上手くなってきている。

食事が終わると、二人で風呂に入る。背中を洗い合う。それから、11時には二人抱き合ってベッドで眠る。俺にとっても未希にとっても穏やかな生活だ。
今日は4月17日で父親の一周忌、母親の三回忌だ。未希と二人で多摩川へお墓参りに出かけた。

未希から父親と母親の話を聞いて俺の身体が変調をきたして、もう1年が経っていたが、俺に回復の兆しは見えない。あの話を聞いた時に受けた衝撃から、俺はまだ立ち直れていない。

身体がおかしくなっているからなのか、気持ちの整理がついていないからなのか、どちらが先かも分からなくなっている。

川岸から二人で手を合わせる。

「私はおじさんのお陰で幸せに暮らしています。おじさんの身体を元のようにしてください」

未希が大声で叫んでくれた。

「いいんだ、いいんだ、俺自身の問題だ。未希の両親には関係ないから」
俺はそう思いたかった。

俺は今ではもう諦めかけているが、未希にはそんな弱音は吐いていない。ただ、今は平穏に二人が暮らしていければそれでいいと思い始めている。ただ、将来の展望が全く考えられない。

高校を卒業してから、未希はずいぶん大人になった。少しずつ女らしくなってもきている。少女っぽい可愛さから若い娘の可愛さというか、色気がでてきたというか、きれいになってきた。本来なら二人の生活はもっと楽しくて刺激的であったはずだった。今の俺には目で見た刺激が身体に反映しない虚しさというか寂しさがある。

未希は調理師学校に通う生活に慣れて、ウィークデイの夕食を作ってくれている。調理師学校の授業が進むほどに調理の腕が少しずつではあるが、確実に上がってきている。学校に行っていろんな人と付き合うのも、未希の見聞を広めるにはいいのだろう。このごろ言っていることも大人びてきた。

未希が大人になっていくのはいいが、俺の手の届かないところへ行ってしまわないか心配だ。この穏やかな生活が続くことを祈っている。
12月1日、今日は未希がここへ来て丁度2年目だ。帰りが遅れて9時になっていた。玄関のドアを開けると、いつものように未希が出迎えてくれる。今日はいつもと少し違っている。

「おかえりなさい」

「ごめん、遅くなった。未希は夕ご飯食べたか?」

メールで帰りが遅くなるから先に食べてくれとは伝えていた。

「まだ。待っていた」

「そうか、ありがとう、一緒に食べようか」

テーブルに着くと、未希が夕食を給仕してくれる。今日の献立は白身魚のムニエルだった。

「今日は何の日か覚えている?」

「ああ、未希がここへ来た日だ、丁度2年前」

「あれから、2年もお世話になっています。早いものです」

「高校の1年間も早かったが、調理師学校の1年間も早そうだね、もうあと4か月で卒業だ」

「おじさん、私のことをどう思っているんですか?」

「どう思うって?」

「はっきり聞いておきたいんです。好きかどうかを?」

「好きにきまっているじゃないか。だから一緒に暮らしているし、未希を抱き締めて眠っている」

「じゃあ、調理師学校を卒業して自立したら、お嫁さんにしてくれますか?」

突然のことで驚いて応えられなかった。ここのところ、未希とのことをずっと考えていたが、自分自身、結論が出ていなかった。

「未希はまだ19歳だ。結婚を考えるのはまだ早いのではないか?」

「でも、すぐに20歳になります。はっきりしておかないと、先のことが考えられないんです」

「未希は俺が好きか?」

「好きです」

「俺はここへ未希が来た時に、未希にとてもひどいことをしたと思っている。それでも好きか?」

「おじさんは私との約束を守っただけで、私もおじさんとの約束を守っただけ」

「未希に使ったお金を身体で返せと言った。それでも好きか?」

「おじさんは私にお金を貸してくれて、それを身体で返しただけ」

「じゃあ、好きは余分のことだと思うけど」

「おじさんも私に約束以上のことをしてくれた。学校に復学させて、勉強を教えてくれて、調理師学校への進学もさせてくれた」

「それは、未希にここに長くいてほしいと思ったからだ。そのことと好きとは別のことではないのか?」

「じゃあ、卒業してもここにおいてください」

「しばらく考えさせてほしい。今、俺は未希が抱けない。治るかどうかも分からない。このまま、ここに居させておいて、未希を幸せにしてやる自信がない。未希は抱き締められて眠るだけでいいのか?」

「それでもいいから、ずっとここに居させてください」

「未希の気持ちは分かった。考えてみよう」

未希を幸せにしてやりたい。いつまでも可愛い未希を手元に置いて抱きしめて眠りたい。でも俺はこのままでは未希を幸せにできない。

俺は未希と別れることを考え始めていた。気持ちの整理がつくまでしばらくかかるかもしれない。それまでは未希との残り少ない生活を大事にするだけと思うようになっている。
2月になって未希の就職先が決まった。未希はコックとしての腕を試してみたかったのだと思う。中堅ホテルチェーンのホテルのコックとして採用された。独身寮があるという。未希は俺にどうするか相談した。

「就職が決まったけど、独身寮があって希望すれば入れるのですが、どうすればいいか迷っています」

「未希はどうしたいんだ」

「いつまでもおじさんのお世話になっているのも申し訳ないし、でも今までのお金を返し終えていないと思うし」

「俺は、未希はこのまま俺と一緒にいるより自立した方が良いと思っている。お金は身体でもう十分に返してもらった。気にすることはない」

「それなら、独身寮に入ります」

「そうした方が未希のためだ。自立して好きなように生活してみるのがいい」

未希は嬉しそうだった。俺は、本当は未希を手放したくなかった。いつまでもこの手の中に置いておきたかった。

でも今の俺の身体の状態では未希を幸せにできない。今まで未希にしてきたことの 罰《ばち》があたったと思っている。俺に未希を幸せにする資格などないと諦めもついてきている。未希の幸せのためには、ここから離れて自立させた方が良いと思っている。

未希の引越しの前の晩、未希の20歳の誕生日と就職のお祝いを兼ねていつものレストランで食事をした。これが最後の晩餐になった。俺は未希と何を話していたかよく覚えていない。

食事の後、いつものように二人で手を繋いで歩いて来た。公園のところ来ると桜が咲いていた。未希が夜桜を見たいと言うので、池の周りの遊歩道を1周した。1周で帰ろうとするともう1周したいと言う。

人がいないところで未希がしがみついて来て、キスをねだった。抱き締めてキスをする。別れが近づいていることはお互いに分かっている。

そして、アパートに戻ってきて、最後の別れを惜しんだ。初めて未希がアパートに来た時のように、二人でお風呂に入って、身体を洗い合って、ベッドに行って抱き合った。

俺は手と口で未希を可愛がった。未希はもうそれだけで何度も何度も昇りつめた。未希も口で試みてくれたがやはりだめだった。未希も諦めがついただろう。未希がぐったりするまで可愛がって腕に抱き締めて眠った。これで俺はすべて吹っ切れた。

朝、未希が俺に抱きついたので目が覚めた。未希は「ありがとう」と言った。俺も「ありがとう」と言った。未希がここへ来た時と同じに、俺が朝食を作って二人で食べた。10時に引越し屋が来て荷物を搬出していった。

それから、未希はアパートを出て行った。別れ際、俺は「困ったことがあったら何でも相談にのる。いつまでも俺は未希の保護者だ」と言った。

未希は嬉しそうに「ありがとう」と微笑んで去って行った。俺にはその後姿が嬉しそうでもあり寂しそうにも見えた。未希との2年4か月の同居生活が終わった。

***
これで、冬の雨の日にであった家出JKと性悪のサラリーマンとの凄まじいラブストーリー「冬の雨に濡れて」第1部 家出・同居編 はおしまいです。二人にとっては、めでたくもあり、めでたくもなしの自立の旅立ち・別離でありました。第2部 再会・自立編 をお楽しみに!