未希の中間試験が近づいて来た。5月19日から24日まで4日間の予定で高校の1学期の中間試験が始まる。試験の範囲が発表されてからは、毎日早めに帰って試験範囲の勉強を見てやることにした。
学生時代に中学生の家庭教師のアルバイトをしたことがあった。男の子だったが、あまりやる気が無くて成績も伸びなかった。高校の教科は難しいが、受験問題ならともかく基礎的なことなら十分に教えられる。それに女子高校生を教えるのは初めてだ。顔を近づけて教えていると、未希のその一生懸命なあどけない顔が何とも言えなく可愛い。ムラムラする。
未希はこの期間はアルバイトをしていないから、帰宅してから勉強に取りかかっている。俺が帰ると分からないところを聞いてくる。時間がないので弁当を食べながら教える。未希はやる気はあるが、飲み込みが悪いので、根気よく教えてやる。
ひととおり、教えたら未希が自分でもう一度やってみる。それを勉強机のとなりのソファーで見ている。聞いてくるとまた教えてやる。
俺は11時なると風呂の準備を始める。勉強は11時半までにして、二人でお風呂に入って寝る。この期間、俺は未希に何もしない。未希を抱き締めて眠るだけだ。いい成績をとってほしいからと未希には言っている。
◆ ◆ ◆
試験が終わって1週間ほどして、未希が成績表を見せてくれた。自分ではまずまずと言っていたが、赤点はなかった。7~80点はとれているからそのとおりだろう。未希は勉強を見てくれてありがとうとお礼をいった。俺が見てくれるから心強いとも言っていた。その晩は未希から俺に抱きついて来た。
6月に入って蒸し暑い日が続いている。明日は確か父親の四十九日のはずだ。気になったので未希に聞いてみる。
「明日で四十九日になるが、遺骨をどうするつもりだ。ここにずっと置いておくのもどうかと思うけど」
「明日は土曜日です。散骨に行こうと思うのですがついて来てくれませんか?」
「散骨か、いいけど、人に見られないようにしないといけないな。どこへ行くつもりだ?」
「多摩川、六郷土手駅から歩くとすぐ多摩川だから、そこで」
骨壺は目立たないように未希が手提げ袋の中に入れて持っている。駅から歩いてすぐに川岸に着いた。
未希は蓋を開けてすこしずつ川に流して行く。全部流し終わったら、未希は骨壺を思いっきり投げた。5mほど先に水しぶきが上がった。それを見て二人は手を合わせた。
「お母さんの遺骨もここで散骨しました。お墓がないのでお父さんが多摩川に散骨しようと言うので、去年の6月にここで」
「そうだったのか、お墓参りはここに来るんだ」
「偶然ですが、お父さんが死んだ日はお母さんが死んだ日と同じでした。だから、四十九日も同じ日になりました」
「そんなこともあるんだ」
「側溝で溺れたのもお母さんが水の中に引き入れたのかもしれません。私たちの邪魔をしないようにと」
「そういえば親父さんは安らかな顔をしていた」
「いまごろ二人仲良くしているかもしれません」
「そうならいいね。また、ここへお墓参りに来よう」
それから二人はベンチに座って川の流れるのを見ていた。父親が亡くなって俺はほっとしていた。これでお金をせびられることもなくなった。未希はどんな気持ちだろう。未希に聞いてみた。未希は両親の話をしてくれた。
未希の母親は高校生の時に家出してきて父親と知り合ったと言う。どこかで聞いた話だと思った。母親と父親は10歳以上年が離れていたという。一緒に生活しているうちにいつのまにか結婚して、未希が生まれたそうだ。父親が以前俺に自分と同じ匂いがすると言っていたのはこのことだったのか。
父親は元々人づきあいが不得手で、なかなか職場になじめず、たびたび転職をしていたとのことだった。母親はしっかりもので一生懸命に働いて、家計を支えていた。未希を高校へ行かせるために無理をして休みもなく働いていた。それがたたって急死した。
母親を失ったことで父親の生活が荒れて、母親の生命保険の保険金が100万円ほどあったがすぐに貯金が底をついたと言う。食料を買うことにも不自由になり、未希はコンビニでアルバイトをすることでなんとか生活を支えていたが、学校へ行く時間が取れなくなってしまった。
出会ったあの日から2日前にお金を取り上げられて、途方に暮れて、もう父親とは暮らせないと思って家出して来たということだった。父親は母親を愛していたのだろうと言っていた。だから、母親の死が相当に堪えたようだったとも言っていた。
その話を聞いて、未希と俺の将来を見たような気がした。因果はめぐる糸車! 俺はまるで未希の父親と同じではないか!
今の俺は未希が手放せなくなって来ている。未希に溺れていると言っても過言ではないかもしれない。
いずれ二人は未希の両親と同じ道をたどるように思えた。そして、俺は未希の父親のようなあんなみじめな死に方はしたくない、そう思った。
すると身体が震えてきて、その場にいたたまれなくなった。未希を促して、もう一度、二人で手を合わせて、急いで帰ってきた。帰る途中も身体の震えが止まらなかった。
その晩、俺は未希に何もしなかった。いや、何もできなかった。そういう俺を未希は不思議そうに見ていたが、何も言わずに抱きついてきた。俺はただ未希を抱き締めて眠っただけだった。
あの散骨の日以来、俺は未希を抱けなくなった。つまり性的不能に陥った。両親の祟りかとも思ったが、そんなことがあるはずがない。未希が口で試みてくれたがだめだった、
相手が変わるとできるかも知れないと風俗店にも行ってみた。でもやはりだめだった。女の身体を見ると未希を思い出してしまう。そうなるともう駄目だった。今までに欲望のすべてを、一生分を未希に吐き出してしまったからかとも思う。
「ありがとう。でもだめなんだ。あの散骨の日から」
「このままだと私は身体で返せません」
「できなくても、腕の中でおとなしく抱かれていろ」
語気を荒めてしまった。自分でもいらいらしているのが分かる。
「いいんだ。しばらくはこうして抱かれていることで返してもらえばいい」
「分かった。それでいいなら」
俺はそう言って未希を安心させたかった。未希は俺の腕に抱かれて眠った。未希の身体は温かく、俺の沈み込んだ心を温めてくれている。
今まで未希には同居させることを条件に俺の欲望をぶつけてきた。未希は同居させてもらいたい一心でそれを受け止めていた。もっと優しくできたはずだったし、優しくしてやれたはずだった。それが欲望に負けてできなかった。それでも未希は俺を必死で受け止めてくれていた。
こうして未希をただ抱いているだけでも心が安らかになる。仕事に疲れていても心地よく眠れる。俺の心を癒してくれている。
未希はどんな気持ちで獣のような俺を受け入れていたのだろう。聞いてみたいが聞くのが怖い。未希をこのまま手元に置いておきたい。俺には出した金を身体で返してもらうと言うしか思いつかない。
でも未希はいつか俺の元を去っていくだろう。その時のことを思うと、母親を失った未希の父親の気持ちが痛いほど分かる。
「未希はどうして俺にやりたい放題されても同居しているんだ?」
「おじさんは約束を守ってくれるから」
「約束?」
「私を自由にする代わりに同居させてくれている」
「それは当たり前だ。約束は守る」
「食事代もきちんとくれたし、残ったお金も私にくれた。着るものも買ってくれた。学校まで行かせてくれた」
「そんなの当然だ、同居させるとは面倒も見るということだ」
「だから安心して一緒に住める。私にはもうどこへも行くところがないから」
「俺は未希の弱みに付け込んで未希をおもちゃにした」
「それは約束だから」
「もっといい条件を出すと言う男がいたら、その男と同居するか?」
「分からない」
「このままここにいるのか?」
「身体でお金を返さなければならないから」
「こうして俺に抱かれて眠ることも身体で返していると思っていい」
「それなら気が楽です」
「借りを返し終えたら、ここをでていくのか?」
「分かりません」
ずっとここにいてくれとは言えなかった。その代わり俺は未希を抱き締めた。未希も抱き付いて来た。これでいいんだ。未希も今はこのままでと思いたかったのだろう。
もう7月だ。俺の身体に変調が起こってからの二人の生活はそれなりに落ち着いて来た。
朝は6時に二人起床する。すぐに俺が朝食を準備する。トーストとチーズ、それに牛乳、プレーンのヨーグルト、バナナ、リンゴ、キャベツ、ニンジンなど適当に加えて作ったミックスジュースだけ。これで栄養は足りているはずだ。俺は食品会社に勤めているから栄養的な知識はあるつもりだ。
未希が通学を始めてから、手っ取り早く作れて、栄養のあるものを朝食に取らせたいと考えた。これでお昼まで大丈夫のはずだ。ミックスジュースもバナナが入っていると甘くなって飲みやすい。未希も喜んで飲んでお代わりをしている。
未希は昨夜入れた衣類を洗濯機から取り出して、それぞれの整理ダンスに片付けてくれる。洗濯機は乾燥機付きに買い替えた。脱いだものをその日のうちに洗濯機にかけておくと翌朝には出来上がっている。洗濯物を干したり取り込んだりする手数が省ける。雨の日でも問題ない。
俺は7時30分までには出勤する。未希は朝食の後片付けをして7時50分位にはアパートを出ると言う。
未希の通学時間は30~40分位だという。洗足池から蒲田へ出て、京浜蒲田まで歩いて京急蒲田から平和島まで電車で行く。最初、五反田へ出て品川へ、品川から京浜急行で平和島まで行ってみたが、乗り換えが多くて運賃も高いので、今の経路にした。蒲田駅と京急蒲田の間は歩かなければならないが、商店街を歩くのは楽しいと言っていた。定期代もうんと安い。
未希のお昼はパンか出来合いの弁当を買って食べているとか。学業とアルバイトで疲れるので、お弁当を作る余裕はさすがにない。未希は4時前には帰って来る。クラブ活動はしていない。それからコンビニで8時までアルバイトをしている。土日も働いている。
だから夕食を作る余裕もない。8時に部屋に戻ってきて、コンビニで売れ残って安くしてもらった弁当やおにぎり、パンなどを食べているという。
俺は早ければ8時ごろ、遅くてもこのごろは9時までには帰ってくる。帰り道で弁当を買って帰るが、毎日同じものでは飽きるので、買う場所も替えている。
10時にお風呂に入ることにしているが、時間があると未希の勉強を見る。ほとんど全科目を見てやっている。1年のブランクがあったが、未希はすべての教科について行けているので安心しているようだ。
お風呂は二人で入る。未希が身体を洗ってくれる。俺も未希を洗ってやる。それからベッドで11時には寝ることにしている。
残念ながら今もインポ状態。未希を抱き寄せて眠るだけ。未希の身体を撫でてやることはあるが、未希が望んだ時だけにしている。未希は気持ちよさそうに眠りに落ちる。未希にはお風呂に一緒に入ることや抱いて寝ることでお金は返してもらっていると言っている。
未希がここへきたころはおもちゃのように好き放題していた。そのころの満足感とは比較にならないほどの、心の満足感がある。ただ抱いて寝ているだけなのになぜかと考える。あのころ、終わった後は未希はぐったりして眠るだけだった。俺は横で未希を征服したような満足感の中で疲れて眠っていた。
今、抱き締めている未希は俺にしっかりとしがみついて眠っている。そうでなくともかならず俺のどこかをつかんで眠っている。まるで離れたくないと言うように。その寝顔はいつまでも見ていたくなるほど安らかだ。未希に優しくしなくてはと思う。そうしないといつかは俺から離れていってしまう。今、俺は未希の完全な保護者になっている。
7月15日(土)に高校の保護者面談があった。未希からは行かなくてもいいと言われていたが、去年、石田先生に保護者だと大見えを切ってきた手前、行かないわけにはいかないと出席することにした。
石田先生から未希の学校生活の状況について聞いたが、授業は一生懸命に聞いており、授業態度もいいとのことだった。いじめられていなかと聞いたがそんなことはないから安心してほしいと言われた。
卒業後はどう考えているのか聞かれた。未希は就職を希望していると言うことだった。できれば何か手に職を付けてやりたいと言っておいた。まだ時間があるが、早めに相談して決めておいてほしいと言われた。
未希の成績はクラスの中の上くらいで、試験の成績はどれも60点以上はあったので落第の恐れはないので安心した。でもこの成績で大学となると国公立は無理だ。私立しかないが、それは金銭的に無理だ。でも何か考えてやらないと高校を卒業しただけでは就職してもそのあとが大変だ。帰って未希と相談することにした。
アパートに帰ると未希はいなかった。5時に未希がアルバイトを終えて上がってきた。土曜日は9時からだったので、5時に上がったという。保護者面談の話をした。
「未希、成績はまあまあだな。このままだと落第はしないから安心した」
「おじさんが教えてくれているから、なんとかついていけている」
「石田先生から卒業後のことについて聞かれた。就職を希望していると聞いたけど」
「すぐに働きたいと思います。おじさんのお世話になって迷惑をかけていないで早く自立したいんです」
「いい就職口が見つかるといいが、これからのことも考えて手に職を付けたらどうかな? 女子は大学へ行くよりも手に職を付けた方がいい。例えば、美容師とか、栄養師とか、看護師とか、調理師とか、介護師とかいろいろあると思うけど」
「看護師は無理だと思う。入学試験の倍率が高いから」
「専門学校なら入試はそれほどでもないと思うけど」
「でも授業料が高いと思います」
「1、2年だと思うから、何とかなるんじゃないか。未希は貯金がいくらあるんだ?」
「180万円くらいです」
「保険金のほかに随分貯めたね、それだけあればなんとかなる。授業料の半分は俺が貸そう。返却は身体で」
「それでいいんですか。今のおじさんの状態のままで本当にいいんですか」
「期間が長くなるが、きちんと身体で返してもらうことになるけどいいのなら」
「おじさんがそれでよければ」
「じゃあ、どんな資格が良いか調べて考えてみたらいい。時間は十分にあるから」
資格が必要だといい、授業料を半額出してやると言って専門学校を勧めた。未希は専門学校へ行って資格を取ることに決めた。その方が未希の将来のために良いと思った。未希は身体で必ず返すと言ったので安心した。卑怯な手かもしれないが、これからも未希を自分の元においておく口実はこれしかない。
それより未希が自立したいと言ったときには実際驚いた。どういう意味で言ったのか、あえて確かめなかった。理由を聞くのが怖かった。
今日は12月1日、丁度1年前に未希がアパートに来た日だ。8時に駅に着いたが、あの日とは違って晴れている。気温も低くない。改札口を出ると未希が待っていた。
「おかえり」
「どうした? 迎えに来てくれたのか?」
「うん。今日がどんなの日か覚えている?」
「未希が家へ来た日だ。丁度1年前だった」
「ここに私が立っていました」
「そうだったな、寒そうにしていた」
「連れ帰ってもらってほっとした」
「連れ帰ったのが、未希には良かったのか、悪かったのか、俺は分からない。俺じゃあなくて、もっといい人だったら良かったとは思わないか?」
「分からない。もっと悪い人だったかもしれなかったから」
「おじさんは私をだましたりしなかった。約束は守ってくれたから、まあ、よかったと思う」
「まあか?」
「良いほうだったと思います。学校にも行かせてもらっているし、今、私は安心して暮らしていられるから」
「それなら、言うことはない。結果オーライだ。帰るか?」
未希はなぜ迎えに来てくれたのだろう。去年のことを思い返したかったのだろうか? これで良かったのかと考えたのではないだろうか? 今のところ、未希には不自由な生活をさせているわけではない。学校へ行って、帰ってきて、アルバイトをして、夕食を食べて、勉強を見てもらって、一緒にお風呂に入って、俺の腕の中で眠る。
俺もこの生活がずっと続くとは思っていないが、今は一日一日が充実している感じがする。ただ、今年中に来年の4月以降のことを決めておかなければならない。俺としては未希を専門学校に通わせてもう1年は手元に置いておきたい。そのうちに回復するかもしれない期待もある。
アパートに戻ると買ってきた弁当を食べながら、未希とこれからの話をする。
「未希、来年の4月からどうするつもりだ? 専門学校を勧めたが、行きたい学校は見つかったか?」
「いろいろ考えてみたけど、私にぴったりの資格が分からなくて迷っています」
「例えば?」
「美容師さん、私にはセンスがないような気がして、それにお客さんとうまく話をする自信がありません」
「俺も元々人と話をするのが苦手だったが、やっているうちにできるようになった。そのうちに慣れると思うけど」
「自信がありません」
「理学療法士なんかいいじゃない?」
「調べてみましたが、授業料が結構高いです」
「介護士はどうかな?」
「私はお年寄りが苦手、今迄周りにいなかったし、それに細かい気遣いがうまくできません」
「慣れだと思うけど、それじゃあ、栄養士か調理師は?」
「食べ物が相手だから、無難かな? それに自分の生活にも役に立つと思う」
「人を相手にするよりやっぱり食い気か?」
「食べることは人間が生きていくうえで最も大切なことです」
「それなら、食い気で選んだらどうだ」
「栄養士と調理師ならやっぱり調理師かな、栄養よりもおいしいものが優先しますから」
「調理師にするか?」
「うーん、私、料理が得意でないけど、勉強してみたいと思います。おじさんにおいしいものを食べさせて上げたい。いつもお弁当ばかりでは身体にも良くないと思います」
「俺のために、将来の仕事を決める必要はない。未希がやりたいこと、手に付けたい資格にすべきだと思う」
「調理師にしようかなと思います」
「そうだな。花嫁修業にもなるからいいかもしれない。年内には決めておいた方がいい。調べて、いきたい学校を見つけるといい。授業料は前にも言ったとおり俺が半分出してあげるから」
「分かった。探してみる」
俺にうまいものを食べさせたいとか、泣かせることを言う。俺とずっと暮らすつもりでいるのか? それなら願ってもないことだが。でもやりたいことが曲りなりでも決まったのは何よりだ。
その晩、未希は俺の腕の中に入ってきた時に身体を撫でてほしいった。言われたとおりに撫でてやっていると、未希が俺の手を敏感なところへ導いた。未希が望むならと優しく可愛がってやった。
未希は何度も何度も俺の腕の中で昇りつめた。俺は力いっぱい抱き締めてやった。未希は「ありがとう」と言った。俺は嬉しかったが、俺の身体は反応しなかった。
◆ ◆ ◆
それから未希は調理師専門学校を調べていたようだった。12月の半ばに蒲田にある調理師学校へ行きたいと言ってきた。見学もしてきたようだった。通学にも便利だし、授業料も高くない。それで石田先生と相談して、ここに進学することに決めた。希望すればほとんど入学できるみたいでよかった。未希が一番安心していた。まあ、来年も1年間は未希と一緒に暮らせるのは良いことだ。
3月10日(土)、今日は未希の高校の卒業式だ。未希がどうしても来てほしいと言うので出席した。
長いようで短い1年だった。4月から未希が倒れたり、父親が死んで散骨に行って俺が不能になったり、いろいろあった。不能が一番の事件だったが、それにもなれたというか、あきらめがついてきている。未希との穏やかな生活の内に卒業を迎えた。これで未希は高校中退とはならずに卒業できた。
卒業の記念に校門の前で二人の写真を撮った。そういえば、未希の入学式の写真には両親と3人で写っていた。その両親はもういない。未希は天涯孤独だ。守ってやらなければと思う。
すでに未希は蒲田の調理師専門校に入学することが決まっている。すべての手続きも終えている。卒業したらすぐに毎日アルバイトをすることになっている。学校に通い始めると土日位しかアルバイトはできないから、今のうちにできるだけ稼いでおきたいようだ。
授業料は年間130万円で、未希が全額払うと言ったが約束どおり、半分は俺が身体で返す条件で貸してやることにした。今ではもう身体で返す意味がなくなっていたが、俺はそれでいいと言った。それ以外は未希の負担ということにした。
未希は高校を卒業できたことで自信がついたようで、以前よりもずっと明るくなった。それに専門学校に行かせることが決まって良いことをしたと思った。これで手に職をつけてやれる。幾分かでも未希の役に立っていると思うことで気持ちが楽になった。
このごろは、未希が俺の腕の中で眠っていてくれればいいと思うようになっている。それだけで心が休まり癒される。
未希は早生まれだから歳を取るのが人より遅い。今日は 19歳の誕生日なので、6時からいつものレストランで、高校の卒業と19歳の誕生日と調理師学校の入学を兼ねたお祝いをした。
アルバイトを終えた未希とレストランへ電車で向かう。このごろ、未希は落ち着いて来た。アルバイトをしてある程度の貯金もあるので、お金の心配がなくなっていることもあるのだろうと思う。それに俺が未希の一切の面倒を見ていることが一番なのだろう。
席に着くとすぐに未希は俺にいった。
「こうして高校を卒業して、調理師学校へ入学出来るのも、すべておじさんのお陰です。ありがとうございます」
「俺は未希との約束を守っているだけだ」
「おじさんの身体があんなことになって、約束どおりに身体で返せていません」
未希は声を落として話す。俺も声を落とす。
「いいんだ、それは俺の問題だから、あれからも夜寝る時に返してもらっているから」
「ただ、抱き締めて寝てくれているだけです」
「今の俺にはそれで十分なんだ」
「それでいいのなら私は言うことはありません」
料理が運ばれてくる。
「未希、調理師学校では一生懸命に勉強して力をつけたらいい。社会に出たらそれだけがたよりになる」
「分かっています」
「未希は料理がそれほど得意ではなかったからね」
「お母さんは私に余り家事の手伝いをさせませんでした。私が勉強に集中できるようにと思ってのことだけど、それがお母さんの負担を増やして過労になったのだと思います。もう少しお手伝いしていたらと後悔しています」
「おかあさんは未希に勉強してもらいたかったんだ」
「おかあさんは高校中退だったから就職に苦労したみたいで、私には高校を卒業させたかったようです」
「これでお母さんは安心しているだろう」
「これからは学校から帰ったら私が夕食の準備をしようと思っています」
「確かにそれが学校での復習にもなるし良いことかもしれない。俺にもメリットがある。是非そうしてほしい」
「最初はうまくできないかもしれませんが、いいですか」
「あまり期待しないことにしよう」
「でも頑張りますから、少しは期待してください」
「ごめん、本当は楽しみにしている」
未希は4月に調理師専門が通い始めたら、夕食を作ってくれると言う。未希の決心は確かのようだ。高校生の時とは別の生活が楽しみでもある。
4月から未希は蒲田の調理師専門学校へ通い始めた。1年コースで9時から午後5時まで講義と実習があると言う。調理師になるための基礎的な技術を教えてくれる。講義が半分、実習が半分くらいだ。土日は休みなのでアルバイトはできる。未希には週1日はゆっくり休んで勉強するように言っておいた。
朝は6時に未希が起きて朝食の準備をする。高校の時と同じ手数のかからない献立にしている。6時過ぎに俺が起きて、身支度をして二人で朝食を食べる。それからそれぞれ、昨日の洗濯物を洗濯機から取り出して整理する。
未希は俺が8時前に出かけた後、8時半ごろに出かける。帰ってくるのは5時過ぎだが、帰りにスーパーで食材を買って、二人の夕食を作ってくれることになっている。料理の勉強や実習の復習にもなる。これは二人にとってもよいことだと思った。夕食の食材の費用は俺の負担とした。これでも未希の1000円の食事代と俺の夕飯の弁当代を考えればほとんど同じくらいだと思う。
俺は8時ごろに帰宅して未希と夕食を食べる。未希は俺が特別に遅くならなければ食べず待っていてくれる。後片付けは俺が手伝うことにしている。
土曜日は未希が朝から1日、下のコンビニでアルバイトをする。だから、夕食は俺が作ってやる。大体、献立はカレー、生姜焼き、野菜炒め、お好み焼、肉じゃが位でそのローテーションにしている。
日曜日、未希は丸1日休日としている。だから二人とも朝寝をする。9時ごろに起きて、朝昼兼用の食事を二人で作って食べる。気が向けば二人で外出する。そうでなければ、公園を散歩する。夕食も二人で作る。
学校での実習が進むと、夕食にそれを試して、俺に味付けや感想を聞いてくる。できるだけ真剣に味見をして意見を言うようにしている。少しずつではあるが、料理が上手くなってきている。
食事が終わると、二人で風呂に入る。背中を洗い合う。それから、11時には二人抱き合ってベッドで眠る。俺にとっても未希にとっても穏やかな生活だ。