天災賢者と無能王女と魔法の作り方

 俺……ジーク・スノーフィールドは魔法が好きだ。

 魔力を糧に色々な奇跡を起こすことが可能だ。

 炎や水を生み出すことができる。
 風や土を生み出すことができる。
 光や闇を生み出すことができる。

 他にも……
 転移魔法、収納魔法、結界魔法、治癒魔法、防御魔法……などなど。
 使い道は多種多様で、数え切れないほどの魔法が世の中にあふれている。

 俺はそれに魅了された。

 たくさんの魔法を習得したい。
 それだけではなくて、オリジナルの魔法を開発したい。
 そうやって魔法を極めたい。

 幼い頃から魔法について学び、研鑽を積んだ。
 遊んでいるヒマなんてない。
 そんな時間があれば、全て魔法を学ぶことに費やした。

 結果……

 俺は、15歳で、最強の魔法使いに送られる『賢者』の称号を得た。
 それくらい成長することができた。

 ただ、まだまだ終わらない。
 魔法の道は果てしなく、どこまでも終わりがない。

 これからも魔法の勉強をしよう。
 残りの人生、全てを魔法に捧げよう。

 そう思っていたのだけど……



――――――――――



「ジーク・スノーフィールドよ。そなたにとても重要な任務を与える」

 謁見の間。
 玉座に座る王は、俺を呼び出して、そんなことを口にした。

「はぁ……」

 周囲の兵士や大臣達は凛とした表情をしているが、俺は、たぶんめんどくさそうな顔をしているだろう。

 だって、そうだろう?
 こうして話をしている時間が惜しい。
 数分だとしても、その時間を魔法の研究に捧げたいのだ。

 とはいえ、魔法の研究は金がかかる。
 魔法書はどれも高く、オリジナル魔法の開発の素材も高い。

 仕方ないので給料の良い王国に雇われたものの……
 ちょくちょく任務を与えられてしまうので、なかなか魔法の研究がはかどらない。
 大きな仕事をしてたくさん稼いで、そのまま辞めてしまいたいところだ。

「魔法学院に通ってもらいたい」

 もう少し続けてもいいかもしれない。

「お主も知っているだろうが、儂には三人の息子と六人の娘がいる」

 ごめん。
 今、初めて知った。

「娘達は魔法学院に通っているのだが……三女のネコネの護衛をしてほしいのだ」
「護衛?」
「娘が狙われているかもしれない、という情報を得たのだ」
「なぜ俺に? 狙われているというのなら城に戻すか、あるいは、他の者に護衛をさせてもいいのでは?」
「どうしようもなくなったのなら、そうしたいところだが……あまり大きく動きたくないのだよ」

 王曰く……

 敵は謀反を企んでいる貴族の可能性があるらしい。
 それに利用するため、第三王女の身柄が狙われているのだとか。

 彼女を守るだけなら簡単だ。
 しかし、大きく動いてしまうと、危険を察知した敵は逃げてしまうだろう。

 末端を捕まえても意味がない。
 大本を叩くため、ある程度のところまで引きずり出したい。
 故に、大きく動くことはしたくない。

「娘を囮にするのは心苦しいが……敵を放置すれば、娘だけではなく、国全体に被害が出るかもしれぬ。それだけはダメだ」

 そのために、あえて非情な策を取る、ということか。
 でも、本当に娘を見捨てるなんてことはしたくないから、俺を護衛に回すことを思いついたのだろう。

 良策だろう。

 俺は15歳なので、魔法学院に通うにはちょうどいい歳だ。
 やや時期が遅れているものの、病気の療養をしていたため遅れた、とか言い訳は自由にできる。

 それに、俺は一般に顔を知られていない。
 王国の切り札と言われているため、知られていては困るのだが。

「敵の調査は他の者が担当する。お主は、娘の安全だけを考えてくれればいい」
「……他の姫殿下は狙われる可能性はないんですか?」
「ある。ただ、すでに別の護衛を派遣している。ネコネの護衛だけ、良い者が見つからず困っていたのだよ」

 なるほど。

 事情は理解した。
 護衛は面倒だけど……
 でも、魔法学院に通うというのは魅力的な話だ。

 一般的な魔法理論などは全て学んだつもりだけど……
 それとは別に、学院で得られることもあると思う。

 ただ……

 面倒だな。
 魔法学院に通えるのは魅力的だけど、メインは護衛。
 魔法の勉強に使える時間は少なそうだ。

 それよりは自分で研究を詰めていく方が、時間をより有効的に使えるような……

「見事、任務を成し遂げた際は褒美を与えよう。そうだな……以前から城の禁書を閲覧したいと言っていたが、その許可を出そうではないか」
「おまかせください」

 二つ返事でオーケーした。
 仕事は大事だよな、うん。

 そんなこんなで……
 俺は正体を隠して魔法学院に入学して、密かに第三王女の護衛をすることになった。
「ここか」

 一週間後。
 準備を終えた俺は魔法学院にやってきた。

 国の南に扇状に伸びている商業区。
 そこをさらに南に進んだところに魔法学院はある。

 城の次に広い敷地を持ち。
 校舎は三階建て。
 実習棟や教員棟など、多くの建物が並び……
 全学生を収容するだけの寮も完備されている。

 別名、アカデミー。
 魔法使いを志す者が憧れる場所だ。

「……誰もいないな?」

 門の前に来たけれど、誰もいない。
 ここで事情を知る者と待ち合わせの予定だったのだけど……

「少し早いのかもしれないな」

 せっかくだから見学してみよう。
 少しくらいなら問題ないだろう。

 好奇心を抑えることができず、俺は門を潜る。
 そのままグラウンドの方に向かう。

「へえ、色々な設備があるな」

 アカデミーの中で学生が暮らしているからなのか、魔力を動力とした明かりがあちらこちらに設置されていた。
 不審者対策なのか、簡易的な結界装置も設置されている。

「ふむ……少し古いタイプのものだな。でも、この型番のヤツは悪くない。多少、性能は劣るが値段は安いからな。ほどほどに使いやすいから、ちょうどいいだろう」

 好奇心の赴くまま、ついつい調べていると、

「やめてください!」

 ふと、鋭い声が聞こえてきた。

 グラウンドからだ。
 トラブルか?

 ヒマなので様子を見に行く。

「あなたは今、なにをしようとしているのか理解しているのですか!?」
「もちろん。貴族としての務めを果たそうとしている……それだけのことですが、なにか?」

 グラウンドの中央で二人の生徒が対峙してて……
 その近くに女子生徒。
 そして、彼らを遠巻きに眺めている生徒達。

 彼らが生徒であることは、皆、同じ服を着ていることからわかる。
 マントとリボンが特徴的な服で、色が分かれている。
 たぶん、学年で違うのだろう。

 その中で一際目立つ少女がいた。

 銀色の髪は腰に届くほど長い。
 シルクのようにサラサラで、そよ風を受けて静かに揺れていた。

 女性にしては背が高い方だろうか?
 スタイルも良く、背の高さもあって人目を引くだろう。

 顔は綺麗に整っていて、異性を魅了するだろうが……
 それよりも目を引くのは、彼女の瞳だ。
 宝石のように輝いていて、それでいて、強い意思を感じさせる。

「そう、これは貴族としての務めなのですよ。平民を教育する、というね」

 対する男子は、美形と言えば美形だ。
 二枚目といって問題ない。

 ただ、表情は醜悪なもので、黒い感情が隠されることなく表に出ている。

「理不尽な要求を突きつけて、従わなければ暴力をふるうことが教育だと?」
「ええ、その通りですよ」
「ふざけないでください! そのようなこと、絶対に認められません!」
「認められなければ、どうするのですか? 学年主席である僕に逆らうとでも? あなたがどのような方であれ、アカデミーでは実力が全てだ。おとなしく言うことを聞かせられるとは思わないことですね」
「くっ……」

 貴族が平民をいじめる。
 よくある話だ。

 彼らは民を導いて、模範とならなければいけないのだけど……
 その本文を忘れたものは多く、好き勝手に振る舞う者ばかりだ。

 とはいえ、言ってしまえば、これはただの生徒同士のケンカ。
 殺し合いに発展することはまずないだろうから、放っておいていい。

 本来なら、わざわざ介入することはないのだけど……

「ちょっと待った」

 貴族らしき男子と対峙しているのが、第三王女のネコネだというのなら話は別だ。

「なんだい、君は?」
「あなたは……?」

 男子はうさんくさそうなものを見る目をこちらに向けて。
 ネコネは、俺の意図を察した様子で、驚いた顔をする。

「事情は軽くしか知らないが、その辺にしておいたらどうだ? あまり騒ぎになると、教師がやってきたりして面倒なことになるだろう?」
「はははっ、どこの誰か知らないが、勉強は真面目にした方がいい。アカデミーでは決闘が許可されている。一度成立したら、教師であろうと止めることはできない。これ以上、そちらの世間知らずの王女様が己の非を認めないのなら、僕は決闘で全てを決めるつもりなのだよ」
「なるほど」

 そんなルールがあったのか。
 教えてくれてありがとう。

「なら、俺はあんたに決闘を挑もう」
「……なんだって?」
「俺と戦え。そして、この場から手を引け」
「……まるで、君が勝つことが決定しているような言い方だね」

 男子は不快そうに眉をしかめてみせた。

「見知らぬ者の決闘を受ける意味も義務もないが……いいだろう、おもしろい。平民の代わりに君を教育してやろう」
「ま、待ってください! そのような勝手なことは……」
「彼が決闘を挑み、僕はそれを受けた。もう決闘は成立したのですよ? 例え王女であろうと、それを止めることはできない」
「くっ……」

 ネコネは悔しそうな顔に。

「では」

 男子は親指くらいの宝石を取り出して、それを地面に放る。
 すると淡い光が放たれて、半径十メートルほどの円ができた。
 様子を見ていた生徒達は、慌てた様子で円の外に出る。

「これは?」
「おいおい、そんなことも知らないのかい? 決闘用のフィールドだよ。周囲に被害が出ないように、魔力を完全に遮断することができるのさ」
「なるほど」

 とても興味深い。

 魔力を完全に遮断というのは、かなりの高機能だ。
 そんなものをずっと、というのは難しいから、時間が決まっているのだろうか?
 決闘のために、全生徒にこういったものが支給されているのだろうか?

 調べることがたくさんだ。
 それだけでも、ここに来た甲斐がある。

「あの……!」

 ネコネは円の外に出る前に、俺に声をかけてきた。

「どうか無理はしないでください。あなたの健闘を祈ります」
「ありがとう」

 律儀な人だ。
 彼女からしてみれば、俺は勝手に決闘を挑んだ見知らぬ人。
 無視してもいいのに、そうしないで無事を祈るとは……

 なるほど。
 少しだけだけど、彼女に対しても興味が湧いてきた。

「僕の名前は、ドグ・マクレーン。マクレーン伯爵家の長男であり、いずれ、全てを手にする男だ」

 名乗りをあげるのだけど……
 全てを、とは大きく出たものだ。

 俺も似たようなことをした方がいいのだろうか?

 ……いや、やめておこう。
 正体は秘密だ。
 無茶はしない方がいい。

「ジーク・スノーフィールド。ただの平民だ」
「やはり、君も平民か。そうだと思ったよ。礼儀がなっていないし、品がない。それに平民臭いからね」
「うん? 平民は臭いのか? どういう匂いがするんだ?」
「それは……平民らしい臭いさ」
「そうか、勉強になった」
「……その態度、僕をバカにしているのか?」

 なぜかドグが怒る。
 俺はなにもしていないはずなのに……なぜだ?

「さあ、来い。僕が教育してやろう!」

 そして、決闘が始まる。
「まずは小手調べといこうか……ファイアランス!」

 ドグは炎の槍を生成して、勢いよく放つ。
 うん。
 なかなかの一撃だ。
 主席と言っていただけのことはある。

「ふっ」

 俺は横に跳んで炎の槍を避けた。
 炎の槍は円状に展開された結界に衝突して、そのまま消えた。

 魔法で防御することも可能だったのだけど……
 結界の効果を確かめたかったため、避けることにした。

 なるほど。
 これなら確かに、周囲に被害が出ることはなさそうだ。

 しかし、魔力を通さない結界か……ものすごく興味がある。
 あの宝石を分解してみたい。
 頼んだら、百個くらいくれないだろうか?

「どこを見ている! ファイアランス・ダブル!!!」

 ドグは再び魔法を詠唱した。
 二つの魔法を同時に詠唱する『ダブル』だ。

「どうだ、これこそが僕の力! ダブルを使いこなせる魔法使いはかなり少ない。城の魔法使いでも、三割いればいい方だ。それを僕は使うことができる!」
「ふむ」

 ヤツの言葉に嘘はないが……
 しかし、精度は甘い。
 さきほどよりも狙いは雑で、より少ない動きで避けることが可能だ。

「サンダーランス」

 試しに俺も魔法を放つ。

 さて、どう防ぐ?
 あるいは、どうやって回避する?

 気がつけば俺は、ネコネのためということを忘れていて、純粋に戦いを楽しんでいた。
 魔法の打ち合いは楽しいから仕方ない。

「プロテクトウォール!」

 ドグは魔法の盾で俺の魔法を防いでみせた。

「はははっ、そんな魔法、効くわけがないだろう! この防御魔法も、限られた者だけが使うことができる。愚民には使うことはできない。選ばれたものだけが得る力だ! とはいえ、ふむ……なかなかやるようだね。今まで、僕と決闘をして、一分以上持った者はいなかったというのに」

 ドグは一度、動きを止める。

「君は、平民にしてはなかなかやるじゃないか。その力は認めてあげよう」
「どうも」
「だが、力は正しい者が導いてやらなければならない。そして、僕は正しい者だ。僕に従いたまへ」
「まだ、そのようなことを言っているんですか!」

 話が聞こえたらしく、戦いを見守っていたネコネが強い様子で叫ぶ。

「他者を強引に従えようとして、逆らえば罰と称して暴力をふるう。そのようなこと、正しいわけがないでしょう!」
「はあ……黙っていてくださいよ、無能王女は」
「……っ……」

 王女に対して、やけにひどい口を叩くものだけど……
 ヤツは不敬罪を気にしないのか?

 あと、無能というのはどういうことだ?

「で、返事を聞きたいな。もちろん、それは……」
「断る」
「……今、なんて?」

 即答されると思っていなかったらしく、ドグが顔を引きつらせた。

「だから、断る」
「この僕が慈悲をかけてやろうというのに、それを断る? なんて愚かな……いや。愚かだからこそ、平民なのか。常にバカな選択しかできない。本当に救いがたい愚かな……」
「ファイアランス」
「おぉう!?」

 ダラダラと話していたので魔法を叩き込んでみたのだけど、避けられてしまう。

「貴様……! 不意打ちとは卑怯なっ」
「決闘なんだろう? タイムとか、ないと思うが」
「生意気を言う……いいだろう。ならば、僕の最大の魔法で決着をつけてやろう!」

 ドグは距離を取ると、魔法陣を構築した。

 ふむ。

 ここで発動を阻止することは簡単なのだけど……
 学年主席の魔法、見てみたいな。

 そのまま様子を見ることにした。

「さあ、見ろ! 感じろ! この僕の膨大な魔力を!!!」

 ドグの魔力に反応して、足元に展開された魔法陣が巨大化した。
 おおよそ二倍のサイズに広がり、そのまま発光する。

「これこそが頂点に立つ者の力だ! 恐れおののいて、自分の選択を一生後悔するがいい! くらえっ、アストラルブラスト!!!」
「なっ!?」

 ドグが魔法を放つと同時に、ネコネが驚きの声をあげた。

「あれは、光属性の上級魔法!? そんなものを使用すれば、殺してしまいますよ!?」
「僕は、従えと警告した。それを跳ね除けた愚か者の責任だな」

 極大の光が迫る。
 それは、圧倒的な破壊力が秘められている。
 光の粒子が内部で嵐のように荒れ狂い、触れる者を分解。
 同じ光に昇華してしまうという、凶悪な攻撃魔法だ。

 そんな魔法が直撃したら、さすがに痛い。
 なので……

「ディスペル」

 アストラルブラストを消した。

「…………………………は?」

 忽然と魔法が消失した。
 その事実を認識できない様子で、ドグは間の抜けた顔をする。

「これは……な、なんだ? いったい、なにが起きた……?」
「基本的に、魔法は、魔力と構造式によって構築されている。魔力の流れを乱す、あるいは構造式に介入して書き換える……そうすることで、魔法の特性を強引に変化させたり、そのまま消失させてしまうことが可能だ」
「なにを……言っている?」
「簡単に言うと、お前の魔法を無効化した」
「なっ……!?」

 ドグはふらりとよろめいた。

「魔法を無効化する魔法……だと? 消滅魔法のこと……なのか? バカな……それこそ、ほんの一部の者しか使えない、超高等魔法なのに。平民などに使えるわけがない、ないのだ!?」
「さて。次は俺の番だな」

 足元に魔法陣を展開した。
 ヤツのような大きな魔法陣ではない。

 そもそも、大きくすればいいというわけじゃない。
 大事なのは密度だ。

 三重に魔法陣を構築した。

「立体魔法陣……!?  バカな、それこそありえないぞ!!!? 確かに理論はあるものの、未だ誰も実現させていないはずだ! 机上の空論でしかないはずだ。この世にあるはずのない技術なのに、いったいどうして……!?」
「それは」
「そ、それは……?」
「……よくよく考えると、律儀に教えてやる必要はないな」
「なぁ!?」
「くらえ……インディグネイション」

 神の裁き。
 それを体現するかのような雷撃を放つ。

 直撃させるとさすがにまずいので、ドグの横を走り抜けるように設定した。
 狙い通りに雷撃は駆け抜けるのだけど、

「がっ!?」

 ドグは余波で吹き飛んでしまう。

 それだけでは終わらなくて……
 結界を砕いてしまう。
 地面を大きく抉り、隕石が落ちてきたかのような有様に。

「ふむ」

 そんな光景を見て、俺は、

「結界は全ての魔力を吸収するわけじゃないのか? 一定量を超えると壊れる……まだまだ改良の余地がありそうで、その研究も楽しそうだな」

 という呑気なことを考えていた。
 あの後、すぐに教師がやってきて……
 俺は、そのまま学院長室に連れて行かれた。

「やれやれ……君はなにをしているのじゃ?」

 6歳くらいの幼女が、60歳くらいのような感じで肩をすくめてみせた。

 人形のように愛らしい幼女だ。
 将来が期待されるのだけど……

 あいにく、彼女はずっとこのまま。

 『時の魔女』。
 不老不死を成功させたらしいが、代償として、肉体年齢が8歳で固定されてしまったとか。

 ソファーに座っているものの足が届かなくて、ぷらぷらと遊ばせている。
 精神年齢も幼いのかもしれない。
 あるいは、肉体年齢が幼いから、それ故の無自覚の行動なのか。

 まあ、本人は楽しんでいると聞いている。

「教員との待ち合わせをすっぽかして、勝手に学院内を歩く」
「散歩だ。それくらい、いいだろう?」
「貴族を相手にケンカを売る」
「任務のためだ」
「挙げ句、校庭に大穴を開ける」
「もっと結界を強固にした方がいいぞ?」
「だぁあああああ! 誰のせいじゃと思っているのじゃ!?」

 学院長……リーゼロッテ・エンプレスが怒り、ばしばしと机を叩いた。
 しかし、その外見のせいで微笑ましい印象しかしない。

「ジークよ。お主、任務のことを忘れたのか?」

 ちなみに、彼女は俺の正体や任務を知る、学院で唯一の人間だ。
 サポートがいないと困るので、彼女だけは全てを明かされている。

「もちろんだ」
「そう、お主の任務は密かに王女の護衛を……」
「魔法学院で技術と知識を学び、さらなる魔法の高みへ……」
「ちっがーーーう!!!」

 ばしばしと再び机が叩かれた。

「お主の任務は、第三王女の護衛じゃ! 密かに護衛するのじゃ! あと、周囲に正体がバレるような行動は慎め! もっと、おとなしくするのじゃ!!!」
「了解」
「はぁ、本当にわかっているのやらいないのやら……とにかく、決闘の件はなんとかもみ消してやろう。じゃから、これ以上騒ぎを起こすでないぞ?」
「努力しよう」
「では、教室へ向かうがよい。もちろん、第三王女と一緒のクラスじゃ」
「わかった。色々と手を回してくれて、ありがとう」

 学院長室を後にしようとして、

「ああ、そうそう」

 軽い調子で言葉をかけられた。

「我がアカデミーへようこそ」



――――――――――



「「「……」」」

 教室の壇上に立つと、たくさんの視線が集まるのを感じた。

 教室へ移動して、遅れた新入生である俺の紹介がされた。
 そして、自己紹介をするように言われたのだけど……

 なぜだろう?
 やたら注目されているな?

「……あいつだよな? ドグ様にケンカを売った無謀者は」
「……校庭の大穴、彼の仕業だって聞いているけど、本当かしら?」
「……腕が六本足が四本、目が三つの化け物って言ってたの誰だよ」
「ふむ」

 どうやら、今朝の決闘が注目されてしまい、噂が広まっているみたいだ。

 目立たないように、と言われていたのだけど……
 でも、仕方ないか。
 ネコネを守る、という任務のためだ。
 相手がドグのような貴族であっても、排除の対象になるだろう。

 とはいえ、このままだとまずい。

 人間、第一印象が大事と聞く。
 最初の挨拶をうまいことやれば、ある程度のリカバリーは可能だろう。

「はじめまして、ジーク・スノーフィールドです」

 あらかじめ考えておいた挨拶を口にする。

「病気の療養をしていたため、入学が一ヶ月遅れてしまいました。一ヶ月分、みなさんの後輩ということになります。そのため知らないことが多いと思うので、色々と良くしてもらえると幸いです」

 うん。
 ほどほどに良い挨拶ができたのでは?
 ついつい自画自賛してしまう。

「よろしくお願いします」

 ぱちぱちと拍手が響いた。

 それを見て、担任はほっとした顔に。

「えっと……スノーフィールド君の席は、レガリアさんの隣ですね」
「はい」

 第三王女のことだ。

「ただ、せっかくなので親交を深めるために、少しだけ質問タイムを設けましょうか。誰か、彼に聞きたいことがある人はいませんか?」
「「「はーい!」」」

 たくさんの生徒が手を挙げた。

 目立つな、と言われているが……
 これはクラスメイトとの親交になるから、特に問題ないだろう。

「定番の質問だけど、趣味はなに?」
「魔法の研究だ。魔法がすごく好きだから、いつも魔法のことばかり考えている」
「へー、だからここに?」
「なら、とんでもない魔法を使う、っていう噂は本当のことなのか? なんか、校庭の大穴はノースフィールドの仕業、って聞いているけど」
「ただの偶然だ」

 偶然。
 それで片付けてしまえば、なんとなく相手は納得してしまう、とても便利な言葉だ。

「そっか、偶然か」
「なーんだ、つまらないの」
「でも、そうだよな。常識的に考えて、あんな大穴、ありえないし……」

 良い方向に話が流れていく。

 うん。
 これなら目立つことなく、普通の生徒として潜入することができそうだ。

「あ。そういえば、病気って?」
「正確に言うと怪我だ」
「怪我?」
「ちょっと失敗して、腹が半分吹き飛ぶような怪我をしたんだ。さすがに治療に時間がかかってしまった」

 嘘を吐くには適度なリアルを混ぜるといい。
 そんなことを誰かが言っていたような気がする。

 なので、過去の経験を交えた話をしてみたのだけど……

「「「……」」」

 クラスメイト達は顔をひきつらせて、ドン引きしていた。

 ……なぜだ?
 一限目が終わり、休み時間が訪れた。

「「「……」」」

 クラスメイト達から好奇心の視線が飛んでくる。
 しかし、声をかけてくる者はいない。

 どれくらいの期間になるかわからないが、しばらく、俺はアカデミーに通うことになるだろう。
 不都合が起きないように、クラスメイトと友好的な関係を気づいておきたいのだけど……

「……あの」

 声をかけられて振り返ると、ネコネがいた。
 そういえば、すぐ隣の席だった。

 ネコネはまっすぐにこちらを見ると、ややあって、ぺこりと頭を下げた。

「今朝は申しわけありませんでした……」
「うん?」
「私の問題なのに、無関係のあなたを巻き込んでしまうなんて……王族としてだけではなくて、一人の人間として失格です。本当に申しわけありません」

 そこまでしなくても、と思ってしまうくらいネコネは頭を深く下げた。

「そのことについて、別に謝ってもらう必要はない。俺が勝手にしただけだ」
「ですが……」
「そうだな……気にしているというのなら、礼をしてもらいたい」
「はい、もちろんです。なにをすればいいでしょうか? 私にできることであれば、なんでも……」

 真面目な人だな。
 本当に俺が勝手にしただけなので、気にすることなんてないのに。

 王女だから、そういった責務を感じているのだろうか。

 いや。
 身分は関係ないような気がした。
 ネコネ・レガリアという人物だからこそ、と言えるのかもしれない。

「なら、友達になってくれないか?」
「……え?」
「王国に来たばかりで、友達どころか知り合いも一人もいない。打算も混じっているが……君が友達になってくれると嬉しい」
「えっと……そんなことでいいんですか? その……私、一応、王女なんですけど」
「さすがにそれは知っている」
「なら、他にも用意できるものが……お金とか地位とか」
「そんなものよりも、君と友達になりたい」
「……っ……」

 ネコネが赤くなる。
 風邪だろうか?

「それで、どうだろう?」
「は、はい! 私でよければ喜んで」
「よかった。じゃあ、これからよろしく」
「はい、よろしくお願いします。スノーフィールド君」
「よろしく、レガリアさん」

 握手を交わす。

 友達になれば一緒に行動しやすく、護衛もしやすい。
 打算が九割なのだけど……

 でも、残りの一割は、彼女に興味があってのことだった。



――――――――――



「スノーフィールド君」

 昼休み。
 飯をどうするか考えていると、ネコネに声をかけられた。

「お昼、どうするんですか?」
「それを今、考えていたところなんだ」

 弁当なんてものはない。
 アカデミーにある施設でなんとかしようと思っていたが……

「私、いつも学食を利用しているんです。よかったら、一緒に行きませんか?」
「ありがとう。一緒させてもらうよ」

 どうにかしてネコネを誘おうと考えていたので、ちょうどよかった。

 それにしても……
 他に誘う人はいないだろうか?
 俺のことを気にしているのかもしれないが、気にかけすぎて他の友だちを蔑ろにしたら、問題の種となる気がする。

「他に誘う人は?」
「えっと……私、友達がいないので」

 ネコネが寂しそうに苦笑した。

 彼女は美人だ。
 そして、第三王女。
 友達なんて腐るほどできそうなのに……どうしてだろう?

「行きましょう」
「ああ」

 今は疑問を後回しにして、ネコネと一緒に学食へ移動した。

 学食は円形になっていて、三階建てだ。
 全ての生徒、教員がやってきても対応できるように、これだけの広さにしたらしい。

「スノーフィールド君はなにを食べますか? ごちそうしますよ」
「いや、それは悪い。今朝のことなら、あまり気にしないでほしい」
「大丈夫です。お詫びとかではなくて、なんていうか……アカデミーへようこそ、みたいな歓迎の挨拶みたいなものですから」
「なるほど。そういうことなら甘えるとしようか。肉を頼む」
「はい」
「……」
「……え、それだけですか?」

 不思議そうな顔をされてしまった。

「肉であればなんでもいい。多めだと、なお嬉しい」
「ふふ、お肉が好きなんですね」
「よく食べるからな」

 魔法の研究で部屋に一ヶ月閉じこもっていた時、干し肉には世話になったものだ。

「少し待っていてくださいね。代わりに、席を取っておいてもらってもいいですか?」
「了解だ」

 ネコネと別れて席を探す。
 ほどなくして、二人用の席を確保することができた。
 中央のカウンターに近いから、ネコネもすぐに見つけることができるだろう。

「……おい、見ろよ」

 ふと、そんなささやき声が聞こえてきた。
 視線を向けてみると、男子が二人、ネコネの方を見ている。

 敵意はないが、良い感情もない。
 嘲るような笑みを浮かべている。

「……あれが無能王女なんだろう?」
「……姉妹はとても優秀なのに、あの人だけらしいぜ」
「……もったいないな。でも、外見は俺好み」
「……それな。彼女にして、俺好みに調教してやりたいな」
「ボム」
「「うわぁ!?」」

 鬱陶しい会話をしていたので、二人の料理を魔法で爆破してやる。
 怪我はないが、料理が飛び散りひどい有様になっていた。

「おまたせしました。って……あれ? なにかあったんでしょうか?」
「さあ?」

 とぼけつつ、ネコネに奢ってもらったハンバーグ定食を食べることにした。

 それにしても……
 今の連中も今朝の貴族もそうだけど、ネコネに対する雑を超えた態度が気になる。

 ここはアカデミー。
 地位は関係なくて、実力だけが全て。

 だからといって、ネコネは第三王女だ。
 いくら立場を気にしなくてもいいとはいえ、多少は気にするのが人というものだ。

 それなのに、ネコネはまったく敬われていない。
 それどころか嘲笑われている。
 無能と蔑まれている。

 いったい、その理由はなんだろう?
 午前は座学。
 そして、午後は実技だ。
 訓練場へ移動する。

 訓練場はスポーツの競技場と似た構造だった。

 中央に舞台。
 周囲に被害が出ないように、結界らしき塔が設置されている。

 さらにその周りに観客席が並んでいた。
 アカデミーの祭典や競技などがここで行われるらしいから、そのためのものだろう。

「今日は基礎をおさらいするぞ」

 実技担当の教師がそう言うと、クラスメイト達はだるそうな顔になった。

 入学して一ヶ月。
 今更基礎なんて……と、思っているのかもしれない。

 ただ、それは間違いだ。
 全ての物事において基礎は大事だ。

 例えば、スポーツでは体力トレーニングが基礎となるだろう。
 それを疎かにしたら?
 まともに動けなくなって、なにもできない役立たずの選手になってしまう。

 魔法も同じだ。
 基礎を繰り返すことで魔力を増やして、知識を重ねて、閃きを広げていく。

「ファイア」

 教師は指先に小さな火を灯してみせた。
 下級の火属性魔法だ。
 子供でも使うことができると言われている、初心者の中の初心者用魔法だ。

 ただ……

「この状態を最低でも一分は維持できるようにがんばること。わからないこと、疑問、なにかあればすぐに聞くように。では、始め!」

 教師の合図で、クラスメイト達は一斉に「ファイア」と唱えた。
 それぞれ指先に火を宿すけど……

「くっ、ダメだ……!」
「もう限界……」
「あっ、集中が……」

 大半は10秒ほどで魔法が解けてしまう。

 魔法を放つのではなくて、その場に留める。
 実はこれ、かなり難易度が高い。

 常に魔力を放出し続けなければいけない。
 さらに、その場に固定するために高い集中力と演算が必要になる。
 初心者用の魔法だとしても、維持するのはとても大変なことなのだ。

「……」

 クラスメイト達が苦戦する中、ネコネは……なにもしていない。
 魔法を使わないで、じっと指先を見つめている。

 とても真剣な顔だ。
 サボっている様子はない。
 ならばなぜ、魔法を使わないのだろう?

 無能。
 実力が全てのアカデミーで蔑まれている。

「……もしかして」

 とある可能性に思い至り、彼女に声をかける。

「レガリアさん」
「あ、スノーフィールド君……あはは、恥ずかしいところを見られちゃいましたね」
「それじゃあ……」
「はい……私、魔法が使えないんです」

 ……故に、彼女は無能王女と呼ばれていたのだった。



――――――――――



 レガリア王国は魔法の研究が他国よりも大きく進んでいる。
 故に、魔法大国と呼ばれていた。

 アカデミーを設立して、魔法の教育に力を注ぐのは自然な流れ。
 王族も魔法の研鑽を積むのは当たり前のこと。

 しかし……

 ネコネは魔法を使うことができなかった。

 魔力がないわけではない。
 むしろ、測定の結果、ネコネは尋常ではない魔力の持ち主であることが判明した。

 知識がないわけではない。
 彼女は勤勉で、物心付いた時から勉強を重ねていた。

 だが、なぜかネコネは魔法を使うことができない。
 なにをしても。
 どれだけ努力をしても。
 初心者向けの魔法を一回たりとも発動させることができなかった。

 そして……
 いつしか、彼女は無能王女と蔑まれるようになった。



――――――――――



「情けない話ですよね……人々の模範とならなければいけない王族が、まったく魔法を使うことができないんですから……」
「どうやっても?」
「たくさんがんばってきて、たくさん力を貸してもらってきましたが……全部ダメでした」
「なら、どうしてアカデミーに?」
「……諦められませんでした」

 ネコネは泣きそうな顔をして……
 でも涙をこぼすことなく、強い口調で言う。

「ここなら、もしかしたらなんとかなるかもしれない。そう思い、入学を決めました」
「でも……変わらない?」
「……はい」

 ネコネは小さく頷いた。
 ただ、その目は死んでいない。

「今はダメです、なにもできません。それでも……いつか、きっと!」
「そっか」

 その根性、嫌いじゃない。
 魔法に対する情熱も好ましく思う。

「ふむ」
「え? え?」

 ネコネの顔を覗き込むと、彼女は頬を赤くした。

「な、なにを……」
「そのままじっとしててくれ」
「は、はい」

 瞳を覗き込み、ネコネを視る。
 魔力の流れや淀みがないか、診断する。

「うん?」

 ほどなくして違和感を覚えた。

 魔力の流れがおかしい。
 スムーズに流れることはなくて、デタラメな方向に流れていて……
 時折、動きを止めているなどして詰まっている様子だ。

 いったいこれは……

「こら、そこ!」

 教師がこちらを睨みつけてきた。

「のんびりとおしゃべりをしているとは、ずいぶん余裕があるな? 課題をこなすこともできず、一流の魔法使いになれると思っているのか?」
「いいえ、思いません。なので、課題はきちんとこなしています」
「なんだと?」

 怪訝そうな顔をする教師に、俺は頭の上を指差した。

 そこには、小さな火がゆらゆらと浮かんでいる。
 もちろん、俺が生成したものだ。

 それを見て、教師が唖然とした顔に。

「ま、まさか、ずっと使い続けていたのか……? しかも、体から離れた任意の場所に自由に展開をして……? そんなバカな。どれだけの魔力と精度を要求されるか……」
「納得してもらえましたか?」
「う、うむ……そう、だな」

 教師は汗を流しつつ、離れていった。
 納得してもらったようでなによりだ。

「……」

 見ると、ネコネもぽかーんとしていた。

 これくらいは、わりと大したことない。
 練習すれば誰でもできるようになるのだけど……

「……うん」

 ややあって、ネコネはなにかを決意した様子で頷く。

「スノーフィールド君」
「うん?」
「私を……あなたの弟子にしてくれませんか!?」
 放課後。
 俺とネコネは学食でドリンクを買い、その後、中庭へ移動した。

「それで……俺の弟子になりたい、っていうのは?」
「授業の時に話をしましたが、私、どうしても魔法を使うことができなくて……でも、諦めたくはないんです」
「それと俺、どういう関係が?」
「スノーフィールド君の魔法の技術、知識は誰よりも秀でいているように思いました。それこそ、教師よりも」
「……」

 目立つな、と言われていたが、護衛対象に思い切り目立たれていたようだ。

 正体はバレていないようだから、アリか?
 アリだな、よし。

「俺に教われば、魔法を使えるようになる……と?」
「断定はできません。ただ、他の誰よりも可能性があると感じました」

 そう言われると、素直に嬉しい。
 それだけ俺のことを……俺の魔法を評価してくれている、っていうことだからな。

 とはいえ、どうしたものか。
 護衛として一緒にいられる時間は増えるものの、あまり近づきすぎると正体がバレる可能性も高くなる。

「その必要はないよ」

 ふと、第三者の声が割り込んできた。

 振り返ると、ドグと……誰だ?
 もう一人いるのだけど、見覚えがない。

 メガネをかけていて、知的な雰囲気を出している。
 ドグと同じく美青年ではあるが、やや目つきが鋭い。

 制服を着ているところを見ると、同じ学生のようだけど……

「むの……王女の指導なら、フリス先輩がやってくれるからね」
「ふっ」

 フリス先輩とやらは、ニヒルに笑って見せた。

「はじめまして、ネコネ王女。私は、フリス・ホールドハイム。ホールドハイム公爵家の次男です」
「あなたがホールドハイム家の……」

 面識はなくても知識はあるらしく、ネコネが驚いた顔をしていた。
 相手が公爵家なら、名前を聞いていたとしても不思議ではないか。

「かわいい後輩のドグ君から話を聞きましてね。なんでも、ネコネ王女が平民のつまらない小細工に騙されそうになっている……と」
「小細工?」
「インチキをしてドグ君との決闘から勝利を盗み取り、ネコネ王女に取り入ろうとしている輩がいるらしい……そう、君のことですよ。ジーク・スノーフィールド」
「俺?」

 思わぬところで俺に話が飛んできた。

 こちらの困惑を知らず、フリスは強い口調で俺を非難する。

「私はその場にいなかったけれど、大体のことは予想できますよ。スノーフィールド、君は助っ人を頼んでいたのでしょう。そして、自分が戦うフリをして、その助っ人に魔法を使わせていた。決闘を挑んでおきながら、己の力で戦わず、他人を頼りにする……なんていう卑劣な男なのか!」
「待ってください! 私はスノーフィールド君が戦うところを見ていましたが、そのようなことをしているようには……」
「ネコネ王女、かわいそうに……すっかりその男に騙されてしまったみたいですね。ですが、考えてください。たかが平民が、貴族である……伯爵家のドグ君に敵うわけがないでしょう? 世の真理です。それを覆したというのなら、助っ人がいると考えるのが一番自然なことなのですよ」
「……」

 ネコネは、反論できず口を閉じてしまう……なんてことはない。
 極論と圧倒的な平民差別に呆れ果てているらしく、かける言葉が見つからない様子だ。

 貴族には平民差別意識が広がっているらしいが……
 ネコネは、王女でありながらまともな感覚を持っているようだ。

「ネコネ王女が、このまま卑劣漢に騙されるところを見過ごすことはできません。故に、私がそこの卑劣漢を排除しましょう。そして、魔法を学びたいのなら私が教えてさしあげましょう」
「よかったね。フリス先輩に指導してもらえるなんて、とても光栄なことだよ。あなたが羨ましい」
「あの……勝手に話を決めないでください」

 ネコネは不愉快さを隠そうとせず、二人に厳しい目を向けた。

「あなた達の話はなに一つ賛同できません。それに、ホールドハイム先輩に教えていただきたいのではなくて、私は、スノーフィールド君から学びたいんです」
「やれやれ……そこまでこの男に騙されているとは。ならば私が、あなたを再教育してあげましょう」
「いたっ」

 フリスはネコネの手を掴んで、そのまま抱き寄せようとして……

「待て」

 それ以上は、ネコネの護衛として見過ごせない。
 間に割って入り、ネコネを引き離す。

「彼女に乱暴をするな」
「……スノーフィールド君……」

 ネコネを背中にかばう。
 どんな顔をしているかわからないが、声を聞く限り嫌がられてはいないようだ。

「ちっ、また君か……また僕の邪魔をするというのか」
「ドグ君から聞いていたが、それを上回る愚か者のようですね。これは教育が必要なようだ」

 フリスがこちらを睨みつけてきた。
 次いで、身につけていた手袋をこちらに投げつけてくる。

「君に決闘を挑みましょう」

 一つ一つの仕草が芝居がかっている。
 ただ、本人はそれがかっこいいと思っているらしく、そのまま続ける。

「ネコネ王女の目を覚ますため、ドグ君の名誉を守るため。そしてなによりも……私自身、君のような卑劣漢は許せません」

 勝手に盛り上がっているようだけど、決闘は互いの同意があって成立する。
 俺に決闘を受けるメリットはないのだけど……

 とはいえ、今後もこの調子で絡まれるのは面倒だ。
 それに、ネコネと引き離されても困る。

「わかった、受けよう」
「ほう、逃げませんでしたか。それくらいの気概はあるようですね」
「すぐやるのか?」
「いいえ。ふさわしい舞台を整えるので、少し待っていただきます。ただ、勝者の権利は、今ここで決めておきましょうか。私が勝利した場合……まあ、勝利以外の未来はないのですが……君は、アカデミーを去ってもらいます。君がネコネ王女の近くにいたら、悪影響しかない」
「なっ、そのようなことを勝手に……スノーフィールド君?」

 勝手なことを言うなと、ネコネがフリスを睨みつけるが、俺はそれを手で制止した。

「なら、俺が勝った時は、レガリアさんの隣に俺がいることを認めてもらおうか」
「え?」
「彼女にふさわしいのは俺だ、とな」
「ふぇ……!?」

 なぜかネコネが赤くなる。

「大きく出ましたね」
「事実だからな。そして、それを証明するだけだ」
「いいでしょう……では、これで決闘は成立ですね。後々で約束を違えられても困るので、書面を用意しても?」
「もちろん。俺の要求もしっかりと書いてくれ」
「わかりました。では、また後ほど」
「ざまあみろ、君の未来はもう終わりだよ」

 フリスは不敵に笑い、そして、ドグは嫌な笑みを浮かべて立ち去る。

「スノーフィールド君!」

 二人が消えたところで、ネコネが大きな声をあげる。

「どうして、あんなことを……!!!」
「なんで怒っているんだ?」
「だって、もしも負けたらスノーフィールド君は……」
「大丈夫だ」
「ふぁ」

 不安そうにするネコネの頭を撫でた。
 ついつい反射的にやってしまったものの、嫌がられてはいないみたいだ。

「俺は勝つ。そして、レガリアさんの隣にいる」
「え? え? そ、それは……ど、どういう……」
「レガリアさんは、俺のことを信じられないか? 俺の魔法を信じられないか?」
「……あ……」

 ネコネは小さくつぶやいて……
 それから、まっすぐにこちらを見つめる。

「信じます。私は、誰よりもスノーフィールド君のことを信じています」
「なら、見ていてくれ」

 そう言って、俺はネコネに笑いかけた。

「た、ただ、その……気軽に女の子に触ったらいけないと思います」
「ん? ダメなのか?」
「そ、そうですよ」
「ふむ、そうなのか。ありがとう、一つ、勉強になった」
「……スノーフィールド君はおかしな人ですね」

 ネコネは小さく笑う。
 その笑みは太陽のように優しく明るいものだった。
 三日後。
 休日に決闘が行われることになった。

 訓練場のリングでフリスと対峙するのだけど……

「フリス君、がんばってー! アカデミー最強の実力を見せて!」
「相手はインチキ野郎なんですよね? そんなヤツ、ぶっとばしてください!」
「いけ、フリス! 格の違いってものを見せつけてやれ!」

 観客席は大量の生徒で埋まっていた。
 声援を浴びて、フリスが満足そうな笑みを浮かべている。

 どうやら彼が呼んだらしい。
 インチキができないよう、言い逃れができないよう……というところか?

「あいつ、この前、ドグと決闘をしたヤツだよな……? あの時、とんでもない魔法を使っていたけど……」
「フリス先輩やドグ君はインチキだ、って言っているぜ?」
「まあ……そうだよな。普通に考えて、あんな魔法を使えるわけがないし……」
「お前、どっちに賭ける? 俺はフリス先輩だけど」
「それ一択だろ。賭けになるのか、これ?」
「大穴狙いもいるんじゃないか」

 俺の勝利を予想している人は誰もいない。

「スノーフィールド君、がんばってください!」

 訂正。
 一人、いた。

 ネコネだけは、実直に俺のことを信じてくれている。
 誰も彼も俺の負けを予想する中、俺の勝ちは絶対と言ってくれている。

「……悪くないな」

 俺は、俺のことしか考えてこなかった。
 他人と接することはなかった。

 ただ、今、こうして信頼を向けられている。
 それは、決して悪いことではなくて、どこか心地いいと感じることができた。

「さて……戦う前に、改めてルールなどを確認しておきましょうか」

 フリスが観客全体に聞こえるような大きな声で言う。

「まずは決闘のルールですが、これは単純です。魔法で戦い、相手を戦闘不能。あるいは戦意喪失をさせたところで終わり。その他、特に制限はないですが、もちろん他者の力を借りるなどの違反は認められませんよ?」
「わかっている」
「本当にわかっているのならいいのですが……まあ、いいでしょう。このように、ルールはアカデミーが提供しているものに遵守しています。なにか質問は?」
「ない」
「では、次に勝者の権利ですが……私が勝った場合は、君はアカデミーを去ってもらう。君が勝った場合は、君とネコネ王女の関係に口を出すことはしない。それでいいですか?」
「それも問題ない」
「結構です。では……」

 フリスが横に視線をやる。
 すると、ドグがリングに上がってきた。

「審判はドグ君に務めてもらいましょう」
「なっ……どういうことですか!? 私は、そのようなことは聞いていません!」

 話を聞いていたネコネがくいかかる。
 不正が行われるのではないか、と懸念しているのだろう。

「大丈夫だ、レガリアさん」
「スノーフィールド君……?」
「どんな条件だろうが、俺が勝つ」
「……はい!」

 これは、ある意味で宣戦布告だ。
 お前達を叩き潰すぞ、という挑発でもある。

「……ドグ君、開始の合図を頼めるかな?」
「……ええ、もちろん」

 二人の雰囲気が険悪なものに変わる。
 俺に対して、ハッキリとした強い敵意を持った様子だ。

「両者、準備は?」

 ドグの問いかけに、俺とフリスは無言で頷いた。

「では……始め!」
「ファイアランス!」

 開始の合図と同時に、フリスは魔法を放つ。
 それを見たネコネが驚きの表情に。

「なっ……!? 試合開始直後に魔法を唱えるなんて、そのようなことは不可能に……もしかして、遅延魔法!?」

 遅延魔法というのは、あらかじめ魔法を構築して、しかし発動せずにストックしておくことだ。
 ストックしておくことで、任意のタイミングで、詠唱を必要とせず瞬間的に発動することができる。

 それなりの技術と知識が必要で、誰にでも使えるものではない。

「プロテクトウォール」

 このような展開はあると考えていたため、冷静に魔法を唱えて防いだ。

「決闘の前に遅延魔法を使うなんて……」
「遅延魔法? 言いがかりはよしてください。これは、私の実力ですよ」
「そのような速度で魔法を詠唱することは不可能です……!」
「レガリアさん、大丈夫だ」
「スノーフィールド君?」

 フリスをかばうような発言をしたことで、ネコネは困惑顔に。

「遅延魔法を使ったかどうか、実証することはかなり難しい。今、なにを言っても無駄だ」
「それは……ですが……」
「それに、本当に使っていない可能性もある」
「しかし、瞬間的に魔法を使うなんてこと、どうやっても不可能で……」
「いや、可能だ」
「え?」

 実践することにした。

「ファイアランス」
「「「なっ!?」」」

 それは、誰の驚きの声だっただろう?

 秒未満で魔法を発動させたことで、フリスやネコネやドグ、その他の生徒達がありえないというような顔になる。

 フリスは動揺した様子を見せつつも、跳躍することで炎の槍を避けた。
 元々、瞬間的に魔法を使えるという実践をしただけで、狙いは適当だ。
 避けられて当たり前と言える。

「貴様……! 遅延魔法を使うとは卑怯な!!!」

 フリスが烈火のごとく怒り出した。

「遅延魔法は使っていない」
「バカを言うな! 今の詠唱速度、遅延魔法以外には不可能ですよ。審判、彼は不正をしている……そうですね?」
「いや、しかし……」
「どうしたのですか? 彼は遅延魔法を使った。そうでしょう?」
「ですが、その……ヤツはさきほど、プロテクトウォールを使いました。そうなると、遅延魔法を使うことは……」
「……あ……」

 遅延魔法の弱点は、魔法をストックした状態で新しい詠唱ができない、という点だ。
 ストックした魔法を放つか、あるいは破棄しなければ新しい魔法を唱えることはできない。

 俺はプロテクトウォールを使っていたため、遅延魔法を使っていた、という疑念は回避できる。

「バカな……では、今のは……?」
「単なる詠唱だ」

 より詳細に言うと、高速詠唱という技術だ。
 詠唱なしで即座に発動することができる。
 以前、戦った盗賊が使っていたな。

 消費魔力が倍増するとか回数に限りがあるとか、そういう欠点はない。
 強いて挙げるのなら、初級魔法しか使えないところが欠点だろうか?

 それも、いずれ改良するつもりだが。

 わりと簡単な技術だと思っていたのだけど……
 どうも、その認識は間違っていたらしい。
 あの盗賊が言っていたように、そうそう簡単に使うことはできないようだ。

「ふざけるな! そのような幼稚な言い訳が通じると思っているのですか!?」
「なら、最初に別の魔法を使ったことは?」
「ぐっ……そ、それは……」
「それでも納得できないのなら、俺を失格にするか? 自分には理解できないことをしてはいけない……と」

 わかりやすい挑発だな、と自分で言っておいて少し呆れてしまう。

 ただ、フリスのような輩は城内にたくさんいた。
 だから……

「いいでしょう……君のくだらない策を正面から受け止めて、それでいて突破してみせましょう。そうすることで、己がいかに弱く愚かな存在か自覚させてあげますよ」

 挑発に乗ってくれたようでなにより。

 さて。
 ここからが本番だ。
「いきますよっ、ストームバイド!」

 フリスは意気込みつつ、風系の中級魔法を放つ。
 威力、速度、なかなかのものだ。
 学年主席が尊敬する先輩というだけのことはある。

「プロテクトウォール」

 高速詠唱で魔法を起動。
 フリスの魔法を防いだ。

「くっ、またインチキを……!」
「これをインチキというのなら、種を見破ってほしいな。見破れないのなら、ただの負け犬の遠吠えだ」
「貴様っ、この私を愚弄するか!!!」

 わかりやすく激高してくれた。

 戦いにおいて、もっとも大事なのは冷静になることだ。
 頭に血が上っていたらまともな分析ができず、自然と不利な状況に追い込まれてしまう。

 フリスはそのことを理解していないらしく、闇雲に魔法を連打する。

「グランドダッシャー!」
「アイシクルフラグメント!」
「プラズマストライク!」

 土属性、水属性、雷属性。
 それぞれの中級魔法を連続で叩き込んできた。

「プロテクトウォール」

 次々と魔法が押し寄せてくるが、それらは全て防御魔法で防いだ。

 各種属性の中級魔法を使うなんて、なかなか器用なヤツではあるが……
 肝心の魔力が足りていない。
 その威力は一般の範囲内から抜き出ることはなくて、簡単に防ぐことができる。

「バカな!? この私の魔法が平民ごときに……」

 フリスは必殺の一撃のつもりだったらしく、防がれたことに驚きを覚えているようだ。

「審判!」
「あっ……は、はい!」

 フリスが声をかけると、ドグは慌てて頷いて……
 ニヤリと笑い、その嫌な笑みをこちらに向ける。

「ジーク・スノーフィルード。君は、神聖な決闘のルールを犯したな?」
「なんのことだ?」
「君のような卑しい平民が、フリス先輩の攻撃を防ぐことはできない。そのようなことは不可能だ。ならば、インチキをしたと考えるのが妥当だ」
「暴論です!」

 ネコネが異議を唱えるものの、ドグは聞こえないフリをして話を続ける。

「決闘の継続は認めるが、ペナルティは受けてもらう。今後、君は初級魔法以外を使ってはいけない」
「……防御魔法もか?」
「そうだ。これに反した場合、即座に失格とする」

 フリスとドグは、とても楽しそうな顔をした。
 これが連中の切り札なのだろう。

「そんな……あまりにも横暴です! そのようなこと、絶対に認められません!!!」

 ネコネは声を強くして、フリスとドグこそが不正を働いていると訴えた。
 そんな彼女の様子に、観戦する生徒達にも戸惑いが広がる。

「無茶苦茶なことをしているけど……でも、インチキなのか、あれ?」
「普通に魔法を使っているようにしか見えないけど……最初の決闘の話、もしかして本当のことじゃあ?」
「さすがに、やりすぎよ……これ、どうなっちゃうの?」

 動揺が広がるものの、

「ふん……従えないというのなら、決闘はここまでです。私の勝ちですね」

 フリスは、そんなものはどうでもいいと、結果のみを追い求めていた。

「さあ、どうしますか?」
「わかった、受け入れよう」
「スノーフィールド君!?」
「大丈夫だ、レガリアさん」

 ネコネの方を見て、小さく笑う。

「俺が勝つ」
「……はいっ!」

 とことん俺を信じる。
 そんな気持ちになってくれたみたいで、ネコネは強く頷いた。

「その余裕、気に入らないですね……すぐに恐怖と絶望でいっぱいにしてあげましょう! フレアデトネーション! グランドダッシャー!」
「「「多重詠唱!?」」」

 フリスが二つの魔法を同時に使い、観客達がざわついた。

 多重詠唱。
 名前の通り、異なる魔法を同時に使う技術だ。
 習得難易度は高く、城に務める魔法使いでも限られた者しか使うことができない。

 なるほど。
 これがフリスの本当の切り札か。

「はははっ、どうですか!? 同時に二つの魔法を受けることは不可能! ましてや、君は今、初級魔法しか使うことができない。防ぐことも逃げることも無理! 無理無理無理! さあ、倒れなさい!!!」
「ディスペル」

 二つの魔法を消した。

「………………は?」

 フリスが呆然とした。
 その様子はドグとそっくりで、さすが先輩後輩と妙な感心をしてしまう。

「貴様……今、なにをしたのですか?」
「魔法を消しただけだ」
「ば、バカな……そのようなことはありえない。ありえませんよ……!?」
「そこの後輩から聞いていなかったのか?」
「聞いていましたが、だからといって信じられるわけがないでしょう!? そのような超高等技術、平民風情に使えるはずが……!!!」

 フリスは大混乱だ。
 事前に情報を手に入れておきながら、それを有用に活かすことができないとは……さすがに呆れてしまう。

「お、おい、待て!」

 ドグが声を荒げた。

「貴様は、初級魔法以外使ってはいけないと言っただろう!?」
「ディスペルはどのランクにも分類されていない。故に、初級として扱うことも……」
「ダメだダメだ! きちんと分類されている初級魔法以外はダメだ!!!」
「……わかった」

 やや横暴な話ではあるが、審判の言うことなので素直に従うことにした。

 ただ……

「なあ……なんか、あれだよな」
「ああ。さすがに興ざめするっていうか……ここまでするか、普通?」
「かっこわる……」

 最初は盛り上がっていた観客達も、フリスとドグがやりすぎつつあるため、冷めてきているみたいだ。
 フリスはそんな観客達を睨み、次いでこちらを睨む。

「いいさ、すぐに思い知らせてあげましょう。本当に正しいのは誰か、ということを!」

 フリスは魔法陣を構築した。
 ドグのものよりも精密で、そして遥かに巨大だ。

 それを見た観客達がざわついた。

「お、おい、なんだよあれ……!?」
「あんな巨大な魔法陣、見たことがない!」
「いったい、どれだけの威力が……この訓練場を吹き飛ばせるんじゃない!?」
「はははははっ! そう、これが私の力ですよ! これこそが高貴なる血が為せる技っ、さあ、裁きを受けるがいい! アストラルブラストぉオオオオオっっっ!!!!!」

 ドグの時よりも遥かに巨大で強烈な光が生み出された。

 いや、光という生易しい表現ではない。
 破壊の嵐だ。
 触れるものを全て粉砕して、それでもなお止まらないだろう。

 そんな圧倒的な力に対して、俺は……

「……」

 ぼそりと、とある魔法を唱えた。

 小さな火が生まれた。
 それはすぐに炎に成長して、さらに火炎となる。
 そして獄炎になって……

 ゴッ……ガァアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!

「なぁ!!!?」

 フリスが放つ光を飲み込み、相殺してみせた。
 世界を染めるほどに膨れ上がっていた光は、もうない。
 後に残るのは、魔力の余波でビリビリと震える大気だけだ。

「ば、バカな……私の魔法が破られた、だと……? しかも、今のは火属性上級魔法のインフェルノ……たかが平民が上級魔法を使うなんて、そんなバカな……」
「違う」
「な、なに……?」
「今のは、インフェルノじゃない……ただのファイアだ」
「なぁっ!!!?」

 言い放つと、フリスが絶句した。

 ややあって、ニヤリと笑う。

「は、ハッタリか……そうだ、ハッタリに決まっている。そのようなもので私の心を揺さぶり、勝利を得ようとするとは……これだから平民は、姑息でずる賢い」
「そして……」

 フリスの言葉は無視して、俺は魔力を練る。

 魔力収束。
 構造式構築。
 術式展開。

「これが、俺のインフェルのだ」

 右手に生じた炎は一気に巨大化して、圧縮されて、さらに巨大化して……
 そして、一本の巨大な炎の剣が作り上げられた。

 巨人が持つような、巨大な炎の大剣。
 刀身は赤く、紅く……
 灼熱が迸り、炎があふれている。

 改良に改良を重ねた結果、俺の火属性上級魔法は、まったく別のものになった。
 そう。
 名付けるのなら……

「これが俺のインフェルノ……レーヴァテインだ」

 神剣の名を冠した魔法を放つ。

 全てを断ち切り。
 全てを灰燼に帰して。
 無を作る。

「や、やめっ……!!!?」
「っと、まずい」

 慌てて魔法を消した。
 初級魔法以外、使ってはいけないのだった。

「攻撃はしていないから、まだセーフだな? よし。では続きを……」
「助けてくれぇっ!!!」

 なぜかフリスが逃げ出した。

 呆気に取られる俺。
 同じく呆気に取られる観客達。

 よくわからないけど、俺の勝利が確定したようだ。