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『お、お会計が1380円でございます?』

 リヴはハンバーガーショップにやって来るなり、笑顔の店員に向かって高難易度の呪文を詠唱した。
 正確には息継ぎも無く、ハンバーガーやらポテトやらを注文しただけなのだがあまりの迫力に恐怖すら感じた。
 その証拠に店員さんの語尾にクエスチョンマークが浮かんでいた。

「リヴ、お金は?」

「直斗の命を2度も救ったのはどこの誰かなー?」

 えっへん、と胸を張るリヴ。

「別にオレは助けて欲しいだなんて頼んでないんだけど」

「あれれー、そんなこと言っていいのかなー?」

「もういい分かった。オレが払うよ」

 オレたちの後ろに他のお客さんが並び始めた為、渋々折れることにした。
 商品を受け取り、店内の角席に腰掛ける。
 ぼっち生活を続けていると、自然と端っこの目立たない席を選んでしまう。

「いっただきまーす!」

 行儀良く手を合わせ、美味しそうにハンバーガーにかぶりつくリヴ。
 よっぽどお腹が空いていたんだな。

「見てるだけだと暇でしょ? 特別に私のポテトを恵んであげよう」

 リヴがトレーの上にポテトを広げた。

「ありがとう。でもそれはオレの金で買ったポテトだけどな」

「もう、細かいことをいちいち気にしてたらモテないよ」

 手についたポテトの塩をペロリと舐めるリヴの仕草になぜかドキッとしてしまった。
 言っていることはめちゃくちゃだが、リヴは表情が豊かで人を惹きつける魅力がある。

「そういえばシロの姿のときは猫缶を食べてたけど、ハンバーガーも食べられるんだな」

「この星の食べ物は私にとってどれもご馳走みたいなものだからね。猫缶もハンバーガーも大好物だよ」

「そうなのか。んっ? 今この星のって言ったか?」

 妙な言い回しに引っ掛かりを覚えた。

「さて直斗、お腹も満たされたことですし、そろそろ真面目な話をしましょうか」

 リヴの口調が変わり、纏っている雰囲気まで引き締まった。
 周囲から音が消え、店内が静寂に包まれる。

「って嘘だろ……」

 店内のオレとリヴ以外の全ての動きが静止していた。
 笑顔で注文を取っていた店員も、オレたちの後に並んでいた客もそれぞれが石のように固まってびくとも動かない。

「私と直斗以外の店内の時間を一時的に止めました。外部に情報が漏れては色々とまずいので」

「オレはその外部に含まれないのか?」

「直斗は特別です」

 リヴの青い双眸がキラリと輝いた。
 オレには特別と言われる心当たりが無いのだが。
 リヴは膝の上に手を置いて背筋を伸ばすと、ゆっくりと自身について話し出した。

「私が生まれた星はここから遥か遠い場所にある小さな星です。名前は『ニンファー』。私の先祖に当たる初代星王が水面に浮かぶ一輪の睡蓮の花を見てその名を付けたそうです」

「もう今更何を言われても驚かないつもりだったけど、流石に突っ込まずにいられないわ。リヴの先祖がニンファー星の王様だったってこと?」

 というかニンファー星ってどこだ?

「ええ。そして、私は第27代ニンファー星王女として1年前まで星を治めていました」

「リヴが王女様!?」

 慌てて口を押さえたが、リヴの能力で周りの時間が止まっているため、その必要はなかった。

「1年前までってことは今は別の人がニンファー星の王様を?」

「いいえ、ニンファー星は滅びました」

「星が滅びた?」

「至る所で砂漠化が進み、食糧不足に陥っていた星をなんとか立て直そうと星の有識者が集まって今後の方針を固めようとしていたその時、ニンファーに巨大な隕石が衝突することが判明しました」

 隕石の衝突によってニンファー星は消滅。
 それが1年前の出来事。
 しかし、まだわからないこともある。
 星が消滅したにも関わらずリヴはこうして生きている。

「ニンファー星の人間には特殊な能力を授かって生まれてくる場合があります。中でも王族は代々強力な力を授かることが多く、私の場合は時間を自由に操ることができる能力を持って生まれました」

「時間を止めたこれか」

 店内の人間の動きを止めた力。
 それにタイムリープ=時間を巻き戻す力もリヴの能力とみて間違いないだろう。

「私は民を救うため、隕石が衝突する直前に時間を止める能力を使いました。そして、側近の1人であるバベルの瞬間移動の能力で宇宙空間を彷徨った末、この星に辿り着いたというわけです」

「バベル?」

「店の外にいるあの黒猫がバベルです」

 リヴが指さした先を目で追いかけると、店の外を黒猫が呑気に歩いていた。

「バベル!」

 リヴがバベルに向かって手招きするとバベルは黒猫から20代くらいの好青年の姿に変身して駆け寄ってきた。

「お呼びでしょうかリヴ様」

「一応、直斗に紹介をと思ってね」

「そういうことでしたか。リヴ様の護衛を担当しているバベルと申します。以後お見知り置きを」

 バベルが深々と頭を下げた。

「川端直斗です。よろしくお願いします」

 バベルの対応を見てもリヴが本物の王女様であるということが伝わってくる。
 別の星から地球に移住してきたリヴとバベル。他にもニンファー星の人間が移り住んできているのかもしれない。
 全く凄い話になったものだ。

「リヴが地球に来るまでの大体の流れは分かった。それで色々聞きたいことがある——」

 リヴが突然頭を押さえて目を閉じた。

「リヴ様、また聞こえたんですか?」

「ええ。バベル、今から私が言う方角に飛べますか?」

「もちろんです」

 バベルが頷きながらリヴの左手を掴んだ。

「南に3キロ! 直斗、話の続きですしあなたも来て下さい」

「来て下さいって、どこに?」

「時間がない。リヴ様が来いと言ったら黙って頷け」

 バベルに右手を掴まれた。

「そんな無茶苦茶な」

「舌を噛むかもしれないから口だけは閉じておけよ。行くぞ、転移!」

 次の瞬間、オレたちは何の装備も無いまま空高くに放り出されていた。
 オレは思った。あっ、これ死ぬやつだ。