()てられた部屋で、(ダー)(ク・)(ブロ)(ンド)で青い瞳の、眼鏡(メガネ)がとってもよく似合う可愛らしい修道女(シスター)のコーデリアさんと茶飲み話しに花を咲かせ、そして何度も闖入(ちんにゅう)しようとして叩き出される司祭なヒヒジジイにいい加減にウンザリしたシェリーは、(つい)にというかなんというか、止せば良いのにその話しを聞いてしまっていた。

「聖女に選ばれるのは大変な栄誉である!」
「知らないわよそんなこと。そもそも栄誉かどうかなんてアンタが決めることじゃないでしょうが。少なくとも私はそんな称号(モン)を栄誉だなんて思わない。ぶっちゃけ要らないし邪魔」
「なんと不敬な! 聖女とは成りたくて成れるものではないのだ! その神より与えられた力を世のため人のために生かすのは、力を持つ者の責務なのだぞ!」
「勝手に責務にしないでよ莫迦じゃないの。それにこの力は神とかいう漠然とした、言ったモン勝ちみたいな不確定要素の(かたまり)に与えられたわけでもなんでもなくて、私個人の研鑽と努力で勝ち取ったものよ。それを全否定するような奴の言い分なんが、これっぽっちも聞いてやる価値もないし義理もないわ」
「なにを言うか! 人は生まれながらにして役割が決まっているのだ! それが神が与え(たもう)た責務であり、義務なのだ! 義務を果たすのは神の御子たる我らの使命であるのだぞ!」
「そっちこそなにを言っているのよ。聞くに耐えない自分美学なんか、よくもまー恥ずかしげもなく披露出来るわねみっともない。役割とか責務、義務って言えば全ての人が納得するとでも思っているのかしら。それを言うなら、紛争で殺される罪のない一般人の役割ってなに? そしてそうやって殺す側の役割は? アンタの主観じゃなくてハッキリ判るように説明してみなさいよ」
「それは神のみぞ知ることである! 神は我らの考えも及ばない存在であるのだ!」
「都合が悪くなったからって『神』とやらに逃げるんじゃないわよ。『神』って名称を便利に使って言い(くる)めようとしたって無駄だからね」
「神を侮辱するか! いくら聖女といえど不敬にも限度があるぞ!」
「侮辱してないわよ何言ってるのよ。アンタがあまりに神とやらの理解が足りていないからそれを指摘しているだけ。それが気に入らないなら理路整然といままでの(くだり)を私が納得するように説明してみなさいよ」
「それを考えるのも人に与えられた責務である! 神の考えを理解することこそが、我らに与えられた使命なのである!」
「あれあれ~? さっき『神は我らの考えも及ばない存在であるのだ~』とか言っていなかった~? 及ばないのにどーやって理解するのかなー」
「それは、それこそ試練なのだ!」
「はいダウト。まー見事に語るに落ちたわね。アンタら宗教関係者は役割、責務、義務、そして試練っていう単語が大好物でそれ言えば皆が納得するって思い込んでる節があるみたいだけど、ちゃんとそういう話しにはオチをつけないと心に一切響かないわよ。特にアンタの言葉は薄っぺらくて響かない。そんな調子で延々と演説されたって眠くなるだけだもの。もう良いでしょ。お帰りは彼方(あちら)
「なんという傲慢な! その態度は不敬である! 親の顔が見てみたいわ!」
「あら残念。私の()()()()両親ならもういないわよ。まぁクズな親父(ロクデナシ)は何処かにいるかも知れないけれど、会いたくもないし視界の隅にすら入れたくないわ。知ってる? 子供ってね、常に親を観察していて評価しているのよ。アンタはどういう風に評価されているのかな~?」
「我は神を信仰し、成人と共に世俗から離れて生涯を神に捧げると出家した身! よってそのような者はいない!」
「なんだ、成人して並の生活を送るのが辛いからって『神』とやらに逃げたヤツか。下らない。ああ、でも前もって言っておくけど、私は別に聖職者を(おとし)めてるつもりはないわ。本当の意味で情熱を持って神に支えている人もいるしね。確実にアンタじゃあないって判るけど」
「神ばかりではなく我まで(けな)すか! 不敬もここに極まれ――」
「待ってよただの莫迦。それ言葉がおかしい。なんで神がアンタより下みたいに言われなくちゃならないのよ。アンタの方が不敬でしょ。それに私は確かに神を漠然とした不確定要素の塊だって言ったしそう思っているけれど、これでもその存在は信じているのよ」
「神を信仰しているのなら尚のこと! その力を信仰のために使うのがあるべき道であろう!」
「『信じている』はイコールで『信仰』じゃないわ。あとアンタの言い分が『人々の為』から『信仰の為』に変わってるわよ。語るに落ちるが止まらないわね」
「だがお前は神を信じてると言った! それは神の慈悲を受ける信仰と同義である!」
「違うよ」

 自分の言い分をあくまで通そうとしている司祭なヒヒジジイ―― ズビシェク・アベスカへと最高の笑顔を見せ、そして――

「その方が、面白いから」

 極論として、シェリーは「神」という存在を「あったら面白い娯楽的(エンターテイメント)な何か」としてしか捉えていなかったりする。

「不敬にも限度があるぞ! 神の存在を面白いから認めるなどとはあってはならぬ! 今すぐ我に謝罪しろ!」
「はぁ? なんでアンタに謝らなくちゃいけないのよ。幾重(いくえ)にも重ねて言うけど莫迦じゃないの。というか神の代理気取りのアンタが神に謝罪しなさいよ鬱陶しい」
「黙って紳士的に言っておれば図に乗りおって! こうなれば我が神罰を下してやろう!」

 あー言えばこー言うシェリーに業を煮やし、そんなことを口走る司祭様(ヒヒジジイ)であった。
 だがシェリーにしてみれば、そうしているのはヒヒジジイの方であり、そして大の男が小娘相手にあーだこーだ言うのもどうかと思っていたりする。

 というか見苦しいし鬱陶しい。

 それに客観的に見てもどう考えても、明らかにシェリーがイチャモンをつけられているだけである。

 そんな不毛な言葉の応酬を黙って()()()()(ダー)(ク・)(ブロ)(ンド)で青い瞳の、眼鏡(メガネ)がとってもよく似合う可愛らしい修道女(シスター)のコーデリアさんは、隠そうとすらせず露骨に呆れた溜息を吐く。
 上司がそんなみっともなく意味不明に、しかも成人したての少女相手に(わめ)き散らす(さま)を目の当たりにすれば、当り前にそういう反応になるであろう。

 だが逆上している司祭なヒヒジジイは、そんなコーデリアの反応に気付かない。
 更にあろうことか、テーブルに着いて優雅なティータイムをしているシェリーへと、テーブル越しに掴み掛かろうとする。

 それを冷めた表情で眺め、だがすぐに立ち上がるとカップとソーサー、ティーポット、ケーキスタンドを真上に放り投げ、テーブルを退()かしながら、

「〝寸勁(すんけい)〟」

 豹拳(ひょうけん)をポニョポニョしているヒヒジジイの腹に当て、それをそのまま突き出し(ほう)(けん)へと移行させ、衝撃を爆発させる。

 非力な少女なら力に訴えれば黙らせられるとでも思っていたらしい司祭なヒヒジジイは、予想を超える反撃にあってそのまま吹き飛び、いつのまにか移動しているコーデリアが開けたドアの先へと消えて行った。

 残念ながら、一見(いっけん)すると華奢(きゃしゃ)可憐(かれん)に見えちゃうシェリーは、その見た目を完全に裏切る実力を持っている。

 離れれば魔法が飛び、接近すれば打撃が飛ぶという、どんな戦略兵器だとツッコミを入れられるであろう実力者だ。

 もっとも得意なのはあくまで魔法であり、師匠であるエイリーンが言うには、

「〝浸透勁(しんとうけい)〟を修めるまではまだ半人前」

 だ、そうである。

寸勁(すんけい)〟も充分に秘伝や奥義に類する技術なのであるのだが。

「神罰を与えるとか烏滸(おこ)がましいヒヒジジイには当然の報いよね」

 放り投げた色々を、中身を一切零さず受け取りテーブルに戻し、ドヤ顔でそんなことを言う。
 そしてそうしつつコーデリアをチラ見しているのだが、それになにかを言うといった突っ込みスキルを持ち合わせていない彼女は、ちょっと困った顔で首を傾げるだけであった。

 純朴なディリィにそれを求めちゃいけないわよねうん。

 そう独白して自分を納得させるシェリー。瞬間的にセンチメンタルになっちゃったようだ。

 その後、意識を取り戻した司祭なヒヒジジイ――ズビシェク・アベスカが、ぶっ飛ばされて廊下に放り出された前後の記憶がスッポリ抜け落ちたのか、退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ! 司祭に逃走はないのだー! と言わんばかりに、いい加減に諦めるか交代すれば良いのに懲りずに突撃を繰り返し、その(たび)に圧迫面接のような押し問答と脅迫と迎撃を繰り返す事態となった。

 第三者として見物している分には面白い見世物ではあるのだろうが、当事者で被害者なシェリーにとっては堪ったものではない。
 出来れば退いて欲しいしその行動を省みても欲しい。媚びるのはキモいではなく気持ち悪いから断固断るが。

 そんな寸劇を数えるのも嫌なくらい繰り返し、ヒヒジジイの鬱陶しい行動と自分のお人好し加減に嫌気がさしたシェリーは、

「〝施錠(セリュール)〟」
「おお!? 開かない!? 神の代弁者であるワシを入れないとはなんたる不敬! だがこんなこともあろうかとマスターキーを持っているのだ! その()()()()()な行動などお見通しで……んお、キーが回らん! どんな小細工をしたのだ不敬であるぞこ――」
「〝静寂(シランス)〟」

 ドアを魔法で閉鎖し、そしてその向こうで大騒ぎしているバカ……じゃなくてズビシェク・アベスカ司祭の騒音を打ち消した。

 そうしてやっと静寂が訪れ、そして数分後にシェリーとコーデリアは互いに溜息を吐く。

「ねえディリィ。ここの司祭ってみんなあんななの?」
「いいえ。いっそそうなのならば諦めもつくのですが、残念ながら他の司祭様はまともです。アベスカ()()()が特殊で、ずっとあんなです」
「……そう……」
「……ええ……」
「てか、アレで司祭長なの? 本当に?」
「……ええ……」
「なんというか、大変なのね貴女たちも」
「……ええ……」
「ところで、さっきアレが言ってた『()()()()()』ってなに? なにが言いたかったのかな?」
「おそらく、『()()()()』と言いたかったのではないかと……」
「は? え? 本当に?」
「……ええ……」
巫山戯(ふざけ)てたわけじゃないわよね?」
「……ええ……」
「大真面目に言ってアレなの?」
「……ええ……」
「そう……。何を言っても気休めにもならないでしょうけど、まぁアレね。ドンマイ」
「……ええ……」

 完全に部外者であるシェリーに「(Do)(n‘)(t )(mi)( nd)」と言われても気休めにもならないし、言葉としてどちらかといえば「気にするな(Never mind)」の方が適当かなとも思っていたりする。
 だがとにかく、なんとなーく神殿で働く人々に同情してしまい、そう言わずにいられないシェリーであった。


 ――*――*――*――*――*――*――


 シェリーがそんな騒動を引き起こしている――いや、どちらかといえば騒動に巻き込まれている方であるが、とにかくわちゃわちゃ(?)している頃、説得と協力を要請するようにと実は正しく指示を出していたアーリン・ティム・ジンデル枢機卿猊下(すうきけいげいか)は、いつまで経っても結果報告がないことに首を傾げていた。

 枢機卿猊下の指示は至極真っ当ではあったのだが、それを実行させる人選に決定的で致命的な誤りがあったりする。
 だが人を見る目が実はない彼は、それに一切気付かない。いや、気付けない、が適当であろう。

 更にいえば、「報せが無いのは良い報せ」とか、意味はなんとなく判るが単語と使い所が確実に間違えている言葉を、そうとは気付かず信じちゃっていた。

 ちなみに正解は、「便りがないのは良い便り」であり、遠方にいる家族、知り合いがその対象である。間違えても指示を受けて実行中の部下に使う言葉ではない。

 そんな感じに()()()()しながら、だが大司祭であるアベスカに一任しているからと動かない枢機卿猊下。寿命が無限であると謂れている森妖精に相応(ふさわ)しく、恐ろしく気が長いようだ。

 ――慌てても仕方ない。家宝は寝ているという格言もあるしな。

 そんな格言があったと想起しながら、枢機卿猊下は側仕えの修道士(ブラザー)が淹れた茶の香りを楽しむ。そして格言が間違っていることにはやっぱり気付いていない。

 そうやって余裕をブッかまして優雅に茶をしばいている枢機卿猊下の元へ、下級司祭が血相を変えて面会を求めて来た。

 ――やっと聖女が説得に応じたか。

 その報せは、まさしく福音であろう。ソーサーを片手に、カップを傾けながら優美に立ち上がり、

「枢機卿猊下へご報告致します! アベスカ司祭長の説得に、聖女様が一切応じません!」

 口に含んだ紅茶を、アトマイザーよろしく綺麗に吹き出した。

「そればかりか、扉に〝施錠(セリュール)〟の魔法を掛けて立て篭もりました! アベスカ司祭長が怒鳴り込んで――もとい対応していますが、まっっっっっったく反応がありません!」

 その報告に、ソーサーとカップをテーブルに戻してから口元を拭い、息を吐いてから窓際に立つ。

 そして――

「なんということだ。アベスカ司祭長の説得に応じないとは……なんと意思の硬い。いや、素晴らしい信念というべきか……」

 いや、その原因はバカ――じゃなくてアベスカ司祭長にあると思う。

 下級司祭はその状況を正しく見て、そして的確に評価した。そう、司祭長が()()()だから司祭達が軒並み()()なのかと問われれば、断じて否である。

(よわい)の儀〟での説明上手な修道士(ブラザー)だったり修道女(シスター)だったりを見れば(おの)ずと判明するのだが、ベン・リアック神殿には結構優秀な人材は在籍している。

 ただ正しく評価されていないだけ。

 上司に見る目がなかったり節穴だったりすると正しく評価されないために、往々にして部下は大変苦労するものだ。
 心当たりのある人は、激しく首肯し共感出来るであろう。中には血涙を流す勢いで諒解(りょうかい)している者も居るかも知れない。

 まぁそれよりも、枢機卿猊下の立ち居振る舞いがいちいち()()ったらしくて勘に触るのは気の所為ではない筈。

「よし、判った」

 唐突に、一体なにを理解したのか、身に纏っている赤いキャソックをバサリと靡かせる。もっともマントのように派手に(なび)くわけでもないため、決して格好良いものではない。

「聖女の心意気に敬意を評し、ワタシ自ら出向くとしよう!」

 会心のキメ顔で、そんなことを言っちゃう枢機卿猊下である。

 頰が紅潮し、鼻翼がスピスピ広がったりしているのがなかなかに気持ち悪い。
 更に何故かウットリと目を閉じて、左手を胸に当て右手を上に掲げるという、全然意味が見出せない謎ポーズまで取っているというオマケ付き。

 枢機卿猊下は、聖女萌えだった。

 ――やはり長命な森妖精の思考は、ヒト種などが理解など出来ないのだろう。

 そんな枢機卿猊下の有様を見て、下級司祭はそう思い、そして自分に言い聞かせることで無理やり納得した。

 物凄い風評被害である。

 何度でも述べるが、この森妖精――アーリン・ティム・ジンデルがおかしいのである。

 他所の善良で良心的な森妖精がこの事態を見聞きしたのなら、それを滅ぼすレベルで怒りまくるだろう。
 全ての森妖精が、この聖女萌えな枢機卿猊下や愛を語る国法士(こくほうし)のような変た――もとい、頭がおかし――でもなく、特異な性癖があるわけではない。

 むしろそういう輩は極々一部なのだ。

 更にいえば、それは全ての種族に言えることでもある。

 岩妖精の下戸だけは、種族的に全てに当てはまるが。

 そうして意気揚々と執務室を後にする猊下。それを止められるものは、誰もいない。
 というか頬を紅潮させて鼻をスピスピさせて夢心地な()()をしている(さま)が気持ち悪く、極力関わりたくないだけかも知れないが。

 彼を先頭に、下級司祭と修道士が、大名行列よろしくそれに続く。

 そしてシェリーが立て篭もっている貴賓室へと向かい、その扉の前で口角から泡を吹きながら興奮を隠そうともせずに怒鳴りまくっているアベスカ司祭長を目撃することとなり、このとき初めて猊下は思った。

 ――人選、間違えた?

 森妖精として長い生の中で、数少ない反省をする枢機卿――アーリン・ティム・ジンデルであった。

 その後、枢機卿猊下を目撃して一気に興奮が冷めたアベスカ司祭長は、到着した一同から一斉に浴びせられる冷たい視線から逃げ出すように遁走(とんそう)し、そして枢機卿はシェリーが施した〝施錠(セリュール)〟を〝 強制詠唱破棄(フォッセ・ソール・ジュティ)〟で消し去り、ノックもせずに入室する。

 だが次の瞬間、〝(コンデ)(ィショ)(ン・ア)(クティ)(ヴィ・)(マジー)〟で展開されていた〝(オ・フロー)(ド・アンジ)(ェクション)〟が発動し、真夏に飲むのにちょうど良い冷水が、その場にいる全てにぶっ掛けられた。

 そのあまりといえばその通りな所業に一同が呆然とする中、先頭に立っている枢機卿アーリンが、室内にいる筈の少女の姿がないことに気付く。

 ――そして、

『女子が在室中にノックもせずに闖入するんじゃないわよ』

 これ見よがしに正面に置かれた姿見に、真っ赤なルージュで、物凄く綺麗で達筆な活字でそう書かれていた。