――そう、完成しちゃったのである。
「これでアンタとその奥さん四人が仲良く暮らせるわよね」
「ツッコミどころが満載で何処から突っ込んで良いか判らねぇよ。まず、なんでシェリーの自宅と渡り廊下で繋がってんだ? あと一人増えてんぞ。まさかシェリーの気が変わって一緒に住む気か? それかまさかのレオンティーヌも混ぜる気じゃないだろうな」
「レオを混ぜるのは本気で危険だから数には入っていないわよ。なによアンタ忘れちゃたの? もう一人可憐しくアンタを待っている乙女がいるでしょうが」
そう言うと、シェリーはそのまま奥に引っ込み、暫しの後に鬼人族の女性を引っ張って来た。
彼女を、セシルは知っている。
初めて自分に、飾らず真っ直ぐに好意を伝えてくれた女性。
アップルジャック商会仕入れ担当精肉鮮魚係、レスリー・レンズリー。
「会長はん、これはどういう状況でありんすか? この新築の家に住めとおっせいしても、あちきは社宅で充分でありんす……あ――」
恐らく説明なんてされずに引っ張って来られたのだろう。状況が全く掴めずに、当り前に戸惑いまくってそう言うレスリーだが、連れられた先にいる人物を認めて動きを止めた。
「おお、久しぶりだなレスリー」
こっちも状況が飲み込めず、だが相手を見知っているために、なんの気無しにセシルは軽く挨拶する。
だがそうされたレスリーは――突然ポロポロと涙を零して声もなく泣き始めてしまった。
そしてそんなレスリーの様を見て、意味が判らず絶句するセシルを他所に、
「はぁ……コイツってハーレム野郎のクセに朴念仁なのね。言ったでしょ、可憐しくアンタを待っている乙女がいるって。レスリーはね、アンタがいつになるか判らないけどグレンカダムに行くって言ったのを信じて、一日千秋の想いで待ってたの。そんな女の想いの一つくらい、受け入れてやりなさいよ。それに今更一人二人増えたってどうとでもなるでしょ」
「いやそんなこと言ったって、鬼人族は一夫一妻が掟なんだろ。それを無視しろって言うのは違うんじゃないのか?」
「主さん、それは違ったでありんす。あちきは孤児でありんしたから、鬼人族の常識は物語でしか知りんせんした。以前セラフィーナ様――マスター・グレンヴェルの奥様とお会いいたしんしたときに、それは他種族が勝手におっせいしているだけだと知りんした。だから――」
零れる涙をそのままに、緋色の瞳で真っ直ぐにセシルに視線を向け、そして、喘ぐように息を詰まらせながら、
「あちきも、主さんのお傍に置いておくんなんし」
きっと――セシルは思う。レスリーは純粋に自分が好きなのだろう。
気付けばそんな関係になっていたクローディアとも、言ってしまえば成り行きでそうなったデシレアとも、ある種の打算であるラーラとも違う。
理由などない、ただ純粋な想い。
「まったく……」
俯き、溜息を吐いてから顔を上げ、真っ直ぐにレスリーの視線を受け止める。
「俺なんかの何処が良いんだ?」
セシルは、相手からの好意は理解出来るが、相変わらず愛だの恋だのは理解出来ない。
きっとそれは、そう思う心に理論付けをしようとするからであろう。その感情に理論を付ければ、必ずと言ってしまっても良いほど一つの結論に行き着くから。
つまり、それはただの性欲だ――と。
それも全て含めてのそれであると、理解出来ないのだ。
「そう言いなんすな。あちきは、きっとディアはんもそちら御二方も、そんな主さんを好いているのでありんす」
「いや、でもなぁ……」
「はーい、一旦終了」
それでもそう言い淀むセシルを制し、シェリーが手を叩いてそれを中断させる。ぐじぐじ言っているセシルを見ていて、焦れたらしい。
「このハーレム野郎の意見なんてどうでも良いわ。あとは皆で相談して決めてね。ああそうだ、言ってなかった。セシル、アンタ今日から私の家令だから。はいこれ辞令ね」
「は?」
自分で振っておきながら、即結論が出ないのが面白くないのか面倒臭くなったのか、必要事項を言い捨てて羊皮紙を渡し、呆然としているセシルを置き去りにして退室するシェリー。なんだかやりたい放題である。
「はぁ!?」
まさに寝耳に水な状況で、そう言うのが精一杯なセシル。なにがどうなってそんなことになったのか、切実に説明が欲しかったのだが、それはきっと出来ない相談なのだろう。
「意味が判らん! なんで俺がシェリーの家令なんてやらなきゃならんのだ!? 本気で意味が判らん!」
その訴えが、言った本人へ届くことはなかった。仮に届いたとしても、聞き入れられることなどないのであろうが。
「そもそもなんでも出来るお前に家令なんか必要ないだろうが! 俺になにをしろって言うんだよ! 何処ぞのお姫様みたいに朝の着替えとか風呂の世話とかしろって言うのか!?」
「……セシル、シェリーにそんなコトしたいの? 確かに私たちにはない魅力があるだろうけど、手を出したら地雷にしかならないみたいよ。本人も言っていたし」
「まぁ、確かにシェリーはこの中にはいない属性の女の子だけどな。美人のお前とか知性溢れる神秘的なデシレアとか、快活で天真爛漫な合法ロリ巨乳なラーラとか……」
「あと、引き締まった高身長色白美人でボンキュボンなレスリーとかね。どうしてもシェリーを加えたいって言うなら、説得してみるわよ。きっと頑張って押せば、攻略出来ると思うわ」
「それなんてエロゲだよ。俺はハーレムルートは望んでいないぞ」
「……ふうん、そう。その『えろげ』とか『ハーレムルート』とかはよく判らないけど、そういうことにしておくわ」
「いや本当に望んでいないからな。フリじゃないじゃないからな。それにそんなに嫁さん増やして、お前は俺になにをさせたいんだよ」
弁明や釈明にも似たセシルの訴えは、やっぱり虚しく虚空へ消えて行ったそうな。
そしてその後――セシルを交えないで開催された嫁会議で、目出たくレスリーは仲間入りを果たすこととなった。
そのときの花が咲いたような笑顔を浮かべる彼女に、セシルは不覚にもちょっとキュンと来ちゃったそうである。
そうして新生活を始め、家令になってしまった以上は仕事をしっかり熟そうと、意外とクソ真面目なセシルがシェリーの世話をし始め、だがやっぱり自分でなんでも出来るし他の世話までやっちゃう彼女に世話なんて必要ある筈もなく――
例えば朝、起床のお世話をしようとすると、
「(ノック三回)おはようございます」
「ん? ああ、起きてるわよ。構わないから入って」
「失礼しま……て! なんでパンツ一丁なんだよ!」
「はぁ? アンタなに言ってるのよ。朝起きたら着替えるのが当たり前でしょ。それに嫁さんいっぱいいるんだから、今更私の貧相な身体なんか見てもなんとも思わないでしょバカじゃないの」
「バカはお前だバカヤロウ! お前はもっと自分の容姿とか無駄のない体型とか自覚しろよ。だからなんで隠すとかしないで仁王立ちなんだ?」
「あーはいはい。リップサービスは要らないわよ、幼児体型は自覚してるからね。こー、ラーラやレスリー並みにバインバインとか高望みはしないけど、ディアとかデシーくらいにならないかなこのオッパイ。揉めば大きくなるの?」
「揉んでも変わらんと思うぞ。じゃなくて、良いからさっさと服着ろよ。なんで目の前に男がいるのに平気なんだよ」
「……そう言うけどね、アンタが出て行けば全て解決なんじゃないの?」
「………………あ」
「嫁が多い割に案外純朴そうだなーとかは思って見てたけど、ホントにそうなのね。まぁこの期に及んでまだガン見しているあたり、男として正しくスケベだなーとも思うけど」
「失礼しました――」
食事の用意とかも、
「あ、出来てるわよ。冷めないうちに食べてー」
「なんで俺より早起きなんだよ。なんのための家令だよ、出番が無いだろう」
「なに言ってるのよ。早起きしないとアンタ私の着替え覗きに来るでしょ。しかも正面から堂々と。まったく、こんな貧相な身体なんて何処にも需要がないじゃない」
「いや充分スタイルが良くて綺麗だと思うぞ。無駄が一切ないし」
「……ふうん」
「なんだよその目は? 別にお前を狙ってるわけじゃないからな――て、生温く見るな! ツンデレしてるワケでもないからな? その視線ヤメロ!」
「その『つんでれ』とかは判らないけど、まぁそうね。十年後くらいに私がまだ独身で、貰い手が居なかったらアンタに貰ってもらうのも良いかなーとか思ってるだけだから」
「なんだよその究極の打算は。言っておくが、それはきっとナイからな。振りじゃなくて本当でだからな。そもそも嫁さんは一人で充分だったのに、どうしてこうなった……」
「……それはアンタがはっきり断れない優柔不断野郎だからよ……」
「ガフぅ(図星を突かれた)」
そしてあるとき、
「(浴室から)ごめーん、着替え持って来るの忘れたー。テキトーで良いから持って来てー。ついでにタオルもー」
「あー、はいはい。入口の前に置いとくぞー」
「いやタオルも無いから脱衣室が水浸しになっちゃうでしょ。バカなこと言ってないでさっさと入りなさいよ」
「どんどん恥じらいが無くなってくなこのお嬢様は――いや最初から無かったか。失礼します」
「着替えそっちに置いて。タオルちょうだい、湯冷めしちゃう」
「ちょ! おま! バカじゃねーの!? なんで隠さずフルオープンなんだよ! 二度目だけどバカじゃねーの!!」
「は? アンタこそなに言ってるのよ。別に一回見られてるんだからもう平気でしょ。性器ガン見されてるワケでもないし」
「言い方! だからなんでそんなに明け透けで露骨なんだよ」
「本っ当に面倒臭いわね。アンタにその気があるならもう私は今頃妊婦になってるわよ。アンタは意外に紳士だから、劣情に任せて襲ったりしないでしょ。今更なに言ってるの。こう見えても一応信用してるんだからね」
「お、おう。そうか――」
「ああ、でも劣情に負けても怒らないわよ。責任を取って貰うだけ」
「だからその思考をなんとかしろよーーーー!」
といった具合に即日手持ち無沙汰になってしまったセシルである。
まぁ手持ち無沙汰というか、身の回りのことは自分できっちり出来る割に意外と裸族なシェリーの世話をしていると、自分の理性の箍に自信が持てなくなるから自主的に止めたという方が正しかったのだが。
余談。
「ねぇシェリー。最近セシルが更に凄くて四人相手でも圧倒されるときがあるんだけど、心当たりなんてある?」
「ああ、私の世話をしようとして着替え半裸見たり湯上がり真っ裸見たりしたからじゃない? その辺の男の事情とか機微は良く判らないけど」
「……シェリー、それ止めてあげて。というか本当に止めて。ああ見えてセシルはバカが付くほどの真面目だから、言われれば言われるまま着替えも風呂の世話も、剰えトイレの世話までするでしょうけど、実は人一倍スケベなの。シェリーが襲われることはないでしょうけど、それの被害が来るのは私達だから。おかげで今日のラーラとレスリーは、午前中いっぱいは使い物にならないわ」
「そんなに凄いの?」
「私やデシーはもう慣れたけど……そうね。今度そんなことがあったら、本気でシェリーに責任取って貰おうかしら」
「ごめんなさい。襲われないって確証があったし、反応が面白くて揶揄ってたけど今後は控えるわ」
そんなのんびり(?)とした日々が続き、そしてある日――そのセシル達新規住民登録者宛に封書が届いた。
封書は五通。そして宛名はそれぞれセシル、クローディア、デシレア、ラーラ、そしてレスリーであった。
そう、実はレスリーも、新規住民登録者の中の一人であったりする。
彼女は今までアップルジャック商会の社宅に住んでおり、言ってしまえば固定した居を構えていなかったのだ。
それに元々狩猟民族である鬼人族であるため、そんな概念が薄いというのも理由にあるが。
そんなレスリーにもついでとばかりに届いたその封書の差出人は、ベン・ネヴィス教会。
西のベンロマック山脈の麓、切り立った断崖に沿うように燦然と在る、世界一美しいと謂れている教会からであった。
何故そんなところから封書が届いたのかは謎ではあるが、セシルはそれをひっくり返して封蝋をしげしげ眺め、なんで交差する直剣と重なる十字架とか物騒な紋章なんだ? とか全くどうでも良いことが気になったが、なんだか厄介ごとのような気がして封書箱に放り込み、そのまま放置してしまった。
もっともそうしたのなら、いっそそのままにしてしまえば良いのに、ある日の昼食時にうっかりそれを思い出してしまい、封書箱へ乱雑に放り込んでいたそれを取り出してシェリーに見せた。
「なぁ、すっかり忘れていたがこんなのが届いていたんだ。これってなんだと思う?」
デシレア謹製の完全菜食主義者仕様な特大のバケットサンドに大口で齧り付こうとしていたシェリーは、封蝋を見てその口のまま数瞬動きを止め、不自然にツイと視線を逸らしてそれに齧り付き、モッキュモッキュと咀嚼し素知らぬ顔をする。
「いや訊いてんだから、知ってたら答えろよ」
絶対何か知っていると悟ったセシルは、その特大バケットサンドをひょいと取り上げ半眼でシェリーを見る。
だがシェリーはそれを飲み込んだ後も、決まりが悪そうな表情で明後日の方向へ視線を送るばかりだ。
よほど言いたくないことか、思い出したくないことがあったらしい。そう悟ったセシルは盛大に溜息を吐き、そして自分宛の封筒を手品のように何処からか取り出したペーパーナイフで開封する。
「〝齢の儀〟?」
それは教会からの、それへのお誘いであった。
「なんだこの〝齢の儀〟とかいうのは?」
「さぁ。私は知らないわ。デシー知ってる」
「知りませんね。なにぶん此処数十年ほどはダルモア王国近辺にいましたので。ストラスアイラ王国は実は百年以上ぶりです。なにしろ山々に囲まれた国だったので山越えしなければならず、来るのが面倒でしたし」
「ラーラも知らない。そもそも教会って草原妖精を敵視してるんだよ。奔放に生きてるーって。そんなことないのに」
「ああ……〝齢の儀〟でありんすか……」
セシル特製の肉食主義者垂涎、三種の肉入りバケットサンドの分厚いベーコンを犬歯で咬み千切って幸せそうに咀嚼し、だが遠くを見るようにレスリーが独白する。
シェリーを除き、この中で事情を知る唯一と言って良い彼女は、数ヶ月前の騒動――というかバカ騒ぎというか、とにかくそれを思い返し、一度シェリーに目を向けてから溜息と共にその双眸を伏せた。
「このときあちきは、新規の仕入先を開拓するのにグレンカダムを離れていんした。そして色々整えて戻ると、会長はんが大きい軍旗を掲げて猛者どもをまとめ上げ、教会相手に戦争を仕掛けるとこでござりんした」
レスリーが齎したとんでも情報がイマイチ理解出来ず、暫し首を捻って情報を整理するセシル。
そしてやっと出た言葉が、
「…………本当に?」
物凄く月並みなものであった。
「ほんざんす。あのときの会長はんは、ほんに楽しそうでありんし――ああ会長はん、あちきのバケットサンド取らないでおくんなんし」
「煩いわね。余計なことを言うレスリーはコレでも食べてれば良いのよ!」
「うう……あちきは草ばかりのバケットサンドは要りんせん。それにそれは主さんがあちきのために作ってくれんしたものでありんす。返しておくんなんし」
「うわナニコレうんま! 鶏の燻製と香ばしく焼いてタレを絡めた鹿、あと猪のベーコンが挟んであるの? ちょっとセシル、私にも作りなさいよ!」
「いやさっき肉より野菜が良いって言ってたじゃねぇか。だからわざわざデシーが作ってくれたのに。というか、考えてみればなんでシェリーがウチで飯食ってんだ?」
「いやほら、向こうは大人が多いじゃない。こっちは歳が近いし良いかなーって」
「歳が近いって言ったって――まぁ近いっちゃそうだが……」
言いつつ、その場をぐるりと見回すセシル。
セシルとクローディアは二一歳。デシレアは年齢不詳で本人も忘れるくらい。ラーラは二七歳で、一番歳が近いレスリーだって一九歳で、そしてシェリーは成人したての一五歳である。
「まぁ、本人がそれで良いってんなら良いけど。なんつーかこー、イマイチ釈然としないというかなんというか……」
「セシル。深く考えない方が良いわよ。シェリーが居心地が良いって言うならそれで良いじゃない」
「んー、ディアがそう言うなら良いのか?」
完全菜食主義者サンドと肉食主義者サンドを幸せそうに交互にモッキュモッキュしているシェリーに白けた視線を送り、だがいい加減になにがあったのかを教えて欲しいと、わりと切実に思うセシルであった。
ところで――
「え? ちょっと待って! 私ってハブられてませんか!? 服飾部門で好きなだけ服を作って良いよーって甘言に騙されてません? それにセシル分が足りません! というワケで帰らせて頂きます!」
「なに寝言いっていやがるんですかレオンティーヌさん。既製品の新作がまだ出来ていませんよ。針子達が待ってるんですからとっとと設計図を仕上げやがって下さい。あとなんなんですかその『セシル分』とかいう意味不明なのは」
「セシルから出る癒し成分です。そんなコトも知らないんですかまだまだですね。私はそれを定期的にペロペロしないと、ウサギのように孤独死してしまいます。ではそういうワケで、セシルの元に還元と書いて還らせて貰います」
「そんな成分なんて出してねぇぞセシルは。あとペロペロするとか、微妙に変態発言混じってんぞ。それからウサギが孤独死するとか嘘だからな。アイツら一羽でも逞しく生きて行くんだからよ。面倒臭ぇけど全ツッコミするが、少なくともオメーがセシルに『還元』なんて出来るワケねーだろうが判れや。まったくどんな身の程知らずだよ」
「いーえ、セシル分はありますぅー。ちゃんと洗濯物に染み込んでますぅー。特に朝に出る洗濯物にはいっぱい染み込んでて、時々付いてるネバネバな当りをペロペロスーハーすると五百年は生き返るのですぅー。私まだ二三歳ですけど」
「やたらと腹立つ言い方だし闇が深ぇなオイ。なんでセシルはこんな化物を野放しにしてんだ? 連れて来た責任でとっとと娶ってくれた方が世界のためなんじゃねーのか?」
「ウッツさんもそう思いますか? 私とセシルがお似合いだって!」
「いやそれは言ってな――」
「私は常々思っているのです。凛々しいセシルの隣には私がいるのがお似合いだ、と!」
「……まぁ、絵面だけ見れば美男美女で映えるよな。絵面だけは」
「ですよね! なので私はローブ・ドゥ・マリエを仕立ててセシルの元へお嫁に行きます! そしてセシル液を直接注入して貰うのです!」
「夢見る女から一転しての下ネタかよ。それはどーでも良いから仕事しろよ。あと受注生産品も山積しているんですから、ガタガタ文句言わずにキリキリ働いて下さいよ面倒臭ぇな」
「ちょっとウッツさん! 言葉の端々に明らかな悪意が見え隠れしているんですが! 私にはマゾっ気が無いんですから、そうされて悦ぶ相手は一人しかいません! もっと優しくして下さい私は褒められて伸びるタイプなんです!」
「褒められて伸びるヤツは自分からンなこたぁ言わねぇよ莫迦じゃねーのか。それは自分を甘やかしたいヤツの言訳だろうが。あーもー鬱陶しいなこの女は。良いからさっさと仕上げろや。その間に部屋の掃除してやるから」
「……ウッツさん、もしかして私のこと好きなんですか?」
「あ゛?」
「でもごめんなさい、私にはもう身も心も捧げると決めた男性がいるのです。貴方の気持ちは有難いですが、それは受け入れられません」
「なに唐突に口走ってやがるんですか、しょちょーさんよ。なんでいきなりそんな結論に達しやがったんです?」
「え? だって、部屋を掃除してくれるって……」
「それはオメーの部屋があまりに汚ぇから仕方なくしてんだよ! そもそも俺には恋人がいるからそれはノーセンキューだ。まったく、なんなんだよこの勘違いチョロインは!?」
レオンティーヌは、いつでも何処でも通常通りであった。
「これでアンタとその奥さん四人が仲良く暮らせるわよね」
「ツッコミどころが満載で何処から突っ込んで良いか判らねぇよ。まず、なんでシェリーの自宅と渡り廊下で繋がってんだ? あと一人増えてんぞ。まさかシェリーの気が変わって一緒に住む気か? それかまさかのレオンティーヌも混ぜる気じゃないだろうな」
「レオを混ぜるのは本気で危険だから数には入っていないわよ。なによアンタ忘れちゃたの? もう一人可憐しくアンタを待っている乙女がいるでしょうが」
そう言うと、シェリーはそのまま奥に引っ込み、暫しの後に鬼人族の女性を引っ張って来た。
彼女を、セシルは知っている。
初めて自分に、飾らず真っ直ぐに好意を伝えてくれた女性。
アップルジャック商会仕入れ担当精肉鮮魚係、レスリー・レンズリー。
「会長はん、これはどういう状況でありんすか? この新築の家に住めとおっせいしても、あちきは社宅で充分でありんす……あ――」
恐らく説明なんてされずに引っ張って来られたのだろう。状況が全く掴めずに、当り前に戸惑いまくってそう言うレスリーだが、連れられた先にいる人物を認めて動きを止めた。
「おお、久しぶりだなレスリー」
こっちも状況が飲み込めず、だが相手を見知っているために、なんの気無しにセシルは軽く挨拶する。
だがそうされたレスリーは――突然ポロポロと涙を零して声もなく泣き始めてしまった。
そしてそんなレスリーの様を見て、意味が判らず絶句するセシルを他所に、
「はぁ……コイツってハーレム野郎のクセに朴念仁なのね。言ったでしょ、可憐しくアンタを待っている乙女がいるって。レスリーはね、アンタがいつになるか判らないけどグレンカダムに行くって言ったのを信じて、一日千秋の想いで待ってたの。そんな女の想いの一つくらい、受け入れてやりなさいよ。それに今更一人二人増えたってどうとでもなるでしょ」
「いやそんなこと言ったって、鬼人族は一夫一妻が掟なんだろ。それを無視しろって言うのは違うんじゃないのか?」
「主さん、それは違ったでありんす。あちきは孤児でありんしたから、鬼人族の常識は物語でしか知りんせんした。以前セラフィーナ様――マスター・グレンヴェルの奥様とお会いいたしんしたときに、それは他種族が勝手におっせいしているだけだと知りんした。だから――」
零れる涙をそのままに、緋色の瞳で真っ直ぐにセシルに視線を向け、そして、喘ぐように息を詰まらせながら、
「あちきも、主さんのお傍に置いておくんなんし」
きっと――セシルは思う。レスリーは純粋に自分が好きなのだろう。
気付けばそんな関係になっていたクローディアとも、言ってしまえば成り行きでそうなったデシレアとも、ある種の打算であるラーラとも違う。
理由などない、ただ純粋な想い。
「まったく……」
俯き、溜息を吐いてから顔を上げ、真っ直ぐにレスリーの視線を受け止める。
「俺なんかの何処が良いんだ?」
セシルは、相手からの好意は理解出来るが、相変わらず愛だの恋だのは理解出来ない。
きっとそれは、そう思う心に理論付けをしようとするからであろう。その感情に理論を付ければ、必ずと言ってしまっても良いほど一つの結論に行き着くから。
つまり、それはただの性欲だ――と。
それも全て含めてのそれであると、理解出来ないのだ。
「そう言いなんすな。あちきは、きっとディアはんもそちら御二方も、そんな主さんを好いているのでありんす」
「いや、でもなぁ……」
「はーい、一旦終了」
それでもそう言い淀むセシルを制し、シェリーが手を叩いてそれを中断させる。ぐじぐじ言っているセシルを見ていて、焦れたらしい。
「このハーレム野郎の意見なんてどうでも良いわ。あとは皆で相談して決めてね。ああそうだ、言ってなかった。セシル、アンタ今日から私の家令だから。はいこれ辞令ね」
「は?」
自分で振っておきながら、即結論が出ないのが面白くないのか面倒臭くなったのか、必要事項を言い捨てて羊皮紙を渡し、呆然としているセシルを置き去りにして退室するシェリー。なんだかやりたい放題である。
「はぁ!?」
まさに寝耳に水な状況で、そう言うのが精一杯なセシル。なにがどうなってそんなことになったのか、切実に説明が欲しかったのだが、それはきっと出来ない相談なのだろう。
「意味が判らん! なんで俺がシェリーの家令なんてやらなきゃならんのだ!? 本気で意味が判らん!」
その訴えが、言った本人へ届くことはなかった。仮に届いたとしても、聞き入れられることなどないのであろうが。
「そもそもなんでも出来るお前に家令なんか必要ないだろうが! 俺になにをしろって言うんだよ! 何処ぞのお姫様みたいに朝の着替えとか風呂の世話とかしろって言うのか!?」
「……セシル、シェリーにそんなコトしたいの? 確かに私たちにはない魅力があるだろうけど、手を出したら地雷にしかならないみたいよ。本人も言っていたし」
「まぁ、確かにシェリーはこの中にはいない属性の女の子だけどな。美人のお前とか知性溢れる神秘的なデシレアとか、快活で天真爛漫な合法ロリ巨乳なラーラとか……」
「あと、引き締まった高身長色白美人でボンキュボンなレスリーとかね。どうしてもシェリーを加えたいって言うなら、説得してみるわよ。きっと頑張って押せば、攻略出来ると思うわ」
「それなんてエロゲだよ。俺はハーレムルートは望んでいないぞ」
「……ふうん、そう。その『えろげ』とか『ハーレムルート』とかはよく判らないけど、そういうことにしておくわ」
「いや本当に望んでいないからな。フリじゃないじゃないからな。それにそんなに嫁さん増やして、お前は俺になにをさせたいんだよ」
弁明や釈明にも似たセシルの訴えは、やっぱり虚しく虚空へ消えて行ったそうな。
そしてその後――セシルを交えないで開催された嫁会議で、目出たくレスリーは仲間入りを果たすこととなった。
そのときの花が咲いたような笑顔を浮かべる彼女に、セシルは不覚にもちょっとキュンと来ちゃったそうである。
そうして新生活を始め、家令になってしまった以上は仕事をしっかり熟そうと、意外とクソ真面目なセシルがシェリーの世話をし始め、だがやっぱり自分でなんでも出来るし他の世話までやっちゃう彼女に世話なんて必要ある筈もなく――
例えば朝、起床のお世話をしようとすると、
「(ノック三回)おはようございます」
「ん? ああ、起きてるわよ。構わないから入って」
「失礼しま……て! なんでパンツ一丁なんだよ!」
「はぁ? アンタなに言ってるのよ。朝起きたら着替えるのが当たり前でしょ。それに嫁さんいっぱいいるんだから、今更私の貧相な身体なんか見てもなんとも思わないでしょバカじゃないの」
「バカはお前だバカヤロウ! お前はもっと自分の容姿とか無駄のない体型とか自覚しろよ。だからなんで隠すとかしないで仁王立ちなんだ?」
「あーはいはい。リップサービスは要らないわよ、幼児体型は自覚してるからね。こー、ラーラやレスリー並みにバインバインとか高望みはしないけど、ディアとかデシーくらいにならないかなこのオッパイ。揉めば大きくなるの?」
「揉んでも変わらんと思うぞ。じゃなくて、良いからさっさと服着ろよ。なんで目の前に男がいるのに平気なんだよ」
「……そう言うけどね、アンタが出て行けば全て解決なんじゃないの?」
「………………あ」
「嫁が多い割に案外純朴そうだなーとかは思って見てたけど、ホントにそうなのね。まぁこの期に及んでまだガン見しているあたり、男として正しくスケベだなーとも思うけど」
「失礼しました――」
食事の用意とかも、
「あ、出来てるわよ。冷めないうちに食べてー」
「なんで俺より早起きなんだよ。なんのための家令だよ、出番が無いだろう」
「なに言ってるのよ。早起きしないとアンタ私の着替え覗きに来るでしょ。しかも正面から堂々と。まったく、こんな貧相な身体なんて何処にも需要がないじゃない」
「いや充分スタイルが良くて綺麗だと思うぞ。無駄が一切ないし」
「……ふうん」
「なんだよその目は? 別にお前を狙ってるわけじゃないからな――て、生温く見るな! ツンデレしてるワケでもないからな? その視線ヤメロ!」
「その『つんでれ』とかは判らないけど、まぁそうね。十年後くらいに私がまだ独身で、貰い手が居なかったらアンタに貰ってもらうのも良いかなーとか思ってるだけだから」
「なんだよその究極の打算は。言っておくが、それはきっとナイからな。振りじゃなくて本当でだからな。そもそも嫁さんは一人で充分だったのに、どうしてこうなった……」
「……それはアンタがはっきり断れない優柔不断野郎だからよ……」
「ガフぅ(図星を突かれた)」
そしてあるとき、
「(浴室から)ごめーん、着替え持って来るの忘れたー。テキトーで良いから持って来てー。ついでにタオルもー」
「あー、はいはい。入口の前に置いとくぞー」
「いやタオルも無いから脱衣室が水浸しになっちゃうでしょ。バカなこと言ってないでさっさと入りなさいよ」
「どんどん恥じらいが無くなってくなこのお嬢様は――いや最初から無かったか。失礼します」
「着替えそっちに置いて。タオルちょうだい、湯冷めしちゃう」
「ちょ! おま! バカじゃねーの!? なんで隠さずフルオープンなんだよ! 二度目だけどバカじゃねーの!!」
「は? アンタこそなに言ってるのよ。別に一回見られてるんだからもう平気でしょ。性器ガン見されてるワケでもないし」
「言い方! だからなんでそんなに明け透けで露骨なんだよ」
「本っ当に面倒臭いわね。アンタにその気があるならもう私は今頃妊婦になってるわよ。アンタは意外に紳士だから、劣情に任せて襲ったりしないでしょ。今更なに言ってるの。こう見えても一応信用してるんだからね」
「お、おう。そうか――」
「ああ、でも劣情に負けても怒らないわよ。責任を取って貰うだけ」
「だからその思考をなんとかしろよーーーー!」
といった具合に即日手持ち無沙汰になってしまったセシルである。
まぁ手持ち無沙汰というか、身の回りのことは自分できっちり出来る割に意外と裸族なシェリーの世話をしていると、自分の理性の箍に自信が持てなくなるから自主的に止めたという方が正しかったのだが。
余談。
「ねぇシェリー。最近セシルが更に凄くて四人相手でも圧倒されるときがあるんだけど、心当たりなんてある?」
「ああ、私の世話をしようとして着替え半裸見たり湯上がり真っ裸見たりしたからじゃない? その辺の男の事情とか機微は良く判らないけど」
「……シェリー、それ止めてあげて。というか本当に止めて。ああ見えてセシルはバカが付くほどの真面目だから、言われれば言われるまま着替えも風呂の世話も、剰えトイレの世話までするでしょうけど、実は人一倍スケベなの。シェリーが襲われることはないでしょうけど、それの被害が来るのは私達だから。おかげで今日のラーラとレスリーは、午前中いっぱいは使い物にならないわ」
「そんなに凄いの?」
「私やデシーはもう慣れたけど……そうね。今度そんなことがあったら、本気でシェリーに責任取って貰おうかしら」
「ごめんなさい。襲われないって確証があったし、反応が面白くて揶揄ってたけど今後は控えるわ」
そんなのんびり(?)とした日々が続き、そしてある日――そのセシル達新規住民登録者宛に封書が届いた。
封書は五通。そして宛名はそれぞれセシル、クローディア、デシレア、ラーラ、そしてレスリーであった。
そう、実はレスリーも、新規住民登録者の中の一人であったりする。
彼女は今までアップルジャック商会の社宅に住んでおり、言ってしまえば固定した居を構えていなかったのだ。
それに元々狩猟民族である鬼人族であるため、そんな概念が薄いというのも理由にあるが。
そんなレスリーにもついでとばかりに届いたその封書の差出人は、ベン・ネヴィス教会。
西のベンロマック山脈の麓、切り立った断崖に沿うように燦然と在る、世界一美しいと謂れている教会からであった。
何故そんなところから封書が届いたのかは謎ではあるが、セシルはそれをひっくり返して封蝋をしげしげ眺め、なんで交差する直剣と重なる十字架とか物騒な紋章なんだ? とか全くどうでも良いことが気になったが、なんだか厄介ごとのような気がして封書箱に放り込み、そのまま放置してしまった。
もっともそうしたのなら、いっそそのままにしてしまえば良いのに、ある日の昼食時にうっかりそれを思い出してしまい、封書箱へ乱雑に放り込んでいたそれを取り出してシェリーに見せた。
「なぁ、すっかり忘れていたがこんなのが届いていたんだ。これってなんだと思う?」
デシレア謹製の完全菜食主義者仕様な特大のバケットサンドに大口で齧り付こうとしていたシェリーは、封蝋を見てその口のまま数瞬動きを止め、不自然にツイと視線を逸らしてそれに齧り付き、モッキュモッキュと咀嚼し素知らぬ顔をする。
「いや訊いてんだから、知ってたら答えろよ」
絶対何か知っていると悟ったセシルは、その特大バケットサンドをひょいと取り上げ半眼でシェリーを見る。
だがシェリーはそれを飲み込んだ後も、決まりが悪そうな表情で明後日の方向へ視線を送るばかりだ。
よほど言いたくないことか、思い出したくないことがあったらしい。そう悟ったセシルは盛大に溜息を吐き、そして自分宛の封筒を手品のように何処からか取り出したペーパーナイフで開封する。
「〝齢の儀〟?」
それは教会からの、それへのお誘いであった。
「なんだこの〝齢の儀〟とかいうのは?」
「さぁ。私は知らないわ。デシー知ってる」
「知りませんね。なにぶん此処数十年ほどはダルモア王国近辺にいましたので。ストラスアイラ王国は実は百年以上ぶりです。なにしろ山々に囲まれた国だったので山越えしなければならず、来るのが面倒でしたし」
「ラーラも知らない。そもそも教会って草原妖精を敵視してるんだよ。奔放に生きてるーって。そんなことないのに」
「ああ……〝齢の儀〟でありんすか……」
セシル特製の肉食主義者垂涎、三種の肉入りバケットサンドの分厚いベーコンを犬歯で咬み千切って幸せそうに咀嚼し、だが遠くを見るようにレスリーが独白する。
シェリーを除き、この中で事情を知る唯一と言って良い彼女は、数ヶ月前の騒動――というかバカ騒ぎというか、とにかくそれを思い返し、一度シェリーに目を向けてから溜息と共にその双眸を伏せた。
「このときあちきは、新規の仕入先を開拓するのにグレンカダムを離れていんした。そして色々整えて戻ると、会長はんが大きい軍旗を掲げて猛者どもをまとめ上げ、教会相手に戦争を仕掛けるとこでござりんした」
レスリーが齎したとんでも情報がイマイチ理解出来ず、暫し首を捻って情報を整理するセシル。
そしてやっと出た言葉が、
「…………本当に?」
物凄く月並みなものであった。
「ほんざんす。あのときの会長はんは、ほんに楽しそうでありんし――ああ会長はん、あちきのバケットサンド取らないでおくんなんし」
「煩いわね。余計なことを言うレスリーはコレでも食べてれば良いのよ!」
「うう……あちきは草ばかりのバケットサンドは要りんせん。それにそれは主さんがあちきのために作ってくれんしたものでありんす。返しておくんなんし」
「うわナニコレうんま! 鶏の燻製と香ばしく焼いてタレを絡めた鹿、あと猪のベーコンが挟んであるの? ちょっとセシル、私にも作りなさいよ!」
「いやさっき肉より野菜が良いって言ってたじゃねぇか。だからわざわざデシーが作ってくれたのに。というか、考えてみればなんでシェリーがウチで飯食ってんだ?」
「いやほら、向こうは大人が多いじゃない。こっちは歳が近いし良いかなーって」
「歳が近いって言ったって――まぁ近いっちゃそうだが……」
言いつつ、その場をぐるりと見回すセシル。
セシルとクローディアは二一歳。デシレアは年齢不詳で本人も忘れるくらい。ラーラは二七歳で、一番歳が近いレスリーだって一九歳で、そしてシェリーは成人したての一五歳である。
「まぁ、本人がそれで良いってんなら良いけど。なんつーかこー、イマイチ釈然としないというかなんというか……」
「セシル。深く考えない方が良いわよ。シェリーが居心地が良いって言うならそれで良いじゃない」
「んー、ディアがそう言うなら良いのか?」
完全菜食主義者サンドと肉食主義者サンドを幸せそうに交互にモッキュモッキュしているシェリーに白けた視線を送り、だがいい加減になにがあったのかを教えて欲しいと、わりと切実に思うセシルであった。
ところで――
「え? ちょっと待って! 私ってハブられてませんか!? 服飾部門で好きなだけ服を作って良いよーって甘言に騙されてません? それにセシル分が足りません! というワケで帰らせて頂きます!」
「なに寝言いっていやがるんですかレオンティーヌさん。既製品の新作がまだ出来ていませんよ。針子達が待ってるんですからとっとと設計図を仕上げやがって下さい。あとなんなんですかその『セシル分』とかいう意味不明なのは」
「セシルから出る癒し成分です。そんなコトも知らないんですかまだまだですね。私はそれを定期的にペロペロしないと、ウサギのように孤独死してしまいます。ではそういうワケで、セシルの元に還元と書いて還らせて貰います」
「そんな成分なんて出してねぇぞセシルは。あとペロペロするとか、微妙に変態発言混じってんぞ。それからウサギが孤独死するとか嘘だからな。アイツら一羽でも逞しく生きて行くんだからよ。面倒臭ぇけど全ツッコミするが、少なくともオメーがセシルに『還元』なんて出来るワケねーだろうが判れや。まったくどんな身の程知らずだよ」
「いーえ、セシル分はありますぅー。ちゃんと洗濯物に染み込んでますぅー。特に朝に出る洗濯物にはいっぱい染み込んでて、時々付いてるネバネバな当りをペロペロスーハーすると五百年は生き返るのですぅー。私まだ二三歳ですけど」
「やたらと腹立つ言い方だし闇が深ぇなオイ。なんでセシルはこんな化物を野放しにしてんだ? 連れて来た責任でとっとと娶ってくれた方が世界のためなんじゃねーのか?」
「ウッツさんもそう思いますか? 私とセシルがお似合いだって!」
「いやそれは言ってな――」
「私は常々思っているのです。凛々しいセシルの隣には私がいるのがお似合いだ、と!」
「……まぁ、絵面だけ見れば美男美女で映えるよな。絵面だけは」
「ですよね! なので私はローブ・ドゥ・マリエを仕立ててセシルの元へお嫁に行きます! そしてセシル液を直接注入して貰うのです!」
「夢見る女から一転しての下ネタかよ。それはどーでも良いから仕事しろよ。あと受注生産品も山積しているんですから、ガタガタ文句言わずにキリキリ働いて下さいよ面倒臭ぇな」
「ちょっとウッツさん! 言葉の端々に明らかな悪意が見え隠れしているんですが! 私にはマゾっ気が無いんですから、そうされて悦ぶ相手は一人しかいません! もっと優しくして下さい私は褒められて伸びるタイプなんです!」
「褒められて伸びるヤツは自分からンなこたぁ言わねぇよ莫迦じゃねーのか。それは自分を甘やかしたいヤツの言訳だろうが。あーもー鬱陶しいなこの女は。良いからさっさと仕上げろや。その間に部屋の掃除してやるから」
「……ウッツさん、もしかして私のこと好きなんですか?」
「あ゛?」
「でもごめんなさい、私にはもう身も心も捧げると決めた男性がいるのです。貴方の気持ちは有難いですが、それは受け入れられません」
「なに唐突に口走ってやがるんですか、しょちょーさんよ。なんでいきなりそんな結論に達しやがったんです?」
「え? だって、部屋を掃除してくれるって……」
「それはオメーの部屋があまりに汚ぇから仕方なくしてんだよ! そもそも俺には恋人がいるからそれはノーセンキューだ。まったく、なんなんだよこの勘違いチョロインは!?」
レオンティーヌは、いつでも何処でも通常通りであった。