商業都市グレンカダムは、大陸の中央付近に位置している、広大な領土を誇るストラスアイラ王国の最北に在る都市である。

 地形は四方をそれぞれ天を衝く山脈に囲まれた広大な盆地であるため、その気候は比較的温暖で過ごし易い。
 そして夏に南から吹き下ろされる風により涼しく過ごし易い南方のアバフェルディ山脈の(ふもと)は、地形がなだらかな森林地帯であり、避暑のための別荘地として名を馳せていた。

「商業都市」と銘打ちされているが、最も盛んなのは実は農耕であり、都市周辺には広大な農耕地帯が、それこそ盆地の隅から隅まで広がっている。
 いや、盆地の隅から隅までではなく、常に寒風吹き(すさ)ぶ厳しい環境の、魔獣の巣窟であるディーンストン山脈とは対照的な南のアバフェルディ山脈は、別荘地を除くその裾野の三合目付近まで多種多様な果樹園で埋め尽くされており、そしてそれは今も、可能な限り拡大中であった。

 そんな険しい山脈に囲まれたグレンカダムだが、他の都市との交通は蒸気機関と鉄道交通が発達していなかった時代には、荷馬車で北方を除く三方の山脈に連なる山々から流れ()でる河川に沿った鞍部(あんぶ)切戸(きりど)を縫うように移動していたため、いくら有数の穀倉地帯とはいえお世辞にも発展しているとは言い(がた)かった。

 その状況を打破したのが、前述の通りの鉄道技術である。

 当初その交通機関を構想したときは、荷馬車と同じく山々を縫うように設計されていたのだが、それでは工事に時間が掛かるばかりか最高速度が荷馬車とほぼ変わらないため、一時はそのような荒唐無稽な計画は止めるべきだという意見が大半を占めていた。

 だがあるとき、グレンカダム内で土木工事を請負(うけお)う商会、工務店が一堂に介しての交流会食の席で、従業員数名で細々と工務店を営んでいた岩妖精の親方が、その遠大な事業を止める止めないで蹇々(けんけん)囂々(ごうごう)している一同へ、最近出回ったばかりだが大変好評なリンゴ酒が注がれたグラスを片手に、

 ――通れないなら山なんぞぶち抜いてしまえば良い。

 そう言い放った。

 完全に酔った勢いでの大言壮語(たいげんそうご)であるのだが、別名〝(さび)の民〟とも呼ばれ岩魔法(がんまほう)に精通している岩妖精がそんな戯言(ざれごと)を言う筈がないという謎の信頼感があり、その親方を中心に計画の見直しがされることとなった。

 当然ではあるが、酔っ払った岩妖精の言うことに信頼などある筈もなく、ジガー(45ミリリットル)のロック一杯でヘベレケであったその親方は、自分が誇らしげに言ったこと全てを綺麗さっぱり忘れ去っていたそうな。
 だが翌日の昼下がり、二日酔いで苦しんでいる彼の元へ、その計画書を携えた男が訪問したのを切っ掛けに、このときやっと親方はことの重大さと責任による重圧に気付いたのだった。

 訪問した男はグレンカダムの中堅議員で、珍しい 西蔵驢馬(キャン)の獣人族で、知的能力が低いと言われている彼ら種族ではあるのだが、ストラスアイラ王国の王都ブルイックラディで唯一の王立であるポートエレン司法大学を主席で卒業した才子であり、また自身の故郷であるグレンカダムの未来を(うれ)える一人でもある。

 彼は、ことの重大さに気付いて頭を抱える親方を他所(よそ)に、ビックリするほどの熱量で鼻息も荒く暑苦しく語り、あまりの展開に呆然とする親方を置き去りに、ついでに計画書も置き去りにして去って行った。

 こんな展開になるとは(つゆ)ほども思っていなかった親方は、だがすぐに切り替え自分には絶対に無理だと正しく判断し、更に計画書を見る限り今更出来ないと言えないとも判断した上で、自身の出身地である東のドラムイッシュ山地の山肌に沿うように広がっている、岩妖精の国スペイサイドの首都エドラダワーにある職人集団、工業ギルドに助けを求めたのである。

 その間にも計画はどんどん進み、そしてエドラダワーからの返答が一切無いばかりか音沙汰すら無く、親方の頭に心労のため白金貨ハゲが無数に出来始めた。

 そして遂に、アバフェルディ山脈にトンネルを掘る計画を立案する段階になって親方が死を覚悟した頃、突然グレンカダムに一千名の岩妖精の集団が訪れたのである。

 彼、彼女らは自らをエドラダワーから来た職人であると名乗り、先頭に立っている代表だと(おぼ)しき威風堂々(いふうどうどう)たる風格の女性が、

「同胞が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 と豪快に笑いながら、言い放った。

 其処からの工程は、共に工事に関わっているグレンカダムの技術者達が度肝を抜かれるほどの速度で進んだという。

 そしてトンネルを掘る段階になったとき、その起点の真正面で代表の女性―― ヴラスチスラヴァ・ヴィレーム・スペイサイドを中心に置いて、総勢八百名から成る(グラ)(ン・)(リチ)(ュエ)(ル・)(ソル)(セル)法《リー》が展開された。

 それから起こった超常現象を、当時その工事に(たずさ)わっていた人々は生涯忘れることはないであろう。

 トンネルの起点にするべく山肌を切り崩し、当たりをつけて打った(びょう)を中心として山肌が(うごめ)き始め、見る間に鏡面のように滑らかな壁面を残して掘り進められる。

 そしてその速度が度肝を抜くほど速く、更に壁面からの水漏れなど一切無いという常識的に有り得ない現象すら、それが当り前であるかのように固定されて行く。

 その一つの山に、文字通りの風穴が開くまでその儀式は続き、だが僅か三日と半日でそれが出来上がるという異常事態が発生し、その後の儀式参加者の休養三日間で残る岩妖精二百名が総出でちょっとやそっとでは壊れない頑丈な橋梁(きょうりょう)を作り上げる。
 そしてその後に同様の儀式魔法が展開されるという、有り得ないというか奇々怪界というか、ぶっちゃけバカじゃねーのと言いたくなるような無茶な出来事――そうとしか言えない出来事が繰り返された。

 そんな主要施工主の全てを呆然とさせる岩妖精集団の無茶苦茶な工事が繰り返され、遂に僅か一ヶ月半でアバフェルディ山脈を貫く路線が開通したのだった。

 そしてついでに、その山脈の隙間を縫うようにして細々と暮らしている小さな村の人々をも巻き込んで、何処から引っ張って来たのか開拓開墾大好き土妖精の集団五百名が、苦情が出る間も無く有無を言わさずあれよあれとという間に其処を休憩の要所とするべく開墾してしまい、満足したのか報酬など一切受け取らずに去って行ったという。

 ――土妖精は、満足な開拓や開墾が出来ればそれで良い、ちょっとアレな変態集団であった。

 そのときいた土妖精集団の代表は、名をトールヴァルド・アードリアン・レダイグという壮年の男で、岩妖精の代表ヴラスチスラヴァの依頼――というか(そそのか)されて土妖精の国から駆け付けたそうな。

 その二人は人目も(はばか)らず、TPO全無視でイチャイチャしていたそうなのだが、それはどうでも良いだろう。互いの種族仲間も生温く見守っていたし。

 ちなみに土妖精の国は、ドラムイッシュ山地の南方に位置するインヴァーアラン平原という肥沃な大地が特徴な地点に在る。

 国の名は、レダイグ王国という。

 その後の岩妖精達はワーカーズ・ハイになったのか、それとも当り前に仕事中毒(ワーカホリック)なのか、ほぼ休む間も無く軌条(きじょう)の設置とトンネル内の通気のために用いる〝微風(ブリーズ)〟を付与した魔法柱を定間隔での設置などを気付いたらおっ始めており、またしても開通から僅か三ヶ月後に鉄道事業が完遂してしまった。

 ちなみに、同様に東のフェッターケアン山脈と西のベンロマック山脈も、アバフェルディ山脈と条件は同じであったのを目敏(めざと)く見付けちゃった岩妖精達は、規模(スケール)が全然違うのに一つも三つも同じだという謎理論を掲げて、同じように工事を開始してしまった。

 ――そして一年が過ぎ、地理的に不可能とされていたグレンカダムに、念願の鉄道が開通したのである。

 その無茶な工事に協力してくれた岩妖精達には感謝の意として莫大な金銭が支払われる予定であったが、代表のヴラスチスラヴァはそれを辞退し、それよりも鉄道が開通したのだから岩妖精の国スペイサイドと交易してくれるように依頼したという。

 岩妖精の中に彼女の言葉に否と言う者は存在しなく、そしてそれはその総意であるし、そもそも一都市にそれを拒むだけの権限があるわけもなく、ストラスアイラ王へ上申して決定するとだけ返答した。

 ――で。

 開通記念の祝賀会で出されたリンゴ酒をいたく気に入ったヴラスチスラヴァは、よせば良いのに立て続けにダブル(60ミリリットル)をロックで二杯も空け、そのままぶっ倒れたそうである。

 そしてそれはその他の岩妖精達にも言えることであり、総勢一千名の死屍累々(ししるいるい)は、ある意味壮観であったらしい。

 ちなみにそのリンゴ酒を卸した新進気鋭の酒造商会は、参加者が一千五百名を超える大宴会であるにも(かかわ)らず、10ガロン(約38リットル)の樽が十樽も出なかったことに驚き、商会長はもう岩妖精には出さないと言っていたそうな。
 だがその後、ストラスアイラ王国にスペイサイドから直接そのリンゴ酒を仕入れたいと嘆願書が届き、結局は卸すことになったという。

 出荷量が極端に少ないため、あんまり儲けには繋がらなかったらしいし、そもそも下戸(げこ)の酒好きとか意味が判らんと、その商会長は(あき)れを通り越して感嘆しちゃったらしいが。

 程なく、その酒造商会にスペイサイドの女王直筆の感謝状が届いた。

 女王の名は、ヴラスチスラヴァ・ヴィレーム・スペイサイドと署名されていたそうである。



 交通に関してそんな歴史があるグレンカダムなのだが、冬は北にあるディーンストン山脈から吹き降りる風雪によって気温は零下にまで下降し、更に前述の通りの盆地であるため雪深く、そして厳しい。

 そのためグレンカダム周辺の、いわゆる郊外と呼ばれている土地は軒並み深い雪に閉ざされるため、冬の期間のみグレンカダム市街へ避難する者も多かった。

 だがここ十数年、魔法や魔道具の技術に頼らない科学技術が大いに発展し、蒸気機関を組み込んだ車両や、またその魔道具も根強く開発と改良が成され、それによる除雪が可能となり完全に閉ざされることがなくなった。

 勿論鉄道に関しても同様で、軌条に定感覚で温度調整の魔石が設置され、それが一五〇度まで加熱することで凍結を防ぎ、そして雪でも列車が走行可能となったのである。

 そのため、慣れ親しんだ我が家を、一時(いっとき)とはいえ離れる者は少なくなったのである。

 もっとも、あくまでも()()()()()()だけであり、現状では市街への避難を優先する者は多数いるのも事実だが。

 なにしろ除雪をしてくれるのは、あくまでも公道のみであり、それ以外の自宅周囲は自力で()()()をしなければならないのだから。

 そんな雪深いグレンカダムなのだが、その冬に教会ではある儀式が、通例で行われている。

 その儀式は〝(よわい)の儀〟といい、基本的に初夏と初冬の年二回、一〇歳を迎えた子供達の魔法適性を調べ、そして正しく導くという(てい)で行われているのであった――




 ――以上。

 ほぼ余談でしかなかったが、あのとき語られなかった珍事を――

 当事者から言わせれば、迷惑極まりなかった出来事を――

 そしてそんな珍事と迷惑が、商業都市グレンカダムを大きく揺り動かす大事件となったのを――

 ――今こそ語ろう。





 ~導入(Introduction)
 魔法の聖女と大いなる勘違い。

 ――教会騒動――黒の章