何事かと言葉を失う一同の眼前で、デメトリオはぶつかった天井から床へと落ちる。
そして続けて、やはり多重障壁を展開しているケネスが地下室の入口から同様に吹き飛んで天井に叩き付けられた。
更にそれを追うようにして、四肢や頭、そして体幹に薄い外骨格のような部品を装着しているイーロがリビングに一跳びで現れ、地下室の入り口の傍に立つ。
「あー鬱陶しい。あー鬱陶しい。まさか使うまいと思っていた〝魔導鎧〟を使うハメになるなんて。もういい、こいつら血祭りにして帝国へ行こう」
半眼でそう言い、今まさに地下へ降りようとして傍にいるへスターへと、拳を覆っている外骨格鎧で横薙ぎに殴る。
へスターの全身の白い毛が逆立ち、頭に耳が、尾骶に尾が現れた。
横薙ぎに繰り出されたその拳を両手で受け止め、だが勢いを受け切れずに壁へと吹き飛ばされる。
しかしそれで打ち付けられることなどなく、飛ばされてなお壁に着地しそのまま外骨格鎧を纏ったイーロを、
「乙女の純情を弄びやがって! 何様だクソがー!!」
叫びながら殴り付けた。
そんなへスターを目の当たりにした男衆三人はそっと目を逸らして涙を拭い、オネルヴァは謎に拳を振り上げている。
だがへスターが何故そうしたのか、諸悪の根源である当(ユ》|の本人は気付いていなく、更に当然身に覚えのないイーロは困惑しまくっていた。
「なにが『お前みたいな情熱的な女は初めてだ』だコンチクショー!」
着地と共に床を蹴り、回転しながら真横に跳んで蹴りを放つ。履いている革靴が破れ、鋭い爪が伸びている素足が覗いていた。
「単に言い寄って来た女が都合が良いからってヤりたかっただけなんじゃねぇかこのクズが!」
その鋭い爪を床に突き立て、両の掌底に魔力を込めて滅多打ちにする。だがイーロの纏う外骨格鎧は魔法障壁を展開しており、その魔力を悉く弾いてしまっていた。
「確かにわたしは未経験じゃなかったけど、それだって好きにして良いってわけじゃないんだ! この――」
足を踏み出し床に叩きつけ、魔力を消して全身を捻り、それによって生じた力を収束して拳に込め、
「腐れヤリ◯ン野郎がぁ!!」
一気に叩き付ける。その拳速は音を超え衝撃波を伴って外骨格鎧に直撃し、それを覆っている魔法障壁を根刮ぎ弾き飛ばした。
そんな想定の埒外の攻撃に面喰らうイーロ。だがそれよりも、一切身に覚えのないことを言われながら攻撃されて、そっちの方で困惑してしまう。
それはともかく、砕かれた魔法障壁を即座に再展開し、直後の残心で動けないへスターへと腕を振り上げ叩き下ろす。それは頭に直撃し、その衝撃でヘスターは膝を折った。だがそれで終わりではなく、続いて繰り出された蹴りをも真面に喰らい、ユーインの傍の壁に叩き付けられてしまう。
「へスター!」
壁に叩き付けられ、そのまま床に落ちるへスターを抱き起こそうとするユーイン。
その行動は上司として、そして恋人として当然なのだが――だがそうされそうになっているへスターは、朦朧としていてそんな判断は難しいはずなのに一瞬でその場を離れてウッツの隣へ移動する。しかもユーインが視界に入らないようにウッツの陰になる徹底ぶり。本気で愛想を尽かしたようだ。
「大丈夫かへスター」
二刀トレンチナイフを構え、自分に凭れるへスターを庇うように移動するウッツ。誰から庇っているのかは、敢えて伏せておく。
「大、丈夫……あれ滅茶苦茶硬いにゃー……でもウッツが守ってくれるにょ、久し振りだにゃあ……」
「そりゃあ今じゃお前の方が強いからな。本来俺は事務職なんだよ」
「……そんなのどうでも良いにゃ。……ウッツがしっかり捕まえてくれてたら……ううん、これ八つ当たりにゃ……ごめん、忘れて――」
「いつでも守ってやるよ。ま、物理的には守って貰う方だがな」
「ウッツ……ありがとにゃ……」
戦闘中で枷が外れているためか朦朧としているためか、ヘスターの語尾がおかしくなっているがそれは流し、だがそれより、そんなことより、どうしたことかピンクの雰囲気を醸し出し始めている二人に、敵味方問わず困惑する一同。
一体どうしてこうなった。
戦闘中にも拘らずイチャつくウッツとへスター。絶賛困惑継続中な一同の中で、そういえばとケネスが口を切る。
「そういや二人は幼馴染で、ジュニアハイからハイスクールまで交際していたって噂が……」
なんとなく呟いたつもりだったのだが、静まったその場では思いの外その声は響いてしまい、一同洩れなく二人を凝視する。
特にデメトリオとオネルヴァの眼力と眼光は凄まじく、呪殺されるのではないかと背筋が凍る二人であった。
「にゃに言ってんだケネス! 今それどころじゃにゃいだろうが! それに学生にょ頃にょ話しだ!」
平静を装ってはいるものの何故か顔を真っ赤にし、更にどういうわけか色々噛んじゃうウッツ。
「そ、そうにゃのにゃ……学生にょ頃にょ話しにゃにょ。あにょ頃はお金もにゃいからあまり出掛けられにゃかったし、ウッツも性欲大魔神だったから暇さえあれば一日中してたにゃ……」
「へスター?」
顔を真っ赤にしてにゃーにゃーと爆弾を投下させ、油を注いで大炎上させるへスター。そんな様を目の当たりにし、ケネスとデメトリオの独身魚人コンビは血涙を流さんばかりに歯噛みする。
「寂しい独身仲間だと思ったら、過去とはいえリア充だったっスか! こちとら未だ清い身体の童な帝王なのに!」
「有り得ねぇ! こん裏切りモンがぁ! シレっと清い身体同盟に近付いてんじゃねぇ羨ましいだろうがチクショー! こうなるんなら新人時代に俺をじっと見詰めてたへスターを迷わず誘っとけば良かったー!」
「いや待つっスよデメトリオ! それ絶対喰われるっスよ! 食事的な意味で!!」
「……なんなんだお前ら」
錯乱している魚人コンビへ、完全に蚊帳の外になっているイーロが呟いた。
「交際しているとかいないとか、男だとか女だとか、実に下らん連中だ」
外骨格鎧に組み込まれている膂力強化補助機構へと、その胸部に組み込まれている魔石から魔力を注ぎ込む。
それは、厳しい研鑽と努力の果てに、更に選ばれた者しか為し得ない極致へと凡人を導く強化魔法であり、自動的に展開される防御魔法障壁と併用することにより攻防一体となる究極の強化鎧。
「女などに現を抜かすからそうなる。それに比べて男は裏切ることなどない! 裏切らないのだ、漢女ならな!」
・・・・・・。
その容量度外視で湧き出す魔力に、イチャコラな二人も激昂している三人も我に返って身構える。
色々魔力に慣れているユーインは、へスターの変貌ぶりに未だ戸惑っていたが。
――イーロの相当問題がある発言は、取り敢えず全霊で聞かなかったことにしようと……
「なんだ? 何故誰も同意しない!?」
……断固として自身に誓う、いたって正常な男衆と腐っていない正常な女子二名であった。ちなみに同意をする筈がない――
そもそも何故あのような規格外の物がこんなところにあるのか。イーロが纏っている外骨格鎧を凝視する一同。あんな兵器は、このグレンカダムはおろかストラスアイラ王国にも存在しない筈だし、当り前だが一般人が手に入れられる限度を超えている。
可能性があるとすれば――
「なぁ、あいつさっき『帝国に亡命』とか言っていなかったか? つーかウッツ、お前ぇ後で殴る」
ナックルダスターを填めた手を振りながら、デメトリオがウッツとへスターの傍へ寄る。
「ああ、言ってたっスね。もしかして前と同じくアレも帝国製っスかね。それからウッツ、後で電撃刑っスよ」
そしてケネスも同じように傍に寄りながら、なにに使うのか帯電している警棒を油断なく構えた。
「そうかもですね。アレを作るだけの技術力は、残念ながら現在の王国にはありません。ま、王国は魔法技術先進国だから必要ないって理由もありますが――」
鋼鉄の棒で家屋破壊を絶賛継続中のオネルヴァも、皆の傍に来る。五人してユーインをガン無視である。
それはともかく、オネルヴァは「岩妖精達の噂だけど」と前置きして続けた。
「さっきイーロ氏が言っていたんですけど、あの鎧は〝魔導鎧〟っていうそうですね。噂は聞いたことがありますよ。帝国で対魔法兵器として開発されているものの一つだそうです」
「え? ちょっと待て。もしかしてアレって以前の脂肪ダルマのときにブッパされてた〝機関砲〟と同じモノ?」
「だと思います。帝国はここ十余年ほどキナ臭いですし。それに九年前のタムドゥー渓谷橋崩落事故は、帝国主導のテロ行為だって噂もあるくらいです。あとウッツん、私は殴ったりしませんけど、ちゃんと傷心のへスターを幸せにして下さいね。間違っても早速摘み食いしないことです」
「え? 摘み食いしちゃだめにゃの?」
「へスターさん?」
オネルヴァに、認めたくないが思わず確認してしまうウッツ。そして彼女はそんな説明をしつつ、ゆっくりと頷いた。
あとあんまり関係ないが、へスターがガッツリ両方の意味で肉食系だと再確認したオネルヴァだった。学生の頃のウッツが云々と言っていたが、案外それは逆かも知れない。
それはそれとして。
オネルヴァのやたらと不穏な情報を聞き、五人は互いに顔を見合わせる。敢えて口には出さないが、どうやら考えていることは同じであるようだ。
「オレ、帰ろうと思うんっスけどどうっスか?」
「賛成」
「意義なし」
「全力で帰りましょう」
「わたしはこのあとにゃにか食べに行きたいです」
そんな五人全員の意見が綺麗に合致し、互いに頷き合う。
そして――
「おい待て! 敵前逃亡は――」
「オネルヴァ、フルスウィング!」
「アイアイ、ウッツん。ボーラ・ヴィーア!」
「へべ!?」
「おおおおおおわああああぁぁ!」
オネルヴァの全身の筋肉が唸りを上げ、全長3メートルの鋼鉄の棒が邸宅をモノともせずに横薙ぎに振り切られる。
そういえば述べていなかったが、オネルヴァが持っているそれは、全長だけではなく太さも結構あったりする。大体直径20センチメートルくらい。
そして持ち手が片側にあるため様々な長さで使える優れ物である。更に司令言語でサイズも変更出来る、実は岩妖精秘蔵の逸品だった。
だが使用者である当のオネルヴァは、そんな秀逸な性能を慌てふためいてよく忘れるという、まさしく宝の持ち腐れであったりする。
そんなガチムチ岩妖精のオネルヴァが繰り出すフルスウィングを避けるべく他の四人は一斉に伏せ、だがそうされるとは思いも寄らないユーインとイーロはそれの直撃を受けて邸宅外へと放り出された。
ちなみに、最初の方がユーインの断末魔(?)である。
「じゃああとよろしくっス、クズさん。さてウッツよ、飯行くっスよ。ちょおっとOHANASHIしようか?」
「今日なんもしてねぇんだから働けやクソが。調味料すら知らねぇとか、ないわー。よしケネス、俺も混ぜろ。つーかへスターも来いよ?」
「ヘスター泣かせやがってこんクズが! 手前ぇの部下なんざこっちから願い下げだ! とっとくたばれ腐れサゲ◯ン野郎! え? お前らと飯? 普通に嫌だぞ。これからへスターと飯喰って帰るんだからよ」
「なんだか今日のウッツん素敵です(ぽ♡)」
「流石はわたしの幼馴染でしゅ(ガチン)」
石畳に勢い良く転がるユーインとイーロを尻目に、そそくさと去って行く部下五名。それを呆然と眺め、そして我に返る。
「おいちょっと待て! 仕事放棄する気か!? そんなことしてただで済むと思っているのか!」
飛び出す言葉が小物臭い。それに放棄もなにも、自分の手に負えない案件と判断したのなら撤退しても問題ないと、商業ギルドのマスターであるグランヴェル氏が言っている。命あっての物種だから。
だがそれは平のギルド職員に限ることであり、一定以上の実力があると判断された役職員は、その限りではない。
つまり、部下五名は撤退しても許されるが、役職員であるユーインは余程のがない限りそれは叶わないのだ。
「くっそー、あっさり逃げやがって! あいつら覚えとけよ!」
悪態を吐き、石畳に転がっていたイーロがガチョンガチョンと奇妙な音を立てて起き上がるのを正面から睨む。
そのまだ体勢が整っていないイーロ目掛け、
「面倒だから一発で決めてやる! 死んでも文句言うなよ!」
全身から魔力を迸らせ、魔法を紡ぐ。
「〝大海嘯!〟」
ユーインの魔法が完成し、途端に運河の水が溢れ出して直立する。それが一気に質量を増し、やがて分厚い壁となってイーロへ倒れて行った。
〝大海嘯〟
それは大規模破壊魔法であり、大量の水と水圧で全てを洗いざらい押し流す、戦場では非常に有効な魔法である。
だが、ここは住宅街。
そんな場所でこんな魔法を使った日には、惨事を通り越して災害である。
頭に血が昇って「つい!」使ってしまったが、流石にこれは拙い。
我に返って慌てて詠唱破棄しようとするが、焦っているためそれすら巧く行かない。
そしてそうやって血の気が引いているユーインを他所に、イーロは慌てず〝魔導鎧〟を稼働させた。
「〝魔法消滅結界〟」
イーロを中心として円形の結界が発生する。それはブレアアソール帝国が開発した、魔法に対する絶対的な防御結界。
勿論前回の〝機関砲〟にも組み込まれていた機構であり、帝国製の兵器に痛い目に遭っているのならば、同じ機能があると容易に予測出来るだろう。
つまり、気合を入れてせっかく使った大規模破壊魔法は一切意味を成さず、そればかりか災害を起こすだけであった。
(やべー、これ始末書じゃ絶対済まない)
独白するユーインの脳裏に、瞬時に「降格」「左遷」「懲戒処分」の文字が浮かぶ。
そんなことを連想する前に、まず詠唱破棄をするべきであるのだが、テンパっている彼はそれすら出来ない。それに、始末書を書くハメになるとかを心配している時点で既に見当違いである。
色々と別方向で覚悟を決めたユーインの耳に、
「セシルくん、こんなところで〝大海嘯〟使ってる人がいるよ」
「は? 莫迦じゃねーの。災害起こす気か? どんなテロリストだよ」
「面倒ねぇ、まったく……」
そんなのんびりした会話が聞こえ、そして――
「〝 強制詠唱破棄〟」
やけに気怠げな女の声と共に、ユーインが放った〝大海嘯〟が一瞬で消滅した。
そして続けて、やはり多重障壁を展開しているケネスが地下室の入口から同様に吹き飛んで天井に叩き付けられた。
更にそれを追うようにして、四肢や頭、そして体幹に薄い外骨格のような部品を装着しているイーロがリビングに一跳びで現れ、地下室の入り口の傍に立つ。
「あー鬱陶しい。あー鬱陶しい。まさか使うまいと思っていた〝魔導鎧〟を使うハメになるなんて。もういい、こいつら血祭りにして帝国へ行こう」
半眼でそう言い、今まさに地下へ降りようとして傍にいるへスターへと、拳を覆っている外骨格鎧で横薙ぎに殴る。
へスターの全身の白い毛が逆立ち、頭に耳が、尾骶に尾が現れた。
横薙ぎに繰り出されたその拳を両手で受け止め、だが勢いを受け切れずに壁へと吹き飛ばされる。
しかしそれで打ち付けられることなどなく、飛ばされてなお壁に着地しそのまま外骨格鎧を纏ったイーロを、
「乙女の純情を弄びやがって! 何様だクソがー!!」
叫びながら殴り付けた。
そんなへスターを目の当たりにした男衆三人はそっと目を逸らして涙を拭い、オネルヴァは謎に拳を振り上げている。
だがへスターが何故そうしたのか、諸悪の根源である当(ユ》|の本人は気付いていなく、更に当然身に覚えのないイーロは困惑しまくっていた。
「なにが『お前みたいな情熱的な女は初めてだ』だコンチクショー!」
着地と共に床を蹴り、回転しながら真横に跳んで蹴りを放つ。履いている革靴が破れ、鋭い爪が伸びている素足が覗いていた。
「単に言い寄って来た女が都合が良いからってヤりたかっただけなんじゃねぇかこのクズが!」
その鋭い爪を床に突き立て、両の掌底に魔力を込めて滅多打ちにする。だがイーロの纏う外骨格鎧は魔法障壁を展開しており、その魔力を悉く弾いてしまっていた。
「確かにわたしは未経験じゃなかったけど、それだって好きにして良いってわけじゃないんだ! この――」
足を踏み出し床に叩きつけ、魔力を消して全身を捻り、それによって生じた力を収束して拳に込め、
「腐れヤリ◯ン野郎がぁ!!」
一気に叩き付ける。その拳速は音を超え衝撃波を伴って外骨格鎧に直撃し、それを覆っている魔法障壁を根刮ぎ弾き飛ばした。
そんな想定の埒外の攻撃に面喰らうイーロ。だがそれよりも、一切身に覚えのないことを言われながら攻撃されて、そっちの方で困惑してしまう。
それはともかく、砕かれた魔法障壁を即座に再展開し、直後の残心で動けないへスターへと腕を振り上げ叩き下ろす。それは頭に直撃し、その衝撃でヘスターは膝を折った。だがそれで終わりではなく、続いて繰り出された蹴りをも真面に喰らい、ユーインの傍の壁に叩き付けられてしまう。
「へスター!」
壁に叩き付けられ、そのまま床に落ちるへスターを抱き起こそうとするユーイン。
その行動は上司として、そして恋人として当然なのだが――だがそうされそうになっているへスターは、朦朧としていてそんな判断は難しいはずなのに一瞬でその場を離れてウッツの隣へ移動する。しかもユーインが視界に入らないようにウッツの陰になる徹底ぶり。本気で愛想を尽かしたようだ。
「大丈夫かへスター」
二刀トレンチナイフを構え、自分に凭れるへスターを庇うように移動するウッツ。誰から庇っているのかは、敢えて伏せておく。
「大、丈夫……あれ滅茶苦茶硬いにゃー……でもウッツが守ってくれるにょ、久し振りだにゃあ……」
「そりゃあ今じゃお前の方が強いからな。本来俺は事務職なんだよ」
「……そんなのどうでも良いにゃ。……ウッツがしっかり捕まえてくれてたら……ううん、これ八つ当たりにゃ……ごめん、忘れて――」
「いつでも守ってやるよ。ま、物理的には守って貰う方だがな」
「ウッツ……ありがとにゃ……」
戦闘中で枷が外れているためか朦朧としているためか、ヘスターの語尾がおかしくなっているがそれは流し、だがそれより、そんなことより、どうしたことかピンクの雰囲気を醸し出し始めている二人に、敵味方問わず困惑する一同。
一体どうしてこうなった。
戦闘中にも拘らずイチャつくウッツとへスター。絶賛困惑継続中な一同の中で、そういえばとケネスが口を切る。
「そういや二人は幼馴染で、ジュニアハイからハイスクールまで交際していたって噂が……」
なんとなく呟いたつもりだったのだが、静まったその場では思いの外その声は響いてしまい、一同洩れなく二人を凝視する。
特にデメトリオとオネルヴァの眼力と眼光は凄まじく、呪殺されるのではないかと背筋が凍る二人であった。
「にゃに言ってんだケネス! 今それどころじゃにゃいだろうが! それに学生にょ頃にょ話しだ!」
平静を装ってはいるものの何故か顔を真っ赤にし、更にどういうわけか色々噛んじゃうウッツ。
「そ、そうにゃのにゃ……学生にょ頃にょ話しにゃにょ。あにょ頃はお金もにゃいからあまり出掛けられにゃかったし、ウッツも性欲大魔神だったから暇さえあれば一日中してたにゃ……」
「へスター?」
顔を真っ赤にしてにゃーにゃーと爆弾を投下させ、油を注いで大炎上させるへスター。そんな様を目の当たりにし、ケネスとデメトリオの独身魚人コンビは血涙を流さんばかりに歯噛みする。
「寂しい独身仲間だと思ったら、過去とはいえリア充だったっスか! こちとら未だ清い身体の童な帝王なのに!」
「有り得ねぇ! こん裏切りモンがぁ! シレっと清い身体同盟に近付いてんじゃねぇ羨ましいだろうがチクショー! こうなるんなら新人時代に俺をじっと見詰めてたへスターを迷わず誘っとけば良かったー!」
「いや待つっスよデメトリオ! それ絶対喰われるっスよ! 食事的な意味で!!」
「……なんなんだお前ら」
錯乱している魚人コンビへ、完全に蚊帳の外になっているイーロが呟いた。
「交際しているとかいないとか、男だとか女だとか、実に下らん連中だ」
外骨格鎧に組み込まれている膂力強化補助機構へと、その胸部に組み込まれている魔石から魔力を注ぎ込む。
それは、厳しい研鑽と努力の果てに、更に選ばれた者しか為し得ない極致へと凡人を導く強化魔法であり、自動的に展開される防御魔法障壁と併用することにより攻防一体となる究極の強化鎧。
「女などに現を抜かすからそうなる。それに比べて男は裏切ることなどない! 裏切らないのだ、漢女ならな!」
・・・・・・。
その容量度外視で湧き出す魔力に、イチャコラな二人も激昂している三人も我に返って身構える。
色々魔力に慣れているユーインは、へスターの変貌ぶりに未だ戸惑っていたが。
――イーロの相当問題がある発言は、取り敢えず全霊で聞かなかったことにしようと……
「なんだ? 何故誰も同意しない!?」
……断固として自身に誓う、いたって正常な男衆と腐っていない正常な女子二名であった。ちなみに同意をする筈がない――
そもそも何故あのような規格外の物がこんなところにあるのか。イーロが纏っている外骨格鎧を凝視する一同。あんな兵器は、このグレンカダムはおろかストラスアイラ王国にも存在しない筈だし、当り前だが一般人が手に入れられる限度を超えている。
可能性があるとすれば――
「なぁ、あいつさっき『帝国に亡命』とか言っていなかったか? つーかウッツ、お前ぇ後で殴る」
ナックルダスターを填めた手を振りながら、デメトリオがウッツとへスターの傍へ寄る。
「ああ、言ってたっスね。もしかして前と同じくアレも帝国製っスかね。それからウッツ、後で電撃刑っスよ」
そしてケネスも同じように傍に寄りながら、なにに使うのか帯電している警棒を油断なく構えた。
「そうかもですね。アレを作るだけの技術力は、残念ながら現在の王国にはありません。ま、王国は魔法技術先進国だから必要ないって理由もありますが――」
鋼鉄の棒で家屋破壊を絶賛継続中のオネルヴァも、皆の傍に来る。五人してユーインをガン無視である。
それはともかく、オネルヴァは「岩妖精達の噂だけど」と前置きして続けた。
「さっきイーロ氏が言っていたんですけど、あの鎧は〝魔導鎧〟っていうそうですね。噂は聞いたことがありますよ。帝国で対魔法兵器として開発されているものの一つだそうです」
「え? ちょっと待て。もしかしてアレって以前の脂肪ダルマのときにブッパされてた〝機関砲〟と同じモノ?」
「だと思います。帝国はここ十余年ほどキナ臭いですし。それに九年前のタムドゥー渓谷橋崩落事故は、帝国主導のテロ行為だって噂もあるくらいです。あとウッツん、私は殴ったりしませんけど、ちゃんと傷心のへスターを幸せにして下さいね。間違っても早速摘み食いしないことです」
「え? 摘み食いしちゃだめにゃの?」
「へスターさん?」
オネルヴァに、認めたくないが思わず確認してしまうウッツ。そして彼女はそんな説明をしつつ、ゆっくりと頷いた。
あとあんまり関係ないが、へスターがガッツリ両方の意味で肉食系だと再確認したオネルヴァだった。学生の頃のウッツが云々と言っていたが、案外それは逆かも知れない。
それはそれとして。
オネルヴァのやたらと不穏な情報を聞き、五人は互いに顔を見合わせる。敢えて口には出さないが、どうやら考えていることは同じであるようだ。
「オレ、帰ろうと思うんっスけどどうっスか?」
「賛成」
「意義なし」
「全力で帰りましょう」
「わたしはこのあとにゃにか食べに行きたいです」
そんな五人全員の意見が綺麗に合致し、互いに頷き合う。
そして――
「おい待て! 敵前逃亡は――」
「オネルヴァ、フルスウィング!」
「アイアイ、ウッツん。ボーラ・ヴィーア!」
「へべ!?」
「おおおおおおわああああぁぁ!」
オネルヴァの全身の筋肉が唸りを上げ、全長3メートルの鋼鉄の棒が邸宅をモノともせずに横薙ぎに振り切られる。
そういえば述べていなかったが、オネルヴァが持っているそれは、全長だけではなく太さも結構あったりする。大体直径20センチメートルくらい。
そして持ち手が片側にあるため様々な長さで使える優れ物である。更に司令言語でサイズも変更出来る、実は岩妖精秘蔵の逸品だった。
だが使用者である当のオネルヴァは、そんな秀逸な性能を慌てふためいてよく忘れるという、まさしく宝の持ち腐れであったりする。
そんなガチムチ岩妖精のオネルヴァが繰り出すフルスウィングを避けるべく他の四人は一斉に伏せ、だがそうされるとは思いも寄らないユーインとイーロはそれの直撃を受けて邸宅外へと放り出された。
ちなみに、最初の方がユーインの断末魔(?)である。
「じゃああとよろしくっス、クズさん。さてウッツよ、飯行くっスよ。ちょおっとOHANASHIしようか?」
「今日なんもしてねぇんだから働けやクソが。調味料すら知らねぇとか、ないわー。よしケネス、俺も混ぜろ。つーかへスターも来いよ?」
「ヘスター泣かせやがってこんクズが! 手前ぇの部下なんざこっちから願い下げだ! とっとくたばれ腐れサゲ◯ン野郎! え? お前らと飯? 普通に嫌だぞ。これからへスターと飯喰って帰るんだからよ」
「なんだか今日のウッツん素敵です(ぽ♡)」
「流石はわたしの幼馴染でしゅ(ガチン)」
石畳に勢い良く転がるユーインとイーロを尻目に、そそくさと去って行く部下五名。それを呆然と眺め、そして我に返る。
「おいちょっと待て! 仕事放棄する気か!? そんなことしてただで済むと思っているのか!」
飛び出す言葉が小物臭い。それに放棄もなにも、自分の手に負えない案件と判断したのなら撤退しても問題ないと、商業ギルドのマスターであるグランヴェル氏が言っている。命あっての物種だから。
だがそれは平のギルド職員に限ることであり、一定以上の実力があると判断された役職員は、その限りではない。
つまり、部下五名は撤退しても許されるが、役職員であるユーインは余程のがない限りそれは叶わないのだ。
「くっそー、あっさり逃げやがって! あいつら覚えとけよ!」
悪態を吐き、石畳に転がっていたイーロがガチョンガチョンと奇妙な音を立てて起き上がるのを正面から睨む。
そのまだ体勢が整っていないイーロ目掛け、
「面倒だから一発で決めてやる! 死んでも文句言うなよ!」
全身から魔力を迸らせ、魔法を紡ぐ。
「〝大海嘯!〟」
ユーインの魔法が完成し、途端に運河の水が溢れ出して直立する。それが一気に質量を増し、やがて分厚い壁となってイーロへ倒れて行った。
〝大海嘯〟
それは大規模破壊魔法であり、大量の水と水圧で全てを洗いざらい押し流す、戦場では非常に有効な魔法である。
だが、ここは住宅街。
そんな場所でこんな魔法を使った日には、惨事を通り越して災害である。
頭に血が昇って「つい!」使ってしまったが、流石にこれは拙い。
我に返って慌てて詠唱破棄しようとするが、焦っているためそれすら巧く行かない。
そしてそうやって血の気が引いているユーインを他所に、イーロは慌てず〝魔導鎧〟を稼働させた。
「〝魔法消滅結界〟」
イーロを中心として円形の結界が発生する。それはブレアアソール帝国が開発した、魔法に対する絶対的な防御結界。
勿論前回の〝機関砲〟にも組み込まれていた機構であり、帝国製の兵器に痛い目に遭っているのならば、同じ機能があると容易に予測出来るだろう。
つまり、気合を入れてせっかく使った大規模破壊魔法は一切意味を成さず、そればかりか災害を起こすだけであった。
(やべー、これ始末書じゃ絶対済まない)
独白するユーインの脳裏に、瞬時に「降格」「左遷」「懲戒処分」の文字が浮かぶ。
そんなことを連想する前に、まず詠唱破棄をするべきであるのだが、テンパっている彼はそれすら出来ない。それに、始末書を書くハメになるとかを心配している時点で既に見当違いである。
色々と別方向で覚悟を決めたユーインの耳に、
「セシルくん、こんなところで〝大海嘯〟使ってる人がいるよ」
「は? 莫迦じゃねーの。災害起こす気か? どんなテロリストだよ」
「面倒ねぇ、まったく……」
そんなのんびりした会話が聞こえ、そして――
「〝 強制詠唱破棄〟」
やけに気怠げな女の声と共に、ユーインが放った〝大海嘯〟が一瞬で消滅した。