三人娘とリオノーラがグレンカダムへと旅立ち、その直後からセシルは農場の一角に、とある施設の建造を計画し始めた。
それは農業と商業が学べる教育施設であり、そこで教育をして人材育成をすれば、遠くない未来にこの交易都市バルブレアは更に発展するだろう――
――とか高尚なことなど考えているわけでは一切なく、単に自分が此処から離れるにあたってそれらの役割を分割して分散させてでも担ってくれる人材が欲しかっただけである。
それに、責任の所在や決定権が一人だけにあるという従来の商会や農場では、仮に間違った判断をしてしまったときに取り返しが効かないし、なによりその一人に何かがあったときにはそれだけで立ち行かなくなってしまう。
それらを分散させればそれが防げるし、それに複数人の意見はそれだけで財産となる。
――人材が居なければ育てれば良いじゃない。
などと、パンが無いならお菓子を食べれば良いじゃないと言ったとプロパガンダされた某国某王妃の名言を捩って言うセシル。勿論誰も反応してくれなくて、
「どっちも小麦じゃねーかよ巫山戯んな!」
などと人気のない場所でセルフツッコミをしてスッキリと悦に入り、だが物陰から一部始終を必ず目撃している家政婦さんのように、クローディアがほくそ笑みながら見ていたのには気付かない。
それと、同一種族だけではなく様々な種族と共に学ぶことでそれらへの偏見を減らせるし、それぞれ考え方やその有り様も違うと理解することで、個人の生き方にも潤いを与えられて見識の幅も広がるであろう――
――とも考えているわけでもなく、種族が違うからなどという理由でいちいちケンカするのも時間の無駄だし、ンなクソ下らない偏見に労力を割く暇があるなら働けと言いたいだけであった。
結果的には、セシルが言うところの「高尚なお題目」に感動しちゃった、現在の教育機関の在り方を憂いていたがどうにもならない現状に軽く絶望している、バルブレア教育省の高官デシレア・ローセンブラート女史が二つ返事で賛成し、あれよあれよ言う間に建築屋への申し込みやら都市からの補助金の申請やらの込み入った手続きをしてしまったのである。
もっとも間取りに関しては、全てを任せるととんでもないことになる可能性があるため、あえて煩く口を出した。
そしてそれを見たデシレアは、その妥協を許さない姿勢にちょっと心酔しちゃったそうな。
デシレア・ローセンブラート女史。
――彼女は金毛妖狐族なみに希少な植物妖精(年齢はひ・み・つ♡)である。
好みの異性は、自分をしっかり持っていて言いたいこと、言うべきことをはっきり言う、そして妥協を許さない仕事をする人で、だがそれでいて相手も慮れる人だそうだ。
何気にハードルが激上がりしているのだが、種としての寿命がどれくらいなのかが不明なくらい遥かに長いため、気長に待つのは慣れている。ちなみに種族に拘りはない。
植物妖精も金毛妖狐族と同じく、その齢が此方は一千年を超えれば、森林を守護する〝樹人〟になると謂われている。そして実際それが存在する場所は、精霊が宿る豊かな森となるのだ。
その若草色に輝く、僅かにクセがあるフワフワの髪と、榛色の神秘的な瞳に魅了される男は星の数で、だがその仕事振りと事務処理能力が常軌を逸しているためか、気後れして言い寄る男は誰もいない。
そう、彼女はデキる女だった。
そして只今絶賛恋人募集中なのに、誰も言い寄ってこないために喪女となっていた――いや、なっている。
関係ないが、セシルとデシレア女史が色々な打ち合わせをしてメチャメチャ気が合い、妙に打ち解けてしまったためか、そのまま食事に出掛けたのであった。
この日、セシルは遠慮せずに色々話しても理解してくれる彼女との会話がとても楽しくなり、そしてデシレアも思うまま話しても全く気後れしないばかりか、それに対してしっかりとした意見を返して来るセシルに好感を抱き、互いに思わず深酒をしてしまった。
翌朝セシルが目覚めたのは自室であったのだが、どうやって帰って来たのかが不明であり、そして何故か全裸であるのにちょっと驚き、
「ん……寒い……」
更に隣で横たわる、若草色の髪を持つ植物妖精の綺麗な裸身を目の当たりにしてちょっと色々キュンときて、だがその状況が理解出来ずに絶句した。
その後お約束な一幕が展開され、セシルはデシレアに責任をとって欲しいと迫られたのである。
あまり関係ないが、二人の着衣はクローディアが夜のうちに洗濯済みであり、よって「お約束」の最中は互いに全裸だった。
当然それは、同棲しているクローディアになんの連絡もなく外食をして、更に女の子をお持ち帰りしたセシルへの嫌がらせである。
そっち方面にはおおらかな彼女ではあるのだが、その他のことはキッチリさせるのが当り前と、常々セシルは元より皆に言っていた。
――いやそれ絶対に奥さんの発想だろう。
元孤児で現在マーチャレス農場の職員である少年少女たちは、揃いも揃って総ツッコミをしている。
まぁオチとしては、酔っ払って動けなくなった二人を酒場の店主が気を利かせて貸し切り馬車を頼んで送らせて、デシレアの自宅が判らなかったためにセシルの自宅へ向かい、到着後に同棲しているクローディアが二人の衣服を器用に剥いてベッドに放り込んだだけであった。
酔っ払って即爆睡していたため、当然セシルはデシレアに手を出していない。
だがデシレアにとって同衾した事実が最重要である。
植物妖精は、異性に自身の裸身を見せるのは配偶者だけだと、古くからその種族に伝わる伝統的な固定概念が存在している。
よって彼女はセシルとそのような関係になった以上、娶って貰わなければ困ると迫って来た。
しかも、セシルが住んでいる元孤児院の自室に、最小限の荷物を持参して、である。
更に、その他の所持品は邪魔になるからと処分して、そして今まで住んでいた官舎も引き払ってしまったそうだ。
「私というものがありながら他の女と組んず解れつするなんて! なんて羨ま怪しからぬことをするのですか! この……浮気者! こうなったら私にもちゃんと手を出して下さいいつでも大丈夫です! あ、でも今日は『森妖精式基礎体温法』では危ない日なので、今は子供が出来ちゃうのはちょっと困りますから出来れば加減して欲しいで痛い痛い痛い痛い! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい調子に乗りましたごめんなさい! 顔面鷲掴みはヤメテ下さいお願いします! 今日はもう言いませんから許して下さ……ああ、でもコレはコレで愛を感じる♡」
莫迦なことを口走って新たな扉を開いちゃった海妖精はさておき、そんなことは時間が解決してくれるだろうと、セシルはそれを大して重要視せずに放っておくことにした――
――のだが、気付けばセシルとクローディアの部屋の両隣の壁がぶち抜かれて拡張されており、ついでに彼を含めない五人分の収納家具が整然と並んでいたという。
更に中央にはキングサイズの天蓋とベール付きベッドが鎮座し、その周囲にはしっかりシングルベッドも用意されているというオプション付き。
何故にシングルベッドもあるのかというと、女の子にはそういう日があるからだそうな。
「ふむ、完璧ね。流石は岩妖精の職人さん」
「あのー、押し掛けちゃった私が言うのもなんですが、クローディアさんは良かったのですか? セシル様の恋人なのですよね? 殴られる覚悟もして来たのですが……」
「恋人じゃないよデシレア。私とセシルは身体だけの関係だから気にしなくて良いよ。あ、もしかしてデシレアはそういう女や奥さんが複数人居るのはイヤ?」
「あ、いえ。一人ひとり満遍なく愛してくれれば文句はないです。それに、優秀な種を独り占めは勿体ないですし、それは社会の損失です」
「大丈夫、セシルはデキる男。女の子を絶対に不幸にはしない(私の『野望』は順調)」
「クローディアさん、今言葉の末尾に括弧開き括弧閉じでなにか面白そうな計画を言いませんでしたか?」
「……デシレアもデキる女だったわね」
「ふふ、クローディアさんほどではありませんよ」
「私のことは『ディア』と呼び捨てで良いわ」
「私も『デシー』で良いですよ、ディア」
「あのー、私も混ぜて欲しいんですけど……」
「……片付けが出来ないレオ姉さんが入る隙間はないわ。それに、デシーとちょっと台詞回しが被っているから喋らないで」
「私の扱い酷くないですか!? もっと優しくして下さい!」
「レオ姉さんの存在自体が環境に優しくない。流石にいつまでも片付けられない汚部屋の主のフォローは無理よ」
「ディアまで私に冷たい!」
そんなちょっとした恐ろしい計画が進行しているとは露ほども知らず、セシルは教育校設立に奔走していた。
自分が楽をするために!
そしてその作業で忙しく奔走しているセシルを尻目に、拡張された部屋でクローディアとデシレアは、
「そういえばディア。貴女って本当にセシル様と身体だけの関係なんですか?」
「そうよ。何度も言っているじゃない。私はセシルとそんな関係じゃないし、その気もないわ。デシーがそういう女がいるのが不満なら身を引くわよ」
「いえ、不満はないですよ。ただディアは本当にそれで良いのかと思ったのです。数日だけですが一緒に暮らしてみて、どう見てもセシル様の奥さんはディアだなぁと感じました。その、ちょっと恥ずかしいのですが、私には手を出さずに、その、ディアとばかり……」
「デシーは思った以上にエッチだと判明したわね。それとも過去にお付き合いした男を思い出しちゃった?」
「え? あああああの! わわわわわわ私にはそのような経験が……」
「冗談よ。デシーが性格的にも種族的にも未経験ってことくらい判っているわ。それにね、デシーはセシルの好みに合うのよ。貴女が来てからセシルが凄くなったのよね。早目にデシーに手を出して欲しいわ。じゃないと私の身がもたないんだけど?」
「そういう会話は俺がいないところでして欲しいんだけど!」
終わらない仕事を持ち帰り、目を血走らせてひたすら机に向かっているセシルへ、これ見よがしにそんな会話をする二人。だが言われたところで、二人して半笑いで一瞥するだけだった。
「仕事を自宅に持ち帰るのはどうかと私は思うわ。それに、どうしてセシルだけがそんなに頑張るのよ。自分の後継を育てたいっていうのは判るけど、その仕様を作るために一人で頑張るのは違うでしょう」
「そうですね。私が傍に居りますのにどうして手伝わせて貰えないのかが疑問です。それとも、あの夜私と語り合った『唯一を作らない仕事の有り様』は嘘だったのですか? 今のセシル様が抱えている仕事は『唯一』になっています。もっと私達を頼って下さい」
「まぁでも、私に出来るのは寝食と夜の世話だけだけど。仕事に関しては門外漢だからデシーに任せるわ。それともデシーも混ざりたい?」
「え? あああああの、出来れば最初は二人きりの方が……」
「ふふ、冗談よ。大丈夫、そのときは邪魔しないから。今は仕事を手伝ってあげて」
「そうです! セシルの手が空かないと私の部屋の掃除を誰がするんですか! 今もちょっと部屋に入れなくなって来て、着替えが無くて困っているんですよ! 見て下さい今だってパンツもブラもなくて素肌にキャミソールだけなんですから! 責任とって私も娶って下さい!」
「そう言うがなディア。お前だってしっかり教員資格持ってんだから働いて貰うぞ。今作ってるのは酪農や農耕だけじゃなくて、魔法の教育課程や経営学とか経済学を含んだ総合教育校なんだからな。あとデシーも出来れば教師をして欲しいんだが……」
「ええええぇー、私もするのぉ? 人に教えるの苦手なんだけど」
「はいはい! 私も裁縫なら教えられます! だから部屋の掃除をお願いします! あと娶って下さい!」
なにやら雑音がするのだが、それを聞き流して人材について思案するデシー。セシルにしてみれば人事が一番の頭痛の種であるため、コネでもなんでも良いから引っ張ってきて貰えると有り難い。
「良いですよ。経営学と経済学はそれなりに教えられると思います。あと私の元部下で経理に詳しい娘がいますので、給与と福利厚生次第では勧誘出来るかと」
そしてそれを聞いたクローディアの双眸が「キュピーン!」と輝いた。
「(それはハーレム要員なのデシー?)」
「(え? ハ、ハーレムですか? あの、草原妖精ですが大丈夫ですか? 二六歳でやっぱり幼く見えますけど、スタイルは良い方だと思います)」
「(うーん……セシルは成人直後に草原妖精の変態に襲われそうになったから心的外傷があるかも。でも性癖を見る限り合法ロリも範囲内だと思う。まぁ本人に任せましょう)」
なにやら不穏な相談を始める二人。だが書類仕事に忙しいセシルは、やっぱり気付かない。
それから、草原妖精の女子を「合法ロリ」扱いするのは如何なものかと、このときばかりは訝しむデシレア。だが確かにそれは真実であるのも否定出来ないため、ちょっとだけ悩んでしまった。
結果的には思考を放棄して、そういうこともあるだろうと、ほぼ無理矢理納得したが。
結局その後デシレアに仕事の分担をお願いし、彼女の鬼神の如き仕事振りに舌を巻き、ちょっとときめいちゃうセシル。それを見てクローディアは、小さくガッツポーズをした。
そんな感じで、教育校設立に向けてセシルとデシレアが仲良く奔走している頃、それを目撃した密かに彼女を狙っていた教育省の身の程知らずな自称エリート官僚の野郎どもが、彼女を横から掻っ攫われたと嫉妬に狂うという事件――というか珍事が起きた。
セシルもデシレアも、そんな頭が良いけど莫迦が治らなかった連中の妄言などに耳を貸す筈はなく、それが更に気に入らない彼らは、安くない金を掛けて様々な妨害工作をして来たのである。
だがそれらを事も無げに躱したり乗り越えたり、あるいは比喩的にも物理的にも粉砕して、まるで何事もなかったかのように事業を続ける二人。そしてそんなプチ障害を共に乗り越えたためか、より絆が深まってしまい、今では傍目にも堂々とイチャイチャし始める有様である。
しかも本人同士はイチャついている自覚一切なしなのが、よりタチが悪い。
それを見ているクローディア、会心のしたり顔でサムズアップ!
「自称」エリート官僚の矜持はズタズタになり、そして懐具合もボロボロになった。
あまり関係ないが、その妨害工作に費やした「自称(笑)」エリート官僚のお金は、それらを悉く退けた後で全てセシルの懐に入り、教育校設立に寄付金という形で資金の足しになったそうな。
その少なくない寄付金への感謝を込めて、定礎石に関係者として名が刻まれ、後年それを見付けた人々から称賛されたそうである。
された方は邪魔をしたかっただけだし散財したのだから、嬉しくもなく微妙な気持ちになったらしいが。
そんなになるまでやっちゃって後に引けなくなった野郎どもではあるのだが、ある早朝に教育省前の広場にある噴水に、漏れなく全裸開脚縛りで宙吊りにされるという何処にも需要がなく誰の特にもならない事件が起きた。
それが誰の犯行であるのか、野郎どもは怯えるばかりで一切口を開かなかったという。
だがその中の一部は、ナニカに目覚めてしまったらしく、頬を気持ち悪いくらいに赤らめてハァハァしていたそうな。
ぶっちゃけると、犯人は自分を袋叩きにしてからデレシアに乱暴を働こうとした野郎どもにブチ切れたセシルが、返り討ちにした上で認識阻害結界を展開して吊し上げたのである。勿論証拠になりそうなものは一切残していない。
ブチ切れて野郎どもを千切っては投げるセシルを目の当たりにしたデシレアは、その鬼神のような強靭さに恋する乙女のようにポーッとしちゃったようだ。
――どちらも一部に鬼を飼っている難儀な二人である。
被害者が教育省の職員であり、選民意識がやたらと高くデシレアに横恋慕していたのを知っている省の幹部達は、なんとなーく誰の仕業かを察していた。
だがそれをどうこうする前に、マーチャレス農場の御用商人であり、現在バルブレアの経済に少なくない影響を与えているポトチュファロヴァ商会の会長、アフクセンチエヴナ・ポトチュファロヴァが省の高官に面会を求めたことで事態が鎮静したのである。
ポト商会のアフ会長も、実はデキる男だった。
ちなみにそんな痴態を晒した男達の第一発見者は、朝のジョギングを欠かさない、成人したてで趣味が絵を描くことだという、爽やか系スポ根少女のラダナ(ヒト種)であった。
彼女はその運命の日、スケッチブックが入った鞄を襷掛けにしていつも通りにジョギングをしていたのである。
そしていつも通りに教育省前に差し掛かったとき、その凄まじくも恐ろしく悍ましい光景が視界に飛び込んで来た。
そのあまりの衝撃に目が離せなくなり、彼女はその場にスケッチブックを抱き締めて蹲ってしまう。
それに気付いた野郎どもは当然大騒ぎしたのだが、達人級に絶妙な加減で拘束している荒縄が解ける筈もなく、ギシギシ動いて見苦しいものがプラプラするだけであった。
だがラダナの視線はそんなプラつく粗末なものには向けられておらず、頬を赤らめハァハァしているご立派様に向いていたのを、彼女自身とそのハァハァしているアレな紳士だけが視認していた。
結局そのまま静かな時間が経過し、アレな紳士がラダナの視線のせいでちょっとビクンビクンしちゃった数分後に、衛兵が駆け付けて彼女は保護された。
その日以降、ラダナは部屋に引き篭ってしまい外出はしなくなったという。
だが彼女は強い女の子! それではいけないと思い立ち、ある日再び早朝ジョギングを再開し、そして――運命の出会いをした。
ラダナが例のアレを目撃しちゃった教育省前の広場に差し掛かったとき、そこにとある長身でスーツがよく似合う、均整の取れた肢体の男が佇んでたのである。
そう、彼はあのときハァハァしていてラダナの目の前で粗相をしちゃったアレな紳士であった。
二人は見つめ合い、そして吸い寄せられるように――防音が効いたとある設備が整っている小部屋に入って行った。
「ああぁーん、もっと見て下さい、もっと蔑んで下さい女・王・様ぁ! この汚らわしい駄犬の痴態を蔑んで下さい!」
「なにを言っているのかしら、この薄汚い豚が! お前なんて蔑む価値もないわ身の程を知りなさい! まぁどうしてもというのなら、ほら、無様に這いずって此処まで来なさい。ご褒美に足を舐めさせてあげるわ」
「ああ……女王様ぁ……あのときと同じようにこの醜いボクの痴態をもっと見て下さ……う!」
「だらしない豚ね。そんな程度じゃあご褒美なんてあげられないわ。ほらほら、わたしに触りたいならもっと這いずりなさい! もっと欲しがりなさい! この、豚野郎!!」
「女王様ぁー!(ブヒーーーー!)」
後日談。あの日以降引き篭もっていたラダナだが、その間中スケッチブックに向かってとある絵をひたすら描いていたという。
彼女の友人が心配してそこを訪れたとき、部屋の施錠はされておらず、ラダナになにかあったのだと即座に考えたその友人は、迷わず闖入した。
そして、見た――見てしまった。彼女が、ラダナがひたすら描き続けていた、ご立派様を!
そう、ラダナは目覚めてしまったのだ。
女王様に。
そしてその女王様会心の絵を見てしまった趣味友の友人Aは、それの衝撃のあまり腐ってしまった。
ちなみにラダナとアレな紳士は数年後に結婚し、幸せな家庭を築いたという。
物凄くどうでも良い話しだが。
そんな余談はともかく、計画から審査、設計、建築、そして雇用に至るまで僅か一年という有り得ない速度で教育校が開校し、そこに成人前後の元孤児達が揃って入学することとなる。
入学した生徒達は元々エセルから下地となる教育されており、且つセシルからの教育を受けていたためやっぱり優秀で、僅か半年で飛級して卒業資格やら教員資格やらその他諸々自分達がやりたいことに必要な資格を軒並み取得するという、驚異的な成果を挙げた。
これには流石のセシルもデシレアも驚愕し、だが僅かでも早くセシルの役に立ちたかったと揃いも揃ってキラキラした目で言われ、感極まったセシルはちょっと涙目になり、デシレアは号泣していたという。
クローディアは、セシルとデシーが教師ならならそうなるのは当り前と、謎のドヤ顔をしていたそうな。
そしてデシレアが連れて来た経理会計学担当の草原妖精ラーラ・ラーニョさんも、同様に号泣していた。
ちなみに彼女は、セシルがいうところの「ロリ巨乳」であるため、彼の琴線には触れなかったようである。
「(セシルは貧乳好きだもんね)」
「(だから腰とお尻が大好きなんですね。いつもディアと私のお尻見てますから)」
「(仕方ないわよ、セシルは所謂ドスケベだから。デシーはそういうのはイヤな方?)」
「(いえ、あの、まだ手を付けてくれないのでなんとも……。でもセシル様にならイヤじゃないです)」
「(デシーの『セシル様』呼びに燃えて萌えるわよセシルは。きっと止まらなくなるから、今から覚悟してね)」
「何の話しだ?」
「なんでもないわ。女の子の会話に入るのは無粋よ」
「お前達、最近なにか企んでるよな」
「大丈夫です、私はセシルの味方です! なので部屋の掃除をして下さい今すぐに! そして私を娶っ――」
思いの外早く教育校が軌道に乗り、そして二年が経過する。
そろそろ頃合いだと旅支度をするそんなセシルの元に、グレンカダムから手紙が届いた。
それには交差するナイフとフォークに兎の横顔という封蝋がされている。
差出人はレストラン「オーバン」のオーナーシェフ、リオノーラ・オクスリー。あの色素欠乏症の料理好きなリオノーラであった。
そこには、アップルジャック商会の会長イヴォンが多額の負債を抱えて夜逃げをし、それにより商会が倒産したとの情報が記されている。
そして――セシルに自分の大切な友達のシェリーを助けて欲しい、そう書かれていた。
翌日。
既に準備が完了していたセシルは、グレンカダム行き高速列車の最高級クラスのチケットを取り、エセルに拾われてから過ごしたバルブレアを後にした。
ちなみに最上級クラスとは、列車一両まるまる使用するチケットであり、ニ人から六人までで利用可能である。
物凄く今更だが、レミーがグレンカダムへ戻る際に渡したチケット代は、このクラスを取れたら取って欲しいという意味で多く見積もっていたのだが、元店長で現ポト商会のアフ会長はバカ正直に高級クラスのチケットしか取って来なかった。
アップルジャック商会バルブレア支店の元店長、アフクセンチエヴナ・ポトチュファロヴァ。
彼はデキる男ではあるが、若干応用が効かなかった。
「私バルブレアを出たことないから、なにかあったらお願いね、セシル」
「大丈夫ですよディア。私こう見えても旅慣れていますのでなんとでもなります。でもその前にセシル様がなんとかしてくれるんですよね?」
「いやなんとかって言ってもな、デシーならその前に解決しちゃうだろ。ディアだって面倒がってるだけで一人でなんでも出来るんだから」
「セシルは私の身体を好きにしてるんだから、それくらい良いでしょう。あ、でも最近はデシーと分担してるからなぁ」
「そういうのは言わなくて良いです! 恥ずかしいです……」
「ふ、流石はデシー。無意識レベルでセシルの本能と煩悩を擽る術を心得ている」
「いや往来でそういうことを言うんじゃないよ。目立って仕方ない。……というか、お前まで本気で行くのか?」
「なにを言っているんですか! こう見えても私はグレンカダム初心者じゃないんですよ! よって私が行かなくてどうするんですか! それに私は既にセシルの一部です! なので安心して任せて下さい! そして娶って下さい!」
「不安しかねぇし娶らねぇよ。というかレオンティーヌ、お前ちゃんと部屋片付けて来たのか? この前もラーラがブチ切れてたぞ」
「…………私は過去を振り返らない女なのです」
青み掛かった金髪の長い髪を風に吹かれるままに流し、紫紺の瞳で遠くを見詰める。
海妖精特有の端正な容姿と、癖がなく風に吹かれてサラサラと揺れる髪を白魚のようなその指で押さえる仕草や、憂いを含んだ瞳に魅了される者は多いだろう――
――汚部屋の主でなければ。
「そんなことはどうでも良いのです。さあさあ、早く改札を抜けましょう。兵は神速を貴ぶと古代の兵法家も言っておりますので」
「……お前、絶対部屋汚ぇままにして来たろう?」
「いえいえいえいえいえいえいえいえそそそそそんなことああああああああるわけなないじゃないでですか。わわわわわ私が信用出来ななないと?」
「動揺しまくってんじゃねぇかよ。まーたラーラに怒られても知らねぇぞ」
最近のレオンティーヌの汚部屋掃除は、セシルが忙しくて出来ないためにラーラの仕事になっていた。
彼女は綺麗好きで掃除好きであり、そういう面ではセシルととても気が合うのだ。
初めて汚部屋掃除に携わったときには般若のようになってレオンティーヌへ説教し、次いで鬼神のように掃除をし始めた。
実はラーラも、心に鬼を飼っていた。
セシルもデシレアもラーラも、一部でしか役に立たない鬼ではあるが。
「ほらほら早く早く! 早く乗らないと乗り遅れちゃいますよ!」
「そこまで慌てる必要はないだろう。まだちょっとは時間があるし……」
「いーえダメです! 社会人は原則十分前行動ですから! それに早くしないと良い席が取られちゃいますよ!」
「十分前行動には全面的に賛成するが、そもそも最上級クラスだから誰も席取らないからな。あ、それから車内を散らかしたら素っ裸にひん剥いて他の車両に叩き出すからな」
「もうセシルったらぁ……私の裸が見たいなら言ってくれれば良いのに。いつでも何処でもドンと来いで――」
「レ~オ~……!」
「!」
なにかを誤魔化すように喋りまくるレオンティーヌの動きと言葉が、まるで地の底から這い出るかのような圧を含む声で停止した。
そして油の切れた機械仕掛けの人形のようにギシギシとばかりに振り向いた先に、長い黒髪を結い上げている、細かい刺繍が入ったフワッとした服――ソロチカを着た草原妖精が、顔にとびきりの笑顔を張り付かせて立っていた。
但し目は一切笑っていなく、その手には、なにやら先が複数に分かれた鞭のような短杖を持っていたが。
「ラ、ラララララララーラララララララ……」
「うふふふふふ、ラーラの名前で歌を作ってくれるなんて、レオは本当に愉快だねぇ」
「いいいいいいや待ってこれには深海よりも深い理由があって……」
「へぇ? 汚部屋を放置するのにそんな高尚な理由なんてあるの?」
「待って! お願い許して! 私はどうしてもグレンカダムに行かなくちゃならないの! そうよねセシル!? 私も行かなくちゃいけないわよね!?」
そう言い助けを求めるレオンティーヌ。だが――
「お前、ちゃんと部屋片付けるって言ったろう」
「レオ姉さん、こればかりは私もフォロー出来ないわ」
「レオンティーヌさん、約束は守るためにあるのです。そして守るために努力するのを怠ってはいけません」
その場の誰一人としてそれに同調しない。デシレアに至ってはマジ説教が始まろうとしていた。
「いやー! お部屋のお掃除したくないー! 私はセシルと一緒にお出掛けするのー!」
「子供か! て! 足速ぇなオイ!」
そう言い、セシルのツッコミを全無視して全速で駆け出し列車へと逃げ出すレオンティーヌ。その逃げ足は、瞬足で知られる草原妖精であるラーラも度肝を抜かれるくらい、速かった。
だがそれに挫けるラーラではない。
こちらも草原妖精としての矜持があり、だがなにより綺麗好きとして汚部屋の放置などしたくもない。
よって、逃げるレオンティーヌを全速で追う。
ちなみに持っていたものは、高いところのお掃除に使うはたきであった。
そしてそんな下らない追い掛けっこをしている二人は、発車ベルに気付かない。
「おいおい、そろそろ拙いぞラーラ……てこっちも聞いちゃいねぇ」
盛大に舌打ちをし、レオンティーヌを追うラーラを、取り敢えず全力で追い掛けるセシル。
「まったく、困ったものねぇレオ姉さんは。あ、デシーお茶いる?」
「あ、はい。頂きます。でも、元気があって良いじゃないですか」
「デシー、なんか言うことがオバさん臭いよ」
「そうですか? でもそれは仕方のないことです。こう見えても数百年生きていますから」
「成程、デシーは数百年も処女を拗らせていたのね」
「純潔を守っていたのです。あ、これは種としての伝統というか、制約というか、とにかくそういうものですので」
「気を使わなくて良いよ。こういうおおらかさを認めるのは、ヒト種の特徴みたいなものだから」
「種の違いは面白いものですよね。でも、海妖精って片付けが苦手なんでしょうか?」
「そういうことはないと思うよ。あれは例外中の例外で、それも最悪の例。レオ姉さんのせいで海妖精に風評被害が出たらと思うと、怖くて夜しか眠れない」
「ふふ、夜は夜で、セシル様が寝かせてくれませんけどね」
「最近はデシーがいるから眠れる日が増えたよ。というかデシー、なんであんなにセシルの相手して疲れないの?」
「それは多分、私が植物妖精だからでしょう。感覚がヒト種より鈍いのかも知れません」
「……あんな大声出してそれはな――あ、動き出した」
動き出す列車。そしてそれとほぼ同じく、
「確保ー!」
レオンティーヌのマウントを取り、勝利の雄叫びを上げるラーラ。だがそのラーラの身柄を、今度はセシルが確保する。
「え? セシルくんどうしたの、そんなにハァハァして。えーと、ラーラには興味ないんだよね? 好みに合わないんだよね? 幾らラーラが魅力的でも、そんなに突然求められても心の準備っていうのが……」
「いやそうじゃなくて、列車、もう出てるからな」
「え?」
ゆっくりと周囲を見回すラーラ。
「え?」
流石は最上級クラスである。揺れ対策は充分に取ってあるため、それは最小限で快適だ。
「え?」
窓の外に流れる景色。それはやがて、都市から新緑へと変わって行く。
「え?」
最上級クラスの列車は、一両全てが個人の貸し切りであるため雑踏のようになることもなく、そのためクローディアとデシレアのように優雅にお茶も頂ける。
「え?」
レオンティーヌのマウントを取り、だが派手に戸惑い中のラーラに、そのクローディアとデシレアがおいでおいでをしていた。
「うそおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!?」
うん、そうなるよな。
滂沱の涙を流すレオンティーヌの上で、某有名画家の名画、タイトル「叫び」のような表情になってるラーラをヒョイと持ち上げ、取り敢えずお茶を出してくれているクローディアの隣りに座らせる。
「まぁ、そんなこともあるよね?」
「ディア、ちょっとないと思いますよ」
物凄く綺麗で魅力的な微笑みを浮かべるデシレアの言葉は、元部下の心を容赦なく抉って致命傷を与えていた。
車窓に流れる景色を、何処へともなく視線を漂わせて眺めているセシルは、やがて深い溜息を吐いて天井へと視線を移す。
昨日から慌ただしく準備をし、自分だけではなく同行するクローディアとデシレアにも同じように準備をして貰ったのだが、実は二人にはそれとなくしか言っていなかったため、突然そんなことを言われて戸惑ってしまっただろう。申し訳ないことをした――
――と思っていたのだが、そんな「それとなく」を互いにしっかり覚えており、なんとセシルの準備が整う前に二人の準備は終わっていた。
そしてデシレアに至っては、持っていくもので悩んでいるセシルにあれこれ助言すらしていたのである。
「良く出来た奥さんだねぇ」
二人のそんな睦じい遣り取りを見て満足げに頷きながら、当日着て行くであろうセシルのスーツを用意するクローディア。
いやアンタもそれだからね!
マーチャレス農場スタッフと総合教育校職員、総ツッコミである。
当人達にはやっぱり自覚がないようだが。
こうして、現在はバルブレア発グレンカダム行きの高速列車に乗っている。何事もなく予定通りに行けば、一日半で到着する行程だ。
セシルは、グレンカダムへ行くのは初めてであり、そしてそれ以前に生まれ育ったリンクウッドの森にある隠里とバルブレアしか知らない。そもそも本格的にダルモア王国から出国するのすら初めてである。
不安がないと言えば、嘘になる。
だがそれを口にするほど、セシルの胆力は低くない。そもそも多寡が国境線を越える程度、幼少期に何度も経験しているのだ。
……リンクウッドの森の中でだけど。
そんな腰抜なんだか豪胆なんだかイマイチ判らないセルフツッコミをして、一人勝手に悦に入るセシル。きっと一人ボケツッコミのスキル値はカンストしているに違いない。そんなスキルや数値は存在しないけれど。
それはともかく――今現在進行形でセシルは憂鬱になっており、そしてその気持ちが晴れないばかりか、時間を重ねるごとに積み上がって行く。
だがそれだけではなく、自身の中から鬱屈する、それでいて抑え切れない若さ故の熱情すら湧き上がって来ているのである。
セシルはもう一度深い溜息を吐き、そして――その抑え切れない若さ故の純情の暴走が理由なく反抗している原因へと目を向け、なにかを誤魔化すかのように足を組み替えてからすぐに逸らした。
「セシルくん、ホントーーーーーーーにごめんなさい! まさかレオを追っ掛けるのに夢中になって出発に気付かないなんて! ラーラ一生の不覚! この不始末の責任は身体で付けるからセシルくんの好きにして良いよ! 大丈夫、もし子供が出来ても責任取れとか言わないから!」
「だからなんでコッチの世界の女子はすーぐ身体で払おうとしたり償おうとするんだよ!」
セシルの真正面で全裸土下座をしている草原妖精に、渾身のツッコミをする。
だがそうしたところで怪訝な顔をされるばかりであり、誰も理解してはくれなかった。
現にそのツッコミ直後にラーラがそんな表情で身を起こし、コテンと首を傾げている。その仕草が、反則的に可愛かった。
更に身を起こしてしまったために色々見えてはイケナイところがイロイロとポロリしちゃって、余計に身じろぎどころか足を組み替えることすら出来なくなっちゃうセシル。そんな様を察したクローディアが、ティーカップ片手にニヤ笑いをしている。
「(ラーラは草原妖精なのになんでこんなにお胸様が大きいんだろう何処ぞの変態とは大違いだというかコイツ滅茶苦茶スタイル良くないか身長は流石に低いけど大体142センチメートルくらいだろなのにこのボンキュボンは反則だろうあーくそ良いおっぱいだな触りてーウエストからおヒップ様まで撫で回してーなーでも此処で手を出したら俺はただのエロいヤツという烙印を押されてしまうそれだけはなんかイヤだし気の迷いや衝動に任せて突っ走って皆にイヤな思いをさせるなんてしたくないそもそも俺には既にディアとデシーがいるからこれ以上は裏切り行為になるだろ――」
「セシル~、考えがまる聞こえだよー。全然心の声になってないよー」
優雅なティータイムをしているクローディアが、妙に優しい微笑みを浮かべながら言う。
そして言われたセシルの時間が、コンマ五秒くらい停止した。
「え? 俺口に出てた? どのくらいから?」
「『ラーラは草原妖精なのにお胸様が~』ていうところですかね。どうやらセシル様が貧乳好きというのは気のせいだったようです。論理的に分析しますと、一番好きなのがウェストからヒップ、大腿のラインですね。あと、前屈したときのヒップラインが殊の外好みであるようです」
「最初からじゃねぇか! というかなんだよその風評被害!? それから淡々と俺の性癖を分析するのは勘弁してくれ!」
目を閉じてセンティッド・ティーの香りを楽しみながら、自身の分析結果を論理的に説いちゃうデシレアの言葉に、堪らず頭を抱えて悶絶するセシル。クローディアの優しくも生温い視線が、致命的に痛い。
「待って下さい。ラーラがこうなっちゃったのは私が部屋を片付けなかったからです!」
「……ほぉ」
なにやら殊勝なことを言い出すレオンティーヌ。だが何故か唐突に、ちょっと上目遣いで恥じらいつつ着衣を脱ぎ散らかし始め――
「だからといってお前まで同じことをしようとするんじゃないよ面倒臭ぇ! つーかお前とラーラだったらラーラを取るわ汚部屋の主! まずは片付けられないその性根を治してからにしろ!」
「いいえ止めません! 私の八割は既にセシルで出来ているのです! もうこれは娶って貰うしかありばぼべ!?」
そんなバカを言い出すレオンティーヌの顔面に、水魔法でちょっと硬めに生成した水の塊をぶつけて後ろに吹き飛ばすラーラ。
そして吹っ飛ばされた彼女は当然ずぶ濡れになり、更にそうされたことでちょっと女子が下着姿でしてはいけない格好になってしまった。
「レオ煩い。これはセシルくんとラーラの問題なの。これ以上口を挟むと、ラーラはもう二度とレオの部屋を掃除しないよ。きっとセシルくんも同じことを思ってるの。あと下着姿で歩かないでよ。此処は最高級クラスとはいえ列車内なんだからね!」
「……レオンティーヌがそんな格好しても、部屋掃除の度に見てるからなんも感じなくなって来た。なんだろうこの残念な海妖精」
現在進行形で全裸なラーラがそんなことを言っても説得力が皆無なのだが、それは心の棚に仕舞い込む。
そしてなにかが色々と落ち着いたセシルは、溜息と共にそんなことを呟いてテーブルに頬杖を突き、クローディアが淹れてくれたフレーバード・ティーに口を付ける。ちなみに彼は、ブルーベリーのそれが好きだ。
関係ないが、クローディアはローズの、デシレアはジャスミンのセンティッド・ティーを楽しんでいる。
「まぁ、そんなこと気にすんな。それに正直言うと、同行要員の候補にラーラもいたんだ。レオンティーヌが来るのを知ってたら、それを却下してラーラを誘おうと思ってたんだよ」
絶対皆に反対されて、レオンティーヌを連れて行かないのならラーラも置いて、ラーラを連れて行くならレオンティーヌも連れて行けと異口同音されるだろうとセシルは予想する。何故なら自分もそう言うだろうから。
――何処かに整理整頓が好きでレオンティーヌが好みだって言い出す長寿種族いないかな。
ワリと本気でそう考えるセシル。だがそんな物好きは存在しないだろうと、彼女の今後の人生を憂いた。三秒間くらい。
言いながら、全裸正座中のラーラに綺麗に畳んで置いてある服を、直視しないようにしながら渡す。それに再び首を傾げながら、今度はキョトン顔をしてセシルを見詰めた。身体はやっぱり隠していないが。
「そんなわけだから、服着てくれないか。凄く眼福だが流石に拙いからな」
「あ、うん。セシルくんがそれで良いなら構わないけど……えへへ、セシルくんはラーラもアリだって判ったから、ラーラ満足」
「いやそういうことを言ってるんじゃなくて……」
否定しようとするのだが、なんだか沼にハマりそうで口を噤む。だが今回それは、はっきり言って逆効果だ。
――断るならはっきり言わないと、ねぇ。
ミント・ティーを淹れながらクローディアはそんなことを考え、服を着始めるラーラに勧める。
そのラーラはセシルの前だというのに、妙にえっちな下着をえっちな視線をセシルに向けてながら、やけにえっちに着ている最中であり、それをセシルはブルーベリー・ティーを啜りながら、何故か怖い顔で真剣にガン見にしていた。そしてどういうわけか、再び足を組んでいる。
そんなセシルの行動の理由を察しているクローディアの視線が、
「元気だ」
やっぱり優しくも生温い。
出発直後にそんな珍事があったものの、その後の行程は特別問題なく順調であった。
強いてなにかあったのかを挙げるなら、レオンティーヌが有り得ないほど速攻で車内をとっ散らかしたため、当初の宣言通りに素っ裸に剥かれて、最高級クラス専属メイドがいる隣の車両へ放り出されたくらいである。
鬼畜なセシルも、流石に男がうろついている客室に放り出すほど鬼ではない。見た目だけは美しくも麗しいレオンティーヌにそんなことをすれば、ただでは済まないから。主に相手側が。
レオンティーヌは実は、土、草、木の魔法が得意で、その分野に関しての実力はクローディアも認める程なのだ。
海妖精なのに海っぽい属性は皆無だが。
そしてクローディアは、全属性持ちである。
その専属メイドさん達も、ほぼ瞬時に散らかすという無い方が良い稀有な才能を有しているレオンティーヌに呆れ果て、素っ裸でセシルの許しを請う彼女を見て見ぬ振りをしていた。
関係ないが、海妖精は寒さに殊の外強い。水温一桁など屁でもない。
で、やっと許されたのだが、今度やったら食事の全てを魚介類を始めとする海産物にするとセシルが宣言し、絶望させたという。
まぁ結果としては、グレンカダムに到着するまでの食事は全て魚介類盛り合わせであった。
ちなみに到着までの食事は全てセシルとラーラが作り、クローディアもデシレアもメイドさん達も、大変ご満悦であったそうな。レオンティーヌは半泣きだったが。
まぁそのレオンティーヌも、
「悔しい! でも、(美味しさを)感じちゃう!」
と、いつぞや聞いたことを言いつつテーブルマナーも完璧に、残さず綺麗に食していた。嫌いと言いつつ、結局は調理次第で食べられるのである。
そして昼過ぎにグレンカダムに到着し、名残惜しそうに熱っぽい視線を向けるメイドさん達が、恥じらいながらもまた会いたいと、連絡先が書かれたカードを差し出した。
ラーラに。
そう、彼女はセシルも唸るほどの料理上手であった。そのうち調理に関する資格を一通り取って貰おうと考えるセシル。これでラーラのセカンドキャリアもバッチリだ。
悪い顔でそんな悪巧みをしてラーラを若干ドン引かせ、荷物を巧く収納出来ずに悲鳴を上げているレオンティーヌを尻目に、セシル達は一路、アップルジャック商会へと向かった。
――*――*――*――*――*――*――
――そのアップルジャック商会では、新たに冠婚葬祭の事業を立ち上げており、そのため只今絶賛従業員募集中であった。
当初セシルは、以前調べておいた住所――グレンカダム市街のとある場所へ向かったのだが、そこには廃業した酒蔵と、その隣に更地があるだけだった。
その更地には今にも倒壊しそうな小さな小屋があり、中には「イヴォンの資産」と書かれた立て札と、そして使い込まれた書籍やら皮製品の人形やらが入った木箱が乱雑にあるだけで、夕映も相まってなにやら諸行無常とでも言いたくなるような様相を呈している。
などとそれっぽく言えばなんとなく雰囲気が出るのだが、ぶっちゃけあるのはエロ本と空気人形だけだったが。
そんな色々な夢の跡を尻目に、ご近所様へ聞き込みを開始する。それは主にセシルとラーラの役目で、クローディアは荷物番をしており、デシレアは――
「あー、あっちの露店が楽しそーです。行ってみましょ……」
「行かせませんよ」
「わ! なんですかこの蔓? 体に巻き付いてくるんですけど! あ、ダメですそんなトコに入っちゃ!」
「子供じゃないんですから、その辺をフラフラしようとしないで下さい」
「あ、ダメそんなトコ! ヘンなトコ締め付けないで……らめ~~~~~~~~!」
「人聞きの悪い。おかしなところなんて縛っていませんよ」
どこかへフラフラ行こうとするレオンティーヌを、地面から木魔法で蔓を生やし、亀の甲羅のように縛る。
確かにおかしなところは縛っていない。おかしな縛り方はしているが。
どうやらデシレアも、セシルの悪影響を受け始めているようである。
「ていうかこの木魔法って強度が滅茶苦茶高いんですけど! 木魔法に一家言持ちの私が強制破棄出来ない!?」
「なにを寝呆けたことを言っているのですかレオンティーヌさん。木魔法で植物妖精に勝てると思っているのですか? それはあまりに慢心が過ぎますよ」
そんな攻防を繰り広げているデシレアとレオンティーヌを見なかったことにして、セシルは聞き込みを始めた――
のだが、最初に訊ねた近所のおばちゃんにとっ捕まり、ひたすら延々と切れ目も際限もなく語られてしまった。
挙句一緒にいるラーラとの関係を訝しがられ、だがラーラが元気良く「新妻です!」と、多分冗談であろうがそう言ったことで事態が悪化し、更に自分と旦那の馴れ初めやら現在はどうだとか結婚生活の心構えやらを散々聞かされ、こっ酷い目に遭ってしまったのである。
その甲斐あって――というには些かどころか相当不安だが、とにかく前述の通り、アップルジャック商会が現在従業員を募集しているという情報を手に入れたのである。
「アップルジャック商会は倒産したんじゃ……」
そうラーラがセシルに訊くと、
「そうなんだよ! あのイヴォンのバカが借金こさえて夜逃げしたんだよ! でもエセルさんの娘さんのシェリーちゃんが、あれよあれよという間に一回倒産させて、取り立てに来たオスコション商会のロクデナシどもと大立ち回りをして借金を全部無くしたんだよ! いやあ、あれでまだ一四歳だったんだから、いるもんだねぇ天才ってのが。まあエセルさんもそうだったんだから当たり前かね。それにしてもシェリーちゃん、イヴォンのバカに似なくて本当に良かったねぇ。もしかしたら本当は父親が違っていたりして。ああそれから――」
おばちゃんの会話(?)は続く。際限なく。
教訓、おばちゃんとの話しを切り上げたいときには、決して質問したりしてはいけない。言葉が七百倍くらいになって帰って来るから。
結局セシル達がおばちゃんから解放される頃には、既に日が暮れていたのである。
だがそれでも話が途切れることはなく、最終的にはいい加減にしろとブチ切れた息子が引き摺るようにして家に連れさった。
そして真っ白に燃え尽きているセシル達が、実はグレンカダムに来たばかりで宿も取っていないと知って蒼白になり、だが宿には知り合いやコネも一切ないため平謝りしていた。
宿というか、この際三人娘を訪ねて直接アップルジャック商会に行くのも良いかなーとか楽観的に考えており、ダメならダメで――
「宿取れなかったら野宿になるけど平気か?」
『え~~~~~~~~~~! 私断固反対です!』
「私は平気よ。セシルとレスリーに連れられて結構狩りに駆り出されて、一週間くらいの野宿もざらだったし」
『ここは野山じゃないのでちゃんと宿を取るべきだと私は思います!』
「単純に後方支援は助かるんだよな。また狩りに行きたいな~」
『後方支援なら私も出来ます! 今度連れてって下さい!』
「落ち着いたら行きましょうよ。私はセシルに付いて行くわよ」
『ディアも良いですけど私も良いと思います! だから行きましょう!』
「私も問題ありません。バルブレアで定職に着くまでは流浪の旅をしていましたから」
『ええと、私の意見聞いてます? 私は野宿断固反対派です!』
「流浪の旅って、どれくらいそんなことしてたんだ?」
『私はずっと孤児院育ちです! セシルとクローディアより二つ上です! でも海妖精なので年齢は気にしないで下さい!』
「うふふ、それはナイショですセシル様。どうしても聞きたいのなら、後でゆっくりと……」
『はいはーい! 私も後でゆっくりなにかをしたいです!』
「デシーがどんどんイロイロ開発されて行く……やるわねセシル」
『セシル、私も開発して下さい! いつでもウェルカムです!』
「いやなんでだよ。意味が判らん」
『もう、私の口から言わせるんですか? セシルのイ・ケ・ズ♡』
「ラーラも平気だよ。そもそも草原妖精は家を持たないからね。屋根がないと眠れないって言っちゃう最近の若い草原妖精達は贅沢なんだよ」
『いーえ、それは贅沢ではありません! 文化的な生活なのです! だから頑張って宿を探しましょう! 私はセシルと同室がいいです!』
「は? ラーラだって充分若いだろ」
『私も若いですよセシル。まだ新鮮です!』
「えへへ、ありがとセシルくん。でもラーラはセシルくんより七つ上なんだよ」
『はいはいはーい! さっきも言いましたが私も二つ上です! 金の草鞋です! だから娶って下さい!』
「ラーラは草原妖精だろ。二八歳なんてまだまだ幼いうちに入るんじゃないのか? まぁ草原妖精のそういう事情は知らんが」
『私も海妖精にしては幼いです! こう見えても種族としてはロリっ娘です! 未熟で甘酸っぱい果実です! さあ、召し上がれ!』
郊外に行って野宿でも問題ないと、レオンティーヌ以外全員が思っていた。
そしてその発言を悉く流されるレオンティーヌ。だがその程度で折れる彼女ではない。それにそれが判っているのなら、きっとこうはならない筈である。
……多分。
「レオンティーヌ」
「はい! なんでしょうセシル! 私はいつでもどこでも全然構いません! でも初めてなのでベッドが良いです!」
やっと声を掛けられ、
「煩い」
だが素気無く平坦にそう言われ、今度こそ本気で落ち込んでしまった。
そんな計画(?)を立て、だが取り敢えずアップルジャック商会へ行ってみようと、駄目で元々な判断をして貸し切り馬車を借り、行ってみることにした。
そして――到着した場所は郊外であり、そして既に閉まっている商店に併設されている教会堂と礼拝堂、そして大人数でのパーティーも出来そうな祝賀会場を前にして、あのレオンティーヌですら言葉を失った。
これを成したのが件のシェリー・アップルジャックだとしたら、その手腕は驚愕すべきものだ。
そんなことを考えながら、商店脇にある店主の自宅らしき出入口を三回ノックする。
待つこと暫し、
「はーい、どなたー? 言っておくけど訪問販売はお断りよ」
扉が開き、そこに現れた少女を見て、セシルとクローディア、そしてレオンティーヌは言葉を失った。
白金色の流れる美しい髪、光の加減で色を変える翠瞳。整った柳眉に筋の通った鼻梁。そして――聞き覚えのある心地良い声。
セシルはその場で絶句し、クローディアとレオンティーヌは彼女を見詰めたまま、涙を落とす。
「え? ええ? なになに、どうしたの?」
そんな三人に戸惑い、その少女は――エセルの生写しであるシェリー・アップルジャックは、困ったように曖昧な微笑みを浮かべた。
登場人物
セシル・アディ
男 神人族 九歳→二一歳
濡烏色の髪 灰色の瞳
リンクウッドの森にある名も無き暗殺者の村出身。
村が焼き討ちにあった際いち早く脱出しエセルに拾われ孤児院に連れて行かれた。
このとき変態にセクハラを受けて若干の心的外傷を追う。
名を貰う前は「八〇六号」と呼ばれてた。
色々な資格をアホほど持っている。
クローディア・ノーリッシュ
女 ヒト種九歳→二一歳
茶系金髪 紫の瞳
バルブレアの孤児院育ち。エセルから直接魔法を習った。全属性持ち。
成人後にある切っ掛けでセシルと身体だけの関係になるが、やっていることは誰が見ても奥さんである。
教員資格持ち。
〝美食三人娘〟
メイ・スコールズ
女 土妖精 七歳→一九歳
黒髪 黒目 目が細い
孤児院で育ち、アップルジャック商会バルブレア支店独立後のマーチャレス農場創設メンバー。農園担当。
アップルジャック商会を援助するためグレンカダムへ来た。
農作物の資格持ち。
シャーロット・エフィンジャー
女 ヒト種 七歳→一九歳
茶系金髪 碧眼
孤児院で育ち、アップルジャック商会バルブレア支店独立後のマーチャレス農場創設メンバー。果樹園担当。
アップルジャック商会を援助するためグレンカダムへ来た。
果実系の資格持ち。
レスリー・レンズリー
女 鬼人族 七歳→一九歳
濡烏色の髪 緋色の瞳
孤児院で育ち、アップルジャック商会バルブレア支店独立後のマーチャレス農場創設メンバー。牧場担当。
アップルジャック商会を援助するためグレンカダムへ来た。
食肉系資格持ち。
リオノーラ・オクスリー
女 ヒト種 六歳→一八歳
白髪赤目の色素欠乏症
孤児院で育ち、セシルと共に孤児達の食事を作っていた。
飲食店経営のため諸々の資格を持ってる。
レオンティーヌ・フリムラン
女 海妖精 一一歳→二三歳
青み掛かった金髪 紫紺の瞳
孤児院で育ち、成人後もそこで生活していた。
服飾に関しては〝神針〟と呼ばれるほど実力があるのだが、実は片付けられない汚部屋の主で、片付けや洗濯はセシルにやって貰っている。
デシレア・ローセンブラート
女 植物妖精 年齢不詳
若草色の僅かにクセのあるフワフワの髪
榛色の瞳
セシルが総合教育校を設立する際に、その理想に心酔して語り合い、気持ちよーく泥酔してしまいクローディアの悪戯でセシルと同衾してしまった。
その後バルブレア教育省を退職して総合教育校設立に尽力した。
経済学と経営学の教員資格持ち。
ラーラ・ラーニョ
女 半草原妖精 二八歳
黒髪 黒目 目は細くなく普通
バルブレア教育省の元職員。デシレアに誘われて総合教育校設立に協力した。
炊事洗濯掃除が趣味で、同じく出来るセシルに好意を持っている。
レオンティーヌの汚部屋掃除を引き継いで、彼女を説教しながら鬼神のように行なっている。
経理会計学の教員資格持ち。
アフクセンチエヴナ・ポトチュファロヴァ
男 ヒト種 四四歳
赤毛 茶色の瞳
元アップルジャック商会バルブレア支店の店長。
現在はポトチュファロヴァ商会を立ち上げマーチャレス農場と専属契約している。
名前が長く、セシルに「寿限無か!」とツッコミを入れられている。
言われている本人は寿限無が判らないため反論に困っている。
妻子持ちで、奥さんにも40%で名前を間違えられたり噛んだりされていた。
種族設定
ヒト・亜人種
ヒト種
世界一多い種族。所謂人(「人間」という「種」は存在しないのは地球と同じ)。
平均寿命は五〇から八〇歳台と幅があり、最も短いのだが繁殖力がありコロコロ増える。
ごく稀に「覚醒種」が生まれ、化物並みの能力を発揮することがある。
尚、ヒトのみが何故かヒト「種」と呼ばれている。
鬼人族
全体的に背が高く色白であり、ほぼ全てが黒髪で緋色の瞳であるが、ごく稀に紫の瞳の個体もいる。毛髪は非常に多くハゲはいない。
頭部に一本から三本の小さい角があり、家族やつがいにしか触らせない。ウッカリ異性が触っちゃうと、責任を取らされる。
身体的能力が非常に高く、武器を使用しての近接戦闘は文字通り鬼のように強い。
獣人族
獣の能力を有している種族。そのその種類は獣の数ほどいる。ちなみに獣耳、尻尾は格納可能。容姿も他の亜人種と変わらない。種族特有の爪や牙などは自由自在に出し入れも出来る。
金毛妖狐族
九つの尾を持つ狐の獣人。
非常に希少な種族であり、現在はほぼ確認出来なく、その数は十人もいないだろうと種族学に詳しいグレンカダムの学者は語っている。
その学者の説によると、警戒心が強く他種族とは関わらず、誰も立ち入れない深い森の奥に棲んでいるそうである。
間違っても郊外の酒蔵でリンゴ酒作りに精を出していたり、百を超える年齢なのに奥さんと人目も憚らずにイチャイチャしたり、カマ語で話したり孫が二〇人いたりはしないそうである(某リンゴ酒販売商会の四代目予定の少女がその学者に全否定された)。
五百歳を超えると白い面の黄金に輝く九つの尾を持つ巨大な狐になるらしい。
関係ないが、グレンカダムには五〇人くらい暮らしている。
神人族
生まれながらにして身体能力と魔法的な能力が高く、更に常軌を逸した知識を持つ。
そのため世界の常識に囚われない柔軟な発想を発揮して、だがちょっとみんなが理解出来ないようなことを言ったりしたりするときがある。
「神人族」という種は存在しなく、各種族の中で稀に生まれる「覚醒種」がそう呼ばれている。
魚人族
ちょっとしっとりする肌と鰓を持つ水棲種族。だが陸上生まれ陸上育ちのため泳げないカナヅチな個体もいる。
淡水と鹹水の魚人がいる。仲は悪くない。
ちなみに人魚とは別である。
体温が低い。
鳥人族
タムドゥー渓谷内の邑に棲み、他種族とほぼ交流がない種族。容姿は他の亜人種と変わらず、だが背に翼があり空も飛べる。
昔から養蜂を行なっており、それが唯一の生産品。超が付く高級品である。
妖精種
森妖精
森に棲む妖精種。寿命がほぼ存在しないという非常に長命な種族。
繁殖能力が低いとされていたのだがそんなことはなく、誰かさんが正しい繁殖方法を王族のみに教示し、その千年後くらいに子宝に恵まれないと悩むメイドにポロっと言っちゃったことでそれが爆発的に広がり人口が急増した。
その後王は、王妃に折檻されたそうである。
海妖精
増え過ぎた森妖精が生活の場を海に移してそう名乗った。
移住して数千年経つため水棲に特化し、森妖精とは身体的特徴が微妙に違う。
非常に綺麗好きであり、自身の身の回りや住居、海が汚れるのを殊の外嫌う。某海妖精は例外。
一応「恥じらい」という概念はあるらしいのだが、基本的に裸族。寒さに強い。
草原妖精
その呼称通り草原を根城にする種族。
全体的に小柄で背が低く、高くても150センチメートルを超えることは稀である。
非常に俊敏んであり、その速さは全種族中最高。
ちなみに変態が多いわけではない。
土妖精
大地共に生きると謂われている種族。
農業に特化しており手先が器用で、またその力は非常に強い。
草原妖精ほどではないが比較的小柄で、男女とも可愛い系美男美女揃いである。
岩妖精
元々鉱山に棲んでいた種族。
手先が器用で力も強く、技術能力が非常に高い。土妖精と根源は同じ。
体型は土妖精とほぼ同じだが、男女ともより筋肉質なガチムチ豆タンクである。
男女とも頭髪が濃く、男は髭も濃いが髭率はそれほど高くない。髭があると気が散って仕事に差し障るそうな。
酒に目がないが有り得ないほど弱い。
植物妖精
根本的な起源が他とは違い、世界樹と呼ばれるトネリコの木を起源とする種族。
種としての寿命はほぼ存在しなく、千を超えると〝樹人〟となる。
排他的で他種族に興味がなく、誰とも関わりをもたない幻の種族と呼ばれており、少なくとも無能な同僚を憂いたり、たまたま気が合った異性と食事に行って泥酔してしまい、ウッカリ同衾しちゃって責任を取れと言ったり、最低限の荷物持参でそのお相手の部屋にちゃっかり住み込むなどということはしない(グレンカダム在住の種族学者談)。
シェリーによって新設されたアップルジャック商会に併設された商店は郊外にあり、お世辞にも立地がいいとは言えなかった。
商店にとって立地は重要であり、例えどれほど優良であったとしても、それだけで売り上げが落ち込んでしまう。
だがアップルジャック商会はそんな不利などモノともせずに、売り上げを伸ばしている。
その要因となっているのがカルヴァドスやエセルが積み上げて来た「信頼」であり、そして愚鈍の代名詞とすら呼ばれているイヴォンを廃し、一度商会を畳んだがその数ヶ月後に再び立ち上げた、商業ギルド員や取引のある多数の商会の会長が「〝鳳〟」と呼ぶ少女、シェリー・アップルジャックの存在であった。
だが勿論そんな名の価値だけで存続出来るほど、商会経営は甘くない。
シェリーがまず行ったのは、既存の商会経営の概念を壊すことだった。
今まで商品を購入するには、それを販売している商店に行かなければならなかった。
だが新設されたアップルジャック商会では、急を要する場合や消費期限が短い商品以外のほぼ全てを、それを卸す商店や個人宅にまで宅配する事業を開始したのである。
もっともその構想自体は十年以上前から既にあったのだが、いざ始めようとするとイヴォン――いや莫迦が煩くて全く進められなかった。
なんでも「客に遜ると舐められる」ということであったらしい。
このときエセルは、
「莫迦がクソみたいな理屈捏ねてんじゃないよ! クソがぁ!」
と枕を殴りながら珍しく怒り、当時四歳のシェリーに慰められたそうな。
そんな感じで宅配事業を始め、最初は若干戸惑っていた顧客も回を重ねる毎にその高い利便性に気付き、現在では定期購入をしている商店や個人もいるほどであった。
ちなみに送料はその商品価格の一割だが、一定の価格帯を越えると一律料金になるため、大量購入がオススメである。
その他の事業として、冠婚葬祭業の立ち上げが決定しており、現在職員募集中であった。
ちなみにどうしてそれを始めたのか、それには深い理由がある。
現アップルジャック商会の社長であるアイザック・セデラーは、先日結婚式を挙げた。
だがその際に、諸事情により教会を利用出来なくなっていたのである。
それを岩妖精のガチムチ豆タンクで有り得ないほど酒に弱い職人相手に、その酒の席で愚痴を零し、ならばとヘベレケになりながらもその職人連中がその場のノリで暴走し始め、酒の席での口約束であるにも拘らず、翌日あれよあれよという間に郊外にある商会に併設させるように、教会堂やら礼拝堂やら、果ては祝賀会場までもを勢いで着工し、僅か三日で仕上げてしまった。
しかもそれは簡易的なものでは一切なく、本物のそれすら遥かに凌駕するほど立派な建造物であったのである。
ぶっちゃけて言ってしまえば、取り壊すのが勿体ないからなにかに使えないかと思案した結果、だったら司祭の資格持ちがいるんだから、それやっちゃおうとなったのである。
案外軽い理由だった。
余談だが、その建築費は無料で、だが実は教会側の賠償金から捻出されたそうである。
その賠償金なるものが、一番迷惑を掛けて頂いたシェリー達には一切入って来ないのは、きっと教会側の最後の抵抗なのだろう。
――なにがあったのかは、前章の十三話にサラッとあるのでそれを参照でお願いします。
で、その事業を始めるにあたり食事の提供も必須であるため、提携業者としてレストラン「オーバン」にお願いしようと思ったのだが、どうやら資金繰りが難しくなり、地味に借金も増えているため廃業の危機に晒されているらしい。
一体どういうことなのかと、取り敢えずそのオーナーのリオノーラ・オクスリーを呼んで事情を訊くことにした。
それから、来るときには帳簿やその他の出納帳も持って来るように厳命している。
彼女を迎えるにあたり、シェリーは勿論のこと、店長のアイザック・セデラー、副店長のリー・イーリー、経理会計監査のジャン・ジャック・ジャービス――JJ、そしてアイザックの妻のエイリーン・エラ・セデラーも同席することとなっていた。
それから、シェリーの身の回りの世話をしている元修道女のコーデリア・ハーネスもいるのだが、数には入っていない。
そしてリオノーラがシェリーの自宅に訪れ、愛想笑いをしながら整理されていない乱雑なそれらをテーブルに置き、JJの頬が若干引き攣ったとき、訪問を告げるノックが三回した。
このドアノッカーにはちょっとした機能があり、ノックに連動してチャイムが鳴る仕組みになっている。
ちなみにこれはエセルの発明品で、特許取得済みだ。そしてストラスアイラ王国内だけでなく他国でもバカ売れしているため、それをうっかり相続しちゃっているシェリーの貯蓄の桁が、ちょっと見るのも恐ろしいくらいになっていた。
それはともかく、こんな夜更けに誰だろうと訝しみ、出ようとするコーデリアを制してシェリーが玄関口へ向かう。
そしてドアを開け、
「はーい、どなたー? 言っておくけど訪問販売はお断りよ」
そんな惚けたことを言いながら、訪問者を観察する。
訪れたのは五人。
一人は濡烏色の艶やかな髪と灰の瞳の、色白で端正な容姿の背の高い男。
それだけを見たのならば、十人が十人とも、異口同音で色男と称するであろう。
その右隣には、茶系金髪と紫の瞳の、これもまた美人がいた。ただ若干気怠げであり、しかもちょっとエッチな色気がする。
左隣には草原妖精がおり、お馴染みの黒髪黒目だがその双眸は細くはなく、逆に大きい方であった。だがそれよりなにより、彼女のスタイルがとても良く、胸部装甲に関して言えば、多分この場にいる誰よりもその防御力も破壊力も上であろう。
背後にいる二人のうち青み掛かった金髪と紫紺の瞳の女性は、確か祖父カルヴァドスの葬儀のときに曽祖母のレミーをバルブレアから連れて来てくれた海妖精で、着付けや服飾を丁寧に教えてくれた記憶がある。
但し、片付けが致命的に出来ていなかったが。
そして最後の一人は――いまいち種族が判らなかった。
若草色の僅かにクセのあるフワフワの髪と榛色の瞳を見る限り森妖精のようでもあるが、その象徴ともいうべき耳がそれと違う。
更に雰囲気が動物ではなく植物寄りであるのだが明らかに自立歩行しており、そして見た目でも植物な筈がなかったが。
この数瞬でそこまで観察して訝しみ、だが――男の右隣にいる女と背後の海妖精が唐突に涙を落とし始めた。
「え? ええ? なになに、どうしたの?」
意味が判らず、取り敢えず小首を傾げて愛想笑いを浮かべるシェリー。
そのシェリーに、男の右隣にいる女――クローディアが唐突に抱き付いた。
「だって、だっで、ぞのままだがら――」
そしてそのまま号泣し始める始末。シェリーはどうしていいか判らず、取り敢えず目の前の男に視線で助けと説明を求める。
ちなみに背後にいて完全に出遅れてしまった海妖精――レオンティーヌも同じく号泣し始めており、隣にいるシェリーが言うところのイマイチ種族が判らない人――デシレアからタオルを貰って顔を覆っていた。
そしてそんな視線を向けられた男――セシルもシェリーを見て呆然としており、だがすぐに我に返ると咳払いを一つしてから、
「失礼しました。我らはバルブレアにあります、元々は孤児院であった農場――マーチャレス農場から来た者です」
丁寧に礼をしながら、そう言い微笑むセシル。
それを見たシェリーは、一瞬でそれを詐欺師が浮かべる愛想笑いだと見抜いてしまい、先程の驚いたような懐かしむような、だが怯えたような表情が素なのだろうと判断した。
「ああ、お母さんがちょくちょく行ってたあの孤児院の……あー、もしかしてこの人とか後ろの海妖精さんとか、お母さ――エセルとなにかあったのかな?」
そんなことを言いつつ、自分より背が高いのに甘えるように抱き付いているクローディアの背中をポンポン叩きながら、ついでに頭をナデナデしながら訊く。
――どうでも良いけどこの人、ママと同じくえっちな雰囲気というか、匂いがする。
ついでにそんなことも考え、困ったようにクローディアの肩に手を添えるセシルと比べるように交互に視線を飛ばし、なにかを納得するシェリーであった。
そのクローディアなのだが、
「おがあざん」
そう言い、シェリーを更にきつく抱き締め始める。
「ああ、うん、なんか納得した。確かに私ってば、お母さんに似てるよね。よく瓜二つって言われるよ。寝惚けたザックに抱き付かれたこともいっぱいあるし。その後でエイリーンさんに引っ叩かれてたけど……」
「おかあさん!」
「ああ……もう、はいはい。えーと――」
ちらりとセシルを一瞥し、口パクで名前を聞く。それだけで即理解した彼は、懐からメモ帳と万年筆を取り出してサラサラと書いてシェリーへ見せた。
『クローディア。愛称は「ディア」です。魔法使いとしてのエセル様の愛弟子になります。ちなみに全属性持ちで、現在十重詠唱の練習中です』
ほうほう、ナルホド。理解し納得するシェリー。というか書くの速くない? 妙に達筆だし!
ちょっと驚いているシェリーに気付き、ちょっとドヤ顔をするセシル。思わず苛ぁ! っとするシェリー。
それはともかく、自分に抱き付いてただ泣きじゃくっているクローディアの背に手を回す。そしてその耳元で囁いた。
「頑張ったねディア。良く頑張りました」
その言葉でクローディアの感情が閾値を超え、シェリーを抱き締めている手に更に力を込めて離さない。
「どうしろっていうのよ……」
そう――言ったところで、事態が悪化しただけであった。
抱き付かれて離れる様子が全然なく、本気で困ってしまい助けを求めているシェリーから、セシルはクローディアをなんとか引き離した。
そのときちょっと暴れられて引っ掻かれたりしたが、その程度は許容範囲内である。たまーに背中を引っ掻かれるし。
そしてそのクローディアを落ち着かせてから、他の三人へ目配せをして慇懃に一礼をしてから名乗る。
「大変失礼を致しました。改めまして、我らはダルモア王国の交易都市バルブレアにあります、『マーチャレス農場』から参りま――」
『セシル、くぅーーーーーーーーーーん!』
「――した。私はセシル・アディと申しま――」
その挨拶の途中で、玄関口に立つシェリーを飛び越えて草原妖精が、セシル目掛けて飛び込みをする。
「私に会いに来てくれたんだね! 嬉しいよ天にも昇る気持ちだよ昇天しそうだよイっちゃいそうだよ! さあ! 私と組んず解れつ爛れた夜を過ごそうじゃないか今直――」
「哼!!」
「ぐにぃ!?」
それがセシルへと到達する前に、そのまだ宙を舞っている草原妖精の背に気合一閃全体重を掛けて掌底を落とす。
哀れその草原妖精――リー・イーリーは、潰れたカエルのような声を出して「ビタン」と地面に落ちた。
シェリーは既に成人しており、実はそれほど背は低くなく160センチメートルはあるのだが、それを物理的に飛び越えるとは、呆れた身体能力だ。
そしてそれを、躊躇など一切なく自身の全体重と重力を合わせて地面に叩き付けるセシルの容赦ない行動に、なんとなーくこの人も変態の被害者なんだなーと察し、だが性別がおかしいと、シェリーは若干混乱する。
「もうセシルくん。相変わらず激しいねぇ。あのときも私を容赦なく縛ってくれたね。あの出来事は今でも夢に見るよぉ」
「恍惚とするな鬱陶しい。何度来ようが俺はお前と同衾する気はないぞ。そういえばお前もアップルジャック商会の従業員だったな。覚えていたくないから記憶から消去していたよ」
「ふふふ、相変わらずツレナイねぇ。だがそれがイイ! 君の初めてをディアに取られたのは私にとって痛恨時だけど、その成熟した身体と磨いたであろう技術を存分に味わうのもまた、一興! さあ! 今から終わらない爛れた夜を過ご――」
目を爛々と輝かせながら、鼻息も荒く恍惚とするリー。久し振りにセシルを見て、完全に箍が外れたようだ。
そしてセシルは、ちょっと人に向けてはいけないような、気の弱い者なら心的外傷になりそうなほどの蔑んだ視線を向ける。
「おお? なんだこの蔓は? まさか木魔法!? くぅ、なんだこの尋常ではない強度は! はぁ? なんで此処に植物妖精がいるのだ!?」
「セシル様が嫌がっていますので、ちょっと大人しくして下さいね、お嬢ちゃん」
そんなリーを見ていられなくなったデシレアが、木魔法でリーを縛る。
それを恨めしそうに睨み、だが絶妙ーに躰に食い込む蔓にハァハァし始めた。
「もしかしてセシルくん、その植物妖精もたらし込んだのかい? 流石だよ! ということは、ディアとはもう切れたんだね!」
「言い方! たらし込んでなんかいねぇよ人聞きの悪い!」
「あらあら、どうしましょうディア。私ってセシル様にたらし込まれたのでしょうか?」
「はいはい! 私もセシルにたらし込まれたいです今直ぐに!」
「レオ煩い。ちょっとラーラと一緒に黙ってようか」
「私の扱い酷くない!?」
「どちらかというと、こっちがセシルをたらし込んだのよね。あと私とセシルは切れてないわよ。身体の相性が良いからね。でも他の女には譲っても、アンタみたいな変態女には絶対に譲ってやらない」
「あのー、ちょっといい?」
突如現れて場を引っ掻き回しているリーに呆然とし、だが聞き捨てならない一言を耳にして口を挟むシェリー。
すると何故かクローディアが、目をキラキラさせながら上機嫌でその手を取って両手でニギニギし始める。
ちなみに地面で縛られているリーは、そのクローディアに踏ん付けられて「あふん♡」と言っていた。
「ちょっと素朴な疑問なんだけど、変態女って、誰?」
凄く良い顔で自分の手をニギニギしているクローディアにちょっと引きつつ、セシル達を見回してから訊く。
するとセシルとクローディア、そして後ろにいる海妖精が一斉にリーを指差した。
そのリーは、「ああ、後ろ指を刺されている。だがそれもまたイイ!」とか高度な変態力を発揮してビクンビクンしている。
シェリーはたっぷり数分間呆然とし、そして足元でビクンビクンしている変態の傍にノロノロとしゃがみ込む。
そして控え目なその胸を鷲掴んで「ぅんん♡」と言わせ、更に――ちょっと年頃の女の子が触っちゃいけないところを撫で回したり叩いたりした。勿論そのたび変態は一層ビクンビクンし、最終的に荒い息をしながら動かなくなったという。
「――嘘……」
呆然と立ち上がり、呟くシェリー。その尋常ではない状態に、若干狼狽えるクローディア。セシルは素知らぬ顔だったが。
「嘘、うそ! ウソーーーー! リーって女だったの!?」
『え……そこ?』
思わず異口同音で突っ込むセシル達であった。
そんなどーでも良い一幕があり、なにはともあれ自己紹介を終えたセシル達は、訪問した理由を説明した。
それならばとシェリーは、二階に部屋も余っているし此処に泊まるように言い、だが現在来客中であるため大した御構いは出来なくて申し訳ないと告げた。
突然の訪問であるため、それは仕方のないことである。
だがそれより――
「シェリーさんはエセルさんの娘さんなのよね。ごめんなさい取り乱して。あまりにそっくりだったからつい……」
「気にしなくて良いわよ。お母さんに似てるって以前から言われてたし、それに写真を見る限りじゃあ『双子か!』ってくらい似てる自覚があるから。あ、でも私の方がおっぱいは大きいかな~」
「あー、うん、確かにエセルさん、それ気にしてた。あれ? シェリーさんって幾つになったの?」
「一五歳よ。成人したて。あと『さん』付けじゃなくて良いわよ。私もディアって呼ぶから」
「ありがとう、じゃあシェリー、遠慮なく部屋を使わせて貰うわね」
「良いよ良いよ。部屋数いっぱいあるから、好きに使って。あ、エイリーンさん、案内してくれない。私ちょっとJJと一緒にリオと話しがあるから」
シェリーとクローディアが、やけに親しげに話していた。やはり最初にあんなコトがあったせいなのであろうか。
それはともかく、セシル達はエイリーンという龍人族の、なんだかちょっとエッチな雰囲気を醸し出している女性に案内して貰い、部屋を選ぶことにした。
「一応シングルとツイン、あとダブルもあるわよ。えーと、セシルくんとディアちゃんがダブルで、あとはシングルで良いかな?」
まぁそれが妥当かな。そう思い承諾しようとするのだが、
「はいはい! 私がセシルと同室が良いです! これを機会に私にも手を出して下さいお願いします!」
「却下」
バカを言い出すレオンティーヌのアホな提案を即却下する。
「ラーラ」
「はい、ラーラです。どしたのセシルくん」
「こういうことを頼むのは凄く気が引けるんだが……」
「あー、判ったの。問題ないよセシルくん。だけどあとで埋め合わせはしてね。身体で払ってくれても良いよ」
「いやまたそんな冗談を……」
「え? なに言ってるのセシルくん。ラーラ本気だよ。優秀な子種を欲しがるのは当然だし、それにラーラは仕事が出来て強いセシルくんが大好きなんだよ。大丈夫、ディアとデシー先輩には許可貰ってるから」
天真爛漫にそんなとんでもないことを言われ、暫し呆然とするセシル。無許可で許可を出したクローディアとデシレアは、渾身の素知らぬ風を装っている。
そしてラーラは、
「い~やぁああああああぁぁぁ! 私はセシルとねぇーるぅーのぉおーーーーーー!」
「はいはい煩い。レオはラーラと同じ部屋だよ。散らかしたら素っ裸にひん剥いて縛ってから放り出すからね」
レオンティーヌをドナドナしながら、案内されたツインの部屋に入って行った。
「賑やかねぇ」
その様を見て、ことこと笑うエイリーン。その笑い顔でさえ、妙に色っぽい。
ちなみにこの人は、この商会の社長夫人らしい。龍人族、しかもその白銀の髪と黄金の瞳を見る限り最強の黄金龍であろう。
それを妻にするなど、いったいどんな化物なのだろうか。
そんなことを考え、だがエセルは元より変態だって実は相当な実力者だ。その上こんな最強で最恐な種族の女を娶る化物がいるアップルジャック商会は、いったいどんな人外魔境なんだろう。
そんなことを考え、僅かに身震いするセシル。
だがエセルに拾われて色々と教示されたセシルは元より、元孤児院の子供たちも既に充分人外であるのを、セシルは気付いていなかった。
一例を挙げるなら、元孤児院の魔法適性がある子供たちは、最低でも〝三重詠唱〟が使える。そしてそれが「普通」だ。
だがそれは世間一般的には全然「普通」ではなく、それだけで宮仕えすら出来るほど高度な技術なのである。
他には――一刀の元に鉄壁を斬ったり、魔力を載せた掌底撃で岩盤を砂にしたり、500メートル先の的を矢で連続で射抜いたり、的のど真ん中に突き刺さっている投げナイフの柄に投げナイフを突き立てたり、正拳突きで衝撃波を発生させてぶつける等々――一般的には奥義や秘伝に属するようなことを、事もなげに平然とやっちゃっていた。
エセルが足繁く通っていた孤児院は、そんな人外育成場であったのである。
どうしてそうなったと訊ねてみたとしても、きっとエセルは「趣味で」とかシレッと言うのであろうが。
「それで? 貴方達は同室で良いのかしら。此方としても掃除するのが二部屋で済むのは助かるけど」
「あ、いや別べ――」
「デシーも一緒で構わない? 今日は旅疲れもあるからしないと思うけど」
「一緒で良いですよディア。でもセシル様はきっと我慢出来ないと思います」
「――つにして……ってコラ、勝手に――」
「ふふ、若いって良いわね。あ、でも見た目通りの齢じゃないのかな。植物妖精さん」
「ええ、そうですよ黄金龍さん。こう見えても数百年生きていますので」
「そうなの。あたしより歳上は久し振りね。あれ? でも貴女達って伴侶以外の異性に身体を見せないんじゃないの?」
「良くご存知ですね、こんな少数派種族の風習を。そうです、我らは伴侶にしか肌を晒しません。私にとってそれがセシル様です」
「まぁ、あたしらだって少数派だし。今更なんだろうけど、貴女はそれで良いの? 明らかに種としての寿命が違うでしょう」
「それは織込み済みです。セシル様を看取った後は、子供たちや孫、曾孫や玄孫に囲まれて幸せに暮らす予定ですので」
「……なんか俺の死後の予定を話されると切なくなるんだが、だが?」
「種としての寿命が違うからねー。仕方ないよ」
「あらそう。ふふ、それも楽しそうね。あたしもそれを目指したいけど、でも龍人族って子供が出来難いからなぁ。もっと頑張ろうっと」
明け透けにそんなコトを言っちゃうエイリーン。自分のことは棚上げして、ちょっと居心地が悪くなるセシル。
だが子を生し育むのも、生物として当り前にするべきことではある。
「……俺達も作るべきなんだろうか……」
「え? なにセシル。子供欲しいの? うーん、私はまだ欲しくないなぁ」
「あ、いや、今直ぐって話しじゃあないよ。いずれはそうなるかなってことだ」
「……ふうん、そう」
セシルの独白に、そうクローディアは答える。微妙に夫婦の会話なのだが、それを指摘しても否定されるだけだと知っているデシレアは、なんとも微妙な表情を浮かべている。
結局セシル達が選んだのは、ツインの部屋だった。
そのツインの部屋に荷物を置き、一旦退室してラーラとレオンティーヌの様子を見に行く。
すると、まだ僅かな時間しか経過していないのにも拘らず、もうとっ散らかされている有様を目前にして絶句し、下着姿で床に正座させられているレオンティーヌをラーラが鬼の形相で説教しているのを見なかったことにして部屋に戻る。
そして――共にシングルサイズであった筈のベッドの片方がダブルサイズに変更されいるのに気付いた。
「ガンバってね」
そう言いながら、妙に色っぽくパチンとウィンクをして、ベッドを片手にエイリーンは去って行った。
「ねぇセシル。ベッドって片手で持てるものだったっけ?」
「ん~、俺は頑張ればギリいけるか? でもそれ持って軽々とは歩けないかな」
「龍人族って、本当に凄いですね」
目の前で繰り広げられた驚愕の事象に、ただ呆然とするセシル達。
だがいつまでもそんなことに気を取られてはいられない。荷物を軽く整理し、
「あ、そういえばデシー。なんかセシル子供欲しいみたいだよ。生んであげたら?」
「それに応えるのはやぶさかではありませんが、ディアは私が先でも良いのですか? しかも植物妖精は双子三子当り前ですよ」
「私に許可取る意味が判らないんだけど……ああそっか、そんなにいっぱい生まれるんならおっぱい足りなくなるかぁ。うーん、どうしようかなぁ。ラーラにお願いする?」
「(其処は『私も生む』と言って欲しいのですが……)」
「うん? なにか言ったデシー」
「いいえ、思いの外ディアが素直じゃなくて臆病だと思っただけです」
「なんのこと?」
なにやら不穏な会話を耳にしたが聞かなかったことにして、セシルはデシレアにラーラとレオンティーヌを呼んでくるように託ける。
そして「マーチャレス農場謹製色々詰合セット」を両手に抱え、クローディアと一緒に階下へ降りて行――
「セ・シ・ル、くぅ~~~~ん! 待ってたよぉ! さあさあ早速私と再会のいっぱ――」
――き、再び飛び込みする変態にドン引きする。
だが両手が塞がっているし、しかもここで避けてしまったらクローディアが被害が遭う。それはなんか、イヤだ。
覚悟を決め、抱き付かれた瞬間に身を捻って力の方向を変え、床に叩き付けてやろうかとも思ったが、実は体術に関してかなりの達人である変態にそれが通用するとは思えない。
「〝次元空間充填障壁〟」
そう覚悟を決めて、きっと色々されるんだろーなーとか考えていると、目の前に正六角形の透明な板が隙間無く組み合わされいく。
「――つぅ!?」
その透明な板にリーは頭を強かに打ち付け、更にその衝撃が反射して二倍のダメージになる。
流石にその衝撃は尋常ではなく、そのまま床に転がって声も無くのたうち回るリー。
それを、その傍に来た着流しを悠然と羽織っている龍人族の男――JJが、放置されたゴミでも見るかのような視線を落とす。
「~~~~こんの屑龍! なに余計なことしやがるんだ莫迦野郎! ヒトの恋路を邪魔してんじゃねぇよクソがぁ!」
「あ゛あ゛? 恋路だぁ? 寝呆けてんのかこん細目野郎が! ああ、目が開いてねぇから寝呆けてんのか。寝るなら黙って寝とけやビチグソチビが! 寝呆けて人様に迷惑掛けてんじゃねぇ!」
頭を押さえて勢い良く立ち上がり、JJへ人には向けてはいけない獰猛な表情で睨め上げる。
だがその程度で怯むJJはなく、此方も獰猛に詰め寄っている。その双眸が怪しい光を放ち、そして口から灼熱の吐息が漏れていた。
「やんのかゴラ! 手前ぇの鱗全部剥がして売っ払ってやんよ!」
「言ってろクソチビ! そのあるかどうか判らねぇ細目を永久に閉じてやんよ!」
まさに一触即発。
だがそのとき、
「〝四重詠唱〟展開」
涼やかな声が響き、その懐かしく、だが僅かな差異のある声色に懐かしさが込み上げるセシルとクローディア。
そして声の主へ目を向けると、全身から魔力を迸らせているシェリーが映る。
「〝石壁〟!〝大気の戦鎚〟!」
瞬間的に魔力が周囲を満たす。そして口論(?)する二人の真下に石の壁が展開し、次いでその真上から大気の鎚が振り下ろされる。
その衝撃で二人は仲良く石壁に叩き付けられた。
あまり関係ないが、JJが頭を打ち付けた石壁には、打点を中心に罅が入っていたりする。
そして副産物ともいうべき発生した風により、シェリーとクローディアのスカートがブワッと捲れた。
後ろにいるクローディアのなにかは残念ながら見えなかったが、正面にいるシェリーの細かいレースが入った純白ツヤツヤの芸術的ななにかが露わになり、セシルは表情を引き締めて真剣にガン見した。
「〝詠唱破棄〟」
そして周囲を満たす魔力が嘘のように霧散し、シェリーは短く息を吐く。
「お客様が来ているのに燥ぐんじゃないわよ! 良い歳してみっともない!」
腕を組み、床に蹲る二人を見降ろしてビシッと言う。
それを目の当たりにしたクローディアは、熱の籠った視線を向けて「ぽー」っとしていた。
「いやでもお嬢。六年ぶりに愛する人に逢えたのですよ。純情が暴走してイロイロ濡れちゃうのは仕方ないのです」
「このクソチビが鬱陶しくも下劣に跳ね回るのは目に余ります。即座に廃棄処分にするべきと愚考します」
「んだとこの屑龍が! 誰が下劣だスカしてんじゃねぇぞゴラ! こちとら長年の純情を暴走させてんだ邪魔すんじゃねぇ!」
「あ゛? どのツラ下げて純情っつってんだクソが! 何処でも股濡らしてる年中発情淫乱クソチビがイキってんじゃねぇぞ!」
「誰が淫乱だこん屑龍! こう見えてもこちとら経験人数一人じゃボケぇ!」
『え?』
瞬間、その場にいる全ての時間が、体感として数十秒止まった。
「あ」
静まり返ったその空間で、ただ一人その失言に気付いたリーは、やらなきゃ良いのに弾みでぶっちゃけてしまったことを激しく後悔する。
「ああ、うん。なんか、済まない。自分も言い過ぎた。淫乱って言ったのは取り消すし、その、凄く申し訳ない」
そんなリーへ、さっきまで罵っていた筈のJJが優しくそんなことを言い出し、そして謝罪した。その気遣いが、余計にリーの心を抉る。
「ジャン。リーはね、実は離婚歴があるのよ。確かに変態だけど、純情っていうのは一概に否定出来ないわ」
更にことの成り行きを見守っていたエイリーンの追撃が効果的一撃となり、遂にリーは頭を抱えて悶絶してしまった。
「そうなんだ……リーも辛いことがあったのね。なんか、色々言ってごめんなさい」
次いでシェリーまでそんなことを言い始め、居た堪れなくなったリーは、
「う」
のろのろと立ち上がり、そして俯いたまま、
「私を、そんな目で見るなあああぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁあぁーーーー…………」
ドップラー効果を残しつつ、そのまま外に飛び出して行った。
その後暫くの間、リーは商会に姿を見せなかったという。
しかしその仕事だけは、どういうわけか気付いたらしっかりしてあったりする。それは実はいつも通りであるため、従業員一同は殆ど気にしていなかったそうだ。
ぶっちゃけ何処に行ったのかというと、隣にある酒蔵の主人であるザカライア爺に愚痴を聞いて貰いに行っただけであったが。
金毛妖狐族であるザカライア爺は、とても面倒見が良かった。
一〇三歳で孫が二〇人いる、どう見ても二〇代にしか見えないカマ語の美青年だが。
そんな嵐のような出来事の後、
「やべぇ、あの変態がちょっと可愛く見えてしまった」
「それは絶対にダメだからね」
そんな独白をして、クローディアに釘を刺されるセシルであった。
「えーと、リーのことはどうでも良いとして……」
咳払いをして先程の色々を無かったことにするシェリー。だがそれがちょっとエロかったため、しなければ良いのにセシルがちょっと反応してしまった。
そしてそれを敏感に察知したシェリーが、胡乱な目を向ける。
「ごめんなさいねシェリー。セシルは基本的にドスケベだから気にしないで。後でちゃんと絞っておくから」
「……まぁ、私の咳払いがエロいってよく言われるからそれはもう諦めてるけど。それより貴方、さっき私のパンツをガン見してたでしょう」
バレていた! シェリーの指摘に、心胆を寒からしめられるセシル。だが表情には一切出さず、
「いや? 俺は〝四重詠唱〟とその後の魔法発動速度に感心していただけだが? それ以前に変態に突撃されそうになって、しかも両手が塞がっているからちょっとした覚悟を決めていたところだ。あ、これはマーチャレス農場が自信を持って販売している商品詰合ですので、どうぞお納め下さい。個人的なお勧めはブルーベリーのフレーバード・ティーです」
色々誤魔化し、最終的に物で全てを無かったことにしようとするセシル。その若干必死な姿を、ちょっと白けたように見ているクローディアの視線が痛いが気にしない。
更にシェリーの背後にいる、背の高い栗毛を緩く一本の三つ編みにしているヒト種の男が、突き刺さるような視線を向けていた。
しかもその気配が、先程の変態――じゃなくて変態や灼熱の吐息を漏らしていたJJ、そしてベッドを片手で持ち歩くエイリーンよりもよほど人外である。
一体なにをどうすれば、それほどの領域に踏み入れられるのか。ちょっと興味があるセシルだったが、少し考え、人は辞めたくないと判断してそれを振り払った。
「あらどうもご丁寧に。まぁ中身見られたワケじゃないから別に構わないし、これでチャラにしてあげるわ……大丈夫だから殺気立たないのザック」
「その辺は大丈夫よシェリー。セシルはパンツに興味があるわけじゃなくて、パンツを脱がすのが好きなだけだから。ああ、でも脱がす前にスーハーするわね」
「あら、その辺はザックと一緒じゃない。うちの旦那もスーハー好きよ。まぁ男ってみんな変態だから、スーハーされても悩まなくて良いのよコーデリア」
突然声を掛けられてビクッとする、茶系金髪と青い瞳の、メガネがよく似合う三つ編みの元修道女でJJの恋人のコーデリアが、チラッとJJへと目を向けてから耳まで真っ赤になって俯いている。
相変わらず可愛いなぁ。
そんなオヤジ的発想をしてニヤ笑いをするシェリー。そしてクローディアもそれを見て和んでいた。セシルは興味なさそうであったが。
そしてエイリーンにスーハーを暴露されたザックは、全力で知らん顔をして雑誌を観ている。
ちなみに雑誌を逆さにするなどというベタな失敗はしていない。開いているページがアダルトな記事になっちゃっているだけだ。
「そんな男はみんな変態だって判り切っていることはどうでも良いわ。ごめんなさいねセシル、ディア、今ちょっと仕事の話しをしているから待ってて。えーとJJ、リオが持って来た帳簿ってどうなの?」
「ええ、とにかく酷いです。とても『店舗経営簿記会計士』の資格持ちとは思えません」
「ううううう~……そんなはっきり言わなくても……わたしだって頑張ってたんだよぉ」
そんなことを言い、肩を落として乱雑に山積している帳簿に突っ伏す、物凄ーく見覚えのある白髪を目にして首を傾げるセシル。クローディアも頷いていた。
「失礼、ちょっと拝見します」
言うが早いか、頭を抱えて半眼で帳簿を眺めているJJの傍にある、未確認の帳簿を拾い上げて目を通すセシル。一応はそれなりに区分してあるようなのだが、ただそれだけであった。
区分して挙げるだけなのは、整理とは言わない。
「え? あ、ちょっとなにするのよ! これはわたしとアップルジャック商会の……問題だから、ええと、ちょおっと口は出さないでくれると嬉しいかなぁセシルん……」
威勢の良い言葉が尻すぼみで削がれて行き、最終的にはなんとか聞き取れるくらいまでになる。
そんな白髪赤目な色素異常症の、今ではすっかり立派な……かどうかは怪しいが、とにかく淑女になったリオノーラを一瞥して、だがすぐに帳簿に目を落とすセシル。
そして深い溜息を吐いてから振り返ると、シェリー達へ深く頭を下げた。
「不肖の教え子がご迷惑をお掛けしているようで、大変申し訳ありません。つきましてはこの不始末、是非私にも参加させて頂きたいのですが、ご許可を頂けないでしょうか」
慇懃に礼をし、キョトン顔をしているリオノーラの頭を掴んで強制的に礼をさせる。
「止めてよセシルん。これはセシルんには関係ないでしょ。大丈夫大丈夫、なんとかなるから……」
「なんともなってないだろうが! 原価率が60%ってバカじゃないのか!」
「……そんな怒らなくても……」
柳眉をハの字にして、今にも泣きそうに俯くリオノーラ。だがそうしたところで、怯むセシルではない。
「見たところレストランの形態は、ゆっくりコース料理を楽しむといったところだろう。だったらせめて35%に抑えろよ。理想は25%から30%だな。どうしても60%を続けたいのなら、そうだな、店内をテーブルのみにして椅子を置かないで、立食形式にすれば回転も良くなって薄利多売が出来る筈だ。あとこの形式にするんだったら、酒類は置いちゃダメだ。立食でも酒が入ると長居されるからな」
帳簿をペラペラ捲り、JJが差し出す付箋を貼って問題のあるところをピックアップする。そしてそれをJJも確認し、軽く頷き帳簿の山を半分くらいセシルの方へ移動させた。
たったそれだけの遣り取りなのに、傍観を決め込んでいたその場にいる全員が感嘆の溜息を漏らす。
そう、JJは仕事がしっかりと出来ると自身が認める者にしか、それを託さない。
まぁそんなことなどセシルは知る由もないが。
「へぇ、なるほど。確かにそれだと薄利多売が出来るわね。だけどその形態が世に受け入れられるかしら。ゆっくり食べたいのに出来ないって評判が落ちるだけじゃないの?」
「そうなるかも知れないけど、でも考えてみて欲しい。高級レストランのコース料理って、一体どれくらいの人々に需要があるんだ? こういう言い方は卑屈かも知れないけれど、所謂『コース』って高給取り――一部の富裕層の専売特許だと考える人が殆どだ。少なくとも一般的な並みの生活をしている人々にとって『コース』は、極端に言えば『一生に一度は食べてみたい』程度のものでしかない」
「うん、そうね。それに『コース』って格式ばってて面倒って言う人もいるし。それと、さっきの立食レストランの利点は?」
「格式ばっていないところ。勿論立食だからコースは無理だ。だが一品ずつ好きな品を注文して、自分好みのコースっぽい選択も可能だし、なにより立っていることで食べる時間が短縮された気分になる。急いでいる人は案外利用するんじゃないか? 前提として、より早く提供する必要があるが」
リオノーラに話していたつもりが、いつの間にか相手がシェリーになっているのに気付いていたが、自分が言ったことにすぐ反応してくれるのが楽しくなって来るセシル。
そしてシェリーも、自分にはない発想を出して来るセシルとの会話が楽しくなったらしい。
「あら、セシル様と対等にお話し出来る方が私やディア意外にいたんですね」
二階からレオンティーヌとラーラを伴って降りて来て、なにやら楽しそうな会話を耳にしそんな感想を零すデレシア。横目でクローディアを見ると、面白くなさそうな顔をしている。
これは、やっと自分の気持ちに素直になるのかな? そう思っていたら、
「セシルだけズルい。私もシェリーと楽しくお話ししたい」
セシルの方に嫉妬していただけだった。
思わず顔を押さえ、深い溜息を吐くデシレア。相変わらず、一筋縄にはいかないようである。
リオノーラの考えとか現状とかは全無視でレストランの方向性を楽しく仮想的に協議して、だがそれじゃあダメだろうと互いに気付いたシェリーとセシルは、咳払いを一つして本題に戻った。
ちなみに、セシルの咳払いも妙に色気があり、この場に変態が居なくて本当に良かったと全員が安堵した。
その変態さんは、現在ザカライア爺のところでベロンベロンに酔っ払ってクダを巻いていたのだが、それはどうでも良いことである。
「なあリオノーラ、給与なんだけど、なんで支配人が給仕長の五倍貰ってんだ?」
「え? それって普通なんじゃないの? ほら、支配人ってフロアの総責任者だから、責任の分を……」
「そんなワケないでしょ。そもそも貴女、オーナーシェフとしての自分の給与と支配人の給与を比べたことある? この支配人、貴女よりずっと貰ってるわよ」
「ええ? ウソぉ……」
帳簿の金の動きを追いながら、シェリーとセシルが事情聴取する。JJは二人が求めるであろう資料を、淀みなく次々とテーブルに並べていた。
「それ以前に、誰が給与を管理してんだ?」
「……支配人」
「ねぇリー。ちょっとこの支配人引っ張って来て……って肝心なときにいないし」
舌打ちを一つ。だがすぐに気を取り直して僅かに思考を巡らせ、何処かへ電話し始めた。
「確かにこの支配人が高跳びする前にとっ捕まえた方が良いな。済みません、この支配人の住所とグレンカダムの詳細な地図ってありませんか?」
自分のレストランの支配人を「クズ」呼ばわりして、挙句取っ捕まえようとするシェリーとセシル。その上なにをしようとするのだろうと、リオノーラは戦々恐々とする。
だがそんなそんな彼女の焦燥など須く気付かないフリをするセシルは、隣にいるJJにそう訊いた。
すると彼はチラリとザックへ目を向け、そしてそれを受けたザックは、棚から裏路地から下水道に至るまで詳細に記されたグレンカダムの全体地図を取り出して広げる。
「これは今日更新されたグレンカダムの地図だ。そのクソ野郎の住所は此処だ」
言われて、地図を覗き込む。其処は、高級住宅街であった。
「ラーラ」
「はい、ラーラです。なにすれば良いのセシルくん」
「この地図、覚えられるか?」
そう言い、その細いウェストを両手で掴んでヒョイと持ち上げる。
その行為に深い意味はない。そうすることで、地図を俯瞰で見られるのだ。重ねるが、深い意味など一切ない。
電話交換手と話しているシェリーと地図を広げたザックが舌打ちをして、エイリーンが口元に手を当てて近所のおばちゃんのように今にも「あらあらまぁまぁ」とでも言い出しそうな表情をし、コーデリアさんが両手で口を押さえて「ふわぁ」とか言っていたり、更にクローディアとデシレアが謎のサムズアップをしていた。
その傍で帳簿と戦闘中なJJは、眉一つ動かさなかったが。
後に彼は語った。
知識のある者がテキトーに付けている帳簿ほどタチの悪いものはない――と。
それはともかく、そうされているラーラはちょっとだらしなく、それでいて結構幸せそーに「にへら」と笑い、だがすぐに真顔に戻るとその地図を読み始めた。
そして数秒後――
「覚えたよ」
「いや早いな」
感心し、そのまま降ろそうとするのだが、ラーラは身体を捻ってセシルの首に抱き付いて身体を半回転させ、密着してぶら下がった。
現在ラーラは、胸部装甲を振動と摩擦から守る、ちょっとキツめの防具を外している。
つまり、その凶悪で非常に危険な胸部装甲が、そうされることで直に感じ取れてしまうのだ。
男にとってこれほど危険なものが、この世に存在するであろうか!? いや、ない!
などとまー下らないことを脳内実況しつつ、だが表面上は平静を装ってラーラの頭を撫でながら褒める。しかし反対の手をその背に回し、落ちないようにしっかりと押さえていたが。
「相変わらず無意識に無自覚にたらし込んでるわね。それされちゃったら、そういう気がなくても相手はそう思っちゃうのに」
「良いんじゃないですか。私はラーラが嫁仲間になっても構いませんよ。むしろなって欲しいです。勿論第一夫人はディアですけど」
「え? なに言ってるのデシー。だから私はセシルとそういう関係になる気はないわ」
「……そうですか(手強いですね)」
クローディアとデシレアのそんな会話が聞こえて来るが、やはりそれを聞かなかったことにするセシル。ここで突っ込んだら泥沼に嵌ると考えているから。
だが既に手遅れであるのに、セシルは気付いていない。
「ところでこの地図は何処まで正確なんですか?」
ラーラに引っ付かれたまま、しかもそれをさも当然であるかのように抱きかかえながら訊くセシル。
その左手にラーラは自然に腰掛けるような格好になっており、首に抱き付かれているため胸部装甲が相変わらず押し付けられている。
「……ハーレム野郎が! 爆ぜろ!」
「ザック?」
セシルの問いに答える前に、そんな本音駄々漏れ全開な言葉を吐き捨てるザック。
だが隣にいるエイリーンに宥められ、ちょっと決まりが悪そうな表情をしてから何事もなかったかのように、
「先程言った通り、この地図は今日更新されたものだ。リーとその手の者が連日調査して更新している」
そんなとんでもないことを、それが当たり前であるかのように事も無げにザックは答える。
それを聞いて、セシルは驚愕した。
只者ではないとは思っていたが、リーはやはりただの変態ではなかったのである。
彼女を配下に置いていたら色々と戦略の幅が広がりそうだと考え、だが即座にそれを振り払う。
あまりにリスクが高過ぎて危険なのだ。主に貞操面で。
傍目にラーラを熱烈に抱き締めているセシルは、改めてそう考えながら再び地図に目を落とした。
「アレで無自覚だっていうなら、とんだ天然女たらしね」
『ん? なんのことだ嬢ちゃん。俺は常にシェリーの嬢ちゃんに変わらない無限の愛を捧げているぞ』
「こっちの話しよ。それにそんな愛なんか要らないわよ」
シェリーが電話口でピシャリとそう言う。どうやらそのお相手は、何処かで聞いたことのある「愛を愛を愛を」と喚く森妖精であろう。
そんな根回しをしているシェリーを他所に、セシルは抱き付いているラーラと地図を見ながら戦略を立てる。
そしてその背をポンポンして離れるように促す。だがラーラは、息が掛かるほどの至近距離でセシルを不満げに見詰めるだけで離れようとしない。
「はいはい、ラーラちゃんだっけ? きっと今からセシルくんは戦略と戦術を考えるだろうから一回離れましょう」
まるで子供をあやす母親のように、エイリーンがラーラをヒョイと持ち上げて引き剥がす。
そうされて不満も露わにするのだが、今度はそのエイリーンに抱き付くラーラ。その行為に、深い意味はない。
「うわ、おっぱい凄い!」
そして、エイリーンのちょっと心許無い胸部装甲にラーラの凶悪な胸部装甲がやっぱり押しつけられ、思わずそう漏らす。
しかしそれに反応する男衆は、この場にはいない。
何故なら、アイザックは薄い胸部装甲を好み、JJは自分の恋人以外の異性に興味がないし、セシルはウェストからのラインが好きだというドスケベだから!
ともかく、地図を見詰めていたセシルが小さく「シンプルに行くか」と独白した。
「ラーラ、悪いがちょいと付き合ってくれ。これからリオノーラを誑かしているクズ野郎のところに行って、給与明細とか出納帳とかを没収して来る」
「はい、ラーラです。良いよ付き合うよ。でもちょっとだけ待ってね。ラーラもうリラックスモードでブラ外しちゃったから、それ込みで準備して来るよ。あと、レオの片付け状況も見なくちゃ」
そう言い、軽い足取りで「でぇとでぇと♡」とか言いながら階段を登って行く。
それを見守り、だが、
「レオンティーヌの片付け状況?」
とても危険なワードを危うく聞き流しそうになっているのに気付き、デシレアに目配せした。
それを瞬時に察した彼女は、慌てて階上へと小走りで向かう。
そんな不思議な遣り取りを、クローディアとJJ以外の全員が訝しげに見ていた。
かくしてセシルの懸念は大当たりし、よくぞこの短時間で此処までとっ散らかしたものだと逆に誉めたくなるくらい、室内は惨憺たる有様になっていたという。
そして鬼神と化すラーラ。
だが今は、説教している暇はない。
半泣きで怯えるレオンティーヌを尻目に、摩擦と振動から胸部装甲を保護する防具を装着し、よーく装甲を格納してから部屋を後にする。当然、再度の片付け厳命は忘れない。
そのラーラとすれ違いに部屋に入り、その惨状を目の当たりにした瞬間に貧乏籤を引いたと直感し、頭の頭痛が痛くなるのをデシレアは痛感したそうである。
借りた部屋でこの有様であるのなら、レオンティーヌの自室は一体どうなっているのであろうかと思考を巡らせ、そして――デシレアはセシルとラーラに惜しみない賛辞を贈ろうと心に誓い、だがそれをしたら逆に嫌な顔をされるだろうとも考えた。
見なかったことにしよう。
心の中にある投擲用の匙を遥か彼方へとイメージとして遠投し、此処ではない何処か遠くを目を細めて眺めるデシレア。
今まで数百年生きて来たのだが、これほど別世界へと想いを馳せるのが素晴らしいと感じたことは無い。
それほど、レオンティーヌの散らかし方は凄かった――いや凄まじいと表現するべきであろう。
アレはもはや、才能という言葉で表現するのすら烏滸がましい。
そう――一種の化物だ。
「頑張ってね。セシル、ラーラ」
呟き、デシレアは二人を心の底から応援した。応援するべきところが若干どころか相当違うのだが、それはこの際どうでも良い。
とにかく、デシレアは今、そんな気分であった。
そして更に、レオンティーヌが嫁仲間に入るのは、全力で阻止しようと誓った。これから生まれるであろう子供の教育に、これ以上なく悪そうだし。
そんなデシレアの、後光が差し込むような聖女然とした誓いと祈りはどーでも良いとして、セシルはラーラが階下に降りて来るのを迎え入れると、
「ではシェリーさん、アイザックさん。ちょっと支配人ん家を家探しして給与明細とか出納帳とか諸々かっぱら――拝借して来ます」
「え? あ、うん。まぁその、お手柔にね」
言外に穏便にと訴えるシェリー。それに物凄く良い顔でサムズアップする二人。
ぶっちゃけ、悪い予感しかしない。
「あ、そうだ。ちょっと待ってて」
そう言い、シェリーはパタパタと二階へ登って行く。
途中、なんか滂沱の涙を流してデシレアの足にしがみ付き、鬱陶しがられながら、
「怖かったです食べられるかと思いました! 慰めて下さいデシーさん!」
とか言っている海妖精がいたが、これはきっとスルー推奨だと判断して視線すら合わせずそのままエセルの部屋に入った。
そして箪笥を開けて色とりどりのなにかの中から、衝撃的ピンク色のツヤツヤでサワッとした布切れを取り出し、階下に戻る。
「じゃあそれ拝借して来たら、此処にある『グッドオール国法事務所』ってところに届けてくれないかな。其処に変態紳士――じゃなくてヒュー・グッドオールって森妖精がいるから、後のことは任せて大丈夫」
傍にその布切れを置いて髪を掻き上げながら地図の一部を指し示してそう言い、リボンで綺麗にフラワー・ボウを作り始めた。
「それは?」
「これ? 手土産。そのヒューって人に渡せば『愛を愛を愛を』って煩く言い始めるけど、仕事だけは早くて完璧だから」
「………………見ても?」
「どうぞ」
なにかとてつもなく嫌ーな予感がするセシル。だがそれを、なんでもないことのようにシェリーがラッピングしているのを見て、いやそんな筈はないだろうと思い直し、その布切れを広げた。
「わー。綺麗な衝撃的ピンク色のパンツだね」
ラーラが物凄く、明るく無邪気にそう口にする。
そう、それは――衝撃的ピンク色のツヤツヤでサワッとした、シルクのパンツだった。
「チョットイイデスカ?」
「え? あ、うん。片言にならなくても大丈夫だし、現実だから安心して。それ、ヒューさんへの報酬。ちなみにお母さんのだから問題ないよ」
なにがどうなって問題がないのかが全然判らない。
セシルはどうしてくれようかと、パンツを広げたままフリーズした。
逝去した母親のパンツを報酬に渡す娘も大概だが、それを受け取るそのヒューとかいうヤツも大概である。
久し振りに頭の頭痛が痛くなって来るセシルだった。ちなみに前回は、レオンティーヌの汚部屋を目の当たりにしたときに発症した。
「ねぇ、いつまでお母さんのパンツ凝視してるの? もしかして、貴方も欲しい?」
「いやパンツに興味ないから。……待て待て『も』ってなんだよ『も』って」
「え? うーん、お母さんを知る人達って、なーんかみんなしてパンツ欲しがるんだよねー。しかも絶対に使用済みを。理解出来ない私が狭量なのかな?」
「いや、それは正常だよ。全然狭量じゃない。そんなことより――」
衝撃的ピンク色のツヤツヤでサワッとしたシルクのパンツを綺麗に畳み、テーブルに置く。
そんなセシルをなんなんだろうと思いつつ、シェリーはそれを綺麗にラッピングしてフラワー・ボウを取り付け完成させた。
それを尻目に、セシルは自分を落ち着かせるために数回深呼吸をする。
そして――
「アップルジャック商会の関係者には変態しかいないのか!?」
至極真っ当なツッコミを全身全霊でするセシル。
だが言ったところで、
「失礼ね。変態だけじゃなくて豚野郎だって居るわよ」
会長様から天井知らずなとんでもない事実を暴露させるだけだった。
「シェリーさん。この商会は本当ーに大丈夫なんですか?」
「いきなり丁寧語でどうしたの? 大丈夫よ。みんな頭がおかしいけど、仕事はしっかり出来るから」
「頭がおかしい時点で大問題だと思うんだが?」
「煩いわねぇ。そんなに言うなら貴方も此処で働いたら良いじゃない。業務内容は能力で決めるから安心して」
そんな話の流れでちゃっかり人材確保するシェリー。やはりあのエセルの娘は只者ではない。
その後セシルはラーラと共に出掛けて行き、僅か二時間後に戻って来た。
そんな短時間で戻るということは、なんだかんだ言って成果はなかったのかと皆が嘆息するが、
「シェリーさん、あの森妖精なんなんだ? 近年稀に見るほど頭がおかしいんだけど」
なんと仕事はきっちり終わらせていた。
更に――
「見て見て。この服、セシルくんがラーラのために選んでくれたんだよ♡」
手ブラでグレンカダムに、言うなれば成り行きで付いて来てしまったラーラのために、生活用品やら服やらをまとめて購入して来ていた。
仕事後に、本気でデートをして来たらしい。
「ねぇリオノーラ。あの人って一体何者なの?」
頭を抱えながら帳簿整理をしているJJを尻目に、飽きたのかコーデリアが淹れてくれたセシルお勧めのフレーバード・ティーを楽しみながら、ついでにクローディアが持って来たパウンドケーキとデシレアが持って来たマドレーヌ、更にこれも合うだろうとシェリーが提供したクッキーをモリモリ食べているリオノーラに、そのシェリーが素朴な疑問をぶつけた。
訊かれたリオノーラは、口いっぱいに頬張ったパウンドケーキをフレーバード・ティーで流し込むようにして飲み込み、ちょっと咽せてから答えた。
「セシルんはね、エセルさんのお気に入りだったの。多分、シェリーの次くらいに自分の子供みたいに思っていたんだと思う」
「……へぇ、あのお母さんが」
もしかして、男の子も欲しかったのかな? そんなことを考えながら、シェリーは自分達もデートに連れて行けとラーラ以外の三人に迫られているセシルを、溜息と共に頬杖を突きながらそれとなく眺めた。
だが――
「それにしてもなーんかイラつくわね。あのハーレム野郎!」
ロクデナシとは似て非なる種類の女っ誑し振りを目の当たりにして、やはり気持ちが逆立つシェリーであった。