少年が育った村を、狩りに行くという(てい)で後にして半日後、その村は炎に包まれていた。

 そうなる心当たりは全く無い()()()()()()

 何故ならその村は、暗殺を生業とする者どもが住む場所だからだ。

 とはいえ、なんの目的もなく無作為にそのようなことをしているわけではない。
 その村は職業としての暗殺者が生活している、いわば隠里(かくれざと)であった。

 その里は個人的な依頼などの小さなものや、大きなものでは権力者や国家の依頼を受けて「仕事」をしたりしていたのである。

 だが暗殺者の仕事は、なにもその名の通りのものだけではない。
 暗殺者はそもそも陰に潜む者どもであり、暗殺以外にも人の影となり様々な活動をするものだ。よって直接的に人を殺める仕事は、実は少ない。

 最も多いのは諜報活動であり、それも身近な街の近隣情報だったり、大きなものは他国に潜伏する場合もある。

 更にいえば、その里は完全に中立で、どのような人物の依頼でもどのような国の依頼でも受けるのだ。

 もっともあまりに胡散臭い依頼は、里長(さとおさ)が弾いて断ることも多々ある。

 村の場所はストラスアイラ王国とブレアアソール帝国、そしてダルモア王国の三国が交わるリンクウッドの森にあり、その森には多数の魔獣が生息するためよほど酔狂な者でなければ這入(はい)ることはない。

 そのため、その村は天然の要害のような場所であった。

 村の者であれば魔獣との遭遇を最小限にする道や、また魔獣除けの匂い草も作り出せる。

 そう――そのようにして村はその存在を隠蔽し、歴史の陰として、そして影としてそこに在り続けて来た。

 そうまでして隠し続けていた村が、()()()()()()()帝国軍の強襲を受けた。

 村の住民は性別年齢問わずに全て惨殺され、そしてその跡を消し去るように油を撒かれて火が放たれたのである。まるで全ての禍根を断つように、全ての証拠を消し去るように。

 村は森と隣接するようにあるため、そのような暴挙をすれば当然のこととして森へと延焼する。
 そして更にこの村にある最後の罠が発動し、それによって火は瞬く間に燃え広がってしまい、結果といて広大なリンクウッドの森ごと強襲部隊を全て焼き払った。

 リンクウッドの森には、村人が長い年月を掛けて定間隔に可燃性の油を多く含む木――松や杉、(ひのき)、そして白樺(しらかば)を植え込んでおり、もし村に火を放ったとしたのならば、それらへ容易に延焼することとなる。

 暗殺者は、無闇に殺しはしない。

 だが、自らに牙を剥く者どもには容赦しない。

 このリンクウッドの森にある木すらも、村が強襲したものが絶対にそうするということを想定した罠なのだ。

 こうして、古よりそこにあった暗殺者が住む名もない村が、リンクウッドの森ごと世界から消え去った。

 ――ただ一人、生き残った少年を除いて。

 少年の名は、八〇六号という。なんのことはない、生まれたのが八月で、その年の村で六番目の子供であったためである。

 その村では子に名付ける風習はない。名は暗殺者として使()()()ようになった後で、自ら考え名乗るしかないのだ。

 その少年は物心つく前から暗殺者としての教育が施されており、そしてそれの才能が非常に高かった。

 一を教わり十を知るとはよく言ったものだが、少年は誰からもなにも教わらなくとも、百を学んでいた。

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 更にその少年は、生まれ(いで)たときからそのような環境にいたにも関わらず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 凄まじい速度で延焼する森の中から、その少年は慌てることなく脱出する。
 だが火の手が伸びていないとはいえ、立ち込める煙は避けられない。火災の被害は熱と炎だけではなく、それよりも煙によるものが多いのだから。

 身を低くして煙を吸わないように移動するのだが、そうするとどうしても足が遅くなる。そして延焼の速度が、少年が想定していたより遥かに速かった。

 ――死ぬ――

 少年はそう考え、だが諦めずに身を低くして息を思い切り吸い、そのまま止めて走り出す。

 息が続かなくなると再び身を低くし、煙を吸わないように呼吸をする。それを何度も繰り返し、やがて遂に森を抜けて街道に出た。

 その街道はリンクウッドの森の南端からダルモア王国へ続く道の一つであり、少年が転げ出るようにして街道に姿を現したときも、複数の荷馬車が通っていた。

 そしてそれらの馬車に乗る人々は、空が赤く染まっている異常事態を不可解に思い、街道沿いに停車させてそれを眺めている。

 だが暫くの後、それが出火であると解ると、我先にと逃げ出して行った。

 それは当然の判断であり、少年がそれらと同じ立場だったとしても同じことをしたであろう。

 だから――

「あらあら、なんでこんな場所で森林火災が起きてるの? 誰かが火でも点けたのかな。ただでもこの森って松とか杉とかいっぱい生えてるから燃えやすいのに。あ、檜とか白樺まで生えてるじゃない。誰かが意図的に植樹したのかな?」

 リンゴに口付ける森妖精の紋が(ほろ)に描かれている馬車から、そんなのんびりしたことを言いながら若い女が降りてきたときは、正気を疑った。

 彼女は土塗(つちまみ)れで汚れ、更に擦り傷だらけの少年に気付いて目を(しばた)かせ、だがすぐに微笑むと、傍にいる細目の性別がイマイチ判らない草原妖精へなにかを言い、延焼が続く森の方を向く。

 なにをするのか興味があったが、その草原妖精が少年を軽く抱き上げ、馬車の荷台に防水布を広げて乗せたためにそれは叶わなかった。

 一体何事かと驚き、だがすぐに臨戦態勢に入るのだが、そんな少年の行動などどうでも良いとばかりに手の平を上に向けると、大きな水の塊が浮き上がる。それをその草原妖精は回転させ、それが十を超えたとき、少年の頭からそれをぶっ掛けた。

 突然の出来事に驚く少年。だがそれよりなにより驚いたのが、掛けられたそれは水などではなく、程よく温まった湯であったことだ。

 宙に浮いたそれ全てを使い終わり、続けてその草原妖精は柔らかいタオルを取り出して少年をワシャワシャ拭く。
 だが幾らお湯で洗い流したといっても汚れ全てが落ちるわけではなく、そのタオルはあっという間に真っ黒になった。

 草原妖精はそれを見てもなにも言わず、だが今度は少年が着ている服を脱がし始める。

 流石にそれは抵抗したのだが、そんなことなど全く意に介していないかのようにツルツルと脱がし、最終的にはパンツすら脱がされた。

 ――暗殺者として幼少の頃からその技術を叩き込まれて来たのに、まるで抵抗出来ずにそうなったのである。

「ふむ……ショタも良いかも知れない。というか、脱がせてから楽し……じゃなくて洗えば良かったかな」

 足でがっちりホールドされて動けない素裸の少年を見て、その草原妖精はそんな若干危なく相当問題のあること呟いた。

 これには流石に身の危険を感じたのか、脱出するべくその胸を強く押す。

 そして――そうすることで意図せずに、控えめにある膨らみを両方鷲掴んでしまった。

「ほう、さすが男の子。たとえこんな小さいモノでも興味があるのか? だがあと五年ほど早いかな。そこまで経ってまだ(わたくし)を覚えていたら、そのときは相手をしてやっても良いぞ。良い男になっていたら、だが」

 その草原妖精は悪戯っぽくそう言い、今度は荷物から子供服を取り出して脱がせたときと同じようにツルツル着せる。

 少年と草原妖精が、そんな犯罪臭が軽く漂うようなことになっているのを呆れたように見ていたその女は、ヤレヤレとでも言いたげに額を指先で押さえながら(かぶり)を振り、だが気を取り直して森に向き直る。

 そして集中して魔力を高め、空高く魔法陣を展開し、

「〝(スタチ)(フェニ)(・デ・)(ニュラ)(ージェ)〟」

 風と水の複合魔法が展開された。

 太陽が分厚い雲に隠れ、周囲が暗くなる。その陽光すら遮るほど厚く発生している雲は、幾重にも重なった積乱雲。

 それがどんどん厚みを増し、遂に臨界を超えた。

 最初、それは数滴だけだったが、すぐにその数を増して大量に零れ、やがて――

「〝豪雨(アヴェルス)〟」

 その女がそう呟くと、僅か先すら目視出来ないほどの雨が降り始める。
 それにより延焼していた森から凄まじい水蒸気が立ち昇り、だが続く豪雨により、やがてそれは消えて行った。

「こんなもんかな~」

 自身の周りに結界を展開して一切濡れていないその女が、そう独白すると魔法を破棄し、雲を散らして雨を止める。

「あんまり雨雲を集めちゃうと局所的に干魃(かんばつ)が起きちゃうからね」

 その凄まじ過ぎる天候操作魔法に絶句する少年をよそに、それを事もなげに行使した女は、の~んびりとそんなことを言っていた。