前回のあらすじ
よその家の童女を連れて酒を飲みに行きました。
事案だ。
数日の間、シァォチュンの案内でハヴェノの町を遊び、ついに呼び出されたのは一つの海運商社であった。いかにも立派な店構えで、港に面した店の中でも一、二を争う大きなものである。
「最近、海賊どもに悩まされていてな」
そのように語った依頼人プロテーゾに、紙月と未来は思わずそうでしょうともと言いそうになって、危うく止めた。
というのもこのプロテーゾという男、粋に角度をつけた三角帽に、左目には洒落た刺繍の施された眼帯、右手は義手代わりの鈎爪に、左足は太い木の棒を義足にしてあるという、誰がどう見てもお前が海賊だろうという荒っぽい見かけだったのである。
「言いたいことはわかる。だがこれも半分はある種の海賊対策だ、と思ってくれ」
もちろん、その一つ一つを見ればきちんと金のかかったもので、きちんとした装飾具としても見れる。要は、海賊のように見せかけることで相手の戦意をくじくというのが目的なのだ、と以外にも理知的にこの依頼主は語った。
「もう半分は?」
「勿論、趣味だ」
そして茶目っ気もあった。
とはいえこの男、ふざけているのは見た目と時折のジョークだけで、実際的な所で言えば、かなりできる人物だった。
最初、ムスコロとハキロが前面に出て、紙月と未来はあくまでもサポートであるという立場で伺ったのだが、プロテーゾはじろりと隻眼で四人を眺め、それからおもむろに言い放ったのである。
「そちらのレディが大将格だな」
「レディじゃないですけどね」
「……よもやついているのか?」
「確かめるかい?」
「是非じっくりと……いやいや、騎士殿が恐ろしい、やめておこう」
ジョークもそこそこに、プロテーゾはやはりじろじろと一行を眺め、こう品定めした。
「戦士、戦士、魔法使い、……特殊な戦士、といったところかな」
「わかるんですか」
「ざっくりとはな。いい船乗りは、精霊が見えるものさ」
成程、プロテーゾの目つきは、ハイエルフの紙月が見ているのと近い世界を眺めているようである。
しばしの間二人はじっと互いの目を見つめあった。紙月の方からすれば見れば見るほどにこの男の力量というものがつかめなくなってくるような思いであったが、プロテーゾはそのにらみ合いでずいぶん多くを察したようで、フムンと一つ頷いた。
「射程は」
「なんですって?」
「魔法の射程だ。海戦では、陸よりも射程が必要となる」
紙月は少し考えた。今まであまり遠くを狙う必要がなかったので、はっきりとしたことはわからなかったのだ。ただ、なんとなくではあるが、見えないところは狙えないということはわかっていた。座標を指定できないのだ。
つまり、逆に言えば、と紙月は考えた。
「見える範囲であれば」
「ほう」
「試しますか」
「よろしい」
窓から見える海を見つめ、茫漠とした海に何となくピントを合わせ、紙月はまっすぐに指を向けた。
「《火球》!」
瞬間、窓の外に火球が生まれ、速やかに海の彼方へと飛んでいき、そして何もない海の真ん中で爆散した。
「はっきりした的があれば、もうすこし狙えるかと」
「いや、いや、いい。的なしであれであれば十分すぎる。……威力は」
「試しますか」
「化かしあいはもう結構だ。肚を割っていこう」
プロテーゾはどっかりと椅子に腰を落ち着けて、客人にも進めた。
それが正式な会議の合図だったのだろう。給仕が人数分のカップに、黒々とした液体を注いで持ってきた。
「む。コーヒーか」
「ほう、豆茶を知っているのかね」
「たまたまですが。未来は大丈夫か?」
「砂糖とミルクが欲しいかも」
「砂糖! 乳! 君はなかなかわかっているな!」
速やかに真っ白に精錬された砂糖の入った砂糖壺と乳の入った壺が持ってこられた。
未来が軽く会釈して自然に砂糖と乳を入れる姿を見て、プロテーゾは大いに感嘆した。
「君たちはこの白い砂糖にも驚かないし、他所にはあまり出回らん豆茶の飲み方もわかっている。わたしは南部の一大都市であるハヴェノの町を代表する海運業者だと自負しているが、そのわたしをしても君たちのような人材はなかなか見かけないものだ」
「勧誘はお断りしますよ」
「残念だ」
しばしの間、豆茶を楽しみ、そして実際的な話が始まった。
「まず、威力を聞こうか」
「三十六発」
「なに?」
「先ほどのものと同じ程度であれば、三十六発同時に放てます。待機時間は一秒」
「まて、一秒? 待機時間だと? 一秒おきに三十六発撃てると君は言うのかね?」
「試しますか?」
「馬鹿な……いや、しかし精霊は嘘を吐かん」
「伊達に森の魔女の名で呼ばれてませんよ」
「さすがは地竜を朝食代わりにするというだけはある」
「そのネタもう聞き飽きたんで」
森の魔女の名は南部にも広まっているようだった。
というよりは、流通の激しい南部だからこそともいえるのかもしれなかったが。
「まあ、私の知る限りは、西部と南部ではすでに森の魔女の名は聞こえているよ。帝都でもちらほら、聞かれ始めているそうだ」
「参ったな、随分名が売れちまった」
「冒険屋にとっては素晴らしいことでは?」
「あんまり名が売れると半端な仕事は入ってこないんですよ」
「成程。となると、今回の依頼は君たちにとって更なる不幸かもしれんな」
プロテーゾは実に悪役じみた笑みを浮かべた。
「なにしろ、海賊退治は海の花形だからな」
用語解説
・プロテーゾ(Protezo)
ハヴェノでも一、二を争う大きな海運商社の社長。
見た目はどう見ても海賊の親分でしかない。
海の神の熱心な信者で、いくつかの加護を得ている。
義肢はすべて高価な魔法道具である。
・豆茶(kafo)
南方で採られる木の実の種を焙煎し、粉に挽いて湯に溶いて濾した飲料。焙煎や抽出の仕方などで味や香りが変わり、こだわるものはうるさい。
南部では比較的普及している飲料。栽培もしている。
・白い砂糖
真っ白になるまで砂糖を精製するのはかなりの時間と労力を必要とする。
つまり、お高いのだ。
南部ではサトウキビが取れることもあって砂糖が比較的廉価だが、それでも白砂糖は高価だ。
ぶっちゃけ北部でも甜菜から砂糖を作っているので値下がりしつつあるが。
・飲み方
豆茶は南大陸で発見されたが、当初は原住民の間で食用とされるほかは、その効用を偶然知ったものが眠気覚ましなどに用いる程度だった。
いつごろからか豆茶の豆を潰し、湯で溶いて飲用とする飲み方が始まったが、この頃はある種の秘薬のような扱いだった。
南大陸の開拓が進んでいく中で豆茶は薬用として目をつけられ始めたが、まだ一部の宗教関係者などが用いる程度だった。
いつごろからか、恐らくは偶然から、豆を炒ると香ばしく香りが立つことが発見され、焙煎されるようになると、豆茶は嗜好品として広まるようになった。
人々の間に広まっていくうちに、より飲みやすくするために砂糖や乳を入れる飲み方が一般的になっていったとされる。
南大陸で一般化されたこの風習は商人たちによって帝国に持ち込まれ、気候の近い南部で何とか栽培に成功し、南部での豆茶の喫茶文化が洗練されていったという。
渋みや苦みを伝統的に苦手とする帝国全体としては、すでに甘茶が喫茶文化の柱となっていたこともあり、趣味人のあいだでのみ流通することとなり、「知ってはいるが飲んだことはない」という人間が増えた。
このため、南部外の人間が砂糖や乳を入れる「正しい」飲み方を知っていると、情報通であるとみなされることがある。
なお、諸説あるが、最初に豆茶に砂糖や乳を入れる飲み方を提案して、大々的に広めた人物は、神の啓示を受けたと証言したとされる。「神はこーひーぶれいくを望まれている!」という発言が当時の新聞に残っているが、完全に発狂していて詳しくはわからなかったとのことである。
・待機時間は一秒
説明するのが面倒だっただけで、実際にはもっと短い。具体的にはフレーム単位。
よその家の童女を連れて酒を飲みに行きました。
事案だ。
数日の間、シァォチュンの案内でハヴェノの町を遊び、ついに呼び出されたのは一つの海運商社であった。いかにも立派な店構えで、港に面した店の中でも一、二を争う大きなものである。
「最近、海賊どもに悩まされていてな」
そのように語った依頼人プロテーゾに、紙月と未来は思わずそうでしょうともと言いそうになって、危うく止めた。
というのもこのプロテーゾという男、粋に角度をつけた三角帽に、左目には洒落た刺繍の施された眼帯、右手は義手代わりの鈎爪に、左足は太い木の棒を義足にしてあるという、誰がどう見てもお前が海賊だろうという荒っぽい見かけだったのである。
「言いたいことはわかる。だがこれも半分はある種の海賊対策だ、と思ってくれ」
もちろん、その一つ一つを見ればきちんと金のかかったもので、きちんとした装飾具としても見れる。要は、海賊のように見せかけることで相手の戦意をくじくというのが目的なのだ、と以外にも理知的にこの依頼主は語った。
「もう半分は?」
「勿論、趣味だ」
そして茶目っ気もあった。
とはいえこの男、ふざけているのは見た目と時折のジョークだけで、実際的な所で言えば、かなりできる人物だった。
最初、ムスコロとハキロが前面に出て、紙月と未来はあくまでもサポートであるという立場で伺ったのだが、プロテーゾはじろりと隻眼で四人を眺め、それからおもむろに言い放ったのである。
「そちらのレディが大将格だな」
「レディじゃないですけどね」
「……よもやついているのか?」
「確かめるかい?」
「是非じっくりと……いやいや、騎士殿が恐ろしい、やめておこう」
ジョークもそこそこに、プロテーゾはやはりじろじろと一行を眺め、こう品定めした。
「戦士、戦士、魔法使い、……特殊な戦士、といったところかな」
「わかるんですか」
「ざっくりとはな。いい船乗りは、精霊が見えるものさ」
成程、プロテーゾの目つきは、ハイエルフの紙月が見ているのと近い世界を眺めているようである。
しばしの間二人はじっと互いの目を見つめあった。紙月の方からすれば見れば見るほどにこの男の力量というものがつかめなくなってくるような思いであったが、プロテーゾはそのにらみ合いでずいぶん多くを察したようで、フムンと一つ頷いた。
「射程は」
「なんですって?」
「魔法の射程だ。海戦では、陸よりも射程が必要となる」
紙月は少し考えた。今まであまり遠くを狙う必要がなかったので、はっきりとしたことはわからなかったのだ。ただ、なんとなくではあるが、見えないところは狙えないということはわかっていた。座標を指定できないのだ。
つまり、逆に言えば、と紙月は考えた。
「見える範囲であれば」
「ほう」
「試しますか」
「よろしい」
窓から見える海を見つめ、茫漠とした海に何となくピントを合わせ、紙月はまっすぐに指を向けた。
「《火球》!」
瞬間、窓の外に火球が生まれ、速やかに海の彼方へと飛んでいき、そして何もない海の真ん中で爆散した。
「はっきりした的があれば、もうすこし狙えるかと」
「いや、いや、いい。的なしであれであれば十分すぎる。……威力は」
「試しますか」
「化かしあいはもう結構だ。肚を割っていこう」
プロテーゾはどっかりと椅子に腰を落ち着けて、客人にも進めた。
それが正式な会議の合図だったのだろう。給仕が人数分のカップに、黒々とした液体を注いで持ってきた。
「む。コーヒーか」
「ほう、豆茶を知っているのかね」
「たまたまですが。未来は大丈夫か?」
「砂糖とミルクが欲しいかも」
「砂糖! 乳! 君はなかなかわかっているな!」
速やかに真っ白に精錬された砂糖の入った砂糖壺と乳の入った壺が持ってこられた。
未来が軽く会釈して自然に砂糖と乳を入れる姿を見て、プロテーゾは大いに感嘆した。
「君たちはこの白い砂糖にも驚かないし、他所にはあまり出回らん豆茶の飲み方もわかっている。わたしは南部の一大都市であるハヴェノの町を代表する海運業者だと自負しているが、そのわたしをしても君たちのような人材はなかなか見かけないものだ」
「勧誘はお断りしますよ」
「残念だ」
しばしの間、豆茶を楽しみ、そして実際的な話が始まった。
「まず、威力を聞こうか」
「三十六発」
「なに?」
「先ほどのものと同じ程度であれば、三十六発同時に放てます。待機時間は一秒」
「まて、一秒? 待機時間だと? 一秒おきに三十六発撃てると君は言うのかね?」
「試しますか?」
「馬鹿な……いや、しかし精霊は嘘を吐かん」
「伊達に森の魔女の名で呼ばれてませんよ」
「さすがは地竜を朝食代わりにするというだけはある」
「そのネタもう聞き飽きたんで」
森の魔女の名は南部にも広まっているようだった。
というよりは、流通の激しい南部だからこそともいえるのかもしれなかったが。
「まあ、私の知る限りは、西部と南部ではすでに森の魔女の名は聞こえているよ。帝都でもちらほら、聞かれ始めているそうだ」
「参ったな、随分名が売れちまった」
「冒険屋にとっては素晴らしいことでは?」
「あんまり名が売れると半端な仕事は入ってこないんですよ」
「成程。となると、今回の依頼は君たちにとって更なる不幸かもしれんな」
プロテーゾは実に悪役じみた笑みを浮かべた。
「なにしろ、海賊退治は海の花形だからな」
用語解説
・プロテーゾ(Protezo)
ハヴェノでも一、二を争う大きな海運商社の社長。
見た目はどう見ても海賊の親分でしかない。
海の神の熱心な信者で、いくつかの加護を得ている。
義肢はすべて高価な魔法道具である。
・豆茶(kafo)
南方で採られる木の実の種を焙煎し、粉に挽いて湯に溶いて濾した飲料。焙煎や抽出の仕方などで味や香りが変わり、こだわるものはうるさい。
南部では比較的普及している飲料。栽培もしている。
・白い砂糖
真っ白になるまで砂糖を精製するのはかなりの時間と労力を必要とする。
つまり、お高いのだ。
南部ではサトウキビが取れることもあって砂糖が比較的廉価だが、それでも白砂糖は高価だ。
ぶっちゃけ北部でも甜菜から砂糖を作っているので値下がりしつつあるが。
・飲み方
豆茶は南大陸で発見されたが、当初は原住民の間で食用とされるほかは、その効用を偶然知ったものが眠気覚ましなどに用いる程度だった。
いつごろからか豆茶の豆を潰し、湯で溶いて飲用とする飲み方が始まったが、この頃はある種の秘薬のような扱いだった。
南大陸の開拓が進んでいく中で豆茶は薬用として目をつけられ始めたが、まだ一部の宗教関係者などが用いる程度だった。
いつごろからか、恐らくは偶然から、豆を炒ると香ばしく香りが立つことが発見され、焙煎されるようになると、豆茶は嗜好品として広まるようになった。
人々の間に広まっていくうちに、より飲みやすくするために砂糖や乳を入れる飲み方が一般的になっていったとされる。
南大陸で一般化されたこの風習は商人たちによって帝国に持ち込まれ、気候の近い南部で何とか栽培に成功し、南部での豆茶の喫茶文化が洗練されていったという。
渋みや苦みを伝統的に苦手とする帝国全体としては、すでに甘茶が喫茶文化の柱となっていたこともあり、趣味人のあいだでのみ流通することとなり、「知ってはいるが飲んだことはない」という人間が増えた。
このため、南部外の人間が砂糖や乳を入れる「正しい」飲み方を知っていると、情報通であるとみなされることがある。
なお、諸説あるが、最初に豆茶に砂糖や乳を入れる飲み方を提案して、大々的に広めた人物は、神の啓示を受けたと証言したとされる。「神はこーひーぶれいくを望まれている!」という発言が当時の新聞に残っているが、完全に発狂していて詳しくはわからなかったとのことである。
・待機時間は一秒
説明するのが面倒だっただけで、実際にはもっと短い。具体的にはフレーム単位。