前回のあらすじ
無事山殺しの異名を頂いてしまいますます仕事が入らなくなった二人だった。
どこかの山が爆破されて見晴しがよくなったらしい、などという無責任な噂が流れはしたけれど、ミノ鉱山はその後も特に盛り上がることもなく、廃鉱山は廃鉱山らしく、落ち着いたものであるらしい。
発破で崩落させた坑道の整備も順調のようで、とりあえず十分だと思われる量の鉱石と石食いの素材を帝都に送りつけたそうだ。なにしろ重いし量もあるし、実際に帝都に届いて、検分を済ませて、支払いがなされて、紙月たちの手元に届くまでは、まだまだかかりそうだった。
「というか、支払いってどうするんだ? 銀貨とか袋に詰めて送ってくるのって危険じゃないか?」
「まあ、あんまり多額だと保険かけてることが多いですけど、冒険屋の支払いは手形が多いですな」
紙月の疑問に答えたのはムスコロであった。
最初はむさくるしいばかりで汚らしかったこの男も、あまりに不潔だからと紙月が《浄化》をかけて以来、身だしなみに気を遣うようにはなったようだ。ワイルドななりこそ変わりはしなかったが、少なくとも風呂には入るようで、臭かったり汚かったりということは、ない。鬱陶しくはあるが。
「保険あるんだな。それに、手形?」
「へえ。俺も詳しくはないんですが、そいつを銀行とか、組合とか、書いてある場所に持っていくと現金と換えてもらえるんでさ」
「引き換え期限はあるのか?」
「物によりやす。期限のないものは持ち運びに便利なんで、不精もんは現金化せずに、そのまんま金の代わりに使うこともありやす」
成程、ムスコロの説明を聞く限り為替手形のようなものであるらしい。
それに話の中に出てきたように、保険屋や銀行といった組織も存在するようである。
「ムスコロ、お前は銀行とか使ってるのか?」
「いんや。冒険屋で銀行を使うやつは少ないですな。というのも、事務所や、その上の組合が口座を作って金の管理もしてくれるんでさ。別の組合の縄張りまで遠出した時も、ちょいと手間賃は取られやすが、しっかり引き下ろせやす」
となると、帝国内であればどこでも組合を通して金が引き落とせるわけである。勿論、証明などに手間取ってすぐにというわけにはいかないだろうが。
「そうなると銀行と競合するんじゃないか?」
「既得権益ってやつですかね。そこは縄張りがきちんと引いてあって、組合の口座が使えるのは冒険屋だけなんでさ。で、組合が融資できるのも、冒険屋関連の事業だけって寸法でやす」
「成程。冒険屋ってのは手広いけど、線引きはきちんとしてるんだな」
実際のところそれがきちんと作用しているのか、諍いが起きていないかなどと言ったことは、紙月たちには判断のつくことではないが。
「それで、保険はどうなんだ?」
「保険がねえ、保険がまた、面倒臭いんでさ」
面倒臭いことを語れるというのは、この筋肉ダルマが見た目とは違ってなかなかのインテリだという証拠である。
「保険てなあ、もとは船乗りたちのもんなんでさ」
「海上保険ってやつだな」
「そいつです。海路はどうしても危険が多いもんですから、自然に保険てえ仕組みが出来上がったんですな。最初の保険が海路を主に扱ってる商業組合のもんでした」
その仕組みに興味を示した商人たちが、他の商売でも同じような保険制度を始めて、巷には山のように保険業が溢れかえった。そのあまりの煩雑さに帝国政府がお触れを出して、いまの保険業組合を制定したのだそうである。
その結果、帝国内であればどこであれ、保険というものは一律決まった額が定められ、保険内容も一字一句同じという決まりになったそうである。実際にはある程度その土地柄や情勢に応じて調整しているようであったが、それでもこれはわかりやすくて、よい。
では何が面倒くさいかと言うと、冒険屋がこれに絡んだ場合であるという。
「例えば馬車が盗賊に襲われた。荷の二割が奪われた。保険に入ってりゃ、補填が利きやす。人死にや怪我人が出りゃそう言う保険もある」
これは道理である。
「ところが冒険屋がこの馬車に乗っていて、親切で戦った結果、御者が死んだが荷物は守られた、という場合」
「フムン」
「不要な危険を招いた冒険屋が悪いとして、死んだ御者が入っていた死亡保険は支払われなかったんでさ」
「ええ?」
なんでもこの世界、盗賊というものは出るものだし、出れば出たで盗賊も道理で動くのだという。荷を全て奪って乗員もすべて殺してということを繰り返しては、やがて人通りはなくなるし、討伐に騎士団も乗り出す。
なので盗賊もわかっていて、普通は荷は全体の二割までを限度とするし、乗員も犯しはしても殺しはしないのが良いとされる。勿論反抗された場合、殺すことは大いにあり得る。だが無差別に殺したりは、普通、しない。なので商人たちも被害は覚悟したうえで、往来するし、保険屋も、しかたがないことだとして金を出す。
ところが冒険屋が絡んで、戦ったとなると、これは仕方がなかったでは済まない。積極的に危険に手を出したのだから、これは自分で家に火をつけて火災保険を出してくれというようなもので道理に合わないとして、保険屋は金を出さないのである。
「うーん。なるほど、そういう理屈か」
「こいつが一度裁判沙汰になって、保険屋が勝っちまってからは、なおさらで」
これは相手が盗賊ではなく魔獣だった場合も同じである。魔獣は何しろ人間の都合など知ったことがない正しく天災であるから、これは保険が利く。利くが、では今度も冒険屋が絡んだ場合はどうなるか。やはり盗賊の時と同じである。
では、冒険屋自身が保険に入った上で、同じ被害に遭った場合はどうなるだろうか。
実は冒険屋保険として、危険を織り込み済みの保険がある。
「おお、じゃあ冒険屋にも支払われるんだな」
「ところが」
冒険屋が魔獣に襲われ、無事魔獣を撃退できれば、勿論保険料は支払われない。
冒険屋が魔獣を倒せず倒れてしまったとすれば、まあ、一般人より低い配当にはなるが、保険金は支払われる。
問題は、倒せたが被害が出た場合、である。
「どういうことだ?」
「仮に、豚鬼と戦って、腕を怪我したとしやす」
冒険屋は医者に行き、治療してもらい、その請求書を保険屋に提示する。これに対して保険金がすぐに支払われるということはなく、何と、実際にそのような被害を負う様な状況だったのかという調査が始まるのである。
保険屋には引退した冒険屋や、専門の術師などが多く雇われており、傷の様子や、現場の状況から、本当に怪我を負う様な大事だったのかということを調査して、その上でようやく保険金が支払われるか否かということが話し合われるのだそうだ。
「そりゃまた面倒だなあ」
「大仕事を前に保険に入る連中もいやすがね、保険屋も冒険屋の仕事が危険だってわかってるから、随分出し渋るんでさ」
「そりゃ、ほとんど怪我するのわかってるようなもんだからなあ」
「コト大きな依頼となりゃあ、保険屋も鼻を利かせて、子飼いの冒険屋を送り込んでくるんでさ」
「保険屋が冒険屋を? なんでさ」
「間近で検分して調査するってのと、もう一つ」
「もう一つ?」
「保険金を支払わなくていいように、他の冒険屋を守る護衛役なんでさ」
「そりゃあまた、本末転倒というか、何というか」
「保険金払うより、護衛ひとりつけた方が安上りってえこともよくあるみたいなんでさあ」
不思議な話ではある。
しかし、この世界では凄腕の冒険屋が一般冒険屋何人分もの働きをするということも珍しくはないようで、そう考えるとどこかで報酬と損失とがひっくり返るのかもしれなかった。
「じゃあまあ、冒険屋が保険に入るのってちょいと面倒なんだな」
「自分がかかわらない、それこそ荷物の輸送とかのときに入るくらいですかね」
なんにせよ、全ての金銭も荷物もインベントリに突っ込んでそれでおしまいの二人にとっては、あまり関係のない話である。
「お、なんだ経済のお勉強か?」
世の中ままならないものだととどこかアンニュイな空気の中、いつもの調子でやってきたのは、やはり、ハキロだった。
用語解説
・ないときは平和ってことですな。
無事山殺しの異名を頂いてしまいますます仕事が入らなくなった二人だった。
どこかの山が爆破されて見晴しがよくなったらしい、などという無責任な噂が流れはしたけれど、ミノ鉱山はその後も特に盛り上がることもなく、廃鉱山は廃鉱山らしく、落ち着いたものであるらしい。
発破で崩落させた坑道の整備も順調のようで、とりあえず十分だと思われる量の鉱石と石食いの素材を帝都に送りつけたそうだ。なにしろ重いし量もあるし、実際に帝都に届いて、検分を済ませて、支払いがなされて、紙月たちの手元に届くまでは、まだまだかかりそうだった。
「というか、支払いってどうするんだ? 銀貨とか袋に詰めて送ってくるのって危険じゃないか?」
「まあ、あんまり多額だと保険かけてることが多いですけど、冒険屋の支払いは手形が多いですな」
紙月の疑問に答えたのはムスコロであった。
最初はむさくるしいばかりで汚らしかったこの男も、あまりに不潔だからと紙月が《浄化》をかけて以来、身だしなみに気を遣うようにはなったようだ。ワイルドななりこそ変わりはしなかったが、少なくとも風呂には入るようで、臭かったり汚かったりということは、ない。鬱陶しくはあるが。
「保険あるんだな。それに、手形?」
「へえ。俺も詳しくはないんですが、そいつを銀行とか、組合とか、書いてある場所に持っていくと現金と換えてもらえるんでさ」
「引き換え期限はあるのか?」
「物によりやす。期限のないものは持ち運びに便利なんで、不精もんは現金化せずに、そのまんま金の代わりに使うこともありやす」
成程、ムスコロの説明を聞く限り為替手形のようなものであるらしい。
それに話の中に出てきたように、保険屋や銀行といった組織も存在するようである。
「ムスコロ、お前は銀行とか使ってるのか?」
「いんや。冒険屋で銀行を使うやつは少ないですな。というのも、事務所や、その上の組合が口座を作って金の管理もしてくれるんでさ。別の組合の縄張りまで遠出した時も、ちょいと手間賃は取られやすが、しっかり引き下ろせやす」
となると、帝国内であればどこでも組合を通して金が引き落とせるわけである。勿論、証明などに手間取ってすぐにというわけにはいかないだろうが。
「そうなると銀行と競合するんじゃないか?」
「既得権益ってやつですかね。そこは縄張りがきちんと引いてあって、組合の口座が使えるのは冒険屋だけなんでさ。で、組合が融資できるのも、冒険屋関連の事業だけって寸法でやす」
「成程。冒険屋ってのは手広いけど、線引きはきちんとしてるんだな」
実際のところそれがきちんと作用しているのか、諍いが起きていないかなどと言ったことは、紙月たちには判断のつくことではないが。
「それで、保険はどうなんだ?」
「保険がねえ、保険がまた、面倒臭いんでさ」
面倒臭いことを語れるというのは、この筋肉ダルマが見た目とは違ってなかなかのインテリだという証拠である。
「保険てなあ、もとは船乗りたちのもんなんでさ」
「海上保険ってやつだな」
「そいつです。海路はどうしても危険が多いもんですから、自然に保険てえ仕組みが出来上がったんですな。最初の保険が海路を主に扱ってる商業組合のもんでした」
その仕組みに興味を示した商人たちが、他の商売でも同じような保険制度を始めて、巷には山のように保険業が溢れかえった。そのあまりの煩雑さに帝国政府がお触れを出して、いまの保険業組合を制定したのだそうである。
その結果、帝国内であればどこであれ、保険というものは一律決まった額が定められ、保険内容も一字一句同じという決まりになったそうである。実際にはある程度その土地柄や情勢に応じて調整しているようであったが、それでもこれはわかりやすくて、よい。
では何が面倒くさいかと言うと、冒険屋がこれに絡んだ場合であるという。
「例えば馬車が盗賊に襲われた。荷の二割が奪われた。保険に入ってりゃ、補填が利きやす。人死にや怪我人が出りゃそう言う保険もある」
これは道理である。
「ところが冒険屋がこの馬車に乗っていて、親切で戦った結果、御者が死んだが荷物は守られた、という場合」
「フムン」
「不要な危険を招いた冒険屋が悪いとして、死んだ御者が入っていた死亡保険は支払われなかったんでさ」
「ええ?」
なんでもこの世界、盗賊というものは出るものだし、出れば出たで盗賊も道理で動くのだという。荷を全て奪って乗員もすべて殺してということを繰り返しては、やがて人通りはなくなるし、討伐に騎士団も乗り出す。
なので盗賊もわかっていて、普通は荷は全体の二割までを限度とするし、乗員も犯しはしても殺しはしないのが良いとされる。勿論反抗された場合、殺すことは大いにあり得る。だが無差別に殺したりは、普通、しない。なので商人たちも被害は覚悟したうえで、往来するし、保険屋も、しかたがないことだとして金を出す。
ところが冒険屋が絡んで、戦ったとなると、これは仕方がなかったでは済まない。積極的に危険に手を出したのだから、これは自分で家に火をつけて火災保険を出してくれというようなもので道理に合わないとして、保険屋は金を出さないのである。
「うーん。なるほど、そういう理屈か」
「こいつが一度裁判沙汰になって、保険屋が勝っちまってからは、なおさらで」
これは相手が盗賊ではなく魔獣だった場合も同じである。魔獣は何しろ人間の都合など知ったことがない正しく天災であるから、これは保険が利く。利くが、では今度も冒険屋が絡んだ場合はどうなるか。やはり盗賊の時と同じである。
では、冒険屋自身が保険に入った上で、同じ被害に遭った場合はどうなるだろうか。
実は冒険屋保険として、危険を織り込み済みの保険がある。
「おお、じゃあ冒険屋にも支払われるんだな」
「ところが」
冒険屋が魔獣に襲われ、無事魔獣を撃退できれば、勿論保険料は支払われない。
冒険屋が魔獣を倒せず倒れてしまったとすれば、まあ、一般人より低い配当にはなるが、保険金は支払われる。
問題は、倒せたが被害が出た場合、である。
「どういうことだ?」
「仮に、豚鬼と戦って、腕を怪我したとしやす」
冒険屋は医者に行き、治療してもらい、その請求書を保険屋に提示する。これに対して保険金がすぐに支払われるということはなく、何と、実際にそのような被害を負う様な状況だったのかという調査が始まるのである。
保険屋には引退した冒険屋や、専門の術師などが多く雇われており、傷の様子や、現場の状況から、本当に怪我を負う様な大事だったのかということを調査して、その上でようやく保険金が支払われるか否かということが話し合われるのだそうだ。
「そりゃまた面倒だなあ」
「大仕事を前に保険に入る連中もいやすがね、保険屋も冒険屋の仕事が危険だってわかってるから、随分出し渋るんでさ」
「そりゃ、ほとんど怪我するのわかってるようなもんだからなあ」
「コト大きな依頼となりゃあ、保険屋も鼻を利かせて、子飼いの冒険屋を送り込んでくるんでさ」
「保険屋が冒険屋を? なんでさ」
「間近で検分して調査するってのと、もう一つ」
「もう一つ?」
「保険金を支払わなくていいように、他の冒険屋を守る護衛役なんでさ」
「そりゃあまた、本末転倒というか、何というか」
「保険金払うより、護衛ひとりつけた方が安上りってえこともよくあるみたいなんでさあ」
不思議な話ではある。
しかし、この世界では凄腕の冒険屋が一般冒険屋何人分もの働きをするということも珍しくはないようで、そう考えるとどこかで報酬と損失とがひっくり返るのかもしれなかった。
「じゃあまあ、冒険屋が保険に入るのってちょいと面倒なんだな」
「自分がかかわらない、それこそ荷物の輸送とかのときに入るくらいですかね」
なんにせよ、全ての金銭も荷物もインベントリに突っ込んでそれでおしまいの二人にとっては、あまり関係のない話である。
「お、なんだ経済のお勉強か?」
世の中ままならないものだととどこかアンニュイな空気の中、いつもの調子でやってきたのは、やはり、ハキロだった。
用語解説
・ないときは平和ってことですな。