前回のあらすじ
一気に名を高めすぎて、かえって仕事の入らなくなった二人。
退屈にあえぐ二人に救世主ハキロがやってくるのだった。
「退屈してるだろ」
そう言われれば否と答えたくなるのが人情というものだったが、何しろハキロという男は裏表というものがなく、この時も実に善意一〇〇パーセントでこう言ってきたものだから、紙月の方でも渋々頷く他になかった。
「まあ、暇は暇ですけど」
「だと思って、依頼を見繕ってきたんだ」
ハキロが見せてきた依頼票は、ざっくりといえば鉱山から特殊な鉱石をいくらか掘ってきてほしいというものだった。なんでも研究で使うようなのだが帝都付近ではこの鉱石は取れず、帝国内では西部のこのあたりでしか産出報告がないのだという。
「珍しいってことは、高い宝石ってことですか?」
「んにゃ、綺麗なわけでもないし、特殊な研究以外には用途がないみたいで、クズ石扱いされてる」
何とも浪漫のない話である。
それに第一、
「これ、冒険屋じゃなくて鉱石掘りの仕事なんじゃ?」
これである。
冒険屋がいくら何でもやるからと言って、やはり専門的な仕事は専門家に任せた方がいいに決まっている。目立つ特徴のある宝石ならばともかく、クズ石同然のものとなればなおさらである。
「ただの石掘りに地竜殺しを呼ぶわけないだろう」
「うわ、面倒ごとの匂い」
「つまり冒険の匂いだ。どうもこの石の取れる鉱山なんだが、ちょっと前から坑道に魔獣が出るようになったみたいでな」
「騎士団の仕事じゃないんですかそれ」
「目ぼしい鉱石はあらかた掘りつくしちゃった後みたいでな。予算出してまで討伐する必要もないって扱いらしい」
「ぐへえ」
要は石が欲しけりゃ自己責任でやってくれ、という状態なわけだ。それはつまり、坑道に巣食った魔獣が外に出てくるようなものではないということで、安全は安全なのかもしれないが、やはり職務怠慢ではないかと紙月などは思う。
「それで冒険屋に、魔獣をかいくぐって石を手に入れて来いと」
「必要量が多いんで、ある程度の駆除は前提みたいだな」
「ぐへえ」
確かに、ただ石を手に入れてくるにしては依頼料が割高である。下の方に魔獣の素材を買い取るとか書いてあることから、むしろこっちが目的なのではないかと思わされるほどだ。
「俺達に持ってくるってことは、強いんすか、この魔獣」
「乙種ってとこだな。ただ完全に相手の棲み処だから、場合によっちゃ甲種に足踏みこむかも」
「ぐへえ」
乙種とか甲種というのは、魔獣の強さ別の分類のことだった。
乙種というのは、普通の冒険屋がソロで挑んでぎりぎり勝ちをもぎ取れる限度がこのあたりだとされる。つまりムスコロあたりが腕の一本や二本覚悟するレベルだということになる。普通はパーティで挑んで戦うものだ。
甲種となるとずっと強く、一般的冒険屋パーティが挑んでぎりぎり勝ちをもぎ取れるかどうかというレベルである。ムスコロやハキロたちは何人かで組んで挑んで、一人か二人だけが帰ってこれるレベルだ。
環境や、数などによって多少変動するが、おおむねこのような考え方でよい。
地竜はと言うと、先ごろ遭遇した幼体で、甲種の上位ということになる。
成体となるとこの分類はもう役には立たない。竜種というのは基本的に他の生物とは隔絶された化物たちなのだ。
単に相手が甲種だというだけならば、地竜の幼体相手に圧勝した紙月たちからすればあまり恐れるようなものではないように思えるが、魔獣の厄介な所は、地形や環境によって容易にその難易度が上下することだ。
相手が坑道に特化した生き物であれば、しょせん二本足でえっちらおっちら歩くのが精々の人型では相手しきれないことも想定しうるのだ。
自分たちがかなりピーキーな能力であることを考えると、あまり慢心して挑みたくない相手ではあるのだ。
とはいえ。
「…………素材、結構高値で買ってくれるのな」
「鉱石も取れた分だけ追加報酬だって」
報酬は魅力的であった。
特に、現状無収入であることに危機感を覚えている紙月にとってはかなりの魅力を放っていた。
それに、なにより。
「お前ら、退屈してたんだろ?」
これである。
「そりゃあ、まあ、退屈してましたけどね」
「正直暇すぎて死にそうだったよね」
「それな」
毎日毎日ドリルと読書だけでは、いい加減体が鈍って仕方がないというものである。
「とはいえ、俺達鉱山なんて潜ったことないですよ?」
「ダンジョンみたいなのかな?」
「そんな気軽なもんじゃなさそうだけど」
「誰もお前らにそこまで期待はしてねえよ」
ハキロはからからと笑って、こういう事だと説明してくれた。
鉱山付近には鉱山付近でミノという町があって、その街には当然冒険屋の事務所がある。ただ、すっかり石も掘りつくされて住人の多くも去ってしまったような寂れた街で、満足な人手が出せないのだという。
依頼はあったものの、もうこの事務所の力では坑道に巣食う魔獣の相手は荷が重く、組合を通して近隣の冒険屋事務所に応援を要請したらしいのだった。
「それでちょうどよく暇人がいたのがうちってわけさ」
「なるほど。まあ待機要員としては役立ったわけだ」
「勿論うちから馬車も出すし、向こうの事務所に貸しを作れれば、おかみさんも賞与くらいは出してくれるだろ」
「本当ですか!?」
「ある程度太っ腹な所見せないと、冒険屋なんて荒くれ者はついてこないからな」
結局のところボーナスに負けて、紙月と未来はこの依頼を受けることにするのだった。
用語解説
・魔獣の強さ
そもそも魔獣とは、害獣の中でも魔力の強いもの、魔法を使うものをざっくりと差す分類である。
これをさらに強さというか、厄介さを基準に甲乙丙丁の四種に分類している。
甲種で一般的な冒険屋パーティがぎりぎり勝ちをもぎ取れるレベル。普通なら複数のパーティーで当たる相手。
乙種で一般的な冒険屋がソロでぎりぎり勝ちをもぎ取れるレベル。普通ならパーティで当たる相手。
丙種なら一般的な冒険屋がソロで普通に相手できるレベル。
丁種ともなれば冒険屋でなくても対処できるレベルである。
ただ、環境や数によって難易度はたやすく変わり、また相性の良しあしもある。
一気に名を高めすぎて、かえって仕事の入らなくなった二人。
退屈にあえぐ二人に救世主ハキロがやってくるのだった。
「退屈してるだろ」
そう言われれば否と答えたくなるのが人情というものだったが、何しろハキロという男は裏表というものがなく、この時も実に善意一〇〇パーセントでこう言ってきたものだから、紙月の方でも渋々頷く他になかった。
「まあ、暇は暇ですけど」
「だと思って、依頼を見繕ってきたんだ」
ハキロが見せてきた依頼票は、ざっくりといえば鉱山から特殊な鉱石をいくらか掘ってきてほしいというものだった。なんでも研究で使うようなのだが帝都付近ではこの鉱石は取れず、帝国内では西部のこのあたりでしか産出報告がないのだという。
「珍しいってことは、高い宝石ってことですか?」
「んにゃ、綺麗なわけでもないし、特殊な研究以外には用途がないみたいで、クズ石扱いされてる」
何とも浪漫のない話である。
それに第一、
「これ、冒険屋じゃなくて鉱石掘りの仕事なんじゃ?」
これである。
冒険屋がいくら何でもやるからと言って、やはり専門的な仕事は専門家に任せた方がいいに決まっている。目立つ特徴のある宝石ならばともかく、クズ石同然のものとなればなおさらである。
「ただの石掘りに地竜殺しを呼ぶわけないだろう」
「うわ、面倒ごとの匂い」
「つまり冒険の匂いだ。どうもこの石の取れる鉱山なんだが、ちょっと前から坑道に魔獣が出るようになったみたいでな」
「騎士団の仕事じゃないんですかそれ」
「目ぼしい鉱石はあらかた掘りつくしちゃった後みたいでな。予算出してまで討伐する必要もないって扱いらしい」
「ぐへえ」
要は石が欲しけりゃ自己責任でやってくれ、という状態なわけだ。それはつまり、坑道に巣食った魔獣が外に出てくるようなものではないということで、安全は安全なのかもしれないが、やはり職務怠慢ではないかと紙月などは思う。
「それで冒険屋に、魔獣をかいくぐって石を手に入れて来いと」
「必要量が多いんで、ある程度の駆除は前提みたいだな」
「ぐへえ」
確かに、ただ石を手に入れてくるにしては依頼料が割高である。下の方に魔獣の素材を買い取るとか書いてあることから、むしろこっちが目的なのではないかと思わされるほどだ。
「俺達に持ってくるってことは、強いんすか、この魔獣」
「乙種ってとこだな。ただ完全に相手の棲み処だから、場合によっちゃ甲種に足踏みこむかも」
「ぐへえ」
乙種とか甲種というのは、魔獣の強さ別の分類のことだった。
乙種というのは、普通の冒険屋がソロで挑んでぎりぎり勝ちをもぎ取れる限度がこのあたりだとされる。つまりムスコロあたりが腕の一本や二本覚悟するレベルだということになる。普通はパーティで挑んで戦うものだ。
甲種となるとずっと強く、一般的冒険屋パーティが挑んでぎりぎり勝ちをもぎ取れるかどうかというレベルである。ムスコロやハキロたちは何人かで組んで挑んで、一人か二人だけが帰ってこれるレベルだ。
環境や、数などによって多少変動するが、おおむねこのような考え方でよい。
地竜はと言うと、先ごろ遭遇した幼体で、甲種の上位ということになる。
成体となるとこの分類はもう役には立たない。竜種というのは基本的に他の生物とは隔絶された化物たちなのだ。
単に相手が甲種だというだけならば、地竜の幼体相手に圧勝した紙月たちからすればあまり恐れるようなものではないように思えるが、魔獣の厄介な所は、地形や環境によって容易にその難易度が上下することだ。
相手が坑道に特化した生き物であれば、しょせん二本足でえっちらおっちら歩くのが精々の人型では相手しきれないことも想定しうるのだ。
自分たちがかなりピーキーな能力であることを考えると、あまり慢心して挑みたくない相手ではあるのだ。
とはいえ。
「…………素材、結構高値で買ってくれるのな」
「鉱石も取れた分だけ追加報酬だって」
報酬は魅力的であった。
特に、現状無収入であることに危機感を覚えている紙月にとってはかなりの魅力を放っていた。
それに、なにより。
「お前ら、退屈してたんだろ?」
これである。
「そりゃあ、まあ、退屈してましたけどね」
「正直暇すぎて死にそうだったよね」
「それな」
毎日毎日ドリルと読書だけでは、いい加減体が鈍って仕方がないというものである。
「とはいえ、俺達鉱山なんて潜ったことないですよ?」
「ダンジョンみたいなのかな?」
「そんな気軽なもんじゃなさそうだけど」
「誰もお前らにそこまで期待はしてねえよ」
ハキロはからからと笑って、こういう事だと説明してくれた。
鉱山付近には鉱山付近でミノという町があって、その街には当然冒険屋の事務所がある。ただ、すっかり石も掘りつくされて住人の多くも去ってしまったような寂れた街で、満足な人手が出せないのだという。
依頼はあったものの、もうこの事務所の力では坑道に巣食う魔獣の相手は荷が重く、組合を通して近隣の冒険屋事務所に応援を要請したらしいのだった。
「それでちょうどよく暇人がいたのがうちってわけさ」
「なるほど。まあ待機要員としては役立ったわけだ」
「勿論うちから馬車も出すし、向こうの事務所に貸しを作れれば、おかみさんも賞与くらいは出してくれるだろ」
「本当ですか!?」
「ある程度太っ腹な所見せないと、冒険屋なんて荒くれ者はついてこないからな」
結局のところボーナスに負けて、紙月と未来はこの依頼を受けることにするのだった。
用語解説
・魔獣の強さ
そもそも魔獣とは、害獣の中でも魔力の強いもの、魔法を使うものをざっくりと差す分類である。
これをさらに強さというか、厄介さを基準に甲乙丙丁の四種に分類している。
甲種で一般的な冒険屋パーティがぎりぎり勝ちをもぎ取れるレベル。普通なら複数のパーティーで当たる相手。
乙種で一般的な冒険屋がソロでぎりぎり勝ちをもぎ取れるレベル。普通ならパーティで当たる相手。
丙種なら一般的な冒険屋がソロで普通に相手できるレベル。
丁種ともなれば冒険屋でなくても対処できるレベルである。
ただ、環境や数によって難易度はたやすく変わり、また相性の良しあしもある。