御霊還りの桜の花姫

『チャイムが鳴って、翔様が、家に来た時に、美咲に部屋で着替えて来るように言われて、着替えに行って、

えっと…、美咲とお母さんは、朝から、買い物に行ってて…帰ってきた時に、
美咲が、柘榴様が私にくれた服を返してくれて、夕飯の席で着て欲しいと頼まれていたから。

それで部屋で着替えたら、
美咲が
『お姉ちゃん、まだ?入っていい?』
って来て、
『いいよ。』
って言ったら、

美咲がガチャって部屋に入るなり、キャーって叫んで、何かを私の方に投げて、

「何をしてるのお姉ちゃん。酷い。辞めて‼︎来ないで‼︎痛いっ。」
って叫ぶみたいに言って…

階段を駆け上がる凄い足音がして、
翔様がドアに来たら、

美咲が、翔様に縋りついて、
「お揃いで着ようってプレゼントした服を私が破って、
今まで、酷いことしてきたくせに、花姫になるのが許せない。
って掴みかかってきた。」って、
泣き出したの…

もう頭が真っ白で…

美咲をみたら、
美咲の右腕の袖が破れて、
私の足元には、切り裂かれた服と、ハサミが落ちていた。

気づいたらお母さんが目の前にいて

お母さんが私を殴って…

バンッと音がして振り返ったら、タンスの中から火が出てて、

お父さんが、翔君、火、火って言う声がしたけど、
すぐ消えるって、

みんなが居なくなっだ…

私、タンスの中に大事な物をしまっていて…

夢中で手を入れて取り出して、
火が服に燃え移って、消そうとしてたら、
急に、パッと嘘みたいに消えて…

ぬいぐるみを握りしめて呆然としてた。

その時、美咲が来て、
翔様が花姫会に電話してるって、
いい気味だって、嘲笑うみたいに言った。

私…花姫になんてなりたくなかったし…
そんなこと別にどうでもよくて、

それよりもなんで、こんなことをしたのかが、わからなくて、許せなくて、

美咲に聞いたら、

欠陥品の私が花紋も出ないのに、花姫だとチヤホヤされてるから、立場を思い知らせてあげたって…

そんなくだらないことのためにこんなことをしたのかって…

その時、火傷して、クマのぬいぐるみを持っていることに気づいた美咲が、

それを取るために、火傷したの?
バカじゃないの?
泣いて謝るなら、翔に頼んであげるって、
翔は、傷を治せるからって。

美咲の花紋…鮮やかなピンクになってて、
ギラギラするような…

美咲の様子とギラギラした色が被って見えた、

痛みなんかどうでも良かった…
いつも美咲は、私を踏みつけて屈服させようとする。

自分の思いとは違うことを言い続けられてきた。何も悪いことをしていないのに、謝ってしまったら…、もう、自分が壊れてしまいそうで、怖かった…

治して貰わなくていい。
って言う私に、
治してやるから謝れ。
って、いい合ってるとき…

お母さんが、
翔様が心配してるから早く戻るように美咲に言いに来て…
美咲がいなくなって、

忍葉、これで、寮に行けなくなったわね。良かったって…、 これから、お母さんたちと住むのよ。
って言い捨てて出て行った。

もうどうなってもよかったけど、
ここにだけは居たくない。って思って…

お母さんとお父さんに、ぬいぐるみを買って貰った楽しくて幸せだった光景や、

お母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃんと楽しくテレビを見ている光景が、
頭の中を流れて…

家に帰りたい。って思ったの。

そしたら、窓から何かが入ってきて、
背に乗せられたような…それから、ずっと紫紺様の声が聞こえていた気がするんだけど…

それと忍葉ちゃん、それと忍葉ちゃんって呼ぶ声が遠くに聞こえて…なんだか温かい気持ちがしてた…

あの大きな毛むくじゃらは、なんだったのかな……。』
忍葉の話が途切れると、静まり返っていた病室に、
『酷いっ‼︎』
と美月の大きな声が響いた。

ずっと下を向いて話していた忍葉は、驚いて顔を上げ、美月の方を見た。

『美咲の自作自演じゃない‼︎何やってるのよ。美咲は‼︎バカだ、バカだと思ってたけど、本当にバカ‼︎』

怒りながら、涙を流している美月を見て、忍葉は、複雑な気持ちに襲われた。

信じて貰えないかも知れない。

という恐さがあったから、美月の言葉は、正直、嬉しかった。同時に、辛かった。

私だって、変わってくれたら、このまま、千虎家に入って、花姫になって幸せになってくれたらいいと思っていたんだから…、双子の美月は尚更だろう…そう思うと、声を掛けられずにいた。

その時、
『大丈夫?』
と聞きなれない声が聞こえた。

美月の横、藍蓮様とは反対側に、
見知らぬ女の人が居て、美月を気遣うように声を掛けていた。
その隣にも、見知らぬ男の人がいることにやっと気づいた忍葉は、一瞬、藍蓮様のご両親かと思った。

でもすぐどう見ても神獣人には、見えないと気づいて、

『あの〜。その人たちは、誰ですか?』
と神蛇先生に訊いた。

忍葉の言葉に少し驚いた表情を浮かべながら、
『忍葉君は、三枝夫妻を覚えていないの?』
と神蛇先生が聞いた。

『えっ?』

驚いた顔をする忍葉を見て、
『救急車を呼んでこの病院に搬送するよう言ってくれたのは、この三枝ご夫妻だよ。』

『えっ‼︎』

忍葉は、更に驚き困惑した表情を浮かべた。


三枝夫妻、狛犬のポチと今、忍葉が話したことを聞いて、
忍葉がぬいぐるみを握りしめて、それを買った三枝夫妻を思い浮かべ家に帰りたいと願ったんだろうと理解した神蛇は、

このタイミングで、忍葉をよく知ってそうな狛犬が花王子を呼びに行ったことから、花紋が現れないことと何か繋がりがあるかもしれない。
現に、目覚めた忍葉君には、変化が起きてる。

と慎重に話し出した。

『忍葉君、これから話すことはちょっと驚くことだと思うけど、落ち着いて聞いてくれるかい?』

何を言われるのだろうと不安になりながら、
『はい。』
と忍葉が答えた。

忍葉のそんな様子を気に留めながら、神蛇は口を開いた。

『忍葉君は、ぬいぐるみを握りしめて、家に帰りたいと思ったら、窓から大きな毛むくじゃらが入ってきて、背に乗せられたような気がしたって、話してくれたね。』

やっぱりそんなあり得ないこと信じて貰えないのかと思いながら、

『はい。』
と答える。

『実はね、家に帰りたいという忍葉君の思いを聞いた狛犬がね、忍葉君を迎えに行って、
そこの三枝夫妻の自宅へ連れて行ったんだよ。』

『えっ‼︎どういうこと?』

その時、忍葉の足元で何かが動く気配がして驚いて、見ると、
パンッと何かが飛び上がった。

そして、神蛇先生の隣にトンっと音を立て降りた。

驚きつつ、なんだろうと目を凝らして見ている忍葉の前にみるみる大きくなった何かが姿を現した。

現れたのは、長いクリクリのくせっ毛に覆われた獅子のような顔の大きな狛犬だった。

『あっ、窓から入って来た大きくて毛むくじゃらの…』

『忍葉君の父親のご両親の家の近くの神社の狛犬様だよ。』

『お父さんの両親?何でそんな所の狛犬が…』

忍葉は、父方にも祖父母がいることは、知っていたが、会ったことは無かった。
どういうことかわからない忍葉は、混乱して言葉に詰まった。

『家に帰りたいと声が聞こえたから、てっきり、わしを思い出したと思っておった。
そうか、花姫は、わしを思い出しては、おらんのか。』
そう言って、狛犬は、ガッカリしたように項垂れた。

突然、話し出した狛犬に驚いた忍葉は、
一拍遅れて、

『思い出すってどう言うこと?』
と呟くように言った。

事情がわからない美月と櫻葉は、心配そうに成り行きを見守っている。

ポチの話を聞いて、自分たちのことを覚えていると思っていた三枝夫妻は、
忍派の様子から、忍葉が、幼い頃のことを覚えていないようだとわかり、落胆しつつも、これ以上、混乱させては可哀想だと話しかけることを躊躇っていた。
『忍葉君、君が目を覚ます迄に、僕が狛犬と三枝夫妻から聞いたことを話すね。』

そう言うと、神蛇は、再び話し始めた。

『この狛犬は、忍葉君の父方の祖父母の家の近くの松山神社の狛犬で、

忍葉君の祖父母は、まつのやという旅館をしていて、三枝夫妻の奥さん、紗代子さんは、
昔、その旅館で働いていたそうだ。

そしてね、忍葉君、君は、幼い頃、その祖父母の家に預けられていて、
紗代子さんは、忍葉君の子守りをしていたそうだよ。

紗代子さんは、小さい忍葉君を連れて、狛犬のポチに会いに松山神社によく行ったそうだ。』

黙って聞いていた忍葉の表情が変わった。

『神社…ポチ…女の人…、紗代子…』

頭の中に、女の人と手を繋いで歩く映像が流れて来た。

ポ…と言って駆けていく先に、狛犬がいて、
狛犬が来たか童。と言っている。

紗…ちゃん、ポチいるよ。クリックリの金色のおけけの、獅子みたいなお顔のワンちゃんだよ。紗代ちゃん、見えないの?…

『あっ、ポチ‼︎と紗代ちゃん‼︎』
忍葉が思い出したようにそう言うと、

狛犬ポチが、嬉しそうに
『思い出したか?』
と、身を乗り出して大きな顔で忍葉を覗き込む。

あ〜、この顔。ポチだ。

『思い出したみたい…』

そう言うと今度は、三枝夫妻をジッと見る。

『…紗代ちゃん?…と…和君?』

三枝夫妻が顔を見合わせた。

紗代子が恐る恐る口を開いた。

『忍葉ちゃん。思い出した?』

『うん。ボンヤリだけど…思い出したみたいです。』

気を失ったままの忍葉が心配で病室まで着いてきたことを、軽率だったと忍葉の様子を見て思っていた三枝夫妻は、ホッとして、胸を撫で下ろした。

『あ〜、良かったわ。思い出せたみたいで。忍葉ちゃんが大変な時に、混乱させちゃってごめんなさいね。』

『いえ。そんな…ビックリしただけだから…。』

『紗代子さん、ぬいぐるみを忍葉君に渡してあげて下さい。』

『あっ、そうだったわ。』

そう言って手に握りしめたままだったくまのぬいぐるみを忍葉に手渡す。

『どうしてこれを?』

『わしが花姫と一緒にあの家から持って来たんじゃ。大事な物だろう?』

『私の宝物だよ。ありがとう。ポチ。』

『宝物って…。貴方。そんなに大事にしててくれたなんて嬉しいわね。』

『えっ。紗代ちゃん。あっ、紗代ちゃんって呼んで言いですか?』

『もちろん、いいわよ。』

『沙夜ちゃん、このぬいぐるみ知ってるの?』

『えっ?』

今度は、三枝夫妻が戸惑った。

『そのぬいぐるみは、忍葉ちゃんが、預けられていた祖父母のお宅から、ご両親の元に帰る時に、

最後にって、私たち夫婦と3人で遊びに行った動物園で買った物なのよ。』

『えっ‼︎』

『小かったものそこまでは、覚えてないわよね。
忍葉ちゃん、水遊びする白くまが好きになったみたいで…お土産に何か一つ買って帰りましょうね。
って言ったら、これが良いって言ったのよ。』

また、頭の中に、映像が流れ出した。

大きなプールに飛び込む白熊、バシャ、バシャ飛び跳ねる水しぶき、きゃっきゃと笑う声、気持ち良さそうね。と言う紗代ちゃん、

これがいいの?忍葉ちゃん。熊が気に入ったね。と微笑んでる紗代ちゃんと和くん…

頭の中を次々、映像が流れていく。

『…まつのやのじーじとばーば…。』
小さな声で忍葉がそう呟いた。

急に様子が変わって、黙り込み、何か自分の世界に入った様に見える忍葉をどうしたのか?
と周りが心配そうに見守っていると、

忍葉が急に、弾けたようにワァ〜っと泣き出した。

突然のことに、周りに居た誰もが驚く中、
紗代子が、忍葉を抱き締め背中を優しく撫でた。

紗代子にされるがまま、抱きしめられ、背中を撫でられたまま、忍葉は、泣き続けた。

やがて涙は止まり、しゃくりあげるように嗚咽を繰り返して静かになった。
『忍葉君、今、何かを思い出だしたと思うけど、話せるかな?』
と神蛇先生が、落ち着いた声で聞いた。

忍葉は、体を起こし、しっかり座り直すと、
自分から、紫紺の手を取った。

忍葉の近くにいながら、不安定な忍葉の刺激にならないように、口や手を出さずに成り行きをジッと見守っていた紫紺は驚きつつも、

しっかり握り返すと、安心したのか、皆が見守る中、忍葉は、ポツポツと話し始めた。

『今、色々な映像が頭の中を流れていったの…。

私、ずっとこのぬいぐるみを一緒に買ったのは、お母さんとお父さんだと思ってた。

あの時、みたいな優しいお母さんとお父さんに、戻って欲しいって…、

違った……あの時、ぬいぐるみを一緒に買ったのは、紗代ちゃんと、和くんで…

お父さんとお母さんとおじいちゃん、おばあちゃんとTVを観ながら、飲み物を飲んだ記憶があって…凄く暖かくして楽しかった。

あの時の優しかった家族に早く戻って欲しいって思ってたけど、
それも紗代ちゃんと、和くんと神社の近くのじーじとばーばだった。

そして…

小さい頃、お風呂の中を覗き込んで落ちたの…ドボンって、ブクブクして…お母さんが、鬼みたいな顔で、私の首を押さえて……それから…どうなったかな?わからないけど…

そのお母さんと、紗代ちゃんが、同じお母さんだとずっと思ってた…なんでそう思ったのかな…

だから、自分は、一人だって…

あの優しかった家族にいつか戻って欲しいと思いながら…
あの鬼みたいな顔のお母さんの姿、あの時に感じた、私が邪魔なんだって思いが…暗くて重い固まりのようになって、ずっと心にあった。

そこを思うと、幸せだったもの全てが色を失って、自分の世界が真っ暗闇になって…

だから、自分は、誰にも愛されない。誰かに愛されちゃいけない。そういうものを求めちゃいけない、甘えちゃいけないってずっと、ずっと思ってた。』

『記憶が色々、蘇ったみたいだね。

狛犬の話を聞いてから、
忍葉君が、どうして三枝夫妻を思って、家に帰りたいと思ったのか?
そう思っているのに、三枝夫妻を覚えていないのか?疑問だったけど、

忍葉君は、幼い頃の思い出の中の三枝夫妻と父方の祖父母が、
ご両親と母方の祖父母だと思っていたんだね。

『はい。』

『そのせいで辛い思いをしてたみたいだね。
思い込んだ思いから解放されたみたいだけど、気分はどうだい?』

『なんだか凄く疲れたけど、心は軽くなった気がする。胸の詰まりが抜けたみたな…。』

『そうかい。なら良かった。きっと思い出した記憶は、時間とともに心の中に綺麗に整理し直されて収まっていくと思うよ。
だけど、今日は、念の為に入院した方がいいね。』

『そうですか…。わかりました。』

『それから、忍葉君の話だと夕飯は、まだだよね。何か食べるものを用意させるよ。
美月君は、食事した?』

『あっ、ご飯のこと、すっかり忘れていた。』

『あっ、私は、食事の途中で、出てきたんだった。言われたら、お腹空いてきた。』

『紗枝ちゃんたちは?』

『私たちは、済ませているわ。ポチが、忍葉ちゃんを連れて来たときは、食事を済ませた後だったから。』

『僕は、そろそろ検査結果が出てると思うから、見てくるよ。
皆さん、今日は、忍葉君をゆっくり休ませてあげて。』

『うん。わかった。先生。』

『神蛇先生、忍葉様の食事は、何を食べても構いませんか?』

『ああ、いいよ。』

『なら私がご用意しても宜しいでしょうか?』

『ああ、そうだね。道忠君に任せるよ。』

『検査結果に問題が無かったら、結果は、明日にするよ。多分、問題は、無いだろからね。忍葉君、今日は、安静にしてゆっくり休んでね。』

『はい。先生、今日は、ありがとうございました。』

『ああ。仕事だからね。』

『櫻葉、少し話しがあるから一緒に来て。』

『はい。わかりました。』

『私も、忍葉様の食事を用意してきます。紫紺様も、何かお持ちしますね。』

先生たちが病室を出て行った。

『ひと段落したみたいだし、ここは、紫紺君に任せて僕達も、食事をし直さないかい?美月ちゃん、僕も急に、お腹が空いてきたよ。』

チラッと忍葉の方を見た美月が、

『うん。そうだね。私も、お腹ペコペコ』
と藍蓮に同調した。

『それじゃ、私たちも帰ろうかしら。ねっ、貴方。』

『そうだね。食事の邪魔をしては悪いね。
今日は、ゆっくり休んで。忍葉ちゃん。』

『ホント。大変だったみたいだから、2人とも、今日は、ゆっくり休んで。』

『今日は、本当にありがとう。紗代ちゃんと和君。』

『お姉ちゃんを助けてくれてありがとうございました。』

『いいんだよ、そんなこと。忍葉ちゃんが無事で良かったよ。』
そう言うと2人は連れ立って帰って行った。

美月たちも、
『食事が済んだら来るからね。』

『紫紺様、お姉ちゃんを宜しくお願いします。』
と言って出て行った。
『皆んな、出て行っちゃった。』

『ああ、寂しいか?』

『ちょっと…でも、平気。なんだか、心が温かい…。

紫紺様、あの…この間は、帰してしまって…ごめんなさい。私、恐くて…』

『そんなことは、いいんだ。会えて嬉しかったから…

『えっ…‼︎』
あんな状況で、会えた喜びの方を見てくれるのかと驚いていると、

『そんなことより、もう俺が恐くはないか…?』

『あっ、うん。自分でも、嘘みたいで信じられないけど…あの泣いた時、心を堰き止めていた塊みたいな何かが壊れてごろごろと流れていったみたいな…、
なんだったんだろう…、アレ?

足元が崩れるみたいなあの恐怖を、今は感じない…、ただ、凄く緊張し…て…えっ‼︎

急に、ガバッと力強く抱きしめられ、驚いて忍葉は話すことも忘れて固まった。

紫紺は、自分の中に忍葉をすっぽりと収めてしまうと、愛おしそうにゆっくり頭を撫でて、名残り惜しそうに体を離した。

長い間、家族以外の人と深く関わることのなかった忍葉に男の人への免疫などあるはずもなく、紫紺の身体が離れた後も、
何が起きたか掴めぬまま、
紫紺をボーと見つめていた。

そんな忍葉の様子を見ていた紫紺が、柔らかい愛しげな笑みを浮かべて、
忍葉の頬を撫で、

『忍葉は、可愛いな。』
と呟いた。

その言葉が耳に入った忍葉は、急に、真っ赤になって、反射的に、紫紺から身を引いた。

どっ、どうしよう、恐くは無くなったけど、
どうしていいかわからない…、

私、このまま紫紺様の花姫になって大丈夫なのかな…

ノックの音がして、
『櫻葉です。入って宜しいでしょうか?』


『いいか?忍葉?』

『うん。』

『入れ。』

『失礼します。忍葉様の食事をお持ちするように、道忠様に頼まれました。
今、召し上がりますか?』

答えに迷っていると、
『遠慮せずに、食べろ、忍葉。俺は用があるから、その間、少し出ているから。』

『うん。わかった。食べたいです。』

『そうですか?じゃあ、
ベッドに、テーブルをセットしますね。』

『はい。お願いします。』

櫻葉さんが、テキパキと私が食事が出来るように準備をしていくのをぼんやり見ているうちに、

『忍葉様、どうぞお召し上がり下さい。
私は、お茶を淹れてきますね。』
と、病室の奥へと入って行った。

『俺も、少し出る。いい子にしてるんだよ。』

そう言って、忍葉の頭をポンポンと優しく叩くと、病室を出て行った。
♢♢♢♢♢

病室を出て暫く黙って廊下を歩いていた神蛇先生が口を開いた。

『櫻葉、忍葉君の警察の聴取は、明日の朝にするよ。今日の忍葉君の家族の件は、かなりの心労だったろうし、過去の記憶を色々思い出したみたいだからね。

待たせている警察官には、僕の方から、明日の朝、出直すように言って置くから、
花姫会に、そう伝えて置いて。』

『はい。了解しました。』

『櫻葉、忍葉様の食事の用意を頼む。』

『はい。紫紺様の分はどう致しましょう?』

『必要ない。きっと席を外すだろうから。
その間は、櫻葉が、忍葉様についていて。』

『はい。承知しました。』

『じゃ、私、神蛇先生と、話がありますので。』

そう言うと神蛇先生と道忠は、連れ立って歩いて行った。

♢♢♢♢♢

神蛇は、自分の部屋に入ると、道忠を応接用のソファに座らせ、
自分のデスクに座り、忍葉の検査結果に目を通し、徐に、電話を掛けた。

『玄白かい。黄竜門家の花姫は、目を覚ましたよ。報告した以外の怪我は無かったよ。

だけど、忍葉君の心の負担が大きいから、警察の聴取は明日の朝することにしたよ。

忍葉君から、簡単に事情は聞いたから、報告するよ。』

『はい。お願いします。神蛇様。』

忍葉から聞いた浅井宅で騒動の話しを一通り話し終わると、病院に来てからの報告を始めた。

『この騒動で、忍葉君の花姫になる心理的な抵抗に変化があったよ。

紫紺君と一緒に居ても大丈夫そうだ。
というより望んでいるように見えたね。

あの分じゃ、数日中に、花紋が現れるかも知れないよ。』

『えっ‼︎そうですか…。』

『ああ、琥珀様に伝えておいて。』

と言うと、神蛇は、電話を切り、
道忠の向かいのソファに座った。

『白虎の当主も動いているんですね。』

『ああ。一族の者を、麒麟の若と争わせるわけにはいかないからな。
それにしても、翔坊ちゃんの花姫は、馬鹿なことをやらかしてくれたよ。
今日は、僕、寝させて貰えそうにないね。』
そう言ってはぁ〜。と大きな溜息を吐いた。

ノックの音がして、

『櫻葉です。少し宜しいですか。』
と声がした。

『いいよ。入って。』

『失礼します。三枝夫妻が、忍葉さんの先程の様子を見て、心配になった様で、
神蛇先生とお話ししたいそうですが、どう致しましょう?』

『ああ、そうだよね。道忠君も居るし、丁度いいね。夫妻を中に通して。』

『承知しました。
忍葉様の食事の用意が出来ましたので、私は、忍葉様についていますね。』

『ああ、何かあったら、呼んで。』

『はい。』

部屋を出ると、待っていた三枝夫妻に、
『中へお入り下さい。』
とドアを開けて夫妻を通し、櫻葉は、忍葉の病室へと足早に戻って行った。

♢♢♢♢♢

三枝夫妻を、ソファに掛けるよう促すと、

『先程は、挨拶しませんでしたね。
紫紺君から聞いていると思うけど、医師の神蛇です。

確か、道忠君は、三枝夫妻と今日、初めて会うんだよね。』

『ええ。私は、紫紺の秘書の道忠です。紫紺様の代わりに先生の話を伺いに来たので、ご一緒させて頂きますが、宜しいですか?』

『いえ。そんなこちらこそ、お邪魔して良かったでしょうか?』

『ええ。ご一緒に聞いて貰った方が、今後の相談もできますので、是非。』

『それなら良かったわ。』
緊張した面持ちだったご夫妻は、道忠の言葉に、ホッとしたのか、表情を緩ませた。

三枝夫妻と道忠に、先程の忍葉の様子を見ての医師の所感を話し、

その後、今後の相談を始めると、忍葉の病室から出てきた紫紺も話に加わった。
♢♢♢♢♢

忍葉の話が一通り済んだ頃、
浅井家の家の中は、騒然としていた。

翔からの連絡を受け、花姫会の千景と龍咲が駆けつけ、
花姫会から連絡が行ったため、私服の警官2人までやって来たからだ。

『娘たちのために騒ぎになりたくない。』
と訴える母親の意向を受けた翔が、花姫会にその旨を伝えたため、サイレンも鳴らされることなく、警察がやって来たため、家の中とは違い外は、静かだった。

千景、龍咲、と警官2人が、駆けつけると、
美咲を抱き寄せている翔に千景が
『翔様、白虎一族の当主 琥珀様がお呼びです。直ぐに、向かって下さい。』
と告げた。

『何を言っている。こんな傷ついた美咲を、置いて行けない。』

『えっ。翔、何処か行くの?』

心細そうに美咲が、翔に縋り付いて呟く。

心配そうに美咲を見つめる翔に、

『いえ。ご命令です。直ぐ、向かって下さい。外に迎えの車が来ていますから。』
と、キッパリと千景が言った。

千景の言葉に、苛立ったのか?ギリッと唇を噛むと、翔は、美咲を抱き寄せ、

『千景たちが帰ったら、電話して。』
その優しく声を掛けると、美咲を離し、立ち上がって出て行った。

『どうして翔は、出て行ったの?何処へいったの?』
と興奮している美咲を千景が落ち着かせた。

気を取り直した美咲と両親に、忍葉が救急車で桜坂総合病院に搬送されたことが告げられた。

皆が一様に驚きの表情をし、

『えっ、リビングをお姉ちゃん通った?』

『いつの間に出てったの?』

『なんで救急車なんだ?』

口々に呟いた。

『忍葉様が火傷を負って気を失っているそうですが、何かご存知ですか?』

『えっ!火傷…翔様が手を伸ばしたら、バンッと音がしてタンスが燃えたけど、忍葉はなんとも無かったぞ。
火って言ったけど、すぐ消えると翔様が言って、その場を後にしたからな。何があったんだ?』

『火傷なんて…わからないわ。』

『私も知らない。』

『タンス?忍葉様の部屋のタンスですか?』

『あー、そうだ。美咲が忍葉を呼びに行ったらすぐに、悲鳴が聞こえて…』

『お父様、後で状況をお聞きしますので、お待ち下さい。』

『忍葉という子の部屋を見せて貰っていいですかね。』
警察官の1人が口を挟んだ。

『あー、いいよ。』
と父、清孝の返事を聞き、
警察官一人と龍咲が、忍葉の部屋へ向かった。

千景がまた、話し始めた。

『こちらに着く頃の連絡では、まだ、忍葉様は、目を覚まされていないようでした。
火傷などの怪我は、すぐ霊力で治療されたようです。他に大きな怪我はない様ですが、念のために検査をしたそうです。
結果はまだわかりません。
今日は、入院することになると思います。』

『そうですか…。』

『もう一つ、先に伺いたいことがありますので、宜しいですか?』

『火傷をして、気を失っている忍葉様を見つけたご夫婦が、救急車を呼んだそうですが、
そのご夫婦が忍葉様をご存知の様ですが、
三枝紗代子、和彦というご夫妻だそうですが、ご存知ですか?

『さえぐさ?知らないわ。ね、貴方知ってる?』

『知らないな?さえぐさ、なんて珍しい苗字聞いたことないよ。』

『私も、知らない。』

『そうですか。』

何があったかを、千景と警官の1人が聞き始めた。
忍葉の部屋を見に行った龍咲と、もう1人の警官が戻ると、そこに合流した。

事情を聞き終わると、
美咲が着ていた服や引き裂かれた服とハサミを持って警察官が帰って行った。

『お姉ちゃんはどうなるの?』

『忍葉様から事情をお伺いしていない今はなんとも言えません。』

『何で?翔だって、お父さんも、お母さんも、見てたのに。』

『忍葉は、桜坂総合病院って言ってましたよね。今、どうしていますか?
病院に様子を見に行きたいんですが…、美咲を置いていくのは心配ですし…、あんなことがあって美咲を連れて病院に行くわけにも行きませんから…、貴方どうしましょう?』

『そうだな…。どうするか…』

『お姉ちゃんきっと、翔が凄く怒ったのを見て、自分のしたことを誤魔化そうとワザと火傷をしたのよ。翔は、タンスの中しか燃やしていないもの。』

『何か分かれば、連絡致しますので、今日は、自宅に居て下さい。』

『そうですか?それならお願いします。』

『忍葉は、私や美咲や家族が、忍葉のために言っていることを、酷いことをしていると思ってたんですね。それでも、あの子は、大事な娘ですから、花姫じゃなくなったら、寮には入れず私たちが引き取りますし、事件になんかしませんから。』
と母親が訴えた。

『大変だったと思いますが、今日は、ゆっくりお休み下さい。明日には連絡させて頂きますから。』

千景がそう言うと、千景と龍咲は、帰って行った。
♢♢♢♢♢

食事を済ますと、

櫻葉さんが、

『忍葉様、花姫会に連絡が入った時、火傷をして、お召し物もボロボロだと伺ったので、お召し物を用意するよう頼んでおきました。
サニタリールームにあるかと思います。お着替えになったら如何ですか?』
と言った。

そう言われて、初めて自分の格好に意識が向いた。ハッとして自分の姿を見て驚いた。

『えっ‼︎検査着みたいのを着てる。色々、あり過ぎて気づかなかった。』

この姿で紫紺様と話していたのかと思ったら、急に恥ずかしくなった。

あっ、それに抱きしめられたんだった…、
思い出すと、さっき感じていた、戸惑いも戻ってきた。

ど、どうしよう…

『どうかしましたか?忍葉様。
きっと美月様たちも、戻って来られますから、今のうちに、お着替えになると宜しいかと思いますが…。』

『あっ、そう、そうですね。着替えて来ます。』

サニタリールームに入るとすぐ、用意された着替えが目に入った。

この間も思ったけど、この病室は、やっぱり高級過ぎるなと思った。

それに、私の扱いが手厚過ぎるし…、

自分の世話も、家族の世話もするのが当たり前だったのに、

今じゃ、気づく前に、何もかもが用意されて、どうぞ、どうぞと促され、物事が進んでいく。

ベルトコンベアに乗せられて運ばれていっているみたいだと思った。

相変わらず、慣れないけれど、

ほんの数日前、感じていた黄竜門家という大きな存在に飲み込まれてしまうような息苦しさは消え、

ほのかな安心を感じていることに気がついた。

急激な気持ちの変化に忍葉は戸惑いながら、着替えをしている時に、アザが薄くなっていることに気がついた。

慌てて、鏡で、胸のアザを確認する。

消えてはいないが、やっぱり薄くなっている。

よく見れば、髪や目の色素も若干、濃くなったように見える。

全体的な色の薄さから、儚げな、淡い印象だったはずの自分の姿が、ほんの少し表情や存在をはっきりとさせたように見えた。

えっ?、ええっ‼︎、どういうこと?……

……あっ‼︎そう言えば、神蛇先生が、花紋が現れたら、アザが消えて、色素も正常な濃さになるって言ってた…

ああ、あの時、花姫なんて全く思えなかったから、他人事のように聞いてた…、

こんな容姿が変わっていくようなことが自分に起きるなんて思いもしなかったから…。

えっ、花紋なかったよね。
確か私の場合は、胸に現れるって…、

恐る恐る、もう一度鏡を見て確かめる。

やっぱり無い…、

その時、がっかりしている自分に気づいた。

あっ、あれ???私、花姫になるの恐くない、嫌じゃないかも…、

そう言えばさっき…、私…
このまま紫紺様の花姫になって大丈夫なのかって思ってた…

私、何か大きく心が変わってる…、
そう気づくと忍葉は、急に、ジタバタしても仕方がないんだと冷静になった。

落ち着きを取り戻し、着替えを済ませてベッドに戻った。

この数日で、自分が何かを言うと周りが波紋を広げるように反応して対応することを感じていた忍葉は、

自分に起きつつある変化を言うべきか、もう少し様子を見るべきかで、逡巡してから、

『櫻葉さんちょっと、いいですか?』
と声を掛けた。

『どうかなさいましたか?忍葉様。』

『えっと…。私の見た目が…、変わってきていると思うんですが…、
アザも、薄くなって、目や髪の色も、濃く…

『あー、それでですね。忍葉様が目を覚まして、お話になられている時から、何か印象が変わった気がして、気になっておりました。

目と髪のお色を、言われて気づきました。
確かに濃くなっていますね。』

少し躊躇いがちに、
『忍葉様、花紋は現れましたでしょうか?』
と櫻葉さんが聞いた。

『いえ、まだです。』

『さようですか…。でも、現れてもおかしくなさそうな感じが致します…、
後で、先生に報告させて頂いて宜しいですか?』

『はい。今、行ってきて貰って構いません。』

ノックの音がして、
『お姉ちゃん、入っていい?』

『うん。どうぞ。』

美月と一緒に、藍蓮様も戻ってきた。

美月は、私の顔を見るとすぐ、
『紫紺様は?』
と聞いた。

『紫紺様は、何処かに行ったよ。
私が食事をする時だったから、気を使って席を外してくれたんじゃないかな?

そう言えば…、紫紺様は、食事をとったのかな?』

『2人のラブラブの姿が見れるかと期待してたのに…。残念。』
と言って美月がニコニコしている。

急に、思い掛けない角度の言葉を言われて、
『ラブラブってそんな…』
と慌てて否定していると、

『藍蓮様、私、少し離れますので、こちらに居ていただけますか?』

『ああ、いいよ。』

『すぐ戻りますので…。』
そう言って、櫻葉さんが出て行った。

『櫻葉は何処に行ったの?』

『多分、神蛇先生のところ。』

『何かあったの?』

美月の表情が不安気に曇った。

『心配することじゃないと思う…、
えっと、アザがね、薄くなったり、目や髪の色が濃くなった気がしたから…』

2人の視線が、自分に向くのを感じた。

それから、美月が弾けたように、
『花紋は‼︎』
と訊いた。

『ううん。現れてないよ。』

『そっか〜。でも、花紋もうすぐ現れる気がする。』

『病室に入った時、忍葉ちゃんの印象が何か変わったなと思ったけど、
着替えたからかと思ってたよ。
言われてみれば、そうだね。
目と髪の色が濃くなってたからだね。』

『あ、本当だ。お姉ちゃん、着替えたんだね。』

『うん。櫻葉さんが、着ていた服がボロポロだったから、着替えを用意しておいてくれたみたい。』

『ホント花姫会は、花姫に手厚いね。』

『紫紺君の花姫だからね。余計だよね。』

藍蓮様の言葉に、やっぱりそうなんだ…、これから大丈夫かな、暫く悩みそうだなと思っていると、

『忍葉ちゃん、ご飯しっかり食べた?』
と聞かれ、現実に引き戻された。

『はい。食べました。藍蓮様たちは?
あっ、そう言えば、食事中に、病院に来てくれたんですよね。ごめんなさい。』

『いいよ。そんなの気にしないで。僕たちも、美味しいもの食べてきたからね。
美月ちゃん。』

『そうそう。ケーキも置いてあるお店でね、食後に、ケーキも食べちゃった。
種類も一杯あったし、どれも美味しそうだった。今度、お姉ちゃんも、一緒に行こっ。』

『あっ、花姫会館のレストランで食事していた時は、今だけって思っていたけど、家を出たら、……もう、そういうことをしてもいいのか…。』

『そうだよ、お姉ちゃん。食事だって、出掛けることも、着る服も、もう自由にしていいんだよ。』

『えっ‼︎そんなにっ。』

『そんなに‼︎じゃないでしょ。普通なんだよ。そっちの方が。』

『???…………。』

『忍葉ちゃんには、ちょっとリハビリがいるよね。大丈夫だよ。すぐ慣れる。』

慣れるだろうか…、
ノックの音がした。
『忍葉様、先生をお連れしました。入って宜しいでしょうか?』

『どうぞ。』

神蛇先生たちと一緒に、紫紺様も、入って来て、私の近くの椅子に座ると、

顔を覗き込むようにして
『変わりないか?』
と聞いた。

一気に頬が熱くなった。

『変わりないです。』
とぶっきらぼうに言うと、
『そうか。良かった。』
と優しい笑みを浮かべて、頭を撫でた。

どうしていいか分からず、固まっていると、

『紫紺君、忍葉ちゃんが固まってるからね。』

『あっ、すまない。どんな顔や仕草を見ても可愛くて、つい…。』

???…紫紺様は真顔で何を言っているんだろう…

『わかるよ。凄いわかる。僕も美月ちゃんが何をしてても、凄く可愛いよ。』

えっ‼︎そこを同調するんだ…

『はあ〜、花姫に会った花王子はコレだから困ったもんだ。2人もいると暑苦しいね。
大丈夫かい?忍葉君。』

『は、はい。なんとか…。』

何かツボに入ったのか?クスっと笑うてから、
『そうかい。なら少し話しをしていいかい?』

『検査の結果は何にもなかったよ。
櫻葉から聞いたけど、アザが薄くなったり、目や髪の色が濃くなったそうだね。

確かに、そのようだね。

さっき忍葉君が話していた時に起きたことや、花王子の紫紺君との様子を見ても、感じていたけど、身体にも変化が現れてきたなら、きっと数日中に、花紋は現れるよ。』

『ヤッター。良かった〜。』
と美月が喜ぶ声が聞こえた。

『そうですか…。』

『花紋が現れることに、抵抗はなくなったみたいだね。前ならそんなはずない‼︎
って言ってただろうから…ね。
本当に良かったよ。』

恥ずかしさと、申し訳なさで一杯になりながら、
『色々、迷惑…心配をかけてごめんなさい。』
と言うと、

『そんなことはいいんだよ。もう、済んだことだし…ね。』

『話はそれだけだよ。今日は、もう休んだ方が良いからね。美月君も、紫紺君も、早く帰ってあげてね。』

そういうと先生は、病室を出て行った。

『美月ちゃん、僕たちも、そろそろ帰ろうか。』

『うん。お姉ちゃん、明日の朝、来るからね。』

『ありがとう。無理しないでね。美月も、ゆっくり休んで。』

『大丈夫。美月ちゃんのことは、僕に任せて。』

『はい。美月をお願いします。』

『じゃ、紫紺様。お姉ちゃんを、お願いします。』
そう言って、美月は、藍蓮様と出ていった。

日に日に、2人の仲が良くなっていくなぁと、2人の後ろ姿を見ながら思っていた。

『どうかしたか?忍葉。』

『ううん。…美月と藍蓮様、日に日に仲が良くなっているなぁと思ってただけ…。』

『そうか…。』

『あっ、紫紺様は、食事、ちゃんとしましたか?』

『ああ、心配ない。済ませたよ。』

『ホント?』

『ああ、本当だ。心配ない。』

『良かった。』

紫紺様が、頬を愛しげに撫でながら、

『今日は、疲れただろう?もう休め。』
そう言うと、頭を撫でから、

立ち上がって、
『朝、来る。』

そう言って出て行った。

紫紺様が出ていった扉を暫く、ぼうっと見ていた。

我に返って、紫紺様…、藍蓮様もか…、花王子は、みんなあんなに、スキンシップ過多なのかな…ボンヤリとそんなことを思っていると、

『忍葉様。』
と声を掛けられて、ハッとした。

紫紺様の自分への過剰なスキンシップを、今日、ずっと、色々人に、見られていたんだと今になって気づいて、頬が赤くなるのを感じた。

『忍葉様、宜しいですか?』

『はい。』

『私も、今日は、これで失礼しますが、大丈夫でしょうか?』

ずっと静かに丸まっていたポチが、顔をあげると、
『わしがついておる。安心して帰るといいぞ。』
と言った。

『そうですか。狛犬様、忍葉様を宜しくお願いしますね。』

『では、忍葉様、ゆっくりおやすみ下さい。』

『はい。今日は、ありがとうございました。櫻葉さんも、ゆっくり休んで下さいね。』

櫻葉さんが出て行ってから、
神獣人と狛犬の上下関係について考えてしまった…。

櫻葉さんの対応的に、ポチの方が上っぽいけど、ポチ偉そうだし…、

アレ、私、小さい頃、ポチのこと皆んなに見えないおじいちゃんワンちゃんだと思ってた気がする…

良かったのかな…、

ポチが、チラッとこっちを見て、
『花姫よ。今日は、考えごとをせんと早く寝ろ。』
と言った。

疲れていたせいか?そうだな、今日は、寝ようと素直に思って

『お休み、ポチ。』
というと目を閉じた。

すぐに私は、深い眠りについた。