御霊還りの桜の花姫

ここ日本には、太古の昔から、神のような神気を纏い、霊力が高く、人ならざる力を持った神獣人という一族と、

霊力も人ならざる力も持たない人間が共存して暮らしてきた。

神獣人一族には、青龍、鳳凰、白虎、玄武の四族と、その四族を纏める麒麟の五族がある。

♢♢♢♢♢

神獣人は、麗しい容姿に、獣のようなしなやかで強い身体を持っているという。

容姿端麗、文武両道で、才気溢れるものが多く、時に激しい感情を持つことはあるが、感情に流されやすい人間とは違い、

冷静沈着で実行力が高く、強いカリスマ性がある神獣人は、戦国の世が明け、
泰平の世が訪れると、ありとあらゆる分野で活躍し、どの分野でも、頭角を現していった。

その頃より、神獣人の財力は莫大で、政財界に大きな影響力をも持ち、日本の影の実力者と言われてきた。

だが、神獣人一族は、以外にも、
今も昔も、政治の表舞台に立つことはない。

♢♢♢♢♢

太平の世が続き、人々の暮らしが豊かになっていった400年程前から、

神獣人一族の中には、
時折、花の紋様を胸に持った男児が生まれるようになった。

10数年すると、
今度は、人間の娘の中に、
年頃になると、花の紋様が手の甲に現れる娘が出てきた。

同じ花の紋様を胸に持った神獣人と
手の甲に持った人間の娘が出会うと、互いに惹かれ合い、なくてはならない存在となり、
生涯、仲睦まじく暮らすことが多かったため、その花の紋様は、いつしか【番の花紋】と呼ばれるようになった。

また、自分と同じ花の紋様を手の甲に持つ娘と出会った神獣人は、まるでお姫様のようにその娘を大事に扱ったことから、
胸に花紋をもつ神獣人は、【花王子】
手の甲に番の花紋が現れた娘は、【花姫】と呼ばれるようになった。

神獣人と人間の間に生まれた子は、人間の血で、神獣人の特徴が薄まるのだが、
同じ番の花紋を持つ、【花王子】と【花姫】は、どういうわけか?神獣人と人間のハーフであるにも関わらず、人間の花姫の血で、神獣人の特徴が薄まるどころか、神気、霊力共に高い子どもを授かった。

同じ【番の花紋】を持つ、【花姫】を花嫁に迎えた皇族の家は、子宝に恵まれ、親族の絆を深め、必ず繁栄した。

その頃より、花紋が現れた花姫が、同じ花紋を持つ神獣人と出逢えるシステムが日本に構築されていったという。

今の日本では、子どもが生まれると居住地の役所に出生届を出すように、
娘の手の甲に、花紋が現れると役所に連絡するよう義務付けされている。

♢♢♢♢♢

殆どの人々が、貧しく職にあぶれる大人が珍しくなかった戦後復興の頃、
それまで続けてきた花姫を花嫁に迎える神獣人家の習わし通り、

花姫を花嫁に迎えた神獣人家は、
花姫だけでなく、両親や親族に至るまでも迎え入れ養なった。

当時の神獣人一族の長、麒麟一族の当主は、戦後の焼け野原に、花姫の両親や親族の居住区を設け、
そこに花姫の両親や親族を移り済ませると、
花姫の両親や大人の親族には、仕事を与え、
子どもたちには、教育を与えた。

神獣人一族への花姫の嫁入りで、住む場所と仕事を与えられた大人たちの働きや、教育を与えられた子ども達が成長し、色々な分野で活躍するようになっていったことが、

戦後復興へ大きな影響と力を与えたため、
この国の戦後の発展は、花姫によって(もたら)されたと言われている。

400年程前から始まった同じ番の花紋をもつ神獣人家への花姫の嫁入りは、
花姫の身内のみならず、その花姫が嫁いだ土地の者の暮らしをも潤していったため、

国民は、豊かな暮らしを与える花姫、
手の甲に番の花紋の現れた娘を、
我が子のようにこぞって大事にし、その成長を見守り、いずれ尊き人となると敬うようになり、いつしか、花姫は国の宝と言われるようになった。

習わしは時と共に変わっていったが、

今も、花姫は、
神獣人一族からは大切に扱われ、
花姫が現れると国民はその成長を見守り、国の宝として、敬われている。
15年前の6月末の未明、桜の木の前に、紫色の目をし、整った顔立ちの男の子が、寝衣のまま立っていた。

♢♢♢♢♢

同時刻、

美郷(みさと)ちゃん。美郷ちゃん。起きて。』

『う〜ん。誰?』

『僕だよ。僕。君の旦那様だよ。いいから起きて。』

『なあに?悠君。……って言うか、…、今、何時?』
とベッドサイドの時計を見る。

『やだ〜。まだ、4時過ぎじゃない‼︎どうしたのよ。悠君。こんな時間に。』

『君は、いつも可愛いね。』
と言って起き上がった美郷の頬にキスをした。

『ちょっと朝、早いけど、僕たちの可愛い息子が意外な場所に居るみたいだから、迎えに行こう。』

『えっ?紫紺君?どこに居るの?』

寝起きで頭が働かないのか?意外な場所と言われたのに、周りをキョロキョロ見回し始めた美郷。

その様子に、ニコニコ笑いながら、
『いいから。ほらっ、起きて。これ、羽織って。』

夫に促されるまま、渡された上着を羽織る。

すると今度は、手を繋ぎ、
『さあ、迎えに行くよ。』
と歩き出した。

夫に手を引かれ、連れられてきたのは、この家の庭にある桜の木の前。

家の庭と言っても、
ここは、神獣人を率いる麒麟一族の当主 黄竜門家の大邸宅。庭というより、庭園と言った方がいい立派さだ。

そして、悠君と妻に呼ばれていた物言いの優しい、一見、何処にでもいそうな男が、この家の(あるじ) 黄竜門 悠然である。

黄竜門家の庭の一角に、一際、目を惹く樹齢150年ほどの枝垂れ桜の大木がある。

その枝垂れ桜の大木の前に、我が息子は、寝衣のまま、立っていた。

『紫紺君。何をしてるの?』

声のする方へと振り返った男の子は、そこに立つ見慣れた顔の2人を見つけると、嬉しそうに、にっこり笑って駆けて来た。

『お父さん、お母さん。あのね〜。僕、夢を見たんだ。
僕のお姫様が、天使の羽をつけて、桜の木に舞い降りて来たんだよ。』
とキラキラ輝く笑顔で言うと、枝垂れ桜の大木を指す。

まるで、舞い降りてきたのは、この木だよ。と言わんばかりに。

二人とも、息子の言葉に驚き、互いに顔を見合わせた。

『それで、紫紺君は、この桜の木を見に来たの。』

『うん。やっと還って来たんだから、早く、「お帰り。ずっと待っていたんだよ。」
って言ってあげなきゃ。と思って。』

この言葉に、またも、二人、顔を見合わせる。

『そう。それでお姫様はなんて言ってたの?』

急に、笑顔が消えて、がっくりと肩を落とした。

『何にも返事が無いんだ。』

今にも、泣き出しそうな息子の様子。

『きっと、来たばかりで、疲れて眠っているのよ。すぐに、応えてくれるわよ。』
と声を掛けると、

パッと顔を輝かせ、
『そうだね。きっとそうだ。』
と笑顔に戻った。

『まだ、朝、早いから、お家に戻ろうか?紫紺君』

『うん。お父さん。ちょっと待ってて。』
と言うと、桜の木の側まで、駆けて行く。

桜の木に何か話しかけ始めた息子を見ながら、

『番の花紋を持つ花姫とは、繋がりが深い。御霊還りなら尚の事だろう。と聞いてはいけど、これほどとは、思わなかったよ……。
驚いたね。美郷ちゃん。』

『そうね。まさか、舞い降りて来たのを、夢で見ちゃうなんて…ね。ふふふっ。紫紺君、御伽噺の王子様みたいね。』

『ほんとだね。流石、僕の息子だ。』

『花姫が舞い降りたってわかったんだから、息子の恋路は、応援しなくちゃね。』

『うん。うん。二人で、応援しちゃおうね。会える日が楽しみだよ〜。』

息子の言葉を微塵も疑うことなく、夫婦二人、息子の花姫の話に盛り上り始めると、パタパタと息子が駆け戻って来た。

『お待たせ。』
と言った顔は満足そうにニッコニコ。

『何を話していたの?』

『「ゆっくり眠って休んでね。また、会いに来るよ。」って言って来たんだ。』

それにしては、長かったわね。と思いつつ、
『そうなのね。』
と言っておいた。

小さな息子にも、ヒミツくらいあるわよね。ふふっ。

『僕たち3人が、居ないことに、道元がもう気づいたみたいだ。玄関で待っているよ。』

『さあ。早く家の中へ戻ろう。』

『道元は、相変わらず、察知が早くて、律儀ね。』

道元とは、この黄竜門家で長年、執事長を務める男である。

気づけば、空は、ぼんやり白み始めている。

ご機嫌な様子で前を歩いていく息子を、微笑ましそうに見守りながら、夫婦2人仲良く手を繋いで歩いて家へと戻っていった。
♢♢♢♢♢

その日から数ヶ月後の4月3日、黄竜寺家は、早朝から、騒がしい朝を迎えていた。

使用人たちが働き始めてすぐ、普段ならまだ寝ている筈のこの家の一人息子、もうすぐ8歳になる紫紺が、使用人達の横を、物凄い早さで、パタパタと軽快に走り抜け、玄関から外へ駆け抜けていったのだ。

まだ、小さい紫紺が廊下を走っていくことは、珍しくないが、玄関の外まで駆け抜けていくことはない。

一瞬、驚いて固まったのち、皆が一斉に、紫紺坊っちゃまを追いかけていく。

『紫紺様〜。何処へ行かれるのですか?』
『紫紺坊っちゃま。待って〜。』
という声と、何処かへと走っていった紫紺坊ちゃまを追いかけていくドタドタとした足音が鳴り響いた。

30数分後、いつも落ち着いて、動じることの滅多にないこの家の執事長 道元が慌てた様子で、(あるじ)夫婦の寝室に現れた。

ノックをすることすら忘れ、
『大変です。悠然様。朝、早くに申し訳ありませんが、起きて下さい。』
とドア越しに声を掛ける。

少し前に騒ぎに目を覚ましていた夫婦は、道元までもが慌てていることに、どういうことか?と顔を見合わせた。

『起きているから、入っておいで。』

『はっ。失礼いたします。』
と入ってくるなり、珍しくしどろもどろになりながら話し始めた。

『紫紺坊ちゃんが、走って行きまして、庭に…庭の桜が、桜が……100年以上、咲かずの枝垂れ桜が、咲いています。』

これには、夫婦2人とも驚いた。

暫く、沈黙が流れた。

ふと、何かに気づいた顔をした悠然が、美郷に向かって口を開く。

『あの日から、丁度、10ヶ月くらいだね。美郷ちゃん。』

『あの日って…?』

『あの日だよ。まだ、空が白みもしない時間に、紫紺君が桜を見に行った日だよ。』

『あ〜、天使の羽の。あの日はいつ頃だったかしら。あの日、あの日………』

息子、紫紺が桜を見に行ったことは、すぐ、思い出したみたいだが、それがいつ頃か?思い出せない様子の美郷。

『あ〜、思い出した。あの日、あの後、綺麗に咲いた紫陽花を何輪か、雪音(ゆきね)に切ってきて貰ったわ。あの日は、……6月、…そうだわ。6月末頃だったわ。』

『それでですね。悠然様。紫紺様が、咲いた枝垂れ桜の前で、涙を流されたまま、動こうとなさらず……皆、困っておりまして。』

道元の言葉に、また、夫婦顔を見合わせた。

『とにかく、行こうか。美郷ちゃん。』

道元と共に、悠然、美郷夫婦が、庭の方に向かっていくと、直ぐ 、120年咲かなかった枝垂れ桜が見事な花を咲かせているのが、目に入った。

『本当に咲いているわ。』

『こんなに咲き誇るとは‼︎皆、驚くのも無理はないなあ。』

桜の木の近くまで行くと、桜の幹に手を添えた紫紺が静かに涙を流しているのが見えた。

幼い息子の思い掛けないほどの哀しげな姿に、母親である美郷は、思わず駆け寄った。だが、まだ、幼いというのに、泣きじゃくることもなく、気丈にも、静かに涙を流す姿に、抱きしめたい気持ちを堪え、

『紫紺君、大丈夫。』
と声を掛けた。

『お母さん。僕のお姫様が生まれて来たんだ。可愛い声で泣いたんだ。
だけど……とっても、哀しんでいるんだ。哀しみに心が染まって、今にも、消えてしまいそうなんだ。』

そう話す紫紺は震えている。

何の音も聞こえない沈黙が続いた。

『心が哀しみ染まって消えそうでも、例え、消えたように思えても、心というのは無くなったりしないものだよ。
紫紺君と君のお姫様の絆はとても深いようだ。だから、必ず10数年後、君達は、出逢うべき時に、出逢うさ。
その時、哀しみの分だけ、温もりをあげたらいいさ。』

そう言って、ジッと紫紺を見てから、父である悠然は言った。
『誰に言われなくても、君はきっとそうするだろう?』

『うん。』

『なら、一緒に哀しんでいる時間は無いよ。
僕みたいに、大事な女の子を守れるいい男にならなくちゃいけないからね。』

『……うん。わかったよ。お父さん。』

『じゃ、家の中にに戻ろうか。皆んな心配しているよ。』
と言った。

側にきた息子の頭をぽんぽんと叩くと、肩を抱いて歩き出した。

二人の様子にホッと肩を撫で下した妻の美郷と道元が、後をついていく。

玄関の前で、ソワソワしながら、この家の主一家が戻って来るのを待っていた使用人たちが、悠然に肩を抱かれて、歩いてくる紫紺の姿を見て、一様にホッと胸を撫で下ろした。

『朝から大騒ぎさせたね。もう、息子は大丈夫。それに、きっと、これから毎年、枝垂れ桜は、綺麗な花を咲かせるよ。
さあ、皆、仕事に戻って。』

当主の言葉に、一同、一礼をすると、一斉に、持ち場へ戻って行き、いつもの日常に戻った。
♢♢♢♢♢

その日の夜、夫婦の寝室で、美郷は、息子、紫紺が胸に【番の花紋】を持って生まれて来た日のことを思い出していた。

【番の花紋】と呼ばれる花柄の入った紋様を胸に持って生まれてくる神獣人の男児は、出生男児の1割弱と少なくはあるが、そう珍しいことではない。

だが、紫紺が生まれ、その胸に、【番の花紋】を見たものは皆、一様に、驚いた。

およそ120年前、当時の麒麟一族当主 敦高(あつたか)の花姫 志乃の没後以降、
どういうわけかは、わからないが、麒麟一族の当主の男児にだけは、
120年近くもの間【番の花紋】を胸持つ男児が生まれて来ることは、無かったからだ。

それだけでは無い、生まれてきた紫紺の胸にあった【番の花紋】を一目見たもの全員が、敦高と志乃の【番の花紋】と同じものに間違いないだろうと思ったからだ。

【番の花紋】とは、花柄の入った紋様のことで、大きさは、直径3cmから大きくても5cmもなく、同じ花柄が入っていても、花柄の入り方や細かな紋様が違うことが殆どのため、一目見て、誰かと同じ【番の花紋】だとわかることは、まずない。

だか、極々稀に、霊力が高いとされる本家や本家に近い血筋の男児の中には、5cmを優に超える大きさの【番の花紋】を持つ男児が生まれることがある。

同じ規格外の大きさの番の花紋を持つ花姫を嫁に貰った神獣人家は、より大きく繁栄したため、【繁栄の番の花紋】と呼ばれている。

同じ番の花紋を持つ、神獣人が花姫を嫁に迎える歴史は400年近くと長い。
そのため、同じ番の花紋をもち、夫婦となった歴代のカップルの中には有名なカップルが何組もいる。

歴代麒麟一族当主の内の一人である敦高とその花姫、志乃も、そんな有名なカップルのうちの一組みである。
神獣人、特に、麒麟一族で歴史的に有名な同じ一族である敦高と志乃の【番の花紋】の特徴を知らぬ者は居ないのだ。

紫紺が持って生まれた【番の花紋】は、麒麟一族なら誰もが知る敦高と志乃の【番の花紋】の特徴と酷似していたのだ。

同じ番の花紋をもつ過去のカップルと、
同じ番の花紋を持つカップルは、【御霊還り】と呼ばれ、夫婦仲は抜きん出て良く、
周りが目のやり場に困るほどだとか。

嫁いだ神獣人家のみならず、一族を繋げ、神獣人一族を繁栄に導き、延いては、日本の発達、発展にも繋がったと言われている。

病院から、生まれた紫紺が、【御霊還り】では?と、すぐさま番の花紋の管理をしている花姫会に連絡が行き、調べられ【御霊還り】だとわかった時から暫くは、

120年振りに、当主家に【番の花紋】を持った男児、しかも【御霊還り】が生まれてきたと、黄竜寺家のみならず、麒麟一族が上を下への大騒ぎになった。

この時のことを思い出し、美郷は、

120年振りに現れる一族待望の次期当主の番の花姫であり、
何より私たちの可愛い息子の花姫、

やっと生まれた知らせを聞いたのに、
とっても、哀しんで、哀しみに心が染まって、今にも、消えてしまいそうなんだ。
と息子が言うのを聞いて胸が痛んだ。

息子の恋路は前途多難そうだわ。

だけど、大変だからこその実りがあるはず。
だから、より一層、親の私たちが応援しなくっちゃと美郷は思った。

『それにしても、悠君。』

『なんだい?美郷ちゃん。』

『紫紺君と花姫と庭の枝垂れ桜の繋がりは深いわね。宿った日も、生まれた日もわかって、桜の木から哀しみが伝わるなんて。』

『本当だよね。驚かされるばかりだよ。』

『紫紺君が、生まれた時、新たに枝垂れ桜を、植えなくて正解だったわね。』

胸に番の花紋を持った男児が生まれた神獣人一族の家では、無事に花姫と出逢えることを願って、花紋にある花木を庭に植える家が多い。

庭の枝垂れ桜は、敦高が生まれた時に植えられたものだ。【御霊還り】とわかったから、新たに枝垂れ桜を植えることはしなかった。

ホント正解だったよ。

『哀しみに心が染まって、今にも、消えてしまいそうなんだ。』
という紫紺君の花姫を心配する言葉を聞いて、

神獣人五族の各当主と花姫会会長のみが、代々、口頭で伝えられている言葉の一節が頭に浮かんだ。

『母親の腹に宿りし時より、
愛受けぬ花姫、
消えいるような色に、
赤い身を持って生まれ、
その身育つも、花開くことなき』

紫紺君の花姫は、きっとこれだろう。

『その身育つも、花開くことなき』
は、きっと、花紋が現れる年齢になっても、現れないってことだろう。

花紋が現れないなら、
花紋が、現れる年齢くらいまでに、

『消えいるような色に、
赤い身を持って生まれ』

これが何を指すのか?わからないけど、この特徴の女の子を探さないといけないなあ。

ごめんね。美郷ちゃん。
僕はこれでも、神獣人一族のトップ。

例え、愛する妻でも、愛する息子のことでも、言えないことがあるんだよ。

黙っているのは、美郷ちゃんに悪いと思うけど、ちゃんと僕、
紫紺君の花姫、見つけるからね‼︎
と悠然は、心に誓った。


『ねぇ。美郷ちゃん。』

『なあに。悠君。』

『やっぱり、哀しみの深い花姫なら、より一層、僕たちが大事な息子の恋路を応援しないとね‼︎
雨降りて地固まる。って昔から言うもんね。大変なほど実りは多いよ。きっと。』

『ふふふふふっ。』

『美郷ちゃん。一人で何笑ってるの?』

『夫婦って同じこと思うんだなぁ。と思ったら、可笑しくて。』

『へぇ。同じこと思ってたんだ。僕は嬉しいよ。美郷ちゃんと相思相愛で。』

『じゃ。僕は、ちょっと仕事をしてくるよ。もう遅い。いい子に寝るんだよ。』

そう言うと、妻の頬にキスをして、立ち上がった。

『悠君。また、何か秘密にしてるな。
ふふふっ。わかりやすいってことを気づいてないところが、旦那様の可愛いところよね。』
一人、呟く美郷であった。

♢♢♢♢♢

黄竜門家の庭の一角にある120年振りに咲いた枝垂れ桜を見ながら、電話を掛けた悠然。

『あっ、柘榴ちゃん?僕だよ。僕。わかるかい?』

『わかるえ。妾を、ちゃん付けするものも、僕だと名乗る者も、藁は、一人しか知らぬ。』

『そんなに気に入ってくれてるなら、嬉しいよ。』

『何の用じゃ。』

『えっ。久しぶりに柘榴ちゃんと、ちょっと話がしたかったんだよ。』

『妾は、忙しいゆえ、切るぞ。』

『待って‼︎待って‼︎大事な要件なんだから。』

『何じゃ?』

『もう。柘榴ちゃんは、せっかちなんだから。』

『切るぞ。』

『待って‼︎待って‼︎今、話すから。』

10ヶ月前の6月末の未明、
紫紺君と庭の桜の木の前で話したことと、
今日、起きたことを話し、僕の予想や考えと頼みたいことを言った。

『代々、各一族の当主と花姫会会長だけが口頭で伝えられている、花姫に関する言葉の一節、

母親の腹に宿りし時より、愛受けぬ花姫は、きっと僕の可愛い息子、紫紺君の花姫だよ。

だから、消えいるような色に、赤い身を持つ女の子を見つけたいんだ。協力して貰えるかい?』

『見つかるかは、わからぬが、協力はするえ。』

『後、消えいるような色に、赤い身を持つは、何を指すか?柘榴ちゃんは、知っているかい?』

『胎内に宿ってから、生まれて2、3歳くらいまでの花姫は母親の関心や愛情があまりに得られないと、どういうわけか?は、わからぬが色素に異常が出る子がおるんじゃ。そのことを表しておるんじゃろ。』

『流石、柘榴ちゃん。
長年、花姫会に携わってる柘榴ちゃんなら、何か知ってるかと思ったんだよ。
聞いてよかったよ。
いいヒントを貰った、ありがとう。
僕の方でも、探すけど、柘榴ちゃんも頼んだよ。宜しくね。』

『僕は紫紺君のお姫様、未来の花姫にピッタリ合う、使用人も探さなくっちゃいけないからね。
神獣人一族の中で、『花姫ただ一人が人間』という環境に急になるからね。気の合う使用人は凄く良いプレゼントになると思うんだよねー。あ〜やることが一杯だよ。
じゃね、柘榴ちゃん。』


『ほんに。悠然とは、せわしない奴よのう。一人で喋って切りおったえ。』

『御霊還りの枝垂れ桜の花姫か…。楽しみよのう。』
と一人呟く柘榴。

悠然の電話の相手、柘榴は、
神獣人四族の一つ、鳳凰一族を束ねる朱雀門家の当主 朱雀門 柘榴(すざくもん ざくろ)

そして、長年に渡り花姫会の活動に携わり、後の花姫会会長となる人でもある。

一見、お調子者にしか見えない悠然同様、かなり食えない相手である。

さて、何を考えていたのやら…。
夕飯後、食べ終わった食器を流しに運ぶと、先に食器を下げ終えた母親が、声を掛けてきた。

『忍葉、もうすぐ、TVで花姫特集が始まるから、私とお父さんの分のコーヒーを淹れて。
美月と美咲は?』

『私は、いらないから。』

そう言うと、美月は、サッサとリビングから出て行った。

『最近、美月は、食事が済むとすぐ、自分の部屋に行くわね。昔は、花姫様の特集があると、家族4人で必ず見てたのに。』

『まあ、年頃だから、親と居たがらないのは仕方ないんじゃないか?』

『いいじゃない。美月なんか放っとけば。
それよりお母さん、早く、おいでよ。始まっちゃうよ。』

居間のソファから、身を乗り出して話す美咲。

『あっ、お姉ちゃん、私、アイスミルクティーね。甘さ控えめにしてよ‼︎』

『ついでに、食器も、洗って置いてね。』

母親はそう言い残すと、居間で、夫と美咲とTVを見始めた。

♢♢♢♢♢

浅井家の居間では、TVを囲んで、家族の団欒が始まった。

忍葉は、そこに誘われることもない。
そして、そのことを気にする素振りもなく、キッチンで言われた通り飲み物の用意を始めた。

忍葉《しのは》は、日本人とは思えない黄色味の全くない真っ白な肌に、薄桃色の瞳、白緑色(びゃくろくいろ)の髪を持ち、
胸から右手の甲まで広がる赤いアザという姿でこの浅井家の長女として生まれてた。

出産に関わった者は、皆、表情や声には出さないものの、生まれてきた忍葉の姿をみて、一様に驚いた。

なかでも、忍葉の母親、晶子の驚きと落胆振りは大きかったらしく、生まれてきた忍葉の姿を最初に見たときは、
『化け物‼︎』
と叫んで抱くことを拒み、周りを驚かせた。

忍葉の肌や髪、目の色が、一般的な日本人のものとは、かなりかけ離れたものだっただけでなく、体の色素は、全体的に薄く、薄桃色の目は、瞳孔が、極めて白に近く、目が見えるかどうか心配され、様々な検査が行われた。

結果、肌や目、髪の色は、色素異常、赤いアザは、単純性血管腫で、合併症などはないと診断され、目に関しては、育ってみないとなんとも言えないということだった。

結局、目には何の問題も無かったのだが…。

人と違う見た目で生まれたことで、色々、ありはしたが、
薄桃色の目に、白緑色の髪は、珍しい上、目立つので、人目を引き、白すぎる肌のせいで、青白く見えるものの、それ以外に、健康上の問題は特になく、忍葉は、顔立ちの整った可愛らしい赤ん坊だった。

けれど、忍葉の母親、晶子は、忍葉の普通とは違う髪や目の色が人の目に映ることを極度に嫌い、あまり外に出そうとせず、外出しなければいけないときは、目の色は、どうすることもできなかったが、髪の色を隠すため、必ず、帽子を被せ、赤いアザが一目に触れぬよう夏でも、長袖を着せた。

裕福な家庭で、甘やかされて育った忍葉の母親、晶子は、自惚れが強く、
自分が、人に驚かれるような容姿の赤ん坊を生んだことが、認められなかったのだ。

プライドが高いので、そういう自分を認めることができぬまま、その後、双子を授かった。

忍葉と、年子で生まれてきた双子、美月と美咲は、あざの一つもない綺麗な肌に、黒い瞳、少し茶色味を帯びた髪のそれは、可愛らしい容貌をしていた。

二卵性双生児であるのに、
まるで一卵性双生児のようにそっくりで、

新生児室のガラス越しに、
透けるような白い肌に、クリクリした黒い目をした可愛らしい顔が、
そっくりそのまま2つ並んで寝かされている姿を見た母親は、
この子たちこそ、自分が生むべき子だったと確信した。

同時に、
やっぱり忍葉は、自分が生むべき子では無かったという思いを強めた。

それからというもの
母親の晶子は、

双子には花姫になっても、困らないようにと、私立に通わせ色々な習い事をさせ、
忍葉には公立に通わせ、習い事をさせないなど…
忍葉と双子、美月と美咲に大きな差をつけて育てるようになった。

特に、晶子は、忍葉が生まれた頃から変わらず、忍葉の普通とは違う髪や目の色が人の目に映ることを極度に嫌い、忍葉を一目に触れさせないよう隠すように育てていた。

忍葉を学校へ行く以外は、あまり外に出さず、家族での外出などは、一人留守番をさせ、連れて行くこともなく、
初節句、七五三、誕生日の祝い、正月、入園式と何かの折には、
双子の娘は、着飾らせ、必ず祝いをしたが、忍葉には、祝うことはおろかお洒落らしい、お洒落すらさせようとしなかった。

あまりの大差に、
『忍葉にも、双子と変わらないことをしたらどうか?』
と父、清孝が言っても、

『忍葉は、普通の容姿じゃないんです。着物を着せたら、余計に目立って、指を指されて恥ずかしい思いをするのは、忍葉ですよ。』

という感じに何を言っても、忍葉の為だと譲らす、無理に何かをしてあげようとすると、妨害したり、忍葉にかえって強くあたる。

父親、清孝の行動原理は、損か得かしかなく、子どもが後々、自分に特になるかもしれないことには、関心があるが、子どもの心がどうなろうが特に関心はなかったので、
日和見で面倒事を嫌う清孝は、早々に晶子に何かをいうことを諦めた。

そして、生まれてから一緒に育った双子の美月と美咲の間にも、育ってくると、段差がつくようになっていった。

ジュースやお菓子、おもちゃを欲しがるような年になってくると、自己主張を強くする美咲に、美月が押され気味になった。

姉妹を対等に扱うまともな両親なら良かったが、美咲の母、晶子は、我儘を言って小さな女王様のように振る舞う、自分に良く似た美咲の方が可愛いく、女王様のような振る舞いこそ、将来、人の上に立つ気質に違いないと思い、美月より少しだけ多く期待をしてきた。

双子の姉妹が物を取り合ったり、欲しがったりする度に、
『美月は、お姉ちゃんなんだから、我慢しなさい。』
と美咲の肩を常に持ち、嗜めることなく、美咲のやりたいようにさせた。

日和見な面倒臭がりの父親、清孝は、母親が
美咲を優先していることに、意を唱えるようなことを口に出して、晶子の機嫌を損ね、面倒なことになるのを嫌い、右に習えと、
『そうだぞ。美月。』
と晶子を援護する態度を常にとった。

かくして、
忍葉と双子の美月と美咲には、大きな格差が、美月と美咲には、段差がついたまま育てられ、子どもたちそれぞれの心にも、それが定着していった。

そして、忍葉は18才。高校3年生に、
双子の美月と美咲は、16才。高校2年生になった。

♢♢♢♢♢

TVでは、一昨年、結婚した神獣人の【花王子 】と【花姫】冬夜様と未来(みく)様夫妻をゲストに迎えて、花姫特集をやっている。

その昔、神のような容姿と獣のような身体を持っていることから神獣人と呼ばれるようになったと伝えられているだけあって、

神獣人は男女共、顔立ちが整っていて、スタイルが抜群に良い人が多く、神気を纏っているせいか、男性は、覇者のような精悍さ、女性は、神秘的な妖艶さがあり、見た目だけで人を惹きつける強いカリスマ性がある。

その上、才気に溢れ経済力の高い神獣人と
国の宝と言われている花姫は、
ここ日本では、
何かと話題にのぼることが多い。

神獣人の花王子が、花姫を溺愛することや、
神獣人家は嫁いだ花姫をこの上ないほど大切にすることは有名で、
花姫が出た家は豪邸が建つと噂されている。

日本には、花姫に憧れを抱く女の子や、
娘が花姫になることを期待する親は多い。

花姫は、年頃になると手の甲に花紋が現れ、
はじめて花姫だとわかるため、

女の子が生まれると
娘が年頃になるまでのひとときを、
娘の手の甲に花紋が現れることを期待し、
自分にもいつか手の甲に花紋が現れることを夢見て過ごす親娘は多い。

この浅井家の三女、美咲も、そんな女の子の一人。

今はこの場に居ない次女、美月も、
ほんの数年前までは、この家族の輪の中で、同じようにTVを囲っていた。

両親、特に母親から、
『美咲と美月は、時が来れば、必ず花紋が現れて花姫になるわ。』
と期待され育ち、自然と大きくなったら花姫になるものと思うようになった美咲。

見目の良い双子が生まれた日から、これほど器量よく生まれたうちの双子の娘なら花姫になれるだろう。
と期待してきた母、晶子。

花姫が出た家は豪邸が建つという噂に邪な欲を持ち、あわよくば3人の娘の誰か一人からでも、花紋が現れないかと期待してきた父、清孝。
3人が其々の欲望を胸に花姫特集を観ている。


『やっぱり神獣人は、凄いイケメンね〜。
でも、未来様は、そんなに美人ってことはないわね。』

『あれだけカッコイイ人の横だと、見劣りするよねー。』

『美咲の方がよっぽど美人だよなぁ。』

『ヤダ〜。お父さん。』

『冬夜様はね〜。学生の頃、モデルをしていて、腕時計のモデルをした時は、凄い売れて、それまでの売り上げ最高記録を更新したんだって。』

『青龍族でね〜。天候を操るんだよ。』

『美咲は、詳しいわね〜。』

忍葉が飲み物を持ってきてテーブルの上に置いていく。

家族は、忍葉に、礼を言うこともなく、テレビを見ている。

TVでは、未来様が花姫になった頃の話をしている。

番組のMCが、
『お年寄りが花姫様に会うと拝む人が居るってよく聞くけど、未来様は、拝まれたことありますか?』

『ふふふっ。拝まれたことは…

『戦後復興の頃は、花姫様が出ると、町中がお祭り騒ぎだったって良く聞くわよね。』

『何それ。ハハハ。』

『…そう言えば、母親が子どもの頃、近所に花姫様が出て、町内中で大宴会をしたって言ってたな。見たことない食べ物が一杯出て夢のようだったって。』

楽しそうな家族の団欒をよそに、忍葉は、キッチンに戻って、食器洗いに取り掛かかった。

例外はあるが、花紋が現れるのは、だいたい16才から20才の間くらいと言われている為、

その年齢を娘が過ぎていけば、やっぱり花姫ではなかったかと束の間の夢から覚め、
娘が花姫かと淡い期待をし、家族で夢見て過ごした日々は、家族の良い思出になるのが、娘をもつ家庭の殆どだったりする。

手の甲に花紋が現れ、花姫になる娘は、ほんのひと握りしかいないので、
宝くじが当たったらいいなという感覚程度の期待を持ったり、娘可愛さから、花姫になってもおかしくないと例えることはあっても、
娘が生まれたからといって、あまり過度な期待を持つ家族はそういないからだ。

家族と一緒にTVを囲うことなく、早々に自室に行ったこの家の次女、美月も、家族や、世間の風潮よりも、一足早く夢から覚めた様子。

そして、母親に、小さな頃から、
『花姫様は神様に選ばれて生まれてくるのよ。見た目でハッキリ欠陥があるとわかる忍葉は、花姫ではないのよ。だから、忍葉と双子の美月と美咲とは違うのよ。』
と言われて育った忍葉は、
最初から、夢さえ見させて貰うことなく育った。

そのせいか、現実的な忍葉は、
『双子の娘は必ず、花姫になる。』
と言い切る母親の言葉を何処か冷めた思いでいつも聞いていた。

幼い頃から、母親によって、殆ど虐げられていると言っていいような育ちをしてきた忍葉は、夢をみたり、期待をしても意味などない、傷つくだけ損。という思いを沢山してきた。

そういう忍葉にとって、ほんの一握りしかなれない花姫に、なれると本気にできる母親や美咲が理解できるわけがなかった。

はぁ〜。早く、私も、美月も美咲も、20才を越えないかな。気が重いなぁ。

花姫じゃないってわかれば、あのお母さんと美咲のことだ。きっと、大袈裟に落胆して暫く大変そうだけど、早く、起きもしない夢から覚めて欲しい。そう願いながら、夕飯の後片付けをしていた。
夕飯の片付けを終え、サッとシャワーを浴びて、家族が入れるようにお風呂の用意を済ませ、忍葉は、やっと自分の部屋に戻った。

そして、自分用に、こっそり入れておいたアイスミルクティーを、机に置くと、また、部屋を出た。

美月の部屋をノックして、
『美月。後、10分位でお風呂入れるよ。お母さんたちは、まだ、TV観てるから、先に入りなよ。』
とドア越しに声を掛ける。

ドアから美月が顔を出した。

『お姉ちゃんは、入ったの?』

『うん。シャワー済ませたよ。』

『もう、お姉ちゃんも、バカなこと言ってる美咲に気兼ねしないで、お風呂に浸かったらいいのに‼︎』

『うん。でも…。今は、夏だし…』

『はぁ〜。』

美月は、凄い大きな溜息をつくと、

『わかった。ありがと、お姉ちゃん。』

と言ってドアを閉めた。


♢♢♢♢♢

自分の部屋に戻って、風呂上がり、と言っても、シャワーのみだけど、
風呂上がりのアイスミルクティーを飲む。

この家でできる数少ない息抜きの時間だ。

時々、こっそり飲み物を持ち込んでいるのがバレて嫌味を言われたり、
母親の機嫌次第では、食事を抜かれることもあるけど、

半年前、忍葉の母、晶子の両親と同居していた家から、今の家に越して来てから、忍葉は、毎晩のように、家族たちの目を盗んで、

家族の食後のコーヒータイムに、自分の飲み物も作って置き、それを部屋に持ち込み、夜こっそり部屋でドリンクタイムをしている。

忍葉が暮らすこの家は、
思ったことを口にすること、飲み物を飲むこと、TVを観ること、そんなささやかなことすら、自由に出来ない。

祖父母と同居していた家も、今とそう変わらない息苦しい家だったけれど、

商才がある祖父が、継いだ老舗の呉服屋をあっという間に、大きな事業へと成長させ、財を築いたらしく裕福だった。

なので、家には何人かお手伝いさんが居て、家族に煩わされず、飲み物を飲むひとときは、持てていた。

大人が父親と母親しか居ないこの家は、
母親の独壇場と化し、そんな息を吸えるひとときすら、
バレたらそれなりの仕打ちをされる覚悟をしなければ、持てなくなった。

それでも、ドリンクタイムを続けるのは、

忍葉には、幼い頃、夜、TVを囲って、お母さん、お父さん、おじいちゃん、おばあちゃんと、皆んなで、楽しく飲み物を飲んでいた記憶があるからだ。

夜、その光景、その時の楽しかった思いを、思い出してドリンクタイムをする時間が、
息苦しさに今にも窒息してしまいそうな忍葉の心をなんとか支えている。

息苦しさを増したこの家に越してから、半年あまり、忍葉の心は、本人も気づかぬ内に、限界を迎えつつある。

♢♢♢♢♢

甘いアイスミルクティーを飲んで、一息ついた忍葉は、
美月の様子を思い出し、現実の悩みに、思いを巡らし始めた。

半年前まで、一緒に住んでた祖母は、凄く意地悪な人だった。

『忍葉が入った風呂に入ったらアザがうつるゾ。』

『忍葉が着た服を着たらアザがうつるゾ。』

と私を横目で見ながら、美月や美咲によく言ってた。

その影響なのか?いつの頃からか、
『えー‼︎お姉ちゃん。先に、お風呂入ったの。やめてよ‼︎アザがうつったらどうしてくれるの‼︎』
『お姉ちゃん、私の服は触らないでね。』
と美咲が言うようになった。

美月は、家族を気にして、湯船に入らない私の態度が、癪に障るみたいで、時々、突っ掛かってくる。

美咲に遠慮しているというより、そういう言葉を投げられていても、お母さんも、お父さんも、そのことについて何にも言わない…、

庇われも、守られもせず、放置される、あの惨めな気持ちになるのが嫌で、つい避けちゃうだけなんだけど…

湯船に入ろうと、シャワーだけにしようと、言われる時は、言われるから同じなんだけど…湯船に入るのをどうしても、避けてしまうのだ。


『はぁ〜。花姫かあ〜。』

美月と美咲は小さい頃から、
お母さんとお父さんに
『美月と美咲は、可愛いから、大きくなったら、花紋が出るかもね〜。』

『あ〜。そうだぞ。』

と言われていたけど、

私は、決まって、

『忍葉は、花姫どころか嫁にもいける訳ないんだから、しっかり勉強して、見た目が悪い分、家事ができなきゃダメよ。』
と言われてきた。

お母さんは、普通とは違う見た目で生まれてきた忍葉の為とか、忍葉を思ってという言葉を使って、
家の手伝いをさせているとか、
厳しい言い方をするとか、
言っているけど、

私は、お母さんの言葉をその通りに素直に受け取ったことはない。

お母さんの言葉には、
普通とは違う見た目で生まれてきた私を、嫌う思いがハッキリ篭っているから、
言葉通りに受け取りたくても、受け取りようがなかった。

もう少しでも、隠した言い方をしてくれたらどれだけいいか…、
何にも感じ取らず、言葉通り信じられたらどれだけいいか…と小さな頃から、何度となく思いに思ってきた。

小さい頃は、ただ、お母さんの言葉に、傷ついてきただけだったけど、
大きくなるにつれてそれだけじゃ済まない事態になってきた。

あれだけ私への嫌悪があからさまなのに、
お母さんは、忍葉のため、忍葉を思ってと絶対に譲らないからだ。

幼稚園に通うようになると、
忍葉が傷つくと可哀想だからと、
外では必ず帽子を被らせ、半袖や水着を着せないように幼稚園の園長先生や先生たちに頼んだそうだ。

泣きながら訴える母親に強いことが言えなかった幼稚園の先生たちに、
私は、外で遊ぶ時は、帽子を被っているか常に気にされ、水遊びはさせて貰えなかった。

この頃は、まだ良かった。

私が、大きくなってきて、
あまり外にでないことや、長袖しか着ないことや、家族と出掛けないことを誰かに聞かれると、
私が見た目を気にして、外に出たがらない。見劣りするとおしゃれもせず、家にばかりいるけど、普通の見た目に生めなかった私が悪いから、娘の思うようにさせている。
そのうち娘もわかってくれるから、
娘をそっとしておいと欲しいと周りに言うようになったらしい。

時々、鵜呑みにした近所の人に、
いきなり注意されたりして知った。

物心ついた時には、私の見た目を気にして、髪の色やアザが人目につかないよういつも気にするお母さんがいた。

私には、見た目など気にする暇すら無かった。

半袖を着たくないとか、水着を着たくないとか思う前に、半袖も、水着も着てはいけないものだった。

本当は自分がどう思っているのかすら、私にはよくわからない。

それなのに、周りからは、お母さんが言っている言葉を間に受けた言葉や、何かを感じて、家の中が大変そうだけど、大丈夫か?というような言葉が、やってくるようになった。

その頃から、息苦しさを実感することが増えた。

お父さんはそんなお母さんに、呆れたのか、ずっと前に何も言わなくなったし、
お父さんだけじゃなく、周りの誰も口を出せないでいた。

お父さん側のおじいちゃん、おばあちゃんは、私のことを心配して、私が小さい頃は、お母さんにあれこれ言ったり、私にと着物や洋服をプレゼントしてくれたり何かと気にかけてくれていたらしいけど、
私宛ての着物や洋服は、お母さんが、
『こういう良い物は、着る人を選ぶのだから。忍葉じゃなくて、美咲が着るのか相応しい。お義母さん、お義父さんは、どうしてそれがわからないのかしら。』
と言って、いつも美咲に着せていた。

何があったか知らないけど、今は、全く付き合いがないみたいだし…。

まぁ、こんなことばかり続いたら、嫌になると思うけど…。

学校の先生も、お母さんの言葉を鵜呑みにしたり、臭いものには蓋をと、お母さんが望むように融通するので、
『お母さんが凄く心配していらっしゃったわ。』
と言って、いつまでも見た目を気にせず、半袖や水着を着るよう注意されたり、
忍葉ちゃんは、水着を着なくていいからいいね。
とか、
『親に心配かけて。うちの子は、そんな子じゃなくて良かった。ってお母さんが言ってたわ。』
とか、わざわざ言いに来られたり、
本当、色々なことを言われた。


その頃からずっと、
現実が歪められた狭間に閉じ込められたような生き苦しさの中を私は生きているんだと思う。

家の外はまだいい。
時々、言われるだけだから。

家の中は毎日だ。

お母さんはずっと変わらずあの調子で、
お父さんは、決まって、スルーするし、
何か口にしても、
『そうだな。』
しか言わないし…。

美咲は、お母さんとおばあちゃんのクローンみたいになってきて、
図ったようなタイミングで、1番傷つく言葉を躊躇いもなく言うようになった。

美咲と双子の美月は、小さい頃は、いつも美咲と一緒に居て、お母さん、お父さんと、まるで4人家族みたいに仲が良かったけど、

いつ頃からか?あまり美咲やお母さんたちと一緒に居たがらなくなり、最近は、美咲に怒ってばかりだ。

毎日、家の中の空気がギスギスして、心に重い塊りが詰まっているみたいに息苦しい。

最近では、忍葉のためなんて言葉で濁さないで、いっそのことあんたなんか嫌いだ。と捨ててくれた方がどれ程、楽かとすら思うようになった。

きっと耐えられないとも思うけど…。

小さな頃から、自分を、この家の子どもでも、家族でもなく、小間使いだと思ってきた。

お母さんやお父さん、美咲の言葉や態度は、
お金を支払う必要のない、家族という名をした使用人だから、当たり前に、顎で使われて、文句は言われても、褒められることはないんだなと…嫌でもそう感じるしかないものだったから。

息苦しい…時々、窒息してしまうんじゃないかと思うほど、心が窮屈で、息苦しくて堪らなくなる。

だけど、それが幼い頃から続く、
私の当たり前の日常で、

この日常が、きっと変わることなく、これからも続くんだと思う。

家を出るチャンスがあるなら出てみたいけど、きっとお母さんは、私を家政婦か何かのようにして閉じ込め続ける気がする。


そんな私では、花王子と花姫なんて別世界の話だ。

別世界過ぎて、想像すらできないな…

『はぁ〜』
考えると憂鬱になる。
もう、寝ようと、ベッドに横になった。

バンッと部屋の扉が開いた。

『相変わらず、狭い部屋っ‼︎よくこんな所で寝れるわね。』

いきなり部屋に入って来た美咲が言った。

『あっ、そうそうお姉ちゃん。お風呂の中入った?』

『入ってないよ。』

『ならいいけど。』

『もうそろそろ、花紋が出るかもしれないから、お姉ちゃん、お風呂の中には、入らないでよ‼︎何かあったら困るから‼︎』

『美咲。バカなこと言うのいい加減やめなよ‼︎』

廊下から美月の声。

『馬鹿なことじゃないわよ‼︎あんなアザがうつったら困るじゃない‼︎』

『うつるわけないでしょ‼︎』

『何やっているんだ。2人とも。』

『美咲が、お姉ちゃんに、アザがうつるから風呂の中に入るなって馬鹿なこと言うから‼︎』

『もう花紋が出ておかしくない時だからね。
神経質になっているだけよ。
美月も、そんなことで、一々、めくじら立てないのよ。』

『そうだぞ、美月。もう遅いんだから、静かにしなさい。』

『そんなことでって…』

美咲がニヤニヤ笑っている。

『お姉ちゃんが、入ってないのわかったから、お風呂に入ってこよっと。』

そう言って、美咲は、鼻歌を歌いながら、階段を降りていく。

私は、ベッドから、下りて、美咲が開けっ放しにした扉を閉めてもう一度、横になった。

『はぁ〜。』

美咲はいつもノックをしないで、我が物顔で部屋に入ってくる。

狭い部屋か…

引っ越す前、
「家族で」この家の内覧をした。

「家族で」と、お母さんが言う時は、
その家族に、私は決まって入っていない。

だけど、その時は、私も、内覧に連れて行って貰えた。

部屋数を見て、私にも、美月と美咲たちと同じ部屋があるかも…と思って期待してた。
ほんの少し…。

だけど、引っ越しの荷物を運び込むために、
お母さんに、連れて来られた部屋は、2階の住居用に設けてある四畳ほどの物置だった。

『忍葉の部屋はここね。貴方は荷物が無いから広い部屋は要らないでしょ。
美咲たちは、衣裳持ちだから、部屋一つ衣装部屋にすることにしたの。』
と言って、お母さんは物置きの扉を開けた。

あの時も、美咲はニヤニヤ笑ってたな…。


はあ〜。寝よう。


枕元のライトを消した。


♢♢♢♢♢

お母さんは、何を言っても通じない‼︎

『そんなことでめくじらを立てるな。』
ってなんなんだろう。

お父さんは、お母さんの腰巾着みたいに、
いつも、
『そうだぞ。』
ばっかり言ってるし…

お姉ちゃんは、お母さんと美咲に気を遣ってばっかだし…

だから、美咲がどんどん調子に乗っていくんじゃない‼︎

昔は、あんなじゃなかったのに…

はあ〜。花姫なんて消えてなくなればいいのに……

昔は、
『一緒に、花姫になる。』
って美咲と笑って、
お母さんも、お父さんも、笑ってたのに…

『あーーーーー。』

毎日、毎日、家の中が、ギスギスしてる。

イライラして手に取ったぬいぐるみを投げて、ベッドにバタンと横になった。

『はあ〜。』

知らず、大きな溜息が出る。

ずっとこの家はこうなのかな……

いつから、こうなっちゃったんだろ…


答えが出ぬ問いに、思いを巡らしながら、美月は眠りについた。

♢♢♢♢♢

はぁ〜。未来様。幸せそうだったな。
冬夜様は、蕩ける顔して未来様を見てたし…
やっぱり花姫様なりたいなぁ。

お母さんが、いつも私ならなれる。って言ってたから、なれると思うんだけどな〜。

未来様は、16才で出たって言ってたから、私もそろそろ出るんじゃないかな?

早く出ないかな花紋。

そんなことを考えながら、美咲は身体を洗い終え、お風呂に浸かった。


美月は、最近、怒ってばっかり。
あの子、どうしちゃったんだろ?

昔は、いっつも一緒だったのに、最近は、一緒に居ても、すぐどっかいっちゃうし…
お姉ちゃんなんか庇っているし…。

私と美月と、親にも相手にされない、あんな見た目のお姉ちゃんじゃ、立場が違うんだから、庇ったりしたら、かえって可哀想よ。

これからずっと、誰にも相手になんかされないで生きていくんだから。

それよりも花紋早く出ないかな…

この家の娘で、只一人、
悩みも、将来の不安も考えることなく、無邪気な子どものまま、高校生になった美咲は、

同じ両親を持つ姉を、何の罪悪感も疑問もなく、湯船にも入れないよう追い込み、

さも、当然のことのように、自分は、優雅に入浴タイムをしていた。

♢♢♢♢♢

夫婦の寝室で、

『冬夜様と未来様夫妻、本当に、仲睦まじかったですね〜。』

『あー。』

『美月と美咲も、あんな旦那様が居たら、何にも心配要りませんよね〜。』

『それは、そうだ。大船に乗ったつもりって言葉があるけど、神獣人の旦那様は、つもりじゃなくて、正真正銘、大船だ。安泰だよなぁ。』

『未来様、16才で、花紋が現れたっておっしゃっていたから、あの子たちも、そろそろ現れるかもしれませんね。』

忍葉、美月、美咲、3人の娘の母親であるはずの晶子は、いつも、家族の前では、
忍葉を、娘や家族の数に入れずに話す。
都合の良い時は入れるのだが…。

そんな晶子に、何かを言うのを、ずっと前に諦めた夫、清孝は、
晶子の言葉に、いつものように、

『そうだな。』
とだけ答えた。

夫、清孝が腹の中で何を考えているかなど、思うことなく、晶子は、眠りについた。

♢♢♢♢♢

忍葉は、花姫になるわけない。
と決めつけてる晶子の手前、口には出したことがないが、

感情で物心を考え決めつける晶子と違い、
清孝は、忍葉だって女の子だ。花紋が現れたって何も、おかしくはない。
という当たり前の可能性を理解し、
美月や美咲より、忍葉に現れるのがいいに決まっていると常々、思ってきた。

器量良しの美月や美咲なら、花姫じゃなくても、いい相手はいくらでも、見つかる。

忍葉は、あの見た目だ。顔立ちは、整っているんだけどな…。あのアザがな…。

神獣人は、花紋さえあれば溺愛してくれるんだから、一番売れ残りそうなのが、高く売れれば、言うことないと密かに、思ってきた。

忍葉は、18。後、2年ある。これからだ。
諦めるのは、まだまだ早い。

一足先に、眠りについた晶子の横で、
清孝は、そんなことを思っていた。
『忍葉。花姫会からの電話の内容を皆んなに話すから、コーヒー二つと、アイスミルクティーと、…美月は、アイスティーでいいわね。淹れて居間に持って来て頂戴。』

そう言い終えると、とお母さんは、今度は、美月の部屋をノックした。


♢♢♢♢♢

美咲に、番の花紋が現れた。

土曜だった今日。
美咲は、神獣人たちが多く住むと言われている中央区官内にある新しくできたばかりのケーキ店に友達と行った。

そこで、花王子に出逢い、花紋が現れたと、美咲は、帰って来るなり、興奮して話した。

ほんの1週間ほど前、
家族が花姫のTVを観てた日、
自分には、関係ない遠い世界だと思っていた世界がいきなり、

忍葉の目の前に、
花姫の姉妹、家族という形で現れたのだ。

その日から、嵐のような一週間が始まることになるとはこの時は思いもしなかった。

♢♢♢♢♢

丁度、夕飯の支度をしている頃、
美咲は、頬を紅潮させて、家に帰って来た。

リビングに入るなり、
『花姫になったの‼︎ホラ、花紋。』
と美咲は、手の甲を自慢げにかざした。

その言葉を聞いて、居間でテレビを見ていたお父さんと、夕飯の支度をしていたお母さんは、美咲の元に駆け寄った。

『本当だ。花紋がある。桃?』

『嫌、梅じゃないか?』

『ふふふっ。杏子よ。私も、桃かと思ったけど、翔、あっ、翔が私の花王子ね。翔が杏子だって教えてくれたの。』

『花王子は翔君って言うの?』

『苗字はなんだ?なに翔って言うんだ?』

『お母さんも、お父さんも、慌てないで座って話そうよ。話すこと色々あるんだ。』

『あっ、そうね。美月も呼んだ方がいい?』

『うん。その方がいいよ。』

『じゃ、忍葉、美月呼んで来て。それから、夕飯の支度、後、頼んだわよ。』

『嫌、いい。美月は、俺が呼ぶ。』

そう言うと、お父さんは、階段の下から、
『美月。話しがあるから、下りて来い‼︎』
と大きな声で言った。

暫くして、美月の声が聞こえて来た。
『話って何?』

『大事な話だ。早く下りて来い。』

『……わかった。』

美月がそう答えると、お父さんは、満足そうにリビングに戻って来た。

『もうすぐ、夕飯だから、ダイニングテーブルで話しましょうか?』
と言って、お母さんは座ると、

キッチンの方を向いて、
『忍葉。夕飯の支度ができても声を掛けるまで運ばないでよ。後、声を掛けるまで、貴方はそこで、待ってなさいね。』
と言い、皆の方に向き直った。

美月も、丁度、階段を下りてリビングに入ってきた。

『大事な話って何?』

『ふふふっ。私、花姫になったの。ホラ。』と手の甲を美月に見せびらかすように(かざ)す。

『なんだ、そんなこと。』

『そんなことじゃないでしょ‼︎』

『二人とも喧嘩しないの。ホラ、美月も座りなさい。ね。』

美月が座ると早速、お母さんが、
『それで、相手の方はどんな方なの?』
と聞いた。

忍葉は、いつも家族の大事な話の蚊帳の外だ。忍葉をおいて家族の話が始まった。

『花王子は、千虎 翔(ちとら かける)っていって白虎族なの。』

『千虎って、あの千虎カンパニーの?』

『千虎って言ったら、海外の要人が来日する時に利用することで有名な高級ホテルの経営者じゃないか?』

『そうなの?お祖父様が千虎カンパニーの会長をしてるって言ってたよ。』
と言う美咲の言葉を聞いた瞬間、

両親の目に喜色が浮かんだ。

美月の顔が嫌そうに歪んだ。

そんな家族の様子が目に入らないのか、美咲は嬉しそうに話しを続ける。

『翔はね、16才で、涼鈴(すみれ)学園高等部の2年生だって。』

『涼鈴学園っていったら、学費が高いことで有名な学校じゃないか‼︎』

『涼鈴学園は、教育の幅が広いことで有名なのよ。』

『それでね。翔が、これからのことを、色々、相談したいって。』

『えっとね。普通は…。
手の甲に番の花紋が現れてから、役所に届けて、それから、番の花紋をもつ花王子と花姫が会うのが普通の流れなんだって。』

『花紋が出たら役所に届けることになっているものね。』

『あー、そうだよな。でも、役所に届けてからのことは聞いたことないな。』

『番の花紋を持つ、花王子と花姫は、結びつきが強いから、私と翔みたいに偶然出逢って、互いに強く惹かれ合う影響で、花紋が現れることも、時々あるんだって〜。』

『私と(かける)も、凄く強く結ばれているんだよ。顔を見た瞬間、電撃が走ったみたいだったの〜。』

とキラキラした笑顔で嬉しそうに話した。


『はあ〜。自慢話なら私、別に聞かなくていいんじゃない。』

『双子なのに、私だけ、花紋が出たから面白くないんでしょ。美月。』

そう言って、美咲は勝ち誇ったような笑顔を美月に向ける。

その顔に挑発されたのか?

『別にそんなことないわよ。花姫なんて面倒なのなりたくないわ。浮かれちゃってバカみたい。』

というと立ち上がった。

『また、喧嘩しないの。ホラ、美月、座って。美月には、話を聞いて貰わなきゃ。
美月にだってもうすぐ花紋が現れるはずだから。双子ですもの。』

『そうだな。美咲と美月は、双子だからな。
出てもおかしくないな。』

『なんでも双子だからって言うの辞めてよ‼︎
双子かどうかなんて関係あるわけないでしょ‼︎それに私は、花姫なんかになりたくないって言ってるでしょ‼︎』

『どうしたんだ美月は。小さい頃は、美咲と一緒に、花姫になるって言ってたのに。』

『美月は、美咲より一足先に思春期になったんですよ。思春期はちょっとしたことで、イライラして、思ってもいないことを言って怒ったりするんですよ。お父さん。』

『なんだ。そうか。』

『美月。思春期だから、多少のことは、大目に見るけど、今は、ダメよ。大事な話をしているんだから、座りなさい。』

『そうだぞ。美月。』

何を言っても無駄だと諦めたのか、ムスッとしながらも、美月が座った。

やり取りを聞きながら、お母さんは、これから、受け入れられないことは、全部、思春期のせいにして済ますんだろうなと思った。

自分の思うように事が運ぶのが嬉しいのか?美咲は、ニヤニヤした笑みを浮かべている。

『そんなに不貞腐れなくてもいいじゃない、美月。美月は、私と双子なんだから、花紋、本当に出るかもしれないじゃない。
欠陥品のお姉ちゃんと違って。』

そう言うと、美咲は、私の方を、見下した目でチラッと見た。

『そしたら、色々、聞いて置かないと困るわよ。』

『そうよ。美咲の言う通りよ。美月。
じゃ、美咲、話の続きをして頂戴。』

『美月が、やきもち焼いて、口を挟むから何処まで話したか?忘れちゃったじゃない。』

『物忘れが激しいだけでしょ‼︎
ヤキモチなんか妬いてないから‼︎』

『いい加減にしなさい。美月‼︎』

『そうだぞ。美月。』

美咲は、またも、嬉しそうに笑ってる。

『手の甲に番の花紋が現れてから、役所に届けて、それから、番の花紋をもつ花王子と花姫が会うのが普通の流れって話だったぞ。』

『そうそう。それ。
役所に届けると、花姫会って所に連絡が行って、花姫会から、花姫と同じ番の花紋を持つ花王子の元に連絡が行くんだって。』

『花姫会は、花姫と花王子を繋ぐ役割をしている所なんだって。
私と翔みたいにお互い出会ってから、花紋が出た場合も、花姫会を通さないといけないんだって。』

『家に帰ったら、すぐ、花姫会に連絡をするから、お家の方に、花姫会から連絡が入ることを伝えて。って翔が言ってたの。』

『花姫会ってところから、連絡が来るのね。
わかったわ。美咲。』

『貴方、花姫会って聞いたことある?』

『聞いたことないな。花紋が出たら役所に届けるってこと以外、花姫になる具体的なことは、誰も知らないよなー。』

『そうなんですよね。』

『とりあえず、そろそろ夕飯にしましょうか。忍葉、配膳し始めて頂戴。』
と言って立ち上がった。

『え〜‼︎お母さん、まだ、すっごく大事な話があるんだよー。』

『それは、夕飯を食べながら聞くわね。』

『駄目。これだけは駄目。ねっ、お母さん、後1つだけだから、今、話させて。ねっ、お願い。』

『仕方ないわね。何?』

『ヤッター。ありがとうお母さん。
あのね。花姫になったら、色々、危険だから、出来るだけ早く、中央区管内に越さないと駄目なんだって。』

『そう言えば、花姫になると、すぐ花王子の家に入るって、聞くよな。』

『中央区管内って、東京都に住む神獣人が多く居住してるって区域でしょ。
昔、花姫様の家族を住ませていたっていう地域も、確か、中央区管内でしたよね。』

『ああ、そうだぞ。』

『花姫は、誘拐とか狙われることも、多いらしいの。だから、花紋が現れて花姫になるとすぐ、相手の花王子の家に入るみたい。』

『昔は、家族とか、親戚まで、一緒に、中央区管内に越して来たけど、
今は、其々、仕事とか、家とかあって、
花姫だけが、花王子の家に入ることが多いらしいんだけど…。

私、まだ、高校生でしょ。翔は、好きだけど、翔の家族といきなり暮らせ。って言われても…考えられなくて…。』

『それはそうよね。貴方は、お母さんっ子ですもの。心細いわよね。』

『でも、翔は、心配だから、一刻も早く、一緒に暮らしたい。花姫が、16になってたら、花王子の家に入るのが当たり前だって言って…。』

『まあ、花姫は、昔からそうだって言うよな。』

『いつの時代の話なのよ。』

『翔に、私は、大学を出るまでは、絶対に、お母さんとお父さんと一緒に暮らしたい。って必死にお願いしたら、

今の場所で家族と住むのは絶対に駄目だけど、警備がしやすいから、中央区管内に家族で越すならいい。
って。

家族皆で越してくるなら、千虎家で住む家は用意するし、お金の心配は要らないから、
親の仕事とか、都合があるだろうから、聞いてみてって。』

『そういう話か…。中央区管内に越すとなると仕事がな…。』

『大丈夫じゃないですか。中央区管内の近くにも、お父さんの会社があるから、弟に言えば、移動させて貰えるんじゃないかしら?』

『あー。そうだな。移動できるなら、別に俺はいいぞ。』

『私も、まだ、高校生の美咲を、いくら花姫になったからって、千虎家に今、入れるのは、寂し過ぎるわ。一緒に住めるなら、その方がいいわ。』

『良かった〜。』

『何それ。今日会ったばかりの人が好きって言って、中央区管内に家族で越すとか、
相手の家に入るっておかしいでしょ‼︎』

『花王子と花姫は、それだけ結び付きが強いのよ。』

『そうよ。翔が離れるのを嫌がって、翔と別れて家に帰るの大変だったんだから。』

『知らないわよ、そんなこと。』

『私は、絶対、引っ越すなんて嫌‼︎
だいたい半年前に、引っ越したばっかりじゃない。絶対嫌。美咲一人で行きなよ。
お姉ちゃんだって嫌でしょ。』

『忍葉は、長女だからね。親の私たちの言うことを聞くわよ。』

『……何それ…。』

『お姉ちゃんは、私が花姫になったお陰で、中央区管内に少しの間だけでも住めるんだから、文句なんかあるわけないでしょ。
そうでもなきゃ、絶対、一生、住めないんだから。ね、お姉ちゃん。』

『それに美月だって、すぐ、花紋が現れるかもしれないじゃない。
中央区管内に越しておけば、
相手の花王子家に慌てて入らなくてもよくなるからいいじゃない。』

『確かにそうだな。』

『何言ってるの‼︎花紋なんて現れるわけないし、私は、花姫になんかなりたくないの‼︎』

『はいはい。もう、この話は、この辺にして置きましょう。まだ、千虎家の方とも、花姫会の方とも、話していないし、どうなるかわからないからね。
お父さん、もしもの為に、移動できるか?
だけ確認して置いてね。』

『あー。そうだな。』

『それならいいでしょ。美咲。』

『うん。ありがとう。お母さん。』

『じゃあ、今度こそ夕飯にしましょう。
美月も、配膳手伝って頂戴。
美咲はいいわ。
花姫様が家事なんかして世帯地味ちゃいけないからね。座って待ってなさい。』

『そうだな。花姫は、この上がないほど、大切にされるって言うからな。家事なんて、これからは手伝わせられないな。』

『なぁ、晶子。今日は、美咲の花姫のお祝いだから、ビールいいだろ?』

『そうね。私も、一杯、頂こうかしら。』

『いいね。一緒に、祝い酒だな。』

『忍葉、先に、ビールとグラス2つ出して。』

『ツマミも何か一緒に出してくれ。』

『待ってて。ベビーチーズと鯖缶があったから、今、出すわ。ホラ、座ってないで、美月も早く配膳手伝って。』

『はぁ〜。』
と大きな溜息を吐きながら、美月が立ち上がった。

美月の気持ちなど何も(おもんばか)ることもなく、

『そんな大きな溜息なんかついて。美月も、花紋がでれば手伝いなんかさせないゾ。
それまでの辛抱くらい出来るだろう。』
と父親は、調子のいいことを言っている。

美咲が、花紋が出る前もずっと、手伝いなどしたことなどないことに気づいてもいないのだろう。

私は、冷蔵庫から冷えたビールを出すと、
栓を抜いて、グラス2つと一緒に、キッチンカウンターに置いた。

ビールのラベルの麒麟が目に入った。
霊獣か…やっぱり私には、縁が無いと思った。

お母さんがツマミを用意して、カウンターに出した。

お父さんは、もう飲み始めたようで、
『やっぱり発泡酒より、ビールの方が旨いよな。』
と言っている。

お母さん、美月、私で、配膳を済ませ、
いつもより遅い夕飯を始めた。

夕飯が始まるとすぐ、

お母さんは、
『そうそう忍葉。これからは、夕飯、部屋に持っていかないで、一緒に食べなさいね。
放って置くと直ぐ、部屋で食べるんだから。みんなもわかったわね。』
と言った。

『お母さんがそうするように仕向けてる癖に。』
と美月が小さく呟く声が聞こえたけど、皆、聞こえないフリをしていた。

『これからは、忍葉には、色々、手伝って貰わないといけなくなるだろうからね。
話を聞いて置いて貰わないとね。
忍葉の見た目のせいで、小さな頃から、美咲も、美月も嫌な思いを沢山して来たんだから、その分、これからは、二人の役に立って貰わないとね。』

『……はい。』

『それじゃ、ご飯にしましょうね。』
とお母さんが言ってからの夕飯の席は、美咲の独壇場のようだった。

美咲は、ずっと嬉しそうにはしゃいで、
お母さんとお父さんは、嬉しそうに相槌を打っていた。

美月は、ムスッとしたまま、ご飯を口に放り込むように食べて、
『ご馳走様。』
というとサッサと部屋へ行ってしまった。

『何あれ〜。』

『急に美咲が花姫になって、美月も、今は一杯、一杯なのよ。
そのうちに、慣れるわよ。』

『ふ〜ん。』

♢♢♢♢♢

夕食後の片付けが終わる頃、
家の電話が鳴った。