パルメザンから乗合馬車に乗って|件(くだん)のブドウ園に向かう最中、ハーフレッグの少女に事情やら何やらを色々と聞いてみた。
彼女はプッチという名前で、個人で商売をしているフリーの商人らしい。
なんでもホエール地方のブドウや、北方地方のテンの皮など上流階級に人気がある商品を仕入れて王都の商会に卸しているのだとか。
それを聞いて驚いてしまった。
普通、大きな商会はリスクを避けてフリーの商人とは取り引きしないのだ。大抵はどこかの組合に所属している商人しか相手にしない。
なのに定期的に取り引きをしているということは、プッチさんが相当のやり手で各地に強固な繋がりを持っているということなのだろう。
それにしても、ここから一ヶ月はかかる北方地域と王都を行き来しているなんてパワフルだなぁ。その小さい体のどこにそんな体力があるんだろう。
「いやぁ、ボクなんかが商人続けられているのは加護のおかげですよ」
「加護? どんな加護をお持ちなんです?」
馬車の中、僕の隣に座っているララノが興味津々に尋ねる。
「えっへっへ〜、よくぞ聞いてくれましたね、ララノさん。ボクの加護はこれです! じゃじゃ〜ん!」
プッチさんが背負っていたリュックの口を開く。
どう説明すればいいか悩んでしまったけれど、リュックの中にはテンの皮がぎっしりと詰まった樽が四つほど入っていた。
小さい樽が入っているというわけではなく、普通サイズの樽を上から見ている感じ。なんだろうこれ。どういう仕組みになってるんだ?
「あっ、すごい! これってもしかして『無限収納』の加護ですか!?」
「ややっ! ララノさんってば博識ですね! そうですよ、無限収納です!」
おお、確かそれって商人垂涎ものの「一級加護」だよな。
無限収納は「加護を持っている者が触れている収納物に無限に物が入るようになる」という優れもの。
わかりやすく言うと、「収納物が四次元空間への入り口になる」感じだ。
なんでも歴史に名を残している大商人のほとんどがこの無限収納の加護を持っているんだとか。
それを考えると、プッチさんも将来は大商人になるのかもしれないな。
「ちなみにこれって、どうやって中から物を出すんですか?」
素朴な疑問を投げかけてみた。
だって樽の大きさからして、リュックの口からは絶対に出なさそうだし。
「出し入れは召喚魔法と同じ原理ですよ。こんな風に呪文を唱えると……『出ろ出ろ』!」
プッチさんがリュックの口を開けて妙な言葉を発した瞬間、ビュオッと何かが飛び出してきた。
そして、それが瞬く間に大きな樽になって──僕の体の上にのしかかってきた。
「ぐえっ!?」
「ひゃあっ!? サ、サタ様!?」
馬車の中に僕とララノの悲鳴が響く。
「ちょ、重……プッチさんっ!」
「あ、あはは〜、ご、ごめんなさい。手が滑って出す場所を間違えちゃった」
「わ、笑ってないで、早くどかして……」
「あ、はい、今すぐ……『入る入る』!」
プッチさんの声とともに、樽がシュポンとリュックの中に消えた。
「だ、だだ、大丈夫ですかサタ様!?」
「う、うん。びっくりしたけど、なんとか……」
飛び出してきたのが運良く空の樽だったから助かったけど、荷物がぎっしり詰まった樽だったら間違いなく圧死していたな。
危なかった。こんなことで死んじゃったら、エロ神様に笑われちゃうよ。
「……ありがとうプッチさん。無限収納は扱い方に気をつけないと大事故に繋がるということがよくわかりました」
「どういたしまして。えへへ」
皮肉を言ったのに、照れちゃったよこの子。
などと話していると、ゆっくりと馬車が止まった。
「長旅お疲れ様です。目的地に到着しました」
御者が御者台からヒョイと顔を覗かせた。
どうやら目的のブドウ農園に到着したらしい。
何気なく窓から外を眺めてみたけれど、本当にここがブドウ園なのか訝しんでしまった。
「……本当にここが目的地ですか?」
「はい。そうですよ」
一応、プッチさんに尋ねてみたけど、やはりここであっているらしい。
改めて窓から景色を眺める。
少し離れた所に、農園の主が住んでいると思わしき立派な館が見えた。
そして、その周りに大きな倉庫がいくつか建っていて、収穫に使う荷車のようなものが置いてある。
ここが農園なんだなとわかるものはその倉庫と荷車くらいで、あとはおびただしい数の枯れ木が生えているだけ。
なんだろう。これほどの枯れ木が並んでいると、ディストピア感があってちょっと怖い。
馬車から降りた僕たちは、プッチさんの案内で農園の主がいるという館に向かった。
使用人っぽいメイドさんに要件を伝えてしばらく待っていたら、立派な館に似つかわしい貴族然とした男性が現れた。
「やぁ、どうも。久しぶりですねプッチさん」
「こんにちはラングレさん」
男性……ラングレさんとプッチさんが握手を交わす。
両端がピョンと尖ったカイゼル髭が良く似合うこのダンディな男性がブドウ園の主らしい。
「それで、要件は何ですか、というのは無粋ですかね?」
そんなラングレさんが少し困った顔で続ける。
「ブドウの件でいらっしゃったんでしょうけど、残念ながら今年は壊滅的な状況でしてね。見てくださいよこの惨状」
ラングレさんがカーテンを開ける。
窓の外に広がっているのは、一面の枯れ木たち。
薄々わかっていたけど、やっぱりあの枯れ木がブドウの木の成れの果てらしい。
改めて見ると、壮絶だな。
「プッチさんも大変だと思いますけど、こっちも参っているんです。これでは家族そろって首を括るしかない」
重い溜息をつくラングレさん。
ラングレさん曰く、昔からホエール地方は瘴気の危機にさらされていたけれど、瘴気が薄い部分が島のように点在していて、なんとか作物を育てられたという。
しかし、数ヶ月前に発生した大海瘴で多くの農園が壊滅的な被害を受けた。
そのひとつがこのブドウ園だったというわけだ。
「長い間瘴気被害から免れていたのに、ここに来てどうして大海瘴が……」
悲痛な面持ちでラングレさんが続ける。
魔導院でも研究は続けられているけれど、瘴気が発生する原因は未だにわかってない。だから大海瘴の原因なんて皆目見当もつかないというのが実情なのだ。
「なので申し訳ありませんが今回は諦めてください。今のウチから絞ろうとしても、ワインの一滴すら出てきませんよ」
「あ、いや、ここに来たのはそういう要件ではなくてですね。実はこちらのサタさんがこのブドウ園を救うことができるかもしれないんです」
「……救う?」
「この方もホエール地方で農園をやられているんですけど、なんでも呪われた地で作物を育てる方法を知っているとか」
「またまた御冗談を」
ラングレさんが呆れたように笑う。
「プッチさんらしくない悪質な冗談ですね。瘴気が降りた土地で作物を育てることができるなら、私のブドウ園はこんな惨状になっていないですよ」
「や、それがどうもボクたちも知らない秘密の方法があるみたいで」
「…………」
藁にもすがる思いというやつなのだろう。
信じられないけれどもしかして……という希望の光がラングレさんの瞳に見え隠れしている。
これは説明するより、実際に見せたほうが早いかもしれないな。
「とりあえず試してみましょうか。農園に出てもいいですか?」
「ええ、かまいませんよ」
僕たちは館を出て枯れ木が並んでいる農園へと向かった。
彼女はプッチという名前で、個人で商売をしているフリーの商人らしい。
なんでもホエール地方のブドウや、北方地方のテンの皮など上流階級に人気がある商品を仕入れて王都の商会に卸しているのだとか。
それを聞いて驚いてしまった。
普通、大きな商会はリスクを避けてフリーの商人とは取り引きしないのだ。大抵はどこかの組合に所属している商人しか相手にしない。
なのに定期的に取り引きをしているということは、プッチさんが相当のやり手で各地に強固な繋がりを持っているということなのだろう。
それにしても、ここから一ヶ月はかかる北方地域と王都を行き来しているなんてパワフルだなぁ。その小さい体のどこにそんな体力があるんだろう。
「いやぁ、ボクなんかが商人続けられているのは加護のおかげですよ」
「加護? どんな加護をお持ちなんです?」
馬車の中、僕の隣に座っているララノが興味津々に尋ねる。
「えっへっへ〜、よくぞ聞いてくれましたね、ララノさん。ボクの加護はこれです! じゃじゃ〜ん!」
プッチさんが背負っていたリュックの口を開く。
どう説明すればいいか悩んでしまったけれど、リュックの中にはテンの皮がぎっしりと詰まった樽が四つほど入っていた。
小さい樽が入っているというわけではなく、普通サイズの樽を上から見ている感じ。なんだろうこれ。どういう仕組みになってるんだ?
「あっ、すごい! これってもしかして『無限収納』の加護ですか!?」
「ややっ! ララノさんってば博識ですね! そうですよ、無限収納です!」
おお、確かそれって商人垂涎ものの「一級加護」だよな。
無限収納は「加護を持っている者が触れている収納物に無限に物が入るようになる」という優れもの。
わかりやすく言うと、「収納物が四次元空間への入り口になる」感じだ。
なんでも歴史に名を残している大商人のほとんどがこの無限収納の加護を持っているんだとか。
それを考えると、プッチさんも将来は大商人になるのかもしれないな。
「ちなみにこれって、どうやって中から物を出すんですか?」
素朴な疑問を投げかけてみた。
だって樽の大きさからして、リュックの口からは絶対に出なさそうだし。
「出し入れは召喚魔法と同じ原理ですよ。こんな風に呪文を唱えると……『出ろ出ろ』!」
プッチさんがリュックの口を開けて妙な言葉を発した瞬間、ビュオッと何かが飛び出してきた。
そして、それが瞬く間に大きな樽になって──僕の体の上にのしかかってきた。
「ぐえっ!?」
「ひゃあっ!? サ、サタ様!?」
馬車の中に僕とララノの悲鳴が響く。
「ちょ、重……プッチさんっ!」
「あ、あはは〜、ご、ごめんなさい。手が滑って出す場所を間違えちゃった」
「わ、笑ってないで、早くどかして……」
「あ、はい、今すぐ……『入る入る』!」
プッチさんの声とともに、樽がシュポンとリュックの中に消えた。
「だ、だだ、大丈夫ですかサタ様!?」
「う、うん。びっくりしたけど、なんとか……」
飛び出してきたのが運良く空の樽だったから助かったけど、荷物がぎっしり詰まった樽だったら間違いなく圧死していたな。
危なかった。こんなことで死んじゃったら、エロ神様に笑われちゃうよ。
「……ありがとうプッチさん。無限収納は扱い方に気をつけないと大事故に繋がるということがよくわかりました」
「どういたしまして。えへへ」
皮肉を言ったのに、照れちゃったよこの子。
などと話していると、ゆっくりと馬車が止まった。
「長旅お疲れ様です。目的地に到着しました」
御者が御者台からヒョイと顔を覗かせた。
どうやら目的のブドウ農園に到着したらしい。
何気なく窓から外を眺めてみたけれど、本当にここがブドウ園なのか訝しんでしまった。
「……本当にここが目的地ですか?」
「はい。そうですよ」
一応、プッチさんに尋ねてみたけど、やはりここであっているらしい。
改めて窓から景色を眺める。
少し離れた所に、農園の主が住んでいると思わしき立派な館が見えた。
そして、その周りに大きな倉庫がいくつか建っていて、収穫に使う荷車のようなものが置いてある。
ここが農園なんだなとわかるものはその倉庫と荷車くらいで、あとはおびただしい数の枯れ木が生えているだけ。
なんだろう。これほどの枯れ木が並んでいると、ディストピア感があってちょっと怖い。
馬車から降りた僕たちは、プッチさんの案内で農園の主がいるという館に向かった。
使用人っぽいメイドさんに要件を伝えてしばらく待っていたら、立派な館に似つかわしい貴族然とした男性が現れた。
「やぁ、どうも。久しぶりですねプッチさん」
「こんにちはラングレさん」
男性……ラングレさんとプッチさんが握手を交わす。
両端がピョンと尖ったカイゼル髭が良く似合うこのダンディな男性がブドウ園の主らしい。
「それで、要件は何ですか、というのは無粋ですかね?」
そんなラングレさんが少し困った顔で続ける。
「ブドウの件でいらっしゃったんでしょうけど、残念ながら今年は壊滅的な状況でしてね。見てくださいよこの惨状」
ラングレさんがカーテンを開ける。
窓の外に広がっているのは、一面の枯れ木たち。
薄々わかっていたけど、やっぱりあの枯れ木がブドウの木の成れの果てらしい。
改めて見ると、壮絶だな。
「プッチさんも大変だと思いますけど、こっちも参っているんです。これでは家族そろって首を括るしかない」
重い溜息をつくラングレさん。
ラングレさん曰く、昔からホエール地方は瘴気の危機にさらされていたけれど、瘴気が薄い部分が島のように点在していて、なんとか作物を育てられたという。
しかし、数ヶ月前に発生した大海瘴で多くの農園が壊滅的な被害を受けた。
そのひとつがこのブドウ園だったというわけだ。
「長い間瘴気被害から免れていたのに、ここに来てどうして大海瘴が……」
悲痛な面持ちでラングレさんが続ける。
魔導院でも研究は続けられているけれど、瘴気が発生する原因は未だにわかってない。だから大海瘴の原因なんて皆目見当もつかないというのが実情なのだ。
「なので申し訳ありませんが今回は諦めてください。今のウチから絞ろうとしても、ワインの一滴すら出てきませんよ」
「あ、いや、ここに来たのはそういう要件ではなくてですね。実はこちらのサタさんがこのブドウ園を救うことができるかもしれないんです」
「……救う?」
「この方もホエール地方で農園をやられているんですけど、なんでも呪われた地で作物を育てる方法を知っているとか」
「またまた御冗談を」
ラングレさんが呆れたように笑う。
「プッチさんらしくない悪質な冗談ですね。瘴気が降りた土地で作物を育てることができるなら、私のブドウ園はこんな惨状になっていないですよ」
「や、それがどうもボクたちも知らない秘密の方法があるみたいで」
「…………」
藁にもすがる思いというやつなのだろう。
信じられないけれどもしかして……という希望の光がラングレさんの瞳に見え隠れしている。
これは説明するより、実際に見せたほうが早いかもしれないな。
「とりあえず試してみましょうか。農園に出てもいいですか?」
「ええ、かまいませんよ」
僕たちは館を出て枯れ木が並んでいる農園へと向かった。