種苗ギルドを後にして大通りを歩いていると、麦と硬貨の紋章が入った旗が掲げられている館が見えた。
街でもひときわ目立つ、レンガ造りの立派な建物。
これがリンギス商会の商館だ。
リンギス商会の本拠地は王都にあって、パルメザンにあるのはただの「支部」なのだけど、支部でこの見た目なのだから規模の大きさが伺い知れる。
とはいえ、リンギス商会は王国でも中堅どころの商会で、さらに大きな商会がごろごろといるらしい。
商会に入るのは始めてだというララノと一緒に、緊張の面持ちで衛兵に守られている商館の扉を開く。
「……すごい」
思わず声が出てしまった。
商館の中はまるで戦場かと思うほどにごった返していた。
館の中央に円形のカウンターがあるのだけれど、すべて商人っぽい人たちが長蛇の列を作り、カウンターの周りにあるテーブルも人で埋め尽くされている。
さらに、あちらこちらで怒号が飛んでいるので本当に戦場にいるみたいだ。
領主の命令で周辺地域から作物をかき集めているとは聞いていたけど、そうとう大変な状況なのかもしれないな。
「サ、サタ様」
不安げなララノの声。
「はじめて商会に来たんですけれど、こんなにおっかない場所だったんですね」
「あ〜いや、今が特別なんだと思うよ。普段はもっと静かな場所……だと思う」
僕も商会にお世話になったことはないから想像だけど。
商会を利用するのは大ロットでの商売が基本の商人だけなのだ。
とりあえずカウンターにいる職員に話をしてみようと列に並ぼうとしたとき、近くのテーブルから素っ頓狂な声があがった。
「……えええっ!? 今季のブドウ、無いんですか!?」
子供みたいな声。
なんでこんな場所に子供がいるんだろう。
聞き間違いかなと思って声がしたテーブルを見ると、商館の職員らしき男性と話をしている少女が目に止まった。
体よりも大きなリュックを背負った栗色のおさげの女の子。
目がくりっとしていておでこが広く可愛らしい。
見た目は八歳くらいだけど、子供ではないことがなんとなく雰囲気で解った。
多分、彼女は|小人族(ハーフレッグ)。
見た目は人間にそっくりだけど、ララノとおなじ「亜人種」だ。
ハーフレッグは獣人と違って人間世界に深く関わっている。
身体能力は劣るが頭の回転が早く、商売の世界で成功している者が多いのだ。
あと、大人でも見た目が子供なので可愛い。
可愛いは正義。
それはアルミターナでも同じだ。
「チョ、チョット待ってくださいよっ! ブドウの買い付けが出来なかったら、ボク……首チョンパですよっ!?」
ハーフレッグの少女が自分で首を締めるポーズを取る。
可愛い仕草だけど顔が青ざめているので全然微笑ましくない。
「なななな、な、なんとかなりませんか!? お願いします! 後生ですからっ! 堪忍してっ!」
「そう言われても見ての通り、今年はどこも大海瘴の影響で壊滅的な被害を受けてるんだよ。ブドウだけじゃなくて他の作物も入ってきてないんだ。悪いけどあんたのところに回す在庫は無い」
「い、いつもの半分っ!」
「え?」
「半分の量で良いんで、なんとかっ!」
「か、顔が近いよ」
職員に掴みかかる勢いで身を乗り出してきた少女だったが、グイと頭を押さえられて強制的に座らせられた。
職員はしばし考えた後、重い溜息をついた。
「……わかったよ。あんたには色々とお世話になっているし、何とかかき集めてみる」
「ほ、本当ですか!?」
「ただ、集められて一割程度の量。値段は五、六倍は覚悟しといてね?」
「いち、ごぉお!? ……う、ぐぇ」
小人族の少女がパタッと後ろ向きに倒れる。
ゴツンと鈍い音が響くと同時に、ララノと僕が駆け出した。
「だっ、だだだ、大丈夫ですか?」
「…………大丈夫くない」
ララノに抱き起こされた少女は死にかけた虚ろな目をしていた。
打ちどころが悪かった、というわけじゃなさそうなのでひとまず安心だけど。
「あ〜、ごめん」
と、少女と商談をしていた職員が席を立つ。
「悪いけど地方から来てる商人さんを待たせてるから、俺はこれで」
「ああっ、チョット待って! 置いていかないで! ボクを捨てないで!」
まるで男に捨てられたみたいなセリフを吐く少女。
「ああああうううう」
そして彼女は、そのまま地面にうなだれてしまった。
「どうしよう……ブドウが無かったら王都に戻れないよぉぉ……」
「王都?」
なるほど。
これまでの話から推測するに、この子は王都の商会に卸すブドウの買い付けにパルメザンに来た感じか。
ホエールワインは貴族も嗜む一級品なので、リンギス商会だけじゃなくもっと大きな商会が絡んでいる事が多い。
もし買い付けに失敗したら多大な被害が出ることになる。
首チョンパだなんて言ってたけど、絡んでいるのが貴族なだけにリアルに首を斬られちゃうこともあり得る。
しかし、と悲痛のあまり頭をゴチゴチと地面に叩きつけ始め、ララノから「気を確かに!」と止められている少女を見て思う。
ブドウの不作が瘴気のせいというのなら、僕の付与魔法でなんとかできるかもしれないな。
状況を見ないとはっきりわからないけど、ブドウの木に免疫力強化と俊敏力強化をかければ早く実をつけるだろうし。
僕はそっと少女に声をかける。
「あの、すみません」
「はい。本当にただではすまない状況です」
「…………」
少女が視点が定まってない目で僕を見る。
あ〜、そうとうヤバいなこれ。
「ええっと、もしかするとあなたのお力になれるかもしれません」
「…………ええっ!?」
突然、少女がババッと立ち上がる。
ちょっとビックリした。
「あなた、もしかしてボクが必要としている数トンのホエールブドウを、今すぐ安価で用意できると言いましたか!?」
「いや、そこまでは言ってないです」
やっぱり助けるのやめようかな。
ちゃっかり「安価で」とか言ってるし。
ハーフレッグはこういうところ、しっかりしてるからな。
「僕はこの近くで農園をやっている者なんですけど、瘴気に強い作物を育てる方法を知ってまして」
「え? 瘴気に強い作物?」
「はい。その方法を使えばブドウの収穫が出来るようになるかも」
「ほ、本当ですか!?」
目を輝かせる少女だったが、すぐに胡散臭いものを見るような目に変わる。
「……いやいや、絶対ウソでしょそれ。だって『瘴気に強い作物』なんて、聞いたことないですもん。あなた、ボクの見た目が可愛いからって騙そうとしてないですか?」
「…………」
自分で可愛いとか言わないでほしい。
いや、実際に可愛いんだけど。
「それが本当なんですよ!」
「のわっ!?」
ララノが少女の両肩を掴んでグイッと引き寄せる。
「私も話を聞いたときは冗談だと思っていたんですけど、サタ様は本当に呪われた地で農作物を育てていらっしゃいます!」
「…………ホントに?」
少女は値踏みするように、ララノ顔をじっと見る。
「ん〜……その頬の模様を見る限り、お姉さんって獣人さんですよね?」
「……え? ええ、そうですけど?」
「獣人さんはウソつかない」
「はい?」
「あ、これ、ボクが世界各地を周ってる中でわかった獣人さんたちの特徴なんです。どうです? 当たってるでしょ?」
「あ〜、え〜……どう、ですかね? 当たってるのかな?」
あはは、と引きつった笑顔を浮かべるララノ。
そんな話、聞いたことないな。
それに、ララノの反応を見る限り完全に気のせいなのだろう。
まぁ、悪く言われるよりはマシだろうけど。
少女はしばし思案して、納得するように頷いた。
「……うん。うん。ウソつかない獣人さんがそういうのなら、本当なのかもしれませんね」
そして少女は僕の前へとやってくる。
「ええと……サタさん、でしたよね?」
「は、はい」
「ありがとうございます。ぜひ、力を貸してください! もちろん相応のお礼はさせていただきますので、そこはご安心を!」
お礼。その言葉にピクリと反応してしまった。
別にそういう見返りを求めて助けようとしたわけじゃないけれど、商人のお礼という言葉に期待せずにはいられない。
それに、これを機に彼女と契約できたら万々歳だし。
「それじゃあ行きましょうか。そのブドウ園に案内して下さい」
街でもひときわ目立つ、レンガ造りの立派な建物。
これがリンギス商会の商館だ。
リンギス商会の本拠地は王都にあって、パルメザンにあるのはただの「支部」なのだけど、支部でこの見た目なのだから規模の大きさが伺い知れる。
とはいえ、リンギス商会は王国でも中堅どころの商会で、さらに大きな商会がごろごろといるらしい。
商会に入るのは始めてだというララノと一緒に、緊張の面持ちで衛兵に守られている商館の扉を開く。
「……すごい」
思わず声が出てしまった。
商館の中はまるで戦場かと思うほどにごった返していた。
館の中央に円形のカウンターがあるのだけれど、すべて商人っぽい人たちが長蛇の列を作り、カウンターの周りにあるテーブルも人で埋め尽くされている。
さらに、あちらこちらで怒号が飛んでいるので本当に戦場にいるみたいだ。
領主の命令で周辺地域から作物をかき集めているとは聞いていたけど、そうとう大変な状況なのかもしれないな。
「サ、サタ様」
不安げなララノの声。
「はじめて商会に来たんですけれど、こんなにおっかない場所だったんですね」
「あ〜いや、今が特別なんだと思うよ。普段はもっと静かな場所……だと思う」
僕も商会にお世話になったことはないから想像だけど。
商会を利用するのは大ロットでの商売が基本の商人だけなのだ。
とりあえずカウンターにいる職員に話をしてみようと列に並ぼうとしたとき、近くのテーブルから素っ頓狂な声があがった。
「……えええっ!? 今季のブドウ、無いんですか!?」
子供みたいな声。
なんでこんな場所に子供がいるんだろう。
聞き間違いかなと思って声がしたテーブルを見ると、商館の職員らしき男性と話をしている少女が目に止まった。
体よりも大きなリュックを背負った栗色のおさげの女の子。
目がくりっとしていておでこが広く可愛らしい。
見た目は八歳くらいだけど、子供ではないことがなんとなく雰囲気で解った。
多分、彼女は|小人族(ハーフレッグ)。
見た目は人間にそっくりだけど、ララノとおなじ「亜人種」だ。
ハーフレッグは獣人と違って人間世界に深く関わっている。
身体能力は劣るが頭の回転が早く、商売の世界で成功している者が多いのだ。
あと、大人でも見た目が子供なので可愛い。
可愛いは正義。
それはアルミターナでも同じだ。
「チョ、チョット待ってくださいよっ! ブドウの買い付けが出来なかったら、ボク……首チョンパですよっ!?」
ハーフレッグの少女が自分で首を締めるポーズを取る。
可愛い仕草だけど顔が青ざめているので全然微笑ましくない。
「なななな、な、なんとかなりませんか!? お願いします! 後生ですからっ! 堪忍してっ!」
「そう言われても見ての通り、今年はどこも大海瘴の影響で壊滅的な被害を受けてるんだよ。ブドウだけじゃなくて他の作物も入ってきてないんだ。悪いけどあんたのところに回す在庫は無い」
「い、いつもの半分っ!」
「え?」
「半分の量で良いんで、なんとかっ!」
「か、顔が近いよ」
職員に掴みかかる勢いで身を乗り出してきた少女だったが、グイと頭を押さえられて強制的に座らせられた。
職員はしばし考えた後、重い溜息をついた。
「……わかったよ。あんたには色々とお世話になっているし、何とかかき集めてみる」
「ほ、本当ですか!?」
「ただ、集められて一割程度の量。値段は五、六倍は覚悟しといてね?」
「いち、ごぉお!? ……う、ぐぇ」
小人族の少女がパタッと後ろ向きに倒れる。
ゴツンと鈍い音が響くと同時に、ララノと僕が駆け出した。
「だっ、だだだ、大丈夫ですか?」
「…………大丈夫くない」
ララノに抱き起こされた少女は死にかけた虚ろな目をしていた。
打ちどころが悪かった、というわけじゃなさそうなのでひとまず安心だけど。
「あ〜、ごめん」
と、少女と商談をしていた職員が席を立つ。
「悪いけど地方から来てる商人さんを待たせてるから、俺はこれで」
「ああっ、チョット待って! 置いていかないで! ボクを捨てないで!」
まるで男に捨てられたみたいなセリフを吐く少女。
「ああああうううう」
そして彼女は、そのまま地面にうなだれてしまった。
「どうしよう……ブドウが無かったら王都に戻れないよぉぉ……」
「王都?」
なるほど。
これまでの話から推測するに、この子は王都の商会に卸すブドウの買い付けにパルメザンに来た感じか。
ホエールワインは貴族も嗜む一級品なので、リンギス商会だけじゃなくもっと大きな商会が絡んでいる事が多い。
もし買い付けに失敗したら多大な被害が出ることになる。
首チョンパだなんて言ってたけど、絡んでいるのが貴族なだけにリアルに首を斬られちゃうこともあり得る。
しかし、と悲痛のあまり頭をゴチゴチと地面に叩きつけ始め、ララノから「気を確かに!」と止められている少女を見て思う。
ブドウの不作が瘴気のせいというのなら、僕の付与魔法でなんとかできるかもしれないな。
状況を見ないとはっきりわからないけど、ブドウの木に免疫力強化と俊敏力強化をかければ早く実をつけるだろうし。
僕はそっと少女に声をかける。
「あの、すみません」
「はい。本当にただではすまない状況です」
「…………」
少女が視点が定まってない目で僕を見る。
あ〜、そうとうヤバいなこれ。
「ええっと、もしかするとあなたのお力になれるかもしれません」
「…………ええっ!?」
突然、少女がババッと立ち上がる。
ちょっとビックリした。
「あなた、もしかしてボクが必要としている数トンのホエールブドウを、今すぐ安価で用意できると言いましたか!?」
「いや、そこまでは言ってないです」
やっぱり助けるのやめようかな。
ちゃっかり「安価で」とか言ってるし。
ハーフレッグはこういうところ、しっかりしてるからな。
「僕はこの近くで農園をやっている者なんですけど、瘴気に強い作物を育てる方法を知ってまして」
「え? 瘴気に強い作物?」
「はい。その方法を使えばブドウの収穫が出来るようになるかも」
「ほ、本当ですか!?」
目を輝かせる少女だったが、すぐに胡散臭いものを見るような目に変わる。
「……いやいや、絶対ウソでしょそれ。だって『瘴気に強い作物』なんて、聞いたことないですもん。あなた、ボクの見た目が可愛いからって騙そうとしてないですか?」
「…………」
自分で可愛いとか言わないでほしい。
いや、実際に可愛いんだけど。
「それが本当なんですよ!」
「のわっ!?」
ララノが少女の両肩を掴んでグイッと引き寄せる。
「私も話を聞いたときは冗談だと思っていたんですけど、サタ様は本当に呪われた地で農作物を育てていらっしゃいます!」
「…………ホントに?」
少女は値踏みするように、ララノ顔をじっと見る。
「ん〜……その頬の模様を見る限り、お姉さんって獣人さんですよね?」
「……え? ええ、そうですけど?」
「獣人さんはウソつかない」
「はい?」
「あ、これ、ボクが世界各地を周ってる中でわかった獣人さんたちの特徴なんです。どうです? 当たってるでしょ?」
「あ〜、え〜……どう、ですかね? 当たってるのかな?」
あはは、と引きつった笑顔を浮かべるララノ。
そんな話、聞いたことないな。
それに、ララノの反応を見る限り完全に気のせいなのだろう。
まぁ、悪く言われるよりはマシだろうけど。
少女はしばし思案して、納得するように頷いた。
「……うん。うん。ウソつかない獣人さんがそういうのなら、本当なのかもしれませんね」
そして少女は僕の前へとやってくる。
「ええと……サタさん、でしたよね?」
「は、はい」
「ありがとうございます。ぜひ、力を貸してください! もちろん相応のお礼はさせていただきますので、そこはご安心を!」
お礼。その言葉にピクリと反応してしまった。
別にそういう見返りを求めて助けようとしたわけじゃないけれど、商人のお礼という言葉に期待せずにはいられない。
それに、これを機に彼女と契約できたら万々歳だし。
「それじゃあ行きましょうか。そのブドウ園に案内して下さい」